ミッション破壊作戦～鋼鉄の魔空回廊

■リプレイ

●反撃の狼煙
　三重県四日市市。
　多数の石油コンビナートを持つ工業都市は、ダモクレスからすれば格好の標的だ。常に資源や物資を欲している彼らにとっては、正に理想の狩り場と言ったところなのだろう。
　無論、当然のことながら、そのような略奪を黙って見過ごして良い道理はなかった。超高空より見下ろせば、彼方に聳える無数の群塔。そこに隣接するようにして存在する光の障壁へと、ケルベロス達はヘリオンの中から一斉に狙いを定めた。
「こんな、風景を見下ろす、たび思うん、です。ああ、まったく……なんてメチャクチャにしてくれたんだろう、って」
　降下する瞬間、ウィルマ・ゴールドクレスト（地球人の降魔拳士・e23007）が思わず溜息を吐いた。
　ダモクレスは、感情の起伏に乏しいデウスエクス種族。故に、苦しみや悲しみ、そして悔しさといったことを感じる者も少ない。
「で、も。ほんの、一欠け、でも人間の皆さんの感じた、ものを感じて、頂けたら、と。……だから、これを叩きつけてやるんです。力の限り」
　それだけ言って、敵の拠点目掛けて一気に飛び降りる。続けて、他の者達も付与されたグラディウスを握り締め、次々と効果を開始した。
「さあ、て。では頑張っていきま、しょう」
　まずは一撃。ウィルマのグラディウスが強襲型魔空回廊を守る障壁へと接触するが、しかし思ったよりも爆風が小さい。控え目に出たことで、遠慮が形になってしまったのだろう。
　ならば、ここから先は出し惜しみもなしだ。元より、たった一人分のグラディウスで破壊できるとも思っていない。
「年始からの大侵攻に弩級兵装、そしてドレッドノート……。短い間に色々やってくれたね。キミたちはそろそろ、盛大に痛い目にあうべきだよ」
「この度、今年になって、奴らの起こした行動はあまりにも大きすぎるのでござる。色々やり過ぎでござる。よって、全力で叩っ斬るでござる！」
　アンセルム・ビドー（蔦に鎖す・e34762）と豹藤・空牙（スッパ忍者・e32875）の二人が、続けてグラディウスの刃を突き立てた。もっとも、長々とした口上よりも、大切なのは想いの強さ。故に、ここから先は、敢えて難しい言葉は紡がない。
「えーと、もっと分かりやすく言うと……番犬舐めるのもいい加減にしろ！　こんなふざけた魔空回廊、粉々に叩き斬ってしまえ――グラディウス！」
「ケルベロスとして、お主らを成敗するでござる！！」
　怒りや使命感というものは、時に直球過ぎるほどストレートな方が伝わるものだ。果たして、そんな二人の想いを乗せたグラディウスの力は、そのまま先程よりも強大な爆発を生み、周囲の敵を余波だけで纏めて吹き飛ばした。
　これは、もしかすると行けるのではないか。ふと、そんな考えがケルベロス達の頭を過るが、しかし最後まで過信は禁物だ。
「ふむ、随分と長い間この地に居座っていたようだが……もう、良いだろう。さあ、立ち退きの時間だ……木偶人形！」
　己の感情を徐々に高ぶらせつつも、クオン・ライアート（緋の巨獣・e24469）は自らの想いを力に変えて、叩き付ける瞬間に全てを懸けた。残る者達も、それに続く。ダモクレス達の傍若無人な略奪に、これ以上は怒りを抑えることができなかったから。
「我は巨獣！　無粋なる人形の創りし領域を……砕き！　踏み躙り！　虚無へと還す！　我は暴力の化身、戦場にて荒れ狂う『緋の巨獣』なり！！」
　クオンの叫びがグラディウスを通して力となり、光の障壁に襲い掛かる。吹き荒ぶ爆風。荒れ狂う衝撃波。それらは、さながら彼女の名乗った、『緋の巨獣』そのものだ。
　爆風が晴れ、姿を現した障壁は、明らかな消耗が見て取れた。鉄壁の守りを誇るはずのバリアも、今や触れれば砕け散る繊細なガラス細工のドームと同じだった。
「人々の命を奪い弄ぶお前たちの所業を、僕は絶対に許さない。繰り返される悲劇に何度心を打ちのめされても、絶対に希望を捨てはしない」
　今までの戦いで、救うことのできなかった者達。その無念を晴らすためにもと、エリオット・アガートラム（若枝の騎士・e22850）が続けて仕掛けた。
　ほんの僅かでも、人々を救える可能性があるのであれば、それに懸けて戦い続ける。どれだけ傷付き、倒されようと、何度でも立ち上がり守り抜く。騎士として、そしてケルベロスとして、己の務めを果たすため。
「お前たちの企ては、僕たちケルベロスが必ず止めてみせる。グラディウスよ、僕に力を……！」
　心に剣を持ち、力無き者達の盾となる。それこそが、高貴なる者……貴族と呼ばれる者達の所以であると。
　瞬間、解き放たれた力は痛烈な一撃となって障壁を砕き、光の壁が半壊した。そこに勝利への道を確信し、残る者達は一斉に仕掛けた。
「人々が働き入手したものを奪い取ることを、資源回収などとは、ふざけたことを言う」
「……我が物顔で居座ッてんじャねェぞ、クソが！　てめェらデウスエクスにどれだけの人生が狂わされたと思ッてやがる！」
　ダリル・チェスロック（傍観者・e28788）が、クラム・クロウチ（幻想は響かない・e03458）が、怒りのままに容赦なくグラディウスを突き立てる。三度目の正直など望まないとばかりに、軍司・雄介（豪腕エンジニア・e01431）も、それに続く。
「ダモクレスの好きにさせてはおかない。お前達に渡す物など無い。この回廊ごと叩き潰されるがいい」
　未だ、ダモクレスの強襲型魔空回廊を一つも破壊できていないという憤り。それは、ダリルのグラディウスを通して爆風を呼び、周囲の敵を纏めて吹き飛ばす。
「責任を取れ、なんて優しい言葉は吐かねェ。失ッたもんは戻ッてこねェ……なら、仕返しだけが怒りを鎮める手段だ、そうだろ？」
　その一方で、クラムは自身の怒りを隠すこともなく、力のままにグラディウスの刀身を叩き付けた。
「だからよォ……精々派手にぶッ壊れろや！！」
　爆発と共に砕け散る光の障壁。未だ完全なる破壊には至らなかったが、もはや勝負は見えている。
「今度こそ、ぶっ壊れろぉおおおっ！！」
　最後の最後、雄介の叩き込んだ一撃が決め手となり、四日市市に設置された強襲型魔空回廊は、爆炎の彼方へと消えて行った。

●鋼鉄の処女
「うっしゃあああっ！！」
　爆風の晴れた先、光の障壁のあった場所を見て、雄介が思わずガッツポーズを決めて叫んだ。
　強襲型魔空回廊があった場所は、既に何も存在していない。おまけに、周囲を守っていた防衛戦力も、爆風に巻き込まれて大半が戦闘不能に陥っている。
　これで目的は果たした。だが、このまま何事もなく帰れるとは、その場にいる全員が思っていなかった。
「状況の分析、完了……。敵性ケルベロスの存在を確認……」
　折り重なるようにして倒れているダモクレス達の残骸を越えて、現れたのは全身に機械を纏った一人の少女。
「バイパーメイデン、このエリアのボスでござるよ」
　間合いを測りつつ、空牙が仲間達に告げた。
　人間を丸ごと生体部品に用いたような、何とも悪趣味なダモクレス。未だ人の姿を残しながら、それでも既に人の心を失っている。そんな存在を前にして、クラムは思わず目を背けそうになった。
　デウスエクスに利用され、多くの人々を傷つけてしまった過去。そんな自分と目の前の少女に、いったい何の違いがあるというのだろう。だが、それでも自分はまだマシだ。少女のような姿は既に生体部品以外の何物でもなく、彼女は骨の髄まで異形なる存在へと造り変えられているのだから。
「友軍機、残存戦力の大半を喪失……。以後はスタンドアローンでの障害排除へと移行します……」
　感傷に浸る暇も与えず、バイパーメイデンが仕掛けて来た。飛来する液体窒素弾頭。こちらの陣形が前のめりであることから、単体で複数の相手を纏めて排除する判断を下したようだ。
「……っと！　そうはさせねぇぜ！」
「前衛の人数に釣られたか。読み通りだな！」
　弾頭に仕込まれた液体窒素が四散すると同時に、辺りの気温が急激に低下し、霧を呼ぶ。だが、それらの攻撃の大半は、敵の攻撃を察知していた、雄介とクオンによって阻まれた。
「こんなもんか……大したことねぇな！」
「どうした、人形？　その程度の玩具では……この私は止まらんぞ！」
　漂う冷気が晴れた先。そこに立っていたのは、微動だにしていない雄介とクオンの姿。
　自分も狙われながら、同時に味方へ向けられた攻撃さえも受け止める。その分、消耗の度合いも激しくなるが、その程度で折れるような柔な心は持ち合わせていない。
「さぁ、さ。手早く片づけてしまい、ましょう」
　同じく、攻撃から味方を庇っていたウィルマが、誇りを落とすようにして霧を払った。
　袖口から伸びる、ケルベロスチェイン。それは、いつの間にか戦場全体へと広がって、味方を守るための陣を取る。ウイングキャットのヘルキャットも協力し、彼女の後ろから風を送る。
「よっしゃ、一丁リベンジといくか！」
「人形風情が……舐めるなぁぁぁっ！！」
　雄叫びを上げ、正面から突っ込むクオン。敢えて彼女を囮にし、雄介はすかさず敵の死角へと回り込んだ。クオンの剛剣による大振りな一撃を、バイパーメイデンは辛うじて避けるが、それも計算の内。逃げた先に待っていたのは、砲撃斧を構えた雄介だ。
「悪ぃな……。今の俺は、修理屋じゃなくて、壊し屋だ！」
　炸裂する竜砲弾。ほとんどゼロ距離からの接射を受けて、バイパーメイデンの身体が大きく吹き飛ぶ。それでも、スラスターのような物を展開して姿勢を制御せんとするが、彼女が次の行動に移るよりも先に、残る者達が一斉に殺到した。
「機械の少女よ、裁きの雷を受けるがいい！」
「人形と繋がれるのは素敵だけど……キミの姿は少しばかり無骨過ぎるよ」
　エリオットとアンセルムの二人が掲げた杖先から、強烈な電撃が迸る。閃光が宙を切り裂き、装甲を伝って少女の身体を焼き焦がしたが、それだけでは終わらない。
「くっ……！　神経伝達回路に異常発せ……！？」
　状況を伝えるよりも先に、強烈な剛拳が左右から迫り、バイパーメイデンの身体を再び吹き飛ばしたのだ。
「悪いが、略奪者にかける情けはない」
「大人しく、成敗されるでござる！」
　ダリルの繰り出した鋼の拳と、空牙の放った降魔の一撃。それらをまともに食らったとあれば、さすがに指揮官機とはいえ、ただでは済まない。
「――耳を塞いでも無駄だ。内側に留まり籠れ、停滞の歌」
　敵の動きが止まったところで、クラムはボクスドラゴンのクエレにクオンや雄介のフォローを任せ、自らは絶望と嘆きの歌を紡ぐ。
　ミュージックファイターの歌が人々の心の光をもたらすのだとすれば、彼の紡ぐ歌は、まさしく反対の性質を持つもの。後悔、苦痛、そして恐怖。歌声によって紡がれる度に、それらは形のない呪縛となって、相手の肉体さえも縛りつけ。
「解析不能のノイズを確認……。モード変更……体勢を立て直します」
　装甲の形状を変形させつつ、バイパーメイデンは自身の身体に纏わりついた、様々な異常を振り払う。だが、ケルベロス達の猛攻を前にしては、焼け石に水であることは火を見るよりも明らかだった。

●凱旋の証
　戦闘は、佳境へと突入していた。
　多数の砲弾やミサイルで武装したバイパーメイデンは、確かに指揮官機としては優秀なダモクレスだった。
　弾頭の一斉発射で戦場の『面』を制圧しつつ、後方から的確な指揮を下し、正面で戦い続ける自軍の兵をフォローする。しかし、そんな彼女の戦い方も、兵士を失った今では効果的に機能しない。
「てめぇらからは、全てを取り戻す……それだけだ！」
　クラムの放った気弾にクエレの闇色をしたブレスが重なって、機械の鎧へと食らい付く。
「おらぁっ！　ぶっ壊れろぉっ！」
「まだまだ！　逃がさんでござるよ！」
　横薙ぎに払われた雄介の巨斧が装甲を容赦なく砕き、飛散させ、追い撃ちを仕掛けるべく回り込んだ空牙の拳が、敵の命中センサーに致命的な損傷を与えた。
「其は、凍気纏いし儚き楔。刹那たる汝に不滅を与えよう」
　空気中の水分を凍らせて作り出した無数の氷槍。その全てを一斉に差し向けて、アンセルムは少女の身体を持つダモクレスを、一思いに串刺しにし。
「いい加減に、この地を返してもらおうか」
「人々の想い、暮らし……そして、希望を守るため！」
　ダリルのナイフとエリオットの長剣。二つの刃が交錯するようにして敵を斬る。凍結した装甲が弾け、少女の身体が露わになったところで、バイパーメイデンは半ば錯乱するようにして言葉を呟いた。
「想い……暮らし……希望……。抽象や概念でしかない存在……」
　それは即ち、形を持たない存在である。そんなものを守るという、人間にとっては当たり前の行為が、しかし心を持たないダモクレスの彼女には、至極不自然で不条理なものに思えたのか。
「理解不能！　形を持たないものを守るなど……」
「ふっ、感情を持たない人形と聞いてたが……」
　敵に明らかな動揺が見て取れたことで、苦笑するクオン。
「覚えておくが良い、それは焦りという名の感情。そしてこれが……」
　そう言って、高々と大剣を振り上げる。今度は外すつもりはない。地獄の炎を宿した鉄塊剣を、怒号と共に振り下ろし。
「これが、『絶望』と言う名の感情だ！」
　瞬間、地獄の炎が爆発を呼び、バイパーメイデンの身体を焼けた鉄の塊が押し潰す。全てを焼き尽くす灼熱に、敵の纏っていた装甲までもが、まるで飴細工のように溶け始め。
「あ……あぁ……感情は……誤作動の原因……。そんなものは……理解不能……」
　満身創痍な風貌を晒し、何かに縋るようにして手を伸ばす少女のダモクレス。だが、そんな彼女を見下ろしていたウィルマの口から、紡がれたのは非情なる言葉。
「さようなら」
　それだけ言って、後は聞かない。踵を返して敵に背を向け、再び振り返ることさえもしない。
　空間の歪みより現れし、青き炎を纏った剣。それに胸元を貫かれたことで、バイパーメイデンの身体は木端微塵に爆散した。
「ああまったく。彼らももっと、苦しむ顔でも見せてくだされ、ば、こちらの鬱憤もより晴れます、のに」
　断末魔の言葉さえ紡げなかったバイパーメイデンの最後に、苦笑しながら呟くウィルマ。だが、これで良いのだ。強襲型魔空回廊を破壊したことで、この地は晴れてダモクレスの手から人類の下へと奪還されたのだから。
「これで、ようやく一カ所は解放されたか」
「ええ。ですが、ダモクレスとの決戦を控えた今、大きな一歩でもありますよ」
　ダリルの言葉に重ね、エリオットが言った。アンセルムも人形を片手に、エリオットの言葉に頷いていた。
　この成功が、ダモクレスに対する反撃の狼煙となることを願って。載霊機ドレッドノートの攻略戦を控え、彼らは確かな手応えを感じていた。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年4月22日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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