指先の魔法

作者:波多蜜花

 暖かくなったとはいえ、まだ少し肌寒い夜に風に乗せてトランプを遊ばせる女がいた。
「お呼びでしょうか、ミス・バタフライ」
 異なる道化師風の姿をした少女2名が、ミス・バタフライと呼んだ女に頭を垂れる。
「あなた達に使命を与えます。この町に、ネイルを扱う事を生業としている人間が居るようです。その人間と接触し、仕事内容を確認……可能ならば習得した後に殺害なさい」
 トランプを蝶へと変えた女が、なんでもない事のようにそう言った。
「了解いたしました、ミス・バタフライ! 一見、意味の無いように思えるこの指令も、巡り巡って地球の支配権を大きく揺るがす事になるのですね!」
「我らにお任せください」
 顔を上げた少女2名に、ミス・バタフライが頷く。
「グラビティ・チェインは奪っても奪わなくても、どちらでも構わないわ。わかったなら行きなさい」
 再び頭を垂れた少女達は、夜の闇に紛れていった。


「ミス・バタフライがまた動いてるようなんよ」
 実際には配下の螺旋忍軍が出てくるんやけど、と信濃・撫子(撫子繚乱のヘリオライダー・en0223)がケルベロス達に説明を始める。
「今回狙われたんは、通販を専門に扱っとるネイリストさんや。今はサロンとかは開いてへんのやけど、自宅兼工房でネイルチップを扱ってるんやって」
 そのネイリストを狙って現れるのが今回の敵なのだと言う。何がどうなってこの事件が大きな影響を及ぼすのかはわからないが、放っておけばこのネイリストは殺されてしまうだろう。それだけでも防がなければいけない事件なのだと撫子が頷く。
「それでな、皆にはこのネイリスト……ユリコさんを守る事、それから螺旋忍軍の撃破を頼みたいんや」
 ネイリストとはネイルアーティストの事で、簡単に言ってしまえば爪の美容施術であったり、爪やつけ爪にネイルアートを施す職業だ。
「事前に説明して避難させたりたいとこなんやけどな、そうすると敵が別の対象を狙う事になってしまうよって、被害を防げやんくなるんよ」
 だから、と撫子がケルベロス達へ微笑みかける。
「ユリコさんには連絡してあるよって、皆でユリコさんの仕事を教えてもらってきてほしいんよ」
 敵が訪れるであろう3日程前から、ユリコの所へ向かいその技術を習得する。そうすれば、囮となる事が可能なのだという。
「もちろん、見習い程度の技術は必要になってくるよってな、真剣に取り組んでもらわなあかんとは思うけど」
 プロのネイリストにその技術を教えてもらえるのは、とても貴重な事だと撫子はウィンクをしてみせた。
「きっちり修行はしてもらわなあかんけど、その修行を楽しむのはええと思うよってな」
 それは教える側としても本望だろう。撫子が手帳のページを捲りながら言えば、なるほど、とケルベロス達も頷く。
「3日後にやってくる螺旋忍軍なんやけど、道化師風の女の子が2人みたいなんよ」
 1人は緑色の衣装に身を包んだメノウ、もう1人は赤色の衣装のザクロ。メノウは螺旋手裏剣に似た武器を使い、ザクロはエアシューズに似た武器を使ってくるようだ。
「きちんと技術を身に付けれたら、囮として接しても螺旋忍軍の2人にはバレへんよってな。修行やからって言うてこっちに有利な状態で戦闘を仕掛けれると思うわ」
 2人を分断するのも先制攻撃を行える状況にするのもケルベロス達次第だ。
「ちゃんとユリコを守って螺旋忍軍を倒してくればいいんだろ?」
 黙って聞いていた猫塚・千李(三味を爪弾く三毛猫・en0224)が撫子にそう言えば、撫子がビシッと指先を千李に突きつける。
「修行もやで!」
 わかってると千李が頷くと、それを満足気に見た撫子がケルベロス達に向き直る。
「ネイリスト修行に螺旋忍軍の撃破……大変かもしれへんけど頑張ってきてや!」
 そう言って撫子は皆に向けて笑ったのだった。


参加者
レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
花筐・ユル(メロウマインド・e03772)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
ラズリア・クレイン(蒼星のラケシス・e19050)
リノン・パナケイア(狂気の道へ・e25486)
エレオノーラ・ペトリーシェヴァ(ロシアンサムライガール・e36646)

■リプレイ

●ネイルへの第一歩
 ユリコの工房でもある落ち着いた室内には、様々な種類のネイルが所狭しと並べられていた。それだけではなく、ユリコが作製したのであろうネイルチップも、まるで宝石のように飾られている。
「素敵ですね……!」
「ネイルアート、名前は知っていましたが実物はこんなにも綺麗なのですね」
 自然と共に生きてきたレカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)が、僅かな憧れを滲ませた声で言えば、エレオノーラ・ペトリーシェヴァ(ロシアンサムライガール・e36646)もその美しさと繊細さに目を瞬かす。
「ありがとう、そう言ってもらえると作る甲斐があるわ」
 広めの作業机に椅子を並べ、ユリコがケルベロス達にどうぞ座ってと促した。3日間という期日ではあるけれど、精一杯レクチャーするわねとユリコが言うと、ケルベロス達が背筋を正して頭を下げた。
 まずは基本のネイルケアから、と爪ヤスリが全員に渡される。
「爪なんて、爪切りでしか整えた事ないぜ」
「軽く削った事はあるが、私も似たようなものだな」
 どうやって使うのかと空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)が首を傾げれば、リノン・パナケイア(狂気の道へ・e25486)もユリコの手元に興味津々だ。
「爪の形にも色々あって、スクエア・スクエアオフ・ラウンド・オーバル・ポイント、と5種類あるの」
 分かり易く5種類の形に削ったネイルチップを見せれば、自分の爪と見比べてラズリア・クレイン(蒼星のラケシス・e19050)が自分はラウンドでしょうかと確認している。
「どの形でも、削る順序は変わらないのね」
 ファイルの使い方をレクチャーするユリコの手元を見て、花筐・ユル(メロウマインド・e03772)が基本を確かめるようにファイルを動かす。
「基本はスクエアで、その後の削り方で他の形にできるんだね」
「なるほど、まずはこうして……スクエアの角を整えればオフ、更に整えてラウンド、丸みを持たせてオーバル、先を細くシャープにすればポイントになるって事なのかな?」
 ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)が感心したように言えば、隣に座っているロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)が納得したとばかりに頷いた。
「ええ、その通りよ。チップを使って、削り方を練習してみてね。削る時はファイルの角度に気を付けるように!」
 まずはチップで、と言われると目の前にあるチップに全員が手を伸ばす。暫くの間、9人がファイルを動かす音が部屋に響く。出来た者からユリコにチェックしてもらい、削るコツや上手くできない部分を教えてもらう。
「はい、いい出来ね。それじゃ、次は軽いハンドマッサージのやり方を教えるわね」
 ハンドクリームを多めに出すと、近くにいたルージュの手をユリコが取る。それから全体を揉み解し、手にあるメジャーなツボの場所やマッサージの順序を解かりやすく説明してくれた。
「とても気持ち良かった、ありがとうユリコ」
 ルージュの言葉にユリコが笑うと、ロベリアを同じ気持ちにしたいとルージュがその手を取りマッサージを始める。
「猫塚さん、宜しければお手を貸して頂けないかしら?」
「俺の手でよけりゃ構わねぇぜ」
 ユルが差し出された猫塚・千李(三味を爪弾く三毛猫・en0224)の手を取って、レクチャーされたようにマッサージをすれば、次第に千李の尻尾が揺れる。気持ちいいのかしら? そうなら嬉しいわね、と紫水晶の様な髪を揺らしてユルが微かに微笑んだ。

●いろとりどりの
 初日はファイルの使い方にハンドマッサージ、基本のネイルの塗り方などを教えてもらったケルベロス達に、今日はネイルアレンジを覚えましょうとユリコが言った。
「まずはフレンチネイルね。これは一般的には爪先にホワイトカラーをのせたデザインの事を言うの。爪先の白い部分があるでしょう? そこを塗る感覚かしら。でもこれをマスターできればアレンジする事によって凝ったデザインや豪華な物になるのよ」
 ベースとなるカラーを塗り、乾いたらホワイトカラーをフレンチのスタートを決めて下から上へと斜めに塗り、また反対側も塗る。そして中央を丸みを持たせるように塗れば出来上がりだ。
「見てると簡単に思えるんだけど、やると意外に難しくねぇか、これ」
 歪になったチップの爪先を見て空牙が眉を顰める。これでは空牙が言うところのうるさい妹のご機嫌取りには使えそうもない。
「躊躇わずに、勢いよく塗ればいいと思いますわ」
 幾度かチャレンジし、コツを掴んだラズリアが綺麗にできたフレンチネイルのチップを見せて助言する。やってみる、と空牙が気を取り直してチップに向かった。出来たぜ! と声が上がるのはすぐの事。
「皆さん、フレンチネイルは出来るようになったみたいですね。それでは簡単なアレンジですけれど、ベースとフレンチの境目にストーンをのせてみましょうか」
 トップコートを塗り、フレンチの境目……一般的にスマイルラインと呼ばれる場所にピンセットで石をのせていく。取れやすい場合は、ネイル用のグルーを付けて固定するといいのだとユリコが言った。
「わぁ、ラインストーンをのせただけで、すごく綺麗です」
 これにラメをのせてもきっと綺麗だと、レカがキラキラと光るチップを眺めて思う。色はピンクで、シルバーのラメで……考えるだけで楽しくなってきて、思わず笑みが零れてしまう。
「見るのとやるのでは全く違うのですね。大変だけれど、こんなに楽しいものだとは思わなかったです」
 やるからには全力で、とユリコの教えに従ってチップにフレンチを描き、ストーンをのせていたエレオノーラが出来上がったチップを眺めて、ほっと息を吐いた。ネイルアートを学ぶ専門学校もあるほどなのだから覚える事は多いのだろうと思っていたけれど、こんなにも心が躍る作業だとは思っていなかったのだ。
「そうだな、こういった機会でもなければ触れる事のなかった技術だが……面白い、と思う」
 細かい作業は嫌いじゃないと、リノンが頷く。手にしたチップには、鮮やかなストーンがセンスよく並んでいる。
「皆さんとても上手に出来ましたね! それじゃあ次は皆さんがやってみたいネイルアートの練習をしましょうか」
 やりたい事が具体的に決まっていない者は机の上に置かれたネイルアートの本を眺めてどれにしようかと悩み、決まっている者はどうやるのかをユリコに教えてもらう事になった。
「シフォンフラワーに挑戦してみたいのだけれど、いいかしら?」
「もちろんよ」
 ユルの問い掛けに、ユリコが頷く。ベースになるカラーをチップに塗り、硬化させている間に白いジェルネイルを専用のクレンザーで薄めていく。
「筆に取ったら少し間隔を空けて花びらを描くの。硬化させたら花びらの間にまた花びらを描いて……」
 紫色のベースを塗ったチップに、ユルの筆が踊る。白い花びらを重ねていけば、美しい透明な花が咲いているよう。中央にストーンを置いても、他の色をシースルーで置いても素敵なチップになるだろう。
「あの、私はフレンチネイルをもっと上手に作ってみたいです」
 ムラなく塗るだけでも一苦労だったレカがチップを手にしてそう言うと、ユリコが紙と色鉛筆を渡してくれる。
「作ってみたいデザインを描きだしてみるといいわ。設計図みたいなものね」
 頭の中にあるデザインを、レカが紙に描き起こす。
「色味の違うピンクを2色使って……淡い色がいいですね」
 髪飾りにそっと手を触れ、この花みたいなピンクともう1つ桃色の椿の花のようなピンク。スマイルラインにはシルバーラメでラインを引いて、親指だけにストーンを。すっかり纏まった構想に立ち上がると、ピンク系のネイルを何度も見比べる。思い通りの色を見つけて席に戻ると、真剣な表情でハケを走らせた。
「私はお花を描いて、それにラインストーンを飾ったりしてみたいです」
 どんな花を描きたいかと問われたラズリアは少し考えてから、かすみ草に決めた。自分の髪に咲く花でもあり、見慣れたものだからだ。透き通るような青をベースに塗り、それが十分に硬化するのを待つ。細い筆に白いジェルを取りかすみ草を描いていく。遠目から見れば小さな点のような花だけれど、近くで見れば花びらが幾重にも重なった可愛らしい花なのだ。
「こんな感じでしょうか?」
「とても素敵ね、それならパールカラーのストーンが合うかしら」
 極小粒なカラフルなパールカラーのストーンが並べられる。それを眺め、どの色が合うのだろうかとラズリアは楽しい悩みに耽っていく。
「えかるんはどうするか決まっているんだね」
「うん、赤いバラを描いてみたくてね。よかったらルージュちゃんの爪先を借りてもいいかな?」
 もちろん、とルージュが差し出した手を取ってロベリアがその爪に色を灯した。薄いモカをベースにし、その上にピンクと赤のジェルを使い陰影のある薔薇を目指して筆を動かす。
「やっぱり普通に絵を描くのとは勝手が違うね……」
「そう? 僕から見れば爪にも薔薇を咲かせられるなんて、とても素敵だと思うけどな」
 自分の爪に描かれた薔薇を見て、ルージュが微笑む。
「ありがとう。もっと上手くなったらまた描かせてほしいな」
 もちろん、とルージュが頷けば、ロベリアは新しいチップに向けて薔薇の練習を始める。ルージュはそんな彼女の隣で、赤をベースにして金のジェルで蔦のような模様を描き、ラインストーンをのせた物を作る。それはどこか、ロベリアのイメージのようにも見えた。
「女の子が喜ぶようなネイルってどんなのがいいんだろうな」
 手にした本のページを捲りながら、空牙が呟くと、
「人にもよると思うけれど、綺麗なものが嫌いな子はそんなにいないんじゃないかな?」
 と、チップに向かって丁寧にベースを塗っていたエレオノーラが何気なく答えた。
「綺麗なデザインか、なるほどねぇ。それならこの辺かね」
 開いたページにはパールカラーのネイルにカラーストーンがちりばめられたデザインが載っている。それを参考にしながら、空牙はホワイトパールのネイルを手にし、チップへと向かう。
「気楽に自由に適当にってな」
 彼の信条そのままに、空牙は心に浮かんだデザインをチップへ落とし込むように手を動かす。
「……出来た」
 慎重に動かしていた手を止めたのはリノンで、その手には完成したばかりのネイルチップが煌いている。シンプルなデザインから華やかなものまで、お手本通りに作っていた物の中から自分のオリジナル要素を入れた、チェックのネイルだ。一粒飾られたラインストーンがストイックなリノン本人を表している様で、彼らしいチップに仕上がっている。
「とても綺麗にできたわね」
 ユリコに声を掛けられ、リノンが静かに頷いて微笑んだ。その向かい側では、エレオノーラが綺麗に塗ったベースを乾かし、ラインテープを使ったデザインを施している。パステルカラーの上に、金色のラインテープが鮮やかに踊る。真っ直ぐなラインだけではなく、細く柔らかいテープは曲線を描き女性らしい柔らかさを表現して見えた。
「後はここに猫を描けば完成です」
 ふう、とひと息吐いてエレオノーラが筆を走らせる。ラインの上を跨ぐように猫を描けば、とても可愛らしいチップになった。その上からトップコートを重ね、エレオノーラが満足気に笑う。全員が真剣にユリコの教えを受けて技術を磨く中、螺旋忍軍が訪れる日が、すぐそこまで迫っていた。

●羽ばたきを止めて
 4日目の朝、ユリコに自室に隠れるようにとお願いしたケルベロス達はそれぞれ示し合わせた場所で待機をしていた。ピンポン、と来客を告げる音がする。はい、と返事をしたラズリアが玄関へと出れば、螺旋忍軍と思われる2人の少女が立っていた。
「こちらでネイルを教えてもらえると聞いたのですが、先生はいらっしゃいますか?」
「私達、ネイルのことを知りたいの!」
 メノウとザクロと名乗る少女達の言葉に、ラズリアは先生は出掛けているけれど私でよければ教えますと答える。顔を見合わせた2人は、頷いて中へと上がる。技術を盗めるのなら、違う人間でも構わないのだろう。暫くの間、ユリコから教わった話やネイルチップに向けて習得した技術を披露してみせる。
「そうだわ、今の時期は庭に咲く薔薇がとても綺麗なのです。折角ですから、薔薇モチーフのチップにしましょうか。お2人共、1度薔薇を見てその形や色を確認しましょう」
 さあ、と庭に案内され、メノウとザクロは庭に咲く薔薇の木の前へ立つ。
「ピエール・ドゥ・ロンサールと言う名前の薔薇です。ピンク色で、ネイルモチーフにはぴったりでしょう? ゆっくり観察してくださいね」
 微笑んだラズリアに頷き、螺旋忍軍の2人は彼女に背を向け幾重にも重なる花びらを眺める。それはケルベロス達にとって、先手を取るチャンスだ。
「……力を」
 小さく呟いたリノンの声に、魔力が動く。『バシリス・アーディン・アイオーニオン・カタラ』が発動しスナイパーを務める3人の力を高めると、ラズリアが蒼い結晶の槍、『星槍コル・レオニス』を構えて精製した弾丸をザクロ目掛けて撃ち放つ。
「なっ!?」
 その衝撃に悲鳴を上げたザクロに振り向いたメノウに向け、ユルの黒曜の荊が放たれた。
「――ステキな夢を、魅せてあげる」
 歌う様な囁きが響くと、荊の棘がメノウへと絡み付く。『茨姫の子守歌(ドルンレースヒェン・ヴィーゲンリート)』は精神をも縛り上げていく。彼女のシャーマンズゴーストである助手も、それに倣うように非物質化した爪でメノウの霊魂を切り裂いた。
「垣間見るは朽ちた未来。ならば、僕はそれに紅引き否定しよう。この手が誰もが望む未来に届くまで!」
 ルージュの地獄化した右目が炎を上げる。その炎は無数の擬似的演算を繰り返し、未来を予測する。ルージュの狙った奇跡『朽紅の炎瞳(リトルアーチスト)』がザクロを襲った。
「えかるん!」
「任せて!」
 間を置かずしてロベリアが前に出ると、構えたドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させ竜砲弾をザクロに放つ。
「イリス」
 ロベリアの短い呼びかけに応え、鈍く光る金の大鎌を持ったビハインドのイリスが周囲の物に念を籠め、ザクロへ飛ばした。
「この一矢……外しません! ご覚悟!」
 矢を番えたレカが、妖精の加護を宿した矢を放つ。それは違えることなくザクロを射抜き、悔しげな表情を浮かべたザクロが地面へと崩れ落ちる。
「ザクロ!」
「仲間の心配か? 余裕だな。そんじゃ……その余裕ごと狩らせてもらうぜ? 悪く思うなよ」
 ザクロが倒され、そちらに注意が向いたメノウに向かって空牙の打撃部分が銃身となっている左用旋棍『異装旋棍【銃鬼】』が唸る。ドラゴニック・パワーを噴射し、加速したそれはメノウの身体を打ち据えた。
「悪いけど、師匠に手は出させないよ」
 エレオノーラの手にした刃が炎を纏う。
「炎狼の牙、その身で受けろ! 炎刃……狼牙!」
 刃から放たれた斬撃『炎刃・狼牙(エンジン・ロウガ)』は、より一層その炎を大きくしてメノウを切り裂いた。そのすぐ後ろで、千李がユルとロベリアに向かって雷の壁を構築する。リノンがそれに頷くと、自身と千李に『バシリス・アーディン・アイオーニオン・カタラ』を施した。
「残念ですけれども、螺旋忍軍はお呼びではございませんのよ」
 凛とした表情を浮かべたラズリアの周囲に、光り輝く魔法陣が浮かび上がる。
「死を司りし忘却の王よ、我が呼び声に応え給う。深淵より生まれし崩壊の槍を持て、汝が敵を貫き葬れ!」
 呼び出された虚無の槍『忘却の楽園に君臨する死王の槍(ファントム・ピアース)』が迷う事無くメノウを刺し貫くと、ユルが鋼の鬼と化したオウガメタルの拳を全力で叩き込んだ。小さく呻いたメノウに向け、助手が原始の炎を召喚する。炎に包まれた敵にルージュが虚の力を纏った『Der Gevatter Tod』で激しく斬り付けた。
「調子に、乗るな――!」
 メノウが手にした武器が大量に分裂し、ラズリアとルージュを襲う。ユルとロベリアがそれを庇い、裂傷が走った。
「ルージュちゃんに手出しは無用だよ。地獄に吹くこの嵐、止まない嵐を見せてあげる」
 両腕を構成する地獄の一部を無数の刃に変形させ、ロベリアが『悪意の嵐(オラージュ・ド・ロベリア)』を叩き付けると、イリスがメノウの背後から手にした鎌で斬り付ける。続け様にレカの心を貫くエネルギーの矢が放たれた。それは一瞬メノウの意識を奪い、その隙を突いて空牙が走る。
「ほら、死角ができてんぜ?」
 敵の死角から放たれる一撃、『螺旋不意討重(ラセンフイウチガサネ)』がメノウを襲う。それはメノウを倒す一撃となったのだった。

●指先に魔法をかけて
「本当にありがとう、よかったら作ったチップは持って帰ってね」
 ユリコがケルベロス達に頭を下げる。
「こちらこそ、とっても楽しいひと時でした!」
 丁寧に包んでもらったチップを手にレカが微笑むと、ケルベロス達はユリコの家を後にする。
 太陽の光を受けて、それぞれが一生懸命にネイルアートを施したチップがキラリと煌いていた。

作者:波多蜜花 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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