忍ばずの戦い

作者:東間

●戦の前触れ
 人々が行き交う地上から遙か上、高層ビルの屋上に1人の女を要とした集団はいた。快活な笑みを浮かべた女は、長い髪をふわり、ふわりと夜風に遊ばせながら言う。
「螺旋帝の一族が都心部に出現したって情報が入ったわ」
 ざわめきは起きない。ただ、集団の眼差しに動揺が見えた。
 女はうんうん、と頷くだけにして諫める事はしない。親しみを感じる笑顔のまま、じっと自分の言葉を待つ者達へ告げる。
「事実ならとても凄いチャンス、って感じね。という事で、魅咲忍軍の総力をあげて捜索するよ! あなた達は今すぐ千代田区に向かってもらうから!」
 草の根分けても探し出してきて。その言葉に集団は一斉に頭を垂れ、意を示す。
 女はよしよしと頷いて――あっ、と声を上げた。
「他の忍軍の捜索部隊に出会ったら問答無用で皆殺しね。分かった?」

 ――傾注!
 巻物を手にした螺旋忍軍の声を受け、いかにも忍者といった風体をした数名の螺旋忍軍が一斉に姿勢を正す。彼らに下された命は、一般からするとブラックな内容と、新たな任務の2つだった。
「これより、我が部署は24時間残業体制に突入する。下忍社員は4~6名の班を作成、都内全域を分担して調査活動を行うように。調査対象は、東京都内に潜伏中と思われる螺旋帝の一族その人である」
 『24時間残業体制』で一瞬漂った何ともいえぬ空気が、『螺旋帝』という単語に一蹴され、緊張感が走る。そんな中、他忍軍の調査舞台を発見した場合は最優先で排除せよ、と付け加えられる。それ即ち殺せという事。
「では、検討を祈る」

●忍ばずの戦い
 東京都心部で螺旋忍軍の活発が活動になっている。複数の螺旋忍軍組織が大規模に活動し、螺旋忍軍同士の戦闘に発展し始めているのだ。
「向こうがお互い潰し合うなら別に、と思えるんだけど、戦場になった地区が破壊されて一般人の犠牲が出るとなったら、そうはいかない話だろう?」
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、集まったケルベロス達に争い始める螺旋忍軍の撃破を願った。
 その為に取れる戦法は、『両者の戦いに割って入り、敵を連携させないよう片方の忍軍を撃破し、返す刀でもう片方を倒す』か、『忍軍同士を戦わせ、疲弊した所を叩く』の2つ。
 ただ、後者の場合は一般人の死傷者が出る可能性が高くなるだろう。
 そして、呉越同舟となった忍軍は、対ケルベロスという事で共闘してくる事が考えられる。却って不利になる可能性があるので、慎重に判断しなくてはならない。
「君達には、千代田区の御茶ノ水駅近く……聖橋、って知っているかな? そこに向かって欲しいんだ」
 現れる忍軍は、白の忍装束が特徴である『魅咲忍軍』に属する下級忍者・魅咲忍者と、黒の忍装束が特徴の『螺心衆』に属する下忍。因みに後者は、表向きは頭領が経営する『株式会社スパイラルハート』の社員らしい。
 人数はどちらも4。繰り出してくる攻撃も似たり寄ったりで、螺旋忍者が使用するものや日本刀を使ったものだという。
「戦場になる『聖橋』近くで身を潜めていれば、その内やってくる筈だよ。時間帯は夜になるけど、近くに沢山の店舗や大きな病院、大学があるから、夜になっても人通りはそれなりかな」
 都心部で起こる螺旋忍軍同士の戦い。螺旋帝。気になる所はあれど、まずは目の前で起きる戦いに介入し、撃破する事が最重要事項だ。
「向こうはさして重要な情報は持っていなだろうしね。それじゃあ、後は頼んだよ」


参加者
不知火・梓(酔虎・e00528)
露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)
カルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
アリス・スチュアーテ(砕けぬ幻想・e10508)
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)
鹿坂・エミリ(地球人のウィッチドクター・e35756)

■リプレイ

●壱
 仕事や学校帰りの人々が行き交い、目の前を何台もの車が通り過ぎていく。聖橋の下を通る線路でも、電車がやって来ては停車し、人々を乗せていった。
 集ったケルベロス達は、日常の中に紛れながらただじっと待つ。彼らの視界に螺心衆と魅咲忍者の姿は、まだ無い。
 アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)は、橋の下を通る線路に目をやった。鉄道会社への連絡は済ませており、戦いが始まり次第、駅員が運転司令所へ運転停止の連絡を入れるという手筈になっている。
 螺心衆、魅咲忍者――螺旋帝。セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)の目が、静かに聖橋の方を見た。
(「螺旋忍軍がこれ程の表立った動きを見せるなんて。螺旋帝……名前の字面以上に何か特殊な意味を持つ存在なのかしら」)
 他の忍軍を発見した場合、身を潜め暗躍という普段とは違い、往来のど真ん中でも構わず殺し合うという。その原因である螺旋帝に関する情報が無い以上、答えは出ない。確かなのは、螺旋帝を巡り複数の螺旋忍軍が激突するという事。
 その事を考えたカルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)の目に、呆れが浮かんだ。
(「要人巡って鉢合わせしてつぶし合いって、任侠物じゃないんですから……」)
 激突の結果、一般人が犠牲になる可能性は大であれば、はた迷惑以外の何物でもない。
 不知火・梓(酔虎・e00528)も、禁煙中の相棒である長楊枝を咥えたままぷらぷら上下に動かし、心の内でごちる。
(「敵同士で潰しあってくれて万々歳、といいてぇとこだが、さりとて一般人に犠牲を出すなんてのぁもっての他だよなぁ」)
 思案の波は露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)の方でも起きていた。
(「螺旋帝……気になるけど、相手も知らないんじゃたいした情報は得られないか」)
 だったら、と上着越しに懐の銃に触れる。
(「なおさら僕らのすることは決まっているね。螺旋忍軍の双方には、倒れてもらわないと!」)
 その時、フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)の大きな耳がぴくっと動いた。
「ん」
 小さな一言に、ああ、と鹿坂・エミリ(地球人のウィッチドクター・e35756)が続く。
「いらっしゃったようです」
 2人の視線は、近くに建つ高層ビル――その向こう。アリス・スチュアーテ(砕けぬ幻想・e10508)も気付き、感じ始めた気配へと意識を向けた。
(「この戦いであいつへの手がかりが少しでもつかめればいいのですがね……」)
 期待はしないですけどね。そう思ったのと同時、青信号になったばかりの聖橋へ2つの忍軍が降り立った。

●弐
 発進しかけた車が、歩いていた人々が何事かと止まり騒然となる。梓はプッと長楊枝を吐き捨て、走り出した仲間達に続き駆け出した。
(「都心にあふれるゴミ掃除といくかねぇ」)
 その目に活力が宿るのと同時、2つの忍軍がケルベロス達に気付く。
「やだ、ケルベロス!?」
「くそっ、こいつらだけでも邪魔だというのに――なッ!?」
 武器に手をかけた螺心衆を、ざざ、と舞った紙兵が包み込んだ。嘘でしょと声を上げた魅咲忍者が、アーティアの投げたエクスカリバールをまともに受け、額を押さえ蹲る。
「さあ早く! 避難を!」
 カルディアが声を張り上げると、人々も車も、弾かれるように逃げ出した。2つの忍軍は互いに睨み合ったまま、ケルベロスへの警戒を露わにする。特に螺心衆の警戒は目に見える程のものだ。
「我々をヒールだと? どういうつもりだ」
「私達の目的は戦闘の早期終結、片方を倒せばそちらは見逃します」
 なので協力を。その意志と姿勢を示したアリスに続き、守護星座と雷壁の輝きが傷を癒した。
「敵の敵は味方……という事ね」
「ええ。とにかく今は目の前の敵に集中しましょう」
 前に出たセリアが蒼氷の瞳で螺心衆を射抜くように、後方に立ったエミリが柔らかく微笑んで言うと、螺心衆から感じていた驚愕と殺気が戸惑いに変わっていった。
「そういうこった」
 ほら行くぞ。梓が達人級の一撃を見舞い、きらっと笑顔を浮かべた沙羅の目が1体の魅咲忍者を捉える。
 君は今幸せかい?
 その問い掛けが細かい事も魅咲忍者もまとめて吹っ飛ばすと、この状況で幸せなワケがない、と魅咲忍者達が反撃の姿勢を見せた。
「ほんとツイてない! 行くよみんな!」
 掌に集中していく螺旋と氷と化す螺旋。次の瞬間には2体が前へ、もう2体が氷結の一撃を撃ち出し、螺心衆の内の2体が守るべく反応する。
「ん、クルル。いっしょに、みんなを守るの」
 フォンと箱竜クルル。2つの小さな『盾』も、しっかりと攻撃を受け止めていた。フォンが片腕覆い尽くす縛霊手の一撃を見舞うと、クルルがその属性をエミリに贈る。
「てめぇら何をしている! 行くぞ!」
 カルディアは昂ぶる気を露わにし、2振りの長剣を手に、盾役の魅咲忍者へと斬りかかった。豪快に十字を描き、深く斬る。
「魅咲忍者が全滅したらてめぇらは帰っていい」
「……いいだろう。利用してやるさ」
 そう返した1体を始めとし、螺心衆は次々と魅咲忍者に飛びかかっていく。一気に重ねられた攻撃に耐えきる事は出来なかったか、魅咲忍者の数は、あっという間に4から3になっていた。

●参
 周囲にあった人気はとうに無く、戦いの音だけが響く。
 ケルベロス・螺心衆と魅咲忍者の図式は、1体目を倒してからも揺らぐ事はなく、『13と3』という圧倒的な手数で魅咲忍者を追い詰めていた。
 一度に2つの忍軍を相手取る事になっていたら、今のように有利な状況とは行かなかったろう。しかし、真っ先に螺心衆をヒールし、同時に魅咲忍者を攻撃していた事で『このケルベロス達を利用して魅咲忍者を相手取った方がいい』と思わせる事が出来ていた。
(「味方しておいて裏切るのは性分ではないけれど、今回は仕方ないわね」)
 頭領でも呼んで話し合いでもしてくれればとアーティアは思うが――うん、やっぱり仕方ない。
 噴射からの加速で勢いを増した竜槌をガツンと叩き込むと、ひゅ、ひゅ、ひゅ――と宙翔た氷結螺旋が、立て続けに魅咲忍者に突き刺さった。
 その場にドサリと倒れた仲間を見て、残りの2体が焦りを浮かべ――構える。
「せめて少しは……!」
「このォ!!」
 数も体力も圧倒的に不利。逃走が叶わないならばと繰り出してきたのは、月を描く斬撃と氷結の螺旋。標的は螺心衆の1体だが体力全てを奪うには至らない。逆に、受けた傷へと斬霊刀の切っ先が突き立てられる。
(「にしても、」)
 梓は、顔に飛んだ返り血と自身の血をそのままに、薄く笑むと同時に一気に斬霊刀を払う。一瞬で斬り広げた傷は相手に深手を負わせ、螺心衆の一撃がトドメとなって倒れた。
(「魅咲忍軍を倒して気ぃ抜けたとこで俺らに襲われる螺心衆を考えっと」)
 気の毒だが――気の毒だからこそ、残り1体となった魅咲忍者に退治する螺心衆に対し、嗤いも浮かぶ。
「う、っぐ……」
「残念、これでおしまいだよ!」
 沙羅の構えたガトリングガンが激しい音を立て火を噴いた。後ろへ1歩2歩、ガクガクと踊るように後退した魅咲忍者が、ガクンと後ろに倒れ動かなくなる。
 静寂の中、螺心衆が無言で視線を交わしたら――ケルベロス達は、次々とアツイ掌返しを贈っていった。
「ぐァッ!? き、貴様等ッ!!」
「悪いな。見逃すってのは嘘だ。ケルベロスからは逃げられねぇんだよ!!」
 苛烈な笑みと共にカルディナは告げ、盾を務めていた螺心衆へと激しい怨嗟で満ちた蠍座の連撃を見舞う。
「争いは収めるより、火種から根こそぎ狩るんだよ」
 肉を、骨を断ったそこに、加護すら切り裂く一撃が振り下ろされた。
「ああ、片方を倒したら見逃すといいましたね。あれは嘘です」
 さらりと告げたアリスの声を聞く事無く、螺心衆の1体が息絶える。戦闘中、何度かヒールを受けていたとはいえ、盾を務めていれば、癒しきれない傷は増えていくものだ。
「奴等を消すのに、我々を使ったのか……!」
「ん、そうなの。街のみんなが怪我をしないよう、早く解決したかったからなの」
 ぽそりと答えたフォンが跳ぶ。螺心衆を縫い止めるような、小さな流星の如き一撃に封印箱へ飛び込んだクルルの一撃も加わって――。
「使えるものは使う、それだけです。あなたたちも同じでしょう」
 仲間達の状態に目をやったエミリは、電撃杖の先端をひらりと揺らす。途端、構築された雷壁が前衛に立つケルベロスを包み込んだ。もう螺心衆をヒールする必要は無い。
「『斬り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 踏み込みゆかば 後は極楽』ってなぁ」
 詠うように言った梓が嗤い、拳を叩き込む。技量の結晶たる一撃にまた1体が倒れ、残る2体に全員の目が向けられた。
「っく……」
 じり、と動けばケルベロス達も動く。
「……お互い、見逃す理由も義理もないわね。お前達が何を巡り争っているのか。それを嗅ぎ付けつつある私達をみすみす帰す手は無いでしょうに」
 当然、私達も帰す気はないのだけど。そう言ったセリアの眼差しは、戦いの火蓋が切られた時から変わらず、螺心衆を射抜いたまま。星の圧を宿した長剣で、仲間が与えた加護も敵の体力もを斬り壊し――。
「……くそ。始めから、貴様等を狙うべきだった!」
 後悔と怒りと殺気。全てが混じり合った声と共に向けられた抵抗は、9つの牙を前に、為す術もなく散っていった。

●肆
 2つの忍軍、その遺体は塵となって消えれば、聖橋に本当の静寂が訪れる。
 戦場となったが、幸いヒールでカバー出来る範囲だ。フォンを始めとするケルベロスがヒールしていくが、カルディアはそれでももう少し気に掛けるべきだったかと反省していた。
「おっ、こいつぁ随分と綺麗になったもんだ」
 戦いが終わった後、いつの間にか長楊枝を加えていた梓がへっへ、と笑った。その表情は戦闘中とは違い、いつもの梓、のように思える。
 幾何学模様が淡く明滅する中、セリアは橋の欄干に軽くもたれた。思い浮かぶのは、先の大きな戦いだ。
「ダモクレスを破ったばかりだと言うのに……荒れるのは避けられそうもないわね」
「ええ。それに、帝とはどういう存在か……調査が必要ですね」
 カルディアは真剣な面持ちになり、アーティアも、自分なりに情報を探すつもりだと言った。聖橋から駅の方を見れば、幾つか店が目に入る。この地域近辺なら、飲み屋は何軒かある筈だから、梯子すれば何か掴めるかもしれないと思っているのだ。
「向こうが何か知ってたら良かったね」
 残念、と沙羅は溜息ひとつ。
 それでもその表情が明るいのは、人々の犠牲を出さずに勝利出来たからだろう。
 螺旋帝がどのような姿の存在なのか。その居場所は。
 わからないものは依然わからないままだが、今回の勝利は、いつかそこに辿り着く1歩になるに違いない。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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