世界よ燃えろ

作者:雷紋寺音弥

●絶望の焔
 そこに広がるのは、深淵よりも深き闇。昼なのか、それとも夜なのか。周囲の様子はおろか、時間さえも解らない部屋の中で、少女は自らを呼ぶ声に目を覚ました。
「喜びなさい、我が娘」
 寝かされていた台の上から起き上がると、そこにいたのは銀色の仮面で顔を覆い、黒いマントを纏った男。
「ドラゴン因子を植えつけられたことで、お前はドラグナーの力を得た。しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態であり、いずれ死亡するだろう」
 だが、それを回避するための策はある。完全なドラグナーに覚醒するために、必要なのは相応の生贄。即ち、与えられたドラグナ―の力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取れば良いのだと。
「……解ったわ。どの道、この力を手に入れたら、殺してやりたいやつはたくさんいたしね」
 何の躊躇いもなく、少女は抑揚のない口調で仮面の男へと告げる。その瞳に光はなく、部屋の中に広がる闇と同じ色に染まっている。
「生まれてこの方、誰からも愛されたことなんてなかったわ……。だったら……こんな世界、全部燃えてなくなってしまえばいい……」
 それだけ言って、少女は近くに置かれていた杖を手に立ち上がる。彼女の瞳に迷いはない。それを確信した仮面の男、竜技師アウルは、実に満足そうな笑みを浮かべて少女を部屋から送り出した。

●紅蓮の復讐
「召集に応じてくれ、感謝する。ドラグナー『竜技師アウル』によって、ドラゴン因子を移植されて不完全なドラグナーになった人間が、事件を起こそうとしているようだ」
 この新たなドラグナーは、自らを完全なドラグナーとするために、大量のグラビティ・チェインを欲している。それを手に入れるための手段として、人々を無差別に殺戮しようとしているのだと、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)はケルベロス達に告げた。
「今回、お前達に倒してもらいたいドラグナーは1体のみだ。出現場所は、住宅街の中にある公立高校。下校時刻に合わせて襲撃を行い、生徒や教師の区別なしに全てを焼き払おうと画策している」
 クロートの話では、ドラグナーにされた人間は、生まれた時から不幸を絵に描いたような少女であるとのことだった。
 両親は不仲で、物心ついた時には既に離婚。彼女は親戚の間をたらい回しにされ、常に厄介者扱いだった。それ故に塞ぎ込みがちな性格となり、やがては学校でも虐められるようになってしまったが、中学でも高校でも、級友はおろか教師でさえ誰一人として彼女に救いの手を差し伸べる者はいなかったらしい。
 自分は誰からも愛されない。この世界に、自分の居場所など何処にもない。そんな結論に至った結果、彼女は『竜技師アウル』の実験へ身を捧げたのだとか。
「不完全なドラグナーは、ドラゴンに変身する力を持っていない。だが、見た目が華奢な女だからといって、油断はしない方がいいぜ。こいつは炎を使った攻撃を得意としていて、武器だけじゃなく、竜語魔法まで操るようだからな」
 具体的にはファイアーボール、ドラゴニックミラージュに似たグラビティを用い、更には杖をカラスへと変えて射出することで、傷口を抉り炎による被害を広げて来る。破壊力に特化した陣形を好み、純粋な攻撃力も高いため侮れない。
「彼女の生い立ちには、同情できる部分もある。だが……それでも、無差別に人間を焼き殺して良いという理由にはならないはずだ」
 絶望の果てに、人であることを捨ててしまった少女。そんな彼女に、終焉という名の救いを与えてやって欲しい。そう言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
神薙・灯(正々堂々真正面からの不意打ち・e05369)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
錆滑・躯繰(屍と踊れ・e24265)
シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)
龍造寺・天征(自称天才術士・e32737)

■リプレイ

●責任の所在
 夕暮れ時の迫る公立高校の職員室。校長や学年主任といった学校関係者を集めた上で、錆滑・躯繰(屍と踊れ・e24265)は、これから起こるであろう事件の詳細について説明していた。
「……と、いうわけで、生徒達に事前の避難をさせないでもらいたいんだ。避難の必要が発生した場合、生徒の安全確保と誘導には協力するつもりだよ」
 事前に避難を行えば、敵はどこを襲撃するか判らない。だから、くれぐれも勝手な行動をしないで欲しいと釘を刺したが、しかし校長を始めとした職員達は、首を縦には振らなかった。
「お話は解りました。ですが、こちらとしても、危機が迫るのを知っていながら、生徒を危険に晒すわけにも行きません故に……」
 この国で生きる以上、デウスエクスの襲撃を受ける可能性が、常に付き纏うのは知っている。だが、それでも襲われると解っていながら、他の場所で生きる者達の生贄になることを生徒達へ強要するわけにもいかない。
 学校を預かる教育者として、それが校長を含めた全ての教員達の見解だった。ケルベロスの力は信じているが、しかし万が一のことがあった場合、責任は誰が取るのかと。
「……君は、高校で非常勤の講師もしているそうだね。それならば、生徒達に死傷者が出た場合、誰が責任を負う羽目になるのかも解るのではないかね?」
 重く、含みを込めたような校長の言葉。ともすれば保守的で、保身的とも思える台詞だが、しかし彼の言葉も一理ある。卓越した隣人力によって激昂こそされなかったが、それで校長達の意志まで変えられるわけではなく。
「でも、元はと言えば、ドラグナーにされた子も、学校で虐められていたのが原因で……」
 そう、シルヴィア・アストレイア(祝福の歌姫・e24410)が教師達に告げようとした瞬間、凄まじい爆発音と共に、校門近くで悲鳴が上がった。
「……っ!? どうやら、時間を掛け過ぎたようだね」
 歯噛みする躯繰。どうやら、問答をしている間に敵が現れてしまったらしい。
 こうなってしまっては、もう事前に避難させるか否かの議論は意味をなさなかった。一斉に立ち上がり、職員室から駆け出して行く教員達と共に、躯繰とシルヴィアもまた生徒達を逃がすべく駆け出した。
 事前に学校内へ潜入し、敵を待ち構えていた仲間達。せめて、彼らが上手くやってくれることを信じ、少しでも早く駆け付けられるよう自分自身を急かしながら。

●怒れる瞳
 帰宅時間を迎えた高校の正門。部活に励む者達の声を背に門を抜けて行く生徒達の流れ。それに逆らうようにして、ふらりと現れた少女が一人。
 その瞳に仄暗い闇を宿し、手には一本の杖を持っている。間違いないと確信し、神薙・灯(正々堂々真正面からの不意打ち・e05369)は少女へと声を掛けた。
「障碍者ですか? なにか手を……」
「……触らないで!」
 だが、そう言って手を差し伸べようとした瞬間、少女はそれを振り払い、続けて杖先から凄まじい火球を放って灯へと叩き付けた。
「杖持ってるだけで人を障碍者扱いとか……あんたもそうやって、私を貶めに来たんでしょ?」
 焔に焼かれる灯へ侮蔑の視線をぶつけつつ、少女は冷めた口調で言った。どうやら、完全に藪蛇を突いてしまったようだが、他の生徒達が逃げ惑う中では、むしろ狙いが灯だけに向けられたのは好都合だった。
「ふん……。避難放送が流れないことからして、躯繰達は説得に失敗したようだが……」
 それでも、生徒達を逃がすのであれば同じことだと、龍造寺・天征(自称天才術士・e32737)は割り切った様子で避難誘導を開始した。
 どうせ、避難させる生徒達には、予め話を伝えておく必要などないのだ。それならば、あれこれ策を講じるよりは、一人でも多く負傷者が出ぬよう動いた方が賢明だ。
「我々はケルベロスです。さあ、こちらへ。早く避難を」
 周囲の生徒達を魅了した霧島・絶奈(暗き獣・e04612)が、ドラグナーと化した少女とは反対の方向へと誘導して行く。だが、中には彼女の側から離れようとしない者もおり、なかなか面倒を掛けてくれる。
 こういう時、惚れ込まれ過ぎるのも困ったものだ。仕方なく、相棒のテレビウムに後ろを任せ、絶奈は自身が先導する形で残る生徒達を逃がし始めた。
「逃がさないよ……。あんた達、全員、残らず焼き殺してやるんだから……」
 逃げる生徒達の背に向けて、再び少女が杖を構える。だが、そんな彼女の脇腹に、突如として痛烈な蹴りの一撃が炸裂した。
「まるで、愛して欲しいと幼児が親を繋ぎ止めようとする癇癪だな?」
 道の脇へと吹き飛ばされた少女に対し、鈴代・瞳李(司獅子・e01586)が刺すような視線を向けて告げた。その瞳に宿っている光は、敵意というよりも哀れみの感情に近かった。
「件の仮面のドラグナー、さん。あい、かわらず、よい趣味をしていらしゃい、ます、ね」
 苦笑しつつ、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が少女のいる座標へと意識を集中させ、エネルギーを爆発させる。その衝撃と爆風に思わず顔を覆ったところで、少女の身体が唐突に宙へと持ち上げられた。
「この空が、私の味方……!!」
 死角から回り込んだ光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)が、少女の身体を抱えたまま舞い上がり、空中で翼を収納する。飛ぶための翼を失った身体は急速に落下し、その勢いを利用して、睦は少女を締め落とし。
「……くっ! なんなのよ、あんた達! いきなり現れて、私の邪魔をして!」
 咳き込みながらも、少女は杖を片手に立ち上がる。だが、そんな彼女の前に立っていたのは、果たして先程焼き払ったはずの灯であり。
「君とは、せめて人を捨てる前に出会えていればよかったよ……」
 鳩尾の守りが甘いことを瞬時に見切り、灯の一撃が衣服諸共に少女の身体を破壊する。普通の人間であれば、急所を抉られて即死し兼ねない攻撃。しかし、それでもやはり、相手は既に人であることを捨てた存在。成り損ないとはいえ、腐ってもデウスエクスの端くれだ。
「やってくれるじゃない! でも、誰にも邪魔はさせない……。私は……私は、生まれ変わるのよ!」
 杖を突き立てることで攻撃の勢いを殺し、少女は灯を睨みつけた。
 もう、昔の自分には戻りたくない。あんな惨めな思いをするくらいなら、人間だった頃の自分が生きた証まで、全てまとめて焼き払ってやる。そんな怨念にも似た想いを込めて、少女は杖をカラスへと変えると、何の躊躇いもなく灯へ向けて解き放った。

●燃える世界
 校門の前に高々と上がる火柱が、夕刻の校舎を照らし、更に赤々とした色に染めて行く。炸裂する火球が周囲にも火の粉を撒き散らし、街路樹諸共に全てを焼いて行く。
「あはははっ! 全部……全部、燃えちゃえ!」
 竜語の呪法を紡ぎながら、少女は狂ったように笑っていた。瞳に映る炎の揺らめきは、彼女の怒りと憎しみをそのまま表すかのように。
 だが、そんな彼女の狂笑でさえも、今となっては単なる強がりにしか見えなかった。生徒達の避難が終わった今、ケルベロス達の枷となるものは何もない。躯繰やシルヴィアも合流したことで、戦力的にも申し分ない。
「ほんと悲しすぎるけど……このまま貴女が人殺しになっちゃうのは、もっと悲しい! だから、ここで止める! 私たちで!!」
 守りから攻撃に転向した睦の拳が、少女の顔面を殴り飛ばす。獲物の力を吸い取る魔を降ろした拳。それを通して伝わって来るのは、しかし恐ろしく冷え切った痛みと悲しみ。
 きっと、これは彼女の受けた痛みそのものなのだろう。だから睦は、敢えて武器を用いて戦うことをしない。拳を通して彼女の痛みを知ることが、今の自分にできる唯一のことだと知っていたから。
「……っ! やるわね……でも、まだよ!」
 口元の血を拭い、少女が血の滲んだ唾を道に吐き捨てた。その血の色は、ケルベロス達の身体を流れるものと同じ。元は人間であることを否応なしに見せつける現実が、戦う者達の間に複雑な感情を呼び起こしていた。
「ふん、貴様の生い立ちを聞いたぞ。貴様の今までには心底同情してやろう。しかし、だ……」
 再び動き出そうとした少女をブラックスライムで捕らえ、天征が言った。
「なぜ、デウスエクスに助けを求めた! 奴らは貴様が回りから受けたことと同じことを、我が地球にしているような者共だ!」
 それは即ち、虐められる側から虐める側に回ったのと同じ。それならば、どんな反撃を受けても何も言えないはず。本当に、それを解っていてドラグナーへ堕ちたのかと尋ねたが、少女はその身を捕縛されながらも、天征の叫びを鼻で笑い飛ばした。
「さすが、力を持っているケルベロス様は、言うことがご立派ね。でも、私には反撃するだけの力もなかったの。そういう弱者は、ずっと死ぬまで我慢してろってこと? それとも、あんたが代わりに、私を不幸にした連中に復讐してくれるってわけ?」
 身体にスライムの残骸を残す形で、少女は強引に攻撃を振り切った。未だ完全に身体の自由を取り戻してはいなかったが、それでも瞳の奥に宿る憎しみの炎だけは消えていなかった。
「人を助けるのに理由はいらないし、人を殺す理由なんて聞きたくない。人を捨てる前なら、救いの手を差し出せましたが……」
「うるさい! 私が助けて欲しかった時に、誰も助けてくれなかったくせに! あんたみたいな偽善者見てると、苛々するのよ!」
 繰り出された灯の脚を杖で受け止め、少女が叫んだ。せめて、心だけでも救いたいと差し伸べられた手さえも払い除ける行為。その歪んだ思想に毒された心に、躯繰は思わず溜息を吐いた。
「行動を起こさない者に奇跡は起きない。子供でも知ってることだ」
 音速を越えた拳が、少女の言葉を否定するかの如く、正面から身体を打ち据える。しかし、それでも少女は戦う意思を消すこともなく、何度でもしぶとく立ち上がる。
「行動? だから、こうして起こしてやったんじゃない。誰も私を助けてくれないから、私は人間を辞めてやったのよ!」
 服の袖をまくり、少女は混沌の塊と化した異形の腕を、ケルベロス達へと見せつけるようにして叫んだ。
 彼女は既に、人へ戻る術を失っている。それでも、人間であることを捨ててまで生き足掻く姿が勿体なく、ウィルマは残念そうに視線を逸らした。ウイングキャットのヘルキャットが起こす羽ばたきに合わせ、彼女の腕から伸びる鎖は、防御の陣を描いて味方を守り。
「お、おかしな人、です、ね。そんなことを、しても、意味、ないでしょう、に」
「意味? あるわよ! この世界を全部燃やせば、きっと私は救われる!」
 もはや、少女の紡ぐ言葉は、憎しみに支配された者の妄執でしかなかった。
「私も倒せないのに世界を燃やす? 可愛い事を言う!」
 瞳李の手から放たれた気弾が、少女の腹を直撃する。さすがに効いたのか、その場で身体を丸めた少女に向けて、絶奈は改めて問い掛けた。
「自らを焼いた地獄の業火で世界を燃やすのですか? 人生とは時に悲劇でしかないのかもしれませんね……」
 妄執に囚われた少女の姿に、とある演劇に登場した怪人の姿が重なって見えた。だからこそ、絶奈はこれ以上の問答を止め、神槍を呼び出す呪文を紡ぐ。テレビウムに凶器で牽制させたところで、真に襲い来るは破壊と再生を司る巨槍。
「……今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝。かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ」
 彼女の怒り、そして嘆き。それを全て受け止め、重荷を置いて逝かせることが、今の自分にできる唯一の葬送だ。生命の根源を思わせる槍。その力は定命の存在であることを捨てた少女の身体を、情け容赦なく破壊して。
「さぁ……ここが貴女の最後のステージ……。貴女の想い、私が受け止めてあげるよ……!」
 守護者に祝福を、罪人には罰を。シルヴィアの捧げる即興歌が少女の身体に響く度に、その身に内から破壊する。果たして、本当に罰を受けるべきは彼女なのか。そんな自問にも似た考えがシルヴィアの頭を掠めたところで、少女の瞳から光が消えた。
「あはは……! 燃える……燃えるわ……世界が……全部……私も……皆……」
 その場に崩れ落ち、動かなくなる少女の身体。薄れ行く意識の中、彼女の瞳に映った光景は、果たして何を意味していたのだろうか。

●灰と、消し炭と
 戦いの終わった校門付近は、既に夜の帳が落ち掛けていた。
「はぁ、終わったか……。しかし、考えが読めると相手の顔が思い浮かんで腹立たしいな」
 戦いに勝ったところで敵に大したデメリットもないことを知って、躯繰は大きく溜息を吐いた。
 所詮は使い捨ての不完全体。首尾よく完全体になれれば儲け物で、そうでなくともデータの取得や人々へ恐怖を与えるための捨て駒にはなる。
 考えれば考える程、反吐が出るやり方だ。少女は道を誤ったかもしれないが、それをさせたのは他でもない、『竜技師アウル』なのだから。
「辛かったよね、苦しかったよね……。助けられなくて……間に合わなくて、ごめんなさい……。この世界に必要ない人間なんて、いないのに……」
 既に冷たくなった少女の手を握り、シルヴィアは言葉を切った。それ以上は、言葉が痞えて何も言うことができなかった。
「今世の分まで幸せにな。酷いことを言ってすまなかった」
「ごめんなさい、間に合わず貴女を救えなかった。生まれ変われたら、できたら友達になりましょう」
 答えが返ってこないと知りながら、瞳李と灯もまた少女へと言葉を掛ける。横にいる睦と絶奈も、何も言わずに少女であった物を見つめている。
「ふん……。この件の真相は、改めて学校にねじ込んでやることとしよう」
 腕組みをしたまま校舎を睨み、天征が誰に告げるともなしに口にした。せめて、彼女の置かれていた境遇と、それから目を背け続けたことに対する結果は、関わった者達にも知らせる必要があると。
「よかった、です、ね。もう何も、あなたを苦しめることは、ありません。傷付くこと、も、傷付けられること、も、ありません」
 敢えて少女の身体に背を向け、ウィルマは宵の明星が輝き始めた空を仰いだ。
 ドラグナーへと堕ちた少女。彼女の何が悪かったわけでもない。ただ、少しばかり運が悪かった。それだけのこと。
 願わくは、彼女の魂が安らかな眠りを迎えられるように。輝く星の、その先が、安息の地になっていて欲しいと。
「……お疲れ様でした。お休みなさい」
 事切れた少女は何も返さなかったが、その顔はなぜか穏やかな安らぎに包まれているように見えた。
 少女が本当に焼きたかったもの。それは他でもない、惨めで不幸な人生を送っていた、彼女自身の存在だったのかもしれない。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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