幻想切符 地上発星空ゆき

作者:藍鳶カナン

●幻想切符
 焦がれるような憧憬。
 居ても立っても居られなくなるような旅心。
 幻想切符の存在を知ってそれを手に入れたなら、青年の胸の裡はどうしようもないほどの憧憬と旅心に満たされた。
 彼の手にあるのは美しい幻想画。
 潤むように優しい春の夜空には満天に星が輝いて、原野に取り残された誰もいない廃駅の留守役めいた桜の古木から散る花を風が舞い上げ――星と花に彩られた夜空からは、月より星の金色に輝く蒸気機関車がやってくる。
 それは幻想画を得意とするグラフィックデザイナーが遊びで描いた絵だった。
 遊びで描いて、遊びで切符のようにデザインして、誰でもプリント自由とネット配信したもの。いつのまにか幻想切符と呼ばれるようになったそれは、いつのまにかモデルとなった場所も知られるようになり、いつのまにか不思議な噂を生みだした。
「春の夜、印刷した幻想切符を持ってモデルになった廃駅で待っていれば、星空から金色の蒸気機関車がやって来て、星々をめぐる天上の旅へ連れていってくれる――か」
 早く来ないかな。
 そう呟いた青年が星空を見上げる地は、もちろん幻想切符のモデルとされた廃駅だ。
「幻想切符を手にした客は殺されて、その魂だけが星々をめぐる天上の旅へと連れていってもらえるって言うけれど……けれど、それでも」
 焦がれるような憧憬。
 居ても立っても居られなくなるような旅心。
 胸に満ちて溢れそうなそれらをどうしようもなくて、瞬きも呼吸も忘れて星空に見入った彼の心臓を、
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 パッチワーク第五の魔女・アウゲイアスの鍵が貫いた。
 遠く近く、星空へ響く汽笛は奪われた『興味』から生まれた金色の蒸気機関車のもの。
 新たなるドリームイーターの、産声の音。

●地上発星空ゆき
「はい。プリントしてきたよ、幻想切符」
「わあ……! ありがとなのじゃ、遥夏あにさま!」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)がヘリポートにつどったケルベロス達へと件の切符を配れば、その一枚を受け取った保村・綾(真宵仔・e26916)が瞳を輝かせた。
 幻想切符の噂を知った時にはこれが事件を招くのではと危惧した綾だけど、
『地上発星空ゆき 1号車 1A』
 流麗なフォントでそう綴られた美しい切符を手にすればやはり心が踊る。
 興味津々で覗き込む真っ白なウイングキャットに「素敵じゃよね、かかさま」と囁いて、綾は事件の予知を語ったヘリオライダーの話の続きに耳を傾けた。
 魔女はもう姿を消しているが、『興味』を奪われた青年は意識を失ったまま。
 彼の『興味』から生みだされた金色の蒸気機関車のドリームイーターを放置すればいずれ事件を起こすだろうが、幻想切符の配信停止は手配済みで、現場近郊には避難勧告済み。
「綾さんが報せてくれたおかげでさくっと予知ができたからね。今から向かえば他に被害が出ないうちにそのドリームイーターと戦える。幻想切符を持ってれば敵がやって来るから、あなた達に撃破をお願いしたいんだ」
「そのきかんしゃのドリームイーターを倒せば、『興味』をうばわれたあにさまもちゃんと目を覚ますのじゃよね? もちろんがんばるのじゃ!」

 潤むように優しい春の夜空には満天に星が輝いて、原野に取り残された誰もいない廃駅の留守役めいた桜の古木から散る花を風が舞い上げ――星と花に彩られた夜空からは、月より星の金色に輝く蒸気機関車がやってくる。
 幻想切符のモデルになった地に、青年が幻想切符で思い描いた蒸気機関車そのものの敵が現れるわけだから、この幻想画そのものの情景の中で戦うことになる。
「きっと見惚れてしまうような情景だろうけど、噂通り敵はあなた達を殺す気でくるから、油断しないで。切符を持っていないひとがいても攻撃対象から外れることはないと思う」
 金色の蒸気機関車はあくまでドリームイーター。
 一人でも幻想切符を持つ者がいれば現れて、その場にいる者を全て殺そうとするだろう。
 時には轢き潰そうとし、時には魔法の汽笛を響かせ、時には豪華な客車の扉を開き、客を客車の中――つまりドリームイーターの体内へ誘い込み、その生命力を喰らおうとする。
「かなり護りが固いみたいだから、ポジションはディフェンダーだね。それに豪華な客車に相手を誘い込む技が特に凄まじい威力を持っている上に、ドレインで回復されると来てる。結構厄介な敵だと思うけど……あなた達なら必ず撃破してきてくれる。そうだよね?」
 挑むような笑みに確たる信を乗せて、遥夏がケルベロス達を見回せば、負けないのじゃと黒猫の少女が小さな拳をきゅっと握った。
「あにさまもあねさまも、かかさまも一緒じゃもの。ね?」
 頼もしい仲間をひとりひとり見た綾がそう笑んだなら、白い翼猫が同意するようみゃあと鳴く。
 幻想切符を手に、さあ行こう。
 星々をめぐる天上の旅へ連れて行ってもらうわけにはいかないけれど。
 春の星空からやってくる、金色の蒸気機関車に逢いに。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)
海野・元隆(海刀・e04312)
セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)
愛葉・ナガレ(眠り星・e15470)
フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)
保村・綾(真宵仔・e26916)

■リプレイ

●幻想切符
 星が滴り落ちてきそうな夜だった。
 潤むような春の夜空には金の飛沫めいて瞬く星々。ひとの営みのない原野に取り残された廃駅でそれらを仰ぎ見るだけでも趣深いというのに、穏やかな水の流れにも似た夜風が桜の古木から花を浚って夜空へ舞い上げる。
 息を呑んだ。
 桜舞う彼方の夜空、金の星ひとつが大きくなったと見えた刹那、遠く遥かに汽笛を響かせ星空から金色の蒸気機関車が降りてくる。レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は思わず目を奪われ、保村・綾(真宵仔・e26916)は幻想切符を強く握りしめたが、それらも一瞬のこと。
「来るぜ、すぐに」
 眉間の皺を深めた眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)の声を掻き消す勢いで汽笛を鳴らし、煙突から星屑を噴き上げた機関車が滑り込んでくると同時、レーグルと綾は前衛へ襲い来た汽笛から仲間を護る盾となった。
「ったく、記念撮影する暇もくれないってのは野暮がすぎるぞ!」
「大丈夫、写真がなくても忘れないのじゃよ。――ぜったいに!」
 星空と機関車を背景に皆の写真を撮りたかったんだがな、と楽しげに嘯いた海野・元隆(海刀・e04312)が竜の槌を咆哮させれば確実に機関車を捉えた竜砲弾が金の先輪を砕き、高速演算に導かれるまま跳ねるように駆けた綾が炭水車を穿てば、水でも石炭でもなく煌く星屑が溢れだす。輝く蒸気機関車が煙突からも脇からも星をまく。
「確かにの。某もきっと、生涯忘れ得ぬよ。……いざ、参る!!」
 美しきひとの夢への憧憬、旅路に生きた日々への懐旧。切なくも愛おしいそれらを胸奥に秘め、セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)は桜花とともに夜風に舞った。流れる翡翠の星となった彼女が的確な狙いで重力を撃ち込む先は機関車の運転室、散り零れる破片も金に煌く様にフィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)は瞳を細め、
「写真撮ってる暇がないのが本当に惜しいのですよ。――ナガレさん、行けますですか?」
「問題ないよ、前衛は任せて」
 愛葉・ナガレ(眠り星・e15470)がそう応えると同時、戦乙女は彼女と己を含む後衛陣へ加護の雷光を織り上げる。輝きの中でナガレが揮うのもまた雷の杖、
「どんなに長引いたって、ぜんぶ癒してあげる」
 ――行っておいで。
「ええ、頼りにしてる。行ってくるわ!」
 軽く地を打った途端に前衛陣の足元から癒し手の浄化を重ねた雷壁が噴き上がれば、その裡から鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)が迷わず跳んだ。
 星と花に彩られた夜空からやってきた金色の蒸気機関車。
 誰かが、誰かたちが恋い焦がれた憧憬ごと握りしめた幻想切符。一号車の窓際席はきっと眺めも格別だろうけど、乗るわけにはいかないから。
 星渡る靴から火の粉の煌き零して、纏が炎の襲撃を閃かせれば、雷壁の輝きに照らされた機関車の前照灯が燃え上がった。
 ――ああ。
 籠もっていた家の外に広がる世界は、なんて、綺麗。
 だが惜しむらくは、この機関車がドリームイーターであることだ。
 魂だけでも天上の旅へと焦がれる『興味』。魔女が奪ったそれから生まれた敵を見据え、
「純粋すぎる心を利用するなんざ、やはり下衆の所業だな」
 地獄の炎で己が力を引き上げた弘幸が言い切れば、彼が攻勢に移るよりも速く短い汽笛を鳴らした機関車が突っ込んできたが、長身の弘幸より更に大きな影が彼の前に立ち塞がる。
「させぬ! 惜しむ気持ちもないではないが、その旅路、此処で終わらせてみせようぞ!」
「だな。随分叩きのめし甲斐のあるナリしてるが、テメーの旅はここが終点だ」
 輝く機関車、重厚なその突撃を自身が展開した守護魔法陣とともに受けとめたレーグルが地獄の炎を噴き上げた鉄塊剣を叩き込むが、敵は再度の吶喊でそれを相殺、炎と金の輝きが盛大に爆ぜた瞬間、それを目眩しにするよう跳び込んだ弘幸が電光石火の蹴撃で敵の外装を貫いた。
「フィアルリィン、レーグルは任せていいかな? 僕は耐性を重ねていくから」
「お任せくださいですよ、ばっちり癒してみせますです!」
 爆ぜ散る火花に毀れる破片、そのすべてが煌く星屑めくから、ナガレは強く惹かれる心を抑えて前に立つ仲間へ丹念に雷の加護を織り重ねていく。人身事故は御法度ですよと悪戯に機関車へ紡いだフィアルリィンが撃ち込む電撃はレーグルを癒しその力も高め、光を零す。
 遥か空まで響く汽笛に、小気味よいリズムを刻む蒸気音。
 戦いに散る煌きすら星屑を思わせ、何処かへ連れていってくれそうな予感が胸を焦がす。
 幻想切符を手にした時の胸の高鳴りは変わらず綾の中にあるけれど、
「乗らないのじゃよ。わらわも、みんなも」
 傍らのウイングキャットが月の輪を放つのに勇気づけられる心地で、黒猫の少女は憧憬を断ち切るようにナイフを揮った。
 まだ乗れない。
 ――たとえどんなに、居ても立っても居られなくなったとしても。

●幻想列車
 星空から廃駅へとやってきた金色の蒸気機関車は、いつしか錆びたレールを外れて原野を大きく駆けて、悠然と旋回しながら遠く近く響く汽笛や重厚な突撃で襲い来る。
 対する此方側はその多くが精鋭陣、狙撃手達が足止めを重ねれば比較的早い段階で命中は安定したが、敵の護りは固く然したる弱点も見当たらないと来れば、ここからが本番だ。
 星屑の煙を吐いて駆ける機関車が不意に停まり、ひときわ豪奢に輝く客車の扉を開く。
 眩く溢れくる光の奥にはゆったりと寛げそうなシートが並び、大きな車窓には星々を往く天上の景色が流れ――。
「星の海へ誘ってくれるのは嬉しいんだが、渡るのは天の川じゃなく三途の川らしいしな」
 銘酒を揃えたバーカウンターすらも元隆には見えた気がしたが、防具耐性に護られた彼は誘惑の魔法をいなして笑みひとつ。瞬時に一点へ集中させた意識で客車の扉を爆破すれば、爆煙に紛れて跳躍したセツリュウが星彩連なる槍に宿した稲妻でその屋根を貫いた。
 音だけの汽笛、蒸気音。
 煙突から星屑を吹かし再び駆けだした機関車を穿つのは纏が放った時をも凍らす弾丸、
「ほんと困っちゃうわね、旅の御誘いが魅力的で!」
「うむ、さぞや見応えのある旅になるのであろうな。これが本物であるならば」
 心のままに窓際席へ座れたなら、と馳せる想いのままに駆け、けれどレーグルは刃の如き蹴撃で纏の氷ごと金色の車体を抉る。炎で氷で、流れるような連携攻撃で敵の命を削って、星と花に彩られた夜空のもとを皆で駆ける。
「悪くないな。思ったより楽しませてくれるじゃねぇか」
 勢いよく反転してきた金色の蒸気機関車、後衛狙いの汽笛が魔法を帯びて鳴り響いたが、対処は護り手と癒し手に任せて弘幸は、攻撃手たる絶大な力を指先に凝らせ真っ向から敵を迎え撃った。
 指の突きひとつで彼が機関車を抑えた一瞬の隙に重ねられる仲間達の攻勢。魔法の汽笛を阻んでくれた護り手達へフィアルリィンが雷壁の癒しを織り上げれば、ナガレは星空へ手を伸ばす。恋うよう仰いだのは僅か一瞬、続いて降らしめるのは流星雨めく癒しの雨。
「ただ聴いてるだけなら結構いいんだけどね、この汽笛」
「何やら懐かしい気持ちにさせてくれる音だしの」
 癒しと浄化が足を軽くしてくれる様に感謝致すと笑んで、セツリュウは音なく迸る水流の如く馳せた。輝く機関車の懐へ跳び込むと同時、
 ――天よ照覧あれ、我、命奪う『番犬』なり。
 戴くぞ、と金の双眸に剣呑な輝き燈して奔流の如き爪撃を揮う。舞い散るは雪柳を思わす白花と血の華ならぬ金の破片とモザイクの欠片。次の瞬間、痛撃を浴びた機関車が発車し、彼女の前に客車が滑り込んできた。
 客車から眩く溢れくるのは光だけでなく、旅立ちの期待に浮き立つ車内の空気。
 賑わいのなかに亡き家族の声が聴こえた気がして胸が詰まる。汽車の旅にはしゃぐ幼子の声が聴こえた気がして心を掴まれる。防具耐性の援けはあれども、頑健と敏捷を得手とするゆえか理力の魔法には抗いきれず、視界が潤めば知らず足が進んだ。
 天までゆけるなら。
 ――胎で亡くした、あの子にも。
「セツリュウあねさま、待って……!!」
 だが渾身の力で跳んだ綾が抱きつく勢いで彼女を護った。翡翠の竜に代わり黒猫の少女が客車に呑み込まれる。中では窓際席に誰かが座っていた。逆光ではっきり姿は見えないのに涼しげな眼差しの女性と解る。彼女がその膝に迎えてくれる気がして、ぎゅっと抱きしめてくれる気がして。
 少女はそのまま、客車に喰われた。
 ――けれど。
『みゃあ!』
「かかさま……!!」
 白き翼猫が鋭く鳴いた途端、喰らい尽される寸前だった黒猫の少女が転がり落ちてくる。そこは先程元隆に扉を爆破されたままの閉じられぬ出入口。輝く右手の戦籠手で間髪容れずそれを掴んだ弘幸が声を張る。
「やってくれるぜ……今のうちに彼女を頼む」
「お任せだよ。アヤ、しっかり!」
 そのまま渾身の力で容赦なく客車を殴打する左の戦籠手。追撃の轟音が響く中、魔導書の頁を風に躍らせたナガレが禁じられた断章の詠唱を夜風に響かせ、癒しと強化の魔力を注ぎ込む。即座に少女の傍らに膝をついたフィアルリィンも白い指先に医の魔法を燈す。
「魔法手術もいきますですよ、綾さん!」
「あり、がと、なのじゃ、よ……」
 流れるような魔術切開、深い共鳴を引き出すショック打撃。けれどもメディック二人での強力な癒しでも足らず、
 ――我らが王よ、我らに尊き祝福を!
 黒猫の少女が召喚した猫の王様も癒しを降らせる様子に、我が敵の攻撃を惹きつけようとレーグルが声を上げた。護り手とはいえ、魔法耐性を持たず翼猫と力を分け合う彼女は再度客車に喰われれば耐えられまい。無論、反射的に彼女が庇ってしまう可能性はあるけれど。
「おう。万一お前さんが倒れるようなら、俺が前に出て壁になるさ」
「その御志だけ有難く頂戴いたす――と言える間に終わらせたいものであるな」
 機関車へ達人の技量冴え渡る斬撃を浴びせた元隆が不敵な笑みで応じたなら、レーグルも笑んで両腕から青白い地獄の炎を燃え上がらせる。それはまさに瞋恚の炎。
 両腕を、記憶を、愛しいものを奪われた彼の怒りが敵へも怒りを灼きつける。
 金に輝く敵へ青白い炎が叩き込まれたのに続き、セツリュウが神速の稲妻を手に馳せた。視界の端を掠めたのは黒猫の少女と白き翼猫。母娘の如く睦まじい姿が瞳の奥に熱を燈す。
「誰も行かせぬし……某もまだ、行けぬよ」
 風のように笑み、天へ誘う汽車を穿った。

●幻想車窓
 星の金色に輝く機関車が繰り返し客車へと誘う。
 頻度が増しているのは此方の絶え間ない攻勢に敵が疲弊している証。
 けれどそれゆえにか、誘惑の魔法もいっそう強く心を揺さぶってきた。
 大きな車窓に流れる景色は星の海、凛と煌く氷のリングを持つ惑星の傍を駆け抜ければ、星々の彼方には薔薇色の星雲が見えて纏の胸を震わせる。
 望めば個室にホテル並みの調度を揃えた寝台車にもなるだろう。ベッドは当然ふかふか、綺麗なバスルームには洒落たアメニティグッズも揃っていて。
 飛びきり魅惑的な旅のプラン。己の翼では届かぬ星々まで連れていってくれる。
 ――だけど。
「だめだよ。マトイを連れてくのは、僕だ」
 挑むようなナガレの声が響けば、今にも客車へ駆け出しそうだった纏の足が止まった。
「ええ。今はまだ、自力で飛べる範囲で満足しておくことにするわ」
 ――おいで、妖精。
 淑やかに笑んで本繻子のドレスの裾を摘まんで一礼、次の瞬間には光と群れ飛ぶ妖精達が客車へと襲いかかる。振り返ってゆるりほどけるように笑う。
「ね、星の君ならその目に宿す星で夢の世界へと導いてくれるのですもの!」
「もちろんだ。必ず君を連れていくよ」
 悪戯めいたその呼び名を案外気に入ってるだなんてきっと彼女は知らなくて。けれど態々言うまでもない気がしてナガレは、微笑みとともに魔導書の頁をまたも夜風に躍らせる。
 攻撃も回復もすべて理力グラビティの己では攻撃してもきっと見切られ躱される。
 ならば、いとおしい友へ、己の分まで、力を。
 客を喰らい損ねた機関車が発進するが、正面に回り込んだ元隆が真っ向から秘儀を放つ。
「おっと急発進は頂けないな。急停車にはご注意ください……って俺が言うのもなんだが」
 解き放たれたのは海の秘儀。
 星空のもとに広がる原野に突如現れたのは巨大な幽霊船、金色に輝く蒸気機関車と青白い灯火を燈す幽霊船が正面から激突する様は、
「一大スペクタクルだな。映画でもなかなかお目にかかれんぞ、こんなシーン」
「ほんとですね、旅立つ前から見所いっぱいなのですよ!」
 正確無比な狙いで叩きつけられた衝撃に機関車がひしゃげる様に楽しげに口の端を擡げ、後退した敵へと一気に距離を殺した弘幸も世界で唯ひとり彼だけが揮える技を繰り出した。金の車体をひときわ眩く照らしだす地獄の業火、左脚にそれを纏って零距離から打ち込んだ渾身の蹴撃が機関車から客車まで揺るがせば、フィアルリィンも己が掌から顕現させた幻影竜の炎で機関車を灼熱の輝きに呑み込んでいく。
 戦乙女たる彼女は地球を愛してまだひととせ。
 汽車に乗った経験は勿論なくて、だからこそ敵が誘う天上の旅に惹かれはするけれど。
「まことの幸いも素晴らしき光景も、皆この地上にあるということかの」
 春の夜に鮮やかに燃え立つ炎の輝きに双眸を細めて、セツリュウも幾度目かの白花と金やモザイクの破片の華を機関車に咲かせに馳せた。ひときわ激しく星屑の煙を噴き上げた敵が突撃する先はレーグル、怒りのままに襲い来た激しい衝撃を真っ向から受けとめ、
「まことに、まことに良き夜であるな!」
 鉄塊剣に噴き上げた地獄の炎で王者の角の先まで照らされた竜族の戦士は、胸を震わせる感慨のままに巨大な剣を叩きつけた。
 金色の蒸気機関車の正面の大きな円形、煙室扉が砕け散る。
 降りしきる金の破片と火の粉の煌きはやはり星に似て、迷わずそこへ跳び込んだ綾の胸に憧憬を募らせた。星をめぐる天上の旅、焦がれる心はとめられないけれど。
「貴方を天へとはもういかせない。星めぐりは、ここを終点にしてもらうのじゃ!」
 黒猫の少女が斬撃とともに迸らせた言葉に、淡く纏が笑んだ。
 心を閉ざしていた頃なら己は迷わず乗り込んでいただろう。
 けれどナガレが賦活してくれた力ごと両手に刃を握り、纏は逢瀬の終焉を舞う。
 幾度も閃く右手の銀の虹、最後には左手の黄金の毒花たる刃を突き立てて。
「――さよなら、あなた」
 興味たる夢から生まれた蒸気機関車のすべてをほどいて、世界に還した。

 星空を往く天上の旅が夢と消えても、焦がれる憧憬は残ったまま。
 まるで惹かれてやまない恋のよう。
 星の瞳を幻想切符に落とし、ナガレは限りなく優しく口づけひとつ。
 ――ほんとうは、僕も、きっと。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。