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閑静な街並み――某高級住宅街には、大きくて、綺麗な家々が並んでいる。
美しく整っていること、清潔であること、そして一目で分かるほどにお金がかかっていること。
それらが条件であるかのような街並みの中で、いかにも古びた駄菓子屋は明らかに不釣り合いだった。
「んー、上手くいきませんでしたわね……」
駄菓子屋の中で溜息をつくのは、一人の女性。
「子供のころ、学友の方が連れて行ってくださいました菓子屋……ぜひ再現をと思ったのですけれど」
何がいけなかったのかしら、と首を傾げる彼女。
……高級住宅街には明らかに不似合いだ、ということに彼女は気付いていなかった。
「わたあめ機も買ってみましたのに、残念ですわ」
数台のわたあめ機を撫で、彼女は店じまいの準備をする。
駄菓子屋が赤字なところで彼女の生活は一切困らないのだが、父親から赤字ならやめるよう言われてしまったのだ。
「ああ、何がいけなかったのかしら――」
「――あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
言葉を重ねたのは第十の魔女・ゲリュオン。
鍵を胸に受けて倒れる女性の代わりに現れたドリームイーターは、わたあめ機に砂糖を流し込んだ。
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「わたあめが作れちゃうなんて、たのしそうだぞう!」
うきうき顔のバレンタイン・バレット(ひかり・e00669)、小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)もどこか楽しそうな表情だ。
「潰れてしまった駄菓子屋を利用するドリームイーター、このままでは見過ごせないね」
高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は言って、事件の概要説明に入る。
「敵はドリームイーター一体。今は店長になりすまして、店内で客を待っている」
しかし、高級住宅地に不似合いな建物の古さや、駄菓子屋なのにクレジットカードしか使えないちぐはぐさから、客は寄りついていない。
戦闘中、一般人を巻き込む可能性は低いだろう。
「目的は撃破だが、戦いの前に店を利用することもできる」
立ち並ぶ駄菓子、レトロなおもちゃ、何より自分で作れるわたあめ機。
色々な楽しみ方がありそうだ、と冴。
「店を楽しめば、後悔から生まれたドリームイーターは戦闘力が下がる……利用しない手はないだろうね」
「ドリームイーターを倒さなければ、女性も目を覚ますことはないはずだ……事件解決、よろしく頼むよ」
参加者 | |
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バレンタイン・バレット(ひかり・e00669) |
八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165) |
花筐・ユル(メロウマインド・e03772) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
月霜・いづな(まっしぐら・e10015) |
茶野・市松(ワズライ・e12278) |
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816) |
ブラン・バニ(トリストラム・e33797) |
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「Guten Tag……こんにちは」
からら、と引き戸を開けて店先に顔を出したのは花筐・ユル(メロウマインド・e03772)。
「此方でこの国の懐かしいお菓子が楽しめると聞いたのだけれど、見ていってもよろしい?」
もちろん、とうなずくドリームイーターを見て、ケルベロスたちはぞろぞろと店内に入る。
壁や棚は汚れや傷がわざとつけられ、『何十年前からある』と言われても納得出来そうな内装。
「おー、フォトジェニック映えしそうだな!」
八剱・爽(エレクトロサイダー・e01165)はテンション高くきょろきょろし、ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)も陳列された駄菓子を見て回っている。
「こういうのを懐古趣味というのだろう? 悪くない」
長らくパッケージの刷新もされていないだろうお菓子は、『レトロ風』というよりレトロそのもの。
「まあまあ、まるで、たからのやま!」
目を輝かせる月霜・いづな(まっしぐら・e10015)の隣にいたバレンタイン・バレット(ひかり・e00669)は、一目散に綿あめ機へと向かう。
「トクベツなものを用意したんだ……ジャーン!」
掲げられたのは、色つきのお砂糖。
これをわたあめ機に流し込めば、色つきの綿あめが出来るという寸法だ。
「今回は上手にできる、はず」
以前、飴屋で挑戦した時は失敗してしまった……カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は、その経験を活かしてリベンジ。
「ザラメをゆっくり入れて、綿が出てきたら割り箸を一回回して、後はずっと同じ場所でくるくるくる」
不安げなカルナの様子に、作り方を調べてきていた爽はアドバイス。
流し込まれる砂糖、スイッチが入ればごうっという音と共に薄い雲のような綿あめが出来始める。
差し入れた棒にくるくると巻きつければ、綿あめの完成だ。
「うん、できました」
口にすれば、甘さがふんわりと解けていく。
今度はファミリアの白梟に似せて作ってみよう――思うカルナの耳に飛び込んだのはいづなの歓声。
「まあまあ! まるで、くもをつくるまほうのようですわ!」
もこもこの綿あめに、二本の棒スナック菓子を差して仕上げて。
「あまーいあまい、うさぎさんのできあがり!」
バレンタインに目を向けて笑ういづなに、バレンタインもうんとうなずく。
「ようし、負けてられないぞう!」
たくさんの砂糖を流し込んで、大きく大きく作っていくバレンタイン。
「ウウン、雲をつくるきぶんって、こんなかんじなのかなあ」
手元でもこもこ膨らむ綿あめに、バレンタインの想像も膨らむ。
「ジャーン! 青空わたあめさ!」
青、黄、白が混ざった綿あめは、太陽の眩しい青空のイメージ。
そこに金平糖を埋め込めば、青空に星が輝いているようだ。
「ばーにぃさま、すっごいですわ!」
いづなはぱちぱち手を叩いて、溶けてしまう幸せに口づける。
アドバイスした手前爽も挑戦するが、止め時が分からないままに綿あめは巨大化してしまった。
「無駄にでけーの作ったら食べても全然減らねえ……」
おまけに先ほど、たくさんのガムで大きい風船を作って遊んでいたのもあって、これを全部お腹に収めるのは厳しい気がする。
「アキヒトも一緒に食おうぜってか食ってくれ頼む」
半ば押し付けられるようにではあっても、綿あめを受け取る小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)はどこか嬉しそう。
「中々難しいんだよなあ……」
そんな爽の様子に笑みを浮かべる茶野・市松(ワズライ・e12278)は、ウイングキャットのつゆに棒を渡す。
「やってみるかい?」
ほとんど棒に抱き着くような形で綿あめを作るつゆ。
ヨハネは水色と白のマーブル綿あめを作り、白蛇のファミリア・ヨルに味見をしてもらう。
「どうだ? 美味いか? 好きなだけ食べていいぞ♪」
肩の上のヨルもリボンを結んだ体をくねらせ、小さな体で楽しさを示す。
次々作られていく綿あめに、キープアウトテープの貼りつけと手ごろな踏み台探しに行っていたブラン・バニ(トリストラム・e33797)は目を見開く。
「わたあめ! わたあめは絶対つくりたい!」
たくさんの綿あめとお菓子が並ぶこの店は、店の中だというのにお祭りの中のよう。
思い切りたくさん砂糖を入れて、とにかく大きく綿あめを作る。顔より大きい綿あめに大はしゃぎで口を開けば、顔中が砂糖でべとべとになった。
「しょっぱいお菓子も欲しいなあ、何がおすすめ?」
ブランに問われてドリームイーターが差し出すのは、魚の切り身をイメージした、あまじょっぱいタレがたっぷり塗られた駄菓子だ。
楽しそうに笑うブランは踊るような足取りでおもちゃコーナーに向かい、けん玉やおはじき、ビー玉についてもあれこれ質問する。
ドリームイーターも見た目こそモザイクだが、それらの質問に答え、おもちゃは実演して見せもした。
桜色の小さな綿菓子を作ったユルは菓子棚に向き直り、チョコレートやクッキーなどの種類の多さに瞠目する。
「店長さん、これは何かしら?」
小さな容器のヨーグルト菓子から昆布まで、多彩なお菓子にユルは目移り。
「これぞ、都会のオアシス、的なやつですね、きっと」
カルナは甘そうなお菓子を片っ端から食べ、とろけるような甘みに嬉しそう。
かと思えば、肩がびくっと震える――三個入りの甘いガムの中に、実は一つだけ酸っぱいものが入っていたのだ。
「うぅ……っ!」
干物系の駄菓子で口の中を一度リセット。もぐもぐと口を動かしながら、キャンディやチョコレート、小分けスナックを買い込んだ。
「やっぱラムネだよな!」
綿あめ作りでべたべたになった手を拭いてから、市松はラムネを手にする。
駄菓子屋で働いている市松から見ても、この駄菓子屋のラインナップは豊か……ガムの種類豊富さには、中々、と唸ってしまうほどだ。
甘い綿菓子と楽しい駄菓子。それらに彩られたたっぷりの時間は、やがて過ぎ去り。
戦いの時が、始まる。
●
店内に店主である女性の姿はない――裏に在庫を置くための倉庫があるようだから、きっとそこにいるのだろう。
つまり、何かを庇いながら戦う必要はないということになる。
戦場と化した店内を満たすのは冷気。カルナの元へと集うそれは、やがて八本の剣に変わる。
「舞え、霧氷の剣よ」
氷の牙はドリームイーターを八方から取り囲み、一瞬の空白を経て貫く。
魂までも喰らう牙の鋭さに目を細めるヨハネが光の翼を広げれば、輝ける粒子がヨハネの身を包む。
「至高の輝きを見るが良い!」
ドリームイーターへと激突する――粒子の軌跡を残して、ヨハネはヨルと共にドリームイーターの背後へと降り立った。
冷ややかな輝きに満ちた戦場で、鮮やかな水色が跳ぶ。
「余所見なんかさせっかよ」
硬化された爽の脚がドリームイーターを蹴り抜き、ドリームイーターはあっさりと吹き飛ぶ。
勢いは止まることを知らず、色んなものがごちゃごちゃ詰まった菓子棚に激突でもしない限りは止まりそうにもない。
「でも、おかしがぐちゃぐちゃになっちゃうからな!」
爽の動きを読んで待ち構えていたバレンタインの作る風は、ドリームイーターを追い返すかのよう。
「臆病風に、吹かれろよ!」
弾のかたちなど、誰に見えるはずもない。
爽の黄金星の残影、バレンタインの涼風一陣。
挟撃に立ち尽くすドリームイーターは、流星と共に迫りくるユルへと狙いを定める。
ユルの心臓を狙う鍵――棒スナック菓子の包装紙から飛び出たそれは、コーンポタージュの香りを漂わせていた。
「美味しそうだけれど、食べ物で遊ぶのはいけないわ」
たしなめる言葉と共に灯るのはシャーマンゴースト・助手の持つランタン。
ドリームイーターの霊魂を爪が捕えると、ベルトに括りつけられた花束が微かに揺れた。
つゆの尾から鈴の音が響き渡ったのは、つゆ自身が風を起こしたから。
駄菓子に囲まれたレトロ空間に鈴の音が加われば賑やかそのもの。
だからこそ、市松もその空気に倣う。
「カリッと噛み砕け!」
カリカリラーメンを砕けば命中だってお手の物、嘘だと思うなら射貫いてみない――軽やかに始まる口上に、いづなは花火を打ち上げる。
御業の放った炎弾がたくさん爆ぜて楽しそう。いづなはレトリバーの尻尾を振って笑っていたが、背負っていたつづらを下ろすとぺちんと叩く。
「ごほうびは、おかしですよ!」
主の言葉に反応して、ミミックのつづらはエクトプラズムでドリームイーターに立ち向かう。
「殲剣の理」を歌い上げるブランのシャーマンゴースト・ノワさんは、爪をひとつ叩きつけるとブランの背後に戻り、杖を握ったままドリームイーターを見つめていた。
歌声の中、バレンタインの声が響く。
「メディックをたのんだ!」
声を受け取って、アキヒトは両翼を広げるのだった。
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デウスエクスとの戦い――それは、互いの命を賭して行われるもの。
だというのにケルベロスたちの表情がどこか楽しげだったのは、先ほどまの綿あめ作りの余韻があったからだ。
本来ならば、油断に繋がったかもしれないその気持ち……しかし、今回のドリームイーターの性質において、劣勢にはなり得ない。
彼らが楽しめば楽しんだ分だけ、このドリームイーターは弱体化するのだから。
「行くぜ、つゆ!」
市松の号令を得て、つゆは赤い爪をドリームイーターに食い込ませた。
深々と突き刺さった四本の爪。傷口からどろりと溢れたものは、血というにはあまりにも色がなく、おまけに梅の香りが漂っていた。
「いー匂いだな。終わったら買わせてくれよ」
そのためにも、と爽は手にしたナイフを振り上げる。
室内の明かりに照らされて色彩を変える刃はドリームイーターの内側へと滑り込み、つゆの作りだした爪の傷を一つの大きな傷跡へと作り変える。
「あっ、おれのぶんもとっとけよな!」
市松の言葉に返しつつ、バレンタインはオーラを立ちのぼらせる。
湧き起こるオーラは力そのもの。小さく分かたれたそれらは雨あられと降り注ぎ、ドリームイーターをどこまでも追い回す。
「ばーにぃさま、すてきです!」
「バレくんには負けてられないわね」
いづなの歓声、ユルの微笑。
「私もやるわ。あなたも続いて」
声は助手へ。
ユルの生み出した薔薇は魔力を孕み、白をもってドリームイーターを誘惑する。
誘導された視線――罠だと気付いた時には、もう遅い。
「――大丈夫、痛みは一瞬だから。……Trauem suess」
花弁の毒に蝕まれたドリームイーターへと、助手とノワさんの炎が続く。
もたらした炎がドリームイーターの姿をかき消すのを見て、助手は帽子をちょっと上げておどけたお辞儀。ノワさんも王冠のずれを気にして帽子を持ち上げる。
期せずしてお揃いのポーズを取る二名に笑い声を上げて、ブランは声を張り上げた。
「汝、幻想域の使者 癒しを運ぶ使者」
響き渡る囀りに耳を傾けながらも、いづなも祝詞を唱える。
「天つ風、清ら風、吹き祓え、言祝げ、花を結べ――!」
ふたつの癒しが混ざる中、白梟がカルナの肩から飛び立つ。
カルナは駆けだすのではなく歩み寄る――その脚には、輝きが宿っている。
不意に放たれる蹴りにより輝きは辺りに散り、星々となってまばゆく煌めいた。
「歌姫よ、この甘い夢に終焉を」
呟いてから、ヨハネは力強く告げる。
「終焉を謳え、音楽の天使よ!」
命じられるままに舞い降りる天使、生み出される至上のアリア――。
その号令のままに、ドリームイーターの命は終わった。
●
被害者である店主の女性は、倉庫で倒れていた。
ヒールを終えたケルベロスたちが赴けば、ちょうど彼女は気が付いたところ。倒れた時におでこをぶつけてしまったようだが、それ以外に怪我はなかった。
「駄菓子屋、楽しく利用させて貰ったぞ」
言うヨハネの肩、ヨルも舌をちろちろさせて水色の目を輝かせている。
「甘いお菓子には夢が詰まっている……とても素晴らしい時間だった」
ヨハネの声にうなずくブランの表情は歳相応。
目の前でもこもこと増えていく綿あめを想えば、今でも楽しい気持ちが湧きあがる。
「あ、そうだ。支払いは小銭が丁度で……」
これだけたくさん楽しんで、袋いっぱいの駄菓子まで。
これだけたくさんあっても小銭で払える金額なのがすごい、と思うブランへと、女性は声をかける。
「ごめんなさいね、うちの店、カードだけになっているんですの」
「カードしかダメかい? それは不便だね」
「けるべろすかーどなら、このとおりです! じゃーん!」
くらげの水着を纏うケルベロスカードを高く持ち上げて見せるいづな。
「メインタゲのちびっこ困んだろよ」
クレジットカード決済『だけ』にしたことを、なぜ周囲の人は止めなかったのか……逆にそこさえ何とかなっていれば生き延びれたのでは、と爽。
「んー、そうですわね……今度お店をやることがあったら、参考にさせていただきますわね」
のんびり答える女性に、ヨハネは問う。
「折角の夢だ。もう少し続けてみたらどうだ?」
「しっぱいは、しんきいってんの、しるしなのですよ!」
駄菓子屋さんは、お金をたくさん持っていない子供からすれば手の届く夢のお城。
なくなってしまうのは悲しいと、いづなも訴えかける。
「見てるだけでも楽しかったわ」
もちろん、実践してみればもっと楽しかった――女性のおでこにヒールを施しながら、ユルは言う。
「同じ駄菓子屋としても、まだ続けてて欲しいな」
「素敵なお店だと思いますよ」
市松とカルナも言う。
立地や支払い方法など、現状の残念な点は色々とある。
それでも、綿あめが作れる駄菓子屋がなくなってしまうのはもったいない――それが、ケルベロスたちの意見だった。
「つづけてくれたら、またきてやるぞう!」
今度は、もっとたくさんの友達も連れて。
バレンタインの元気いっぱいの言葉に励ましを受け、女性は楽しそうに笑うのだった。
作者:遠藤にんし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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