音の無い光

作者:犬塚ひなこ

●闇から視る輝き
 いつもそうだった。彼女ばかりが目映い光を浴びていた。
 まだ二人が幼かった頃、歌のコンクールで賞を受けたのは彼女だった。当時の自分は彼女の歌に憧れた。今は一番でなくとも、いつか彼女のようになりたいと希望を抱いた。
 けれど、いつからだろう。希望が虚無に変わったのは。

 薄暗い廃墟の中、女は酷く沈んだ声で語り掛ける。
「貴方、またオーディションで主役を勝ち取ったんですってね。知ってる? あのオーディションには私も出ていたの。評判も良くて今度こそ主役を貰えると思っていたのよ」
 声の主が見つめるのは両腕を縛られた美しい女性。その名は光里。
「香音さん……?」
 光里に名を呼ばれた女は暗がりに身を潜めたまま語る。
「いつもそう。私が主役になれるのは貴方がオーディションに出ていない作品ばかり。今回だって、貴方さえ居なければ……!!」
 主役になれたのに、と香音は憎々しげに呟いた。
 二人は幼い頃からの知り合いで同じ劇団に所属していたこともある間柄だ。しかし、彼女達は親友同士などではない。香音が光里を妬み、嫌っているという事実は周囲の誰もが知っている。
「もう我慢できなくなったの。私ね、貴方を殺すわ」
 そう告げてライトの下に踏み出した香音の姿は変わり果てていた。
 鋭い嘴に白い翼を持つビルシャナと化していたのだ。妬みは憎悪となり、嫌悪は憎しみに変わり、彼女は人であることを棄てた。
「殺すといってもゆっくりと、ね。今まで私が味わった屈辱の分だけ……ふふふ」
「いや、やめて……」
 そうして、光里の耳に鋭利な刃が押し当てられる。

●眩しさの元
 泣き叫ぶ声も無視して、彼女は憎き相手を甚振り殺した。
 そんな未来が視えたと語った雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はケルベロス達に事件の阻止を願った。
「加害者は香音さんといいますです。彼女はビルシャナを召喚して、個人的な復讐の力を得ることを願いました。その願いが叶えばビルシャナのいうことを聞くという契約で……」
 彼女が復讐を果たせば心身ともにデウスエクスになってしまう。
 被害者の光里が殺される前に、そして自分勝手な復讐が行われぬように力を貸して欲しい。そう告げたリルリカは事件解決に必要な概要を語ってゆく。
 現場は人気のない廃墟。
 ビルシャナは敢えて誰も来ない場所を選んで、光里を拉致したので他の一般人が訪れることはない。鍵などもかかっていないのでケルベロス達は正面の入口から侵入し、奥の部屋に踏み込めばいい。
「ぎりぎりですが、皆様は香音さんが光里さんを傷つける直前に駆け付けられます」
 誰かが敵の気を引き、その間に別の誰かが光里を保護して部屋の外に避難させる。この手順を取れば逆上したビルシャナはケルベロスを倒そうと狙ってくるだろう。
 香音は光里を苦しめて殺したいと思っているので、戦いの中で光里が攻撃されることもない。だが、香音が敗北して死にそうになった場合、道連れで光里を殺そうと攻撃する場合があるので注意が必要だ。
「ビルシャナと融合した香音さんはそのままだと助けることができませんです。でもでも、本人が『復讐を諦めて契約を解除する』と宣言すれば、撃破後に融合がとけます!」
 だが、説得は難しい。
 この宣言は心から行わなければならないので、死にたくないなら契約を解除しろといった脅しは通用しない。香音もビルシャナとなることを受け入れて事に及んでいるので、契約解除まで持っていくのは至難に近い。
 諦めず説得を行うか、それとも彼女に死を与えるか。
 その判断は現場に向かった皆に任せると伝え、リルリカはそっと目を閉じた。すると話を聞いていた遊星・ダイチ(戰医・en0062)が神妙に頷く。
「世の中にはどう足掻いても叶わない事がある。届かない場所がある。憧れも嫉妬も有って然りだ。しかし……彼女は選ぶべき道を間違えた、ってところか」
 自分も同道すると告げたダイチは出来ることならば道を正してやりたいと話した。リルリカも同意を示し、仲間達を見つめる。
「苦しい気持ちは誰だって持つもので、自分で乗り越えてどうにかしなきゃいけないのです。悪いのはビルシャナで、あんな力があるからいけないのでございます!」
 どうか二人を――せめて一人だけでも救って欲しい。
 リルリカは祈るように両手を重ね、戦地に赴く仲間達を見送った。


参加者
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
暁・万里(レプリカ・e15680)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)

■リプレイ

●殺意
 廃墟の奥で冷ややかな声が響き、影が揺らぐ。
「――もう我慢できなくなったの。私ね、貴方を殺すわ」
 其処で行われるのは妬みと嫉みによる凶行。仄かな灯と気配を辿り、番犬達はその刃が振り下ろされる瞬間に部屋に踏み入った。
「そこまでだよ」
「……♪」
 刹那、放たれる気咬の弾丸。そして響いた小さな歌。それらは藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)が撃ち、ミカ・ミソギ(未祓・e24420)が紡いだもの。
「誰!?」
 その音色と気配に驚いたビルシャナは咄嗟に身構えた。
「ハローお嬢さん、ケルベロスのご到着だ。目を逸らしちゃいけねェよ」
 何たって地獄の番犬サマだぜ、とウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)が冗談めかして自分達を示す最中、シェーラと遊星・ダイチ(戰医・en0062)が囚われていた光里の元へ駆けた。
「待ちなさい。その子を何処に連れていく心算なの」
「香音と言ったか。愚かだな、実に愚か」
 部屋の外に連れられていく光里に追い縋ろうとした香音の前にワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)とシャーマンズゴーストのタルタロン帝が立ち塞がる。
 ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)も部屋の出入口の前に立ち、緑の瞳を敵である彼女に向けた。
「黒い髪の白い羽、あなたは黒鳥みたい。ね」
「手の届かない者への憧れも、嫉妬も。……まぁ、よくあるものだね。相手の存在を消すという道を選んでしまったか。哀れだな」
 アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)もボクスドラゴンのメロを従え、戦闘態勢を取る。その言葉によって香音は事情がすべて知られていると悟った。
「邪魔をするなら貴方達から殺すわ」
 白い翼を広げて殺気を放つビルシャナに対し、燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)は厳しく言い返す。
「ただの競争の結果じゃねーか。おめーそんな大したもんじゃねーだろ」
 その瞬間、香音の眼差しに怒りが満ちた。
 これではいけないと感じ取った暁・万里(レプリカ・e15680)はそっと語り掛ける。
「わかるよ、香音ちゃんの気持ち」
「……わかるなら光里を殺させてくれるの? 違うでしょう!」
 万里が次の言葉を紡ぐ前に香音は氷の波動を巻き起こした。その矛先は光里を避難させていたシェーラとダイチに向けられていたが、すぐにジゼルとアルスフェインが庇いに入ることで事なきを得る。
 しかし、愚かで哀れ、大したものではない、といった言の葉はビルシャナと化した彼女を激昂させてしまっている。
 拙いと感じたウィリアムとミカだったが、表情には出さぬまま其々の得物を構えた。
 そして、二人は問いかける。
「なあ、アンタは美人なのに、何が不満なんだ。一体どこへ行きたかったんだ?」
「君のなりたいものは何?」
 どうして、この道しか選び取れなかったのか。何故、自らを棄ててまでこんなことを成し遂げようとしたのか。ミカもウィリアムも真っ直ぐに彼女を見つめる。
「黙って。貴方達の言葉なんて聞きたくない」
 だが――投げかけた質問に彼女が答えることはなかった。

●羨望
 戦いの幕は上がり、廃墟は意思が衝突しあうステージに変わる。
 ワルゼロムは御業を呼び出し、炎弾を放って反撃に移った。そして、ビルシャナに向けて指先を突き付ける。
「今の自分の姿を見てみよ、いい勝負だった容姿すら完全に敗けておるではないか。ここで彼女を殺せばさぞかしスッキリするだろう……が、それだけだ」
 炎を受け止めて耐えた香音はワルゼロムを睨み付け、敵意を更に強めた。
 其処へ亞狼が駆け、相手を見据える。
「おら来いよ、負け犬。自分の足りねーもん他人の所為にしてんじゃねーよ」
「何ですって?」
 強烈な黒い日輪を見せられ、熱波を受けた敵は亞狼に怒りを向けた。その間にシェーラが紙兵を散布し、ジゼルとウイングキャットのミルタも仲間の援護に入ってゆく。
 清浄なる翼が広げられ、描かれた星が光を放つ。アルスフェインも其処へ己の描いた星座の陣を重ね、仲間に守護を与えた。
 淡い魔力が仲間に加護を宿す最中、ジゼルは疑問を口にした。
「黒い鳥は黒い鳥なりに足掻けるのに、どうして同じ舞台に立とうとするのか。不思議」
 白がいるからこそ、黒は目立てる。黒のまま生きれば良いのにどうして白になりたがるのか。何故、とジゼルは首を傾げる。
 すると万里が脳髄の賦活で仲間を援護しながら、言葉を続けた。
「……君だって、本当はわかってるんだよね。光里ちゃんが悪いわけじゃない事くらい。解ってるからこそ、どうしていいか判らなくなっちゃっただけでしょう?」
「だから、どうしたっていうの?」
 だが、万里の言葉に香音は冷たく返すのみ。
 敵が二重の意味で怒りを覚えている以上、普通の言葉では彼女の心に響かないだろう。そう感じ取ったウィリアムは再び問いかける。
「さっきの彼女に成り代わりたかったのか?」
「……そうよ」
「あのな。アンタは、アンタだけのスポットライトを探すべきなんだ」
 諭すように語り掛け、ウィリアムは雷刃の突きで以てビルシャナの翼を穿った。白い羽根が散り、辺りに舞う。
「アンタと彼女の魅力は別物。彼女を殺さなくても大丈夫だ」
 真剣に告げられたウィリアムの言葉に一瞬だけ香音が揺らぐ。其処に何かを感じ取ったミカは香音からの話を聞こうと試みた。
「君は何を思った? 歌について、光里について、香音について、聞かせて欲しい」
 攻撃の手は止めず、ミカは一撃を与え様に問う。
 香音は逡巡を見せ、そっと呟いた。
「勝ちたかった。あの子に負けたくなかった。憧れを超えたかったの……」
 僅かな本音が聞こえたと察したミカはもっと彼女の声を聞きたいと願う。するとシェーラが自分の考えを言葉に変えた。
「勝てない相手に同じ土俵で勝負しちゃったら、そりゃあ勝てないよねェ」
「邪魔と思う彼女を排除し、仮に主役を得たとして。お前自身が磨かれなければ、別の者にまたその座を奪われるだけだよ」
 続けて薄く微笑むアルスフェインが正論を突き付ける。
 シェーラ達が告げたことこそが現実であり、紛れもない事実だ。しかし、凶行に及ぼうとまで考えた香音に正論は逆効果だった。
「うるさい……! 私だって現実は分かってる!」
 揺らぐ心を狂気で包み、香音は激しい怨嗟の炎を燃えあがらせる。
 その狙いは亞狼に向けられ、赤い火が周囲に散った。メロが咄嗟に翼を広げて癒しに入り、万里も回復の電撃を施してゆく。
 ワルゼロムとタルタロン帝は攻勢に移り、ビルシャナに一撃を与えた。
「とすれば彼女に何一つ勝てないまま、自分で幕を引こうとしていることになるな」
 彼女を殺したことではなく敗けたまま終わらせたことに後悔するだろう。本当にそれでいいのか? と、ワルゼロムは問いかける。
 ジゼルも静かに頷き、思いを言葉に変えていく。
「だってあなたは、黒の中では一番でしょ。このまま復讐したら、勝てないまま。また二番に成り下がってしまう」
 地を蹴り、敵の頭上まで跳躍したジゼル。その流星めいた蹴撃に合わせてミルタが翔けて鋭い爪斬撃を見舞った。
 番犬達からの攻撃を受け、痛みに耐えるビルシャナは首を振る。
「私はそうは思わない。あの子が居ない所では一番になれたんだもの!」
 何をしても勝てないなら殺して勝つのみだと語り、香音は叫んだ。シェーラは肩を竦め、それではいけないと嗜める。
「どうしてもその分野で、って言うなら、方向性を変えなきゃダメなのに。そのまま挑んでもねェ。彼女がいない所でなら受かってたんでしょう?」
 そっちに進んでいれば、と考えたシェーラだったが、譲れないからこうなっちゃったんだろうケド、というままならぬ事実にも気付いていた。
 シェーラは縛霊の一撃を放ち、万里も仲間に加護を宿し続ける。
「なりたかったよね、彼女みたいに。なれない自分が、悔しくて悲しかったよね」
 そんな中、万里は香音の心に寄り添おうと声をかけた。
「……」
「でも香音ちゃんを見てくれる人だっているはずだよ。彼女より君の方が好きな人だって、そういう人たちの気持ちに応えてあげることは、出来ないかなあ?」
「殆どの人は私達を比べたわ! 私より光里が主役だった方が良いって!」
 だが、香音は悲痛な声で反論する。
 その叫びを耳にしたミカは気が付いてしまった。誰よりも彼女の話を聞きたいと願っていたミカだからこそ、解った。
(「――この人は……過去に囚われ過ぎているのか」)
 彼女に一番響く歌を知りたかった。きっと未だ心の奥底にあるはずの、香音自身の歌とプライドを取り戻して欲しかった。その為には過去を掘り返すのではなく、未来に目を向けさせてやれば良かったのだろう。
 だが、最早彼女が此方の話に耳を傾けていないこともミカは理解している。
 怪しい雲行きを感じているのはウィリアムも同じだった。ウィリアムとて、別に彼女の気持ちが解る訳ではない。わかる筈もない。
(「そいつは彼女のものだから。――でも、思い遣るくらいはできる」)
 だからこそ、諦めたくはなかった。
 それでもこの現状は拙い。仲間達が彼女に突き付けた現実と、下手をすれば愚弄にも取れる言葉の数々は取り消せるものではなかった。
 もし本当に香音の心を救いたければ、単純に認めてやればよかったのだ。彼女が掴むかもしれない勝利を。いつかはライバルに勝てるという、未知の未来を。
 亞狼も説得が通じていないと察し、皆に呼び掛ける。
「こりゃ無理だな、よし戦るか」
 亞狼としては敵がどんな心情であろうと構わなかった。相手が闇に身を落とした以上、亞狼はただ物として倒すのみ。
 刹那、恨みの魔力がケルベロス達に襲い掛かる。
 アルスフェインとメロは狙われた仲間を庇い、響く魔力に耐えた。
「そんな異形になり果てては、舞台などもう臨めそうにないがね。このままではお前に残るのは人を殺したという事実のみ。それがお前の人生でいいのかい?」
 そして、アルスフェインは今一度問いかける。
 この質問を最後の契機として、彼女をこのまま倒すか否か確認する為に。
「ええ、良いの。もう決めたから」
 香音はそれすら承知だったと答え、激しい殺意を此方に向けた。
 既にビルシャナとしての力は半分以上、ややもすれば倒れる寸前にまで削れているだろう。彼女がケルベロス達に勝てる見込みなど殆どなかった。
 それでも、香音は立ち続ける。
 彼女の意思はただひとつ。憎き相手を殺すという、ただそれだけ。

●救済
 誰もが皆、彼女を救えないと知った。
 声も、心も、思いも届かない。届かせることが出来なかった。そして、亞狼は誰よりも早く対象を屠るという判断を下す。
「感情は戦闘の前と後にだけありゃいんだ、今は欠片もいらねぇ」
 亞狼は今一度、敵に向けて黒い日輪を見せ、熱波を感じさせた。不気味な敵愾心を再び抱かせたのは怒りを更に煽り、自分に攻撃を向けさせる為。
 ミカは仲間が倒れぬよう気を配り、アルスフェインも戦況を確認した。そのとき、ビルシャナが妖しい笑みを浮かべる。
「見てなさい、私は光里を殺してみせるから!」
「戯言を。そのまま地に伏すがよいぞ」
 冷たい衝撃を放った香音に対し、ワルゼロムは身を翻してそれを避けた。
 その瞬間に額の赤菱の輝きが増し、其処に梵字が浮かび上がる。ワルゼロムがひといきに放った光線は敵の肩を貫いた。
 その間にシェーラが仲間が受けた不利益を祓ってゆく。
「――あめつちにやどりししんれいにねがいたてまつる」
 信じる者は報われる、との意味を抱く光の力は今となれば何と皮肉なことか。シェーラは目の前の彼女を自分達が殺すという覚悟を抱き、力を振るっていった。
 タルタロン帝とミルタ、メロも其々の攻撃に移る。
 万里も其処に続き、何故か痛む頭を押さえた。香音と自分は似ている気がする。だからこそ彼女の気持ちが本当に分かるのだ。
 誰かに憧れたこと、強烈な劣等感。それらは、きっと――。
「ううん、今は終わらせることだけを」
 首を振った万里は道化の手、アルレッキーノを召喚した。気まぐれな道化はシルクハットを放り投げ、対象を閉じ込めるようにして覚めない悪夢を齎す。
 その苦しみに香音の表情が歪んだ。
「う、うう……」
「他者を傷つけるっつー選択をした痛みが、これだよ」
 ウィリアムはそう告げながら腰の刀の柄を握り締める。ちゃんと助けるから、なんて言葉はもう言えない。本当は彼女を見捨てたくなかった。胸を張っていたいから、ケルベロスはヒーローだね、と笑って言ってくれるヤツがいたから。
 だが、もう全てが遅い。
 アルスフェインは彼女に密かな同情を抱き、ゆっくりと息を吐く。
(「自業自得だな。救えないならばそれも止むなし、か……」)
 人を傷つける手段以外を選べないというのなら、自分達はこうするしかない。香音の舞台へまた立ちたいという気持ちは引き出せなかった。それ故に致し方ないのだとアルスフェインは思う。
 そして彼は攻撃を受け続ける亞狼に向けて、揺蕩う花の調べを紡いだ。
 これが香音に捧げる最後の舞台の演出だとばかりに、音に運ばれた花弁は癒しの光を残して溶け消えていく。
 ジゼルも小さく頷き、彼女に最期を齎すべく動いた。
 幻のように浮かぶ灯籠の灯りが揺れ、魔力となって影を落とす。ジゼルが与えた一閃は香音を包み込み、残る力を大きく奪い取った。
 それによって香音は終わりを確信したのか、突如として声をあげる。
「あは、あははは! 聞いてるかしら光里! 私は貴方の所為でこうなったの!」
 廃墟中に響く笑い声にワルゼロムが目を見開き、万里も言葉を失った。
「貴方が居たから私はこんな風になって……今からこの人達に殺されるわ! 全て貴方の所為なのよ!!」
 絶望に満ちたその怨嗟の声はおそらく光里にも届いてしまっただろう。シェーラは嫌な予感を覚え、ジゼルもいけないと察する。
「香音、貴方……」
「もう止そうぜ」
 ジゼルが僅かに戦慄する中、ウィリアムは確りとした口調で敵を制した。
 そうして、ウィリアムは腕を差し伸べて光を放つ。
 願うのは、あらゆる欺瞞を、虚偽を、絶望を、何もかも剥ぎ取りあきらかにすること。それは舞台に焦がれた彼女へ贈る、せめてものスポットライト代わり。
「ふふ、あははっ――!!」
 光を浴びたまま血に汚れた白い翼を広げ、香音は笑い続けた。その姿を見つめるミカは唇を噛み締め、拳を強く握る。
 違うと、信じたかった。けれど、この手で救うことは叶わない。
「本当に、もう何にもなりたくなくて、ただ壊れて救われたいのなら……」
 俺の罪過で彼女を撃とう、とミカはその身に光の粒子を纏った。透き通るような空の色を宿した光の欠片は、彼女を屠る魔弾へと変わる。
 そして――眩い程の瞬光が戦場を翔け、戦いの幕は下ろされた。

●終幕
 ビルシャナは倒れ、何の音も残さずに死を迎える。
 万里は倒れた香音の亡骸に手を伸ばし、開いたままだった瞳を閉じさせた。
「香音ちゃん……君は、昔の僕みたいだと思ったよ」
 憧れて、届かなくて、万里は出来損ないの自分を呪った。その人が居なければいいとも思った。けれどその人を亡くした事で幸せになれただろうか。
 そうじゃなかったよ、と口にした万里は今の自分を見てくれる人が居るから幸せなのだと実感した。同じような人が居なかった香音は救われなかった。そのことが哀しく、辛い結末を導いたのかもしれない。
 そんな中、亞狼は特に何も感じぬまま、ダイチが連れて来た光里に声をかける。
「おぅ、おめーは生きてんだから頑張れよコラ」
「……私の所為で、あの子がああなった。私が、居た所為で――」
 だが、彼女は震えていた。
 死の間際に香音が遺した言葉が重く響いてしまっているのだろう。シェーラは気にすることはないと告げ、念の為に病院に行くよう勧めた。されど光里はぶつぶつと何かを呟いて虚空を見つめるのみ。
「暫くは何を言っても駄目かもしれぬな」
 ワルゼロムは本人に聞こえぬよう小さく呟く。
 光里の命が奪われる未来はケルベロス達の働きによって回避できた。しかし、香音は最期の足掻きとして彼女の心を殺してから逝った。
 見てなさい、と宣言した香音の思惑通りになってしまったのだ。
「行こう。安全な場所まで送るよ」
 ミカは彼女に肩を貸して何とか立たせる。しかし、光里の瞳は虚ろなまま。次の舞台には立てないだろうとミカは悟ってしまう。
「アンタの所為なんかじゃない、アンタは……」
 ウィリアムも光里に声をかけたが、今は自分の声がその心に届かないと感じて黙り込んだ。無力さを感じる以上に、空虚さが胸に満ちる。
 アルスフェインも今だけはいつもの笑みを消し、一歩引いたまま彼女を見つめた。
 一人の命は、救えた。
 しかし二人の心までは救うことは出来なかった。
 ジゼルはミルタをそっと抱き、それでも番犬としての役目は果たしたと顔をあげる。
 人の生き方に口出しは出来ない。自分だって生き方に口出しされるのは嫌で、正しい生き方なんてその人にしかわからない。だから否定も肯定もしない。
 そして、夜の静寂にジゼルの声が幽かに響いた。
「――人って、とっても醜くて、美しい」
 今はその光に音が無くても。いつかまた、立ち上がる強さを人は持っているから。
 そう、信じたかった。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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