●最愛の絶望
「――喜びなさい、我が息子よ。その身体は新たな力を得た」
仮面の男が告げる言葉を聞きながら青年は実験台から体を起こした。見れば己の半身には鱗めいたものが張り付いており、それらはもう身体の一部と化していた。
「これは……どうなってるんだ?」
「お前はドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーとなった」
青年が困惑した様子を見せると仮面で素顔を隠した男――竜技師アウルは語る。曰く、青年の身体は不完全なドラグナーとして作り変えられた。このままではいずれ死亡するが、完全なドラグナーになる方法がある。その方法とは与えられた力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取ること。
驚きを隠せずにいた青年だったが、不思議と抵抗は無かった。
自分が死ぬかもしれないという事実よりも、人々を容易く殺せる力を得たことに打ち震えているようだった。
「は、はは……やったぞ。これで復讐が出来るんだな。俺の家に火を放った、誰かも分からない彼奴に……父さんと母さん、そして大切な妹の命を奪った奴に!」
立ち上がった青年は震えるほど強く拳を握る。
そして、竜技師が用意した武器を手に取った彼は虐殺に向かうことを決めた。きっと放火魔は今も何処かで嘲笑っているのだろう。家族を失った自分には生きる意味がなかった。だが、今の自分に宿る力は世界を変えてくれる。
「さあ、本格的な復讐の前に……まずは完全なドラグナーとやらになってやるか」
彼は愉しげに哂う。
その瞳の奥には、地獄の炎にも似た復讐の色が燃えていた。
●亡失の感情
竜技師アウルによって、不完全なドラグナーが造り出された。
またかよ、と呟いたヴィヴィアン・ウェストエイト(バーンダウンザメモリーズ・e00159)は肩を竦めた後、集った仲間達の方に振り返った。
そして、ヴィヴィアンはヘリオライダーから伝え聞いた話を説明していく。
「今回の敵は未完成ドラグナーだ。放火で家族を失って復讐を誓っていた男らしいな」
彼は天涯孤独の身であり、遺された自分に生きる価値はないと思っていたようだ。だが、件の青年がどんな境遇であろうと最早関係ないとヴィヴィアンは断じる。
青年は復讐相手を探して殺すという目的の為に一先ずは完全なるドラグナーになろうとしている。その為に罪もない人が殺されてゆく未来が予知されていると知って、放っておくわけにはいかない。
「復讐の炎が燃えているとでも云えば聞こえはいいが、奴が行うのはただの殺戮だ」
それゆえに止める。止めなければならない。
ヴィヴィアンは一瞬だけ瞼を閉じた後、ゆっくりと顔をあげた。
今回の敵は件の未完成ドラグナーが一体のみ。
夜でも人が集まっている場所に向かおうと決めたらしい青年は現在、桜が咲いている河川敷を目指しているという。
「其処の桜はもう散り際らしいが、人もそこそこ集まっているようだな。幸いにも敵が訪れるルートは分かっているらしい。そうだな……この辺りで待ち伏せが出来る」
ヴィヴィアンは周辺地図を指さし、桜並木の手前にある路地を示す。
桜の樹を背にして立てば敵の移動を妨げられ、迎撃態勢も取れるだろう。
敵は完全化するためのグラビティ・チェインを欲しがっているゆえに相手がケルベロスだと分かれば喜んで力を奪いに来る。
青年はドラゴンに変身する力は持っていないが、蛇を模ったファミリアロッドを振るって応戦する。自分達の力を合わせれば余程のことがない限りはしくじることはないだろうが、油断は禁物だとヴィヴィアンは注意を促した。
おそらく、件の青年が抱くのは喪失と孤独感に苛まれる地獄。そういうものは意志を持って独りでに歩き出すものなのだろうか。いつかの日に一度だけ思ったことを振り払い、ヴィヴィアンは首を横に振った。
「家族を亡くした原因を恨むのも分からない話じゃあない。だが、間違っている。復讐の為に手段を択ばないなら相応の結末が訪れるってものさ」
そして、彼に終幕を齎すのは他ならぬ自分達――番犬だ。
行こうぜ、と静かに告げたヴィヴィアンは仲間を誘い、ヘリオンへと歩き出した。
参加者 | |
---|---|
ミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108) |
ヴィヴィアン・ウェストエイト(バーンダウンザメモリーズ・e00159) |
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551) |
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651) |
エピ・バラード(安全第一・e01793) |
ロイ・メイ(荒城の月・e06031) |
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893) |
長篠・ゴロベエ(自己満足・e34485) |
●花焔
夜のしじまに桜が舞う。
煌々と光る街灯に花弁が照らされる様は、まるで火の粉のように思えた。
ロイ・メイ(荒城の月・e06031)はこれから戦う相手の事情を思い、僅かに目を伏せる。件の彼は今、深い怒りと憎しみ、そして絶望に囚われているという。
「この時代珍しくもない話、ということか」
「できれば居て欲しくなかったんだがな、ああいうヤツは」
ロイの零した言の葉を聞き、ヴィヴィアン・ウェストエイト(バーンダウンザメモリーズ・e00159)は頭を振った。ロイは自分の胸をそっと押さえて花唇を噛み締める。ヴィヴィアンと共に思うのはヒトの怒りを利用した黒幕のこと。
――竜技師アウル。
今は届かぬ元凶たるドラグナーを思いながら、ミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108)は周囲に意識を向ける。
「復讐は故人の為ではなく己の為、ね。理性を棄て、感情のままに動く獣となるなら、アタシたちが終わらせるしかないか」
殺界を形成したミリアムに続き、リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)が立入禁止の策を張り巡らせた。
そのとき、ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)は気配を察する。河川敷に向かうらしき人影が路地に姿を現した事を気取り、ジゼルは一歩前に踏み出した。
間違いない、彼が今回の標的だ。
「待て。私達はケルベロスだ」
ジゼルが身分を明かすと、男はゆっくりと顔をあげた。
「なるほどな、邪魔をしに来たって訳か。ご丁寧に挟み撃ちかよ」
青年の前後には既に番犬達が陣取り、包囲の形を取っている。だが、彼は慌てることなく蛇を模った杖を構えた。
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)は相手の動きに注意を払いながら、己の思いを告げる。
「家族を喪い、生きる意味を見失った人。あなたの気持ちは、よくわかるわ」
「わかる? この気持ちが他人に分かるものか!」
だが、彼はメロゥに反論した。するとテレビウムのチャンネルと共に身構えたエピ・バラード(安全第一・e01793)が問いかける。
「奪われたから奪う、そんなことしてたら全部全部失くしてしまいませんか?」
「復讐をするのは別に構わんが、その為に嘗てのお前と同じように何もしていない者の命を奪うのか?」
同じく、リカルドも青年に行為の是非を問いただす。エピ達の質問に対し、青年は魔力を紡ぐことを答えとした。
「煩い! 黙ってその力を俺に寄越せ!」
刹那、解き放たれた炎の玉がケルベロス達を襲う。長篠・ゴロベエ(自己満足・e34485)とボクスドラゴンのカレが前に飛び出し、狙われたミリアムとロイを庇った。
ヴィヴィアンは炎をその身で受け止め、避けられぬ戦いへの思いを強める。
「そうだ。お前が欲しいモンを俺達が持ってるって、解るだろ」
来いよ、とヴィヴィアンが手招くと、ゴロベエも同様に敵に視線を差し向けた。
「お前の中のドス黒い感情全て余す事無く受け止めてやる」
次の瞬間、鬼の幻想を纏ったゴロベエが反撃を敵に打ち込み、ヴィヴィアンが鉄塊剣で以て重厚無比の一撃を振り下ろす。
元からの怒りに反撃の怒りを重ねられ、青年の瞳は更に血走った。メロゥは悲しみが胸の裡に廻る様を感じながら、自らも天上の火を発動させてゆく。
「そう、決めたのね。……でも、あなたは間違っている」
――だから、往かせない。
もう戻れない彼は此処で果てるのみ。そして、喚び出されたのは天上にさんざめく無数の星々。その光は雨の如く降り注ぎ、眩い程の光を戦場に散らした。
●絶望
敵の意識は完全にケルベロス達に向いている。
狙い通りだと感じたエピはチャンネルに呼び掛け、気を引き締めた。次の一手を放とうとする青年を見つめ、エピは力を紡ぐ。
「そうです、グラビティ・チェインが欲しければ奪ってみせてください!」
光輝く粒子を解き放ったエピに合わせ、チャンネルが凶器を振るいあげて駆けた。
エピからの援護を受けたロイはカレに目配せを送る。それを察した匣竜はテレビウムの一閃に続けて吐息を放った。
「うざったいな」
青年が舌打ちをして匣竜達を薙ぎ払う中、ロイはひといきに距離を詰める。どれほど邪険にされようとも青年を放っておくことは出来なかった。何故なら、同じだからだ。
「君と同じ、焼け跡から生まれた者さ、私も」
怒りというものは、利用されてしまえばこうも苦しい。ロイが青年を真っ直ぐに見据えた瞬間、現れ出でた剣が衝撃波を生む程に重い斬撃を見舞った。
隙を見出したミリアムは竜語魔法の詠唱を始める。
「容赦はしてあげないからね」
途端に幻影竜の炎が巻き起こり、戦場を包み込んだ。ミリアムの放った焔が敵を侵していく様を見遣り、ジゼルも狙いを定める。
「倫理や価値観など多種多様だ。故に君の選択を、間違いと否定する気は更々無い」
そして、杖から迸った雷撃が敵を貫いた。
彼の意思は否定しない。だが、その行いを看過することは出来ない。それ故にこうして自分が立ち塞がっているのだとジゼルは示す。
リカルドも攻勢に移ろうと決め、大きく地面を蹴りあげた。
「その復讐心が、お前がお前の大切な者を奪った者と同様の位置に貶させたという事実は、もう変わらんのだぞ」
言葉と同時に打ち下ろすのは流星を思わせる一閃。リカルドの一撃を杖で受け止めた青年は嘲笑を浮かべた。
「同じだから何だって言うんだ? 諦めて泣き寝入りするよりはマシだろ!」
瞬刻、蛇に変化したロッドがロイに向けて放たれる。
即座に反応したヴィヴィアンが蛇咬の一撃を受け止めた。その際に、彼が結ぶ赤いリボンが夜風に揺らぐ。
すまない、と礼を口にした彼女に首を振り、ヴィヴィアンは青年を見つめた。
「ただの八つ当たりじゃあオチは見えてるさ。だがお前の怒りは、正しい」
そして、銃弾を放った彼は地を踏み締める。
仲間の声を聞いたメロゥは更に敵を穿つ為に、古の魔法を言の葉にしてゆく。
「大切な人たちを、理不尽にも奪われたのだからあなたの怒りも尤もだわ」
誰かもわからない人に、復讐したいという気持ち。憎しみも、悲しみも、全てを綯い交ぜにした底知れぬ想いがあるのだろう。
メロゥの放った光の一閃が青年を身を掠める。その瞬間を狙ったゴロベエは相手の頭上まで一気に跳躍した。
「同情はするよ。でもその一線を越えるなら止めない訳には行かないな」
改造された時点でもう手遅れだが、という言葉は押し込め、ゴロベエは星の流れを映す蹴撃を打ち込んでいく。
「同情、だと? そんなもの……!」
青年は与えられた痛みを堪え、大きく頭を振った。
其処には何処に向けていいかすら分からぬ憎悪が見える。ミリアムは己が纏う黒液を鋭い槍の如く伸ばし、敵を狙い打つ。
自分も恨んだこともあれば、恨みを向けられることもあった。
(「道を違えれば、自分もそうなったのかもしれないなー」)
ぼんやりと浮かんだ思いは余所に、ミリアムは毒を抉り込むようにして敵を穿った。
しかし、敵からの攻撃も激しくなっている。
エピは前衛達の背をしっかりと見つめ、右手の機械部位に隠した銃口を開いた。頑張って、と告げた言葉と同時に癒しの力を持つ黄金の弾丸が痛みを和らげてゆく。
リカルドも身を翻し、何処か軍人めいた動作で以て敵との距離を詰めた。
「行くぞ」
たった一言、そう告げた刹那に超重の一撃が見舞われる。リカルドからの衝撃をまともに受けた青年はよろめき、杖で己の身を支えた。
其処に好機を見たゴロベエが二台のスマートフォンを操作していく。
彼は間違っている。復讐をする事を死んだ者の所為にしている。それ故に思うのは、哀れだということ。
「復讐とは己の自己満足の為にやるものだよ。その上、虐殺する理由まで死んだ者の所為にするなんて最低だな」
ゴロベエからの容赦のない炎と言葉に青年は身を捩って苦しむ。
反して、ヴィヴィアンは静かに告げた。
「俺はお前を、否定しない」
其の心が其処に在るという事実は曲げられない。否定よりも肯定してやりたいとヴィヴィアンが感じたのは、宛先の無い復讐がどのようなものか識っているからだ。
ロイは指先で胸元に宿る炎に触れる。
「解るとは言わない。でも、君は……似ているんだ」
主を失ったあの日、故郷の森は燃えた。あの炎は消えても、この心の奥底には未だ火が燻っている。もう叶えられなくなった復讐の焔が――。
彼女の心を思えば、ヴィヴィアンとて青年を言消すことはできない。
そしてジゼルもまた、その心を否定したくはないと感じていた。巡りゆく戦いの中、ジゼルは刃に鏡像を映しながら言い放つ。
「只一つ。君が何に対し怒り、そして悲しんだか。それを忘れている様が非常に残念で――とても不愉快だ」
青年の思いと同様にジゼルの裡にも浮かぶ思いがある。メロゥも時空すら凍結させる弾を撃ち込み、掌を握り締めた。
どんなに辛くても、でも、それでも、無関係な人を巻き込むのは間違っているから。
「あなたが赦せなかったように、メロも、あなたを赦すことは、できない」
「こんな悲しい物語はここで打ち切りにしますっ!」
メロゥが紡いだ言葉と同時に、エピが強く叫ぶ。
今、目的を無くした忘失の焔が燃えている。ならば、哀しみの炎を消すのは自分達の役目。そう語るようにしてチャンネルはしかと地を踏み締めた。
そして、エピが放った癒しの力は戦場を包み込む。
真に自由なる者の風は戦いの終わりを導くかのような優しい色を宿していた。
●復讐
戦いは続き、青年の動きが弱々しくなっていく。
怒りを宿す彼の攻撃はヴィヴィアンとゴロベエが受け、更にはカレが庇いに入ることで衝撃は分散されていた。更にはメロゥとジゼルが敵の動きを阻害する。
その間にミリアムやリカルド、ロイが攻撃に専念し、エピが癒しに徹していた。
「畜生……こんな、ところで……」
此方の連携により、既に青年は倒れる寸前まで追い込まれている。
ミリアムは彼が逃げぬよう背後に回り込み、魔力を黒塗りの弓へと変えた。
「逃しはしない。アンタはここで果てるのが運命だから」
瞬時に射った矢は青年の身を貫き、その軌跡は鮮血の飛沫を起こす。リカルドも此処が皆で畳みかける時だと察し、竜槌を砲撃形態へと変化させた。
「――渦巻け叡智、示し導き、風よ絶て。吼えよ、絶風の『咎凪』よ」
魔術で風を砲に集約したリカルドは絶風弾を一気に放出する。激しい風が周囲に落ちていた花弁を巻き上げ、空へと浚っていった。
其処へゴロベエが踏み込み、再び鬼の幻想を己に降ろす。
家族を亡くして復讐を誓う。似たような話は二次元で見飽きていた。だが、彼にも、自分にとってもそれは現実なのだ。気付けば、頬に一筋の滴が伝っていた。
「全力でぶん殴ってきっちり終わらせてやる」
魔人以上に強化された力が狂おしい程の一撃となって敵を打つ。其処に続いたジゼルは片目を瞑り、左右非対称の表情を浮かべた。
不愉快に思うのは嗤笑に憤りを感じていた彼が、目的を前に同じ様に笑ったこと。復讐という言葉と行いの前に、自らの怒りの本質を忘れてしまったということ。
彼に対して何が出来るか、自身がどうしたいのかを己に問い掛けた結果、ジゼルは一時の答えを見つけた。
「これが、君を救う唯一の手段だ」
感情の揺らぎは見せぬまま、ジゼルは鋭い斬撃を見舞う。
更にカレが強い体当たりをくらわせたことで青年が傾いだ。ロイはジゼルの零した言の葉を聞き、一瞬だけ目を閉じた。
「そうだな。苦しみを終わらせることが出来るなら、それが……」
力を貸したのが地獄か竜技師か。彼と自分にはきっとそれくらい違いしかない。ロイの身から放たれた剣はまるで怪物の如く、標的を真正面から貫いた。
「まだ、俺は……復讐を……」
刃に身を裂かれながらも青年は呻く。
(「――復讐に囚われた可哀想な人。他に、道はなかったのかしら」)
メロゥは想いを言葉にはせず、天上の火を解き放った。エピは仲間の思いを肌で感じ取りながら、自分の意思を口にする。
「最初から何もなかったあたしは失う痛みをまだ知りません。けど得るよろこびは知りました。あたしはたくさんのよろこびをくれた人達を守る為に戦います」
だから、と駆けたエピは機械腕を伸ばし、チャンネルと共に敵を大きく穿った。
それによって彼がよろめく。
「許せない……妹を、家族を奪ったあの、炎を……忘れるもの、か……!」
焦点の合わぬ瞳で呟く青年に対し、ヴィヴィアンは記憶喪失の自分を重ねる。思い出は美しいばかりではない。
それならば、と彼は銃口を向ける。
「灰になるまで、その怒りを忘れるなよ。それがお前が、お前だって証拠になる」
そして――思い出は燃やされた。
●亡失と忘失
やがて青年が膝を突き、倒れる。
滲む血が地面を汚し、舞い落ちた桜が赤く染まった。それでも青年は虚空に手を伸ばす。其処には何もなかったが、ジゼルは彼を見守った。
「何か見えるのかい?」
「ああ……みんな……そこに、居たのか――」
ジゼルの声すら聞こえていないだろう青年は一瞬だけ小さく笑う。やがて彼の腕は力なく地面に落ちた。
彼は最期にまぼろしをみたのかもしれない。
幻想でも家族と会えたのだろうかと考えたミリアムが俯くと、エピも小さく頷いた。
「寂しいのは、嫌ですからね」
「……おやすみなさい。せめて、どうか安らかに」
願うことしか出来ないけれど散り往く桜が餞となれば良い、とメロゥは祈る。
ゴロベエは無言のまま、彼に憎しみを与えた原因を思う。顔も知らぬ放火犯への怒りを胸に秘め、彼は犯人特定を目指す為に携帯電話を操作していた。
リカルドも元凶が捕まると良いと願い、目を閉じる。
「彼の真実が、白日の下に晒されることが、本当の供養になるのか……分からんな」
青年が死した以上、最早何も変わらない。
リカルド達が冥福を祈る最中、ロイは昏い夜空を振り仰いでいた。
怒りも復讐も、いくら燃え盛ろうと当人が消えれば共に消えてしまう感情だ。そう考えている彼女の傍ら、ヴィヴィアンは落ちていた蛇の杖を拾いあげた。
そうして、自分達にだけ聞こえる声で呟く。
「俺達は感情に火を付けて動いてる」
時々どうしようもない程に燃え盛るときだってある。それは灰になるまで変わらないし、誰にも否定できないのだと彼は語った。
今宵、死した青年のように。燃え尽きてしまえば終わる炎。
「それほど儚いというのに、……止められないのは」
――人、だからなのかな。
ロイが囁いた聲にヴィヴィアンは敢えて何も言わなかった。彼女も返答を求めていないと知っていたし、答えを出すものでもないと思ったからだ。
静寂と闇の中、桜は散る。
その花弁が揺らぐ様が夜に舞う炎の残滓に見えるのは、きっと――。
未だ、己の裡に焔が燃え続けている故。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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