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「あなた達に使命を与えます。この町に、練り切りという和菓子を作る事を生業としている人間が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
紫陽花の花が咲く土手を見下ろしながら、ミス・バタフライが配下の2人にそう告げる。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
配下は和菓子が一体どんな役割を果たすのか知り得ないが、やがては螺旋忍軍の役に立つのだろうと頷き、ミズ・バタフライの元から姿を消した。
「……」
そして、振り返り小さく頷いたミス・バタフライも、夜の土手から姿を消すのだった。
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「ミス・バタフライの動きが察知されました。立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)さんの予想が当たりましたね」
セリカは集まったケルベロス達にそう伝えると、住宅街が拡大された地図を指し示す。
指示された場所は繁華街から少し離れた住宅街の片隅で、近くには紫陽花が植えられた公園がある。
「今回狙われたのは、この公園の前にお店を構えている和菓子屋の店主さんです」
大きな店ではないが、店主の繊細な技術には常連さんが多く、季節季節の生菓子を楽しみにしている。
「この店主の技術を学習し奪う、グラビティチェインを目的としていない理由は不明ですが、この行動にもきっと何かケルベロスに不利益をもたらす理由があるはずです」
それが現実となる前に、螺旋忍軍の活動を妨害し撃退してほしい、そうセリカは告げる。
「店主さんを避難させてしまった場合、螺旋忍軍は他に対象を移してしまう可能性が高く、結局は他の被害者が出てしまうでしょう」
螺旋忍軍が現れるまで3日ほどの猶予がある。
その間に店主に事情を説明し、仕事を教えてもらうなど出来れば、それを螺旋忍軍にアピールしてケルベロスを襲わせる事が出来るかもしれない。
「店主の技術の一端でも、短い間に身につける必要上がるため、修業はとても厳しいものになると思われますが、皆さんの頑張りに期待します」
伝統技術である和菓子職人、その見習い程度まで短期間に技術を身につけならなければならないのだ……それは普段のお菓子作りとは一線を画する技術である。
「でも、習得する事が出来ればオリジナルのお菓子作りなども楽しめるかも知れませんね」
店に現れる螺旋忍軍は眼鏡をかけた神経質そうな男と、配下の非常に痩せた男。
「2人とも螺旋忍者のグラビティに似た術と、手裏剣を武器にしています。お店で戦うと被害は避けられないかもしれません……」
しかし、お花見のシーズンを過ぎた側の公園なら立ち入る人も少なく、戦闘による被害も少ないだろう。
「2人同時に相手にすれば手ごわいかもしれませんが、上手く一人ずつおびき出せればそれほど強敵にはならないでしょう」
説明を終えると、セリカはケルベロス達を見渡す。
「やることはいつも通り、皆さんなら問題ないと思います……それと、上手く事件が解決できれば、出来立ての和菓子で一服なんて素敵かもしれませんね」
そう言って彼女はケルベロス達を送り届けるのだった。
参加者 | |
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セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184) |
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441) |
鮫洲・蓮華(パンダあざらし同盟・e09420) |
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467) |
スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567) |
イルルヤンカシュ・ロンヴァルディア(白金の蛇・e24537) |
日御碕・鼎(楔石・e29369) |
キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085) |
●
桜の季節が過ぎて、道端に咲く花が落ち着き始めた頃、ケルベロス達はとある下町を歩いていた。
彼らが向かう先には、こじんまりとした和菓子店がの年季の入ったのれんを提げていた。
(「ミスバタフライの考える事は分かりません、けど。 野放しにはしておけません。ね。今回の事件は平和に終わらせましょう。 全く、迷惑な輩です。ね。……。行こう」)
風に揺れる暖簾をくぐり、日御碕・鼎(楔石・e29369)が店内を覗き込む。
定番の饅頭やどら焼きが並ぶケースの中で、ひときわ華やかに彩られた上生菓子が中央に飾られている。
「頑張っては見るけど、私はこういう繊細な作業は苦手だからなぁ……できる限り頑張って弟子役ぐらいにはなれる様に努力するよ」
桜の花びらを浮かべたきんぎょく、藤の花を思わせる浮島、そして目に鮮やかなアジサイの練りきりなど、ショーケースを覗き込んだイルルヤンカシュ・ロンヴァルディア(白金の蛇・e24537)が、ポリポリと頬を掻く。
「これほどの腕ならば、敵とは言えども目の付け所がいいと褒めざるを得ないわね……」
ケースのガラスに手を伸ばし、スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)がうっすらと微笑む。
小さなお菓子で表現された季節に、目を輝かせるケルベロス達だが、これから彼女たちはその技術を習得しようとしているのだ。
「そろそろ参りましょうか……和菓子は好きですけど、上手にできるか不安だわ」
落ち着いた着物に身を包み、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)が不安そうに手を頬に当ててて息を整える。
「はい、すみませーん!」
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)の呼びかけに、店の奥から小柄な老人が姿を見せる。
「いらっしゃいませ、と……これは団体さんですな。何を差し上げましょう?」
「実は私たちは……」
ケルベロス達の来店に目を丸くする店主に、立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)がミズ・バタフライのたくらみを説明する。
「そりゃ大変だねぇ……それにしても、この齢でこんなに弟子が出来るなんてね」
穏やかに笑う店主だが、ケルベロスに向ける目がきらりと光るのだった。
「ねりきりって花鳥風月を表現する素敵な方法だよね! 忍者の目的はわからないけど、これを奪って悪い事に利用するなんて許せないね! 先生! 3日間みっちりお願いします!」
製菓用の道具が並べられた作業台の前で、鮫洲・蓮華(パンダあざらし同盟・e09420)が店主にぺこりと頭を下げる。
「私にもお願いします」
メモを片手に、キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)も動き始めた店主を追って、要点をメモしていく。
「うまく教えられるか自信はないんだけどね」
そう言いながらも、店主の動きは熟練したもので、あっという間に花を模した練り切りが作り出され、食い入るように見ていたティへ差し出される。
「味見してみるかい、形も大事だけど味も大事なんだよ」
「いいんですか」
手の中には作り立てのアジサイの花、触れればやわらかく形を変えるそれは、口に運べば上品な甘さの広がる甘味でもある。
「なるほど……ここはこうして」
「そこは。これ……?」
器用に作り始めるキエラに、見よう見まねで鼎が道具を差し出す。
「店主さんは上手なのね……すごい指使い」
すぐそばで見つめるスズネに、何処となく困ったような店主だが、ケルベロス達を指導する手に休みはない。
やがて黙々と修行に打ち込み始めたケルベロス達を、壁際に置かれたカバンからはプリンケプスが、蓮華のぽかちゃん先生やイルルヤンカシュのオニクシアが、応援するようにじっと見つめるのだった。
●
「いらしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「いや、我々は弟子入り希望で……店主は男性と聞いていたが?」
瞬く間に修行の期間は過ぎ、姿を見せた螺旋忍軍の2人をショーケースの前でキアラが迎える。
「店主さんはあいにく外出しております。新入りのお弟子さんは私達が教えることになっています、店主さんに教えていただくには私たちのお墨付きをもらう必要がありますよ?」
「なに、君も弟子……?」
まだ若いキアラの容姿に、螺旋忍軍は首をかしげる。
「先生なら生憎外出しているけれど、新弟子さんに基本を教えるのは何度もやってるから、わたし達で良ければ承るわ」
店の奥から顔を出した彩月が、訝しがる螺旋忍軍へ声をかける。
「尤もわたし達がOK出さないと先生も会ってくれないのよ」
「そういう事なら……よろしく頼む」
彩月の言葉に頷いた螺旋忍軍は、2人に続いて仕事場へと入っていく。
「あなたたちも弟子を希望かしら? 若者が伝統工芸に興味を持つのはいい傾向ね」
木枠を使う手を止め、笑みを浮かべて振り返ったセレスティンが口元を押さて2人を見る。
「また増えました……こう人数が多いとここでは手狭ですね」
練り切りを細工する手を止めたティの言うように、ケルベロスに加えて2人も入った仕事場は、普段一人で使うものなので非常に狭く感じる。
「それならスケッチに行きましょうか、和菓子作りには季節を感じるセンスも大切だからね」
「そうね。姉弟子様の言う通りに感性を鍛えるため一緒にスケッチに行きましょう」
スケッチブックを取り出すスズネに、イルルヤンカシュも頷く。
「練り切りを作るにはモチーフを探すのが大事! 行こう!」
「みんなで行きましょう」
蓮華も外に行くように手を止め、彩月も愛用のカメラと三脚を取り出す。
「カメラ……スケッチじゃないのか」
「わたし絵はあまり上手じゃないけど写真でも十分にインスピレーションは感じるのよ。和菓子も芸術の一つ。だから発想も自由でいいの」
彼女の言葉に頷いた2人とケルベロスは、スケッチの為に公園に移動する。
「え、落雁が足りない? すぐに? はい……ちょっと、新弟子さん。お砂糖運んで欲しいから手伝ってちょうだい」
モチーフを探し始めてすぐに、電話を受けたセレスティンが螺旋忍軍の一人を指名して踵を返す。
「お砂糖場所分からないでしょ、私も手伝うよ」
蓮華もぐいぐいと男の背中を押して、3人はも店の方へと戻っていく。
「和菓子用語で皆殺し、意味知ってるかしら?」
十分に3人が離れた所で、彩月が螺旋忍軍の肩に手を置いて問いかける。
「皆殺し? 物騒なお菓子だな……」
「米の粒がなくなるまで搗いてお餅にする事、でもあなた達はそのままの意味で葬らなきゃいけないの」
身構える間もなく、稲光を纏う彩月の桜月村正が螺旋忍者を叩き斬る。
「ぐがぁ!?」
変装を解いて手裏剣を取り出す螺旋忍者に、ティがドラゴニックハンマーの砲口を向ける。
「ちょっと! 時間が無いので早く死んで貰えます? それに弟子は少ないほうがたくさん時間を取ってもらえますしね」
冷え切った言葉と共に放たれる砲撃が、螺旋忍者を足元から吹き飛ばす。
「君たちは実にあれだな。忍者として少し智慧が足りないのでないかい?」
爆炎に紛れて接近するイルルヤンカシュが、至近距離から重い一撃を打ち込む。
「騙す様で申し訳ないです。けど。 貴方達の所為です、から。仕方ないです。ね」
鼎が強く睨むと、よろめく螺旋忍者が爆発する。
「これで残りは1人、ですね」
さらさらと消えていく螺旋の仮面を見下ろして、スズネがそう呟いた。
●
「さて、そろそろ戻りましょうか」
形ばかりの手伝いをして、蓮華の手製の団子でお茶を飲んでいた螺旋忍者は、セレスティンの言葉に促され公園へと戻ってくる。
「む、これは……」
前には公園で待ち構えていたケルベロス、後ろには店から共に来た2人。
完全に囲まれた螺旋忍者は、ただならぬ気配に素早く手裏剣を取り出す。
「察しが悪いのね」
「だから、こうして袋にされる」
人形型のドローンを展開したスズネの言葉に、イルルヤンカシュは獰猛に笑って応えると、流星の輝きを纏う飛び蹴りを仮面へと叩き込む。
「胡蝶が閃く。もう、あなたは逃げられません!」
キアラの札から飛び出す黄金の胡蝶が、避けようとする螺旋忍者に追いすがり、儚い見た目と裏腹に強力な一撃となってその体を打つ。
「ほらほら、わたしの目を見て♪これでもう釘づけ♪」
反撃しようとする螺旋忍者だったが、蓮華の赤い瞳にとらわれ足を止める。
「残念だけど技術は教えて挙げられないの、私の銃口から逃げられるかしら?」
足止めされた隙にするりと近づくセレスティのライフルが、至近距離から爆音と共に闇の弾丸を吐き出す。
「ぐぅ……無念」
体の中心に大穴を開けられ、螺旋忍者は力なく倒れ消えていくのだった。
●
「無事戦いを終えましたし、練り切りを習得することができました。これからも精進して完璧にしていきましょう。シェリーさんや千助君、舞鈴さんや御言さん……友人の皆さんに会ったら作って差し上げないと、ですね」
出来立てほやほやの和菓子をお盆に並べ、キアラが指折り数えながら友人たちの顔を思い浮かべる。
「うん、これだけ上手なら喜んでもらえるんじゃないかしら」
並べられた甘い花を側で見ながら、スズネも目を細める。
「私も自信作です」
「そうね。これなら妹たちも喜んでくれるかしら」
ティとセレスティンも作ったお菓子をお盆に並べ、満足いく仕上がりに笑みを浮かべていた。
「皆さん上手ですね」
「ん。上手……」
お茶を運んできたイルルヤンカシュと鼎も、仲間の自信作に思わず声を上げる。
「今回はおもしろい経験ができたね、彩月さんと一緒に行けて良かった!」
蓮華が隣の彩月にそう言うと、彼女も楽しそうに頷いた。
「みんなで作った和菓子を食べてみよう……でもちょっと待って、折角の作品が映えるように写真を撮っていいかな?」
お茶とお菓子に伸びたみんなの手が止まり、彩月のカメラが彩も鮮やかな和菓子ののせた盆を囲む仲間たちの時間を写し取る。
そして、美しさは写真に残し、ケルベロス達は甘いお菓子を堪能するのだった。
作者:大亀万世 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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