ミッション破壊作戦～普く憧憬、穿つ刃

■リプレイ

●普く憧憬
　富山県、黒部峡谷。
　開いた降下用ハッチから流れて来る空気は冷たく、春の陽気とは程遠い。まるでこの場所だけ、世界の全てから取り残されている、或いは切り離されている様でもあった。
「まったく、こんな所に巣を作っているなんて」
　ワーブ・シートン（とんでも田舎系灰色熊・e14774）の憤慨に気持ちは同じだ、残りのケルベロス達も頷く。ここは地球。言わば、自分達の場所、領域なのだ。
　対峙するドラゴンがいなくとも、目に見える景色からして憤りを覚えるには充分であった。
（「この地を支配するドラゴンはフロストワイバーン、だったかな？」）
　身を切るような冷たい空気を前に、ゼフト・ルーヴェンス（影に遊ぶ勝負師・e04499）は独白する。
　氷の竜が支配する地域であれば、このような変質を遂げていても不思議ではない。これが侵略される、と言う事なのか。
「縄張り争いは動物の性ではあるがな」
　だが、ドラゴン――否、デウスエクスの行いは侵略行為。決して認める訳には行かないと、富士野・白亜（白猫遊戯・e18883）も唸る。故に誓う。彼らをこの地から追い払ってやる、と。
「『最強』と名高き竜の力……か、面白い」
　対して、クオン・ライアート（緋の巨獣・e24469）は好奇の色を金色の瞳に浮かべていた。侵略者に対する忌避感はもちろんある。だが、それ以上に、強敵との戦いに心が躍ってしまう事も事実。
「いつもの場所。いつもの戦い。だけど……」
　眼下に広がる峡谷にフィー・フリューア（赤い救急箱・e05301）は想いを馳せていた。これからグラディウスで魔空回廊を攻撃し、可能な限り交戦を避けて撤退する。言葉にすればそれだけだが、それを成し遂げる為には、地形の把握は必至だと考えていたのだ。
　同じ思いで地形を見詰める岡崎・真幸（脳みそ全部研究に費やす・e30330）の視線もまた、厳しい。此度の戦いは成功させるとの意気込みは、握ったグラディウスを、そしてサーヴァントのボクスドラゴン、チビを撫でる手を震わせる。そこに、彼の覚悟の程を伺わせた。
（「お姉ちゃん……」）
　ティ・ヌ（ウサギの狙撃手・e19467）が想うのは姉の事。自身の命を救い、そして逝ってしまった姉は、今、彼女と同じく人々を守ると言う選択をした妹に何を思うだろうか。自身のサーヴァント、プリンケプスを抱き締めると、姉の事を思い出さずにいられない。
「戦争から立て続けにの大仕事だ……。これが終わったら、女の子とデートにでも行きてぇもんだ」
　レイ・ジョーカー（魔弾魔狼・e05510）の言葉が鬨の声となる。ライドキャリバー、ファントムを携えた彼は峡谷を一瞥。自身のサーヴァントと共に虚空へと身を投じて行く。
　それが皮切りとなった。ケルベロス達は黒部峡谷へと次々と降下して行くのだった。

●穿つ刃
「さあ行くぞ！　我は巨獣！　あらゆる障害を踏破し突き進む『緋の巨獣』！！」
　クオンの咆哮が空を焦がす。構えたグラディウスは光を増し、その輝きはドラゴンを、そして魔空回廊を穿つ刃と化していく。
「竜よ！　最強と名高き竜種のモノよ！　その爪が、その吐息が、その力が！　果たして我が身に届き、砕き得るかどうか……さあ！　検証の時間だ！」
　紡ぐ光は巨獣の咆哮。終焉を以って蹂躙する神獣はその顎でドラゴンすら駆逐せんと、覇軍の声を掻き鳴らす。
「あの時、30人全員で戦果と共に戻りたかった。あの時……死地の仲間をどれだけ癒したくても届かなかった」
　フィーの叫びはむしろ慟哭だった。一年前の城ヶ島の戦い、そして、その先の竜十字島の戦い。確かにケルベロス達は幾多の傷をドラゴンに刻んだ。彼らがもたらした定命化――重グラビティ起因型神経性不全症は今や、ドラゴンを大きく蝕む病巣と化している。
　だが。それでも。
「僕が望むのは最善の結末。過去は変えられなくても、いつか」
　2人の犠牲を出したあの結末が最善だとは思えない。必ず最善を掴むと言う思いは、一層、グラディウスに輝きを与える。
「テメェに恨みはねぇが、テメェ等を放置すれば不幸になるヤツが増える。ここで撃ち抜かせて貰うぜっ！」
　レイもまた、光刃に咆哮を乗せる。ドラゴンが忌むべき侵略者であるならば、地球を守ると誓う彼の刃は、眩いばかりの光を放つ。
「未来を掴み取る為にも、絶対に破壊してみせる！　消え去れ！　魔空回廊！！」
　ティの叫びはプリンケプスの咆哮と共に。デウスエクスの存在を許さないと叫ぶ彼女は、震える小さな手をグラディウスの輝きに重ねた。
「出ていけ、ドラゴンども。ここは地球に住む者の場所だ。私たちの場所だ。今すぐ返せ。さっさと出ていくといい！」
　白亜もまた、排他を叫ぶ。侵略者許すまじ、その想いを紡いだ光は金色の光刃を包み込む。
「……自分の巣や命守る為に攻撃するのは生命体として当然だ」
　静かな言葉は真幸から紡がれた。ドラゴンへの肯定はしかし、決意を纏う青い瞳に一蹴される。――それは、俺達も同じ、と。
「だから、絶対にぶっ壊してやる」
　魔空回廊へ向けられる視線は憎々しげな色を纏う。生き様の肯定はあれど、侵略者への、そして侵略行為への肯定を行うつもりはなかった。
「こんなところに、巣を作ってるんじゃないですよぅっ！！　大自然に、ドラゴンの居場所なんて、無いんですよぅっ！！」
　そしてワーブもまた、ドラゴンへの排斥を訴える。地球に超常存在は不要との想いは、彼の抱くグラディウスの力を引き出し。
「俺はドラゴンに屈したりはしない。例え人知を超えた力を持っていようとな」
　ゼフトの叫びは不屈の心だった。古来、人々はデウスエクスの侵略は許してしまった。だが、いつまでもそれを是とするつもりは無いとの想いは、輝きを一層強く増して行く。
「力押しだけで俺達ケルベロスに勝てると思っているなら、それが大きな間違いだと言う事を今から教えてやる！」
　そして、8つの光が一つに重なる。
　解き放たれたグラディウスの力は光の矢となり、魔空回廊を穿つ。爆音と爆炎、轟音と轟雷が周囲に鳴り響いた。
　それは反逆の狼煙。ケルベロス達による痛恨の一撃は、魔空回廊を圧し、それを瓦解せんと牙を剥く。

　――だが。
「流石はドラゴンの魔空回廊、か」
　フィーの独白は、未だ健在の魔空回廊に向け、紡がれる。
　彼らの咆哮はグラディウスを通し、魔空回廊を貫いた。未だ立ち上る爆炎と轟雷は、破壊の限りを尽くし、魔空回廊を砕かんと蹂躙を続けている。
　しかし、それでも魔空回廊はそこにそびえ立っている。
「まるで、難攻不落の城だ」
　口惜しそうな真幸の言葉が、強く耳朶に響いた。

●氷の竜との戦い
　ケルベロス達により幾度となく襲撃が繰り返されている黒部峡谷だが、その実、魔空回廊そのものへの攻撃は3度に渡る。
　よって――。
「怒り心頭、と言う感じだな」
　黒煙の中、耳朶を打つフロストドラゴン達の咆哮に、白亜は淡々と言葉を紡いだ。冷静な口調ながらも、苛立ち紛れに傍らの石を蹴飛ばす様子は、魔空回廊の破壊を成し遂げられなかった悔しさからだろうか。
　ケルベロス達の携えたグラディウスは一様に光を失っている。全てを使い果たしたそれらが再使用可能になるのは、幾多の月日を要するだろう。だが、逆を言えばその月日さえあれば再びデウスエクスの喉元を穿つ事が可能なのだ。捨て置くわけにいかなかった。
　故に、使用済みのグラディウスを回収し、黒部峡谷を離脱する。それがケルベロス達に課せられた使命でもあった。
「前回に続き、今回も魔空回廊の破壊には失敗した。だが、それはゲームと同じだ。負ける事を恐れて盤上から立ち去れば、2度と勝つことは出来ない。諦めなければ必ず逆転のチャンスやってくる。そして、勝利を掴む為、……今は撤退する」
　苦々しく紡がれたゼフトの言葉はしかし、希望を捨てていない証でもあった。故にケルベロス達は魔空回廊、そして黒部峡谷より脱兎の如く撤退を行っていた。
　そして、それも達成する――その手前だった。
「そうは問屋が卸さない、ですよねぇ」
　ワーブの悲痛とも思える声が響く。
（「これが、私達に立ち塞がる障壁、と言うわけか」）
　立ち塞がるフロストワイバーンを前に、クオンが嘆息した。
　このまま戦いが無ければ僥倖だったが、やはり容易くケルベロス達を帰すつもりはなさそうだ。普段見るそれらよりも巨大な体躯は、まさしくその個体がヘリオライダーの言う『精鋭部隊』と言う奴なのだろう。
「行くぜ、相棒！」
　レイはファントムを促し、魔狼と深淵の名を抱く己の得物を構える。
「速攻で、片を付けます！」
　ティの宣言が、辺りに木霊した。

　氷のブレスが舞う。幾多の空気を、木々を、大地を凍えさせた凍気はケルベロス達を穿ち、その身体に無数の凍傷を刻んでいった。
「どうした！　その程度か！　竜の力はその程度のモノか！？」
　それでもクオンは叫び、仲間達へ破邪の力を付与していく。虚勢かそれとも本心からの言葉か。窺い知れぬそれに、だが、ドラゴンもまた、たじろぐ様子を見せない。
「こんな事もあろうかと、特製薬も準備万端、ってね」
　凍傷を癒すべく、フィーは前衛の仲間達へ謎の薬瓶の中身を振り撒く。同時に発生した謎の光は、戸惑う仲間達の傷を癒していった。
　そして轟音が鳴り響く。ティの放つ竜砲弾、そしてプリンケプスの放つ息吹もまた、皮翼を貫き、その機動力を奪っていった。
　二人の攻撃に重なる様、真幸が魔法陣を描く。付与された盾の力は、ケルベロス達に防御力を高めていった。
「さて。憂さ晴らしと言うわけではない。私たちは逃げねばならないのでね」
　淡々と紡いだ白亜の台詞は、エクスカリバールの一撃となってワイバーンの鱗を剥ぎ取っていく。
「まずは当ててみせるんだよぅ！」
　続くワーブの蹴りは、鋭い刃と化してワイバーンの竜身を切り裂く。悲鳴と怒号の入り混じる咆哮が周囲に響いた。
「魔狼を……舐めるなッ……！！」
　流星を伴った飛び蹴りはレイから紡がれる。魔狼の牙の如き一撃はワイバーンの皮翼を切り裂き、その動きを鈍らせた。
　続くファントムもまた、体当たりを敢行する。持ち上がったタイヤによる蹂躙は、主の刻んだ傷を更に広げるよう、螺旋の動きを描いていた。
　対する氷の竜もまた、氷結の爪で応戦する。氷纏う一撃を受けたファントムは弾かれながらも、それに負けじと駆動音を轟かせた。

　ドラゴンと番犬。一匹と8人の輪舞曲はやがて終焉へと向かっていく。
「ドラゴンよ。私達は諦めない」
　真幸の宣言はこの地を取り戻す決意だった。今はまだそれを為す事が出来なかった。だが、これからの事は誰も断言できない。あの赤髪のヘリオライダーならば、「いつかは成し遂げられるって信じてる」と明るく笑い飛ばすだろうか。
　だから、彼は歌を紡ぐ。これは約束。何時かの勝利を約束する戦歌だった。
「我らが恩恵咽び喜び受けるが良い」
　オラトリオの歌に、チビの息吹が重なる。天使と竜が織りなす破壊の歌に、氷の竜から悲鳴が迸った。
「さあ、ゲームを始めよう。運命の引き金はどちらを選ぶかな」
　肉薄したゼフトは氷竜の眉間に銃口を押し当て、引き金を引く。迸る弾丸は死の意味するもの。眉間に叩き付けられた衝撃に、フロストワイバーンの額が仰け反り、痛みを訴える。
「目標補足、抵抗は無意味よ」
　ティの選択もまた弾丸だった。着弾の衝撃と質量。全てのエネルギーを破壊へと変換した弾丸――そこに込められたグラビティは、フロストワイバーンを終わりへ誘うものだった。氷片と化した竜鱗が撒き散らされ、辺りに白銀の煌きをもたらしていた。
　追撃するプリンケプスの体当たりもまた、フロストワイバーンを終焉へと向かわせる。主を守るべく、そして主の期待に応えるべく。高らかな声は、自身の主がティである事への誇りに満ちていた。
「ん、すぐに従うといい」
　そして猫の一撃が走る。白亜による支配者――ボス猫の威嚇はドラゴンであろうと跪かせるに足る叫びだった。身を竦ませるドラゴンへ、容赦ない踏み付けが敢行される。竜の鱗が、皮翼が、そして肉が梳られていった。
「ワーブ！」
「託されたんだよぅ。――この右手にかけるですよぅ！」
　白亜の声に弾かれるように、ワーブがフロストワイバーンに肉薄する。熊の膂力を総動員した渾身の一撃は荒々しく、5本の爪は大太刀の如く、ドラゴンに裂傷を刻んだ。
「貴様の力、我が身に届かず。――ＧＡＡＡＡＡＡＡＡＡＡＡ！！」
　巨獣の名を冠した戦乙女は戦場を駆け巡る。獣の咆哮は破邪の力と化し、竜の身体を打ち砕いた。どちらかの魂が果てるまで、戦い続けると言う決意は、竜の眼を恐怖に染め上げるのに十分な意志を秘めていた。
「全てを撃ち抜けっ……ブリューナクッ！！」
　穿ち、貫く力は太陽神の光槍。レイの号の下、打ち出された五筋のエネルギーの奔流はフロストワイバーンに着弾、血肉を撒き散らす。
　それが止めとなった。目に光を失ったフロストワイバーンは地に伏せ、どうっと崩れ落ちる。
「さぁ。撤収だ」
　障害が取り除かれればそれ以上、留まる理由は無いとフィーが宣言する。
　やがて、8つの影は爆煙に紛れるよう、その姿を消して行った。

●されど番犬は
「まだチャンスはあるんですよぅ。とりあえず、撤退ですよぅ」
　帰路。消沈する仲間達を元気づけるよう、殊更、ワーブが明るい声を上げる。
「……だな。俺達が大きな傷跡を残せば、次の破壊作戦でもしかしたら……」
「ゲームは最後まで結果が判らない物さ。今は負けていても、ね」
　レイとゼフトの言葉は明るい。現在はまだ無理でも、未来への希望は潰えていないとの言葉に、ふっと白亜が笑みを零す。
「そう。今はまだ、その時ではない。それだけだ」
「いつまでもトカゲの好きにさせる訳にいかない。必ずこの地を取り戻そう」
　真幸とクオンの決意はいずれ昇華されるのだろうか。ヘリオライダーならぬケルベロスの身に窺い知れぬ事だったが、その未来は遠くないと信じる。
「……さぁ。帰ろう。みんな、心配して待っている筈だから」
　プリンケプスを抱きしめたティは視線を空へ送る。その先で、陽光に煌くヘリオンが、彼らの凱旋を待ちわびるよう、淡く輝いていた。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年4月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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