悪魔の木の下に

作者:土師三良

●老木のビジョン
 海辺の丘に立つ異形の木。
 幾本もの木が複雑に絡み合っているように見えるが、実際は一本のガジュマルである。
 寄せては返す波の音と淡い星明かりがその老木に幻想的な趣を与えていた……のだが、その趣は吹き飛ばされた。波の音に無遠慮に混じる足音と、星明かりを塗り潰すランタンのLEDの光によって。
 足音の主は、厳しい顔付きをした総髪の老人だ。
「巷間に流れる噂によると、この木には残虐な妖怪が取り憑いているという。その噂の真偽、私が確かめてやろう」
 老人はガジュマルの傍で足を止め、ランタンを地面に置いて身構えた。
「もし、本当に妖怪が取り憑いているのなら、必殺の空手で退治してくれるわ。さあ、妖怪よ。出てこい! 出てこぉーい!」
 もちろん、妖怪が出てくるはずもない。
 その代わり、黒衣の女が老人の背後にうっそりと現れた。
 それに気付くことなく、老人はガジュマルの木に呼びかけていたが――、
「どうした、妖怪? 私の空手に恐れをなし……ぐぇ!?」
 ――意識を失い、倒れ伏した。黒衣の女に心臓を抉り抜かれたのだ。鍵のような物で。
 もっとも、抉り抜かれたはずの場所に傷口はなかった。命までは失っていないらしい。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 老人を見下ろして呟く黒衣の女。
 いつの間にか、彼女の傍には小さな影が立っていた。
 赤い長髪の子供……いや、子供のような姿の妖怪。
 キジムナーだ。
 牙だらけの口を開いて、彼は夜空に叫んだ。
「がじゅがじゅー!」

●アガサ&ダンテかく語りき
「ガジュマルに宿るのはキジムナーと相場が決まっていますが――」
 ヘリポートの一角に集まったケルベロスたちの前にヘリオライダーの黒瀬・ダンテが現れ、真剣な顔付きで告げた。
「――よりにもよって、ドリームイーターなんかが宿っちゃったっす」
「どういうこと?」
 比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が尋ねると、ダンテは詳細を語り始めた。
「『妖怪が取り憑いている』と噂されている大きなガジュマルの木が沖縄のとある離島に生えてるんですけどね。その噂に興味を持った五味村・岩之助(ごみむら・がんのすけ)さんという人がドリームイーターに襲われてしまったんすよ。で、岩之助さんの抱いていた『興味』が新たなドリームイーターとして具現化したんです」
「その具現化したドリームイーターというのがキジムナーの姿をしているわけ?」
「そうっす。キジムナーは親しみやすいイメージがありますけど、このドリームイーターはけっこう凶悪な奴みたいっすよ。すぐに退治しないと、島に住んでいる人たちが犠牲になってしまうっす」
 そこまで語ったところでダンテは表情を和らげた。
「ちなみにその島は穴場の観光スポットらしいっすよ。キジムナー退治が無事に終わったら、じっくり骨休めしたり、思い切り遊んだりして、英気を養ってみてはいかがっすか?」
「いいかもね。沖縄なら、もう泳げるだろうし……」
 故郷の海に想いを馳せるアガサ。
 だが、その想いをダンテが無情に断ち切った。
「いや、泳げないっすよ」
「……え?」
「その島では夜間の遊泳は禁止されてるっす」
「そうか。でも、穴場の観光スポットというからには、海だけが売りってわけじゃないよね?」
「もちろんっすよ。極上の泡盛と最高の沖縄料理を出す店が村に……あ、ダメだ。この時間だと、もう閉まってる」
「……」
「まあ、マリンスポーツだのグルメだのばかりがリゾートの楽しみ方じゃないっすから。他にもいろんなことができますよ。ボーっとガジュマルを眺めたりとか、ボーっと波の音を数えたりとか、ボーっと星空を見上げたりとか、ボーっとスマホをいじくったりとか」
「……」
 アガサは無言でダンテを見つめるばかり。『ジト目』と呼ぶにはあまりに剣呑な目付きで。
 その眼差しから逃れるようにダンテはくるりと背を向け、空々しい叫びをあげた。
「では、妖怪退治にレッツゴー!」


参加者
大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)
ペテス・アイティオ(ぺてぺて・e01194)
辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
エルム・ユークリッド(夜に融ける炎・e14095)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)

■リプレイ

●牙を剥く夜
 星空の一角に歪みが生じ、そこから幾つもの影が現れた。
 ハイパーステルスモードのヘリオンからケルベロスたちが飛び出したのだ。
「邪神の手先のキジムナーさん!」
 眼下の敵――キジムナー型のドリームイーターに向かって、オラトリオのペテス・アイティオ(ぺてぺて・e01194)が叫んだ。
「夜の闇に隠れようと、貴方の悪事は見逃しま……あぁぁぁーっ!?」
 突風に煽られて、あらぬ方向へと飛ばされていくペテス。
 それを視線で追いつつ、キジムナーは小首をかしげた。
「……がじゅ?」
 その間に他のケルベロスたちが次々と着地した。
 そして、キジムナーに鋭い視線を……向けるのかと思いきや、オラトリオの大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)だけは恨めしげな目で夜の海を見ていた。
「沖縄の海が目の前にあるのに泳ぐこともできないなんてぇ……」
 悔しそうに歯噛みする言葉であったが、意志の力でなんとか視線をキジムナーに移した。彼女を含めて何人かのケルベロスは照明を持参してきたので(言葉のそれは恋人から贈られた小さな灯籠だ)、敵の姿はしっかりと視認できる。
 更に新たな光群が加わった。一足遅れて着地したペテスが周囲にLEDのランタンをばらまき、レプリカントのアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)がメタリックバーストを発動させたのだ。
「がじゅがじゅー!」
 自分を照らし出す光に臆することなく、キジムナーは山切り型の歯を剥き出した。威嚇しているつもりなのだろうが、ゆるキャラめいた可愛い顔をしているため、迫力は微塵も感じられない。
 その迫力なき咆哮に対抗するかのようにウイングキャットのロウジーが鳴いた。
「にゃあ」
「がじゅーっ!?」
 鳴き声の余韻が消えぬ間にキジムナーの悲鳴が響いた。
 オラトリオ(といっても、翼も花も隠しているが)のエルム・ユークリッド(夜に融ける炎・e14095)がロウジーの鳴き声に合わせて姿をくらまし、一瞬のうちにキジムナーに肉薄して、斬撃を食らわせたのだ。『黒白猫の一声(ホワイトミトンミラージュ)』というグラビテイである。
 続いてグラビティを用いたのはペテス。
「来たれ、降りそそげ、滅びの雨よ!」
 詠唱とともに規格外サイズのスマホ『カーディア・クローウィ』を操作すると、『滅びの雨』ならぬ無人飛行機の群れが降り注いだ。
 飛行機の落下地点で次々と土煙が上がり、たちまちのうちにキジムナーの姿が覆い隠されていく。だが、彼の悲鳴は煙の奥から聞こえてきた。何機かの飛行機の直撃を受けたのだろう。
「がじゅがじゅぅ~!?」
「がじゅがじゅ言って、かわい子ぶってもダメ。おとなしく――」
 イリオモテヤマネコの人型ウェアライダーである比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が煙の中に飛び込んだ。
「――消えちまいな」
 キジムナーめがけて放った一撃は『氷華(ヒョウカ)』。
 そして、砂煙が晴れ、皆の視界にキジムナーの姿が戻った。『氷華』のせいで小さな体の一部が凍結している。おまけに両目が漫画のようにグルグル模様になっていた。
「表情まで可愛い……というか、あざといよな。なんか、やりづらいわー」
 困惑気味の笑みを浮かべて、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)が間合いを詰めた。
「とはいえ、手加減はできないぜ!」
 ケイの手から白光が伸びた。愛刀『シラヌイ』の抜き打ちの軌跡。いや、ただの抜き打ちではなく、グラビティ『烈風散華(アバヨ)』である。刃が再び鞘に収まった瞬間、沖縄の海辺に似合わぬ桜吹雪がキジムナーを包み込み、燃え上がった。
「がじゅがじゅー!」
 炎と氷のダメージを同時に受け、絶叫するキジムナー。だが、それは悲鳴ではなく、怒声なのだろう。両目はもうグルグル模様ではなくなり、憤怒の角度に吊り上がっている(それでもまだ可愛かったが)。
 その角度を維持したまま、怒れるゆるキャラもどきはケイに襲いかかった。
「きゅーっ!?」
 キジムナーの牙が標的の頭に突き立てられ、甲高い泣き声が響き渡る。もっとも、その標的というのはケイではなく、彼を庇ったボクスドラゴンのぶーちゃんだったが。
「ぶーちゃんから離れなさぁーい!」
 ぶーちゃんの頭に噛みついているキジムナーめがけて、言葉がスターゲイザーを放った。
 間髪を容れず、サキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)もスターゲイザーを見舞う。
 二発の蹴りを受け、キジムナーは吹き飛ばされた。
 そこに竜派ドラゴニアンの辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)が――、
「噛みつき攻撃とはな。可愛いくせして凶暴じゃねえか」
 ――フォートレスキャノンで追い討ちをかけた。
 その砲声にアラタの叫びが混じる。
「撃ちまくれ、先生!」
『先生』というのは麟太郎のことではなく、アラタのウイングキャットの名前だ。
 主人の声に応じて、先生はキャットリングをキジムナーに飛ばした。
 アラタに遅れて、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)もオルトロスのイヌマルに指示を出そうとしたが――、
「やれ、イヌマル!」
 ――アガサが先に命じた。それが当然のことであるかのように。
 そして、イヌマルも当然のことであるかのようにアガサに従い、神器の剣でキジムナーに斬りつけた。
「……なんでだよ?」
 と、憮然とした面持ちで呟くヴァオの横をボクスドラゴンのポヨンが通過し、涙目のぶーちゃんを属性インストールで癒すのであった。

●吠え猛る夜
 キジムナーの愛らしさに惑わされることなく、ケルベロスたちは猛攻を加え続けた。
 キジムナーもまたケルベロスたちを痛めつけた。牙で、爪で。そして、歌声で。
「がじゅがぁ~じゅがじゅうぅ~♪」
 目を閉じ、体を左右に揺らして、ゆったりとしたテンポの歌を披露するキジムナー。
 沖縄民謡を思わせるそのメロディはケルベロスたちにダメージを与えると同時に眠気をもたらした。
「おーい。起きてるか?」
 明後日の方向をぼんやりと見ていたエルムに麟太郎が声をかけた。もっとも、当の麟太郎も睡魔に襲われていたが。
「……えっ!? う、うん」
 エルムは我に返り、キジムナーにブレイズクラッシュを叩きつけた。
「がじゅがじゅー!」
 歌うのをやめて、おなじみの怒声を発するキジムナー。その体を焼く地獄の炎は二人分。エルムだけでなく、言葉も簒奪者の鎌でブレイズクラッシュをぶつけたのだ。
「どーして、鳴き声は可愛いのに凶暴なのかしら!」
「が、がじゅがじゅ!」
 言葉の嘆きにキジムナーが反応を示した。『か、可愛くなんかないやい!』とでも言ってるつもりなのだろう。実に可愛い。
 その可愛さに心動かされる様子も見せず、エルムが誰にともなく呟いた。
「キジムナーって、こんな風に鳴くんだ……」
「いや、本物のキジムナーはもっと違う声で鳴くんじゃないか」
 そう言いながら、玉榮・陣内が『本物』のキジムナーを召還した。ドリームイーターに負けぬ愛らしさを有したそれはケルベロスの間をちょこまかと走り回り、中衛陣のジャマー能力を上昇させた。
「どうせなら、もっと良い声で鳴きなさぁーい! ほぉーら!」
 中衛の一人である淡雪が鞭状のスライム『whip of love(アイノムチ)』でキジムナーを打ち据えた。
「ちょっと酷くない? 子供の格好をした敵にそういう攻撃をするのは……」
 同じく中衛のアガサが獣撃拳を見舞う。
「獣人化した拳で殴るのも酷いと思いますよ」
 そう言うペテスがキジムナーめがけて投擲したのは愛用のエクスカリバール。これも酷い。
「がじゅがじゅー!」
 鞭と拳とバールの連打になんとか耐え、キジムナーは反撃に転じた。右手をチョキの形にして、目潰しの構えを取る。
 だが、構えただけで終わった。麟太郎に付与されたパラライズの影響だ。
「おっと、そういうツキツキ攻撃はよくないぞ。悪い子だな」
 ケイの『シラヌイ』が唸り、キジムナーの傷を絶空斬で悪化させていく。
 続いて、アラタがライトニングロッド『1 cuillere a dessert』を構えた。
「可愛い奴だが――」
 スプーンの形をした先端部からライトニングボルトが迸り、キジムナーに突き刺さった。
「――おまえは元の場所に還らなくちゃいけないんだ」
 キジムナーの幕引きを飾る光はライトニングボルトだけではない。神苑・紫姫が『ヒメムラサキ色流星群』を発動させた。
「ちょっと星空を彩ってみましょうか」
 流星を思わせる何発もの青紫色のエネルギー弾がキジムナーを射抜いていく。
「こいつぁ、風流だ」
 流星群に目を細める麟太郎の横で、彼の御業が熾炎業炎砲を発射した。
 爆炎の中で消えゆくキジムナー。
 その様子を見ながら、ペテスが声に出さずに呟いた。
(「可愛かったなぁ」)

●語り合う夜
 流れ弾等による被害をヒールして回った後、ケルベロスたちは焚き火を起こし、それを囲むようにして車座になった。
 夜の浜辺で酒宴に興じるために。
 吟醸酒や焼酎や泡盛は淡雪とアガサが持参していた。未成年者用にマンゴーとパッションフルーツのジュースもある。そちらはアラタが用意したものだ。
「ラフテーとにんじんしりしりも作ってきたぞ!」
 満面の笑みを浮かべて、料理の詰まったタッパーを開けるアラタ。
 手作りの沖縄料理を持ってきた者は他にもいた。リーズレット・ヴィッセンシャフトと瑞澤・うずまきだ。
「島豆腐のチャンプルーと海ぶどうの三杯酢かけだ。こう見えても、料理はけっこう得意なんだぞ」
「ボクはちょっと苦手。だから、出来にばらつきがあるんだけど、ごめんねー」
 リーズレットが得意げに胸を張り、うずまきが苦笑する。
「なにも謝るこたぁねえや」
 と、フォローしたのは麟太郎だ。
「出来はどうあれ、気持ちが嬉しいじゃねえか。お? 言葉嬢ちゃんもつまみ持参かい?」
「うん。塩味の効いた枝豆よ」
 いくつものタッパーが横から横へと回され、皆の前に置かれた無味乾燥な白い紙皿がカラフルな料理に染められていく。
「これより、オトーリを始めます!」
 全員に料理が行き渡ったところで淡雪がそう宣言し、なぜか口調を変えて、オトーリの説明を始めた。
「解説せねばなるまい! オトーリとは、宮古諸島で生まれた酒宴の風習。まず、『親』になった者が口上を述べ、杯を干す。そして、一人一人に杯を回していく。一巡したところで『親』は杯を再び干し、新たな『親』を指名する。これを人数分だけ繰り返すことによって、全員に話す機会と酒の量が公平に与えられるのだ! ……で、よろしいですよね、アガサ様?」
「さあ? 私は本島の生まれだから、よく知らない」
「島によって文化もいろいろと違うのか」
 と、アラタが興味深げな顔で言った。
「沖縄に限らず、どこの土地も一括りには語れないものなんだな。オトーリというのも初めて聞いた。世の中、まだまだ面白いことがいっぱいあるな。ヴァオはオトーリを知ってたか?」
「知らん。それより、さっさと飯を食おうぜぇー。もう口上とか、どうでもいいから。どうでもいーいーかーらー」
 駄々っ子のように腕を振り回すヴァオ。
 それを無視して――、
「最初の『親』は私が務めさせていただきます」
 ――淡雪がオトーリの口上を述べ始めた。
「私こと淡雪は、おっぱい教を全国に広めていきたいと思いますわー! おっぱいは世界を救う! 私たちが生きた時代のことを後生の人々は『オッパイ・エイジ』と呼ぶことでしょう!」
 淡雪をよく知る者は『また始まったか』と軽く受け流し、よく知らない者は『なんなの、こいつ?』と目を丸くするばかり……と、思いきや、よく知らないにもかかわらず、目を丸くしていない者がいた。
「うむ! おっぱいは正義だ!」
 キジムナーの『源泉』であるところの五味村・岩之助である。戦闘が終わった後に何人かのケルベロスに介抱されて目を覚まし、ちゃっかりと酒宴に加わっていたのだ。
「ちょっと、岩之助様! 口上に割り込むのはマナー違反ですわよ!」
「おっぱいは正義! お尻は真実! 足は愛!」
 淡雪の抗議を意に介することなく、熱弁を振るう岩之助。
 彼を介抱した一人である紫姫がそれを横目で見ながら、心中で溜息をついた。
(「めんどくさいオーラを全身から発していましたが……予想以上にめんどくさい御老人でしたね」)
 そして、淡雪(と岩之助)が口上を終え、杯が一巡すると――、
「本当の正義はおっぱいじゃないわ! 可愛いさこそが正義!」
 ――言葉が新たな『親』となった。
「だが、しかーし! どんなに可愛かろうと、相手がデウスエクスなら、倒さなくてはいけない。それって、とても悲しいよね。だから、可愛いデウスエクスは皆、定命化すべきなのー!」
 ビルシャナのごとき気迫で力説した後、言葉は杯を干した。
「泡盛、初めて呑んだ。おいしー」
 にこにこ笑って、自らの可愛さをアピールすることも忘れない。『正義』を体現する彼女の傍らではぶーちゃんが我関せずといった顔をして、同族のポヨンとともに枝豆を頬張っている。
 そのポヨンの主人であるケイが次の『親』になった。
「流浪のキッドの二つ名の通り、ずっと根無し草みたいに過ごしてきたが……思い返すと、無責任に逃げてばかりの人生だった。成人になったことだし、これからは大人として自分の使命を果たすような生き方をしたいかなー、なんて思ったりなんかして」
 いつになく神妙な顔をしながらも、いつもどおりの軽い口調でケイは想いを吐露した。実は名家の御曹司であることや、優れた兄がいるために自分の居場所がないと思って家を出たことまでは口にしなかったが。
 次の『親』はアラタ。未成年なので、杯の中身は自作のジュースだ。
「アラタは美味いものを作りたい! 良き料理人でありたいし、良きケルベロスでありたいし、地球の良き住人でもありたい。でも、それはきっと難しくないと思う。だって――」
 車座になった一同をアラタは見回した。
「――良き仲間に恵まれてるからだ! うん!」
「泣かせるじゃないかぁー!」
 と、感涙にむせびながら、ヴァオがアラタの肩を叩いた。顔が紅潮し、赤いバンダナとの境界線が消失している。酒は呑めない体質なのだが、ジュースと間違って一口(どころか、半口にも満たない程度)含んでしまった結果、この有様になったらしい。
「こんなに素直で優しい娘に育ってくれて……パパは嬉しいじょぉ~!」
「いや、ヴァオの娘になった覚えはないんだが」
 苦笑いするしかないアラタであった。
「まったくもう! 岩之助様もヴァオ様もオトーリのルールやマナーを無視しすぎですわ」
「まあ、いいじゃねえか。形式に拘るよりも楽しく呑もうや」
 憤懣を示す淡雪を笑顔でなだめる麟太郎。
 しかし、その笑顔はすぐに引き攣ることになった。
 ペテスの口上が始まったからだ。
 いや、それは口上と呼べるような代物ではなかった。
「ダメですよ、ショウくん。わたしにはりゅーくんが……え? 『あいつの愛を試してみようよ』って……いえ、やっぱり、ダメです。んっ……んくくっ、もう急になにす……あ!? りゅーくん! ち、違うんです、これは! あぁ、りゅーくん、待って!」
 脳内劇場で繰り広げられている愛憎劇を再現しているのだ。二体のぬいぐるみ(りゅーくんとショウくん)を共演者にして。
 そんな異様な空気に浸食されながらも、オトーリらしからぬオトーリは続き、最後の『親』が杯を手にした。
 アガサである。これまでに参加人数マイナス一杯分の酒を喉に流し込んでいるのだが、顔色はほとんど変わっていない。
「口上か。うーん……世界平和とか家内安全? まあ、そんな感じで」
「テキトーすぎますわ!」
 と、淡雪がダメ出しをした。
「もっとちゃんとした口上を披露してくださいな。たとえば、恋バナとか! 好きな人とかはいらっしゃいませんの?」
「いないかな。まあ、あたしを好きだという人がいたら、考えてもいいけど」
 澄まし顔のままで(澄まし顔を取り繕っているだけかもしれないが)そう言ってのけたアガサを見て、陣内が微かに頬を緩ませた。
「そういう台詞が出てくるようになっただけ、たいしたもんだ」
「その『理解あるお兄さんキャラ』じみた笑いはやめろ」
 澄まし顔を仏頂面に変えて、陣内に杯を突き出すアガサ。
 そこに例の哀れな男がまた割り込んできた。
「恋人ができたら、真先にパパに紹介するんだじょぉ~!」
「この『ウザいお父さんキャラ』もやめてほしい……」

 満腹になったからか、あるいはキジムナーの歌が今頃になって効いてきたのか、ロウジーを除くサーヴァントたちは団子状になって眠りについた。
 人間のほうはケイが真先に沈没した。成人になり立てなので、酒を呑み慣れていないのだ。彼を介抱すべく、リーズレットが頭を持ち、うずまきが足を持って、運んでいく。
 彼女たちと同時に(しかし、反対の方向に)オトーリの輪から離れた者がいた。
 ロウジーを連れたエルムだ。
 小判型のお菓子を齧りながら、エルムはガジュマルの傍に行き、そこに腰を下ろした。
 膝に陣取ったロウジーを撫でつつ、ぼんやりと夜空を眺める。
 聞こえてくるのは酒宴の喧騒と波の音。
 それにロウジーの寝息も加わった。
 そして、いつしかエルム自身も寝息を立てて舟を漕ぎ始めた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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