9月15日に生まれて

作者:現人

●老人の心身の健康増進を目的として
 深夜。
 団地やマンションが立ち並ぶベッドタウンの中に、その老人憩の家はあった。
 日が高い内は老人達が集まり、茶飲み話や各種レクリエーションが行われている二十畳ほどの和室。
 ガラスサッシが破られたそこには、羽毛を全身に生やして憤然と立ちながらも木の杖を握る何者かと、コンビニの制服を着て畳に倒れ伏す中年の男がいる。
「貴様には老人に対する敬意が感じられん……ワシがしっかり躾け直してくれるわ!」
 強く握りしめた杖を振りかぶり、倒れたままの男へと振り下ろす。
 杖が男を打つ音に続き、苦悶の声が漏れるのが繰り返される。
「貴様は! 立つのも辛いこのワシをレジで待たせ! 優先的に会計せんばかりか! よりにもよってこのワシを注意し、警察を呼ぶとは何事か!」
 老人が使う為の杖は見た目とは裏腹に意外と軽く、それでいて頑丈に作られている。
 その様な杖で打ち据えられても致命的にはなりにくいが、痛みは強い。
 幾度も打たれ続けてもなお、男は腕で頭を庇いながら、日頃この老人に積み重ねられた嫌悪感や鬱憤を投げつけた。
「……割り込みしたのはっ……そっちだろう! 注意されて逆切れして店の中で杖を振り回して商品棚をメチャクチャにされたんだ! 立派に犯罪だ! 警察を呼ばれないと思ってたのか!」
 そう叫んだ頬を、ビルシャナの杖が振り抜いた。
 当然の言葉を浴びせられたかつての老人の顔は、羽毛に包まれていてなお、憤怒としか言い様のない表情が見て取れる異様さであった。
「き、貴様……! たかが若造がこのワシに口答えしおって! 許さん、その腐った性根を叩き直してやる!」
 自らの歪み切った性根に気付ける筈も無く、ただ感情のままに死へ至る八つ当たりは続けられていく。

●過ちを正す為に
「大阪府豊中市の老人憩の家とやらで、デウスエクス……ビルシャナを召喚した者が事件を起こそうとしている」
 ヘリオンに集まったケルベロス達を前に、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が今回の事件の説明を始める。
「ビルシャナを召喚した人間は、理不尽で身勝手な理由での復讐をビルシャナに願った。その願いが叶えばビルシャナの言うことを聞くと言う契約を結んだ様だ。奴が、復讐を果たして心身共にビルシャナに成り果てる前に、理不尽な復讐の犠牲者が死んでしまう前に、どうにか救ってほしい」
「ビルシャナを召喚した男は村田・幸夫(むらた・ゆきお)、76歳。自宅付近のコンビニで割込みを注意された事に激高し、店内で暴れて警察に連行された事を恨んでビルシャナを召喚した。そのコンビニの店長を拉致し、老人憩の家とやらに飛び込んだと言う次第だ」
 今回の舞台となる建物の周辺地図を、王子手ずからテーブルに広げた。
「ビルシャナが復讐を行う場所への移動には、別段支障はない。現場は縁側のガラスサッシが既に破られているので、そこから簡単に突入は出来る。平屋建てではあるが、他の場所からの進入は非効率的だろうな」
 和室部分にビルシャナを示す黒の駒と、店長を示す白の駒を一つずつ置き、その周囲にケルベロス達である赤の駒を並べていく。
「戦闘が始まれば、ビルシャナと融合した者は復讐の邪魔をするケルベロス達を排除しようとする。自らの恥辱をそそぐ為に出来るだけ苦しめようとしている為、復讐途中の人間を易々と殺そうとはしないが、自らが死にそうになれば道連れにしようとする可能性も出てくる。そこは注意して貰いたい」
 そこで一度言葉を切り、黒の駒を指先で数度叩いた。
「なお、ビルシャナと融合してしまった人間は、基本的にはビルシャナと共に死ぬ。しかし可能性は低いが、ビルシャナと融合した人間が『復讐を諦め契約を解除する』と宣言した場合、撃破後に人間として生き残らせる事も出来る様だ。しかしこの契約解除は、心から行わなければならない。その為、死にたくないなら契約を解除しろ……の様な、利己的な説得では救出は出来ない」
 そう告げると、続いてこのビルシャナの能力を開示していく。
「討伐対象であるビルシャナの能力だが、破壊力に重きを置いている様だ。所構わず炎を放ち、不条理なお題目を唱え、不愉快な鐘を打ち鳴らす。だが今回、特に気を付けてほしいのは、現場が団地やマンションが立ち並ぶ深夜の住宅街であると言う事だ」
 そこで王子はケルベロス達一人一人の目へ素早く視線を走らせた。
「憩の家を中心として大勢の住民達がいる。その為、美濃戸・いさな(何処へでも声を届ける巫女・en0194)を始めとした避難作業を担当するケルベロス達とも協力し、ビルシャナによる更なる被害を発生させない様に留意してもらいたい」
 巫女服姿のいさなに視線をやると、彼女は小さく頷いて仲間達へ言葉を投げる。
「私は出来る限り住民の方々の避難に尽力致しますが、戦場に駆け付ける事が出来ましたら皆様の指示に従います。皆様、ご武運を」
 最後に王子は、微かにため息めいた吐息を漏らし、ケルベロス達を見渡した。
「逆恨みにすら力を貸すビルシャナの蛮行を許す訳にはいかない。決して無辜の民を犠牲にしてはなるまい……そうだろう」


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
野和泉・不律(ノイズキャンセラー・e17493)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
クリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)

■リプレイ

●猟犬の嘆息。
 深夜、大阪府豊中市の住宅街。
 ベッドタウンとして戦後から繫栄し、交通の便もいい。
 その為、今回の突入現場となる老人憩の家の周囲には、新築のマンションから相当に古びた文化住宅までぎっしりと立ち並んでいる。
 現地に到着したケルベロス達は憩の家の様子が伺える近くの公園で、作戦開始時刻まで待機していた。
「実際に来てみたら、考えてたよりゴチャゴチャしてるわね」
 ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)は軽く頭をかくと、避難誘導を担当する美濃戸・いさな(何処へでも声を届ける巫女・en0194)に目をやった。
「この辺りは北摂でも結構な人口密集地なんです。ある程度避難の目途が付いたら、後は私どもに任せて憩の家に向かって頂ければ」
 避難誘導を担当するケルベロス達は、現地の警察との連携の打ち合わせも済ませている。
 余程の手違いがない限りは被害も出ないだろうが、それでも万が一がないとは言えない。
 鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)は端正な顔を顰めながら、小さく呟いた。
「正直なところ、契約者のご老人に殺されるかもしれない店長さんや付近の住人の命を優先したいわね」
 その言葉に野和泉・不律(ノイズキャンセラー・e17493)が首肯する。
「自ら望んでビルシャナに力を乞い、理不尽に力を使おうとしている以上、それを討つことに躊躇いは無いよ」
 アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)も続いて力強く頷いた。
「何も罪のない人が犠牲になるのは避けたいから、ね?」
 今回の討伐対象に対して同情的な者は、余り多くはない。
 説得出来ればそれに越した事はないが、それでも積極的に……とまでは、事件の予知を知らされていては行き難いものである。
 しかしクリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)は、小さく首を振った。
「……でも、わたしはたすけてあげたいの」
 か細くも、慈悲に拠った言葉。微かに訪れた沈黙に、アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)は小さな吐息を漏らした。
「老人は労らなくてはならぬが、労るというのは本来自発的にやるもの……。他人にそれを強要するとはけしからんやつじゃのぅ……」
 ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)も、僅かに目を伏せる。
「あの人の言い分を聞くに、あまり期待は出来ないのですが。それでも出来る限りの事はやるのですよ」
「だが、誰かを殺されてまでやる事じゃないな。やる時はやるしかないわな」
 毅然と言い放つ日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)の言葉は、その場にいる全員の心情を代弁していた。
「さてさて、そろそろ時間ですねー。私達もサポートしますし、頑張らせて頂きましょうかー」
 ベンチに腰掛けていた月見里・ゼノア(鎖された物語・e36605)が立ち上がり、続いて岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)がボクスドラゴンのチビと共に翼をはためかせる。
「近隣住民の避難については我々に任せてもらおう。ビルシャナの分け前は残さなくても結構だ」
 クリームヒルト・ブラーシュ(我が燃え盛る愛を御身に・e30010)は自らの手を打ち合わせ、指先から火の粉を撒き散らした。
「あたしらがきっちりバックアップするからなァ、つまんねーケチつけさせるかってのォッ!」
 その言葉の後、ケルベロス達は突入班と避難誘導班に分かれ、各々の作戦へと駆け出した。

●老人、笠を着る。
 今回の戦場となる憩の家。
 先ほど破られたガラスサッシの向こうから、老人の罵倒と杖が打ち据える音が聞こえてくる。
 ケルベロス達は縁側から一気に和室へと雪崩れ込みまずはアデレードがビルシャナと店長の間に割って入る。
「貴様ぁっ、何をしでかしとるか!!」
 右手で思うままに振るっていた杖の先に孔雀の炎が巻き起こり、手ずからの敬老教育に水を差した不束者への成敗とばかりにアデレードに炎が襲い掛かった。
 鉄塊剣を盾代わりに自らの前にかざす事で直撃は辛うじて避けたが、ビルシャナの怒りをそのまま加算した様な炎は浅くはないダメージを負わせてくる。
「ぐぅっ……! ご老人、まずは我々の話を聞いては貰えまいか……!」
「やかましい! いきなりワシの前に飛び出てくる無礼者の話など聞く価値もないわ!」
 激昂を隠しもしない叫び声と共に杖を打ち下ろすが、老人でも扱える程度の杖は鉄塊剣に三度ほどぶつかれば容易く折れ曲がってしまった。
 ヒマラヤンが即座にアデレードの火傷を癒すべく、コード=シュプリッツェで作り出した注射器を彼女に刺して傷を癒すが、それもまたビルシャナの憎悪を増幅させる。
「貴様のせいでワシの杖が折れてしまったではないか! 老人を敬えん愚か者がぁ!!」
 感情のままに行われる八つ当たり、そして責任を自分以外の全てに擦り付ける歪んだ敬老精神を紡ぎ上げた読経が和室に響き渡る。
 ビルシャナが八つ当たりに勤しんだ事で生まれた僅かな余裕を無駄にはせず、店長に肩を貸した胡蝶が素早く和室から逃げていくのにすら、狭窄視野に陥った老人は気付くのが大分と遅れてしまう。
「ぬうっ、あの不埒者はどこへ行った! どけぇっ!」
 自分を取り囲むケルベロス達を突き飛ばす勢いでビルシャナは店長を追いかけようとするが、割れたサッシの前に立ちはだかったのは、後詰に控えているアルベルトだった。
「年上を敬えっていうけど、おじいさんが若いときはそれ、言われてたの? 言われてたなら、おじいさんみたいに言われたらちょっと嫌じゃなかったー? 相手を敬うのは自然と出てくるものだから、言われてするのは間違えじゃないかなー?」
 あくまでも軽い口調で諭す様に説得を始めたアルベルトに、ヒマラヤンが即座に言葉を繋げる。
「ここを利用する人の中には、あなたより年上の人もいるはずなのですが、老人に対する敬意がー、とか言うのなら、あなたは自分より年上の人とか、 妊婦さんや障害者といった弱い人には自分から譲ったりするのですかね? 少なくとも、それが出来る類の人ならこんな事はしないし、出来ない人がそんな事を言う資格なんて無いと思うのですよ」
 店長を一先ず安全な場所まで避難出来た鏡が、再びガラスの破片を踏んで和室に上がりながら、優しく柔らかな声色でビルシャナに問いかける。
「ねぇ、村田さん。もし貴方が店長さんの立場だったら、自分と同じ行動をするお客さんにどう対応するのかしら。年長者で人生の大先輩の貴方であれば、自分の行動を省みることができると思うの? 本当に、貴方のした行動は年長者として敬意を示すことができる振舞いだった?」
 三人の言葉は真正面からの言であった。少なくとも、無体をする老人への苦言としては申し分がない。
 しかし、かつて村田幸夫であったビルシャナは、自らの振る舞いを省みるどころか、大変立派な棚に上げて忘れ去った挙句、逆恨みでビルシャナを召喚出来るほどに精神が歪んだ男であった。
「さっきから黙って聞いていれば、たかがワシの半分も生きてない様な若造どもがほざきよる……! 釈迦に説法と言う言葉さえ知らん間抜けが、よくもまあぬけぬけと! このワシの教えを受けようなどとは百年早いわっ!!」
 ビルシャナが握っている、折れて半ばからぶら下がった杖。それが見る見る間に禍々しい造形の鐘へと形を変えたかと思うと、金切り声めいた不愉快な音を撒き散らし、和室に不協和音を反響させていく。
 何とか老人を救おうとするケルベロス達を一方的に痛めつけ、下卑た笑いさえけたましく上げるビルシャナの手から、不意に鐘が弾き飛ばされた。
 縁側の向こうには、おおよそ目途が立った避難誘導を切り上げて戦場へと駆け付け、気咬弾で鐘を弾き飛ばしたユスティーナと、悲しげな眼で刀を構えるクリスティーナが立っていた。
「私はケルベロスよ。世界の為に貢献している。だから私を全てにおいて優先させなさいッ!! ……こういう奴がいたらあなたはどう? 苛立たないかしら。私なら見下げ果てるわ。どんな立場だろうと無条件で敬われるわけなんてないのよ、与えるからこそ与えてもらえる……相応の振る舞いをして認め合うから敬われるものじゃないの? 貴方とて立派に生きたという自負があるなら、それに恥じない行いをして欲しい……いや、して欲しかったわ」
 ユスティーナは自分の偽らざる本心を、包み隠さずビルシャナへ投げた。
 彼女達が避難誘導に従事していた時間は決して短くはなかったが、辿り着いて目の当たりにした現状からは、老人が改心した様子など僅かにも窺う事は出来なかった故の言葉であった。
 彼女の傍らに立つクリスティーナも、震えずに向けた刃と共に、訣別の言葉を投げた。
「……わたし、こんなじゃなくて、あなたにわらっててほしかった。とりさんじゃなくて、ふつうのおじいさんでわらっててほしかった」
 クリスティーナはあくまで老人の善性を信じていた。きっとちょっとしたすれ違いが積み重なった結果、不幸な出来事が起こってしまっただけだと。老いて体と心が思うようにならず、周囲の僅かな反応がそうさせてしまったのだと。
 だが、そうではなかった。
 村田幸夫と言う男は、自分が誰よりも優先される為に都合よく敬老精神を振りかざしていただけだと、確信出来てしまった。
 積極的にビルシャナを説得はしないが、説得する仲間達を黙って見守っていた不律が、やっと口を開いた。
「私も彼の言う『若造』だ。特に言葉を尽くして説得する気もないし、言葉が届くとも思わない。ただ、その先に行ってしまったならもうヒトとして生きるコトは出来ない。そのつもりで、最初で最後の無法を成すと良い」
 蒼眞もまた、ここまで自分達への痛手を耐えてきたが、最早自分の内心を吐露する事に躊躇いなど無くなっていた。
「ご老体がこう成り果てるまでにどんな事情があったのか、俺は知らない。知らないけどそれが免罪符にはならないし、実際に迷惑を掛けられた方々にしてみればそんなものは関係ない。敬意を抱いて欲しいなら、少しは恥を知れ」
 自分が世界の中心だと信じて疑わなかったビルシャナも、ここに来て自分を取り巻く空気が一変したことに気が付いた。
 今まで我が身の危険を顧みずに老人を救おうとしていたケルベロス達が、不倶戴天の敵を討伐する戦士としての視線を自分に向けていることに気が付いてしまった。
「な……なんじゃ、その目は! 貴様ら、このワシをどんな目で見てるんじゃ! 年寄りを敬う事も出来んとは、一体どんな躾けを受けてっ……」
 これまで知り合いも友人も家族も、老人に向けて来た視線には含まれていなかった類の感情。
 人類の敵を駆除せんとする力強い戦士の目。
 更なる被害を生まない為、この場で全ての決着を付けようとする誇り高い戦士の目。
 生まれて初めて浴びる感情に、知らず身じろいでしまったのを誤魔化す様に、老人は大声で怒鳴りつけた。
「きっ……貴様らああああああ!! 何たる不躾な態度! 許さん、許さんぞ……貴様ら、皆殺しにしてくれるわっ!!」

●鳥の皮剥いで、鼠が一匹。
 火傷の痛みも構わず最初に動いたのは、鉄塊剣を振りかぶったアデレードだった。
「ビルシャナによってエゴを拡大された犠牲者じゃとは思うが……そなたの行いは我が正義にとってはまさしく悪……。せめて人として逝けるよう……わらわがそなたの悪と業を正義の鎌にて刈り取ってくれようぞ」
 その言葉が終わるが早いか、武骨な剣がビルシャナの肩を打ち砕く。
 言葉にならない呻き声を上げ、たまらず膝をついた所に胡蝶のたおやかな言葉が届いた。
「こんなところでビルシャナになって人を殺して。そんなに自己中心的なら友人どころか家族にも見放されちゃうわね」
「貴様っ、今何をほざいたっ……!?」
 老人の現状を言い当てた言葉に、ほんの僅か痛みを忘れて憤怒のままに声の主を睨み付ける。
 しかしそれは、胡蝶の仕掛けた罠。催眠魔眼―鏡に映る幻像―は、ビルシャナの中から冷静さを奪い取り、心を怒りで塗り潰していく。
「やっ……やかましいやかましいやかましい!! 貴様っ、貴様みたいなガキどもにこのワシの辛苦が理解できてたまるか!! 一体ワシがどれだけ蔑ろにされてきたか、知りもせんクセにっ……!!」
 これまで自分が受けてきた不当な扱いを朗々と述べようとした経文は、チェーンソー剣の巻き起こす爆音でかき消されてしまった。
「そうやって、仲の良かったヒトの手を自分で振り払ってきたんだろう。君の勝手でお別れしてきたのに、覚悟が足らない様だ」
 容赦なく胴へ斬り込むチェーンソー以上に、不律の淡々とした言葉は村田幸夫の所業を深く掘り起こしていく。
「知るか! ワシが何をした! あいつらがワシを蔑ろにした! 老人を敬わんあいつらが悪い! 貴様らが不届き者を懲らしめんからこうなっとる!」
 それでもなお、ビルシャナは自らの所業と向き合わない。
 ただ世間への恨み言を叫び、腕に生んだ孔雀の炎を当たるが幸いに撃ち放つが、怒りに比例して膨れ上がった巨大な炎は、小柄なクリスティーナが懸命に四肢を伸ばして必死に受け止めた。
 そして懸命に笑みを浮かべ、頬に一筋の涙を流してビルシャナを真正面から見つめた。
「……ずっと、しんどかったんだね。でも、だからってひとをたたいちゃだめなの。だから、わたしが……ぜんぶ、うけとめてあげるの!」
 自分をまっすぐ見つめる、慈愛の視線。傷付けられても揺るがない四肢と意思。
 それは、老人には余りにも眩しく……長らく向けられず、縁遠かった感情であった。
 だから、老人は――。
「うっ……うわああああああああああああああああ!!!」
 みっともなく恐怖の叫びを上げ、がむしゃらに逃げ出そうとした。
 少女どころか幼い娘に、自らの力も、積み重ねてきた年齢も、何もかも通用しない。
 自分を取り囲む若者達には、何もかも通用しない。
「あっちいったよ! 逃がさないで!」
 アルベルトの声と同時、彼の銃から放たれたSoulscraper(ソウルスクレイパー)がビルシャナの背を穿つ。
「うぐうっ!」
 苦悶の声を上げ、畳へと倒れ伏したビルシャナがなおも逃げようと顔を上げたそこに立っていたのは、蒼眞だった。
「自分の想いのままに生きて、その結果殺されるなら本望だろう」
 降りかかる皮肉げな言葉に、ビルシャナは目を見開き、懸命に嘴を笑いの形に変えた。
「わっ……わしが悪かった! 契約も破棄する! なっ! だから許してくれ! 無抵抗な年寄りを痛めつけたりしたくないじゃろ、な!」
 蒼眞の表情は、僅かにも変わらない。縛霊手を構えた腕を大きく振り上げる動きに淀みはない。
 事ここに至り、ビルシャナは取り返しのつかない場所に立っている事に、やっと気が付いた。
「やっ、やめてくれ! 心を入れ替える! もう無体はせん! これからは世の為人の為に……!」
 引き攣った笑いと媚びた声。理不尽な終焉を破壊する力が宿った腕は、それでは止まらない。
「ランディの意志と力を今ここに! ……全てを斬れ……雷光烈斬牙……!」
「たっ……助けてくれぇぇええええ!!! 死にたくないっ、死にたくないぃぃいいいいぃっっ!!!」
 必死に命を乞う、断末魔。
 理不尽な終焉を打ち砕く腕は、七十六年の生涯に終焉を迎えさせた。

●塵は積もらねば、塵。
 ケルベロスと警察の連携により、周囲に被害は及ぶ事無く、無事にデウスエクスは討伐された。
 避難誘導に従事していたケルベロス達も憩の家へ集まり、ケルベロスの負傷と憩の家の修繕に従事する。
「たまにはこう言う事もあるのですよ、クリスティーナちゃんはよく頑張ったのです」
 ヒマラヤンは孔雀の炎を真正面から受けた火傷を優先してヒールしながら、涙にくれる少女を優しい声で慰めていた。
 不律も淡々と、しかし出来る限りの言葉をクリスティーナへと投げ掛ける。
「言葉が届かなかったのは、仕方のない事だよ。差し出された手を取る自由も、取らない自由もある。彼は取らない自由を選んだと言うだけの事さ」
 そうしている間にも、憩の家から戦いの爪痕が消え失せた。
 少しばかり幻想が混じったが、明日も老人達は何の問題もなくここに集まり、親睦に花を咲かせるだろう。
 ユスティーナは寂しげに憩の家を見上げ、呟いた。
「年を重ねた結果がこれ、か。この末路を悲しんでくれる人は、いるのかしら」
 ――もしやすれば、喜ぶ者ばかりなのではないか。そもそも、葬式を挙げてもらえるのだろうか? 死んだ時に悲しんでくれる人をせめて一人でも増やせる様に説得出来れば、こうならなかったのでは――?
 そう考えてしまう頭を、軽く振る。
 全てを守る事が出来なくても、無辜の人々や仲間達はデウスエクスの理不尽な暴力から守る事が出来たのだから。
 ケルベロス達は様々な思いを抱きながらも、次なる戦いに備え、家路へと着いた。

作者:現人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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