その心、既に人ではなく

作者:伊吹武流

●絶望は復讐心へと至る
 全てを失い、絶望へと至った少女は、薄暗き室内で目を覚ました。
「ここは……何処……?」
 どうやら、自分は実験台の様なベッドの上に横たわっているらしい。
 そう気付いた瞬間、彼女の視界に仮面を被った男の姿が飛び込んでくる。
「喜びなさい、我が娘よ」
 仮面の男……ドラグナーは、露わになった口元だけを、ゆっくりと歪ませると。
「……喜びなさい、我が娘よ」
「娘……?」
 優しく投げ掛けられた声に、少女が問いを返そうとするも、その唇は男の指によって閉ざされる。
「……娘よ。お前は今、その身にドラゴン因子を植え付けられた。そして、植え付けられた因子の力によって……お前は今、ドラグナーの力を得たのだ」
 続く言葉に、彼女の思考は一瞬混乱する……が、男の言葉は更に紡がれていく。
「しかし、娘よ。お前は未だにドラグナーとしては不完全な状態だ……このままでは、ここ数日の内にお前の身体は崩れ去り、死を迎える事になるだろう」
 そして、耳に届いたのは、自らに対する死の宣告だった。
「だが……娘よ、安心するがいいい。その死を回避する事は容易い。お前が、その与えられたそのドラグナーの力を振るい、多くの人間を殺め、グラビティ・チェインを奪い取る事が出来れば、お前は完全なドラグナーとなる事が出来るからだ」
 そう告げた仮面の男の言葉に促されるまま、少女は自分の身体を見返してみれば。
 彼女の肉体の一部が、様々な色彩が混ざり合いながら、目まぐるしく変化し続けていた。
 それは……紛う事なく、彼女自身が、既に人では無くなってしまったという証だ。
 ……だが、彼女の口からは、一切の悲鳴は上がらない。
 代わりに、彼女はその混沌化した姿に目を奪われた後、新たな父となった男と同様、口元を歪める。
「……もう、そんな事、構わないわ。だって、今の私には希望どころか生きていく場所だって残ってない……だったら、この力を使って、私から全てを奪った奴らを、この世から消し去ってやるわ!」
 かつて少女であった者の身勝手な絶望は、歪んだ復讐への渇望へと変じていく。
 そして、狂気に塗れた哄笑と共に、彼女の姿は闇の中へと溶け込んでいった。

●身勝手な虐殺を阻止せよ
「……実は、ドラグナーの一人、『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植された女子高生が、新たなドラグナーとなって三重県のとある高校に現れて、事件を起こそうとしている事が判明したっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、集まったケルベロス達の前でそう切り出すと、事件についての詳細を語り始めた。
「えっと、どうやらこの女子生徒はドラグナーは、まだまだ未完成の状態みたいで、完全なドラグナーとなる為に必要な大量のグラビティ・チェインを得る必要があるみたいっす」
 そして、その最適な入手方法と言えば……一般人の大量虐殺に他ならない。
「……で、当の女子生徒の事っすけど、彼女は中学生の頃は校内で一二を争う程の学力とルックスを兼ね揃えたお嬢さんだったんすけど、志望していた名門の私立高校への受験に失敗した事で、今まで築いてきたプライドが粉々になったみたいっす。加えて、進学した公立高校での生活にも馴染めず、自分より学力やルックスの劣ったクラスメイト達が、笑顔で登校する姿に憤りを感じていた所でドラグナー化された事で、その絶望と恨みを抱いたまま、復讐と称して学校の人々を無差別に殺戮しようとしているみたいっす…………はっきり言って、すっげーワガママな子っすね」
 その言葉に、何人かのケルベロス達は苦い表情を浮かべながら頷きを返すと。
「……って事っすから、みなさんには今回、そのドラグナーの討伐をお願いしたいっすよ」
 そう告げたダンテは、更なる情報をケルベロス達へと伝えていく。
「どうやらドラグナーは、下校しようとする生徒達を校舎の正面玄関で待ち構え、そこから虐殺を始めようとしてるみたいっすね……つまり、彼女が学校にやって来た時には、全校生徒は全員、校舎の中にいて、校庭や玄関付近には誰もいない、って事になるっすから、みなさんも安心して敵を迎え撃つ事が出来るはずっすよ」
 つまりは、ヘリオンからの効果による急襲も可能であるし、事前に学校に赴いて敵を待ち構える事も可能である、とダンテは説明する。
 前者ならば、学内の避難誘導に人員を割くものの、不意打ちによって先手を取る事が出来るだろう。逆に後者ならば、不意打ちはは出来ないものの、事前の連絡と避難誘導によって、ケルベロス達は全員が戦闘に集中する事が可能となる。
 加えて、どちらの作戦を選ぼうが、教師や生徒達に被害が及ぶ事は殆ど無いだろう。
「そして、みなさんが戦う事になる未完成ドラグナーも、一体のみ……配下も連れていないし、ドラゴンに変身する様な力も持っていないみたいっす。だけど、その歪んだ復讐心のまま、死をも恐れず繰り出してくる一撃はとても強力っすから、絶対に注意が必要っすよ」
 と、話し終えると、ダンテは一旦、言葉を切ってから。
「ちなみに、未完成とは言っても、ドラグナー化してしまった以上、彼女を元に戻す事は……不可能っす」
「……でも、だからと言って、彼女の理不尽で無差別な復讐を見逃す訳にはいかないよね」
 そう補足したダンテの表情を伺い、彼を気遣うかの様に発せられた、リオメルダ・シュヴァーン(つば広帽子の戦乙女・en0222)の言葉に、ダンテ自身も、その通りだ、と大きく頷いてみせると。
「ケルベロスのみなさん、どうか彼女の魂を怨念から解放してあげてくださいっす!」。
 その願いをケルベロス達に託し、深々と頭を下げるのであった。


参加者
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)
リシア・アルトカーシャ(オラトリオのウィッチドクター・e00500)
セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
ヴォイド・フェイス(ミスタースポイラー・e05857)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
八尋・豊水(狭間に忍ぶ者・e28305)

■リプレイ


「しまった!!」
「駄目、間に合わ……ない……」
 癒しの歌声とオーラの力を解放しようとしていた、綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)と天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)が思わず声を上げる。
 そんな彼らの眼前では、ドラグナーの少女が振り下ろした大鎌が、断頭台の刃の如き勢いでヴォイド・フェイス(ミスタースポイラー・e05857)の身体へと叩き込まれていた。
「Oh……!? この俺様を倒すとは、アンタの欲望もソートーなもんダ……」
 自分自身を己の血で更に紅く染めたヴォイドの身体が、ぐらりと揺らぐ。
「ヴォイドさん!!」
 セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)と共に仲間の盾となっていた、クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)が倒れゆく仲間の名を叫ぶも、紅き戦士はその身を大きく傾かせていく。
 ――どうして、こんな事に……?
 ――あの時、自分の身を盾にしていれば。
 ――あの時、彼の言葉を聞き届けなければ……。
 次々と湧き上がる思いが、護り手たる二人の心を締め上げていく間にも。
 凶刃を受けた彼の躯は地へと倒れ込み、その意識は闇へと飲み込まれていった。
 対してドラグナーの少女は。
「さあ、ケルベロスさん達、この愚かな私の復讐を……さっさと止めてみたら?」
 手にした大鎌を構え直しながら、まるで純真さと残酷さを併せ持った子供の様な微笑みを浮かべた……。


 ここで時間は、幾許かを遡って。
「……では、まずは学校側に事情を説明して、避難のお願いをいたしましょう」
 ヘリオンが飛び去って行った空から目を逸らしたカノンは、ケルベロスコートの襟を正すと口を開く。
「ん、了解よ。じゃあ、敵が来るまでは、まだ時間があるみたいだから……私達は学校内の人達に彼女の事を聞いてみるから、他の人達は周囲の警戒をよろしくねぇ?」
 その言葉に答えたのは、八尋・豊水(狭間に忍ぶ者・e28305)。
 彼は右手をひらひらと振りながら応え、幾人かのケルベロス達と共に校内へと足を踏み入れていく。
 それから、暫くして。
 正面玄関の前へと再び戻って来たケルベロス達は、各自の首尾を報告し合っていた。
「避難に関しては学校側も了承してくれた。誘導自身も学校側が率先して行うそうだ」
「とはいえ、今から全校生徒を学校外に避難させてしまえば、その姿はかなり目立っちゃいますから、彼らには戦闘が始まり次第、最上階の教室や屋上へ避難して頂く事になりましたけどね」
 そう報告するのは、エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785)と鼓太郎だ。
 聞けば、ケルベロスコートを着込んだカノンの姿や、鼓太郎の人当たりの良さもあってか、学校側も何ら疑う事無く、協力を了承したらしい。
「なるほど、避難の方は問題ないみたいだね……で、聞き込みの方はどうだったんだい?」
「それが、ですね……」
 リオメルダ・シュヴァーン(つば広帽子の戦乙女・en0222)の問いに、セフィは少し歯切れの悪い返事を返すと。
「クラスメイトさんだけでなく、教師の方々にもお聞きしたのですが……皆様、彼女の事をあまり良く知らないみたいなんです」
「そうなんですよ……みなさん、彼女の事は『綺麗な子』とか『頭の良い子』とか言ってましたけど、いざ彼女自身の事をお聞きすると、『そんなに話した事がないから分からない』って答えばっかりで……」
 セフィの言葉を継ぐ様に、リシア・アルトカーシャ(オラトリオのウィッチドクター・e00500)も聞き込みの結果を伝える。どうやら、入学からひと月程しか経っていない事もあってか、彼女自身を知る者はかなり少ないらしい。
「僕の方も、リシアちゃん達と殆ど同じ感じかな……ただ、同じ中学だった子から聞いた話だと、『彼女みたいな頭のいい子が、ウチの学校に来るとは思ってなかった』って言ってたから、やっぱり受験に失敗したショックが大きかったのかも知れないね」
 そう話すのは、此処に集ったケルベロス達の中において、最も一般人達に名が知られている存在であったクレーエだ。
 そんな彼が学校内で聞き込みをしても、その程度の結果しか得られなかったという事は……彼女自身が、人との交わりを避けてしまった結果なのかもしれない。
「そうなんですか……しかし事情はどうあれ、自ら喜んで人に害を為さんとするのなら、もはや俺から排するしかありませんね」
「その通りなのです。ボクらは……ボクらに出来る事を頑張るだけなのです」
 そんなクレーエの言葉を受けてか、鼓太郎が決意の言葉を口に出すと、それを聞いたリシアも頷きを返す。
「それにしても復讐ですか……」
「我儘で他人を見下した末での復讐など、所詮はくだらんものだ」
 そんなセフィの呟きを聞き、エヴァンジェリンは冷たく言い放つも。
「HAHAHA、ステッキー我侭なレディか! 俺はそーゆーの、嫌いじゃネェぜ?」
 続くヴォイドが発した何とも軽い言葉に、彼女は微かに眉を顰める。対して、そんな事を知ってか知らずか、飄々と振る舞うヴォイドの表情は、その覆面に隠されたまま、伺い知る事は出来ない。
 相反する二人の言葉に、周囲が微妙な空気に包まれるも。
「はいはい、お喋りはここまでにしましょ……ほら、問題のお嬢ちゃんがやって来たわよ」
 それは、豊水の言葉であっけなく打ち消された。
 そして、そう告げた豊水が指し示した先には。
 季節外れの通学用コートを羽織り、正門前に立った一人の少女の姿だった。
 少女は何ら躊躇う事無く、校庭へと足を踏み入れた……が、校庭の中央へと足を運んだ時だろうか。
 少女は何かに感づいたのか、不意に足を止め、周囲へと鋭い視線を巡らせる。
 そして、次の瞬間、少女は校門へと戻ろうとする。
「不味いね、どうやらあの子、僕達の事に気付いたみたいだよ……」。
「ああ、その様だな……ならば、此方から仕掛けるだけだ」
 リオメルダの言葉にエヴァンジェリンは即答してから、さあ、いこうか、と己を奮い立たせる小さな呟きを漏らすや否や、勢い良く校庭へと飛び出す。
 と同時に、この場に立つ全てのケルベロス達も物陰から躍り出るや、その手に構えた武器を少女へと向ける。
 そして、少女もまた……振り向き様に、その身を纏うコートを脱ぎ捨て、その禍々しき姿を露にした。


「やっぱり、私が来る事を知っていたわね……だとすると、あなた達、ケルベロスでしょ?」
 眼前に現れた数名の男女を見た少女は、その出で立ちから全てを察し、そう口を開いた。
 対するケルベロス達の眼前に立つのは、真新しい制服に身を包んだ、可憐ながらも凛々しげな少女……だが、その両腕は混沌の色彩に帯びた鱗に覆われ、巨大な刃を持った鎌をしっかりと握っている。
「でも、私の邪魔をするのなら……あなた達が誰であろうとも許さない。最高の苦痛と絶望を味わうといいわ!」
 そう言い放つや、ドラグナーの少女の身体から凄まじきオーラが放出された。
 その強大な奔流は、前衛に立つケルベロス達へと襲い掛かるや、その身を打ち据えると共に、圧倒的な絶望感をも植え付けていく。
「これが、己を捨てた者の力ですか……ですが!」
「こんな絶望など……打ち消してやる!」
 傷付いた前衛達を、カノンが展開した虹色のヴェールの輝きと、クレーエの描いた守護星座の輝きが包み込み、更には鼓太郎の力強き歌声が仲間達の心を熱く燃やし、その身に受けた傷の痛みと絶望感を薄れさせていく。
「……今度は此方の番だ!」
「ヨオ、俺様も今来たトコロなんだけど……ちょっとだけ、ツき合ってくんなイ?」
 気合の一声と共に繰り出されたエヴァンジェリンの長槍と、まるで交際を申し込むかの様にヴォイドが突き出した地獄の炎を纏いし拳が少女へと叩き込まれる。
「さーて、私も頑張るわよぉ……行くぞ、支援しろっ、李々!」
 僅かに見せた豊水の鋭い言葉と共に放たれた敵を縛る漆黒の鎖が、蛇の如き軌道を描き、彼のサーヴァントたるビハインドの李々が、彼の攻撃を支援すべく心霊現象を引き起こす。
 そんな仲間達を支援すべく、自身のサーヴァント、ボクスドラゴンのシルドより属性を注入されたセフィが、その身に纏った流体金属の装甲から光輝く粒子を放出して味方の感覚を覚醒させる中。
「ボクだって……みんなを守るのです!」
「僕も同じ思いさ!」
 戦う決意を胸に全身を鋼の鬼へと変じさせたリシアの拳と、リオメルダの構えた二振りの刃が、ほぼ同時に強烈な一撃となって敵へと繰り出された。
「くっ、やるわね……」
 立て続けの攻撃を受け、ドラグナーと化した少女の表情が険しいものへと変わる。
「でも、こんな痛みなんて、私が受けた苦しみに比べれば、些細なものよ」
 そして彼女は、己の復讐を果さんと、手にした大鎌を振り上げた。

「まずは……あなたからよ!」
「……させるかっ!」
 少女は標的をヴォイドへと定めるや、躊躇なく突撃する。
 そこへすかさず、クレーエが我が身を盾にすべく走り込もうとする……が、不意に響いた制止の声に、思わずクレーエの足が止まる。
 その声の主は、誰あろうヴォイド本人だった。
 彼は、クレーエに向けて親指を立ててみせると、すぐさま両の腕を交差させて敵の一撃を受け止めてみせる……が、その重き刃は容易く彼へと食い込み、強烈な苦痛を与えるだけでなく、その生命力の一部まをも盗み取っていく。
「攻撃する余裕は無さそうですね……」
 カノンは敵の強さを冷静に判断しつつ、己に溜め込んだオーラをヴォイドへ放ち、その傷を癒す。
 そこへお返しだとばかりにクレーエが鋭く伸ばした漆黒の粘体でドラグナーの身体を貫かんとするも、敵ははこれを軽く躱してみせる。
「遍く日影降り注ぎ、かくも美し御国を護らんが為、吾等が命を守り給え、吾等が力を寿ぎ給え!」
 そこに鼓太郎の詠唱の言葉が朗々と響く。次いで、彼の胸から顕れた光球がヴォイドへと向かい、彼の身体を包む様にしてその傷を癒していく。
 そして、稲妻を帯びた超高速の突きを繰り出したエヴァンジェリンに続く様にして。
「……ハッ、どうやらアンタも俺も、ブッ殺されようが『仕方なかったんだ』で済ますクチっぽいジャン♪ 楽しませてくれヨ?」
 覆面の下で不敵に笑って見せたヴォイドが、すらりと抜いた刀で達人級の一撃を繰り出すも、受けた傷の痛み故か太刀筋が乱れ、敵には届かない。
 が、そこへ李々の援護攻撃を受けつつ、間合いを詰めた豊水が掌で少女に触れ、破壊の螺旋を流し込み、前衛達を癒すべくセフィが生み出した桃色の霧の中からは、封印箱に入ったシルドが体当たりを仕掛けると、続く様にしてリオメルダの振るった二刀が空間を断ちながら敵を斬り裂いていく。
「誰かを妬み嫉みするのは、人として当たり前の感情なのです……でも、それで人を傷付けるのは間違ってるのです!」
 そこへリシアが思いよ届けとばかりに訴えつつ、続け様に素早く呪を紡ぐ。
 次の瞬間、中空に描かれた魔方陣より顕れた光り輝く剣が、ドラグナーへと飛来する。そして少女の身体に突き刺さった光は鎖へと変じ、その身を締め上げる。
 が、ドラグナーの少女はそれでも倒れはせず、怒りの眼差しをケルベロス達へと向けると、絶叫した。
「ええ、間違ってる事なんて分かってるわ……でも、もうどうでもいいの! 私の事なんか放っておいてっ!」
 そして、自暴自棄となった彼女から放たれた更なる絶望の奔流は、より激しさを増してケルベロス達へと襲い掛かった。

「あなた達も私と同じように、何もかも、みんな失くなってしまえばいいのよっ!」
 少女の絶叫と激しい戦闘の音とが校庭に響き渡る。
 あれから幾度、互いに刃を交えただろうか。
 ドラグナーの少女は、己の身に受けた無数の傷の痛みすら意に介さず、凶刃を振り上げ、絶望の奔流を放ち続ける。
 対するケルベロス達も、鼓太郎を始めとする癒し手達の尽力により、戦線を支える事に成功していた。
 ただ一人、味方のカヴァーを受けない事を選んだヴォイドを除いては。
 彼は、生と死の瀬戸際を楽しみながら、既に立っているのがやっとの状態だ。
 そんな彼を癒す時間を稼ぐ為だろうか。
「貴女は何を失ったの?」
「え……?」
 不意に発した豊水の言葉に、ドラグナーの少女の動きが止まる。
「体を奪われた? 愛する人を殺された? 違うでしょう? 本当に大切なものは何も失ってないでしょう?」
 それは敵の動揺を誘う為に放った偽りの言葉ではあった……が、同時にそれは、豊水自身の本心から出た真実の言葉でもあった。
「そうね……でも、あなた達はケルベロスとして、この地球全ての希望になった……でも、私は違う! 私には希望なんてものは訪れないのよ!」
 だが、彼女はその思惑にも、救いの言葉にも、拒絶を告げる事を選んだ。
 お前達はケルベロスである以上、どうあろうが恵まれた存在なのだ、と。
 そして悲しげに微笑んだ……その時だった。
「ぬおおおおおお!」
 カノンのオーラと鼓太郎の歌声、そしてセフィの快楽エネルギーによって動けるようになったヴォイドが、全身に仕込んだ爆薬にグラビティを籠めるや、自身を燃え盛る爆弾と化し、敵へと体当たりした。
 続く瞬間、凄まじい爆音と共に、紅蓮の業火が少女の身を焼いていく。
 だが、更なるリシアや豊水達の攻撃を受けても尚、ドラグナーの少女は倒れる事無く、一気にヴォイドとの間合い詰めると。
「だから、何もかも全部、この世から消し去ってやるわ!」
 そう言い放ち、手にした巨大な鎌を高々と振り上げた。


 かくして時間は、元へと戻り。
 ドラグナーの少女は、強烈な大鎌と絶望のオーラを周囲を薙ぎ払う様に放ち続ける。
 対するケルベロス達も互いを支え合いながら、手にした武器と魔力全てをを眼前の敵へと叩き込んでいく。
 そして、決着の時間が訪れる。
 満身創痍となったドラグナーの少女が、深手を負ったエヴァンジェリンへと断頭の刃を高々と掲げる。
 が、その刃は彼女を庇ったシルドに受け止められる。
 そして、限界を超えたシルドがそのまま地へと崩れ落ちる中。
 それまで前衛達を献身的に治癒し続けていたカノンの瞳が、ドラグナーが僅かによろめく様を捉えた。
 次の瞬間、彼女は意を決すると、誉れ高き天上の神々へと祈りの言葉を紡ぎ始める。
「……神の小羊、世の罪を除き賜う主よ、彼女に安寧を与え賜え!」
 その瞬間、彼女の上空に集ったグラビティチェインが雷雲へと変じる。次いで即座に砕け散った雲より、凄まじき轟音と共に聖なる雷撃が降り注ぎ、罪深き少女を打ち据えた。
「~~~~~~ッッ!!」
 得も知れぬ激痛にドラグナーは声にならぬ叫び声を上げる。
「オン・キリ・ニン……一気に行くぞ、李々! 穿てッ、紅螺旋ッッ!」
 そこへ素早く印を結んだ豊水がその身に螺旋を纏って天高く跳躍すると、敵の背後に出現した李々が放った一撃と共に、高速回転する紅き螺旋の如き飛び蹴りを叩き込んだ。
 そして続け様にリシアの放ったドラゴンの幻影とリオメルダの斬撃とが、敵の身体を灼き、斬り裂いていく。
 だが、そんな猛攻を受けても尚、立ち上がらんとするドラグナーの姿へと、セフィは悲しげな視線を向けてから。
「身勝手過ぎるその復讐……今、私達の手で止めてみせよう!!」
 鼓太郎の歌声が朗々と響く中、彼女はその身に宿した快楽エネルギーを薄灰色をした癒しのオーラへと変換し、前衛達の気力と集中力の活性化する事で、戦線を立て直していく。
「……君は誰を相手にしてると思ってるの? 頭が高い……跪け!!」
 そして、クレーエが己の内に宿る悪夢の残滓を顕現させるかの様に黒き翼を広げるや、全てを見下すかの様に向けられた畏怖すべき存在の力に圧倒されたドラグナーの少女が、がくりと膝をついた瞬間。
「……これで、仕舞いだ」
 エヴァンジェリンが己の魂の片鱗より生み出された光刃を高々と振り上げる。次いで繰り出された斬撃は、星光の奔流となって周囲の空間ごと敵の身体を断ち斬ると、遂にドラグナーであった少女の身体が大きく傾き、地へと倒れ伏した。
「……あなた達だって、ケルベロスでなく、私みたいなものになっていたなら……」
 彼女は最後の力で、そんな問いとも取れる言葉を遺してから、静かに目を閉じる。
 そして、ぴくりとも動かなくなった。

 戦いが終わり、校舎のあちこちから湧き上がった、ケルベロス達の勝利を讃える歓声の雨の中で。
 この世の全てに絶望し、全てを壊そうとした哀れな少女は、その怨念から遂に解放され、その屍は淡い光の粒となって、音も無く消え去ろうとしていた。
 そして、ケルベロス達も、彼女が最期に遺した言葉を思い返す。
 ――もしも自分が、ケルベロスでなかったとしたら……自分は救われていたのか?
 その答えを……誰一人として、口に出す事はしないまま。
 彼らは少女が光の粒となって消えていく様を、ただ静かに見送り続けていた。
 それでも。
「……変なプライドなんか、捨ててしまえば良かったのに。君を想う人は……きっと、少なからず居た筈だよ……」
 かろうじて、口を開いたクレーエの傍らで。
 カノンは、風の中に消えていった少女の魂へと静かに祈りを捧げる。
 どうか安らかに、その魂が道に迷わぬ様に、と。

作者:伊吹武流 重傷:ヴォイド・フェイス(クレイジーフェイト・e05857) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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