咲くやこの花

作者:藍鳶カナン

●バタフライエフェクト
 光の蝶が舞い上がった。
 二人にとってそれは敬うべき相手が訪れた証。煌びやかな道化服を纏った青年がその場に膝をつけば、くるくると一輪車を乗り回していた少女も倣う。花吹雪めいた光の蝶の群れの中から現れたのは、螺旋の仮面越しでもその美貌が窺える、奇術師を思わす女だった。
 前置きなく命が下される。
「この森の奥に、花から起こす天然酵母でパンを焼くパン工房があるそうです。その職人と接触し、仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい」
「そりゃまた素敵な任務で。はいよおまかせ、見事その手腕を盗んでみせまさぁ」
「楽しそう美味しそう! パン焼いたらミス・バタフライも召し上がってくださいねー!」
 これから二人が遂げる任務は小さな蕾を作るようなもの。
 一見取るに足りない小さな蕾に見えても、めぐりめぐってそれは思いもよらぬ大輪の花を咲かせるのだ。地球の支配権すら、大きく揺るがすような。

●咲くやこの花
 八重桜の花が盛りの森の奥にあるのは色とりどりの花に溢れるイングリッシュガーデンに囲まれた煉瓦造りのパン工房。そこで日々焼き上げられているパンが、
「見て見て! お取り寄せしてたのが届いたの、花から作った天然酵母のパンなのヨ!」
「わあ……! とっても素敵ですねっ!!」
 それこそ南国の花のごとき笑みでムジカ・レヴリス(花舞・e12997)がケルベロス達へと披露した天然酵母パン。レーズン等の果物から起こす天然酵母はよく聴くが、花から起こす天然酵母となればやはり珍しい。
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はそれらの花の天然酵母パンや同梱のリーフレットに歓声をあげて、
「という訳でですね、ムジカちゃんが心配してたとおり、このパン工房『咲くやこの花』のオーナー職人、咲野・ミズキくんが螺旋忍軍ミス・バタフライの配下二人に狙われることがわかりましたっ!」
 明るく元気に事件予知を告げた。
 なお『咲くやこの花』の『この花』は『粉の花』の意らしい。
 ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍二名がその『咲くやこの花』のミズキのもとへ現れて、情報を得るなりその技能を習得するなりしたあとに彼を殺そうとする。これを見過ごすと、ケルベロスに不利な状況へ発展する可能性があるという。
「そんなのダメですし、何よりミズキくんが殺されちゃうのがダメダメですよねっ!」
「ええ勿論! ばっちり阻止してくるワ、その事件!!」
 但し事前にミズキを避難させると敵の標的が変わって事件阻止が不可能になってしまう。
「そんな訳で、そろそろ言わずもがなって感じですよね! みんなでミズキくんを護りつつ戦うのもアリですが、みんなが花の天然酵母のパン作りを修業してパン職人に成りすまして囮になるのがねむのおすすめですっ!」
 そう言うからには当然ねむから先方へ連絡済み。受け入れ態勢もばっちりだ。

 パン工房『咲くやこの花』で使われる天然酵母は、周りの森や庭の花から起こした酵母。
 今の時期に使うのは森の八重桜の花、そして庭の薔薇とカモミールの花だという。
「修業するなら、この三種類の中からみんなそれぞれ一種類選んで、その花から天然酵母を起こすことになります。酵母が使えるようになるまで数日かかりますから、その間に自分の酵母のお世話をしながらパン作りの特訓をして、最終的には自分で起こした花の天然酵母でパンを焼く――って流れになるみたいです!」
 肝心なのは天然酵母だから、焼くのは基本のシンプルなパンだ。
 修業の成果を確かめるため、焼き上げたパンは勿論食べてみることになる。
「最終日はみんなのパンでお茶会って感じでしょうか! パン作りの修業の成果確認なので他の料理とかお菓子はナシですが、お気に入りのバターやジャムとか、紅茶とか珈琲とかを持っていくのはアリだと思いますっ!」
「わ、すごく楽しくなりそうネ……!」
 昼下がりにお茶会、そして、夕刻には予知された敵を迎えることになる。
「囮になれたひとがいれば、敵を庭に誘いだすのがおすすめです。工房の庭には広い薔薇の迷路があるそうなんですが、迷路の奥に病気になっちゃった薔薇をごっそり処分して大きく開けた場所があるってミズキくんが言ってました!」
 戦いの障害になるもののない広い空間、そして、囮以外の者やサーヴァント達がまわりの迷路に潜んでおき、誘導されてきた敵へ奇襲を仕掛けるのには最適な場所だ。
 敵はかなりの手練れ二名。
 だが、不意打ちで奇襲されれば態勢を調えられずまともに戦えなくなるという。
「でもこっちも油断しちゃってたら意味がないので、どーんと全力でお願いしますっ!」
「任せて、全力で撃破しちゃうワ! そうよネ、みんな?」
 拳をぐぐっと握るねむに迷わず応え、ムジカは仲間達に片目を瞑ってみせた。
 さあ、花を咲かせにいこう。
 パンという名の天然酵母と小麦の花を。そして、勝利という名の輝く花を。


参加者
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(アルペジオは甘く響いて・e02234)
ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)

■リプレイ

●咲くや粉の花
 光射すテラスに出れば、花香る風の心地好さに笑みが咲いた。
 薔薇とカモミール咲き溢れるイングリッシュガーデンの先には薄桃色に霞む八重桜の森、南国生まれのムジカ・レヴリス(花舞・e12997)の胸にはこの国で初めて八重桜に出逢った時の感動が今も鮮明に灼きついているから、挑んだのは勿論、桜の酵母。
 ――八重桜ちゃんって、気難しい子なのカシラ?
 初日にそう訊けば、パン工房『咲くやこの花』のオーナー職人、咲野・ミズキは、
「んー。どっちかと言うと、箱入り娘? 気候や土壌にもよるだろうけど、うちの桜の花は付着してる酵母菌そのものがまず少ないみたいんだよねー」
 なかなか思いどおりにいかないのも面白いとこだけどね、と磊落に笑ってみせた。
 花酵母は勿論だが、レーズン酵母や林檎酵母などでも、その素材に付着している酵母菌を採取したり培養したりして利用するもの。元の酵母菌が少なければそれだけ『起こす』のも難しくなるというわけだ。
 広口硝子瓶を煮沸消毒して自然乾燥させ、綺麗な水に浸けて洗った花を入れ、更に綺麗な水を注いで砂糖を少し加え、砂糖を溶かして蓋をする。
「読んできた本には、レーズンとかなら素材自身の糖分で行けるって書かれてたけど……」
「花ではそうもいきませんものね。わたくしも途中で少しお砂糖を追加しましたわ」
 糖分を栄養に『起きて』いく酵母。
 毎日様子を見ながら、日に何度か蓋を開けて優しく瓶を振るように混ぜて。
 少しずつのその変化が嬉しくて、気づけばお土産を楽しみにしているあの子に接するよう酵母に接していた自分を思い起こし、ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)が眦を緩めつつテラスのテーブルを拭けば、烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)も楽しげに笑みを零して皿を並べていく。蓋を開けるたびにふわりと昇る香りにそのたび心躍らせて。そんな日々は思っていた以上に楽しかった。
 花の香と色が移っていく水にいつしかしゅわしゅわと気泡が昇り始める様は、
「飾っておきたいくらい綺麗だったよねー。花自体の色は抜けちゃうのが残念だけど」
「蜂蜜入れたらもっと綺麗かな。帰ってから試すのが楽しみだー! な、響?」
 天矢・和(幸福蒐集家・e01780)がケトルで湯を沸かしつつ言うのに頷き声を弾ませて、リーズレット・ヴィッセンシャフト(アルペジオは甘く響いて・e02234)が自前の紅茶缶を手に取れば、その頭にほわっと乗ったボクスドラゴンも嬉しげにぱたぱたする。
 量や扱いを誤れば花の風味でなく蜂蜜風味の酵母液になってしまうと聴いたから、自宅でこれから要研究。
 複数の業務用オーブンがフル回転で頑張る工房にはパンが焼ける暖かで香ばしくほんわり甘い香りが満ちていて、焼き上がりに扉を開けば、
「どれもいい感じじゃねぇか。これは期待できそうだな」
「自分で起こした酵母のパンってのは、やっぱ感慨深い分相当美味いだろうしな」
 ひときわ豊かに溢れだした香りとパン達の焼き色に天矢・恵(武装花屋・e01330)が顔を綻ばせ、パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)も満足気に瞳を細めた。が、
「アタシ達はミズキちゃんに助けてもらっちゃったケド」
「難しかったね、桜……。助けてもらった分、パンは美味しく焼きあがってるといいな」
 軽く肩を竦めたムジカに、ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)は難関に挑んだ者同士の共感を胸に淡い苦笑を返す。
 勿論どちらも心を込め丁寧に世話をしたが、更なる努力と工夫が必要だったのだろう。
 二人の桜酵母はなかなか発泡してくれず、一旦花を漉しとった酵母液に新しい水と桜花と砂糖に数枚の若葉、そしてミズキが起こした活きのいい桜の酵母液を小匙一杯追加し何とか酵母を起こしたのだ。
 それでも間違いなく自分の手で咲かせた――パンという名の、天然酵母と小麦の花。
 酵母液を直接パン生地に練り込むストレート法で焼いたパンは、酵母液の素材そのものの香りや風味がしっかり感じられるのが特徴だ。
 焼きたてのその香りは普段食べているパンより芳醇で、頬張ってみればその途端に、
「――!! ああ、本当に『咲いた』感じがするんだね」
「ええ。パン自体は素朴なのに、華やかな風味ですわ」
 口中に柔らかな熱が溢れ、熱い小麦と花の香りが膨れあがるように咲いた。
 酵母液は花より更に林檎めく香りになったのに、焼きあげたパンは甘酸っぱくも花らしいカモミールの香りをジエロの裡に咲かせてくれる。優しい熱と軽やかな薔薇の香気が花開く様に華檻の心も浮き立って、これで薔薇の形に焼ければ素敵だったのですけれど、と零れた吐息も何処か軽やか。
 事前の話の通り、焼いたのは基本のシンプルなパン。
 自分の酵母を起こしている間はミズキの酵母でパン作りを特訓してきたが、自分の酵母で焼くのはこれが初めて。同じ素材で起こしても質の安定しない天然酵母を使ったパン生地は扱いが難しいから、今日のところは簡単な丸パンだ。けれど。
 発酵させた生地はちぎっただけでも機嫌を損ねるらしいしな、と応じた恵が、
「だから今は――こういうのでどうだ?」
 己のパンをスライスし、バター少量を繋ぎにそれをくるりと丸めれば、可愛らしい薔薇がころりと咲いた。
「まあ! 発想の転換ですわね、やってみますわ」
「あ、じゃあこれ使ってみないか? 私が自作したローズジャムなんだ」
 自身も薔薇酵母パンを焼いたリーズレットは、ジャムに加え紅茶を自己流でブレンドしたローズティーで薔薇尽くし。彼女のカップから溢れる香りにティティスが瞳を輝かせた。
「すごいね……! 紅茶ってこんないい香りなんだ……!」
 ヴァルキュリアである彼はまだ地球の紅茶を飲んだことがないのだと聴けば、
「なら是非、アッサムも飲んでもらわなきゃね」
「ダージリンのファーストフラッシュもだ」
「珈琲もどう? フローラルな香りがするの持ってきたよ」
 硝子ポットにジエロがお湯を注げば蝶型のティーバッグがふわり舞い、恵のポットからは陽光めく色の紅茶と爽やかな香りがカップに踊る。和が心持ち薄めに淹れた珈琲は、華やぐ香りを柔らかにくゆらせて。更に恵が三種の花ジャムを添え、皆でそれぞれのパンを交換しあっていけば、テーブルの上はいっそう春爛漫。
「豪勢ってか、もう贅沢なくらいだな! 目移りするが、薔薇からいただこうかね」
「交換こ嬉しい! カモミールパンちょうだいネ、ジャムもカモミールで……!」
「華やかなお茶会になりましたわよね。わたくしはムジカ様の桜パンをいただきますわ」
 上質な紅茶や珈琲はそれだけで美酒にも負けない満足感をくれるもの。
 破顔したパーカーは薔薇のパンに紅煌く薔薇と苺のジャムを乗せ、彼のカモミールパンを貰ったムジカは淡金に鮮やかな金柑映えるジャムにも手を伸ばす。雅な桜の香り咲くパンを味わう華檻は紅茶に桜と桜桃のジャムを添え。
 皆の桜やカモミールを堪能した和も、次いで息子のパンとジャムを賞味して――。
「!? ちょ、何これ何これ、恵くんのパン僕のと全然違うんだけどー!!??」
 目を丸くした。
 和の薔薇酵母パンも上々の出来栄えだったが、息子は更にその上を行く。
 独学とはいえ元々花屋カフェで菓子作りを担当している彼はパン作りの上達も早く、更に昨晩はインソムニアを使用しミズキ所蔵の専門書をがっつり読破。徹底して知識を吸収し、変化を見るたびミズキに相談しつつ育んだ酵母は発酵力も風味もひときわ豊かで。
「こりゃ相談するまでもなく囮役は決定かね?」
「うん、私も賛成だよ」
 分けてもらったパンを味わい、パーカーが皆を見回せば、ジエロが柔い笑みで同意して、一斉に恵へ瞳を向けた皆も彼のパンをもぐもぐしながら頷いた。
 花屋カフェを営む親子は早速花酵母パンを加えた新作ランチの打ち合わせ。皆ぜひ食べに来てよ、と和が仲間へ誘いを向ければ輝く笑みを咲かせたリーズレットが意気込んで、
「それはいいな、勿論うかがわせてもらうぞ!」
「素敵なお店なんだろうね。僕もぜひ」
 胸の中に歓喜の花咲く心地でティティスも微笑んだ。
 出来が不安だった自分のパンも無事に焼き上がり、頬張れば広がり咲く桜の香り。
 春纏う少女が歓ぶ様を思えば胸にぬくもりも燈るけど、眼の前のテーブルに皆が咲かせた春咲く美味や絶えず咲いては弾けるような皆の笑顔が眩いほどの幸せをくれる。
 ――こんなに楽しいお茶会は、初めてだ。

●咲くや来の花
 夕刻に工房を訪れた青年と少女は何ひとつ疑うことなく恵をパン職人だと信じ込み、彼に誘われるまま迷路に足を踏み入れる。薔薇咲くオラトリオである彼が薔薇の迷路をゆく様はいかにもそれらしく、彼のパンに舌鼓を打ちつつ素直に後に続いた螺旋忍軍達は、
「……? こりゃ、迷路にしちゃえらく広々した処で」
「え? あれれ? なんでここ何もないんですかー?」
「それはこうやって、私達が熱烈に歓迎するためだ!」
 咲き溢れる薔薇に覆われた迷路が不意に開けた空間で、誰よりも速くリーズレットが射ち込んた輝く矢に歓迎された。
「そのパンがお前さん達の最後の晩餐だ、噛みしめて逝くんだな!」
「ありがたく思ってよねー、うちの息子の力作なんだから!」
 夕暮れの陽射しよりも甘やかに輝く矢が道化師たる敵青年の胸を貫いた瞬間、パーカーが翳した銃口から弾でなく石化の魔法光線が迸り、ほぼ同時に和の早撃ちが着弾。彼の傍らで花嫁めいたヴェールをふわり揺らしたビハインドが金縛りで道化師を縛めれば、
「く……ケルベロスに待ち伏せされてたとは、こいつは吃驚でさあ」
「ええー! ちょっと待ってくださいね今一輪車召喚しま」
「ごめんあそばせ、待ちきれませんわ」
「そんなぁ!」
 黄昏の風に淡く回路煌く振袖が舞う。
 和風フィルムスーツを纏った華檻のアームドフォートが少女へ砲撃を叩き込めば、
「そっちの子はお願いネ、華檻ちゃん!」
 狙撃手たる彼女の攻撃が確り決まる様を瞳にしたムジカが道化師めがけて迷わず跳んだ。鮮やかな緋の軌跡を描き、眩い焔の軌跡を道化師へと燈せば、続いて夕暮れを満たしたのは涼やかに煌く白銀の吹雪。
「楽しい修業が終わるのは寂しいけれど、戦いは早々に終わらせようか」
「ああ、そのつもりだぜ」
 敵に燈された三重の炎、そしてティティスが解き放った流体金属の粒子が自身の超感覚を覚醒させてくれる様に笑みを刻んで、恵は両手に携えたガトリングガンで絶大な破壊の力を炸裂させた。
「ああやっと召喚できた、いきますよー!」
「すまないね、そうもいかないよ。クリュ、華檻くんのアシストを!」
 唐突に中空から降って来た一輪車に跨った少女が一輪車の機関銃を掃射するが、ジエロが即座に射線を塞ぎ、彼のボクスドラゴンは少女の抑えたる華檻が刻む麻痺を増大させるべく水のブレスを迸らせる。
 道化師が分身を纏ったと見れば、ジエロは裡に秘めた魔術回路を起動した。
『轟け水龍――Tornado』
 詠唱と同時に空気中の水分が凝固し、激流となって迸る。眩い夕陽の輝きも孕んで翔けた水龍が盛大な飛沫や氷礫とともに爆ぜれば道化師が纏った分身が吹き飛んで、輝く水の龍に隠れるように肉薄した恵がガトリングガンを撃つ――と見せかけ、道化師の足元から溶岩を噴出させた。
「ちょ、そりゃないですぜパン職人の旦那!」
「ハハッ! 素晴らしいフェイントだな、いいザマだ螺旋忍軍!!」
 仲間を賞賛したパーカーはあらぬ方向へ銃撃を放つが、迸った弾丸は少女の一輪車に跳ね道化師を背後から撃ち抜く痛打となる。奇襲からの猛攻勢、そして集中砲火に晒された彼は防戦一方、少女からもまともな援護は得られぬまま、道化師にはその強力なヒールも効かぬ傷が嵩んでいった。
「行けそうだね、このまま押しきっちゃおう」
「分かった、僕も畳みかけるね」
「うん。一気に叩き潰そう!!」
 緩い笑みひとつ、和が撃ち込んた気咬弾が道化師へと喰らいつけば、皆を護る星の聖域を描き続けていたティティスも御業から炎弾を解き放つ。燃え上がる炎の輝きに強く煌くのはリーズレットが大きく揮った簒奪者の鎌。
 黄昏の風を裂いて旋回したそれは大きな刃と幾つもの歯車で道化師を深々と斬り裂いて、彼の存在すべてを霧散させた。
 同胞が倒されたと少女が気づくより速く、ムジカも黄昏の風を裂いて舞う。
「お待たせ華檻ちゃん、大丈夫!?」
「問題ありませんわ。――大丈夫、貴女もすぐ楽にしてさしあげますから」
 電光石火の蹴りが少女を蹴倒せば、これまでも存分に少女を翻弄していた女は一輪車から転げ落ちた彼女を愛しげに抱き寄せて、豊かな胸に埋もれさせるよう掻き抱いた。
 刹那、響き渡るのは少女の首が折れる音。
 それでも死なぬのがデウスエクスだが、それでも死を与えられるのがケルベロスだ。
「御退場願うよ。恨みつらみはいつか彼岸で逢えた時に聴こう」
「そうだな、聴いてやらんこともない」
 白黒の蛇絡む水瓶の杖、ジエロが掲げたそれからは輝く魔法の矢が降り注ぎ、パーカーが狙い定めた銃口からは眩い魔法光線が撃ち込まれ。
 ――君の涙は、何色だろう?
 煌くルーンを紡いでティティスが招いた星の精霊が流星の雨を降らしめた。
 数多爆ぜる星の煌きは硝子瓶の中に見た煌きにも似てムジカは小さく笑みを零す。桜から起きた酵母がしゅわしゅわと聴かせてくれた、いのちの唄。
「あなた達には、あげないワ!」
 彼女の脚に咲きあがったのは桜をも思わす淡紅の光、花の蹴撃に深く胸を穿たれ、覚悟を決めたらしい少女が一輪車に炎を噴き上げ吶喊する。
「こーなったらせめて、パン職人だけでも道連れに……!」
「跳べ! 響!!」
 だが、主の声より速く馳せたリーズレットのボクスドラゴンが恵を護りきった。
 助かったぜ――と彼が口にしたその瞬間には、その手に召喚された刃が少女を斬り裂き、散華のごとく紅き血を散らす。散る花、咲く花。素敵だよね花酵母、と恋うるように笑み、和も少女へ銃口を向ける。
 けれどこれは、命を咲かせる技術だから。
「殺して奪うものじゃない。君たちには過ぎた代物だよ」
 恋の魔法を凝らせた弾丸で、少女の命の全てを散らした。

 全てを終えた華檻は戦う際に脱ぎ捨てた清楚な衣服をフィルムスーツの上に纏い、首元に星と三日月を染め抜く藍染めスカーフを巻いた。パン作り修業のため暫くは無香だったが、任務を終えればジャスミンとガーデニアの香水を纏う日常に戻る。
 藍染めも調香も、ミス・バタフライの事件に関わった際に覚えたもの。
 様々な修業は楽しくもあるけれど、螺旋忍軍に大きな動きが見えた今、
「そろそろ彼女の尻尾を……いえ、翅を掴みたいところですわね」
 胸の奥に感じるのは、まだ見ぬ相手への宿命的な何か。
 ――萌したその蕾はきっと、艶やかに花開く日を待っている。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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