入学式を終えた夜。
女の子は、家族の誰よりも早く布団に入った。
「ともだちいっぱい、できる……かなぁ……すー」
ランドセルをからって、同級生と一緒に小学校の門をくぐる。
そんな、楽しい夢を視ていた。
しかしながら視界に現れたのは校舎ではなく、大きな蒲公英。
ぷうっと膨らんだ蕾が、勢いよく爆発した。
「きゃっ!」
反射的に瞑った眼を、恐る恐る開けてみる。
すると其処はいつもの寝室で、両側の布団は未だ空いていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
代わりに、枕元に立っていた魔女が、再びの安眠を妨げた。
鍵に貫かれる胸から、巨大な蒲公英が現実化したのである。
「暖かくなっても、魔女は相変わらず活発っすね」
ふぅっと、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が息を吐いた。
少し重たいそれは、ケルベロス達に新たな事件の存在を感じさせる。
「今回は、小学校に入学したばかりの女の子の『驚き』が奪われたんっす」
新たな被害を防ぎ、女の子の意識をとり戻したいのだと。
篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)も、ダンテとともに訴えた。
「どうやら、蒲公英をかたちどっているみたいっすね。背丈は、2メートル前後あるっす。大きいだけあって、ものすごい数の蕾をつけているっすよ」
膨らませた蕾を爆発させて、冷静さを失わせてきたり。
硬く尖らせた葉で、トラウマを呼び起こさんと斬りつけてきたり。
回復能力も高く、綿毛で身を包んで再生してしまう。
「小学校のグラウンドを借りて、誘き寄せるのがいいっすね。先生は残っているかも知れないっすけど、ちゃんと説明すれば大丈夫っしょ。女の子の登校ルートを辿れば、ドリームイーターとの接触も簡単っすよ」
探しているのは、驚いてくれる相手。
勿論、ケルベロス達であっても眼前に現れればその対象となることができる。
驚かない相手を狙う習性も誘導や戦闘に活かしてほしいっすと、ダンテは言った。
「このままでは、女の子が小学生にかよえないっす。よろしく退治してほしいっす!」
眼差しに力を籠めて、ケルベロス達を見送るダンテ。
笑顔で学校生活を送れるようにと、女の子の無事を祈るのだった。
参加者 | |
---|---|
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020) |
ディバイド・エッジ(金剛破斬・e01263) |
難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032) |
エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092) |
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083) |
アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108) |
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532) |
皇・晴(猩々緋の華・e36083) |
●壱
学校へと駆けつけたケルベロス達は、残っていた先生達へ状況説明をおこなった。
そのうえで、被害に遭った少女の登校ルートを訊ねる。
「ケルベロスとして……デウスエクスから子ども達を守るために必要なのです」
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)の訴えに、1枚の地図が示された。
但し予知が外れないよう、それ以上の情報を得ることも警戒を強化させることも避けて。
「経路は大丈夫だね。此処へ誘導してくるまでは、呉々も驚かないように気を付けよう」
地図を辿りつつ、皇・晴(猩々緋の華・e36083)の主導で打ち合わせ。
「諸々了解だ。では行ってくる。こっちはよろしくな」
エフイー・ゼノ(希望と絶望を司る機人・e08092)を先頭に、誘導班は出発する。
「……アクティブな蒲公英だな……なにが蒲公英を駆り立てているのかは知らないが」
「そうですね」
待機班の2人は、校内に残っている人がいないか、確認してまわることにした。
『藁人形』を手に、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)は零す。
アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108)が、ちらりと視線をやった。
胸中、ドリームイーターも人形を使って祟るのかなぁ……とか気になったり。
一方の誘導班はというと。
「ふぅむ、これは少々大輪すぎでは御座らんかな? もちっと小さければなぁ」
予定どおり、ドリームイーターとの遭遇を果たしていた。
さしたる興味もない風に、ディバイド・エッジ(金剛破斬・e01263)が横切っていく。
「2メートルの蒲公英ってそりゃ、ビビるわなぁ……でもどうってことないね」
難駄芭・ナナコ(爛熟バナナマイスター・e02032)は、後込みしたい足を踏ん張った。
怖じ気付く気持ちを表には出さずに、なんとか冷静を装う。
「確かにデカいが、そこらのデウスエクスより余程可愛げがある」
頷き、ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)も余裕の笑み。
「どうした? 大きいのは図体だけなのか? その程度で我々を驚かせようとするのは到底無理な話だな」
愛用のお守りを胸に、毅然とした態度で立ち向かい、恐れ知らずに挑発する。
鎧に銀の長髪を靡かせ、エフイーはもと来た路を戻り始めた。
「いまどき、その程度で驚く人っているんですかね?」
煽るように言うと、奏過も落ち着き払った素振りでドリームイーターの先を行く。
「大きいだけではたいして驚かんで御座るなぁ。さぁさぁ着いてくるで御座るよ」
ドリームイーターに最も近い位置をとり、たまに振り返りながら。
わざと大きな声を出して、ディバイドも豪快に啖呵を切り続ける。
そうこうしているうちに一行は、小学校へ到着。
隠れていた待機班の2人が入口を塞ぎ、先手をとった。
「ふむ、いまので平気ですか。驚きです」
「……ワタシはただ、祟るだけ。蝕影鬼、この植物もどきを祟りきるぞ」
翼の炎を纏わせたルーンアックスで以て、胴部を打つアニマリア。
イミナは前衛陣を護るように紙兵を散布し、ビハインドも足止めを喰らわせる。
「思っていたより普通だなぁ」
平然と言って、抜刀。
宙に描く弧の先で、ヒルダガルデが足代わりの根の1本を斬り断った。
「ただでけぇってだけじゃあバナナには敵わねぇぜぇ!」
確実に命中させることを優先して、オーラの弾丸を放つナナコ。
「深緋 四位の着る色なり」
晴の咲かせた深緋の華は、しかし即座に舞い散り、前衛の攻撃力を上昇させる。
シャーマンズゴーストの物言わぬ祈りの裏で、ドリームイーターも綿毛に身を包んだ。
●弐
不意打ちこそ許したものの。
回を重ねるごとに、ドリームイーターも戦闘モードへと切り替わる。
複数の白い蕾を次々にばら撒いて、中衛や後衛を巻き込んで爆発させた。
「幼い子の感情を利用して巣食う魔女か。厄介な相手だが、ここで始末させてもらおう」
「金剛破斬のディバイド・エッジ、ここに見参! 受けよ、我が金剛破斬剣を! そして花と散るがいいで御座るよ! 纏うは氷塊、成すは鋭刃、掲げて見せるは金剛破斬!」
反撃は、ジャマー2人の連携攻撃から。
砲撃形態へと変形させたドラゴニックハンマーから、エフイーが竜砲弾を放出した。
名乗りを上げてディバイドも、氷結させた己の冷却水で愛用の斬霊刀を覆い尽くす。
裂帛の気合いとともに放つ斬撃は、引き裂いたような傷跡を残した。
「学校を楽しみにしている子どもを……必ず助けましょう」
自身の義理の子と少女を重ねて、助けるべく気持ちを強く持つ奏過。
同じく後衛のナナコに、黙々と正確な緊急手術を施した。
「ありがとよっ! よっしゃ! 蒲公英よりもバナナが強くてうめぇってことを思い知らせてやんよォ」
左が長くて、右が短い、2本のゲシュタルトグレイブを駆使して、突撃。
勢いに任せて、無数の突きで攻め立てた。
「そうら、燃え上がれ」
右脚と心臓から集めた地獄の炎が、刀身で揺らめく。
ヒルダガルデが斬りつければ、葉の1枚に燃え移った。
「花にもヒトにも、自然に与えられた姿形があるんだよ。みんな、ありのままがイチバン輝けるんだ。だから、キミは此処にいるべきじゃないよ」
ディフェンダーとして驚きの感情を消す足許に、深緋の花弁の絨毯を拡げる晴。
相棒のシャーマンズゴーストもメディックとして、祈りを捧げ続けていた。
「地球は楽園にあらじ! ここは地獄の門。門を守る番犬の牙に穿たれよ!」
言い終わるや否や大地を蹴り、アニマリアはルーンアックスを頭上へと叩き落とす。
小柄さを活かして、常にディフェンダーの背後へついて攻撃していた。
「……蒲公英でも祟る。祟る祟る祟る祟祟祟祟……弔うように祟る。祟る。祟る祟る祟る祟る祟る祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟……封ジ、葬レ!」
太い杭にこれでもかというほどの呪力を注ぎ込み、ドリームイーターの中心を穿つ。
無表情のままで何度も何度も、抜き刺しを繰り返した。
必死の抵抗と差し出された鋭利な羽葉は、しかし狙っていたイミナではなく。
主人を庇わんと反応した、ビハインドの胸を貫いた。
●参
激しい攻防も、皆の的確な状況判断によってケルベロス優位に進んでいる。
数ターンのあいだ攻撃の手を緩めることなく、寧ろいままで以上に畳みかけた。
「右手にバナナ! 左手にもバナナ! 2本のバナナを合わせれば! 100倍以上の威力を生み出すぜぇ! バナナの二槍の味、遠慮せずに味わいなぁ!」
愛情を最大限に籠めたバナナを両手に持ちかえて、胸の前で交差させるナナコ。
目にも留まらぬ打撃の嵐と爽やかな香りが、トロピカルな気持ちを呼び起こした。
「回復はお任せを!」
膝を折って奏過は、ケルベロスチェインの魔法陣を展開する。
武装生命体の左肩で一層、鬼瓦の顔つきが険しくなったことには、誰も気付いていない。
「任されよ、この金剛破斬に! エフイー殿、いまで御座るよ!」
「私とディバイド君の連携攻撃、覚悟するんだな!」
ここぞ、という時機を伺っていたディバイドが、再び氷の刃を振り下ろす。
更に、呼ばれると同時にダッシュを決めて、エフイーも摩擦で生まれた炎を蹴り込んだ。
低いところから高いところへと温度が一気に変動し、脆くなった細胞を破壊する。
攻撃のタイミングを合わせることで、ドリームイーターに隙を与えない作戦だ。
「僕はまだまだ未熟だけど、こんなにも素晴らしい先輩方がご一緒してくださっている。みんなを護りたいから、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだよね」
シャーマンズゴーストとともに、晴もヒールを唱え続ける。
いまの自分がすべきことは、積極的な攻撃ではなく、味方の支援だと考えたから。
「……春になったところ悪いが、お前だけは冬に戻してやろう」
イミナの投げつける螺旋は凍気を帯びて、ドリームイーターを氷付けにした。
ビハインドも足止めを重ねて、徹底的な行動の阻害を試みる。
「ともあれ、少女の心……返してもらいます。デウスエクスなりの都合も御座いましょうが、我々の都合により。殺します。陽光浴びる高き峰よ、凍てつく山の影巫が命ず、我が前に立ち塞がる者を穿ち、砕け!」
デウスエクスと対峙するとき、アニマリアの心持ちは常に『殺し合い』だ。
エアシューズの先端へと収束させた紅の煌めきを蹴り込み、内部で爆発させる。
「驚きは少女の夢のなかだけで充分。お引き取り願おう」
その月色の瞳で以て、確と姿を捉えて。
袖口に忍ばせていた惨殺ナイフで、ジグザグ複雑な傷口を刻むヒルダガルデ。
遂に回復も追いつかなくなり、ドリームイーターは枯れ朽ちるのだった。
●肆
巨大植物の完全なる消滅までを見届けて、ケルベロス達はようやっと安堵の息を吐く。
夜の学校は再び、静寂に包まれた。
「ドラゴンにビルシャナにドリームイーター。敵に貴賤もないでしょう」
正々堂々と殺し合ったからこそ、敵であってもその生命を尊重したいと思う。
長髪に隠れる口許で小さく呟いて、アニマリアは静かに瞼を閉じた。
「では、事後処理に移ろう。不屈なる者、不変なる者、不退なる者。栄光の道、来たれり」
周囲の被害状況を共有して、エフイーが皆へ促す。
フォトンエネルギーを転換して、自身の『守る』という心を具現化させたグラビティだ。
「……写し身」
イミナも分身をちらつかせて、サッカーゴールや鉄棒を戻していく。
抱き締める4体の人形と『五寸釘』も、ばっちり一緒に分かれていた。
「火よ、悪辣なる篝の王よ。烟る血潮は誰が為なるや。応え給え、示し給え」
校庭の端では、ジャングルジムや滑り台にブランコまでもが猛火に包まれている。
蒼く燃え上がる炎は、ヒルダガルデの心臓の地獄に紅血を注いだ産物だった。
手分けして原状を回復させたあと、少女の自宅を訪ねた一行。
ヒルダガルデが、家族も含めて事態を説明した。
「死人彷徨う夜のなか……闇に惑う者よ、手を伸ばせ」
柔和な表情を浮かべて、奏過は少女と目線の高さを合わせる。
掌で儚げに揺れる小さな炎が、少女の心に『一歩を踏み出すため』の種火を灯した。
安心させて家族と別れると、奏過の提案で街の警戒活動をおこなうことに。
スキットルからウイスキーを煽り、眼鏡の奥の破壊衝動を紛らわした。
「いいねェ! アタイもバナナでも喰うかなァ」
その様子に食欲が湧き、ナナコは『バナナ』の皮を剥き剥き。
酸味と甘さのハーモニーに心を蕩けさせつつ、手持ちの5本をあっという間に平らげた。
(「ようやく、誰かを護れるくらいには力が付いたかな。理想を叶えるためにも、今日からまた気合いを入れ直さないとね」)
晴は髪に咲く赤紫色の猩々木に触れて、誓いを新たにする。
依頼の成功に、また少し、自信をつけられたよう。
「これにて一件落着。皆の衆、お疲れさまで御座るな。はっはっはぁ!」
ぽんっと軽く手を打ち鳴らし、仲間達を労うディバイド。
またひとつ土産話が増えたで御座るよと、力強く笑うのであった。
作者:奏音秋里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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