片足ダンス

■リプレイ

●廃ビルで噂話を
　踏み出した足が、落ちた硝子を割る。テトラ・カルテット（碧い渡り鳥・e17772）は小さな悲鳴を上げ、物陰へと隠れた。
「ど、何処ぞの誰かも超絶怖い噂を考えるもんですの！　い、居るのはドリームイーターだよねっ？　本物いないよねー！？」
　片足のないバレリーナの人形との戦闘が始まるまで、噂話をする二人以外は周辺に潜んでいる。
　闇に紛れ、明るさを絞った照明を足元に置くのはイェロ・カナン（赫・e00116）。
　揺れる灯りを視界の端に留め、少し離れたところにいある大小二つの背中を見遣る。
「さて、どんな噂話が聞けるやら」
　その眼差しは、まるで二人の成長を見守っているよう。
　黴びたにおいすらする廃ビル内で、キース・クレイノア（送り屋・e01393）がぽつりとつぶやく。
「片足の無い人形、な」
「となると、どうやって踊るんじゃろう？　こけたらどうやって立ち上がるのじゃろう？」
　保村・綾（真宵仔・e26916）が不思議そうに首をかしげると、キースも続けて疑問を口にする。
「そもそも、どうして足が無いのだろう。遊んでいるときに無くなったのだろうか」
「だとしたら、どこでなくしたのじゃろう？」
　気になることはたくさんある。二人は物語について討論するように問いを重ねていった。
「いったいどんな人形なのだろうな」
　二人の話題は、人形の足から人形そのものへ。
「主がもういない事も知らずにずっと躍り続ける……バレリーナにとって足は大切な物だろうに。——知らないから信じて踊り続けていて、でもいなくて……店主に笑って欲しかったのだろうか」
　話し声に加わるように、突然引きずるような音が加わる。二人は会話を止め、音のした方を見遣った。ごとごと、がたがたと、小柄なシルエットが近づいてくる。
　白いチュチュをまとった、バレリーナ。——の、人形だ。
　いつの間にか、人形はすぐ近くまでやってきていた。
「私は、だあれ？　だれでしょう？」
　人形が、やや高い声で問いかけた。と同時にオペレッタ・アルマ（オイド・e01617）が人形の背後に立ちふさがる。人形は、一本道の通路でケルベロスたちに挟み込まれるような形になった。
　テトラをはじめとして他のケルベロスやサーヴァントも姿を現しはじめたところで、盾役を担う二人が問いへの答えを口にする。
「バレリーナ」
「アナタは、待ちぼうけの、片足のないバレリーナ人形」
　一瞬の静寂ののち、人形は激しく揺れだした。禍々しい気配が、辺りに満ちてゆく。
「ダンスパートナーは必要かね？　俺で良ければお相手願おう」
　不穏な雰囲気であるにも関わらず、暁・光（マスカレイド・e04931）は仰々しく一礼し、自らの手を差し出す。
「『これ』は、しりたいです……アナタはどのようなココロを、おもちですか？」
　オペレッタの問いに人形は答えず。
　人形の顔は変わらない。つんと澄ました表情のまま、片足で器用にくるくると回る。

●上演開始
　キースがエアシューズ「境界」で摩擦を起こし、炎を纏う。勢いに体を任せ、そのまま人形に一撃を加える。
「痛くない？　踊るのは楽しい？」
　気遣うのはダメージではなく、切断された足のこと。切断面は空洞で、中には闇が広がるばかり。
　綾が、妖精弓を引き絞る。手を離せば、矢は真っ直ぐに人形目がけて飛翔する。
「かかさまには援護を頼むのじゃ！」
　綾がウイングキャット「文」に視線を送ると、心地よい風が自身を含む前衛に届くのがわかる。シャーマンズゴースト「魚さん」もテトラへと祈りを捧げて、加護を与える。さらにイェロが紙兵を撒いた。
「待ち人来たらず、か」
　ため息ひとつ、目を細める。
「幻想的な踊りは綺麗だけど、痛みを伴うもの。長い時を経ても忘れることなく主人以外は望んでいないだなんて、一途だよな」
　人形は逆回りをはじめ、テトラの武器へと白い羽をまとわりつかせた。
「ひ、ひぃっ！？　みみみ見た目怖いんだからあんまり近寄んないでよねー！？」
　怯えつつ、気を取り直して頭をぶんぶんと振る。
「あたしなら大丈夫。やはっ☆」
　怖くても笑顔は忘れず。仲間に笑顔を向けた後、テトラは素早く闇に紛れた。廃ビルの内部には、いくらでも闇がある。
「ふむふむ、キミはここ斬るとダメそうだね？」
　無音で人形の背後に回り込み、死角からの碧い一閃。次いで猫のような身軽さで飛び退き、続く仲間に場所を譲る。
「『これ』は、踊ります」
　エアシューズ「Inizio」を装着した足で、オペレッタは人形を軽やかに蹴りつける。まるで踊りの線上に、ただ人形が佇んでいたかのような自然さだ。
　自分よりもはるかにぎこちない動きで踊る——というよりは、回る、と言った方が正確だろう——人形のなくした足を見て、オペレッタは目を細める。
　オペレッタの無くしものは、ダモクレスとしての記憶。覚えていたのは『命令』のみ。
　今まではただ、命令だからと踊り続けていた。けれど、とかぶりを振る。
「今は、ココロをしりたいから」
　オペレッタの言葉に、エレス・ビルゴドレアム（ヴァルキュリアのガンスリンガー・e36308）の射撃音が重なる。精度を重視した攻撃は、人形の胸元を撃ち抜いていた。
　無言でケルベロスチェインを展開するのは、光。前衛が加護に包まれれば、ビハインドの「明」が室内で枯れた植木鉢やはがれ落ちた壁などを飛ばしては人形に当ててゆく。
「みなさんを援護します、です！」
　塰宮・希月（篝火を奏でて・e14957）が、緊張した面持ちで思い切り息を吸い込んだ。バイオレンスギターをかき鳴らして必死に「紅瞳覚醒」を歌い上げれば、希月のビハインド「冬四郎」を含む前衛の防備が高まる。
　戦闘のある依頼には初めて参加する希月は、癒やし手という位置につけたことに安堵していた。
「戦いは……まだ、自信が無いから……。でも悲しい人形……放っておけなかった……の。女の子だって、助けたい……から」
　でも、ちゃんと役に立てるかはわからない。急に不安になってうつむく希月を、冬四郎が振り返ってじっと見た。視線に気付き、希月は顔を上げる。不安になってなどいられない。回復サポートをする、と決めたのだから。
「兄様も協力して、ね！」
　そう言って、希月はギターを握り直した。

●戦うように踊って
　光は踊るようなステップで人形へと肉薄した。
　相手の手を取るようなしなやかな腕は、まとったオウガメタルで鋼の一撃を加える。普段ならば「話してないと死ぬ」くらいには饒舌な光であるが、戦闘中は無言だ。
　戦いを楽しむように転回し、明にハンドサインで指示を出す。
　光のハンドサインによる指示を受けた明は、人形の背後に出現して剣で斬りつける。
　このように時折攻撃に回る光に対し、希月は丁寧にヒールを重ねていた。
「この炎は……皆を癒す、の……」
　抱くのは『仲間を癒したい』という強い気持ち。歌となった思い、そしてその音に乗って炎が舞う。篝火のような炎は前衛の仲間を大きく癒やし、いくつかの状態異常を消し去る。
「兄様も……お願いします、ね」
　冬四郎がうなずき、窓硝子の破片を人形へと飛ばす。
　健気に踊り続ける人形は、キースへと向き直る。踊る人形の指先が、静かに彼の足を指し示す。とたん、キースの足が痛み出した。視線を落とせば、包帯で巻いた自らの足が目に入る。足はある。顔を上げたところで、彼自身のトラウマが視界に入った。
「キースあにさま！」
　爆破スイッチ「ととさまスイッチ」を押して人形を爆風に包み込みながら、綾が心配そうに声をかける。
　現れたトラウマにより、キースは呼吸が出来ない。無意識に腕の赤いリボンに触れれば、澄んだ音が響いた。
　その音に呼応し、イェロが動く。
「俺に任せて」
　回復が重複しないよう、仲間に声がけをする。放たれた霧に包み込まれたキースの眼前から忌まわしい光景が消え去れば、イェロは黙って手をひらりと振った。礼は不要、とでもいうように。
　文が翼をはためかせ、魚さんが主を気遣うように祈る。
　呼吸を取り戻したキースは、星屑混じりの蹴撃を人形へと見舞った。そのわずかな間に、テトラは壁を利用して跳躍する。器用に体をひねり、人形の斜め上から日本刀「白雲遠き高原に吹く風」を振りかぶった。
「やはー！　ちょいと失礼っ☆」
　攻撃というよりは、襲撃という言葉が似つかわしい。刃で描いた弧が、人形を切り裂く。
　オペレッタの胸部から放たれた光線が人形に届くが早いか、エレスのドラゴニックハンマーが竜砲弾を撃ち出した。
　着弾すると、人形の頬の一部が欠け落ちる。
「意思なくただ待ち続け、失ったものに固執し過ぎると、いずれはこの人形のようになってしまうのかもしれません」
　言いつつ、エレスは人形と距離を取る。
　片足を失ったまま踊る人形は、どこか滑稽で、どこかもの悲しい。
「一つの事に固執せず、自分の意思で自分の道をしっかり選んで、歩んで行きたいものです」
　エレスは自らの胸に片手を当る。そうして、決意するように数秒だけ目を閉じた。

●上演終了
　状況を見極め、テトラは人形に駆け寄った。一歩、二歩、距離を詰めながらテトラは思考する。
　もし噂の人形が実在したら。
「彼女が欲しかったのは足か主人か。それとも両方かな、足を手に入れて主人を探しに行くのかも……」
　数歩、それなら。
「両足揃ってるあたしが諦めるのは贅沢だよね☆　探さなくっちゃ、そして言ってやるんだ。『あたしを返せ』って」
　不可視の斬撃が人形の正中線を通った直後、エレスの翼が暴走を始める。そのまま全身を光の粒子へと変えたエレスは、人形へ突撃した。
　にわかに明るくなった廃ビル内を、光がエアシューズで駆け抜ける。高速で駆け抜けたことにより起きた摩擦熱は炎を生じさせ、エレスの周囲に癒しを与える魔法陣を描くに至る。
「えっと……こう、でしょうか……？」
　傷ついた仲間を探し、希月が溜めたオーラを放つ。癒す相手はイェロだ。不慣れな中、希月は癒やし手として懸命に役割を果たそうとしていた。もし自身が危機に陥ったのならば一度戦線を離脱しようと思ってはいたが、その必要はなさそうだ。
　明と冬四郎が続けざまに人形の体を拘束する。拘束を振りほどいた人形は希月めがけて跳躍した。
　目を見開く希月の前に、綾が割り込む。人形のないはずの足が、綾に叩きつけられた。
「あ、綾様……！　大丈夫です、か……？」
「これくらいなんともないのじゃ！」
　不安げな視線を向ける希月に、綾は飛び跳ねて答える。続けて扉を召喚すると、中から現れたのはふっくらボディの猫の王様。王様がステッキを振ると、綾の傷が癒えてゆく。
　綾が誇らしげに文に微笑みかれば、褒めるように清らかな風を送り込まれた。
　ケルベロスと人形の消耗を見るに、人形の終わりは近いだろう。
　キースが地獄の炎を叩きつけ、真っ直ぐに人形を見る。
「店主の事は嘘でも伝えることは出来ないけれどきっと会える。だから眠ろう……」
　誰かの興味でも確かにここにいるから、と付け足し。魚さんの召喚した炎に包まれる人形を横目に、イェロへと場所を譲る。
　イェロの「白い指先」による一閃で、人形は氷に包まれた。
　人形の終わりは、近い。
「アナタはそう、めいじられましたか？　何のために踊り、誰のために独り、待ち続けるのでしょう」
　オペレッタが、両手の指先を銃口へと変形させる。
「ですが、どうぞ、幕引き（フィナーレ）はカーテン・コールが、終わるころに——『演目（プログラム）』を『終了』します」
　銃口から放たれるのは、グラビティから生成した弾丸。それはさながら、鳴り止まない喝采。あめあられと降り注いだ音が終われば、人形もまた、動きを止めた。
　差し込む月光は、演者を照らすスポットライト。それを遮る雲は、閉幕を告げる。
「ま、楽勝じゃん？」
　光はわずかに痛みの残る肩口をさすり、強がる。
「お前とのダンスは楽しかったぜ」
　寂しそうに、そして嬉しそうに光が呟いた。
「……おやすみ」
「……向こうで逢えると良いな」
　キースとイェロの言葉が重なる。
　今頃、被害者の少女は目を覚ましていることだろう。では、とエレスが歩み始める。
「私は被害者の少女に事情を説明してきます。こんな時間ですし、帰って休むよう彼女に伝えますね」
　エレスの足音が、室内響く。足音は遠のき、やがて聞こえなくなった。

　人形はもう、動かない。希月は、恐る恐る人形に近づく。
「きっと寂しかったんだよね。誰かが来なくなる寂しさは、僕……わかるよ…あなたは……どんな気持ちで踊っていた、の……かな？」
　家族に勘当され、見捨てられた過去を重ねる希月。
　綾もまた、かつてを思い返していた。
　昔戦った踊る機械人形、少し懐かしくて切ない、雪白。
（「なくしたもの。あの箱の中で大事なものは溶けて消えた。一緒に消えたかった」）
　そこまで思考して、静かに首を振る。
（「かかさまが、ととさまがいるから、綾は消えたくない」）
　きゅっと拳を握り締める綾を見て、イェロが声を掛ける。
「帰ろうか」
　その言葉に、キースもうなずいた。
　ぬるく冷える風が、ケルベロスたちの頬を撫でていく。

作者：雨音瑛	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年5月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 8
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