端午の節句。
都内ではほぼ見かけない巨大鯉のぼりも、田舎では堂々と並んで風に泳いでいたりする。
せっかくのこどもの日だと言うに、小学校2年生の椎名寿騎くんは、プリプリとお怒りの様子で田んぼの真ん中を突き抜けるあぜ道を走っていた。
「じっちゃんのバカやろお! こうなったらもお、オイラがその鎧飾りを倒してやる!」
何の話だろうか。
少年がわめき散らしている内容をよく聞いて解説すると、どうやら『袈裟懸けをしてくる鎧飾り』なる存在がこの村にはいて、それが端午の節句になると度々人間を脅かしに現れるらしい。
その話を聞いて彼は興味津々となり、それを倒そうと祖父に言い出したが、笑って軽くあしらわれたようだ。
この村特有の古いの都市伝説のようなもので、子供だからこそ真に受けたのだろうが、それにしても寿騎少年は心底信じ込んでいて、少々危なっかしい。
何故なら、今私たちの世界には、第五の魔女・アウゲイアスという存在がいて、人の感情を奪っていくのだから。
彼は、今すれ違った女が第五の魔女だと知らなかった。
寿騎少年が突然あぜ道に崩れ落ちる。そして心臓に一突きされた背中には、彼女の鍵が刺さって見えた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
ガシャッ、と鈍い音のする方向、倒れた少年の横に立つ鎧飾りドリームイーターが、身の丈以上の大きな刀を抱え、空を袈裟斬りする光が走った。
言之葉・万寿(オラトリオのヘリオライダー・en0207)が説明を始める。
「端午の節句に現れ、袈裟懸けをする鎧飾りの噂話を聞き、強い『興味』を持った少年が、それを探している途中にドリームーイーターに襲われ、その『興味』を奪われてしまう事件が起こってしまいました」
現在、『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようだが、奪われた『興味』を元に現実化した怪物型のドリームイーターが、土地の一般市民を襲おうとしているらしい。
「被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して頂きたいというのが、今回の依頼でございます」
このドリームイーターを倒す事ができれば、『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれるだろう。
敵のドリームイーターは1体のみで、配下などはいない。
潜伏している場所はのどかな田舎で田畑が多い。収穫した後の畑と、これから収穫する畑が場所によって違うので、作物の被害を少なくしたいのならば工夫が必要になる。土地自体は広いので、戦闘するには申し分ない。
ドリームイーターは、自分の事を信じていたり、噂をしている人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質がある。それを利用し、うまく誘き出せば有利に戦えるだろう。
「端午の節句に現れる鎧飾りだけあり、子供を狙う傾向が強いようです。そして、人間を見つけると『どこを斬られるか分かるか?』と問うてくるようです。そこでこちらが正しい対応をせず、気にくわない返答をすると怒り出し、殺そうとしてくるようですぞ」
答えられなかったり、見当違いな対応をしてしまうと怒り出すようだが、あえてその性質を作戦に組み込んでみても良いだろう。
今回調査していたリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)と、サポートにかけつけた日之出・吟醸(レプリカントの螺旋忍者・en0221)がドアの向こうで手をこまねいている。
「到着は、現地の役場の駐車場でござる」
「問題の畑まで、そこから歩いて20分らしいわ。がんばりましょう」
「子供の純粋な好奇心を、恐怖に変えようなんぞという輩は許せませんな。コテンパンにお願いしますぞ!」
お気をつけて、と万寿は頭を下げた。
参加者 | |
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浅川・恭介(ジザニオン・e01367) |
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686) |
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070) |
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829) |
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524) |
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996) |
水鏡・奏(冷刃の演者・e34599) |
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290) |
●五月の噂
青い空、緑に輝く木々と、実りをつけた作物達。
五月晴れの良い御日頃であったが、ただ一つネックなのが、この土地に現れてしまったドリームイーターだ。
たまにポツンと見える農家と広大な畑を横目に、戦闘に適当だと思われる場所を探してひた歩く。
今回のメンバーの中で『子供』に該当するだろう、浅川・恭介(ジザニオン・e01367)と水鏡・奏(冷刃の演者・e34599)が先頭を切り、元気いっぱいにあぜ道を駆け抜けていた。
良くも悪くもテキトー気味である恭介がなにげに真剣なので、彼のテレビウムである安田さんは若干不振に思っていた。
「袈裟掛けをしてくる鎧飾り。恐らくそれは端午の節句においての男児の試練! 自分の鎧飾りを自分の力で手に入れろという……。負けられません!」
恭介の意気込みを聞いた所、特に問題はない。少々おかしな発言ではあるが、まあ許容範囲内だ。何の試練かはさておき、ここまで熱心であれば、かなり強くドリームイーターをおびき寄せるだけの力があるだろう。
涼しくも少年らしい様子の奏をチラチラ横目で確かめ、今回は恥ずかしくないなと安田さんは安堵もした。
その後ろから、年長者達が噂話に花を咲かせているようだ。
微かに風に乗ったリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)の声が耳に入る。
「動く鎧なんて、本当にいるんでしょうか?」
「鎧飾りが動くの? 中に何か入ってるのかな?」
首をかしげた源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)に続き、セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)が考え込む。
「鎧飾り……? っていうやつ、見た記憶がないんだよね。どんなものなのか、ちょっと興味があるかな」
日之出・吟醸(レプリカントの螺旋忍者・en0221)がその質問に答えてやる。
「日本の兜と鎧をフルセットで子供サイズにしたやつでござるね。大きいのもあるでござるよ。それはそれはお高いでござるのよー!」
「鎧飾りってなんなの? なにかのおまじない? もしかしてお祝いごとかな?」
「うん。ああ見えて一応『五月人形』らしいでござるぞ。男児のお守りみたいな役割らしい」
「もしそうなら、それが子供を襲うとかは許されざるねー」
ソウネーと相づちをしながら、そうこうしているうち、周辺で最も収穫が進んでいる一画を発見。ここならば大立ち回りをしても被害は少ないだろうと判断し、ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)はその畑に入り込む。
「……俺は正直言って噂だのには興味がないが、動くジャパニーズ鎧は間近で見てみたい」
噂話が……というよりも、和気藹々と談話するのが得意ではない宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)もそれに軽く相づちを打っていると、何やら遠くからガシャガシャした騒音と、結構な振動が地面を伝わってやって来るのが聞こえた。
おでましだ、と察した後、セルリアンが殺界形成を施して、ポツリポツリと見える民家に向けて人払いをする。
一直線に歩いてくる鎧飾りは遠目から見ても立派なもので、おそらく100万円の大台を超えているだろう。ドリームイーターとはいえ、金額的にも見た目的にも大きく出た隙のない美しいフォルムに、思わずケルベロス側からオオと感歎の声があがる。
やはり、日本の鎧はデザイン的に素晴らしい。
ジュルリと水気をすする音が耳につき、安田さんが恭介を仰ぎ見た。欲しそうな顔だ。非常に欲しそうな顔だ。
ドリームイーターは彼らの前で立ち止まり、その台詞を口にした。
●袈裟懸けとはなんぞや
「貴様ら、これからどこを斬られるか分かるか?」
八相の構えをとられ、眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)がルースと顔を見合わせてから小さく肩をすくめる。
ルースは片手で首の付近を斜めに印し、そのまま掌を胸に振り落とす。
「袈裟懸け。一方の肩から反対側の脇腹に懸かる様子を指す語。即ち、肩、だろう? 貴様の利腕から見て、コッチの肩だ」
それを聞いたドリームイーターは、愉快だと言わんばかりに身体を震わせた。ガシャガシャと鎧の擦れる音が耳につく。
「クハハ……、よい。貴様は苦しませずに、背の骨までも一瞬で断ち斬ってやろう」
「やれるもんならやってみな」
両者の間で閃光がほとばしる。と、瑠璃がキョトンとして言った。
「え? 首を斬るんだよね」
カッとドリームイーターが目を見開き、そちらの方向に勢いよく兜を向ける。瑠璃に続いてリュセフィーも大きく頷いた。
「首を斬られます」
「何を言っておるかーーーーっ!!!」
ドリームイーターは突然刀を下ろし、二人を指してうんちくを語り始める。小難しい話の最中、セルリアンがため息交じりに首を横に振った。
「好きなとこ斬ればいいだろ」
「好きなとこだと!? 貴様! 一刀両断の心地よさを、『好きなとこ』でまとめるとは何事ぞ! そこの童! 貴様も素知らぬ顔をしおって、どこを斬られるか分かっておるのか!?」
人差し指の先端を向けられた奏は子供っぽく煽るように応えた。
「わからなーい」
ヌオー! と唸ったドリームイーターは、見かけの優美さからかけ離れ、まるで子供のように地団駄を踏み始めた。
「根絶やしだーーー!! 貴様でその血を途絶えさせてやるーー!!」
「子孫を根絶やしにしようとするとか、なんか女性に騙された人の怨念とか宿ってるのかな?」
思わずドン引いたセルリアンが吟醸の耳元でつぶやいた程だ。
隣にいた恭介がフンと胸を張る。
「鎧飾りの刀は人を斬らない魔除けの刀、だからどこも斬らない」
「斬るの!!」
「斬らないよ!」
「斬る!!」
さすがは子供がベースのドリームイーターである。斬る斬らないの押し問答は子供のケンカだ。
ヤレヤレと弘幸がため息をつく。
「何言ってんだテメーは……子どもの成長を願う鎧飾りが子どもを襲うなんざ、本末転倒な話ってもんだ」
双牙もそれに同意だ。クッと爪に力を入れると、それを相手に向けて誇示してみせる。
「……斬られるのは、貴様の方だろう」
ドリームイーターは巨大な日本刀で一度空を斬り、それから八相の構えでケルベロス達を威嚇してきた。
「貴様ら全員、真っ二つにしてくれよう! 後生に血が続かぬ事を、墓の中で嘆くがよい!」
●合戦
「来るよ!」
セルリアンの声で一斉に間合いを計る。
その隙を作るために瑠璃が援護射撃。案の定ドリームイーターは子供の恭介と湊を狙って仕掛けようとしてきた。そこを時空凍結弾で阻止するガトリングガンは、隼のごとく猛烈な勢いで弾幕を張って仲間を補佐する。
氷結で白く濁った空気を突き破るようにルースが続き、至近距離でVIXI-IIを相手の胸にたたき込もうとした。籠手で払われるのを察し、身体をひねって裏拳で脇のあたりに狙いを変える。
バリッと鈍い音が木霊し、肩口の紐に大袖がぶらさがった。それを見た恭介の目が輝く。
「僕の鎧飾りにするのなら、どこかしらに青いお花を付けたいなぁ。あ、赤黒い血痕がこびり付いてるのもいいかも……」
戦闘中に妄想をし始める主人に対し、安田さんのモニタには慌てた感情が映し出される。
物欲顔の恭介がルーンディバイドで斧を振り回してくるので、不穏に思ったドリームイーターはそれを避けて距離をとった。
主人の汚名挽回バリに、安田さんが凶器攻撃をたたき込むと、先ほどぶらさがったままの大袖がちぎれ落ちる。
「鎧置いてけー! 安田さんの甲冑コスの材料置いてけー!」
やっぱり! やっぱり自分に着せる気だった! と把握した安田さんが身震いして大袖から遠ざかる。
続いて、敵の行動パターンを見極めようと勤めているセルリアンが牽制攻撃。
ついたBSを倍々させようと試み、狂い咲く天華で軽く味付けを。
「ちぃ……! 小童めが! ちょろちょろと目障りな」
彼が見たところ、どうやら敵は本気でかかってきていない様子に見える。受けて仕掛けてはいるが、適度な間合いを探っているのだろう。やはり『強烈な一撃』を狙っているらしい。その対象は子供で、その攻撃はおそらく袈裟懸けだ。
セルリアン同様、弘幸も相手の動作を目で読んでいた。
相手は全身鎧に覆われている。鎧と鎧の隙間に攻撃をたたき込むのが得策だとして、まずあの型を崩さねば。
弘幸は仲間を信頼し、常に前へ向かう姿勢は崩さない。ただひたすら敵の体力を削ることに努め、その時に出来る最善は何かと思考を巡らす。そして指天殺で賭に出た。
残像を残して懐に滑り込み、至近距離で鎧をとらえると同時に、渾身の突きで相手に一撃を与える。
そのままギリギリで間合いに残り、敵の攻撃を誘い込んだのだ。
「捕らえた!」
ドリームイーターがその瞬く間を逃すはずもなく、鋭く袈裟のラインが弘幸の肩をとらえた。
カッと鮮血が散る中、赤い視界にかつて見た光景が広がる……。
熱いほどの痛みがフラッシュバックし、あの時の痛みか、今受けた痛みなのかの判別ができない。
自分に走り寄る奏の姿を過去に助けた子供と重ねていたが、コールタールの中を泳ぐような重さで身体が思うように動かず、そのまま小さな奏に身体をゆだねた。
「おのれ、寸で深みを逃れたか!」
奏は弘幸をかばいながらメタリックバーストを施し、彼が斬られた肩と同じ方の腕を敵の目前に差し出す。
そこへ走り込んだ双牙が奏の腕を足場とし、敵めがけて飛び上がると、牙刃を深紅に燃え上がらせた。
「さて、俺の手刀と貴様の刀……どちらが、斬れるか」
完全に間合いはこちらが有利。そのまま閃・紅・断・牙を至近距離で喰らったドリームイーターの胴に亀裂が走った。
「ぐっ……!」
大きく体勢を崩した敵の隙をつき、リュセフィーのミミックがガブリングで主のために視界を遮る。
彼女がウィッチオペレーションで弘幸を回復した後、吟醸が彼のトラウマを解除してやった。
鎧を傷つけられたドリームイーターは怒りに目を見開き、視界に最も近い場所にいる子供……奏に牙を剥く。
すぐ隣には傷ついた弘幸がいる。奏はそのままの体勢で構え、衝撃に備えた。
「地獄の業火がおまけとは、結構いい買い物だったぜ」
言うや今まで伏せていた弘幸が立ち上がり、激しく燃え上がらせた左脚で敵に零距離業火を打ち込んだ。
双牙のつけた亀裂を広げ、鎧内部で炎が渦巻く。
兜、鎧、頬当の隙間まで炎が吹き出した後、中身のない人形はゆっくりと大地に崩れ落ちて終わりをつけた。
●五月人形
できるだけ畑に損害が及ばぬように立ち回った甲斐もあり、大したヒールもいらずに帰れそうだ。
「収穫後とはいえ畑を荒らした事を詫びないと……」
恭介は念のため地域の行政に連絡してから帰るといい、他のメンバーも被害者の安全と無事を確認した後にバラバラと解散していった。
その中で、貧乏くじを引いたというか、世話焼きな性格だというべきか、今回の被害者である寿騎少年の介抱で残ってしまった数名が集まっている。
行ったり戻ったりを繰り返したあげくに、結局残ってしまっている双牙が寿騎少年の目が覚めたのを確認した。他に少年を回復すると言い出すメンバーがおらず、流れでここにいるのだが、それを置いておいたとしても面倒見が良いのは確かだ。
「うう、おでこが痛い……」
前のめりで転んだのだ、ど真ん中にタンコブができている。おでこのふくらみに気がついた後、自分を見下ろしている大人達に少年は目を丸くする。
「お、お兄ちゃん達、誰……」
一通りリュセフィーが事情を説明してやると、子供は大きく口を開けて絶句していた。
「鎧の正体は、ドリームイーターだったんです。どこにつけ込まれるか分かりません。もうこんな危ない事はしてはいけませんよ」
とはいえ、興味8割にせよ、この少年の勇気は立派なものだ。
得体も知れぬ鎧の化け物に果敢に挑もうとは、寿騎という少年も見どころがある。そう双牙は感心もしていた。
デウスエクスに狙われ、それを退ける手段と実力が伴っていないのは残念な話だが、進む道が見えたのなら、遠くない将来にこの子がケルベロスとなって戦う日もくるやもしれない。
懐かしい時間を巻き戻しているような面持ちで、瑠璃が微笑んでいた。
「僕も君と同じ年齢の時は無理をして良く怒られたなあ。君は勇気がある子だから、大事な人を泣かせたりしちゃだめだよ?」
無理をして夜中の森に飛び出したあの日。もれなく姉の拳骨を喰らったけれど、後悔はしていない。
帰ろうというと、少年が困ったように聞いてきた。
「ねえ、ウチにある鎧飾り、大丈夫かなあ? またドリームイーターになっちゃったりしない?」
「本物の五月人形は、子供を守るためのものだと聞きましたよ」
リュセフィーのセリフに、少年は納得したようだ。
「そっか。じゃあ、もう平気だな」
第五の魔女・アウゲイアスがつけいる隙も消え去り、この小さな田舎町に、いつも通りの平和な五月が訪れた。
作者:荒雲ニンザ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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