孟夏の頃に襲いくる葉桜や

作者:奏音秋里

 小学校の制服にも、重たいランドセルにも、ちょっとずつ慣れてきた。
 授業も楽しいし、新しい友達もできたし、明日が待ち遠しい。
「おやすみなさーい」
 それになにより、小学生になったことで自分の部屋をもらうことができた。
 ちょっと淋しいけど、独りで布団に入って眠ることにも、慣れていきたいと思う。
 そんな少年の夢に現れたのは、地域の人達から『金龍桜』と呼ばれる掌禅寺の老いた桜。
 樹齢300年を超えるいまでも満開の桜を咲かせて、既に葉桜となりつつある。
「かっこいいよなー」
 なによりもその名前に羨望にも似た感情を覚えつつ、少年は老樹を眺めていた。
 しかし次の瞬間。
 ものすごい勢いで、頭上から新緑の塊が降りかかってきた。
「うわっ!」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 少年の意識は、夢のなかへと置き去られる。
 ずずず……と布団から、江戸彼岸が這い出てくるのだった。

「桜も、もうすっかり散ってしまいましたねー!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が、窓の外を見遣る。
 決して哀しんでいるわけではなくて、新緑も綺麗ですねと笑った。
「ですが残念ながら、立派な葉桜のドリームイーターが生まれてしまいました!」
 だから少年を助けてくださいと、ねむは頭を下げる。
 隣には調査に協力した、鴻野・紗更(よもすがら・e28270)の姿もあった。
「えっと、ドリームイーターは桜の老木をかたちどっているみたいです! 長く生きているだけあって、大きいし枝の数もものすごいです!」
 高さは16メートル、幹周りも4メートル弱の巨木だ。
 そんな幹はしなやかに動き、自分の姿に驚かない相手を包み潰そうとしてくる。
 潰されれば、理力のダメージを受けるとともにトラウマを視せられるらしい。
 若い葉は集まることでモザイクを形成し、やっぱり相手を包み潰そうとしてくる。
 不意のことで、冷静さを保てなくなるのだとか。
「お寺の境内を借りるのがいいと思います! ドリームイーターはお寺へ向かっているので、待ち伏せしていれば会えるのです!」
 夜中ゆえに、出歩いている者もそうそういない。
 寺の者にきちんと話をとおしておけば、あとは問題ないだろう。
「境内にはホンモノの『金龍桜』があります! もう花はほとんどありませんけど、瓦でつくった燈籠とかあるみたいなので、ゆっくりしてきてもいいかもですね!」
 眼前のケルベロス達が失敗するなんて、ねむはこれっぽっちも考えていない。
 おやつの準備をしておきますねーと、皆を送り出すのだった。


参加者
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)
エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)
池・千里子(総州十角流・e08609)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
デニス・ドレヴァンツ(月護・e26865)
鴻野・紗更(よもすがら・e28270)
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は、ヘリオライダーから得た情報に基づいて山門を潜った。
「ジャポーネの華は散ったあとも楽しめるのだな、力強いものだ」
 ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)は、満開の葉桜を仰ぐ。
「早くから済まない。私達はケルベロスだ」
 社務所を訪ね、デニス・ドレヴァンツ(月護・e26865)が事情を説明。
「境内を、戦場としてお借りします」
 地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)も、丁寧にお願いした。
「俺達が呼ぶまでは、外には絶対出ないようにしてくれ。あと、もし万一デウスエクスと会ってしまったら、目いっぱい驚いてみせるんだ」
 注意事項のみを、椿木・旭矢(雷の手指・e22146)が的確に伝える。
「境内で荒事を働かねばならないことを、先に詫びておく」
 池・千里子(総州十角流・e08609)も淡々と、しかし申し訳なさを前面に頭を下げた。
「では、境内で待機させてもらおう」
 踵を返して、エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)は境内の中心へ。
「ルーチェ、いいですか? ドリームイーターがきても、驚かないようにしてくださいね」
 レティシア・アークライト(月燈・e22396)が、ウイングキャットに言い聞かせる。
「わたくしの予想が実際に起こってしまいましたか。少年を助けるため、励まねばなりませんね。必ずやドリームイーターを撃破し、少年を救いましょう」
 愛用の懐中時計を閉じて、鴻野・紗更(よもすがら・e28270)は気合いを入れ直した。
 程なくして。
 事前情報どおり、ドリームイーターが現れた。
「凄く立派な木の攻性植物さんです……え、違うんですか……? ドリームイーターだったんですね……!」
 まるでロボットのようだと、夏雪はその大きさに素直な驚きを表現する。
「なんと言いますか、言葉がでません」
 眼を見開いて、大袈裟に驚いてみせたレティシア。
 たいして相棒は、主人の言いつけをしっかりと守って涼しい顔をしていた。
「立派な巨木でございますね……これだけのものはなかなか見ません」
 紗更も、表情はあまり崩さず驚いたふりをしてみせる。
「Che spavento! こんな巨木が歩くというのか。此処まで巨大なドリームーイーターとはな。バンビーノの心象も面白いじゃないか」
 身振りを交えて吃驚するヴィンチェンツォも勿論、演技だ。
「これはなかなか。想像以上だな!」
 デニスもやっぱり驚いたフリをしつつ、一般人を巻き込まないために殺気を放つ。
「葉桜のドリームイーターか……そのようなものも存在するとはな」
 驚かず、澄ました顔でドリームイーターを見詰めるエフイー。
「まるでぱっとしない。あんた程度なら別に驚くほどのものじゃないな」
 への字口の無表情のまま首を傾げて、旭矢は挑発するような言葉を浴びせた。
「威容を誇る金龍桜。本物の方がよっぽど素晴らしいな」
 眼を慣らしていた千里子も、堂々と言い捨てて得物を構える。
 結果、ドリームイーターの狙いは3名に絞られた。

●弐
 新緑の濃淡がモザイクを形成し、エフイーへと襲いかかる。
 強い圧力に抵抗したが、怒りの感情は収まらない。
「負けていられない。私達もはじめようか」
 対抗してデニスは、ジャマーであるヴィンチェンツォへ木の葉を纏わせる。
 紫電の瞳に、はっきりとドリームイーターの姿を捉えた。
「えぇ、参りましょうか」
 声かけや視線で情報共有を図りつつ、命中率重視でグラビティを選択する紗更。
 噴射する力でドラゴニックハンマーを加速させて、ドリームイーターを叩き潰す。
「物珍しく見ているわけにはいかないな。さっさと片づけよう」
 高速演算で見抜いた弱点を、エフイーはゲシュタルトグレイブで刺し貫いた。
 常に持ち歩いているお守りに、勝利を誓って。
「美しい新緑は素晴らしいのですが、ドリームイーターとあってはいただけませんね」
 勤務中と変わらぬピンヒールで軽やかに跳びあがり、煌めく重厚な蹴りを放った。
 レティシアの美しく流れるような所作に続いて、ウイングキャットもリングを飛ばす。
「見た目は風流でも、人に仇をなす無粋な輩は根本からへし折らねばなるまい。本物の金龍桜はただひとつあればいい」
 戦闘中も只管、冷静な振る舞いに努めている千里子。
 祭壇から大量の紙兵を撒き、後衛陣へバッドステータスへの耐性を付与した。
「前衛の耐性は俺に任せろ」
 足許に描かれた旭矢の守護星座が、青白く輝く。
 早々のヒールは、特にディフェンダーのトラウマ対策のため。
「バンビーノの驚き、無事にあるべきところへ戻そうじゃないか」
 言いながら懐へと入り込み、ヴィンチェンツォは達人の一撃を喰らわせた。
 目的を見失わないよう、被害に遭った少年へ想いを馳せることを忘れない。
「これで、全員にいきわたりますでしょうか……」
 ゾディアックソードを振るい、夏雪も星座の守護を前衛陣へ。
 連携を意識して、メディックとして回復に専念していた。

●参
 ケルベロス達とドリームイーターは、白む空のもとで攻防を繰り返す。
 巨木のしなるのを認識して、咄嗟にその下へ滑り込む旭矢。
「……俺は本物の桜を見にきたんだ……引っ込んでもらえないか……!!」
 信仰の対象が破壊されたりヒールで幻想が混ざったりすることが、イヤだから。
 護りたい一心の行為を辞さぬ覚悟で、旭矢はシャウトした。
「Numero.2 Tensione Dinamica」
 雷神の哮りに包まれたリボルバー銃から、白銀の光が放射される。
 ヴィンチェンツォの視線の先で、現実には映らない腕がドリームイーターを締めあげた。
「紛い物には消えていただきましょう」
 威力重視の攻撃に切り替えたレティシアが、構造的弱点へアームドフォートを撃つ。
 相棒は変わらず命中率重視で、尻尾の輪で攻撃した。
 根本から仰け反るドリームイーターだが、その反動で千里子へと覆い被さる。
「この古傷にふれた代価は命をもって贖ってもらうぞ、夢喰いよ」
 想い起こされたのは、かつて強烈に感じた、恐怖と昂奮と快楽と。
 両の縛霊手で以て相手の頭部を挟み殴り、内側からの破壊を試みる。
「大丈夫……痛くない、です……」
 呟いて夏雪が、千里子の上空へと粉雪を降らせた。
 触れた部位から体内へと浸透して、痛みを和らげ癒していく。
「生憎だが潰されるのは嫌いでね。その枝、伐りとらせてもらうよ。行っておいで」
 脈打つ血潮のような紅の双眸が、息づく大樹を捉える。
 頭を撫でてやると、純白の狼はデニスの示した枝へと勢いよく喰らいついた。
「手荒なのは好きではありませんが……やむをえませんね」
 ふうっとひとつ息を吐き、バトルオーラを拳へ集約する紗更。
 大きな音とともに、降魔の一撃を繰り出した。
「既に私の間合いだ……逃げれば『断つ』逃げぬならば『斬る』」
 エアシューズに集中させたフォトンエネルギーを、蹴りとともに解き放つ。
 赤色を纏うそれはドリームイーターの殺気に反応して、回避を許さなかった。

●肆
 端からぼろぼろと崩れ落ちるさまを観て、そろそろ終わりが近いことを悟る8名。
 自慢の若葉も、もう殆どが散ってしまっていた。
「花を咲かせましょう……どうぞ、おやすみなさいませ」
 身に宿るグラビティ・チェインを掌へと集めれば、白く可憐な花が咲く。
 エネルギー体は、紗更の言葉に応えるように枝へ留まり、間もなく破裂した。
「――逃がしはしない」
 春暁の暖かい風に靡く、銀色の鬣。
 デニスの望みを叶えるために、白狼はドリームイーターを追い続ける。
「……覚悟を」
 間合い深くに瞬速で踏み込み、拳に集中させた速力と膂力を炸裂させる。
 千里子の踏みしめた大地は衝撃でひび割れ、拳撃音が轟いた。
「あまり足掻くな。その方が楽だぞ」
 天空より喚びよせる数多の稲妻が、次々にドリームイーターへと襲いかかる。
 ヒトの手の如く枝葉を絡め捕り、旭矢の前へと突き出した。
「バンビーノが待っているのでね……よき夢に、よき目覚めを。Addio」
 最期は、ヴィンチェンツォの素早く正確な銃撃でフィニッシュ。
 リボルバー銃を納めたとき、ドリームイーターは大地へと溶けていった。
「終わり、ましたね……」
 ほっと少しばかり気を抜くと、常のぼんやりした空気感に戻る。
 夏雪の降らせる淡雪が、仲間達のダメージを回復させた。
「霧よ、恭しく応えよ。暁を纏いて、彼の者共を癒やし守護せよ」
 見渡せば境内の破壊は最小限で済んでおり、なかでも寺や桜に傷はない。
 その僅かな損傷部分へ、レティシアが薔薇の香りのする真白の霧を染み込ませていく。
「声をかけても大丈夫そうだな」
 最後の点検を終えてから、エフイーは皆の了承を得て社務所へと足を向けた。
 宮司達は、修繕の箇所と結果の説明に納得してくれたらしい。
「少し、境内を見てまわってもよいだろうか?」
 だからこそ、エフイーのこの申し出にも快い返事が戻ってきたのである。
「境内をお借りしたお礼を……ありがとうございました……これ、ねむお姉さんに用意していただいたおやつです、一緒にどうですか……?」
 夏雪も、宮司達を誘ってのんびりと境内を眺めることにした。
「本当に瓦でできています。思っていたとおり、いい雰囲気ですね」
「桜も素晴らしいよ。咲いている最中は、さぞかし圧巻なのだろうね」
 紗更もデニスも、燈籠にも桜にも興味津々。
 細かいところまで、特に燈籠は彫りの模様や向きまで、しみじみと眺めていた。
「これが燈籠というものなのか。ジャッポーネの文化に触れられて俺は嬉しいよ! それに金龍桜も壮観だな。此処まで生きてきたなかにどんな歴史が見られるというのか」
 ヴィンチェンツォも、初めての体験に心を躍らせる。
 義妹お手製のシガーケースからとりだした愛用の煙草に点火し、グラッパを煽った。
(「ありがとう、見守ってくれて。今晩の夢に、嫌な想い出が現れないように頼む」)
 静かに瞼を伏せて、千里子は心のなかで感謝と願いごとを述べた。
「ほんのり照らされる葉桜もいいものだ。花とはまた違う、生命力のようなものを感じる。今年もお疲れさま、だ。また来年、よろしく頼む」
 本尊への挨拶は後日にすることにして、桜に敬意を表する旭矢。
「これだけ大きく育つのに、どれ程の時を……圧巻、ですね。ね、ルーチェ」
 レティシアも、肩に乗るウイングキャットともに笑顔で金龍桜を見上げる。
 少年がまた素敵な桜を観にこられるようにと、一行は心から祈るのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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