花と復讐

作者:林雪

●熟年復讐者・誕生
 畜生、馬鹿にしやがって。一体誰が、お前たちを養ってきてやったと思っているんだ。
 薄暗い部屋の中で、初老の男は苦虫を噛み潰したような顔をして台の上に横たわっていた。
 男は、つい先日長年勤めあげた会社を定年で退職した。子供もとっくに自立し、妻とのふたり暮らしは味気なかったが、それでも定年後は旅行にでも連れて行こうなどと考えていた矢先。
 突然、長年連れ添ったはずの妻に離婚を切り出された。それだけでも腹立たしいのに、更に男を激昂させたのは、子供たちが妻の味方をしたことだ。畜生、何が今は自由な時代なんだから、だ。食わせてやった恩も忘れて……。
 そこに割り込んできたのは、竜技師アウルの声。
『喜びなさい、我が息子よ』
 顔に仮面をつけ、明らかに怪しい風体の男はもはや初老の長谷川を息子、などと呼んだ。
『お前に植え付けたドラゴン因子は、見事に適応したよ……だが残念ながらその力はまだ未完成だ。お前が完全にドラグナーの力に目覚めるには、その力を存分にふるって……人間を殺す必要がある。沢山、沢山殺すんだ。沢山の人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取れ。そうすれば……お前の力は完全なものとなる』
 自棄になって、この怪しげな仮面の実験とやらに同意した男には、この発言は実に魅力的だった。
 人間を、殺す必要がある。必要なら、殺さなきゃな。そうだ、どうせなら……この俺をバカにしたあいつらを、コロシテヤル。
 沢山、コロシテヤル……呟きながら起き上がった男の体は既にあちこちがウロコに覆われ、その姿は人ではないものになっていた。

●花と復讐
「桜はそろそろ終わりですが、これからは藤の綺麗な時期になりますの」
 安曇野・真白(霞月・e03308)がおっとりとそう言うと、ヘリオライダーの安齋・光弦がヘラリと表情を緩ませてから説明を引き受けた。
「狂気のドラグナー『竜技師アウル』がまた新たに人間を言いくるめて、ドラグナーを誕生させたみたいなんだ。ドラゴン因子で作ったドラグナーっていうのはまだ未完成な状態で、安定させるためには人間を殺して大量のグラビティ・チェインを得る必要がある。それと……このドラグナー、どうも熟年離婚を切り出されてヤケクソになってたところらしくて。復讐のためにあろうことか無差別の殺戮を始めようとしているんだ。絶対に許せないよ、ガツンと撃破してきて欲しい」
 真白が頷いて、ケルベロスたちに告げる。
「藤のとっても綺麗な庭園に、敵は現れますの」
 場所は栃木のとある庭園。大きな藤棚の下は人々の憩いのスペースになっており、花壇とベンチが並んでいる。長く垂れ下がった見事な藤を眺めながら昼食をとる家族連れなどで、園内はかなり賑わっている。
「出現するのはドラグナー一体。まずは一般のお客さんの無事を確保してから戦闘だね」
 敵は明らかに異形の姿をしており、姿を現わせば一般の人間なら間違いなく悲鳴を上げるだろう。
「でも、それ以前に見つけるに越したことはない。警戒した方が良さそうな場所は何か所かピックアップしておいたけど、家族連れを装って楽しそうにして誘き寄せるとか、色々工夫して警戒に当たってみて。ああ、今回出現するドラグナーはまだ未完成だからドラゴンに変身することはなさそう」
 首謀者である『竜技師アウル』の足取りは、残念ながら掴めていないが、まずはこの庭園での悲劇を防がねばならないだろう。
「残念ながら、ドラグナー化してしまったこの男の人を元に戻す方法はないんだ。でも自分が家族から見捨てられた気持ちだからって、無差別殺人なんて罪を重ねさせたらもっと気の毒だ」
「これ以上理不尽が増えないように、頑張らなくては……ね、銀華」


参加者
福富・ユタカ(殉花・e00109)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
萃・楼芳(枯れ井戸・e01298)
安曇野・真白(霞月・e03308)
スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
黄瀬・星太(火風・e28582)

■リプレイ

●家族の肖像?
 その日の栃木はよく晴れており、庭園内の藤棚の下は例年通りの賑わいを見せていた。訪れているのは、やはり家族連れが多い。
 ケルベロスたちは自らが囮になるべくグループに分かれ、今回のターゲットである『家族連れ』を装っている。ところだった。
 景観にも工夫を凝らした庭園には、巨大な岩を用いたオブジェが置いてある。子供らが走り回る様子や、敵が隠れる陰になりそうな場所に気を配りつつ、萃・楼芳(枯れ井戸・e01298)が口を開いた。
「よ、よし。それでは……話そう。庭園の感想、からが、いいか」
 楼芳が緊張気味の面持ちでそう振ると、シトリンの瞳で藤に魅入っていた福富・ユタカ(殉花・e00109)がはたと我に返り、黄瀬・星太(火風・e28582)へと会話をトスした。
「そ。そうでござるな、まこと、綺麗な藤でござる……。花見と言えば桜でござるが。藤も中々……所で、今日の晩御飯て何?」
「庭園綺麗だったね。家でもやってみたいけど、手入れが難しそう……えっ? 夕食、夕食は焼き肉がいい、なぁ」
 三人、明らかに会話がギクシャクである。絵に描いたような家族、と言われても各々境遇が複雑で、ピンと来ない部分も多い。
「……よくわからんな、家族連れが何を話すのか」
 楼芳が率直にそう言えば、ユタカもあっけらかんと答える。
「拙者も正直わからんでござー。なれど、もしや家族というのはそういうものなのではありますまいか?」
「……」
「特に何も話すことがなくとも、テキトーに一緒にいられるのがこれ家族、みたいなー」
 ユタカが軽い調子で続ける言葉を、無言で聞いていた星太が口を開いた。
「今回のドラグナーは、そこを見失った、のかも知れないですね……」
 家族、という形にこだわるあまり、人間同士として相手を思いやる事を忘れてしまう。
 今回ドラグナー化してしまった長谷川くらいの年配者は、家族を顧みずに働くことを美徳とされた、ある意味時代の犠牲者ではある。
「この殺人、必ず止めないと……」
 ごく真面目な声でそう言ってから、あ、と星太がユタカの髪色に合わせた自身のカツラを指さして笑ってみせる。
「ちなみにこれ、福富さんと兄弟設定って事で被ってみました」
「なるほど。兄上と呼んでくれていいでござるよ」
「あ……姉上じゃなくてですか?」
 一方、花壇近くを警戒しているのは。
「彼の境遇を考えると色々と心苦しいですが、さすがに自棄になりすぎでしょう」
 京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)がぼそりと呟いた言葉に、肩を並べて歩く鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)が頷いた。
「ああ。それに……焚き付けた奴がいるのが許せない」
 オルトロスのえだまめを散歩させる仲良し兄妹、という設定で敵を誘き寄せるはずが、どちらも内に熱いものを秘めるタイプなので、会話がまんまケルベロスになってしまった。慌てて郁が演技に入る。
「っと、えーとそうだな……どうだ夕雨、学校の方は最近?」
「郁さん、それお兄さんというよりちょっとお父さんぽいのでは?」
「そ、れもそうか……って実は俺一人っ子なんで、お兄ちゃん演技あんま上手くなくてごめんな」
「意外ですね、郁さんは素でお兄ちゃんなのかと思いました。面倒見いいし」
 珍しくもうっすら微笑みを浮かべて夕雨がそう言うと、郁の表情がぱっと明るくなる。
「本当に? そう言われたらなんか自信出てきたよ。よし……夕雨、母さんのお手伝いはしてるか?」
「郁さん、それも多分お父さんです」
 ツッコミ時は無表情に戻る夕雨であった。
 そして。
「わー……とってもとってもきれいですの!」
 思わず小走りになって藤を見上げる安曇野・真白(霞月・e03308)の髪が風になびき、うす紫の花の色を映す。その様子を少し後ろから眺めていたスヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)が、穏やかに目を細める。
 藤棚の下をくぐり抜け、三人は噴水の近くのベンチに座った。
「昼間は花そのものの色を楽しめてよいですねー。夜はライトアップとかあるのかしら」「あー夜もきっと綺麗だよね! 勿論、今もすごくいいんだけど」
 虹・藍(蒼穹の刃・e14133)が鮮やかな青い瞳を輝かせてそう応じた。勿論作戦中だとわかってはいるが、それにしても今日は気候もよく藤は美しく、三人は自然とはしゃぐ三姉妹、といった雰囲気を醸していた。
「今度はお父さんたちと来て見せてあげたいですね」
 末っ子・真白がそう言いだしたのに藍が機敏に応じ、ちょっと皮肉な次女を演じる。
「でも、お父さん喜ぶかなあ? 趣味とか合わないし」
 そこにしっかり者の長女設定で、スヴァルトが窘めに入っていく。
「そうハッキリ言っちゃ、身も蓋もないんじゃないですか?」
「だって家に縛り付けられるのって、なんかほら、嫌じゃない? 今は個人行動だって尊重されるべきでしょ」
 盛り上がる姉妹の会話を、林の奥から覗いている黒い影。その影は、三人に徐々に忍び寄っていく……。
『……勝手ナ女どモ……、誰のおかげデ、誰の稼ギデ食ってルと思ッテるんだ……!』

●見失った男
 巨大な鎌を手にし、ガァッと咆哮をあげて現れたドラグナーを前に、三姉妹は悲鳴……を上げる演技まではしなかった。
「やった、見事に釣られてくれたわ」
「やれやれ、まずその誰の稼ぎで~っていう恩着せがましさが、これまで積もり積もってきたであろうことは、何も考えないのでしょうね」
 藍が小さく口端を持ち上げつつ敵を睨み、スヴァルトがあらかじめ登録しておいたメーリングリストに『3』の合図を一斉送信する。
「先行く、避難誘導頼んだ!」
 短く告げて郁が地面を蹴った。
「了解です」
 と夕雨が頷き、えだまめとともに周囲の人々に呼びかけつつ敵の元へ向かう。
 オブジェ付近班も同じく、壁役の楼芳が先んじて敵の元へ向かい、ユタカと星太兄弟は人々に動揺が広がる前にとパニックを防ぎながら丁寧に避難誘導する。
「落ち着いて、お逃げくだされー」
「すみません、すぐ終わらせますからね」
 林から姿を現し、藍たちに大胆不敵に正面から近づいていくドラグナー。まだ周囲に一般人が残っている以上、下手に手は出せない。絶対に一般客に手出しはさせまいと、真白と藍がそれぞれ敵の導線を塞ぐ位置に立つ。
「聞いていらっしゃいましたの、『お父様』……」
「……今までの自分が否定されたような気分で悔しいのもわかるけどね」
『黙れッ! 偉そうニ!』
「皆さん、ここは危険ですよ。あちらへ逃げて!」
 激昂するドラグナーの声に怯える人々を励ましつつスヴァルトが促す。そこへほぼ同時に駆け付けた郁と楼芳が、敵の眼前にまで距離を詰めた。
「悪い、待たせたな!」
「ウルは、避難誘導の手伝いに行ってくれ」
 壁役ふたりが揃い、人々の避難を終えた仲間たちが集まって敵の包囲を完成させていく。
『ケルベロスだト……そんナ連中二、私の怒りハ止められナイ!』
 明らかに不完全なドラグナーの肉体を振りかざす男は、正直哀れだった。が、だからと言って一般人を虐殺しようなどという非道を許すわけにはいかない。
「こちら側は、もう大丈夫ですの」
 真白がドラグナーと周囲の様子を交互に行い仲間に呼びかけると、えだまめとともに駆けてきた夕雨が無表情のまま告げる。
「周辺チェック完了です。思う存分いけます」
 そこへユタカと星太も合流。これで全員が揃ってドラグナーと対峙した。
「周辺チェック完了でござー!」
「それもう私が言いました」
「なん、だと」
 これを合図に、戦いの火蓋が切って落とされた!
「よし、ここで絶対に止めてみせる……!」
 先手で郁の放った轟竜砲の音が辺り一面を震わせた。
『フン……こんナことデ、力に目覚めた私が止められると思うのカ!』
「では俺が相手になろう」
 楼芳が言うや巨剣をブンと振り回し、恐ろしい力で敵を叩き伏せた。
『ギョアッ……! おのれぇ!』
「……かかってこい」
 楼芳が挑発するのを確かめつつ、藍がケルベロスチェインを防御の布陣に展開させた。ウルも今回は回復役に専念する。
「お願いしますね……八つ当たりで虐殺を行うのを許すわけにはまいりませんよ」
 支援を受けてスヴァルトが跳び上がり、超高速の拳に氷を纏わせた一撃を敵に見舞う。
「同情致しまするが、それだけでござー。せめて安らかに眠らしてさしあげましょうな」
「如何なる理由があるにせよ、人を殺すなど言語道断ですよ」
「……絶対に、どこへも行かせませんの」
 これ以上の罪を重ねる前に、と三人は打って出る。夕雨が放った炎弾がウロコに覆われつつある敵の足の甲を貫き、真白の思いを半分肩代わり、とばかりにユタカが蹴りを合わせた。主たちの気持ちを汲んだかのように、えだまめと銀華も敵をこの場から逃がすまいと奮戦する。
 星太の意識はこと戦場に於いて、敵を倒すことただそれのみに注がれていた。先までの柔和さは鳴りをひそめ、相手に対する同情の心やもう失ってしまった家族への想いといった人らしさも、今は星太の中に見ることは出来なかった。感情を排し、怒りすら排して星太の蹴りは敵の足を冷徹に狙う。
『グオォオ……! 我が力を見ヨ!』
 攻撃を振り払うように鎌を手元で振り回し、投げつける。恐るべき遠心力を得た鎌の一撃は、スヴァルトの肩を激しく斬り裂いた!
「……!」
 まともに食らったはずだが、スヴァルトは声を上げない。眉根に力を入れ、反撃の構えすら取るではないか。藍の方が悲鳴を上げそうになったが、冷静さを失わずオペレーションの準備に入る。
「あの鎌は侮れないな……」
 郁が即断し、刃に向けて礫を放った。今や、他人を傷つけることにしか快楽を見出せなくなっている敵の攻撃力は跳ねあがっているのだ。
「俺にかかってこいと言っているだろう! 穿て、『四奪』!」
 楼芳が一声吼え、グラビティの杭を敵に撃ち込んだ。
「全快じゃないわ、無理しちゃダメよ!」
「平気です!」
 施術を終えた藍にそう言われつつも、スヴァルトは力強く跳び上がる。頭上高く振りかぶったアックスは、敵の頭蓋をかすめ、まるで先のお返しであるかのようにざっくりと肩を割った。
『ギャアー! クソ、クソ!』
 さすがに、ただのサラリーマンから改造されただけの敵は大きなダメージを負うごとに怯え、ともすれば背を向けようとすらする。
「逃がさんとあれほど」
 黒太陽から照射される絶望の黒光とは対照的なユタカの瞳は怜悧に輝く。夕雨の槍の一突きが畳みかけ、そこへ真白が半透明の御業を呼び出した。
「在って当たり前と思っていたから、お怒りになられたのでございましょ? 失くす前に気付けたら……それは真白も、でございますが……」
 もう、遅い。せめて人としての心の再生を願う炎が、敵の身体に燃え移る。星太が無言のまま攻撃を畳み掛けた。
『ガァッ! 吸い取っテクレるわ!』
 まだ折れぬ鎌は怒りの矛先を楼芳に向ける。身体で受け止めた楼芳の青い体に鮮血が跳ねた。
 まさに人としての何もかもと引き換えに得た暴虐の力はしかし、ケルベロスの肉体を傷つけることは出来ても心には遠く及ばない。その身を盾にする者があれば、必ずそれを癒す者がいる。味方の一撃が敵を砕く事を信じ、足止めに徹する者がいる。
「ひとは独りでは生きていけないと思いますの」
 真白の言葉は、そのままケルベロスたちの戦いに当てはまっていた。たった1体で暴れる敵など、怖れるには足らない。
「……もうこいつは動けないも同然だ、一気に畳みかけよう!」
 スタン・クーゲルが敵の身を貫いたのを確認し、郁が仲間たちを鼓舞する。もはや武器を持つ手が覚束なくなりつつある敵だが、振り下ろせば身を裂く攻撃が来るのは間違いない。
「うおおぉっ!」
 大剣を挑発的に振り回し、仲間の為に盾になることにのみ腐心し己の身を顧みない楼芳を、藍は的確に治療し続けた。早期決着を吉とみた全員が、威力を重視した攻撃に打って出る。
 スヴァルトが得意の炎の攻撃を用いなかったのは、藤の花を己の炎で焼くのが忍びない、という理由である。彼の罪は真白の炎が清めた。それならば自分は。
「これで終わりにしますよ。……力を振るわれた側がどうなるか、己の身をもって知りなさい」
 高く高く跳び上がったスヴァルトが振り下ろした斧は、今度こそ敵の脳天へと直撃した。
『ウギャ』
 悲鳴すら最期まであげることを許されず、ドラグナーは文字通り断罪され、花弁とともに消え去ったのだった。

●花に嵐の喩えもあるさ
 戦いが済み、壊れたベンチやテーブルはケルベロスたちの手によってヒールされた。だがこれだけは、と、楼芳は崩れた花壇の花をヒールではなく手ずから植え直した。
 藍が持ち前の華やかな笑顔で、避難していた人々に告げる。
「皆、もう大丈夫だよ! 安心して藤の花を楽しみましょう」
 最初怯えていた一般客らが、ケルベロスたちの呼びかけで庭園に入っていく。
 花の下に、再び人が戻った。
「転ぶなよー……え、鬼? 俺が?」
 中々のお兄ちゃんぶりを発揮して呼びかける郁は、どうやら子供たちの手つなぎ鬼に誘われて連れていかれてしまったようである。そんな様子を穏やかに見つめていた星太が、誰にともなく呟いた。
「……ちょっとだけ楽しかったです、家族のフリ」
 久しぶりに、家族という単位に属したほんの一瞬。それは決して失われることのないはずの大切なものを奪われた、あの日の怒りを星太に思い出させた。星太の胸の内に改めて理不尽な暴力への怒りが沸き上がる。これ以上何も奪わせない、目の前に広がる平和に誓う。
「藤の花って素敵ですね……とても上品で淑やかで、まるで私のここ……」
「まるで真白殿の心のようでござー!」
 夕雨のセリフをあからさまに遮るユタカの脇腹に飛んだ拳が、エルボーでブロックされる。一瞬睨み合い、なんかカンフーの達人同士みたいなシュシュシュ……と残像だけが残る打ち合いが始まった、が。
「おふたりとも、早くいらして下さいませ。名物の藤ソフトを藤の花の下で一緒に頂きましょう」
 真白の呼びかけに、ダッと競って駆け出す夕雨とユタカは、今日も元気に犬猿の友である。真白の足元近くでは、風に揺れる藤の花の影をパシッパシッと捕まえようとするえだまめを、銀華が小首を傾げつつ見守っている。
「藤ソフト……いけるわね。いい香り」
 スヴァルトがライター魂を発揮して素早くメモを取り始める横で、藍も藤ソフトをご機嫌で舐めつつ満開の藤を見上げた。
「知ってる? 藤の咲く今くらいの季節が春もたけなわ。春の中の春って言われることもあるらしいよ」
「春の中の、春……」
 作業を終えた楼芳が、どこか眩しげにぽつりと応じた。
 世に家族の形は様々。なにげなく過ぎる時間の穏やかさを守れたことに誇りを覚えるケルベロスたちを、藤香る春が包むのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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