その村では、雛祭りが世間より1箇月遅れの4月3日に実施されている。
雛人形はそのまま約1箇月飾られ、ゴールデンウイークの頃に片付けられるのが習慣だ。
「明日でお別れ、淋しいなぁ……おやすみ……」
また1年間は会えないことを残念に思いながら、女の子は眠りに就いた。
すると曙の夢に、女雛の姿が。
うしろから髪をといてあげていると、動くはずのない首が女の子を振り向いたのである。
「きゃーーーーーっ!」
夢のなかでめいっぱい叫んで、布団ごと上半身を起こした。
部屋の雛人形は、当然ながら動いてはおらず、布団に入ったときのままである。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
とは、いつの間にか窓の桟に座っていた魔女の言葉。
胸を貫かれた女の子は、するりと意識をなくしてしまうのだった。
「雛人形が動くとか、考えただけでホラーっすね……」
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、ケルベロス達を集める。
曰く、またもや『驚き』を具現化したドリームイーターが出現したのだと。
「女の子の意識をとり戻してほしいっす。皆さん、よろしくお願いするっすよ」
調査報告をした、鈴代・瞳李(司獅子・e01586)も協力を訴える。
首を縦に振り、ケルベロス達はダンテの説明に聴き入った。
「今回のドリームイーターは、女雛の姿をしているっすね。サイズはちょっと大きくて、身長も100センチくらいあるっす」
意識を奪われた女の子の体格を模したのだろうと、ダンテは説明する。
此方の知識を奪って行動を失敗させる、右手の雪洞の灯り。
いい気分にさせて意識を朦朧とさせる、左手の梅花の香り。
舞うような優雅な所作で自由自在に動ける人形は、小柄なため攻撃回避率も高い。
「女の子の家から歩いて10分圏内に、手頃な耕作放棄地が2箇所あるっすよ。草が腰くらいまで延び放題の畑と、低い蜜柑の木が立ち並ぶ畑と。どちらで戦うかは、皆さんで決めてもらって大丈夫っす」
距離や面積はどっちもどっちで、明け方なので照明も不要だろうとのこと。
ドリームイーターは、自分に驚かなかった者を優先して追いかけ攻撃してくる。
誰かを驚かせたくて彷徨っており、自然とケルベロス達に寄ってくるらしい。
「女の子が雛人形をキライにならないよう、よろしく退治してほしいっす!」
倒れたときのままっすからと、ダンテは付け足す。
来年も楽しい雛祭りを送れるように、願うのだった。
参加者 | |
---|---|
殻戮堂・三十六式(祓い屋は斯く語りき・e01219) |
鈴代・瞳李(司獅子・e01586) |
アッシュ・ホールデン(無音・e03495) |
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368) |
王生・雪(天花・e15842) |
ルビー・グレイディ(曇り空・e27831) |
ミミ・フリージア(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・e34679) |
伽藍堂・いなせ(従騎士・e35000) |
●壱
ケルベロス達は、事前情報から戦場として選択した蜜柑畑を訪れる。
此方の方が、立入禁止テープを張りやすいという意見でまとまったのだ。
「雛祭り……小さな女の子のためのお祝いごと、なのよね? 所によって色々あるのね。厄除け等の意味もあるらしいから、そんなものなのかも知れないけど」
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)は、人差し指を顎に当てて考える。
「雛人形が動く、ねェ。怪談にゃあちィっと時期が早すぎる気もするが……逆か? モノが雛人形だっつーのを考えると遅ェのか? ま、なんにしろ季節外れだよなァ」
此方は思考も面倒になって、伽藍堂・いなせ(従騎士・e35000)が射干玉の髪を掻いた。
「雛人形を見るのは好きなのじゃが、こういう使い方をされると困るのぅ。それに蜜柑畑も、こういうときでなければ遊べたんじゃがのぅ」
ミミ・フリージア(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・e34679)の声音は、とても残念そう。
3名は一般人を巻き込まないために、蜜柑畑の周囲を歩いて確認していた。
「では、私達は陣形を整えておきましょうか。視界や攻撃が樹木に遮られないよう、注意しなければなりませんね」
淡い微笑を湛える口許で、王生・雪(天花・e15842)が残るメンバーへと促した。
逃走を防ぎ、尚且つ先頭を有利に進められる、そんな場所を皆で選ぶ。
「ルビーの嬢ちゃん。一緒に仕事できんのは頼もしいが、無理はしないようにな」
「うん、アッシュくんも気を付けて。キープアウトテープもお願いね」
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)が声をかけるのは、同じ旅団員で妹的な存在。
赤毛に大きな灰色のリボンを揺らし、ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)が頷いた。
(「微笑ましいな。それにしても、自分で調査したとはいえ1メートルの雛人形とは迫力があるな。それで素早く動かれたら普通に怖いか……」)
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)はそんな2名を眺めながら、敵の姿を想像してみる。
「テープを張るなら手伝おうか?」
愛用の和傘を閉じ、殻戮堂・三十六式(祓い屋は斯く語りき・e01219)が申し出た。
「そりゃ助かる。んじゃ張ってくるわ!」
アッシュと三十六式は、戻ってきたメンバーと入れ替わりで蜜柑畑の外へ出る。
そうして入り口以外を張り終わった頃に、人形は何処からともなく姿を現したのだった。
「なんとっ! いきなり出てくるのは反則じゃ! さすがにわらわも驚いてしまうのじゃ! なっ、泣いてなどおらぬからのっ」
演技でなく本気で声をあげて、だが気をしっかり持たなければと思い直すミミ。
「これはこれは……随分と健やかに成長したお雛さまがいらしたものですね」
雪も長い睫毛をしばたき、一方でウイングキャットは平然と澄ました顔をしている。
「うっわ不気味なモン見ちまった……っ!」
言いながら、いなせがわざとらしく翡翠色の瞳を何度か瞬かせた。
「わー、本当に雛人形なの!?」
フォトナもまた若干の不自然さを残しつつ、紫水晶色の瞳を見開く。
「へぇ、こりゃまいった。随分と大きいじゃないか!」
できる限り役割をこなそうと決めていた三十六式は、完璧に驚いたふりをした。
「おいおい、冗談だろ。流石にそのサイズで動きまわられるとなると……やだ、びっくり~。アシュ子こわ~い」
「っ……普通にっ、驚いたなっ」
恋人のまさかの発言に、必死になって笑いを堪えつつ驚いてみせる瞳李。
「動く雛人形かー。ホラーとかだと人形が動くのは定番だよね……それにしても、ちょっと大き過ぎる気はするけど」
冷静に告げて、ルビーはにぃっと八重歯を見せる。
結果、驚き方はどれも問題なく、ルビーと雪のウイングキャットに敵意が向けられた。
●弐
優雅に舞い、雪洞の灯りを浴びせてくるドリームイーター。
その足はひとところに留まることなく、ゆらりふわりと不思議に移ろう。
「本来は少女の成長を祈り祝う筈の存在が、其を妨げる異形として彷徨い続けぬよう。必ずや悪夢を晴らしましょう、絹」
ウイングキャットが正面で爪を立てているあいだに、背後にまわりこみ弧を描く雪。
少女が、かつて亡くした義妹と重なり、一層強く、心中で助けると誓う。
「思っていたより数倍速いな。確かに、これは驚くのも無理はない」
その出自ゆえに、動く人形など三十六式にとっては珍しくもなんともなかった。
ひっかきを躱す俊敏さに素直な感想を述べつつ、気怠げにオーラの弾丸を放つ。
「やれやれ……小さな女の子達の浪漫を、こんな風に利用しちゃうとはね。さあ……行くわよ、シルヴァーナ!」
深い溜息を吹き飛ばすように、気合いを入れてオウガメタルの名を呼んだ。
フォトナの装甲から放出されるオウガ粒子は、前衛陣の命中率を上昇させる。
「とっとと片付けちまわねェと、ガキの婚期が遅れちまうぜ……俺のこたァいいんだよ突っ込むな面倒臭ェ! まぁ……ガキが犠牲になってる、ってのも胸糞悪ィしな」
羽搏き序でに突っ込みを入れてくるウイングキャットを、いなせは鋭く睨みつけた。
それからぼそっと呟いて、前衛陣の上空へと小型治療無人機を飛ばす。
「人形は好きじゃが、驚かせようとするとさすがにびっくりするのじゃ。被害にあった者の分まで、しっかり仕返しせねばのぅ」
テレビウムの閃光で視界を眩ませれば、竜砲弾を回避する術はない。
ドラゴニックハンマーをもとのカタチに戻しながら、ミミは自信に溢れた表情で笑う。
「正体がドリームイーターだってわかっているから怖くないよ。ほら、平気平気。みんなに、夜空を照らす、星座の加護を」
味方の攻撃の影で、地面に守護星座を描きつけるルビー。
相棒のガブリングにも助けられて、無事に前衛へバッドステータスへの耐性を撒いた。
「鈴は警鐘。その代わりの私は、私の役割を果たすだけだ」
「それにしてもお前、厄介なもん見つけてきたもんだなぁ。ま、ホラー扱いで怖がられんのもなんか不憫だし、さくっと此処で止めときますかね」
瞳李は静かに零して、グラビティで編み上げた複数の弾丸をお見舞いする。
追って轟く激しい音の雨に、ドリームイーターの足が鈍った。
軽く目許に触れれば、淡青色の地獄の炎がアッシュの指先へと宿る。
落としてエアシューズで受け止めて、間髪入れず燃える蹴りを喰らわせた。
●参
芳しい桃花の香りと仄かな雪洞の灯りが、幾度となくケルベロス達へ襲いかかる。
上空にはまるく太陽が輝き、徐々に気温も上がってきた。
「応急処置だ。ビタも頼んだぜ」
攻撃を引き受けてきたディフェンダー達のバッドステータスを、キュアするために。
いなせがヒールを贈り、ウイングキャットも邪気を祓う風を吹かせた。
「膝をついている暇などつくらないわ! 夜空が紡ぐは星々の唄。仄かな光紡ぎ、闇照らす輝きの粒。願わくはその力、我が意の元へ……」
回復は充分と判断してフォトナは、ドリームイーターの足の下へ魔法陣を精製する。
噴き上がる星々の精気が対象の気力を削り奪い、召喚主の淡い金髪を揺らした。
「手繰る糸は手繰る意図。抗うならば足掻いてみせな」
揺らめきながら蛇の如く絡みつく紫煙は、アッシュの指先から発せられたもの。
仕込まれた高い揮発性を持つ毒液が、じわじわと入り込んでいく。
「目を閉じれば、いつだって其処にある」
三白眼で睨みつつ、ドリームイーターを中心に無数の護符を展開する三十六式。
夥しい数の黒檀色の礫の幻影をあらゆる方向から飛来させ、視界を闇に染める。
「ダンボールちゃんと一緒に超重量級の一撃をお見舞いするよー」
オウガメタルの装甲に覆われた右手で以て、大地を断ち割るような強烈な打撃を放った。
ルビーの攻撃によろめいたところへ、ミミックも鋭い牙で喰らいつく。
「貴様がホンモノであれば、もっと可愛かったのだろうな……」
縛霊手で殴りつけたうえで霊力を放射し、ドリームイーターの動きを止める瞳李。
如何なる理由があれヒトを傷付けるモノを、認めることなどできなかった。
「美しい所作も装飾も、人に害為すとあっては形無しです。在るべき形でまた次の春を迎えられるよう、擬い物には此処でお別れを――『一場春夢』の如くに、消え去りなさい。凜冽の神気よ――」
言葉に導かれ雪の斬霊刀へ収束した冷たい霊力に、雪花が降り始める。
凛然たる一太刀は吹雪となりて、ドリームイーターの視界や感覚を奪い去った。
「わらわのぬいぐるみを特別に貸してやるのじゃ。おぬしを追いかけてくるねこは可愛いと思うのじゃがどうかのぅ? 楽しむといいのじゃ。みーこ、ごーなのじゃ!」
木を傷付けないよう立ちまわり、確実に命中するグラビティを選択してきたミミ。
最期の最後に、自身の力で強化した猫のぬいぐるみを投げつける。
カタカタと鈍い音を立てて、雛人形は粉々に砕けたのだった。
●肆
もうすっかり夜が明けて、朝の散歩を楽しむヒトの姿も見える。
「ルビー、大丈夫か!? 女の子だから傷を残しては大変だ」
「ありがとー! じゃあお返しにトーリさんも。疲れたら、寝るのが一番」
可愛い妹が心配で仕方なくて紙兵を散布する瞳李を、温かな光で包み込むルビー。
一瞬の眠りのうちに、ダメージを回復させた。
「助かったよ、ルビー。それにしてもアッシュ! お前、戦闘中に笑い殺す気か!」
「いやぁ、つい? あれぐらいそろそろ慣れろよなー、身体もたねぇぞ?」
戦闘前のボケに背中を叩いてツッコミを入れると、アッシュは瞳李の腹筋に触れてくる。
暫し、仲間達は夫婦漫才を楽しんだり……テープを回収したり、現場をヒールしたり。
「突然わりぃな。俺達はケルベロスだ」
それから女の子の家を訪ねるが、いなせが名乗ると、親も快く一行を迎えてくれた。
「悪い奴から、貴女の雛人形が護ってくれたのね」
「キミがお雛さまを大切にしてきたからだねー。あたし達も、片付け手伝っていいかな?」
「雛人形ってのは元々守り雛。嬢ちゃん護ろうと夢のなかでもがんばってくれたんだろうさ。心配しなくても、もう怖いことは起きやしねぇよ」
フォトナの四捨五入した素敵なまとめを、ルビーとアッシュが補足。
雛人形はよいモノなのだと、女の子に強調する。
「人形は夜見るとちょっと怖いこともあるのじゃが綺麗なものやかわいいものが多いのぅ」
紙で包んだ五人囃子を箱に納めながら、なにごともなかったかのようにミミも話した。
ひなあられと飲み物もいただいて、いよいよ、女の子ともお別れの時間。
「次はまた、楽しい夢が見られますよう――そして健やかに育ってゆかれますように」
「毎年飾ってもらっている雛人形が、あんたに恩を仇で返すような真似はしないさ。被害が出ないよう、身代わりになってくれた。これからもできたら、毎年飾ってやって欲しい」
雪も三十六式も、皆も、女の子の成長を願う気持ちは同じ。
元気にさようならと言うと、ケルベロス達が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
作者:奏音秋里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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