運命改変。ある復讐者の願い

作者:河流まお

●運命入れ替えっこ
「ねぇ、覚えてる? 『王子と乞食』って絵本。私とあなたがまだ小さかった頃、お母さんが読んでくれた絵本よ――」
 都内のとあるマンションの一室。薄暗い室内で語るのは、鳥と人間を融合させたような奇妙な容貌を持つ人物。ビルシャナと契約を果たし、異形と化した『かつての人間』だ。
「あ、う……」
 ビルシャナの足元には少女が倒れていた。既に酷い暴行が行われた後のようで、少女はビルシャナの言葉にただ怯えて震えるのみである。
「もう、聞いてるの? あなたってホント小さいころからそうね。どんくさくってボーっとしてて。なにかあるとすぐ私に泣きついて。双子だっていうのに、見た目しか似てなかったわ」
 ビルシャナはやれやれといった様子で少女の髪を乱暴に掴む。そして片手の膂力でもって無理矢理その上体を起こさせると、自分の言葉がちゃんと聞こえるようにその顔を自分の口元に引き寄せる。
「や、やめ……許して――」
 少女が許しを請うように声を絞り出すと、ビルシャナはその頬を鷲掴みにし「私の話を聞きなさい」と少女を黙らせた。
「父さんと母さんが離婚して7年。私は父さんに引き取られたせいでどん底だったわ……。
 でも私はずっと、あなたのことが気掛かりだった。だってあなたは私のもう一つの『可能性』だったのだから」
 羨望も嫉妬も、親愛も憎しみも全てを混ぜ合わせたビルシャナの瞳。
「あなたは母さんに引き取られて幸せそうに暮らしていた。
 見に行くんじゃなかったと思ったわ。帰りはとても惨めな気持ちだった。家に帰ればあの男が待っている。帰り道、私はずっと優しいお母さんが読んでくれたあの絵本を思い出していたの」
 くふ、くふふ、と不気味に笑うビルシャナ。
「そして、天啓があったの! 光る神の御使いが現れたの! 運命を取り戻せって私に告げたのよ!
 だからね! あのとき私があなたに譲った『運命』を、私はもう一度入れ替えにきたの!」
 少女の喉元を掴み、片手で持ち上げてゆくビルシャナ。少女のつま先が地面から離れてゆく。
「か……! けほッ」
 少女の口から呼気が漏れて、見る見ると青ざめてゆく。
「あなたを殺して、私は『あなた』になるの。元々は私の運命だったんだから、かまわないわよね?」
 バタバタと少女の足が空を掻くのも数分。やがて動かなくなった少女の身体を投げ捨て、ビルシャナは満足そうに、くふふ、と微笑むのだった。

●救いの取捨選択
 予知を語り終えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が静かに語り出す。
「今夜、都内のとあるマンションの一室でビルシャナを召喚した少女が殺人事件を起こします」
 被害者の少女とビルシャナを召喚した少女はどうやら姉妹で、自分よりも幸せな境遇にいる妹を妬み、姉はビルシャナと復讐の契約を結んでしまったようだ。
「運命を入れ替える、と彼女は語っていましたが……」
 予知を思い出しながらセリカ。
 双子だったとはいえ、既にビルシャナと半融合し人間の姿を失っている彼女には、もう妹に成り代わることなど出来るはずもないが――。
「ビルシャナの影響力の元、彼女はそれが出来る、と強く信じているようですね……」
 罪のない被害者がビルシャナの犠牲となってしまう前に、なんとか助け出して欲しいとセリカ。
「まず状況ですが――」
 場所はとあるマンションの一室。カギはかかっているようだが壊してしまえば簡単に侵入できるはずだ。
 変に手間取らなければ被害者の少女が暴行を受ける前に介入できる形になる。
 ビルシャナは被害者を苦しめてから殺したいと考えているようで、ケルベロスの姿を見ればビルシャナは邪魔者の排除を優先してくるはずだ。
「とはいえ、戦いで追い詰められれば道連れで妹を殺そうと攻撃するかもしれません。十分注意してください」
 短く説明を切り上げ、ヘリオンの出発準備を始めようとするセリカ。
 そこにケルベロスの一人が声を掛ける。
「ビルシャナと半融合したっていう姉。この子を救うことは?」
 ケルベロスの言葉に、セリカは悩みながらも振り向く。
「可能性としては低い、と言わざるを得ません。皆さんにも危険が及びますので提案すべきではないと思っていたのですが……」
 手順としては2点だ。
 まず半融合した人間の中のビルシャナの影響力を弱めるために、敵のグラビティ・チェインを削り瀕死まで追い詰める必要がある。
 更に、ビルシャナと契約した少女が人間としての心を取り戻し、その復讐を諦めて契約の解除を宣言しなければならない。
「この契約解除は心から行わなければなりません。死にたくなければ契約を解除しろ、みたいな説得では効果はないでしょう」
 説得する作戦に固執すればするほど撃破が先延ばしになり、ケルベロスの敗北する可能性も高まる。
 もし、万が一敵を取り逃がすことになればビルシャナはその狂気のままに街に繰り出し、一般市民を殺戮することだろう。リスクとしてあまりに大きい。
「今回の依頼の成功条件はビルシャナの撃破のみであり、一般人への被害は影響しません」
 努めて感情を抑えた様子でセリカ。
「……危険な依頼ですが、どうか宜しくお願いします」
 そう説明を結び、セリカはケルベロス達に深く一礼するのだった。


参加者
アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
鷹野・慶(業障・e08354)
長船・影光(英雄惨禍・e14306)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)

■リプレイ

●狂気に染まる復讐者
 都内某所にあるマンション。その8階エレベーター前のロビーにビルシャナの契約者を止めるため集まったケルベロス達の一団の姿がある。
「さて、上手くデウスエクスのみの魂を滅することが出来るかどうか」
 紅の鎧に身を包む戦乙女、セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)があえて冗談めかした軽い口調で呟く。
「きっと大丈夫です。僕たちなら出来ますよ」
 メンバーを見渡しながらにっこりと微笑むバジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)。今回集まったケルベロス達は、いずれも熟練と言って差し支えない面々である。
「時間だ。任務を開始しよう」
 静かにその時を告げ、先陣を切り走り出すのは黒衣の青年、長船・影光(英雄惨禍・e14306)。マンションの廊下を駆け抜けて、目指す部屋は最奥の突き当り。
「あの部屋か……」
 セリカの予知では扉には鍵が掛かっていると聞いていた。キーロックかチェーン式か、それは定かではないが――。
「……まぁ関係ないな」
 扉ごと斬り崩せばどちらであろうと同じことだ。影光の放つ黒刀の一閃が扉を切り飛ばし、そのまま室内へと流れ込んでゆくケルベロス達。
「――誰かしら? あなた達は」
 薄暗い室内の中ではビルシャナ契約者の赤眼が煌々と輝いていた。
「ケルベロスです。貴女を止めに来ました」
 バジルが敵の視線を受け流しながら優しく微笑む。
「ケルベロス……? もしかして、私を殺しに来たの?」
「場合によっちゃぁな」
 アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)が肩を竦めながら答える。結局のところ、助けられるかどうかは彼女の意志に寄るところが大きいのだ。
「入れ替りにしろ、復讐にしろ。せめて自分の手でやるなら邪魔もせんのだがね」
 まぁ今回の場合、ビルシャナによる思考誘導が復讐に走った理由として大きいだろう。出来ることなら契約者の少女も救いたいところではあるが――。そのようなケルベロス達の思いは敵の知るところにはない。
「私は悪くない。私こそが正しいのに……」
 突然の闖入者に苛立ち、ガリガリと鉤爪でその身を掻きむしり始めるビルシャナ。爪が肉を裂き、その黒い羽根に赤い血の色が差してゆく。
「あんな姿でもあんたと双子だ、見ない方がいい」
 被害者の少女を庇い、ビルシャナとの間に割って入ったウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)。
 少女は突然の状況と、変わり果てた姉妹の姿に呆然としながらもウルトレスに手を引かれてケルベロス達の後方へと下がってゆく。
「目を瞑って、ここでじっとしてるんだ」
 なんとかウルトレスに頷きを返す少女。
「お、お願いです。どうか、妹を殺さないでください――」
 そして震えながらも必死にケルベロス達に懇願する。
「安心しな。そのつもりさ」
 少女のことを安心させるためハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)はあえてハッタリを効かせて不敵に笑う。言ってしまった以上、これを嘘にする気はない。
 そして、どうやら――。
「妹を、か。確定だな」
 早々に被害者を退散させなかったのは正解だったようだ。
 ハンナの言葉に鷹野・慶(業障・e08354)が頷く。予知の内容を聞いた時から感じていた違和感。それが確信へと変わった。
「7年前、お前達はお互い入れ替わって引き取られている。そうだな?」
「は、はい」
 慶の問いかけに少女は驚きながらも頷く。ならば今回の敵、ビルシャナの契約者の本当の名は――。
「お前は『真奈』だ。7年前、美弥を守るために入れ替わった。……違うか?」
 相対するビルシャナの赤眼が梟のように大きく見開かれた。
「私が、美弥を守るため……?」
 ぐらりと揺れる頭を、片手で抑えるビルシャナ。
「あ、あれ? なんで、あの時の事が、思い出せない?」
 やはりビルシャナが半融合したことによる記憶の阻害があるようだ。霧島・絶奈(暗き獣・e04612)が良く通る声で続く。
「思い出してください。貴女は何を思って運命を入れ替えたのですか? そうする事で貴女の片割れを守りたかったのではありませんか?」
 愛情はふとしたことで憎悪に変わることがある。今は殺意を抱いているかもしれないが、入れ替わった当時はきっと相手を思いやっての行動だったはずだ。
 愛情とはかくも難しい。ビルシャナに語り掛けながらも絶奈はそう思わずにはいられない。
「う……ぐ」
 だが、彼女が人としての心を取り戻しかけたのも一瞬。すぐにビルシャナがその思考を黒く塗りつぶし、狂気へと誘導してゆく。
「そう、そうよ! 私はただ復讐を成せばいいのよ!」
 薄闇の中、赤い満月を想わせる双眸が残光を残しながら揺らめき、ビルシャナが襲い掛かってくる!

●黒翼の梟
「邪魔を、するなぁあああッ!」
 まず狙われたのは慶。ビルシャナの手には黒曜石のような鉤爪が立ち並び、それを力任せに振り抜いてくる。
「――おっと」
 鉤爪の一撃を上体を引いて回避しようとする慶。だが致命傷こそ避けたものの、胸元に爪が僅かに引っ掛かり鮮血がしぶく。
「ッ! まだ聞く耳持たねえか。まずは敵を削らないとだな」
 慶が反撃に使うのは、武器ではなく室内に置いてあった本棚の一冊だ。適当に抜き出したその一冊は古びた絵本。
「命ず、眇たるものよ転変し敵手を排せ」
 古代魔法の詠唱と共に本が青い鳥へとその姿を変じ、慶の手から羽ばたいてゆく。
「――!?」
 雷光の様な軌跡を残し敵に突進する鳥。さらにウイングキャットのユキが先程のご主人様へのお返しとばかりに猫爪の一撃をビルシャナにお見舞いする。
「ぐ……」
 続くように次々とケルベロス達のグラビティが叩き込まれ、ビルシャナが一歩下がる。
「くそ! なんなのよッ! あなた達は!?」
 狂乱しながら鉤爪を振り回すビルシャナ。技術もなにもあったものではないが、ビルシャナと半融合し筋力を強化されたその攻撃はなかなか侮れないものがある。
「貴女が本当に欲しかったのは『王子と乞食』のトムの様に貴女自身を見て貰える事では? それは入れ替えで失った訳でも手に入る訳でもありません」
 絶奈の眼前に魔法陣が幾つも展開してゆく。魔法陣から召喚されるのは光輝く槍の様な物体。槍がゆっくりとその矛先をビルシャナに向けてゆく。
「ねえ、真奈さん。その願いは美弥さんと『二人で』生きていなければ叶いませんよ」
 発射と共に眩い光が室内を染め上げた。強力な一撃を受けてよろめくビルシャナ。
「ぐく、邪魔をするなら、美弥より先にあなた達から殺してやる!」
 爛々と輝く殺意の視線。
「姉妹であっても境遇が違うだけで、これ程まですれ違いになってしまうものですかね」
 自分の妹のことを思い浮かべながらバジル。我侭で、雑務は基本的に兄任せで、困ったところも多い妹ではあるが――。
「境遇がどうあれ、貴女達はかけがえのない『姉妹』なのですよ」
 ときどき妹に玩具にされ(主に女装の強制とか)兄としての威厳とか、男としての尊厳に悩むこともあるが。それでもやっぱり、かけがえのない妹である。
「貴女が美弥さんを殺したとしても、決して貴女が『美弥』になれるわけでは無いです。
 それは、たとえ見た目が区別が付かないくらい似ていてもです。一番それが分かるのは、貴女自身ではないですか?」
 バジルが優雅に腕を一振りすると惨劇の鏡像がその姿を現す。
「さあ、貴女の心に、トラウマを植え付けてあげますよー」
 鏡が妖しく輝くと、敵の深層の恐怖を映し出してゆく。
「うう、お父さん。殺したはずなのに、なぜそこに……? やめて、お母さんに暴力を振るわないで――!」
 なんか思わぬところで重い感じのが出てきた。
「えと、やり過ぎたでしょうか……?」
 どこか困りながらバジル。
「いや、戦闘中の事故だ。バジル、お前は悪くない……」
 アギトがバジルを元気づける。
「てめぇらの境遇は分かった、だがな――」
 恐怖でよろめいたビルシャナにアギトが距離を詰める。
「結果はどうあれ、ただ単に『助けて』といえば良かった、それだけの話だろ」
 叩き込むのは全身全霊の降魔真拳。撃ち抜く拳の衝撃が、敵の腹から背中へと突き抜ける。
「が……!」
 敵の口から胃液が零れ出た。
「殺意も妬みも否定しねぇが、それよりまず弱音でも暴言でも話せばよかったんだ。てめぇにはまだ母親や姉貴が残っているだろうが」
 足を震わせながらも、なんとか転倒を免れたビルシャナ。敵を休ませる事無く追撃するセラ。
「貴方は血を分けた妹が羨やましかったの? 父が憎かったの?」
 セラの指先に光の矢が現れる。薄闇を切り裂くように飛ぶ一閃がビルシャナを貫く。
「両方だッ! あの男は罪を償わせてやった! だから次は美弥の番なんだ!」
 セラの光の矢『光翼天神』を受けながらも、ビルシャナが叫ぶ。
「もし美弥さんが父に引き取られていたら、貴方との同じように貴方を憎んだかな?」
「ッ……!」
 セラの言葉にビルシャナが口籠る。
「己の運命の返還を求める事。それ自体は、理解出来る」
 フォートレスキャノンで敵を狙い撃ちながら影光。
「……だが、そう願うならば彼女を殺してはならない。運命はその名にあるように、命があり初めて意味を持つもの。『真奈』の運命を持つ彼女の死は、そのまま運命自体の死だ」
 ビルシャナに語り掛けながら、影光が脳裏に思い浮かべるのは英雄と呼ばれた亡き父の後姿だ。あの人だったらこの双子に対してどんな言葉を掛けるだろう?
「一度入れ替えたもの。それを入れ替え直したいのなら、初めの手段をなぞればいい。当時も、力で無理やりに願いを叶えたのか? ではなく、言葉で話し合ったのではないか?」
 影光には父の代わりを務められない。父は影光が追い求める『憧れ』そのものだ。
 だが、それでも――。
 これ以上の悲劇を起こさぬ為の一助くらいならば、出来るはずだ。
「……もしそうならば、今も力に頼るな」
 その瞳に強い意志を込めて、影光が敵を見据える。その言葉を反芻しながら呟くビルシャナ。
「――あの時、私は美弥のことが、心配だった……だから、私は父さんのほうに?」
 多くの攻撃が叩き込まれ、契約者の中のビルシャナの影響力が徐々に弱まってくる。
 戦闘開始から6分ほど経ったか、戦いはケルベロス側の優勢で展開していった。
 敵はビルシャナと融合して強大な力を得たものの、戦いにおいては素人同然で力任せにその能力を振るうのみ。
 対しケルベロス側はこれまでに幾多ものデウスエクスを倒してきた手練れ揃いだ。
「そろそろ頭の中がスッキリしてきたか?」
 ベースギターを激しく鳴らしながらウルトレス。
 その曲は聴くものの感情を揺さぶる激しさを持つ反面、演奏者には冷静な演奏技術が要求される。相反する2つの要素が合わさるこの瞬間こそが、ウルトレスが生きている実感を感じられる瞬間だ。
「う、ぐ……」
 さらなるケルベロス達の攻撃を受けてビルシャナがよろめく。満月のように見開かれていた赤眼がその輝きを失い、今は三日月の形まで伏せられている。
「……危険域だな」
 敵の様子を注視していたウルトレスがその変化に気がついた。ウルトレスは仲間の攻撃が敵を仕留めてしまわぬようにヒールドローンで敵のビルシャナにも回復調整を施してゆく。
「ハァ、ハァ……」
 荒い息を繰り返しながらビルシャナ。すでにその身体からは黒い羽根がところどころで抜け落ちてきている。
「お前、美弥に騙されて入れ替わっちまったのか? だとしたら、殺したくなるのも仕方ねぇ」
 黒い手袋を正しながらハンナがビルシャナに問いかける。
「違う、私は――」
 絞り出すような声で真奈はこれを否定する。既にその思考にビルシャナの影響は無く、あの時の記憶はハッキリと思い出せていた。
「お前自身が美弥のことを思うが故に、真奈から美弥になったんだとしたら、その時の気持ちを思い出せ」
 ハンナの拳がゆっくりと引かれてゆく。その姿は撃鉄をおこしてゆくリボルバーを思わせた。
「お前は……『真奈』は、何でそうしたよ!」
 言葉が終わると同時、溜められた拳が放たれる。ハンナの拳は音速の壁を易々と破り、重く、そして鋭くビルシャナの真心を撃ち抜く。
「――ッッ!」
 吹き飛んだ敵の巨体が壁に激突してようやく停まる。ビルシャナに誘導された復讐心はもはやそこには無く――。
「私は、美弥を父さんから守りたかった! だから――!」
 心の底から大声で真奈は契約破棄を叫んだ。カッと眩い光が真奈から噴き出し、鳥のような形を成す。
「ロゥ!? ロロゥ!?」
 真奈の身体から追い出されたビルシャナの真の姿である。すぐさま窓を目指して逃亡をしようとするが――。
「逃がさねぇよ、てめぇはな」
「――!!」
 アギトの旋刃脚がビルシャナ本体を捉えると、ビルシャナの身体は光を失い、灰に似た塵となって消えていくのだった。

●いつかの絵本
 ビルシャナという憑き物が落ち、契約者が人間の姿を取り戻してゆく。
「真奈!」
 美弥が走り寄る。妹の無事を確認すると彼女は大声で泣いた。それが安堵の涙か、許しを請う涙か定かではないが。
「……」
 静かに煙草に火をつけるウルトレス。そこにバジルが話しかける。
「浮かない顔ですね。真奈さんが命を留めたのは貴方の機転のおかげですよ?」
 誇るべきことです、と優しく笑うバジル。
 ウルトレスが視線を落とすのは双子の姉妹、今は疲れたように眠ってる真奈だ。
「……既に父親を殺めた以上、安息の日は来ないはずです。そう考えるとね」
 生きてさえいれば救われるという考えにウルトレスは賛同出来ない。ビルシャナの影響下にあったとはいえ父親殺し。あの年齢の少女には重すぎる罪だ。
「まぁ確かにな……」
 アギトもどこか複雑な表情で姉妹を眺める。
「この子には姉と母が残っている。もう一度、一緒に再起を期すことも出来よう」
 そう願いを込めながら呟き。姉妹の肩にそっと手を置くセラだった。

 戦いが終わり、荒れた部屋を手分けしてヒールしてゆくケルベロス達。
「……?」
 床下に落ちていた一冊の絵本に気がついた絶奈。
「――この絵本は?」
 絵本を拾い上げながら呟く。
「ああ、たぶん俺が戦闘中に触媒で使ったやつだな」
 慶が思い出しながら一言。なるほど、あの時の、と頷きながら絶奈は絵本を捲る。
「適当に選んだ一冊だったけど、もしかして『王子と乞食』だったとか?」
 どこか子供っぽい笑みで慶。
「まさか。そこまで出来た偶然ではありませんよ」
 苦笑しながら本棚に絵本を戻してゆく絶奈。
「いや、ですが――」
 考えようによってはこの絵本も偶然と呼べるようになるかもしれない。
 その絵本は不幸だった兄妹が、一緒に『幸せ』を探しに行く話。
 これが出来た偶然になるかどうかは、きっと彼女たちの今後次第なのだろう。

作者:河流まお 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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