敗北者の拠り所

■リプレイ

●消え行く雑踏
　太陽のない空の下、高層ビルに囲まれている道を行き交っていた人の群れ。日々の営みをこなすために街へと向かっていく車の列。混雑の中心には、様々な物を目的地へと運んでいく大きな駅。
　足を運んだケルベロスたちは警察官や駅員に、デウスエクスが到来すると説明。
　簡単な計画を立てた上で避難誘導を開始した。
　人々を駅から遠ざけるため、可能なら目的地へとたどり着かせるため。
　ひとまずビジネス街の中心へ向かってほしいと、阿久根・麻実（売星奴の娘・e28581）は指し示す。
「私達はケルベロスです、数時間後にデウスエクスの襲撃が予想されています、皆様は私達の指示に従って速やかに避難してください」
「しばらくここに近付かないで欲しい、バスも電車も来ないから自分の足で歩いて欲しい。……ああ、長い時間歩行するのが難しい人は言って欲しい、優先的にタクシーへ案内するよ」
　カインツ・フォーゲル（渡り鳥・e33750）も落ち着いた調子で声を上げながら、道行く人の状態に合わせて案内先を変えていく。
　やがて最後の一人を送り出し、駅員も警察官も駅周辺から立ち去った。
　肌寒い風と電車が通過していく音だけが響く静寂に抱かれながら、武田・静流（折れない槍・e36259）は空を仰ぎ小さなため息。
　これからやって来るデウスエクス、未完成のドラグナー。
　ドラグナーとなった事には同情する。自分本位というものも誰であれ多少は持っているけれど、認めることができないのは悲しい……と。

●男の復讐
　風に足音が混じる。
　麻実が視線を向けたなら、スーツをパリッと着こなした壮年の男が立っていた。
　金の瞳を鋭く細める中、壮年の男は周囲に視線を巡らせていく。
「はて、この時間は多くのビジネスマンが行き交っているはずだが……それに、通過していく電車も少ないはずだ。君たち、何かを知らないかね」
「貴様はこの惑星を裏切った……売星奴は必ず殺す、例外はない」
　質問に答えず、麻実は拳を固め大地を蹴る。
　戸惑いながらも、男は何処かから杖を引き抜き身構えた。
「おやおや、随分と血の気の多いお嬢さんだ」
「くだらない逆恨みで得た力……すべて台無しにしてあげましょう」
　会話は交わさず言葉をぶつけ、力のままに男の足元をぶん殴る。
　激しき震動と共に、砕けていくアスファルト。
　バックステップでかわしていく男の体に、影がさす。
　体を丸め地面に転がる形で避けていく男を、ビルの三階に移動していた月見里・ゼノア（鎖された物語・e36605）が魔導書を開いたまま見下ろしていた。
「さぁ、覚悟はいいですか」
　姿勢を正した男の視線を浴びながら、ゼノアは三階の窓から飛び降りる。
　さなかにも放たれていく仲間たちの打撃が、斬撃が、男へと襲いかかっていく。
　時にさばき、時にかわし、時に受けていく男。
　数的不利を理解するには充分な物量を前にしてなお、瞳に宿る光が陰ることはない。
「……来ます」
　瞳に怪しい輝きが宿った時、ゼノアは警告した。
　距離を取っていく仲間たちの内、泉賀・壬蔭（紅蓮の炎を纏いし者・e00386）へ向け火球が放たれた。
「壬蔭さん！」
「……」
　壬蔭は拳で殴り砕く。
　火の粉が腕を伝い体を蝕み始めたけれど、表情を変えず腰を落とした。
「申し訳ありませんが、この後も仕事がありますので……急がせてもらいます」
　視線が重なった時、壬蔭が風を残し消えた。
　次の刹那には男に肉薄し指先を突き出していく彼を追いかける形で、螺堂・セイヤ（螺旋竜・e05343）は飛び上がった。
「追撃、行くぞ」
　翼をはためかせて位置を微調整した後、勢いをつけて放つ飛び蹴りを。
　半ばで壬蔭とすれ違い、男の胸元に叩き込む！
「ぐ……」
　くぐもった声を漏らしながら、一歩、二歩と下がっていく男。
　続くケルベロスたちの攻撃を、杖を用いて受け流し、受け止める。
　はねのけると共に距離を取り、水無月・鬼人（重力の鬼・e00414）に杖の頭を突きつけた。
「この程度……かつて、俺が受けた屈辱に比べれば……！」
　怒りの滲む声と共に火球が放たれた。
　避ける気配を見せず、鬼人は受ける。
　炎に抱かれながらも表情は変えず、ただただ小さく肩をすくめた。
「哀れ、って言葉が有るが……。まさか、自分の目でそれを体現してる奴を見る事になるとはな」
「……黙れ」
「しかも、それに気付かず、人生を棒に振る、か。滑稽を通り越して同情しか思い浮かばないな」
「黙れ！」
　全身を震わせ、にじり寄ってくる男。
　横合いから攻撃を仕掛け、進路を妨害していく仲間たち。
　今一度肩をすくめる様子を見せた後、鬼人は気力を溜め始める。
　傲慢さは人生において、一番、損をすると聞いたことがある。それを地で行っていたのだろう目の前の男。あるいは……とこかで態度を改めていたら、結果は違っていたのだろうか。
　今となっては叶わぬ未来と首を振り、腰元の刀に手をかけていく。
　暴れる男を見据えしかける隙をうかがっていく……。

　浮かぶは笑み。
　握るは槍。
　突き出すは、雷を帯びた鋭き穂先。
　杖を軸に受け流され僅かに腕を削ぐに留まるも、静流は楽しげに瞳を輝かせた。
「ふふ。やはり良いですね。自分の覚えた技を惜しげもなく振って闘えるのわ」
「というか、私は出世とは無縁な会社員で解雇と隣り合わせですが、貴方はクビにならないだけマシじゃないか？」
　静流が勢いのまま駆け抜けていく中、壬蔭は横合いから炎を宿した拳で殴りかかる。
　横に振るわれた杖とぶつかり、弾きあった。
　先に着地した男は、壬蔭を杖で指し示す。
「貴様のような不良社員には分からぬだろうな！　努力を重ねてなお叶わぬ絶望が！」
「んー……」
　解き放たれた魔力の矢を、壬蔭は右へ、左へと避けていく。
　時には拳で叩き落とし、小さくクビを傾げていく。
「やっぱり、あれでしょ。自分とても頑張ってる……って思い込み。周囲は貴方以上に努力してただけ？　本人が気が付いてないパターン？」
「っ、貴様ぁ！！」
　更なる力がこもっていく魔力の矢。
　悠々と避けていく壬蔭。
　狙われたことによる消耗はあるだろうと、カインツは壬蔭に治療の力を注いでいく。
　常に、ケルベロスの側は万全の状態を保ってきた。
　挑発が功をなしたのか、はたまた状況によって狙いを変えるといった判断能力もなかったか……いずれにせよ、男の反撃はディフェンダー陣に集中していたから。
　一方、男の消耗は激しい。
　全身を炎に抱かれ、スーツはほつれ、腕も足も傷ついている。肩で息をしているのも、ペース配分を知らずに飛ばし続けているからだろうか。
「……さ、この調子を保っていこう。でも、油断はしないように。どこで足をすくわれるかわからないからね」
　告げながら、カインツは攻性植物が宿す黄金の果実を掲げ前衛陣を治療する。
　さなかにも展開されていく魔力の矢。
　雨のごとく降り注ぐその群れを、鬼人は落ち着いた調子で刀を振るいさばいていく。
　全てを叩き落とした後、刀を上段に構えながら目を細めた。
「随分と弱ってきたみたいだね。この調子で、攻めて行こう」
　生きているだけで満足できぬ眼の前の男を、少しでも止めるため。

　竜の幻影が、正面から男の体を飲み込んだ。
　炎が色を変える中、男は杖を放り投げていく。
　くるくると回転する杖がハムスターになっていくさまを前に、ゼノアは声を上げた。
「ハムスターが来ます。壬蔭さん注意を」
　地面へと着地したハムスターが、壬蔭のもとへと向かっていく。
　さなかに麻実は拳を握る。
　男が無防備だと判断して。
「この星を裏切った事を悔いながら死ね」
　怒りのままに振り抜けば、鋭き刃と化して男の体を斜めに切り裂いた。
「ぐ……」
　重ねてきた呪縛も増幅されたのだろう。
　男が、体をくの字に折ったまま動きを止める。
　すかさず、カインツが黄金の果実を輝かせた。
「みんな、今だよ」
「おう」
　受け取り、ヴェーバ・ドゥルジ（護る盾にして貫く刃・e33363）が拳を固め踏み込んだ。
　殴られれば宙に浮き、切られれば地面に叩き落される。衝撃を受ければ吹っ飛んで、炎は青へと変貌し、男は受け身も取れず地に伏せた。
　無防備な背中に斬撃を。
　セイヤは振り抜いた刀を素早く鞘に収め、漆黒のオーラを全身にたぎらせた。
「……これ以上、おまえの理不尽な憎悪を広げさせはしない……ここで止める……っ！」
　利き腕のオーラが黒龍をかたどった時、かすれるような声が聞こえてきた。
「理不尽……などで……は、ない。これは……復讐！　正当な……私の……」
「その傲慢さが、今の貴様の結果そのものだろう……」
　瞳を伏せ、超高速で叩き込む。
　黒龍のオーラが男を飲み込み、地面の中へと植え付けた。
「が、は……」
　血を吐きながらも、男は全身を震わせている。
　地面を掴み、立ち上がらんとする意志を見せている。
　その力の全てを刈り取らんと、静流は一歩、二歩と距離を……。
「っ……」
　僅かに鼓動が乱れ、表情を険しくする。
　惜しむらくはこの心臓。病とは言え、悔しく思う。けれど……。
「……勝つのは私たち、です」
　気力で振り切り踏み込んで、たぎる闘気で二匹の龍を創り出す。
　真っ直ぐに男を指し示し、解放。
　絡み合いながら行く二匹の龍が、男の体を貫いて……。
　……それきり、男は動かない。
　殺気も消えた、震えも消えた。
　静流は近くにあった街路樹に身を寄せながら、そっと胸を抑えていく。
　深く息を吐き出しながら、仲間たちと勝利を伝え合う……。

●取り戻されていく雑踏
「では、皆様、お先に失礼します」
　滞りなく各々の治療も駅周囲の修復も終わった後、壬蔭が足早に立ち去った。
　仕事に戻るのだという彼を見送りながら、セイヤは男が倒れた場所へと視線を送り瞳を伏せた。
　ある種自業自得ではあったけれど、死ぬほどではなかっただろう……と。
　街灯に背を預けていた鬼人もまた、静かなため息を共に空を仰いだ。
　哀れな男。
　他の誰が忘れても、俺が憶えている。
　傲慢てのが過ぎた人。生の成れの果ての反面教師。願わくば、来世では巧くやってくれることを……。
　……各々が思いを巡らせているうちに、連絡を送った警察官と駅員が戻ってきた。程なくして人々も戻り、この場所は元の姿を取り戻すのだろう。
　雑踏に満ちるその前に、ケルベロスたちもあるべき場所へと帰ろうか。
　歩きだしていく中、ふとした調子でゼノアは振り向いていく。
「もういんですよ、今はただ……眠って下さい」
　かつてはその雑踏に混ざっていた男の眠りが、安らかなものであるように……。

作者：飛翔優	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年5月8日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 3／キャラが大事にされていた 1
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