卵の一番旨い食べ方はちりめん状、異論は認めない!

作者:質種剰


 空き地。
「卵の一番旨い食べ方は、縮緬状にした汁物や雑炊であるッ!!」
 異形の翼生やしたビルシャナがその大きな嘴で捲し立てる教義は、メジャーな論争とマイナーな主張の入り混じる、全体的に地味な雰囲気のものだ。
「澄まし汁に程良い彩りを加え、そして食感は朧げながらも確かな食べ応えを与える、あの控えめな存在感……! これぞ卵の究極の調理法と言わずして何とする!」
 白身のふわふわつるつるした口当たり、熱が通っていながら固さを感じさせない黄身の旨さ!
「まさに縮緬状の卵の味に勝るもの無しッ!!」
「おお〜っ!」
 ビルシャナのやたら熱のこもった弁舌へ、信者達は感動したらしくぱちぱちと拍手している。
「更に、縮緬状故のメリットはもう一つある! 雑炊や卵粥にした際、風邪などで食欲の無い人でも食べられる、淡く優しい味わいという事だ!!」
 このビルシャナ、その名も『縮緬卵主義ビルシャナ』。
 卵料理は数あれど、縮緬状の卵に魅せられて地味かつマニアックな教義を掲げた、かなりの変わり者と言えよう。


「要するに……過度に手をかけたり贅を尽くした料理よりも、男が求めるのはシンプルかつ優しく甘い柔らかさなのだろうな……卵でもそれ以外でも」
「どこ見て仰ってるでありますか蒼眞殿」
「……いや、正直言って、縮緬状の卵雑炊に対しての感想というのも、なかなか思いつかなくてな……胃に優しいとは思うが」
 日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)が悪びれずに視線を、小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)の巨乳から逸らす。
 『縮緬卵主義ビルシャナ』の存在を突き止められたのは、彼の調査によるところが大きい。
「まぁそんな訳で縮緬状の卵に魅せられたビルシャナ化した人間が、一般人を集めて配下にしようと目論んでるでありますよ」
 完全にビルシャナ化した元人間以外にも、彼の主張に賛同している一般人10人が教義を真剣に聞いているようだ。
「彼らはまだ配下になってはいませんので、説得によって正気を取り戻させることが可能であります」
 つまり、縮緬卵主義ビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある説得を行えば、戦わずして配下を無力化する事ができるかもしれない。
「もし配下になった一般人がいる場合は、ビルシャナを倒すまで戦闘に参加し、皆さんへ襲いかかるであります。ですが、ビルシャナさえ倒せば、元の一般人に戻りますので、救出は可能であります」
 しかし、配下が多い状態で戦いが始まれば、それだけ不利になる為気をつけて欲しい。
 また、ビルシャナより先に配下を倒してしまうと、往々にして命を落とすのへも注意。
「皆さんに倒して頂きたい敵は、縮緬卵主義ビルシャナ1人のみであります。ビルシャナ閃光とビルシャナ経文で攻撃してくるでありますよ」
 理力に満ちた破魔の光である閃光は、複数の相手にプレッシャーをもたらす可能性を秘めた遠距離攻撃。
 また、敏捷性が活きた謎の経文は、遠くの相手を催眠にかける事もある単体攻撃だ。
「10人の信者の方々は1人用の土鍋を武器代わりに投げつけてきますが、皆さんなら敵ではありませんでしょう。複数人に当たる近距離攻撃であります」
 今回は、ひと気のない空き地で信者達へ向かって演説している縮緬卵主義ビルシャナのところに、真っ直ぐ乗り込み説得と戦闘を仕掛ける形になる。
「教義を聞いている方々は、縮緬卵主義ビルシャナの影響を受けているため、理屈だけでは説得することができませんでしょう。重要なのはインパクトでありますから、何か斬新な論理や演出をお考えになった方が宜しいかと」
 今回ならば、『縮緬卵以外の卵料理』がいかに素晴らしく美味しいかや、縮緬卵以外の卵料理を食べる事によって得られるメリットの数々を伝えられるかにかかっている。
「卵の調理法やお料理は、ほんとに沢山ありますからね~。かけらは目玉焼きや半熟卵、卵かけご飯が好きでありますが……ああ、ふわふわのオムレツも捨て難い、カルボナーラのソースも卵だし……皆さんも色々考えてみてくださいませ~♪」
 かけらはそう言って、ケルベロス達へぺこりと頭を下げた。
「それでは、縮緬卵主義ビルシャナの討伐、宜しくお願い致します〜」


参加者
クローチェ・テンナンバー(キープアライブ・e00890)
パティ・ポップ(溝鼠行進曲・e11320)
ロザリア・レノワール(黒き稲妻・e11689)
伊・捌号(行九・e18390)
古牧・玉穂(残雪・e19990)
レヴィア・リヴァイア(海星の守護龍・e30000)
猫夜敷・愛楽礼(吼える詩声・e31454)
寺井・聖星樹(爛漫カーネリアン・e34840)

■リプレイ


 空き地。
「卵は縮緬状にして食べるのが一番旨いッ!」
 縮緬卵主義ビルシャナと信者達が盛り上がっている最中、ケルベロス達は降り立った。
「ごきげんよう、美味しい卵の食べ方のご提案をしにやって来ました」
 まず、古牧・玉穂(残雪・e19990)が、両手でスカートの左右の裾を掴み、上品にお辞儀する。
 豊かな黒髪と温かい茶色の瞳が清楚な、地球人の刀剣士。
 本人はどこにでもいる少女らしく振る舞いたいのだが、幼少からの放浪生活で少々ずれた部分がある。
 また、おしとやかな見た目に反して、なかなか雑な性格であるらしい。
(「ちりめん状……全くピンと来ないんですけど、どうしたらいいんでしょうか。ま、まあ卵はいろんな食べ方がありますものね」)
 そんな玉穂は堂々と挨拶する反面、内心では縮緬卵信仰に反発心どころかどんな感想も持てず、密かに困惑していた。
 だが、元よりノリの良い玉穂は、信者への説得でもテンションを自在にコントロールしてツッコミに挑む。
「そもそもちりめん状にする食べ方なんてマイナー過ぎて聞いたことありませんよ!」
 自分の感じた戸惑いをそのまま、信者の心を抉る口撃へ利用したのは、見事の一言に尽きる。
「と、いうかですよ? 本当にそれだけで我慢できるんですか?」
  胡乱そうに目を細めて信者達をじーっと見つめ、疑わしげに問い詰める玉穂。
「メジャーで激ウマな食べ方といったら、やっぱり卵かけご飯ですね、ほっかほかご飯に、新鮮な卵、醤油をちょぴっとだけの簡単で美味、最高です!」
 後は、卵かけご飯党の腕の見せ所とばかりに、その美味しさを簡潔ながら的確に語って、信者達へガンガン揺さぶりをかけた。
「縮緬卵ってマイナーなのか……」
「卵かけご飯……確かに手軽でめちゃくちゃ旨いよなぁ……!」
 縮緬卵の知名度の低さに打ち拉がれる者、卵かけご飯の味に思いを馳せる者と、彼らの反応も上々だ。
「私は魚卵が好きデス。真砂子に飛子、筋子、鱈子、キャビア。キャビアの茶漬けは最高デス」
 次いで、マイペースさを装って好物を語り出すのは、レヴィア・リヴァイア(海星の守護龍・e30000)。
 海の深みを思わせる藍色の髪と青い瞳を持つ、人派ドラゴニアンの美女。
 人前だと常に緊張する為、片言で丁寧語を喋っては他人へ健気に尽くす性質だそうな。
「筋子を解して、イクラの海鮮丼も好きデスネ」
 レヴィアが魚卵を好むのは、そもそも海へ大きな愛情を抱いているから、海へ住まう生物へも自然と心惹かれるのかもしれない。
 もっとも、地球と地球に住まう全てを好きな彼女ではあるが。
「……鶏卵デスか? 縮緬状と言えば名前通りにクレープデスよね。アレは美味しい物デス」
 いよいよ説得開始という段階で、縮緬状卵をクレープと誤解するレヴィア。
「違うし……」
 やはり縮緬卵を知らない人は沢山いるんだな、と信者が精神的ダメージを受けた。ナイスな勘違いである。
「デスが、ワタシは鶏卵は『生食派』デス。卵掛け御飯、美味しいデス」
 ともあれレヴィアは真摯に自説を主張。
「丼物に溶き卵を掛けたりも素敵デス。其れ等と比べてしまうと……」
 頑なな縮緬卵派の信者達を見て、わざとらしく首を横へ振り、やれやれと肩を竦めてみせた。
「ぐっ……確かに卵かけご飯や玉とじ丼は旨いけど」
「めっちゃ馬鹿にされてるのに、縮緬卵じゃ勝てる気がしねぇ」
 苛立つ信者へ、更に追い討ちをかけるレヴィア。
「其れと、『卵の一番旨い食べ方』なのに、味ではなく『ちりめん状』という形のみを推すのは何故デショウ」
「食感も味の要素として大事だろ……?」
「セメテ卵メインの料理を推して下されば納得も出来マシタが、……卵より御吸い物の方が好きなんじゃないデスカ?」
「…………」
 レヴィアに舌戦で叩きのめされ、もはやぐうの音も出ない信者達だった。
 その傍ら。
「縮緬卵ってなに?」
 寺井・聖星樹(爛漫カーネリアン・e34840)は縮緬卵を知らなかったらしく、ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)へ尋ねていた。
 赤いストレートのボブカットと大きな茶の瞳が可愛らしいレプリカントの少女。
 見た目がほぼ人間なのに加えて、スマホゲームや写真共有SNSアプリが趣味であり、スマホが手放せないという、いかにも今時の若者である。
「へー知らなかった、そんなのあるんだ」
 御年13歳の聖星樹なれば、さもありなんといったところか。
「知らないってことは『一番美味しい食べ方』としては魅力が薄いんじゃない?」
 だが、聖星樹も玉穂同様にしたたかで、早速信者への精神攻撃へ移る。
「ボクはねーオムライスが好き!」
 また、味の好みがお子様寄りなのを活かしてか、オムライスの魅力について説き始めた。
「とろとろの卵でケチャップの酸味をふわっとまろやかにするの」
 聖星樹は年相応の天真爛漫さを発揮しつつも、充分な表現力でオムライスの美味しさを伝える。
「とろとろの卵……」
「ケチャップの酸味をふわっとまろやかに……」
 どちらも、形こそ儚げに汁に泳いでいてもその実しっかり熱が通って身が固まってしまっている縮緬卵では、望むべくもない誘惑だ。
 信者達が羨ましそうな声になるのも当然といえよう。
「お肉も野菜もご飯も食べられて、栄養も偏らないよ!」
 更には、栄養バランスにまで言及する視野の広さまでもみせた聖星樹。
「卵雑炊は消化の良さを重視してるから悔しくなんか……いや、でも……」
 信者達の間にかなりの動揺を広げて、教義を捨てさせる為の足掛かりを作る傍ら。
「ガイバーンさんは好きな卵料理ある?」
 自分は大層無邪気に、ガイバーンと卵談義を楽しむのだった。
「わしは卵焼きが好きじゃのう。ほうれん草を入れてな」


「タメェゴゥ! デスヨ!」
 のっけからやたら高いテンションで声を張り上げるのは、クローチェ・テンナンバー(キープアライブ・e00890)。
「英語っぽく言ってミマシタケド、よく考えたらエッグデスネ」
 日々を面白おかしく生きているレプリカントで、遊ぶ事や食べる事、殊に甘いものが大好きだという。
「しかし本当にそれ以外の卵料理は食べないんデス? 卵は本当なんにだって使える無限の可能性を秘めた食材だというのに勿体ないデス!」
 クローチェは生来——もとい、心に目覚めてからのお喋り気質を存分に活かして、信者達を勢いに任せて煽り立てる。
「も、も、勿論!」
「縮緬卵の入った雑炊や吸い物さえあれば充分だ!」
「本当に? 今言質取りマシタヨ?」
 これぞ売り言葉に買い言葉。面白いぐらいに想像通りの反応を返す信者を見て、してやったりとニヤニヤ笑うクローチェ。
「ワタクシとしては卵ご飯も推したいところデスガ、いっそケーキとかカスタードなんかもイイデスネ!」
「なっ!!?」
 ケーキのスポンジには、大抵の場合、卵がふんだんに使われている。
 シュークリームやタルト、ドーナツのフレーバー等で独自の地位を占めるカスタードクリームも同様だ。
「アア、でもちりめん状以外の卵は食べないんデスヨネ? じゃあケーキも一生食べないんデスネー。勿体ない」
「ぐっ……」
 信者達はようやく悟った。この騒がしいレプリカントに嵌められたと。
「このカップケーキめっちゃおいしいデス!」
 そんな彼らの心境を当然察していて、クローチェは持参したカップケーキをぱくぱく食べる。
 信者の心境を逆撫でするかのように、焼き立てらしいケーキの詰まった箱からは、生地の良い匂いが漂ってくる。
「ああ、そういえば知ってイマスカ? から揚げとかも粉つける前に溶き卵にくぐらせると衣が厚くなってめっちゃうまいんデスヨ」
 信者達が悔しそうに歯噛みしているところへ、尚も美味しそうな卵料理の話をして、追撃をかけるクローチェ。
「ああ、でも、それも試せないんデスヨネ」
 残念デスネー。こんなにおいしいのに。
 信者達が縮緬卵しか食べないと言ったのを良い事に、彼らを精神的にどんどん追い詰めていく手腕は、まさに水際立っていた。
「くそぉ、ケーキも言われてみれば卵料理だよなぁ……」
「ケーキが食べられない人生か……縮緬卵信仰、やめようかな……」
 一方。
「とりあえず…………縮緬状の卵って言われてもぱっと出てこねーっすよね。わかりづれーっす」
 伊・捌号(行九・e18390)は、相変わらずの辛辣な物言いを武器に、縮緬卵信者達へと立ち向かう。
 艶々とした長い灰色の髪と、抜けるように白い肌が美しい、物静かな雰囲気のサキュバスの少女。
 世界の何処かに自分を救ってくれた神様が居ると信仰している為か、修道女のような服装を纏っていて、これが捌号の持つ神秘的な趣によく似合っていた。
 今はある人に貰った『伊九』という名前を好んで名乗っているという。
「あと卵は半熟の黄身を楽しんでなんぼっす」
 捌号は、ボクスドラゴンのエイトが頭上から見守る中、携帯用コンロにミニサイズのフライパンを乗せ、火を入れてバターを溶かす。
 そこへ卵を割り入れ極々短時間焼いて塩胡椒で味つけ、すぐにお皿へ移せば、半熟目玉焼きの完成だ。
「目玉焼きや温泉玉子の黄身をちゅるっと食べて、口の中に広がるとろとろの食感と味……これは縮緬状なんかじゃ味わえねーっすよ」
 自分でも、ともすれば皿へ流れ出そうな黄身をするすると完食、その旨さを詳細に伝える捌号。
「旨そうだな……」
 今までの縮緬卵知らない勢や卵かけご飯党、オムライス党による口撃の数々やカップケーキ攻撃によって心を抉られていた信者達が、思わず本音を洩らすと。
「しゃーないっすね。すぐ焼けるからそこに皿持って並ぶが良いっすよ」
 ふてぶてしい下っ端口調に内なる優しさを滲ませて、捌号は彼らの分まで半熟目玉焼きを焼いていくのだった。
 他方。
「卵のおいちー食べ方でちか?? あちし的には、ゆで卵の半熟がトロトロになっている状態なのが一番だと思うでち」
 ここで、縮緬卵以外の推し卵料理は第五勢力、トロトロ半熟ゆで卵派のパティ・ポップ(溝鼠行進曲・e11320)が登場する。
「他には玉子焼きも捨てがたいでち。だから、ビルシャナもいい加減にちてもらいたいでち」
 そう意気込むパティは、大きな耳と目、茶色いくせっ毛が印象的などぶネズミのウェアライダーだ。
「ともかくとちて、作り方は簡単でち、玉子を沸騰ちたお湯に入れて数分ちゅれば、立派なゆでたまごになるでち」
 説明と並行して片手鍋にお湯を沸かすと、そこへ卵を10個入れるパティ。
「でも、完熟より半熟卵を食べるほうがいいでち」
 トロトロ半熟ゆで卵を作るに必要な茹で時間は、6~7分。
 パティは手馴れた様子で鍋から卵を引き上げ、信者へ差し出した。
 ご丁寧に殻まで剥いてあるとなれば、信者も食べぬ訳にはいかない。
 最近人気の卵へ小さな穴を開ける器具を茹でる前に使っておけば、半熟卵でも綺麗に殻を剥く事ができる。
 塩の小瓶も笑顔で渡す。行き届いた気配りもまた、彼らを説得する為の細やかな努力であろう。
「へぇ、半熟卵も旨いもんだな」
「黄身がトロっとしてるのに温かいのが良いな」
 パティのトロトロ半熟ゆで卵にかける熱意が通じたのだろう、信者達はその黄身の蕩け具合と綺麗に剥かれた白身の食感に、驚きの声を上げていた。


 ケルベロスによる卵料理攻勢はまだまだ続く。
 猫夜敷・愛楽礼(吼える詩声・e31454)がゆで卵派として半熟卵の良さをプレゼンした直後、ヘリオンから落ちてきたのは蒼眞。
「縮緬状の卵って、結構難しいと思うんだけど……卵黄と卵白の撹拌が不十分だと上手くいかないし」
 蒼眞はむくりと起き上がるや、縮緬卵がいかに作りにくいかを事細かに語って。
「他にも卵の量を入れ過ぎたり熱を加え過ぎたりすると、ダマになったりやたらと大きくなって硬くなったりするし、そうなると見た目も食感もいまいちなんだよな……」
「ああ……確かに、鍋をずっと見ておかないといけないし、箸もこまめに動かさないと……今でも時々失敗するわ……」
 信者達の共感を誘って、縮緬卵がとっつきづらいような印象操作を図った。
 さて。
「卵は素晴らしい食材ですよね。生で良し、焼いてよし、梳いてよし。しかもお値段もお安い。主婦の強い味方です」
 ロザリア・レノワール(黒き稲妻・e11689)は、妙に気合いの入った様子で卵の完璧ぶりを説いている。
「そんな卵の素晴らしさを訴えるのは良いとして、食べ方を限定してしまうのは勿体ないです」
 至極尤もな苦言を呈する彼女は、腰まである蜂蜜色のロングヘアと赤い眼鏡の奥に煌めく碧眼が魅力的な、レプリカントの女性だ。
「もっと色々な食べ方を追求しましょうよ。卵の黄身をそのまま食べるとかもおいしいんですよ」
 卵の黄身をそのまま食べる。
 ロザリアの演説は、最初からインパクトのある例示から始まった。
 その斬新さに興味を持った信者達が、真剣に話を聞いている。
「そうだな。生卵をそのまま使う方が色々と楽だし失敗もないな」
 蒼眞もロザリアの意見に賛同、
「卵とじにするものでも、先に皿へ具材を乗せてから生卵をかければ、火加減を間違えて卵が固くなり過ぎないし、卵の味もよりしっかりと感じられるしな」
 生卵の調理のし易さを説いて、説得の後押しをした。
「生卵を後からかけるなら、黄身と白身を混ぜるだけじゃなく、白身は先に食べて黄身だけを具材に絡めるとか、好みや気分で食べ方を変えられるしな」
「ほほう……」
 生卵故の利便性に感心する信者達。
 掴みはバッチリだと手応えを感じながら、説得のキモである己が推し卵料理を繰り出すロザリア。
「黄身をそのままはハードルが高いのでしたら、少し熱を加えてはいかがでしょう。それにうってつけの料理がこちら、月見そばです!」
 予め近所のそば屋から出前して貰った月見そばを、ロザリアはにこやかに信者へ薦めるも、
「いいですか? 月見といえば、丼の中に黄身が浮かんでこそ。それなのに黄身を初めに潰しては、全く月見じゃないじゃないですか!」
「えっ!?」
 卵を割って早速箸をつけようとした彼らを制して、月見そばの正しい食べ方について論じ始めた。
「月見そばは最後まで黄身を残すことで、汁の熱さが卵に伝わり、白身が固まるのがいいんです」
 いわば、目玉焼きをお蕎麦と一緒に食べるようなものです——ロザリアの熱弁からは月見そばの卵に対しての確固たる拘りが感じられ、含蓄のある論理へと昇華している。
「な、なるほど……」
 論理の力強さと気迫に圧されて、信者達もずるずると蕎麦だけを啜っている。
「そして、最後につるりとお月様をいただき、黄身の甘みを味わう」
 蕎麦を食べ終えた汁に黄身が浮いているのを眺め、ロザリアは満足そうにそれを箸で器用に手繰り、宣言通りつるりと吸い込んだ。
「これぞ月見そばの極意ですよ!」
 もぐもぐと黄身を咀嚼して飲み込むや、勝利を確信したかのように言い切る。
「……うん、黄身と白身が半生で味わえる感じ、旨いな……」
「これなら縮緬卵みたいに失敗しないもんな……」
 すっかりロザリアに影響されて、月見そばへいたく感じ入る信者達。
「俺、これからは何憚る事なく卵かけご飯食うぞ!」
「俺もケーキや半熟目玉焼き食うわ!」
「俺は月見そば派に転向しよう……」
 ケルベロス達の説得の甲斐あって、10人中9人が縮緬卵信仰を捨て、正気に戻った。
「……縮緬卵の崇高さを理解できぬ愚民どもめが……!」
 後は、孤立しても尚上から目線のビルシャナをぶちのめせば任務終了だ。
「卵料理は手堅く目玉焼きがいいですね」
 にっこり微笑むロザリアは、周辺の大気から操った電子をプラズマ化。
 雷撃としてビルシャナへ容赦なくぶち当てた。
「はーい、どうせお一人様になってしまいましたし、鳥さんをちりめん状にしちゃいましょう」
 玉穂はリラックスした笑顔のまま、まるで散歩するかのような気負わぬ風情でビルシャナへ肉薄。
「みぞれも切れる私の剣なら、卵を切るのは容易いです、秘剣・霙切」
 無味無来による居合斬りを披露、挙動からは想像もつかない威力の斬撃を浴びせた。
 水精霊のチョコレートを齧りつつ、何やら祈りを捧げるのは捌号。
「聖なる聖なる聖なるかな………んじゃ、神威のお時間っすよ」
 しゅっと男の急所を蹴り上げるような仕草をする傍ら、エイトに味方を鼓舞する咆哮を上げさせ、前衛陣へ破邪の加護を与えた。
「あんたって、分かってないでちー!!」
 パティは不意をついて背後から飛びかかり、脳震盪を狙ってビルシャナの後頭部の付け根へ衝撃を見舞う。
「やっぱりビルシャナも卵産むの?」
 無邪気な眼で問いかけつつも、エアシューズへ摩擦で生んだ炎を纏わすのは聖星樹。
「はい、火力強くしまーす」
 即座に燃え盛る炎に覆われた激しい蹴りをぶちかまして、ビルシャナへ大火傷を負わせた。
「Loading“GLIDING”subsystem――! 行きまマスヨ! ハイパータックルデス!」
 最後は、機械の翼で超高速滑空したクローチェのタックルによって、遂にビルシャナへ引導を渡した。
「なんだか卵料理が食べたくなってきちゃいましたね」
「うーん、やっぱり、トロトロな卵はいいでち。分かってないビルシャナは退場でち」
 玉穂とパティが語り合う中、聖星樹は、手加減攻撃で運良く命を奪わずに済んだ元配下を介抱している。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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