鷹は舞い降りた

作者:藍鳶カナン

●バタフライエフェクト
 光の蝶が舞い降りた。
 彼らにとってそれは命が下されたのも同義。奇術か忍術か、鷹の尾羽根へと変わった蝶を恭しく押しいただけば、奇術師めいた風体の女が螺旋の仮面の下で笑んだ。
「この辺りに鷹匠がいるそうです。あなた達は鷹匠と接触し、仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい」
「鷹匠? ひゃあ、かぁっこいい~!」
 光り物を身に着けた道化の少年が大仰に声を上げれば、左肩に白い鴉をとまらせた青年が少年の分まで深々と頭を垂れる。
「畏まりました、ミス・バタフライ。私も鳥使いの端くれ。必ずや命を遂げて参ります」
 これから彼らが遂げる任務は蝶の最初の羽ばたき。
 鷹のそれに比べればいかにも些末事に思えるその事象が、めぐりめぐっていずれは地球の支配権を大きく揺るがす事象に発展することを、彼らは間違いなく識っていた。

●鷹は舞い降りた
 空の王者が画面に映し出された。
 大空に悠然と翼を広げる様も疾風のように低空を翔ける様も、どうしたってその姿に目を奪われずにはいられない。
「綺麗ですよ、ね。鷹。鋭くて、それでいて雄大で」
 高校の授業で視た鷹狩りの特集番組は日御碕・鼎(楔石・e29369)の胸を強く打った。
 一般にも配信されていたその映像をケルベロス達とひととおり視聴して、ほんとだね、と天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)は狼の尾をぱたりと揺らす。
 鷹のみをフォーカスしたその映像に鷹匠は映っていなかったけれど、
「この鷹と一緒の鷹匠、高峰・ツバサさんて女性が螺旋忍軍に狙われる。鼎さんが危惧した通り――ミス・バタフライの配下にね」
「許せません、ね」
 予知を語った遥夏の言葉に鼎は静かに瞳を伏せた。
 ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍二名が鷹匠のもとに現れて、情報を得るなりその技能を習得するなりした後に鷹匠を殺そうとする。これを見過ごすと、ケルベロスに不利な状況へ発展する可能性があるという。
「けれど状況の展開があろうがなかろうが、ツバサさんの殺害を許せるはずもないよね」
「当然です。でも事前に避難していただくと敵の標的が変わって事件を阻止できなくなる。従って、彼女を護りながら戦うか、僕達が鷹匠に扮して囮になるかの二択、ですね」
 焦りも気負いもなく、けれど真摯に鼎が応じれば、話が早いねと遥夏が顔を綻ばせた。
 先方には既に話が通っている。
「ツバサさんから伝言。『鷹を使うのではなくて、鷹に力を貸してもらって、協力しあって一体になる。そんな気持ちで学べるなら、是非修業においで』――だってさ」

 鷹匠の技は放鷹術と呼ばれる伝統技能。修業は並大抵のものではない。
 拳に鷹をとまらせることを『据える』というが、この据えを安定させるのも数年がかり。
「けれど身体を使うことならあなた達には大したことないはずだよ。あなた達ケルベロスの身体能力なら数日で身に着くと思う」
 相当な努力を要するのは知識や心構えを学ぶことだ。
 鷹を乗せる手に嵌める『エガケ』と呼ばれる鹿革のグローブを自ら手縫いしながら知識も学ぶことになる。しかし、相当なものが必要とはいえこちらも熱意と努力でクリア可能。
 最大の難関は、鷹との信頼関係を築くことだ。
 猛禽をペットにしている者や猛禽のファミリアを持つ者もいるだろうが、ペットを連れていくわけにはいかず、堂々とファミリアを見せて囮になるわけにもいかない。鷹自体も既に訓練された個体が必要だ。
 修業の際も囮となる際もツバサの鷹に協力してもらうことになるが、
「ただ馴れてもらうだけでも数週間がかりだって聴いたよ。でも、あなた達ならその時間を短縮する手段がある。そうだよね?」
「『動物の友』――ですよ、ね」
 防具特徴『動物の友』。その有用性は鼎も先だって目の当たりにしたところだ。
 協力してくれる鷹は、ハヤブサの『桜』とオオタカの『橘』。
「左近の桜と、右近の橘。でしょうか?」
「うん、それから採った名前みたいだね。天高く舞わせて急降下させたいなら桜、羽合せ――腕を揮って手の鷹を飛ばすなら橘。桜も羽合せで飛ばせるけど橘の方が得意らしいね。空の高さを感じたいなら桜ってことかな。みんなそれぞれ好きな方と修業してねって話」
 桜と橘はともに七歳。既に何年もツバサと訓練している。
 鷹ではなく、あくまで自分の鷹匠としての訓練であり修業だ。
 そして最終日に修業の成果を確認することになる。が、鷹狩りはできないんだ、と遥夏は困ったように笑ってみせた。
「猟期が終わっちゃってるしね、狩猟はアウト。鷹狩りじゃなくて害鳥排除で修業の成果を見ようってツバサさんが言ってたよ」
 大きな鎮守の森と広大な敷地を持つ神社から、鎮守の森や神社の境内に居ついて鳴き声や糞で害になるカラスやハト、ムクドリなどの群れを鷹の力で追い払って欲しいという依頼が来ているのだとか。
 相当な数がいるというから、皆の成果を見るのにうってつけ。
 修業の成果を確認がてらに鷹で害鳥を追い払い、もう大丈夫だろうと戻って来る害鳥達を確りと追い払うため、翌日にもう一度。螺旋忍軍が現れるのがこの日だから『もう一度』の害鳥排除を囮のケルベロスが見せて鷹匠だと信じさせ、
「鎮守の森を流れてる川へと誘い͡込むといいんじゃないかな。川原は広いし一般人は来ない場所だっていうし、囮以外のひとやサーヴァントとかが周囲の森に隠れといて、敵に奇襲を仕掛けるにはもってこい」
 但し、囮になったケルベロスは害鳥排除に協力してくれた鷹を避難させねばならない。
 何年訓練しても猛禽を完全に飼い馴らすことはできないのだ。下手をすれば戦闘に驚いて逃げ出し、そのまま戻ってこなくなることもある。ゆえに戦闘開始と同時に囮は鷹を連れて離脱、安全な場所に置いた輸送箱へ鷹を入れてから戦線復帰するのが望ましい。
「敵はかなりの手練れだけど、不意打ちで奇襲すれば焦ってまともに戦えなくなるからね、囮のひとが離脱しても有利に戦えるはずだよ」
「大事な、鷹。ですものね。承知しました」
 神妙な面持ちで鼎が頷いた。
 名こそ和風だが、桜も橘もツバサの鷹匠仲間が外来種を繁殖させた個体だという。
 日本の野鳥の飼育が禁じられている現在、古来の鷹匠が行っていた鷹の雛や若鷹を捕えて育てるという技は失われていくものなのかもしれない。けれど。
「日本の鷹匠の歴史は、千五百年とも、千六百年とも聴きます。そんな伝統技能の担い手を喪いたくはありませんから……必ず」
 陰陽師の一族の末裔として生まれた彼にとって、長き伝統は慕わしきもの。
 僕達で彼女を護り、敵を討ち果たしてきましょう。
 鼎はそう紡ぎ、頼もしい仲間達を見渡した。


参加者
エイン・メア(ライトメア・e01402)
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)
深山・遼(縁風・e05007)
鷹野・慶(業障・e08354)
幌々町・九助(御襤褸鴉の薬箱・e08515)
御船・瑠架(紫雨・e16186)
九十九折・かだん(殉食・e18614)
日御碕・鼎(楔石・e29369)

■リプレイ

●鷹は舞い上がる
 明るい青に透きとおった空へ、一羽の鷹が舞い上がる。
「――始まったみたいね」
 緑豊かな神域たる鎮守の森、樹々の深い緑が大きく開けた森の中の川原で空を振り仰ぎ、あれはハヤブサの桜かしら、と深山・遼(縁風・e05007)は瞳を細めた。
 蒼天を翔ける鷹、ぴんと両翼の伸びたその鳥影が輝く太陽に重なる様は、唯ひとり修業に加わらなかった遼も思わず見惚れてしまうほど。鷹匠と鷹がともに生きる姿は、
「私と貴方に似ているようね、夜影?」
 悪戯に笑んでみせれば闇色ライドキャリバーが楽しげな排気音で応え、笑みを深めて遼は辺りを見渡した。
 敵が現れるのは明日だが、当日でなく今のうちに潜伏場所の目星をつけ、囮となる仲間と擦り合わせておくほうがより効果的なはず。

 鎮守の森の緑に映える丹塗りの鳥居の前、そこで己が手からハヤブサを送り出した瞬間、御船・瑠架(紫雨・e16186)は桜が自分の心まで空へ連れていってくれた心地がした。
 ――眼だけを見ちゃ駄目だよ。鷹の全身からその心を読み取るんだ。
 鷹匠の高峰・ツバサが初日にくれた言葉。
「今ならそれが、まるで染み入るように実感できます」
「ん。まさにあれが桜そのものだよな」
 森の王ヘラジカの角を戴く九十九折・かだん(殉食・e18614)も、空の王が高く高く舞い上がっていく様を眩しげに見つめた。確り目を合わせるってのは野生動物にとっちゃ敵意や害意を表すことが多いからな、と言を継ぐ。
 だから、翼を、全身を、仕草を、さらりとすべてを見て感じ取るのだ。
「綺麗だね、本当に」
「ええ、何度見ても心が震えます。ね」
 天頂まで届きそうな鳥影にミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)は感嘆を零して、日御碕・鼎(楔石・e29369)も心も瞳も奪われたように見入る。胸満ちるのは地に生きる者ゆえの憧憬、
「俺らオラトリオもあんな高い空にゃ行けねぇからなぁ」
 だが風にさらり己が黒翼を揺らす幌々町・九助(御襤褸鴉の薬箱・e08515)が、あいつやこいつみたいに、と桜やオオタカの橘へ向けた眼差しにも親しみを込めた敬意が宿る。
 拳に据えた橘が軽く鳴いて九助に応える様に笑ったツバサが振り返れば、
「さて、行けるかい? 慶」
「ああ、問題ないぜ。さあ橘、ここへ来てくれ」
 口の端を擡げてみせたのは鷹野・慶(業障・e08354)。己の左腕を伸ばし、小さな印籠を思わす餌入れ――餌合子を右手で鳴らせば、ツバサの拳から羽ばたいた橘が地表すれすれを滑るよう飛翔し、ふわり浮かびあがって彼の左拳にとまった。
「お見事ですねーぇ、たかもん!」
 金の瞳を輝かせたエイン・メア(ライトメア・e01402)の素直な賛嘆に慶が笑み返して、皆で鳥居を潜って参道を進めば、眼前に開けたのは神社の拝殿前に大量の鳩が陣取っている光景。鳩達が上空の桜を警戒して地を動かぬ様を見つつ、心を透かすよう研ぎ澄ます。
 馴れて馴染んでもらうのはハヤブサよりオオタカのほうが難しい。
 それを念頭に置いて接してきたからこそ、慶は誰より早く橘と心通わせることができた。飛ぶタイミングを決めるのはあくまで橘、俺は橘に息を合わせられるように、と澄みきった彼の意識へ、すっと溶け込むよう拳の橘の重みが消えた刹那。
 ――今だ!!
 鋭く腕を揮った慶の羽合せで勢いを得て、一気に橘が飛んだ。
 風を突き抜けるような飛翔、突如襲来したオオタカに恐慌状態に陥った鳩の群れが一斉に地上から空へ舞い上がる。その瞬間、
 爆ぜるような風切り音が聴こえそうな勢いで桜が急降下。
 群れのどまんなかへと突っ込まれた鳩達は堪らず四散し、散り散りになって神社の空から逃げ出した。
「素晴らしいです、桜さん……!」
 呼子を鳴らし軽く疑似餌を振って呼び戻した桜を瑠架が賞賛すれば、黒くてつぶらな瞳をくりっとさせた桜が誇らしげな羽ばたきひとつ。
「んむ、流石の速さですねーぇ。橘さん、わたし達も頑張りましーょう♪」
 状況や計測法にもよるが、地球上最速の生物はハヤブサだという説もある。
 その桜には及ばずとも、
「目指せオオタカ最速! ですよーぅ!」
「気合満点だな。さあ桜、お前もまた空へいっておいで」
 左拳に橘を据え、えいえいおー的に右手を突き上げるエインの様子に緩く瞬き、かだんが声をかければ、桜はお気に入りになったらしい彼女のヘラジカの角から左拳へ飛び移る。
 ――私に、空の魅力を教えてくれ。
 柔く囁きかけて桜を送りだせば、かだんも翔けあがる風に空へ浚われる心地。
 羽ばたく。舞い上がる。そのすべてが美しく、舞い上がる鳥影がたちまち燕よりも小さくなっていく様に心を奪われる。
 桜を上空に待機させて、皆で広い境内を回り込めば、そこには吹き抜けの神楽殿で我が物顔して遊ぶカラス達の姿。お願いしますねーぇ、と橘に呼びかけ機を計ったエインが左腕を揮えば、神楽殿を一気に吹き抜ける疾風のごとく飛翔した橘がカラス達を追い出した。
 空へ舞い上がったカラス達は桜の急降下に怯み遠くへ逃げていく。が、
「何羽か森に逃げ込んだね。そいつらも追い散らすよ」
 瞳でカラス達を追ったツバサの言葉に頷き、皆で鎮守の森へ入る。
「頼んだぜ、橘」
 左拳に橘を据えるのは九助、はじめこそ病がちな自分の細腕にはとまりにくいだろうかと思ったが、鷹を据えるのは腕ではなく拳。ケルベロスの身体能力なら据えを安定させるのは難しくない。
 日本の放鷹術は左拳に鷹を据える。
 それは鷹を据えたまま右手で餌合子などの道具を扱うため――とツバサに教わった時には参ったなと苦笑も洩れたが、
 ――唸れ俺の動物の友……!!
 そんな気合で修業に励んだ結果、彼と心通わせた橘は九助の羽合せで迷わず飛翔する。
 さながら、森を翔けぬける風。
 疾風のごとき速度を落とすことなく木々の合間をすりぬけて飛ぶ橘の姿にも見惚れたが、ひときわミルラが心を打たれたのは、カラス達を追い散らして樹上で一休みした橘が、己の拳に舞い降りた時の姿。
 飼育下の繁殖で誕生し、何年もツバサと訓練を積んだ橘。
 それでもなお猛禽の野生は橘の裡で確かに息づいている。
 黄の虹彩に黒の瞳孔を持つオオタカの眼差しは鋭くて、木の枝で獲物を待ち伏せるというその習性を思えば、樹上の橘の姿にミルラは一瞬緊張もしたが、
 ――どうか少しだけ、勇気を。
 胸に燈る翠の炎を意識すれば、靄が晴れるよう怖れは消えた。
 緊張の抜けた腕を自然に伸ばし、鷹を呼ぶ掛け声を短く『ホッ』と響かせれば、ふわ、と橘が木を離れる。空翔ける筋肉を蓄えた胸、その躰を美しく彩る横班。扇のように広がった両翼も尾羽も、端正な美しさに満ちていて。
 自作のエガケ越しに、トッ、と拳にとまった橘を感じれば、幸福感に笑みが零れた。
「一緒にいこう、橘。君が翔けるための助けになりたいから」
「畏敬と、親愛と。双方ともが大事なのでしょう。ね」
 己が左拳に桜を感じながら、淡く目蓋を伏せた鼎も穏やかにそう紡ぐ。
 その気持ちを忘れないでおくれね、と破顔したツバサが、神社のほうにムクドリの群れが来たようだねと告げた。
 桜の胸を借りる心地で修業に励んだ鼎が、桜の力を借りるために空へ送り出す。
 天高く舞い上がった桜が待ち受けるのは、神社本殿の傍らで御神木として祀られている、荘厳な楠の大樹につどったムクドリの大群。
 甲高い多重のノイズを思わす凄まじい声で鳴き交わす彼らへ、ミルラの羽合せで放たれた橘が一気に迫れば、まるで楠の大樹から爆発するような勢いで飛び立った彼らをめがけて、猛然たる桜の急降下が襲いかかる。
 数百とも数千とも思えるムクドリの大群が四方八方に逃げ去る様は、実に爽快だった。

●鷹は舞い降りた
 明くる日の空も綺麗な青に透きとおっていた。
 皆の同意を得て囮となるべく修業に励んできた鼎が、『鷹匠』として桜を空へ送り出す。
 ――嗚呼、今日も。
 鋭い羽ばたきに、風を捉えて舞い上がる姿に、心奪われずにはいられない。
 今日はもう鷹いないよね~的に戻ってきた数十羽程のムクドリの群れを見事追い払った桜が鼎の左拳へ舞い戻る様に、この日見学を申し出てきた青年と少年は納得顔。
 自然と身についた礼節が窺える彼の対応にも感じ入ったらしく、
「実に素晴らしいですね。もしや、古くからの鷹匠の家系のご出身で?」
「ああわかった、きっと長いこと修業してたんだね。かぁっこいい~!」
「ええ、幼い頃から古来よりの伝統を学んで参りました」
 ――陰陽師としての伝統を、ですけれども。ね。
 二人は『鷹匠』を疑うことなく、鎮守の森を流れる川のほとりへと誘い込まれた。
 ――白い鴉がいない……?
 仲間達と森に潜んだ遼は眉を寄せたが、敵鳥使いが揮うのはファミリアロッド『相当』の技でファミリアロッドそのものでなく、白鴉は必要な時に召喚するのだろうと結論づけ、
「さあ夜影、今よ!」
 瞬時に炎を噴き上げたライドキャリバーを駆り、敵の少年――道化師を急襲する。
 深い蒼の煌き渡る黒刃が描く月の斬撃、側面を衝いた彼女の襲撃に反応する間も与えず、
「離脱しろ! 桜を頼むぜ!」
「この場は暫くお任せします。ね」
 即座に慶が解き放った黒き鶫の残滓が道化師を呑み込むと同時、祭祀服の袖で覆うように桜を抱いた鼎が迷わず森へ飛び込んだ。その途端、彼と敵二人の間を裂くかの如く鮮やかな煌きが奔る。
「伝統技能の見学はここまでにしてもらいましょうか」
「この先はわたし達が相手ですよーぅ! マッドスタイル『ザ・マキナクロス』~ぅ♪」
 流星の煌きと涼やかな鈴の音を連れて蹴撃を叩き込んだのは瑠架、続けざまに宙に舞ったエインは華やかな衣の裾から鋼鉄の刃を翻し、尻尾を揺らすような気軽さで道化師を盛大に斬り裂いた。
 流れる川の煌きよりも眩く噴き上がったのはミルラが織り成した雷光の壁、森に息づく力強い生命そのもののようなかだんの轟声が前衛陣を鼓舞するが、それに続かんと左手で懐を探った九助が舌打ちする。
 世界で唯ひとり己のみが創りだせる霊薬で仲間達の支援に徹するつもりだったが、今この手にある技はすべて、意図していたものとは異なる技。
「使えるもので何とかするしかねぇな。俺らも行くぜ」
 こくりと頷いたのは女天狗めいた姿のビハインド、彼女の念を帯びた川原の石が道化師に襲いかかった瞬間、その足元から浄玻璃の灯の輝きが噴き上がった。九助のみが揮える技――鬼来迎。
「ケルベロスが待ち伏せしてるなんて卑怯だよ~! こりゃ出直しだぁ!」
 漸く事態を理解したらしい道化師が逃げ出さんとしたが、
「そんな甘い考えが、通用すると思いますか?」
「ここで出逢ったのはお前達を逃さず滅する為」
 流れるような動きで退路を断った瑠架が燈るあかりの如く輝く気咬弾を撃ち込んで、凛と遼の声が響くと同時、彼女のライドキャリバーが激しいスピンで道化師を足止めする。
 わわ、と振り回した少年の手から放たれた手裏剣が一気に分裂して降りそそぐが、咄嗟に瑠架の盾となったかだんは一片の躊躇いもなく手裏剣の雨を突き抜けた。
 風切るヘラジカの角に、そこで遊んでいた桜の重みを思い起こして眦を緩める。
 鷹達と生きるツバサに敬意もあるけれど、何よりも。
「鷹匠は殺させない。『友達』が悲しむから」
 誓いのように紡いだ瞬間、斬り伏せる勢いの蹴撃を道化師へ叩き込んだ。
「……! 応戦するしかないようですね!」
「――っと、折角害鳥を排除したところだ。無粋な鳥には遠慮してもらおうか」
 敵の青年が左手で風を薙げばその手に一瞬で白鴉が召喚されたが、その力が発現するより速く翻ったミルラのバスターライフルから三重の威で相手を圧する眩い輝きが迸る。次いで世界を彩ったのは芸術的なまでに華やかな爆風、
「ナイスだぜミルラ、今のうちに畳みかけさせてもらうとするか」
「勿論ですーぅ! たかもんの援護があれば百人力ですよーぅ!」
 癒し手の浄化を乗せて慶が贈った爆風に鼓舞され地を蹴ったのはエイン、少女めく華奢な腕が揮った竜の槌は凄まじい加速を得て、容赦なく道化師を叩き潰した。
 鳥使いをミルラが牽制する間に皆の集中砲火が道化師へ向かえば、奇襲で乱された態勢を立て直しきれぬままにその命は風前の灯火。
 撃ち込まれた手裏剣を黒刃で一刀両断する勢いで叩き落とし、
「どうせ情報などくれはしないのだろう? ……焼き尽くせ!」
 冷えた声で告げた遼が鮮やかな血の色の口紅で印を描けば、眼に見えぬ地獄の番犬が顕れ道化師の命を焼き尽くし、そのすべてを喰らい尽くした。
 敵の片割れが跡形もなく消えれば、
「可哀想に。害鳥なら追い払われるだけで済んだのにな」
 残る鳥使いへと芝居がかった所作で肩を竦めてみせた慶が、螺旋忍軍狩りなら禁猟期でも関係ないぜと雪色のウイングキャットに笑う。短く応えた翼猫が鋭い爪を閃かせた瞬間、
 ――命ず、眇たるものよ転変し敵手を排せ。
 風に舞った木の葉が彼の詠唱で鷹へと変幻、橘との羽合せさながらに鳥使いを強襲した。
 桜を避難させた鼎が駆け戻った頃には残る鳥使いも満身創痍、だが彼が遅かったのでなく敵がまともに戦えなかっただけのこと。
 彼の戦線復帰に笑み、ミルラは氷の幻術を織り上げる。
 予め安全な場所へ避難してもらったツバサと橘は勿論、桜の無事も確保されたなら、もう怖れるものは何もない。
 この手に触れた命も通わせた心も、繋がれてきた伝統も、すべて護りたいから。
 ――おいで、ヨクル・フロスティ。
 春から夏へ向かう陽射しのもと不意にひんやり香る冬の息吹。
 氷花の香が導く吹雪の幻想に呑まれる鳥使いをまっすぐ見据え、鼎が招来するは青き焔を操る妖の狐。彼もまた連綿と続く伝統を継承する身であるからこそ、鷹匠の伝統技能を掠め盗らんとした敵にひときわ冷たい怒りを抱く。
「此れで終わりだ。左様なら」
「散り際くらい、美しく飾って差し上げましょう」
 最早礼節も不要とばかりに告げた彼のもとから迸る青き狐火、焔が敵を逃さず捉えれば、嫣然と笑んだ瑠架が髪からすいと抜いた簪を射ち込んだ。
 螺鈿の桜吹雪舞う簪に込められたのは呪詛、だが簪が鳥使いの喉を貫きその裡に廻らせた呪いが爆ぜれば、昇華された恨みつらみに哀しみが、紅花となって風に花弁を散らす。
 これがお前達への手向けの花、と瑠架が紡いだ刹那。
 はらはら舞っては消える花弁とともに、鳥使いも彼の白鴉も消え果てた。

「それじゃ、ツバサさんや橘さんに報告にいきましーょう!」
「ええ。桜も送り届けなければなりませんし。ね」
 お礼も言いたいですしねーぇ、と溌剌たる声音で続けたエインに頷いて、鼎は輸送箱から出してやった桜を左拳に据えた。この子を空へ送り出した時の感触を、己の心までも天高く連れていってくれたようなあの感覚を。
 きっとずっと、忘れない。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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