真朱の桜擬き

作者:犬塚ひなこ

●緋色の櫻
 この春に入学した高校には或る噂があった。
 それは――新入生にだけ降り注ぐという『死を呼ぶ赤い桜花』の話。

 下校時間も疾うに過ぎた夕暮れと夜の狭間。
 少年は校門の前に続く桜並木を眺めていた。木々の隙間からは暮れゆく夕陽の色が滲み、風に吹かれた桜の枝が揺れる。周囲には自分しかおらず、聞こえるのは桜並木の幽かなざわめきだけ。
「この辺りだったかな。赤い桜が現れるっていうのは……」
 彼は辺りを見渡し、学園内で流れる噂を思い返す。皆は噂を信じていない。どうせ新入生が遅く残ることのないようにと教師達が流布した話だと言っていた。だが、オカルト好きな少年にとってその噂は興味の対象だ。
「写真でも映像でも残せればこっちのものだ。死を呼ばれる前に逃げればいいんだから!」
 携帯電話を構えた少年は桜の木々をカメラ越しに眺める。
 そのときだった。
 彼の身体が突如として大きく傾ぎ、近くの桜の樹の傍に倒れた。いつの間にかその側には黒いフードを被った魔女が現れている。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 少年の胸に突き刺した魔鍵を引き抜き、魔女は踵を返して去りゆく。
 そして――誰も居ない桜並木に、紅い血のような花を咲かせる桜の樹が具現化した。

●さくらもどき
 困りましたね、と青年は眉尻を下げる。
 ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)がそう語る理由は、魔女アウゲイアスによって『興味』が奪われ、新たな夢喰いが生まれてしまう未来が予知されたからだ。
「既に事は起こっています。どうか、ご協力をお願いします」
 集った仲間を見つめたラグナシセロの翠玉の眸には真剣な思いが宿っていた。
 敵は桜の樹型のドリームイーターが一体。
 現在、夢喰いは花の色を普通の桜と同じに変え、並木に混ざってしまっているので見つけるのは困難だ。そのために誘き寄せを行う必要があるとラグナシセロは語る。
「このタイプの夢喰いは自分の噂をしている人が居ると引き寄せられる性質があるといいます。今回の場合は赤い桜の花について、僕達が話してると出てくるのでしょう」
 上手く誘き寄せれば有利に戦う事が出来る。
 噂が聞こえると嬉しくなってしまうのでしょうか、と首を傾げたラグナシセロは何だか夢喰いが愛らしい物のように感じた。しかし、それは放っておけば花弁を本当の血の色に染めてしまう危険な存在だ。
 敵は戦闘になると花が真朱に染まり、血飛沫めいた花弁を飛ばしたり、枝を使った攻撃をしたりして此方のグラビティ・チェインを奪おうとするだろう。
 だが、油断さえしなければ勝てる相手だと話したラグナシセロはしかと頷く。
「夢を奪われた方もただ興味を持ったというだけで何も悪くはありません。救える命も夢も諦めたくはない……だから、僕は力を尽くします」
 それに夕陽が沈めば夜の帳が降り、空には星が煌めく。
 穏やかな夜と星の光が悲しみに塗り潰される未来など誰も望んでいないはずだ。夕暮れの先に続く愛しき夜を想い、ラグナシセロは戦いへの決意を抱いた。


参加者
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)
マール・モア(ミンネの薔薇・e14040)
成瀬・涙(死に損ない・e20411)
香良洲・釧(灯燭・e26639)
保村・綾(真宵仔・e26916)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)
フィネカ・エトエラ(シャンテラクレール・e28521)

■リプレイ

●桜よ、さくら
 夕暮れの並木道に舞うのは淡く色付いた花弁。
 校門の前から続く桜の樹々は美しく、風に舞う花は仄かに夕色に染まっていた。
 此の季節、春と言えば桜。
「そういえば赤い桜の話、聞いた事あるかい?」
 周囲の景色を見渡し、ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)は仲間達に問う。すると保村・綾(真宵仔・e26916)が耳をぴんと立て、興味深そうに目をぱちぱちと瞬いた。
「ほうほう、それはちょっと見てみたいのう。あかいあかい桜、花が散ってしまったら一面がさぞかし真っ赤じゃろうのう」
 見てみたいものじゃな、と口にした綾は桜を見遣る。件の夢喰いにも聞こえるよう意識する綾の尻尾がぱたんぱたんと揺れた。その隣ではウイングキャットの文が娘を守る形でそっと控えている。
 桜の下には死体が埋まっているだとか、血を吸う桜の話はよく聞く。死と密接な噂の多い樹を見上げ、香良洲・釧(灯燭・e26639)は小さく呟いた。
「散る花の儚さが、そういう印象を与えやすいのだろうか。……血色の花弁というのも、見ものであるとは思うがね」
「桜、きれいだから……興味、ひかれちゃうの……わかるよ」
 成瀬・涙(死に損ない・e20411)は頷き、夕焼けの色に染められた花を眺める。
「赤い桜の花も色が血を連想するだけに犠牲者の命でより赤く綺麗に色付く……なんて言われがあったりして」
 ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)も涙と同様に桜を見つめ、件の紅い桜について話し始めた。
「血を糧に咲く花の生す実は更なる魔を招きそう。何れ花瓣の散る様は涙降る様に美しいに違いないわ」
 そうよね、とマール・モア(ミンネの薔薇・e14040)はナノナノのネウに問い掛ける。するとネウは翼をぱたりと羽ばたかせて同意を示した。
 ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)も誘き寄せの為、赤い桜を思う。きっとそれは見ることができたら綺麗だ。風に揺れて散る赤い花も華やかだろう。
「それが死を呼ぶなんて残念ですが……」
 ラグナシセロが僅かに俯く傍ら、フィネカ・エトエラ(シャンテラクレール・e28521)が首を傾げて想像する。
「新入生だけに降りそそぐってことはお祝いしてるんじゃないかしら?」
 他の桜と一緒に散れば紅白。
 ね、と淡く微笑んだフィネカだったが祝いが死だとしたらぞっとする。綺麗なものには棘や毒があるのかしら、と彼女がラグナシセロを見上げた、そのとき。
 並木の桜のうち、その一本が動き出した。
「やあ、おでましかな」
「本当に赤い桜なのじゃ!」
 ジエロと綾が声をあげて敵の到来を皆に知らせる。それまで桜色をしていた花弁は真っ赤に変わり、血の色のようになっていた。
 涙はウイングキャットのスノーベルと共に身構え、釧も此方に近付いてくるドリームイーターを見据える。頑張らなくちゃ、と気合を入れたフィネカがミミックのカゴを布陣に付かせると、マールが心配はないというように視線を送った。
 ボクスドラゴンのヘルとクリュスタルスが其々に体勢を整える中、ラグナシセロは真っ直ぐに構え、敵を瞳に映す。
「始めましょうか。決して、血の雨なんて降らせないように――」
 そして、彼の言葉と共に戦いは始まりを迎えた。

●夕闇に華
 緋色の桜。それは何処か幻想的な雰囲気を纏っている。
 そして、先手を取った桜のドリームイーターは血色の花を咲かせてケルベロス達を狙い打った。マールはその花を受け止め、鈍い痛みを堪える。
 秀逸な禍々しさは時に藝術。けれど全うな生命の美を装おうだなんて――。
「戯言にもならぬような無粋だこと」
 マールは紙兵を散布しながらネウに視線を送った。主人に応えたナノナノは張り切った様子で敵をちっくんと刺しに舞う。其処へ続いた文が清浄なる翼を広げ、ボクスドラゴンのナメビスが全力の体当たりを敵にくらわせた。
「いくら綺麗でもそれとコレとは話は別ですね」
 ビスマスも相棒竜に合わせ、オウガメタルを鎧として装着する。粒子の波に乗ったビスマスは超加速で接敵し、居合いめいた動きで包丁を打ち据えた。ビスマスが素早く身を翻したことで攻撃の射線が開く。
 その隙を狙ったフィネカは敵を指さし、カゴに命じた。
「カゴ、行ってきて!」
 大事な荷物は落とさないでね、と注意を付け加えるフィネカの瞳には相棒への信頼が宿っている。カゴが勢いよく愚者の黄金をばら撒く中、フィネカ自身は気を溜めて仲間の癒しに回ってゆく。
 僅かに緊張を抱いているらしきフィネカに気付き、涙は緩く目を細めた。
「……ん、がんばろう、ね。俺も……いっぱい、戦う、から」
 涙の地獄化された聲は透き通るような響きを孕んでいる。
 上弦の月めいた杖を掲げた涙は仲間の援護として治癒の矢を降らせた。その間にスノーベルが敵を引っ掻きに駆け、鋭い一閃を見舞う。
 釧も敵の動きを注視しながら、星の剣を地面に突き立てた。
 其処に描かれた守護星座の陣は夕闇を照らし、仲間達に加護を与えてゆく。灰白色の翼を広げた釧。その深緑を映した瞳の奥には確かな戦意が見てとれる。
 其処に頼もしさを覚え、ジエロは攻勢に移った。
 クリュスタルスにいつでも癒しに回れるよう告げ、ジエロは拳を握る。此方に襲い掛かろうと動く桜は実に奇妙だ。
「美しい桜にはやはり厄介な噂も付き物、と言う事かな」
 噂の権化を見遣ったジエロが敵へと一歩踏み込む。その瞬間、音速を超えた一撃が桜の幹を大きく穿った。
 春は別れと出会いの季節。新たな巡りが訪れる時期に余計な死は要らない。
 そう語るような瞳を向けたジエロの背後から、ヘルが自らの属性を付与していく。その調子だと匣竜に視線を送ったラグナシセロは改めて敵を見つめた。
「宵闇に、赤い桜……とても神秘的ですね。ですが、放ってはおけません」
 無関係な人々が傷付く未来を許容するわけにはいかない。己を律したラグナシセロは鋼の鬼を纏い、追撃の一閃を放った。
 綾もこくんと頷き、破鎧の衝撃を見舞いに駆ける。
 ドリームイーターも鞭枝をしならせて反撃に入ったが、綾は小柄な身体を活かして戦場を素早く駆け回り、敵の攻撃を避けた。そして、少女の一撃が与えられたことによって赤い花弁が樹から舞い落ちた。
「真っ赤な桜もキレイやもしれぬが、わらわは淡いピンクの方が好みじゃのう」
 身を翻すと同時に周囲の桜を見た綾は、ほら、と普通の花を示す。するとフィネカも花を見比べてその通りだと答えた。
「敵なのに綺麗に咲くのね。ううん……死を齎すものだから余計に、かしら?」
 美しいからこそ人は惹かれ、命を奪われる。
 そんなものを許す気はないと考えたフィネカは更に気を引き締める。目指すのはラグナシセロと一緒に桜と星を見るひととき。
 負けない、と口にしたフィネカは味方を守る絡繰迷図を映し出す。
 素敵な力だと薄く微笑んだマールも更なる行動に移った。黒衣を優雅に翻したマールは流れるような所作で縛霊手を掲げ、夢喰いを穿つ。
「さあ、ネウ」
 甘やかな声でマールが短く相棒の名を呼べば、誇らしげに胸を張ったナノナノが愛らしいハート光線を飛ばしてゆく。
 釧も鋭い視線を差し向けたまま、仲間が与えた不利益を更に増やそうと狙った。駆動剣を振り下ろした彼の一閃によって敵が僅かに揺らぐ。
 釧達の見事な連携攻撃に合わせ、ビスマスは杖を敵に向けた。
「花見の文化のシーズンを血濡れで染める真似をする赤い桜は許す訳には……」
 いきません、と言い切ったビスマスはひといきに幻影合成獣を解き放つ。そして、ナメビスが追従する形でブレスを吐いた。
 桜の夢喰いも負けじと緋花を戦場に撒き散らしてくる。
 しかし、すぐにスノーベルやマールが仲間を庇い、涙も翼を広げた。フィネカも更に幻想迷宮を張り巡らせてゆく。やがて解き放たれた淡い極光と幻影が仲間達を包み込み、痛みを癒していった。
 ありがとう、と穏やかに告げたジエロは指先でカプセルを弾く。
「悪いね、緋桜。まだ春も終わらないが、お前にはここで散ってもらわねば」
「ええ、穏やかな夜のためにも、ここで必ず止めましょう!」
 ジエロの言葉を聞き、ラグナシセロも銃を構えた。次の瞬間、殺神ウイルスのカプセルが敵に投与され、冷たい氷の銃閃が枝を貫く。
 二人が格好良いのじゃ、と綾は思わず感嘆の声をあげた。
「わらわとかかさまも行くのじゃ!」
 文を呼んだ綾はナイフを構え、敵の背後に回り込む。そして、綾と文は同時に鋭い刃と爪で敵を斬り裂いた。
 釧も好機を見出し、よろめく夢喰いに狙いを定める。
「刃の錆へと変えてくれよう」
 羽を広げ、尾をなびかせて戦場を翔けた釧は敵の頭上まで飛び上がった。そして、傷付いた部位を抉るようにして刃を振るう。
 一刀のもとに斬り払われた桜の夢喰いが揺らぎ、苦しげに枝を震わせた。
 戦いの終わりは、間もなく訪れる。
 仲間の誰もが同じことを感じ取り、最後に向けての其々の思いを強めた。

●緋色に沈む
 ドリームイーターの動きは明らかに鈍くなっている。
 ジエロとラグナシセロは夢喰いが弱っていることを確認し、仲間に目配せを送った。最早、守りに徹する必要はないだろうと察した涙はスノーベルと視線を合わせて攻撃に転じることを決意する。
 行こう、と言葉を紡がずとも白き翼猫は主の意思を理解していた。
「……これ、が……終わりに、向けて、の――」
 涙の口元から声が零れ落ち、地獄の炎となってその身に力を宿していく。
 凛鈴に焔を纏った涙は一気に敵を穿った。間髪入れずにスノーベルが尻尾の輪を飛ばして更なる衝撃を与える。
「ナメビス、わたしたちも! 一泳っ! 二泳、三泳……四叩金目鯛刀っ!」
 ビスマスは匣竜を呼び、再び金の全身鎧装を纏った。一瞬で敵に肉薄したビスマスは包丁を振り上げ、目にも止まらぬ刃撃で敵をめった刺しにする。金色の雨の如き剣閃が降りそそぐ中、匣竜も追撃に入った。
 その勢いに圧倒された綾は思わずびくりと尻尾を震わせる。
「桜を傷つけるのは少し後ろめたいのじゃ……けれど、命を守るには必要なこと!」
 そう自分に言い聞かせた綾の眼差しをは真剣だ。するとその声を聞いたフィネカが首を傾げ、すぐに思い立つ。
「安心して、綾。あれはドリームイーターだから本物の桜じゃないわ」
 そう、少女は桜の心配をしていたのだ。それ故にあれは幻のようなものなので大丈夫だとフィネカは告げた。はっとした綾はてへ、と笑う。
「それもそうだったのう。ええい、エンリョは忘れておもいっきりやるのじゃ!」
 容赦はしないと腕を掲げた綾はブラックスライムを解き放った。
 彼女に合わせて文がリングを舞い飛ばす。更にカゴが桜の樹にがぶりと噛り付き、ヘルが竜の吐息を放った。
 それに続いてフィネカが地面を蹴り、星の剣を振りあげる。行くわよ、と告げたフィネカの空色の双眸は真っ直ぐに勝利だけを見つめていた。
 そして、大地をも断ち割るような強烈な一閃が桜を引き裂く。
 マールはくすりと柔らかく笑み、ネウを手招いた。黒き衣をなびかせて主人の傍についたナノナノは其処から一気に敵に向かってゆく。
「毒の棘孕む甘い蜜で貴方のいろを塗り替えてあげる」
 その動きを起点として、マールは黄金の林檎を爪裂いた。滴るいろを其の唇へ落とせば、それは毒となって標的に放り投げられる。
 黒い血の如く衝撃が散り、止めの終焉に続く梯は掛けられた。
 クリュ、と相棒竜の名前を口にしたジエロは月白と黒曜の蛇杖を握る。救える命をみすみす手放しはしない。それが己の役目ゆえに。
「折角の春に悲しい話は似合わない。ここで終わらせてあげねばね」
 往け、とジエロが囁いた刹那。
 水瓶の杖は姿を黒白の蛇に姿を変え、クリュスタルスと共に戦場を跳ぶ。瞬刻、匣竜の一撃と蛇達の一閃が見事に重なった。
 間もなく本当の終わりが来る。ビスマスと涙は仲間を信じて後を託し、マールと綾も釧達をしかと見つめていた。
 釧は桜枝が折れた様を見据え、力を解放する。生じるは煙霧めいた朧な白い炎。
「終わらせてやる」
 たった一言、強く言い放った釧は空蝉の一撃で以て桜を穿ち折った。
 白き忘却の眠りが齎される中、ラグナ、とフィネカが彼の名を呟く。頷きで以て応えたラグナシセロは最期を与える力を紡いでゆく。
「還してさしあげましょう。夢は夢へ。花は、花へ――」
 せめて刹那に終焉を。
 対峙することが運命ならば、せめて苦しむことなどないように。祈りを込めた一撃は夢喰いを貫き、永久の終わりを与えた。
 そうして紅い桜は崩れ落ち、戦いの幕は下ろされる。

●桜と春の星
 暮れなずむ空の下、夢喰いは力を失う。
 宵闇の帳が降りていく中で赤い桜は幻だったかのように消失していった。戦いの終わりを確認したラグナシセロ達は夢主の少年の無事を確かめにいく。
「こんな所で寝ていては風邪を引いてしまいますよ」
「はっ! もうこんな時間だ。いけない、帰らないと!」
 ラグナシセロに起こされた少年は慌てて駆け出し、自分がどんな状況に置かれていたかも知ることなく家路についた。
 マールはその後ろ姿を見送り、穏やかに手を振った。
 好奇心が身を滅ぼすことも有るけれど純粋な興味を抱く至誠の心は尊いもの。優しい夜が遍く訪れるよう、どうかこれからも無事で溺れぬようにとマールは願った。
 そして、ジエロは宵に咲く桜を振り仰ぐ。
「少し堪能してから帰ろうか。なに、今夜ぐらいのんびりしても許されるさ」
 ジエロはふわりと落ちてきた花弁を掌で受け止め、帰りを待つ人への土産代わりにしようと目を細めた。
「桜の咲く時間は短いけれどとってもキレイじゃな」
 綾も文と並び、ひらひらと舞う桜のシャワーの中を歩いていく。釧が同意を示し、ゆるりと歩く仲間達に続いた。
「……桜の花も、そろそろ見納めな時期か」
 間もなくすれば桜も散る。けれど、また次に咲く春に期待しよう。釧が思いを静かに馳せる中、涙もスノーベルを連れて桜並木を眺めた。
「ん、夜桜とか、ちゃんと見たことなかったから……ちょっと、うれし」
「暫く夜桜見物と洒落込みましょうか」
 ビスマスもナメビスと一緒に事前に用意したお手製の桜餅を仲間に振舞っていく。
 穏やかな時間に不思議な賑やかさを感じながら、フィネカは隣を歩くラグナシセロの服の裾をそっと引っ張る。
「ねえ、星の王子様。いつかの約束を叶えてくれるかしら?」
 夜空の散歩に行きましょう、と柔らかく笑むフィネカ。ちいさな彼女を優しく見下ろしたラグナシセロは勿論だと答えた。
「赤い桜はなくても、夜の桜と星はとても美しいからね。行こうか」
 さあ、とラグナシセロが伸ばした手がそっと重なる。
 血の赤に染まる未来はもう何処にも視えず、天には幽かな星の光が見えた。
 そして、宵に散る桜がひらりと夜空に舞った。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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