
●それは全てを焼き尽くす焔であった
空が焼け落ちたかのようだった。
遠き聞こえてきていた落下音が、来訪を告げる音であったと誰が知れただろう。葉桜は枝ごと焼け落ち、一瞬のあとに明るい焔が一帯を覆う。竜の吐息が運ぶ熱に、花の名残を惜しんでいた人々は漸く我に帰った。その襲撃に、未だ頭が追いつかず、悲鳴さえ、己の足が震え動けずにいたことにすら気がつかずにいた人々に現実の焔が追いついてくる。
「ーー刮目せよ」
悲鳴に溢れる広場に、火焔と熔岩を操る竜は告げる。
燃える翼から火焔を零し、滾る溶岩を岩石の鎧の隙間から噴出しながら。
「我が焔をその目に焼き付けよ」
これは蹂躙である。
朗々と響くその声は威圧的でありながら威厳に満ちーーそして、逃げ惑う人々に否応無しに焼きついた。それは迫る恐怖であり、危機であった。そしてそれこそが竜の目的もあった。
重グラビティ起因型神性不全症。
己を蝕むそれを知り、定命化の一件からケルベロスを憎む竜はその力をその焔の凡てを大地を焼き尽くすことに使う。ニンゲン達にできる限りの恐怖と憎悪を齎す為に。それこそが同胞達の為に出来ることと知っているからこそ。
「我が名は灼岩竜ラヴァグルト」
それこそが焔の決意。
戦いを選びし竜は焔を零す翼を広げーー熔岩の雨を喚ぶ。呆けたように見上げ恐れおののく人々に絶望を齎す為に。
●灼岩竜ラヴァグルト
「火焔と熔岩を操る竜です」
集まったケルベロス達を前に、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は静かに告げた。
「市街地が灼岩竜ラヴァグルトと名乗る竜による襲撃を受けると、予知されました」
重グラビティ起因型神性不全症ーー定命化が始まり、死が近づいたドラゴン達により起こされている事件だ。
「死を迎えようとしているドラゴン達が市街地に飛来し、人々を襲うという事件については既にご存知かと思います」
今回襲われたのは千葉県某所。
花の盛りこそすぎたが、花びらが散り始めた今は葉桜見物で賑わう場所だ。
「この襲撃を放置すれば、グラビティ・チェインが奪われるだけでなく、ドラゴンの齎すその恐怖と憎悪によって竜十字島のドラゴン勢力が定命化までの時間的猶予を得てしまうと思われます」
そう言って、レイリはケルベロス達を見た。
「まぁ、襲撃があります。と分かってそのままでやられ放題っていうわけにもいきませんので」
彼らの道理に、こちらもこちらの道理でぶつかります。
「ドラゴンは魔空回廊を使わず、竜十字島からまっすぐ飛来してきます」
撃破を、とレイリは言った。
「人々を守り、ドラゴン勢力に時間を与えないためにも。どうか討ち果たしてください」
相手は火焔と熔岩を操るドラゴン一体。
戦場となるのは、公園広場だ。
「ですが、事前に避難を行うのは難しいです」
一般人を別の都市に避難させようとした場合、避難中の一般人がドラゴンに襲われる危険性が高いのだ。かえって危険が高くなってしまうことだろう。
「一般人の皆様には、公園の奥にある講堂に集まって頂きます。皆様にはその場所を守るようにここにーー……」
言いながら、レイリは広げた地図の一点を示した。
そこは講堂へと続く通りの前、公園広場だ。
「この場所に布陣し、ドラゴンを迎撃して頂きます」
公園広場は円形になっており、周囲を桜の木が囲んでいる。
「ケルベロスが敗北するか、或いは、撤退しない限りは、一般人の皆様への被害は出ません」
避難などは考えずに戦うことができる。
同時に、敗北するようなことがあれば講堂にいる人々も街も無事では済まない。
「惨劇となります」
言い切って、レイリはケルベロス達を見た。
「相手は灼岩竜ラヴァグルト。先にお話した通り、火焔と熔岩を操る竜です」
燃える翼から火焔を零し、滾る溶岩を岩石の鎧の隙間から噴出し、燃え上がらせている。
「武闘型のドラゴンです。定命化によって死に瀕している為、体力は下がっています。ケルベロス8人でも撃破は可能です」
ですが、とレイリは言った。
「その攻撃力は健在です。気を抜けば、膝をつくだけではすみません」
焔の吐息の他、熔岩雨、竜の持つ威圧による回復阻害も有している。
そして灼岩竜ラヴァグルトは定命化の一件でケルベロスを憎んでいるのだ。そうと告げれば、この場の戦いを優先するだろう。
「それと、このドラゴンですが一度飛来すると死ぬまで戦い続けるものかと」
少しでも恐怖と憎悪を齎す為に。
「逃走の可能性はありません」
ならばあとはぶつかり合いになるだろう。
「容易い相手ではありません。ですが……皆さまならば成せると、そう信じています」
好き勝手に襲撃されるわけにも、絶望を紡がれるわけにもいきませんから。
そう言って、レイリはケルベロス達を見た。
「撃破を、お願い致します。彼らが覚悟を持って来るのであればこちらも覚悟を示します」
全力で。
「では、参りましょう。皆様に幸運を」
参加者 | |
---|---|
![]() ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
![]() 水無月・鬼人(重力の鬼・e00414) |
![]() ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772) |
![]() エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859) |
![]() 赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584) |
![]() アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
![]() 狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283) |
![]() 十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149) |
●灼岩竜ラヴァグルト
ひら、はらと舞い落ちる桜の中に飛び込む。ヘリオンで降下する中、ケルベロス達の耳に届いたのはゴウ、と風の唸る音であった。舞い上がる桜を見送り、わずか、あげた視線が端から赤く染まっていく空を見る。
「刮目せよ」
空を焼き尽くした明るい焔は、轟音と共に巨大なドラゴンへと変じた。来訪を彩った竜を見上げ、少女は紡ぐ。
「ラヴァグルト」
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)がその姿を捉えれば、火焔と熔岩を操る竜は広場に降り立つ。
「……」
熱が、頬に触れた。
白椿咲いた銀髪がふわり舞い上がる。
エルスはラヴァグルトとは面識がないーーだがでも定命化加速の元として憎まれるのは間違いなかった。それにエルスとて竜十字島の一件以来、戦っているのだ。ドラゴン勢力に復讐するために。積極的に、少女の姿は戦場にあった。
「竜退治、か。英雄譚にありがちな展開だが、自分がやる事にやるとは、な」
見上げ、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)は息を吐く。
「ケルベロスか」
く、と灼岩竜ラヴァグルトの声が響いた。
「我が怨嗟の先よ。刮目せよ」
風が唸った。舞い落ちていた花びらが一瞬にしてーー消える。ごう、と纏う鎧から溶岩が吹き出し、広げた翼が燃え盛りーー告げる。
「我が名は灼岩竜ラヴァグルト。ケルベロスよ、これはーー蹂躙である!」
次の瞬間、力強い羽ばたきと共に空に無数の熔岩が召喚された。降り注ぐ先はーー後衛だ。
「エルス!」
「アリシスフェイルさん!」
重なるように声が響いた。次の瞬間、痛みより先に熱が走る。視界を染め上げた熱に、だが二人は息を吐きーー顔をあげた。
「退けないわ。被害は、出したくないもの」
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は息を吸う。強気な金の瞳はまっすぐに竜を見据えた。
己の役目は、確実に当てること。そして仲間の攻撃を当てやすくすること。
「散る花のように、その火焔、溶岩共に散らせてやるのよ」
地面に、突き立てた剣が守護星座の光を生む。溢れる癒しの中、エルスは言った。
「かつてお前らが殺した者の気持ちを、今存分に味わえ」
「ならば絶望せよ。我が焔の前に!」
ラヴァグルトが身を前に向けた。広場のタイルがひび割れ、浮き上がった破片を視界に十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)はその手を前にーー出す。
「これは……」
「疾きこと風の如しってな!」
十六夜天流、ニの型。
間合いの外より、炎熱の影の端から振るわれた一閃が竜の足を切り裂いたのだ。
ぐん、と向いた視線に武器を構え直す。
ドラゴンは卑怯だと刃鉄は思っていた。デカイ癖に小さいのを狙う卑怯なやつだ、と。だからこそ怖くは無い。武者震いはする。怖いけれど、怖くはーーない。
「小癪な」
「そうかな」
紡ぐ、声は炎熱に踏み込んだ間合いにあった。た、と踏み込んだ先、竜の爪が炎を吐くのをゼレフ・スティガル(雲・e00179)は見る。
「溶岩――星を形作る、原初の熱。地獄の炎とどちらが熱いのだろうね」
見下ろす、竜の瞳がこちらを向く。瞬間、ゼレフは長柄の刃を振り上げた。僅かに竜の顎が下がれば、首元を引き裂くように男の刃は走った。傷口に氷が走る。僅かに目にかかる銀の髪が炎色に染まっていた。
「向こうからぶつけに来てくれたんだ。最期の力、精一杯受け止めてやろう」
その熱に、勢いにゼレフは告げた。
●放つ憎悪
「ドラゴンたちも私共と同じ定めを身に引き受けたのか。しかし、その心の在り様は異なりましょう」
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)は静かに告げる。
「守るべき人々、仲間たちの為にも、この身命、惜しむことはございませぬ」
誓いに似た言葉に、空間が震えた。煌めきが、やがて幻想の花園となって戦場に顕現する。
「詩人の後胤よ、我が見るは、汝が母なり」
音もなく蔓延り続ける蔓植物。伸びる木枝が淡い影を作り、ギヨチネを中心として広がった花園に咲き誇る花々は竜の溢れる炎さえ芳香に染め抜くようにーー咲き誇る。
「く、はははっ……!」
ぐん、と竜の意識がギヨチネに向いた。
「我が焔を、喰らうか」
ケルベロスよ、と竜は吠えた。その声に舞い落ちる桜が吹き飛ぶ。
「わっはー!! とっても強そうなドラゴンっすね!! 楓さんも全力で戦うっすよー!!」
落ちる、火の粉さえ飛ぶように避けて狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)は螺旋の軌跡を描く手裏剣を放った。
「弱ってきているのが残念っすね、楓さんはもっと全力で戦いたかった!!」
一撃、届けば竜が僅かに視線をあげる。広げられた翼に楓は笑みを見せた。強敵と戦えること、それ自体が楽しくて仕方ないのだ。地を蹴り上げ、一気に加速して間合いを取り直す姿を竜が追えばーーその頭上に影が落ちた。
「絶望はこの手で打ち払う。人は私達が守ってみせる」
アリシスフェイルだ。
落下の勢いを利用し、流星の煌めきと共に一撃は叩き込まれた。ガウン、と硬い音が戦場となった広場に響き渡った。血の代わりか、弾けた焔を視界に鬼人はオウガメタルをサイコロへ状に変化させる。
「――お前の運命を極めるダイス目だぜ?」
キュイン、と浮き上がったサイコロがカウントを始めーー6の数字に辿り着いたその時、全てが解放される。
「よく味わいな」
太陽のように、燃え盛るダイスが竜を撃ち抜いた。
「は、焔か」
竜は嗤う。胴を撃ち抜いた一撃に、鎧の隙間から焔が溢れた。
「また強そうなドラゴンが来たよね」
炎が、舞い上がった桜の葉を焼いていた。その熱を肌に感じながら、赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)は息を吸う。
「何が何度来ても、ここから先へは絶対行かせないよ。だってヒーローだから」
掲げる手に生まれるは黄金の果実。聖なる光は、緋色の手元から前衛へと広がっていく。ほぉ、と竜の声が落ちた。
「耐性か」
「そうだとしたらーーどうするの?」
向けられた視線に、殺意に、緋色は真っ直ぐに視線を返す。く、と灼岩竜ラヴァグルトは嗤った。喉の奥、くつくつと竜は嗤う。
「ならば、ならばこそ我が焔によって燃え尽きるがいい」
ケルベロス、と告げる竜から焔がーー溢れた。
竜の踏み込みに、地面が揺れた。足を取られる程ではなくーーだが足を止めていれば焼かれるだろうと誰もが思う。これはそういう戦場だ。
竜の攻撃力は強大であった。無駄な重複を省くよう、前衛にあと少し、とエルスが紡げば頷いた刃鉄が回復を届けた。
「無駄なことを」
「ここから先には絶対行かせねえよ」
は、と息を吐き、告げる。
「デカブツの炎の灯火、てめえの命ごと消し飛ばしてやる。桜より先にここで散るんだな」
「愚かな」
「さて、どうだろうな」
言って、鬼人は踏み込む。地獄の炎を纏う刀の一撃に竜は跳ねるように身を横へと飛ばした。翼が広がる。高くは飛ばないか。
「ならーー……」
空を切った一撃は、その一瞬を引きつけとして踏み込む次の一撃をーー通す。
「ひっさーつ!」
飛び込んだのは、緋色であった。回復の間、今の一瞬を攻撃の機と見た少女の一撃が竜の胴を引き裂いた。
「この中では一番弱いけど、だけど私もケルベロスの中では強い方だよ」
「小癪な」
ぶん、と暴れるように竜は身を振るった。ぶわり、生まれた風が熱をーー帯びた。
●灼熱の相対者
だん、という力強い踏み込みに、ゼレフが顔をあげた。
「咆哮、来るっすよ」
「緋色様」
同時に響いたのはエレスの声だった。た、と身を横に飛ばす緋色の前、軸線へとギヨチネが踏み込む。
「恐れ戦け!」
「なればこそ」
受け止めましょう、とギヨチネは言った。衝撃が、体を襲う。口の端から血が零れ落ちた。壁役を担う身だ。元より、この体力の及ぶ限り仲間を庇うつもりでギヨチネはいた。
「愚か……」
愚かな、とそう言いかけた竜が、は、と顔をあげた。翼が開くーーだが、それよりも早く影が、きた。
「ふふん! 油断したらダメーっすよ!」
キュイン、と螺旋の力をひめた楓の瞳が光り、瘴気に覆われた楓の影がラヴァグルトを絡め取ったのだ。影はかき消されることなく腕を、翼を絡める。
「これくらいの攻撃じゃ効かないっすか?それじゃあ次はもっと速く、鋭く切り裂くっすよ!」
竜の踏み込みに、木が、枝が折れた。頭上の影に、狐は地を蹴る。枝を踏み台にする。
「まだ、まだまだ楓さんの最速はこんなんじゃないっすよー! 力が弱くとも、速く! 速く!! 今よりもっと速く切り裂く!!」
風が、戦場の熱を舞い上がらせる。戦場となった広場には、炎と剣戟があった。一撃、一撃、叩き込めば火花が散り、飛び抜け避けるラヴァグルトの踏み込みが地面を震わせた。
「我が焔をその目に焼き付けよ」
「その上でーー払ってみせる」
頬に熱を、指先にぱたぱたと落ちる血をそのままにアリシスフェイルは前をーー戦場を見据えた。状況は悪くは無い。ラヴァグルトの攻撃力は確かに高いがーーまだ誰一人倒れてはいない。傷が深い者も確かにいるが、緋色に刃鉄、そしてエルスの回復が戦線を支えている。
(「状況は悪くは無い。こっちの攻撃も通っている」)
ならば、悪くは無い状況を良い方へーー流れを引き寄せる為に。
「届かせるわ」
錫から天石に至り、とアリシスフェイルは紡ぐ。片手を軽く一振りすれば、震える空間から生まれ出ずるのは青と灰の光が絡み合う棘の槍。
「交わる荊棘、置き去りの哀哭、壊れた夢の痕で侵せ――柩の青痕」
そして、力は届く。竜の懐へと。
「グ……ッ」
火花が散った。鎧の奥、胸から溶岩が零れ落ちる。僅かに、踏鞴を踏んだ竜へとギヨチネの一撃が届く。振り下ろす斧が宿す月の煌めきに、続けてゼレフの一刀が落ちる。
「定命化ってのは、まるで惚れた弱味だね――なんて」
「愚かな……!」
ラヴァグルトは吠えた。ぐるり、見渡すように戦場を見据えていた瞳がゼレフへと向く。定命化の一件、口にすれば不思議も無いか。踏み込む竜が風を纏う。熱を頬に、迷うことなく鬼人とギヨチネが動く。溢れる炎さえ飛び越えて楓が行く。
「回復するよ」
あと少し、だとエルスは思う。あと少しで、流れを完全に掴むことができる。
「私が立ってる限り、誰にも倒れさせない」
禁断の断章を紐解き、エルスは詠唱する。言の葉は力に。響きは癒しとなってゼレフへと届く。
「今度は必ず、皆を守るの」
それはエルスの覚悟と誓いだった。
何より、この戦いの前決めていたことがケルベロス達にはあった。それは撤退をしない、ということだった。何が何でも倒しきりーー守る。その為に、どんな手段さえ使う覚悟で。
●対岸に到りて
熱を帯び、戦場は加速する。
「さって頑張って癒しちゃうよ。響け「ブラッドスター」
油断だけはせずに、緋色は回復を紡ぐ。
血は流した。腕だって、足だって痛いし、熱い。けれど傷は癒される。膝は折らない。体だってまだ動く。決めているのだ。倒すと。この竜の覚悟に、焔に全力を叩きつけると。
「燃え尽きよケルベロス!」
竜は吠える。憎しみと敵意を叩きつけ、その爪も、角にさえ炎を滾らせ。焔の吐息を躱されれば、身を前に短い羽ばたきで飛び込むと咆哮を叩きつける。それを身に受け、時に僅かに躱しながらケルベロス達は動き続けた。加速する戦場に火花が散り、回復の声と、叩き込む一撃が新たな火を紡ぐ。
ごう、と空が唸る。瞬間、竜の口が明るく燃えるのをエルスは見た。
「焔の吐息……!」
竜が見ているのは、怒りを叩き込み、軸線に踏み込み続けたーーギヨチネだ。頭上の熱に男は顔をあげる。僅かに視界は歪んでいた。不思議も無い。庇い続けていたのだ。その分、仲間の攻撃は竜へと届いていた。焔が溢れ、鎧に罅が入り、零れ落ちる溶岩の一部を氷が覆っていた。——故に、邪魔だと竜は言う。
「貴様からまず燃え尽きよ」
「——」
焔の吐息がギヨチネを焼いた。真っ直ぐに、敵を見据えた男はばたばたと血を流しーーだが、倒れることなく、踏み込む。
「な……!」
「どうか本懐を遂げられますよう。どうか無事であらせられますよう」
紡ぐ、男の足元に溢れていたのは癒しの光。緋色と、刃鉄のものだ。
「やらせないよ」
「そういうことだぜ」
緋色が笑みを見せる。刃鉄は口の端をあげる。
回復を、とエルスも声をあげていたのだ。間に合わないと判断してすぐに要請したのも正解だった。
「希望を持ち続けてくださる人々に感謝申し上げましょう」
故に、男は踏み込む。た、と地を蹴り上げーー落ちるのは電光石火の蹴り。
「……!」
「こっちもあるっすよー!!」
声は、斬撃と共に生まれた。
刃を滑らせ、制約を深く刻み込ませた楓はぐん、と向いた竜の瞳に笑う。
(「楽しい戦いだけど、楓さんが負けたらいっぱいの人が危険!」)
「楓さん達の後ろにはいっぱい人が居るっす!絶対に負けられないっすよ!」
退けとばかりに、振り上げられた腕に後ろに飛ぶ。その影から現れたのはアリシスフェイルの紡ぐ、ドラゴンの幻影だ。
ドラゴンの死出の足掻きとて、その被害を甘んじて受ける謂れもない。
「此処が、他の誰でもない、あなたの墓場よ」
「……ッ」
羽ばたく。距離を取り直すように僅かに浮いた竜に影が落ちた。
「よう」
鬼人だ。
「……死にたくないって気持ちは解るが、よ。そいつは俺達も同じなんだ」
鬼人の胸で、恋人から貰ったロザリオが揺れた。必ず帰ると約束をした。は、と息を吐き、腕を伝う血を気だるげに払ってーー手を開く。
「だから、ここであんたを倒しても、恨みっこなしだぜ」
そこにあったのはオウガメタルの変化したサイコロ。カウントはーー6だ。
「邪魔を……ッ」
身を横に飛ばす。だが、羽ばたきの間、焔を零す翼が固まった。
「!」
回避などできぬままに、竜は一撃を受ける。炎が竜を打ち抜きーー鎧が欠け落ちた。ガウン、と音が響き竜は気がつく。あと一つの炎に。
「ぬるい炎じゃ君に失礼だろう?」
それはゼレフの炎。
嘆きの御使いに準え嗤う、銀の炎纏う刃は片翼。一撃は、包み込むように竜をーー切り裂いた。
「っ、ぐ、ぁ」
竜の叫びを耳に、エルスは紡ぐ。召喚の言の葉を。それは、エルスが時々夢に見るもの。かつて滅亡した世界を覆う「闇」を虚無と現実の狭間からーー喚びこむ。
「終焉の幻、永劫の闇、かの罪深き魂を貪り尽くせ!」
「ぐ、ぁあああああ!」
闇が、竜を包む。振りかざす炎は飲み込まれるようにして闇に食われる。
「ケル、ベロス……ッ」
その咆哮を最後に、灼岩竜ラヴァグルトは崩れ落ちる。熱が散りーー焼き尽くす炎が空から去った。
光が、燃え盛った公園を癒していく。
倒れた木々もあったが、これで大丈夫だろう。避難していた人々にも怪我はなかった。
戦いを終えたケルベロスたちを労わるように花は舞い、取り戻した青空が優しく煌めいた。
作者:秋月諒 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
![]() 公開:2017年5月3日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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