蒼の讐焔

作者:黄秦

 瞼を閉じていてもなお眩い光に照らされて、少年は急速に意識を取り戻した。
 痛む瞳をなんども瞬き、少しづつ開いて、最初に見た物は、己をのぞき込む奇妙な仮面をつけた男であった。
「おはよう、おめでとう! 喜びなさい、我が息子『No111』よ! お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た」
 『No111』と呼ばれた少年は、その言葉で今度こそ覚醒し、思い出す。
 この男は竜技師アウル、人間をドラグナー化させる実験を行っている。
 自分はその実験台に志願したのだ。
 自分を見捨てた奴らに、復讐するために。

 身を起こせば、手術台の上だった。
 やたら明るいのは白熱のライトが照らすそこだけで、アウルが電源を落とせば、怪しげな器具や薬品の並ぶ薄暗く不気味な部屋と化す。
 『No111』は、鋭い視線をアウルに向けて沈黙していたが、アウルは構わず話し続けた。
「だがしかし、お前は未だドラグナーとしては不完全な状態であるのだ。であるから、そのままではいずれ死亡する。死するのだよ。
 死を回避し、完全なドラグナーとなる為には、私の与えたドラグナーの力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要があるのだよ」
「……わかった」
 『No111』はそれだけ答えて手術台から降りた。
 傍に立てかけられていた愛剣を手に取ると、腕から蒼い焔が吹き上げ、剣身を包み込む。
(「殺す。殺戮か……望むところだ」)
 復讐の炎を滾らせて、『No111』は研究室の扉を開けて外に出た。

 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は急を告げる。
「ドラグナー『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった人が、事件を起こそうとしています。
 この新たなドラグナーは、まだ未完成とでも言うべき状態で、完全なドラグナーとなるために必要な大量のグラビティ・チェインを得るため、また、ドラグナー化する前の復讐と称して、人々を無差別に殺戮しようとしているのです。
 急ぎ、現場に向かい、未完成のドラグナーを撃破してください。
 このドラグナーは『No111』と呼ばれているようです。
 本名はあるのでしょうが、不明です。
 最初は騙され、次には脅され、渋々犯罪に加担しました。
 それを続けるうちに、罪を犯すことは日常となり、それにつれて元々の友人たちは離れ、家族とも疎遠になったようです。
 やがて、彼は友人や家族を憎むようになりました。見捨てられたと感じたようです。
 さらには、因果応報と言うのか、自分の成した犯罪がきっかけで、彼は命を落としかけます。助けを求める彼を、犯罪仲間は当たり前のように見捨てて逃げました。
 それが決定打となり、彼は自分をこの境遇に追いやった人々に憎しみを爆発させ、復讐を誓ったのです。
 そんな彼に、竜技師アウルは、ドラグナー化の実験という誘惑を吹き込みました。
 こうして、未完成ドラグナー『No111』が誕生したのです。
 今回の襲撃場所に彼が真に復讐したい知己はいません。
 力を蓄えると同時に、無辜の人々を殺戮することで、自分を悪事に走らせた世の中という物にも復讐しようとしているのです」


「『No111』が出現するのは、東京のある鉄道駅です。
 駅は網目のように通路の伸びた空中回廊で周囲のビルやデパートと繋がっています。
 『No111』は地上の階段を上って、通路の端から攻撃を始め、人々を通路端へ追い詰めるようにして殺すのです。
 避難勧告を出して路線と付近の道路は封鎖しましたが、その分人々の避難に混乱を来たし、逃げ遅れた人たちがいます。
 ケルベロスが『No111』に攻撃すれば、それを放ってまで一般人を追いませんから、うまく利用して、周囲の建物などに誘導をお願いします。

 『No111』は、周囲の建物や、回廊に置かれたモニュメントを障害物として利用し、時には地上に降りるなどして、自分に有利な場所を選んで攻撃をしてきます。姿を隠して攻撃するのではなく、死角を突いてくるのです。
 青い炎のブレスを吐き、水色の刃の長剣にも炎を纏わせて攻撃してきます。
 隙を見せて、急所を突かれることの無いよう、くれぐれもご用心ください。
 ドラグナーはこの一体のみ。未完成の状態のため、ドラゴンには変身できないようです。

「誤解の無いよう願いたいのですが『No111』の周囲の人々は、彼を助けようとしたのです。ですが、彼は自分自身の罪に囚われ、差し伸べられた手に気付けませんでした。
 彼は、もう、元に戻ることはできません。せめて、理不尽で無差別な復讐を行わせないよう、『No111』を止めてください。どうぞよろしくお願いします」
 そう締めくくると、セリカはケルベロスたちをヘリオンへと誘うのだった。


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
榊原・一騎(銀腕の闘拳士・e34607)

■リプレイ

 空中回廊の影になって薄暗い、地上の通路をゆっくりと『NO・111』は大ぶりの蒼剣を引きずって歩いていた。
 竜技師アウルの実験台として、未完成のドラグナーに身を落とした彼は、完全体となるため、また、自分の鬱屈をぶつけるための殺戮を行うために、この駅前に現れたのだ。
「……?」
 矛先を向けるべき人間たちの姿がない。いくら見回しても、通行人の一人も歩いていないし、車も電車も走っていない。この時間の駅前に相応しくない静けさだ。
 それでも、空中回廊からは人間の声がする。慌てふためき走る足音、悲鳴、拡声器が音割れするほどの大音声。
 それで大体は察した。この上に、人間と、自分を邪魔する者たちがいるのだろう。
 無数の通行人が踏みしめ薄汚れた階段を一歩ずつ登る。その度、剣が段にぶつかって跳ね、ゴトンという音が反響した。
 登りきるのにあと数段というところで、NO・111は蒼い翼を広げ、一足飛びに跳躍した。


 神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)は回廊の西側、階段の昇降手前でNO・111を待ち構えていた。
 狙い通り、『未完成』のドラグナーは、階段から飛び出して来た。
「この俺の蒼炎にかけて、ここは通さねぇぞ、デウスエクスっ!」
 跳躍するNO・111を追いかけ、旋刃蹴を放つ。
「……邪魔だっ」
 紙一重で、ドラグナーの跳躍が高かった。煉の蹴りを躱し、オブジェの柱に着地する。
 ぐるりと見渡せば、長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)らが逃げ遅れた人々を建物へと誘導しているのが目に入る。
 目当てのモノを見つけたドラグナーは、剣を振りかざす。蒼を帯びた刀身から、更に激しく蒼焔が吹き上げた。
 水平に剣を払えば、焔は生き物のように奔り、人々へと襲い掛かった。
「くっ……早い!」
 躊躇なく襲い来る焔の前に、榊原・一騎(銀腕の闘拳士・e34607)が立ちはだかり、拳圧で炎を払った。
 智十瀬も体で受け止め、その分だけ炎は散らされたが、完全い防ぐことは出来ず、逃げ遅れている人々を襲った。
「みんな、こっちの建物にきて! 急いで!」
 喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)は拡声器も使ってパニックになりかける人々を励まし、誘導する。彼女自身の傷は気にしてはいられない。
 近くにいた小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)にも炎が降りかかる。
「熱いやないのぉ!」
 お返しと、真奈は矢を放つ。しかし、NO・111は素早く躱し、矢はオブジェの一部を削るだけだった。
「……こちらが、先、ですね」
 シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)は高機動蜂型ドローン「Bindabi」を展開する。6本のマニピュレータや格納している医療機器は人々を癒し、炎を消した。
 大きな蜂の形をしたドローンが大量に勢いよく飛んできたせいで、ちょっと、かなり、怯えられたけれど仕方ない。
 ともかくも、数人がなんとか建物にたどり着き避難する。
 限られた場所の20人を攻撃から護りつつ避難させることは、存外に難行だった。

 柱から別の柱に飛び移り、ドラグナーは一層高く跳躍した。その視線は確実に逃げ遅れている人々を追っている。
「待ちやがれっ!」
 その後を煉は追い縋った。蒼炎を放ち、足場となっている柱を崩す。
 再び焔を放とうとしていたNO・111は体勢を崩し、集めていた焔が霧散した。
 なんとか回廊に着地したNO・111の前に、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)が立ちふさがった。
 装甲から噴出するオウガ粒子が仲間たちの感覚を高めている。
 NO・111はリューティガーに斬撃を浴びせた。勢いの無い切先をリューティガーは何なく躱す。その隙を、NO・111はすり抜けようとした。
「っとォ! そうは問屋が卸さねェぜ?」
 しかし、ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)がクイックドロウで狙い撃つ。
「その足を止めさせてもらうよ!」
 さらには一騎のスターゲイザーで飛び込んでNO・111をその場に釘付けにした。先へ進めず連撃を受けたNO・111は、翼を広げ回廊の欄干まで跳び退く。
 対峙して、改めて少年の顔を見る。煉はそこに、よく知る誰かの面影を確かに見た。
「随分と半端なドラグナーだなァオイ」
 口の端を歪めて挑発するジョーイを、NO・111は睨みつける。
「っと、本音が漏れちまったか? 悪ィな!」
 低く忍び笑いを立てても、ジョーイは内心意外なものを感じていた。
 世を恨んで、未完成ドラグナーなんてものになった少年にしては、えらく真っ直ぐに見返してくるじゃないか。
 シェスティンには、彼のその真っ直ぐさが余計に痛ましく思えた。
(「だけど、より多くを殺すなら、私は、あなたを止めます」)
 癒しの杖を振るい雷の壁を構築し、最前線の仲間たちへの守護とした。


 NO・111は風のように動いた。柱から柱へと跳び移る彼を追って、攻撃する。
 建物へと人々は逃げ込む反対方向へ引き離そうとしているのだと、NO・111は気づいていた。
 まだ誘導にてこずっていると見て、剣を振るい、蒼焔を撃つ。
 鬼神の如き気合で踏み込んでの一太刀に、NO・111は気圧されて後退する。その隙に、一騎と智十瀬は誘導しまた数人が建物に駆け込んだ。
「何逃げ遅れてんだ、ったく鈍くせェ……」
 右首を押さえながらジョーイはぼやく。仕方がない事と分かっているが、どうにも防戦は彼の柄ではない。
 リューディガーの展開する守護星座が護りを厚くする。
 真奈の放つエネルギーの矢が、ドラグナーの肩を掠めた。痺れを感じてか、軽くふらつく。
 手ごたえを感じた真奈は追撃の矢を番える。
「!?」
 ドラグナーの姿が見えない。ほんの僅か目を離したすきに、彼女の死角へと移動していたのだ。
 視線の隅に影を捕らえて向き直った時には既に遅かった。NO・111が剣を突き出すと、蒼焔が唸りを上げて彼女に迫った。
 刃は、張りつめた弦をぷつりと断ち切り、真奈の胴をまともに貫いた。そして流れる血を吸い取る。深手を負った真奈は声もなくその場に倒れ伏した。「なんて、ことを……!」
 シェスティンが叫ぶ。
 避難に手を取られて連携が活かしきれなかったとは言え、癒す間もなく一撃が入ってしまったのは、不運と言えた。
 その視線は、避難する一般人に向いている。煉やジョーイらに囲まれても、まだ隙あればと狙っているのは明白だった。
「させないわっ!」
 波琉那は猟犬縛鎖を放つ。縛鎖がNO・111の足に絡みついて引き倒した。
 顔を歪めて立ち上がったNO・111は鎖を引きずったまま波琉那を狙い撃つ。リューディガーが割り込んで代わりに受けた。
 シェスティンは、人々との間に雷の壁をもう一つ構築する。
「お前の相手は俺達だっ! よそ見すんじゃねえぞっ!」
 煉は地獄の蒼炎を右手に集中させて放つ。NO・111は剣で受け、蒼炎と蒼焔がぶつかり合った。
 一騎がスターゲイザーで間合いに飛び込めば、その足を止めるよりない。この身を挺してでも、敵の意識をこちらに向ける。
 あと少しで全員が避難できるのだから。
「他人の力で復讐とか恥ずかしくねぇのかよ!?」
 智十瀬は 『星奪刀』に雷気を纏わせて突き入れる。
「誰かが、世の中が悪い……これで負けたら力をくれた奴が悪いって言うのかよ!?」
「……お前に何がわかるっ!」
 NO・111は雷気の迸る切先を払い、智十瀬に斬りつける。真奈を落とした切先は鋭く、智十瀬を撃破しようと迫る。
「懐ががら空きだよッ!」
 一騎が間に割り込み、バトルガントレットで撃すえ、引き離した。
「『命の翅音よ…舞て、汝に癒しの息吹を…』」
 波琉那は翅を震わせ癒しの音を送った。
(「俺とあんたの違いはきっと、支えてくれた誰かに気付けたかなんだろう」)
 仲間の援護を受けて、智十瀬は思うのだった。


 空中回廊を駆け巡り、ケルベロスたちはじりじりとNO・111を東側へと引き離す。
 一進一退の攻防の合間に、ようやく最後の一人まで建物に押し込み、波琉那は扉を閉めた。
 避難が無事終わったと知って、ケルベロス達は一様に安堵の表情を浮かべている。
 それを見た『NO・111』は内心で舌打ちしていた。
(「見ず知らずの弱者を、必死で助ける。見返りもないのに、こいつらはバカだ」)
 こうしている間にも、刻一刻とドラゴンの因子に蝕まれているのだ。グラビティ・チェインを奪えない焦りもあって、一般人を守る彼らの行動は余計に癇に障った。
 荷を下ろした波琉那は、すぐさま攻勢に転じた。黒い槍となって飛んだブラックスライムが翼を破り、身体を貫いた。傷口こそ小さいが、じわりと毒が体内に入り冒していく。
「理不尽に対して怒る気持ちはわかるけどさ……八つ当たりは最後には自分の心も辛くなっちゃうんだよ」
「知った事か!」
 『NO・111』は吐き捨てる。波琉那のいう事が真実だろう。だけど、もうずっと前に、『心』なんてものは消えてしまった。
 今の彼にはむしろ八つ当たりしかないのだ。だから、命と引き換えに、アウルの実験台にだってなった。
「よくあることとはいえ、やるせないものだな」
 複雑な思いで、リューディガーはルーンアックスを構えた。
 深みにはまり、追い詰められ、拒絶され一層の孤立する負の螺旋。同情の余地はあるとは言え、しかしそれでも。
「無辜の市民を標的にした以上、最早テロリストと認定せざるを得ない!」
 リューディガーは高々と跳び上がり、敵を叩き割らんとルーンアックスを振り下ろした。NO・111は痺れた体をひねり、直撃を避ける。
 戦列に戻った波琉那の グラインドファイアが炸裂する。
「だから、めんどくせえってんだよ!」
 問答無用と、ジョーイの冥刀が弧を描いてNO・111を斬り裂いた。
「こいつは簡単には避けられねぇぜ?」
 智十瀬の抜刀、白刃の斬撃が蛇と変し NO・111に牙を剥く。
「……ごめんなさい。私はあなたを、治療出来ない」
 蒼い少年は、そんなシェスティンに対して、侮蔑と怒りの入り混じる表情を作った。
「僕にまで偽善を施さなくていいよ。苛つくから」
 シェスティンは唇をかみしめる。それ以上は言わず、癒しの杖を降ろした。代わりに構えるのは縁の杖だ。高速演算によりNO・111の脆い部分を見抜く。放たれた一撃は、果たして痛打となった。
「たとえ気づけなかったとしても、救おうと手を差し伸べていた周りの人間を殺そうとする事は間違ってる」
 一騎のガントレットにはめ込んだ宝玉が真紅に輝いた。魔力を込めた拳を打ち込むと同時に、破壊の魔力を送り込み爆砕した。
「ぐはっ!!」
 身体の内からぐちゃぐちゃになって、NO・111は大量に血を吐いた。因子と負わされた傷が、彼に耐えがたい苦痛をもたらす。
「まだ、まだ……だ」
 どこに余力があったのか、NO・111蒼剣を伸ばし、煉を切り裂いた。
「くそ、てめえ……っ!」
 煉は呻いて膝をつく。流れる血は、しかし、NO・111に満足な回復を与えない。
 シェスティンの雷壁、リューティガーの星座の守護、それに加えてジョーイが放ったヒールドローンも飛んでいる。
 もともとの備えていたこともあり、煉の傷は浅い。むしろ、生命力を吸えなかったNO・111の方が深手だった。
「なんなんだよ、なんでだよ……」
 NO・111は歯噛みする。歪む顔には、苦痛以外の辛さが見えていた。
 『何故』が何を指すのか、智十瀬は理解している。
 こう言いたいのだろう。

 『なんで俺の事は、誰も助けてくれなかったんだ』

「誰でもないあんたが選んだ道に目を逸らすんじゃねぇ!」
 分かるからこそ、叱咤するのだ。全ての救いに目を背け、恨みだけに耽溺して来た『彼』を。
「うるさい! 偉そうに言うな!」
 我を忘れたNO・111は、狂気のままに剣を構え突撃する。迎え撃つのは、煉だ。
 言いたいことはいくつもある。彼の家族の思いも知っている。
 彼を助けようとした人達の想いを無駄にしないために、煉はもう腹を決めている。
 NO・111の構えた剣身から火柱のように蒼焔が燃え上がる。
 腰を落とし、煉は拳に降魔の気を収束させる。蒼き狼と化した烈火の闘気がその腕を包み込んだ。
「穢れたその魂……俺の炎が焼き払う!」
「死ねぇえええええ!」
 2人、同時に激突した。繰り出される蒼刃が僅かに早い。それは、煉の脇腹を掠めた。
 逃れようもない間合いで裂帛の気合と共に煉の拳はNO・111を捕らえた。
 蒼き炎の狼牙が、喉笛に食らいつく。燃え上がる闘気が剣の焔ごとドラグナーを飲み込み、魂のその一片までもを燃やし喰らい尽くした。

 全身でぶつかった煉と蒼い炎に包まれたNO・111は、勢い余って回廊の手すりから地上へと転落した。
「煉っ!」
 皆が慌てて駆け寄り、地上を見る。
 アスファルトの道路に赤黒い染みが広がっていた。仰向けに倒れたNO・111が蒼焔を燃え上がらせている。
 その傍らに、煉が立ちすくんでいた。
「惜しいな、死ななきゃ……まだ間に合ったかもしれねぇのに」
 その光景を見下ろして、智十瀬はそう呟いた。しかし、リューティガーは首を振る。
「仮定の話など無意味だ。だが……しかし」
 彼とて思わずに言われないのだ。もし彼がアウルにさえ出会わなければ、少しはマシな未来を迎えられたのだろうか、と。

 蒼い煙が天へと立ち上っていた。


 危機が去れば、救急車に警察車両が駆けつけ、避難していた人々も建物から続々と出て来て、駅前はいつも以上に騒がしい。
 怪我を負った一般人は病院へと運ばれていったが、大事に至ることはなさそうで、ケルベロスたちはまずは安堵した。
 一騎は壊れた建物にヒールをかけて回る。微妙にメルヘンチックになったオブジェもそれはそれで味があると、壮年の警察官が笑っていた。

 波琉那は階段を駆け下りて、『NO・111』が落下した地点へと近寄った。
 そこには、まだ煉が立ち尽くしていて、波琉那を見ると、くしゃりと表情を崩す。
 『NO・111』の骸は黒く焦げてぼろぼろに崩れさっていた。せめて手を取りたかったけれど、それは叶わない。
「ごめんなさい……私達はまだ未熟だから……こういう方法でしか悪い因縁を絶つことが出来なかった……」
 だから、波琉那は両手を合わせ、せめて魂が安らかである様にと祈るのだった。

 地面に叩きつけられる最後の最後まで、自分をまっすぐに射抜いたその瞳を、煉は忘れられないだろう。
 『彼』の事を託した家族の思いを、伝えられたならよかったのだろうか。
 そこに残るのはただ赤黒い染みと、黒焦げの骸。天を仰げば煙も立ち消え、空が本当の蒼を見せている。
 煉は誰にともなく問いかけていた。
「……『見捨てた』のは、どっちなんだろうな……?」

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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