北の椿

作者:刑部

 北海道は松前公園。
 桜には少し早いこの時期、園内の椿園が見ごろを迎えていた。
 4月の下旬にもなると桜と椿が同時に楽しめるとあってか、この時期に椿だけを見に来る人は多いとは言えなかったが、それでも椿園にはパラパラと花を愛でる人影が見える。
 その椿園の一角。片隅に咲く椿の辺りを謎の花粉が漂うと、ドクン! と鼓動する様に一株の椿が脈動する。
「おや? この椿の木、揺れとるな。中に猫でも居るかのぅ?」
 それに気付いた老人が手を伸ばした瞬間、椿の葉の内から蔓の様なものが飛び出して老人の手を絡め、老人の体をその中へと引き摺り込んだ。
「なんだ!」
「お爺さんが!」
 それに気付いた周囲の人々か老人を助けようと駆け寄ろうとするが、次の瞬間、老人を取り込んだ椿の木が動き始める。
「こ、攻性植物だ!」
「逃げろッ!」
 事態を把握した人々が叫びながら逃げてゆく。
 椿の攻性植物は、取り込んだ老人のグラビティ・チェインを吸い、その花を一層赤く染めて蠢動し、新たな犠牲者を求めて動き始めたのだった。

「北海道は松前郡の松前公園の中にある『椿園』で、攻性植物の発生が確認されたで。なんらかの胞子か花粉を受け入れた椿の株が、攻性植物に変化しもうたみたいやわ」
 杠・千尋(浪速のヘリオライダー・en0044)が、ケルベロス達を前にそう切り出す。
「この攻性植物が、椿見物に来とった老人を襲って宿主にしてしまいよった。不幸中の幸いっちゅーのもアレやけど、宿主にされた老人以外は逃げ出して無事の様や。けど、ほっといても被害が増えるだけやろうから、ヘリオンかっ飛ばすさかい、この攻性植物を倒したってや」
 と話す千尋の口元に八重歯が覗く。

「現場は公園やから拓けとるし、戦闘するにあたって障害になるもんは無いと思う。まぁ、花が踏み荒らされるのはこの際しゃーない。後でヒール掛けたってや。
 で、敵はさっきも言うた椿の攻性植物が1体。根っこを動かしてゆっくりと園内を移動しとって、この中に老人が捉われ宿主にされとる。
 老人は攻性植物と一体化しとって、普通に攻撃して攻性植物を倒したら老人も一緒に死んでしまいよる。せやけど、ヒールを掛けながら上手い事戦ったら、攻性植物を倒した後、老人を助け出す事が出来るかもしれへん」
 千尋が、ヒール不能のダメージの蓄積により倒す為、辛抱強く戦わないといけない事を説明すると、
「なかなか面倒だけど、人の命には代えられないな。これはウィッチドクターとしても腕の見せ所かな?」
 その説明に捩木・朱砂(医食同源・e00839)が、特製眼鏡拭きでモノクルを拭きながら応じる。
「攻性植物は1体だけや。蔓や光線を飛ばしたり、大地を浸食して一気に崩して来たりしよる。十分気をつけてや」
 その朱砂にちらりと視線を向けた千尋は、敵の攻撃手段について説明し、
「老人を助けるには、相手を回復するにも手を取られるし、回復した分をまた削らなあかんようになるし、我慢の戦いになると思う。それだけ頑張っても、助け出せるかどうかわからへん。……けど、みんなやったら出来ると信じとるから、宜しく頼んだで」
 と締め括り、手を合わせたのだった。


参加者
アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)
捩木・朱砂(医食同源・e00839)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
イアニス・ユーグ(ディオメデイア・e18749)
逆井・鈴都(宵奏・e22382)

■リプレイ


「流石は北海道。季節が一ヶ月ほど違うと見える」
「折角の見頃にこんなんなってちゃ花を見に来たヤツも、他の椿も可哀想だぜ。なぁ、琴」
 色鮮やかに咲く辺りの椿を見て目を細める捩木・朱砂(医食同源・e00839)。
 同じ様に眺めたツバキから『それ』に視線を戻した逆井・鈴都(宵奏・e22382)が、相棒であるテレビウムの『琴』に語り掛けると、琴もその通りという顔を映し出してうんうんと頷く。
「しかし、太陽も照らず寒いのによく動くなあ」
「ったく、わざわざ老い先短い爺さんを狙わなくてもよかろうに。いや、若者ならいいって訳でもねぇけどよ」
 その後ろで、根っこを動かしながら近づいて来る『それ』から、天に視線を動かしたイアニス・ユーグ(ディオメデイア・e18749)が感心する様に呟くと、隣で気だるげに頭を掻いたアルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)が唇を尖らせる。
「……じっくり時間をかけて祟る他なし」
「そうですわね。ご老人の容態も気になりますし、なるべくはやく頑張りましょう」
 ゆらりと蝋燭の炎と長い髪を揺らして進み出るは、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)と寄り添う様ビハインドの『蝕影鬼』。その二人とは対照的に、ミモザの花が咲く新緑の髪を揺らして笑顔を見せるシア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)が2つのロッドを構える。
「じゃあ始めるかい? せっかく綺麗な椿だけど、人の命を吸って綺麗なのであれば、散ってもらわないとね」
 ライドキャリバーの『エリィ』から跳び下り様に、抜いた2本のナイフをくるくるっと回して逆手に構えた虎丸・勇(ノラビト・e09789)が、振り返って確認すると、
「だな。最後の一花は此方が咲かせてもらう……さぁ、……骨の髄まで楽しもうぜ?」
 頭上で振り回した愛用の鎌『Bloody Mary』を小脇に構えたシュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293)が、八重歯を見せて笑い、そのまま迫り来る椿の攻性植物に向って地面を蹴った。


 地面の土が盛り上がって迫り、一気に飛び出しイミナの撒いた紙兵を裂きながら襲い掛かる椿の根。それを大鎌で裂いたシュリアが、
「遅いっ!」
 そのまま滑り込む様に距離を詰め、白い脚で鋭い回し蹴りを見舞うと、
「もう一つおまけだ。釣りは要らねぇぜクソ野郎!」
 続いて距離を詰めたアルヴァが、シュリアにカウンターを見舞おうと伸ばされた蔓ごと吹っ飛ばす様に、烈風を伴った蹴りを叩き込む。その烈風に苛まれながらも蔓を延ばした攻性植物だったが、蔓先が2人に触れようとする刹那、展開された雷撃の壁に阻まれ、痙攣する蔓を縮めた。
「なかなか有効の様だな」
 突き出したライトニングロッドを握る腕を戻しつつ朱砂がごち、椿に攻撃の隙を与えまいとしているのか、銃を掃射するエリィを盾にする様に距離を詰めた勇が斬り抜けると、地面に付けたイアニスの腕から伸びた攻性植物が、相手の根を縛る様に蔓草を絡め動きを押える。
「まってな爺さん、いまそのクソ野郎から助け出してやるからよ!」
 動きの止まった椿の体表で、アルヴァの放った気咬弾が爆ぜると、蝕影鬼が周囲の砂礫を浮かして追撃を見舞うが、翼を広げて舞ったシアが椿にウィッチオペレーションを施し、皆が穿った傷が一部だけを残して塞がってゆく。
「……頭では理解していますが、何かこう、少し胸がざわつくな」
 次々と雷壁を展開しつつ、琴の映す応援動画から回復した椿に目をやった朱砂が呟くと、
「けど、守れるものがあるあたし達は強いぜ? だろ?」
 シュリアがそう言って朱砂ぬ八重歯を見せ、鈴都の詩により降り注いだ迅雷に撃たれる椿に、Bloody Maryを振り抜いた。

 味方が穿った傷を味方が回復する。
 不条理とも言える我慢比べの様な戦いも早何合打ち合っただろうか?
「……椿であっても祟る祟る祟る祟祟祟祟……蝕影鬼、二重に祟り往くぞ」
 蝕影鬼が掌を向けると椿がビクンと動きを止め、そこに舞ったイミナが呪怨を籠めた蹴りを見舞って椿の葉を散らし、アルヴァと勇がそれに続くが、次の瞬間、椿の周りの地面が一気に崩れて仕寄った者達を巻き込んだ。
「なかなか小賢しい事してくれるじゃねぇの。琴、回復を!」
 その様に伏し目がちな灰色の瞳を向けた鈴都は、無表情のまま相棒のテレビウムに指示を飛ばすと、御業を以って椿を掴み、その隙にイアニスとシュリアが崩れた地面から這い出す。
「……祟るのはワタシの特権だ、お前のはたちどころに霧散させる」
 這い出す者達を追う様に伸びる椿の根の前にイミナが紙兵を撒くと、根はその紙兵に絡み付いて破き、エリィの掃射するガトリング弾が爆ぜる間に、朱砂が雷壁を展開し防備を固める。
「――詠い紡ぐは呪詛なるもの」
 片目を押え黒翼を広げた鈴都が地面を踏むと鈴の音が響き、降り注ぐ迅雷が椿を穿ち、体制を立て直した仲間達が、シアの回復により傷の塞がった椿に次々と攻撃を見舞う。
「―爺さん、もう少しだけ耐えててくれよ」
「……弔うように祟る。祟る。祟る祟る祟る祟る祟る祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟……封ジ、葬レ……!」
 鈴都は味方の回復を続ける琴から椿に視線を戻し、樹皮の間から覗く老人の顔を見つけて言の葉に願を乗せ、イミナは最大限の呪詛を籠めて椿の根本に呪力を込めた杭を叩き込んだ。

「かなり動きは緩慢になってきたけど……」
 のたうつエリィが激しいスピンで轢き潰した根の先が動きを止めたのを見て、2本のナイフを逆手に構えたまま勇が瞳を細める。足止めや麻痺に捕縛と、その動きを阻害する各種バッドステータスが椿の身を蝕むも、未だその蠢動は止まず、今もアルヴァ目掛けて椿の花から光線を飛ばし、朱砂の展開した雷壁を霧散させている。
「けど、治りきらない傷も増えてきましたわ。もう少しですわね」
 椿を回復し続けてきたシアの顔に笑みがこぼれるも、
「反対に過剰ダメージを与えて爺さんの命を失わない様にしないとな」
 と、絶空斬を放ったイアニスがその口を一文字に結ぶ。
 椿の周りには斬り落とされた枝や根、散った赤い花びらが散乱しており、大きく裂けたその幹の間からは、件の老人が眠っているかの様な顔を覗かせている。
 攻撃を仕掛けようとした鈴都は、身を捩った椿のせいで老人の顔に攻撃しそうになり、慌てて跳び退いていた。
「っと、まだまだ暴れ足りないみたいだねー。じゃあサクサクと削ってやるとしますか」
 椿が蠢動すると地面が崩れ、イミナが展開していた紙兵達が巻き込まれるのを見たイアニスは、番えた矢にグラビティ・チェインを乗せると、老人の顔を避けての幹を撃ち抜き、
「私が裂いたら回復お願いだよ」
「了解ですわ」
 声を掛けて駆け出した勇が、蝕影鬼を縛る蔓を裂き、そのまま体を回転させて椿に幹に刃を突き立てると、次ぐにシアの回復が椿に飛ぶ。
 最早勝敗は覆りようも無いが、それ故にケルベロス達は慎重に事を進めていた。


「恩を仇で返しますの?」
 回復を施したシアの翼が光線に撃ち抜かれ、唇を尖らせながら落下したシアを、エンジン音を響かせたエリィが落下点に入って回収し、琴がシアの回復を図る。
「恩を仇で返す輩は祟る……祟る祟る祟る祟祟祟祟祟祟祟……返さなくとも祟る……」
「ほんと悪い子だね。お仕置きだよ!」
 直ぐに蝕影鬼が金縛りで椿を縛ると、五寸釘を指の間に挟んだイミナの拳と、電撃を刃に纏わせた勇の一閃が叩き込まれ、全体に電流が炸裂して椿は葉と花を散らせ、覗く老人の眉が苦悶に歪む。
「っと、危ない!」
 過剰ダメージになりそうと判断した鈴都が、脚の鈴を鳴らして椿に光の盾を飛ばすと、椿の花が開き、光線を撃ち放った。
「どこを狙ってやがるクソ野郎ッ!」
 その光線が誰も居ない場所を撃つのを見たアルヴァが、ギリッと奥歯を噛んで踏み込むと、その拳を叩き付け、老人の顔が覗く幹の裂け目に指を掛ける。
「手伝うぞ。……ショーの始まりだ! ……あたしと遊ぼうぜ」
「さっさと……解放しやがれってんだ。このクソヤロウ!」
 腕に焔を纏わせたシュリアがその腕を叩き込み、炎に燻る椿の裂け目……アルヴァと逆側に指を掛けると、二の腕が膨らみ力を込めるアルヴァと共に樹皮を左右に裂こうとするが、2人に次々と椿の蔓と根が襲い掛かって来る。
「最後の悪足掻きだな。させない……」
 樹霊の外套を翻しくせっ毛を揺らした朱砂が、2人を攻撃するあまり無防備になった二人の間……老人をかすめるギリギリのライン目掛けて斧を振り下ろし樹皮を裂いた。
「やるねぇ。2人の回復を! 爺さんは任せて」
 そこに赤いマフラーを棚引かせたイアニス。
 朱砂にそう告げると、朱砂が裂いた事でシュリアとアルヴァによって胸元まで露わになった老人の両脇の下越しに腕を突っ込み、纏った攻性植物を蔓触手形態にさせ椿を内部から押し広げると、一気に老人の体を引き抜いた。
 エリィがその間に割って入り、椿に向かって弾丸を掃射し、
「回復しますわ」
 下がったイアニスが下ろした老人に、シアがウィッチオペレーションを施し、琴も回復に加わると、
「もう遠慮はいらねぇぜ」
 鈴都が鈴の音を響かせて駆け、他の仲間達も一斉に椿へと攻撃を仕掛ける。
 次々と仕寄るケルベロス達に対し、地面を崩そうとしたのだろうが、麻痺の影響でその身を震わせるだけに終わる椿。
 重ね掛けられたバッドステータスの影響もある上、宿主にして人質であった老人をも失った椿の攻性植物に、その波状攻撃に抵抗する術は残っていなかった。黒翼で宙を舞った鈴都の蹴りに続き、
「出番の終わった演者は、速やかに退出して頂かないといけないんだぜ?」
 イアニスの放つ一矢が、先程鈴都の回復によって椿に付いた光の盾を撃ち砕き、蝕影鬼の飛ばす砂礫が次々と椿を穿つと、疾駆するエリィを掴みその加速を得た勇が腕を離し、掃射された弾丸と共にエアシューズで砂煙を上げながら一気に迫り、
「悪いけど、じっとしててね」
 勇は雷撃を纏わせた刃を一閃して斬り抜けた。その一閃で断面の焦げた枝を落とす椿に、十字を描く様にBloody Maryを振り抜いたのはシュリア。
「あなたが爺さんから奪ったもの、返してもらうぜ」
 ドレインにより生命力を奪ったシュリアが、微笑を浮かべて跳び退いた。
「仕留めるぞイミナ」
「いま、ワタシに命令したのか? ……絶対に祟るから」
 朱砂の言葉にそう返すイミナだったが、朱砂は仕方ないなぁという態度で、椿の死角から斬撃を繰り出すと、間髪入れずイミナが呪力を込めた杭を叩き込んだ。その連携のとれた波状攻撃に断末魔を上げる様に震える椿に、一閃。
「なに、一つあれば事足りるってね。あばよ、クソ野郎」
 斬霊刀『夕星』を鞘に納めるアルヴァの後ろで、椿の攻性植物は全ての花と葉を散らして動かなくなったのだった。

「どう? 大丈夫そうかい?」
「命には別条ないですが、ゆっくり休ませてあげた方がいいですわね」
 覗き込む勇に、老人を膝枕したシアが答え、
「では休めるところまで連れて行こう。後で合流するから椿園の方のヒールは任せたー」
 イアニスが老人を抱きかかえ、シアと一緒に公園の事務局へと移動する。
「じゃあ、イアニスとシアが戻ってくるまでヒールに励もうぜ」
「よし……せっかくなのだ、ヒール終わったら椿園だけではなく観光とかしていくぞ朱砂。……来ないと祟る……」
 鈴都が振り返ると、イミナが朱砂に視線を向ける。
「ほらほら、祟る前にヒールヒール」
 慣れているのかさらっと流して、イミナを追い立てる朱砂。その背中を見ながら、
「ったく、クソ野郎ごと爺さんを斬るハメにならなくて良かったぜ」
「まぁ、危ないところもなかったし上出来じゃねぇの?」
 投げ寄こされた缶コーヒーを口に運ぶアルヴァに、そういって歯を見せるシュリアが紫煙を棚引かせる。
 ヒールを終えたケルベロス達は、2人が戻ってくるのを待ち、静寂の戻った椿園を堪能したのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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