夜更かし! 絶対メッ!!

作者:狐路ユッカ

●よいこは寝ろ!
「いつまで起きているのだーーーーッ!!」
 ぐわっしゃぁん。とある個人経営の塾に、真っ黒な翼のビルシャナが現れた。
「なななななんだあんた!」
 事務所に1人残っていたのは、塾長の男。時計の針は10時を指していた。
「ここは学習塾だそうだな! 子供に学びを提供する場で、こんなに遅くまで起きているとはけしからん! 夜更かし! 絶対! 許さない!!」
 ぶちぃっ! と、男が使っていたパソコンの電源をぶち抜く。
「ああああああ! データが!」
「うるさいっ! このような狼藉、この夜雀が許さぬ!」
 ものどもかかれ! その声に応じて、ビルシャナの背後から8人の男女が躍り出るのであった。


 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は、むーんと唸る。
「うん……確かに過度の夜更かしはいけないけど……」
 これはちょっと過激だよねえ、と苦笑いをして、説明を始めた。
「夜雀というビルシャナが現れることが分かったんだ。夜雀は、夜更かしを絶対に許さないんだよ。どんな理由があっても。今回は遅くまで残ってデータ整理をしていた学習塾の塾長を狙って襲撃するみたいだね」
 この塾を守ることはもちろんだけど、こいつを野放しにしておけば救急救命センターや夜間の管理事務所、セキュリティ会社なんかの電源もぶち抜かれかねない。それは阻止しなければ。
「配下の信者を8人、従えてやってくるよ。みんなにはこの信者を説得して退散させることと、あとは塾長の避難をさせてもらわないといけないね」
 生徒や他の従業員はもういないから、他は気にしなくて大丈夫だよ、と祈里は付け加え、手元のバインダーに視線を落とす。
「えーと、夜雀は、強制終了ビームをうったり、ねんねこ念仏を唱えたり、フリーズの輪を飛ばしてくるよ。気を付けてね!」
 もう攻撃方法だけで色々おかしい気がするが、気にしたら負けかも知れない。
「いろんな理由で夜更かしをしている人はいると思うんだ。でも、それも譲れない事ってあると思うんだよね。致しかた無いってこともさ、あると思うんだよ。っていうかいきなり電源引っこ抜くのは無しでしょ……」
 祈里は、ああ怖いと耳を寝かせ、そしてケルベロス達を見送るのであった。


参加者
八代・社(ヴァンガード・e00037)
ヤクト・ヴィント(戦風闇顎・e02449)
白銀・ミリア(ドワーフのガンスリンガー・e11509)
水無月・一華(華冽・e11665)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
龍身寺・柚月(ドラゴニアンの鹵獲術士・e20730)
細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)

■リプレイ

●眠らんか
「毎度毎度のことながら、こいつらの主張には一理しかねえな」
 八代・社(ヴァンガード・e00037)は、小さくため息をついて眉を寄せる。
「夜更かしを禁止されたら酒場の店主はどうすりゃいいんだ。おれだが」
 もっともだ。夜に営業する場所は商売あがったりである。
「いつまで起きているのだーーーーッ!!」
 出た。派手な音と共に学習塾に突っ込んでいくビルシャナを見つけ、ケルベロス達は早速その後を追って塾へ入るのだった。
「ひっ……な、なんだあんたらは!」
 怯える塾長。
「10時を回ったら! もう! 寝ろ!」
 信者の怒号が響いた時、十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)が問いかける。
「なんで10時なんだ? 良い子の寝る時間ってのは9時だろ?」
「ほへ?」
 良い子の寝る時間を提案され、信者の1人は目を丸くしている。
「あと朝は何時からなんだよ」
「え、あ……」
 その隙に、刃鉄は社に視線を送る。社は素早く塾長へと駆け寄ると、背に塾長を庇い叫んだ。
「早く資料を保存して逃げろ! Ctrl+Sだ!」
 だいじなだいじなショートカットキー。これやるだけでだいぶ違う。
「は、はいぃ!」
 塾長は何かに弾かれるようにキーボードを叩いた。これでとりあえずは安心だ。ヤクト・ヴィント(戦風闇顎・e02449)は、それを確認するとサッと塾長の手を引いて裏口へと走り出した。
「うるさい! 夜は! 静かに電気を消して寝るのだ!」
 ビルシャナが、ばつん! とブレーカーを落としてしまった。見越していた龍身寺・柚月(ドラゴニアンの鹵獲術士・e20730)と篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)は持参したランプと懐中電灯の明かりをつける。柚月は、本当に全部電気を消しても良いのか、と信者達に首を傾げた。
「良いに決まっている!」
 主張を曲げない青年に、問いかける。
「たとえば、真夜中にお手洗い行きたくなることってあるのよね。その時、電気も付けない真っ暗闇の中を辿り着ける?」
「えっ」
「小さい家ならまだしも、大きい家だったら危なくて仕方ないわよ」
 男は想像する。真っ暗な中おトイレを求めてさまよい歩く自分の姿を。
「……ちょっとこわいかもしれない!」
「怖くない!」
 ビルシャナがぷんすこしても、男はお構いなしだ。すたこらとその場を去って行ってしまった。
「10時に消灯なんて言ったら、当然終電や終バスはそれよりも早くしないと行けないわけよね?」
「当然だ!」
 即答するおじさんに、柚月は続ける。
「そしたら、それを逃した人たちがネットカフェなんかに集まる。10時以降、真っ暗な、パソコンもなーんにも使えないネットカフェによ?」
「問題ない。そもそもネットカフェも営業停止だ!」
 もう言っていることが滅茶苦茶だ。柚月は頭が痛くなってきた。
「続きが気になる漫画とかアニメとかドラマとか、そういうのって続き見ないで寝れるか?」
 刃鉄、いきなりの問いかけ。ぎくっと女が肩を揺らした。
「まさか、貴様」
 ビルシャナが視線を向けると女は目を泳がせる。
「興奮したとかなんとかで絶対寝れねーだろ。消灯時間の後に気になるからライトでも持って見ちまうやつがいるのが大半だろ? 心当たりあるやついるんじゃねえか?」
 刃鉄はその女の目をじっと見つめる。
「10時に寝られるやつなんて殆どいねーって。っつーか寝て起きる時間ぐらい勝手にさせろっての!」
「うあああっ」
 女はついに耐え切れなくなって走り去っていく。子供の教育上消灯時間をガミガミ言ってはいたが、自分もリアルタイムで深夜ドラマが見たかったのだろう。夜雀は訳が分からずただ呆然としていた。

●寝るお時間とは
「夜更かしのしすぎは確かにめっ! ですっ!」
 細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)の発言に、夜雀はうんうんと頷き、歩み寄った。
「よし、よし、同志となるか!」
 差し出した右手はスカッと空を切る。つららはぐっと拳を握りしめて首を横に振ったのだ。
「でもでもっ、やっぱり大晦日は0時まで起きて、はっぴーにゅーいやーっ! て盛り上がりたいですしっ、夜中にこーっそり抜け出してコンビニにアイスを買いに行っちゃうドキドキ感もやめられませーんっ!!」
 煩悩に塗れた感じが凄い。でもすごくわかる。信者の心もわずかに揺れた。そこを見逃さず、つららは畳み掛ける。
「信者の皆さんはコンビニエンスストアを利用したことがありませんかっ?」
「あ、あるけど……」
「夜中にどーしてもアイスクリームが食べたくなったらどーするんですっ?」
(「それも、あるけど……!」)
「大晦日の22時ごろ、年越し蕎麦の用意ができていないことに気づいたらどうするんですかーっ?」
「即席でもいいから買いに行きたいよぉっ!」
 アウト! 本音はみでた! その瞬間夜雀はお腰につけた巨大な筆をぶんぶんと振り回した。
「おまえなんて! おまえなんて仲間じゃないやい!」
 破門された女は、すごすごと去ってゆく。
「夜更かしは体にも悪いし、身長も伸びない! 確かによくねぇ!」
 白銀・ミリア(ドワーフのガンスリンガー・e11509)はドワーフたる小さな身体で大きな声を上げる。
「そうだよね! そうに決まってる!」
 嬉しそうに振り返った夜雀の希望は、またしても打ち砕かれる。
「でもよ、そんなのは子供の間だけだ! 子供のあたしだって、誰かが夜必死に頑張ってくれてる。夜遅くに帰ってくる親。家族じゃなくても遅くまで頑張ってる人たちを見たことがあんだろう!?」
 信者のうちの真面目そうな少年の1人が息を飲んだ。
「あたし達が夜寝れるのは、そういう人たちの努力あってこそだろうが!!」
 誰かが頑張っているから、誰かが眠れる。誰かが守っているから、安心できる。過度の労働はいけないが、その構造があることを忘れてはいけない。ミリアの主張に、少年はハッとした顔をして踵を返した。
「おい、おま……」
「帰るっ。今日は遅くまで頑張ってる母さんにお疲れって言ってあげるんだ!」
 明確な意志を持って、彼は夜雀の元を去っていく。
「んぎぎぎ!」
 とにかく夜更かしは駄目なんだもん! とビルシャナが地団太を踏む。残っている信者達もそうだそうだと拳を高くつき上げた。
「残念です、素敵な夜を知らないなんて……」
 ぽつり。水無月・一華(華冽・e11665)はわざともったいぶってゆったりとした口調で告げた。
「素敵な夜?」
 少女が振り向いたのを、逃しはしない。
「ご存じないですよね……夜に読む本の楽しさ」
 スッと一華が取り出したのは、星を縫い取ったお手製のブックカバーを付けた文庫本だ。
「静かだからこそ話に没頭し、繰り広げられる世界観……」
「そ、そんなの日中読めばいいじゃない!」
 明るいところで読んだ方が目にも良いし、と言いかけた少女。一華はスッと唇に人差し指を当てると、静かな声色で物語の冒頭を読み上げた。
「密かに星が輝く夜、私は音を立てないよう窓を開け靴を落とした。そして……」
 その物語は夜の物語。少女は気になる、というようについ身を乗り出す。
「ふふ、続きは夜に。ね?」
 ぱたん、と本を閉じ、一華は微笑んだ。――だって、本当に夜に読む方が面白いもの!
「続き……!」
「夜に」
 にっこりと笑む一華に、少女はうぅ、と唸る。物語の雰囲気に合わせた時間帯に読む、というのも、なかなか乙なものだと気づき始めたのだ。ビルシャナが少女を睨みつけた時、少女は叫ぶ。
「ヒッ、ばけもの!」
 そして、走り去って行ってしまった。洗脳が解けたのだ。
 それでも、残った三人が消灯! 消灯! と騒いでいる。
「あなたは夜間に大地震に遭遇し、家が崩れました」
 佐久弥は突然、そんなたとえ話を切り出す。
「えっ」
「しかし夜なので誰も助けてくれません」
「むむ」
「そのまま埋もれてしまい、翌日の朝になったときには手遅れでした」
 ひぃ、と信者が声を上げる。
「で、でも、自力で脱出したかも」
「病院へ行っても誰も治療してくれません。だって夜間診療がないから」
「あ……!」
「いやっすよね?」
 うん。と、真顔で頷いた信者。そうだ、夜間やってないと困る施設って結構あるぞ。ぶつぶつ言いながら去って行った男。残るは、二名。ぎゃあぎゃあと、夜更かし反対を叫び始める。
「質問なんだが、この時間まで起きてるお前ら自身はどうなんだ? 夜更かししてていいのか?」
 社の一言が信者達の矛盾点を抉る。夜更かしダメとか言いながらなんで起きてんの?
「大体、やることやってたらズルズル時間が伸びてくなんて誰でもあるだろ。夜更かしがダメなんならまずお前らが家帰って布団入れや」
「ですよね」
 なんだか納得したらしい女は、くるりと踵を返した。夜雀と共に残った頑固そうなオヤジが叫ぶ。
「これが終わったら寝る! とにかく起きている奴を寝かすんだ!」
 だめだこいつ自分のこと棚上げしていやがる。
 つららは駆け寄ると、拳を握りこんだ。
「そんなに早寝が好きなら、どーぞおやすみなさいですっ!」
「うぐ!」
 腹部にめり込む手加減攻撃。倒れ込んだオヤジは、ヤクトがずるずると引きずって外へ出されるのであった。

●おやすみなさい!
「くっそぉお! 狼藉者がぁあ!」
 ビルシャナがいきり立つ。一華はマインドシールドを最前線に立つ佐久弥へとかけると静かに切りかえした。
「狼藉者はアナタですわ、夜雀」
 遅くまでたった一人で仕事をして、眠い目を擦ってでも頑張る気持ちを踏みにじり傷つけようとしたその罪は重い。
「さぁて……やっとこれで、始められそうですね」
 つららの目つきが変わる。
「夜更かし嫌いなら、今すぐ眠らせてやるよ」
 社の右腕が唸りを上げる。グッと振りかぶって勢いよく振り降ろせば、魔力を乗せた強烈な一撃が夜雀の脳天に命中する。
「んがっ……」
 夜雀は地面に倒れ伏し、痛みに悶絶した後すっくと立ち上がると高らかにねんねこ念仏を唱え出した。
「ねんねこねんねこねんねこねんねこ……」
 佐久弥は眉を顰める。くらり、と脳を侵食する感覚に耐えながら、告げた。
「しかし、夜はお墓で運動会するのが俺らっすからね。――こんな風に」
 呼び出すは、付喪神百鬼夜行・先導。鎧武者やら機械少女が、征く。
「う、ぐ、ああぁあ!」
 はね飛ばされる夜雀。それでも果敢に強制終了ビームを打つ。
「まだセーブしてねえ!」
 刃鉄はビームを喰らいながらも、勢いよく旋刃脚を振るった。ぐるり、舞うように叩き込む脚を受けて夜雀はぶっ飛んでいく。
「ぴいいいー!」
 叩き付けられた地面から起き上がり、夜雀はキッとケルベロス達を睨みつける。
「凍ってしまえぇぇえ!」
 ビュッ、と氷の輪が飛んでくる。身に受けた佐久弥が、小さく呻いた。仲間への追撃を許さぬとばかりに、つららが躍り出る。
「逃げないでくださいね、……どーせ無駄なので」
 どこからともなく生じたのは、氷の剣。慌てふためく夜雀の羽根を縫いとめるように、貫く。
「ぴぎょぅ!」
「我が道をしめしたまへ……」
 ヤクトの道しるべの剣が夜雀を討つ。羽毛を散らしながら、夜雀はビームを滅茶苦茶に撃った。ビームをかいくぐり、夜目を効かせてミリアは狙いを定める。
「っらあぁぁあっ!」
 高速で体を回転させ、夜雀に突っ込めば夜雀はその守りを崩すほかなかった。
「紅龍っ!」
 柚月の声に合わせ、ボクスドラゴンはブレスを吐きつける。続いて、柚月の手がビルシャナに向けられた。
「終わりよ!」
 ゴオッ、と轟音を響かせ、竜の形をした炎が夜雀を焼き払う。さながら、闇を終わらせる朝日のように。

●健康第一
 ぱち、と音がして、部屋に灯りが戻った。塾長が戻ってきたのだ。つららは先刻までの殺気と戦闘狂の表情をすっかりひっこめて、屈託のない笑顔を向けた。
「あっ! 無事でしたか?」
「ああ、どうもありがとう」
 一華が戦闘によって傷ついた箇所にヒールを施していると、それについても塾長は頭を下げる。
「子供たちが頑張って学ぶ場です。傷付いたままはいけませぬ」
 一華の言葉に、塾長は嬉しそうに頷いた。学びの場を大切にする思いは、塾長とて同じなのだ。ミリアがあっ、と声を上げる。
「そうだ、データ……! 大丈夫だったのか?」
 ハッとした顔で塾長はパソコンの前に走る。
「どうだ……? 消えてないか?」
 恐る恐る刃鉄が問うと、塾長は深く深くため息をついた。
「え、どっち」
「大丈夫でした……! 本当にありがとう……!」
 テスト対策プリントのデータ、ちゃんと残ってるよ~! と声を上げる塾長に、ケルベロス達は一同胸を撫で下ろす。
 過度の夜更かしを禁止するのは社会にとって必要な事なのか、否か。どこまでを許すべきなのか。そんなことが脳裏をよぎったような、そうでもないような。とにかく、頑張っている人間を救う事が出来た事に安心し、ケルベロス達は帰路へと着くのであった。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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