猫乃楽園

作者:絲上ゆいこ

●路地裏の支配者
「おーい、まだ探してんのかよ、そんなのさあ、上級生の冗談だってー」
「いいよもう、お前は先に帰れよー!」
 呆れた様子で、シャリベルは肩を竦めて踵を返す。
 ハサンは大きく息を吐いてから、更に路地裏の奥へと向かう。
 そして上級生の言った言葉を噛み締めるように、彼は呟きを零した。
「だってさあ。人よりもでっかい猫が本当にこの辺りを牛耳ってたら……」
 一度言葉を切ると、息を呑むハサン。
「猫嫌いのあの子が……」
 思わず口端が緩む。
 退治すれば、あの子に格好良いなんて言われちゃうんじゃないだろうか?
 両頬を掌で覆ったまま、どこか幸せそうに彼はそのまま倒れ込んだ。
 白を覆い隠すように。
 裾が朽ち綻びた黒いローブを纏った彼女は、ハサンの胸から巨大な鍵を引き抜く。
「私のモザイクは晴れないけれど、……あなたの『興味』にとても興味があります」
 その肌も、髪も、雪のように白い。
 瞳だけが、血の色の彩られた女。
 パッチワーク第五の魔女・アウゲイアスは、膨れ上がりはじめたモザイクを見上げた。

●アダムは語ぬイブは語る
 彼女自慢のツノの上にはサバクミミズクが、話にはこれっぽっちも興味も無い様子でそっぽを向いたまま居座っている。
「えぇと……、事件よ」
 サバクミミズクとは対照的に、ケルベロスたちをまっすぐと見据え。
 集まった彼らの前に立った、神乃・息吹(楽園追放・e02070)は耳を揺らしてヘリオライダーに託された資料を覗き込む。
「大きなボス猫さんへの『興味』をドリームイーターさんが奪って、現実化しちゃったのよ」
 現実化したドリームイーターは、近辺に住み着いていた野良猫や家猫を一瞬で配下に収め、路地裏を完全に牛耳ってしまった。
「それに、このボス猫さんはイブよりずーっと大きいらしいのよ、ね」
 こーんなによ、と大きさを身体一杯に表そうとした息吹は、両手を大きく広げて跳ねてみせる。
「ボス猫さんはナワバリに近づく生物に『屈服すれば命までは捕らぬ』と配下になる事を迫ってくるんですって。屈すれば見逃して貰えるみたいだけど……、ボス猫さんを倒さないと興味を奪われた子が意識を取り戻す事が出来ないのよ」
 ボス猫は戦いになると、その大きな身体から繰り出される強力な攻撃をしかけてくるだろう。
 また牛耳られた路地裏にはボス猫を守るように普通の猫達も多数居るが、戦闘が始まれば逃げてしまうようだ。
 息吹が資料を閉じると同時に、サバクミミズクが大きな欠伸をする。
「事件を起こしたドリームイーターは既にその場からは立ち去っているみたいだけど、残されたボス猫とのナワバリバトルは決着をつけなければいけないのよ」
 こちらには王様だっているもの、ね、と。
 退屈そうなサバクミミズク――アダムに声を掛けて、息吹は微笑んだ。


参加者
リラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)
神乃・息吹(楽園追放・e02070)
御伽・姫桜(悲哀の傷痕を抱え物語を紡ぐ姫・e02600)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
イジュ・オドラータ(白星花・e15644)
日御碕・鼎(楔石・e29369)

■リプレイ

●猫の王は斯く語れり
「……イブの王様は、どうしてそんなに興味なさそうなの」
 頬に手を添えた神乃・息吹(楽園追放・e02070)が、角上に居座るファミリアのサバクミミズクに声を掛けた。
「アダム。お仕事よ、ヤル気出して?」
 声掛けも虚しく。
 アダムの欠伸の気配を感じた息吹は、もう、と肩を竦めて歩を進める。
 路地裏の曲がり角。
 一角を陣取り、日向ぼっこを楽しむ大量の猫達。そして、その奥には人よりも巨大な猫がふてぶてしい態度で箱座りしていた。
「居るじゃねぇカ。あのデカさ、まるで絵本のお話みてぇだナ」
 オオ、と声を上げたヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)がどこか楽しげに呟く。
「本当に、大きな猫です。……とても、もふもふしてそうです。ね」
「……お、大きさだけが全てじゃないんだからねっ!」
 日御碕・鼎(楔石・e29369)が頷き、自らと猫の大きさを見比べたイジュ・オドラータ(白星花・e15644)が目を丸くして言った。
「でも、大きな猫さんって聞くともふってしたくなりますわね」
 御伽・姫桜(悲哀の傷痕を抱え物語を紡ぐ姫・e02600)が、ふふー、と楽しそうに笑う。
「しかーし、ねこかわい……いとはさすがに言えないサイズ感だね……!」
「でもノーマル猫さんたちはとっても可愛いわ……」
 イジュが拳をぐっと握り、息吹が猫の小山に目を輝かせる。
 微笑んだ鼎はふと、自らが無意識に掌を持ち上げていた事に気がついた。
「猫……」
 掌をじっと見つめる。
 こんなに大きな猫。
 そりゃ、つい触りたくなってしまっても仕方がないだろう。
「いえ、いえ。……だからと言って放っておく訳にはいきませんから。ね」
「そうね。ツライけれど、路地裏の秩序を守る為だし。仕方ないのだわ……」
 息吹のため息。
 シュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356)が眠る少年、――ハサンに外套を掛けてやる。
「それにどうやら、私達は招かれざる客のようですものね」
 ケルベロス達の掛け合いの声に、向けられる無数の意識。敵意。
「こんにちは、猫殿達。……もうこんばんは、かしら?」
 シュゼットが小首を傾ぐと、猫達の視線が一気に彼女に突き刺さった。
「人の子、ココが何処か理解してイるのか。……下れ。さスれば、考えてやラン事も、無い」
 うっそりと首を擡げ、辿々しくも人の言葉で問いかけた巨大な猫――ドリームイーターは瞳孔を細める。
 周りの猫達も唸り、ケルベロス達に威嚇の態度を示す。
「ふわふわ、かわいらしい、こ。思わず、屈服してしまいそう、ですけれ、ど」
 柔らかく微笑んだリラ・シュテルン(星屑の囁き・e01169)が星杖を構え、黒い翼猫のベガがリラの肩で翼を大きく広げた。
「もうー、ここから~ここまでっ! むしろここがわたしたちのナワバリになりますっ!」
 壁の端から端までぴょんと一飛び。
 腕をシャキーンと伸ばして空中に線を引いてアピールしたリリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)が犬の耳をぴんと立てた。
「ボス猫さんの子分にはなりませんのでそこのところはよろしくです!」
 びしっと指を突きつけ宣言するリリウム。
 ヴェルセアがいかにも可笑しげに喉を鳴らして笑い、唇を歪める。
 猫は嫌いでは無い。犬よりもずっと静かなのも良い。
 彼らの身勝手な生き様にはシンパシーすら湧く。
 ――しかし。
「オレはな、他所のシマを荒らす遊びが好きなんダ」
 全身から殺気を放ち。ヴェルセアはハンマーを横に薙いで、高らかに宣言する。
「テロリストのお出ましだゼ、悪いが集会は終わりだニャンコどモ」

●猫の王は君臨すれども統治せず
 戦いの火蓋を切ったのは、ヴェルセアの放った巨竜の幻影だ。
「ナワバリバトル、れでぃー……」
 ボス猫に喰らいつく幻影の後ろから、全身のバネを使って跳ね跳んだリリウム。
「ごーですっ!」
 犬の尾を靡かせたリリウムが砲撃形態となった槌を横に薙ぎ放ち、リラは星屑を散らす杖を握りしめて瞳を閉じた。
「往きま、しょう。すべてのものを、護るために。――ベガ」
 黒猫が翼一杯に蓄えた風。
 弧を描く杖より紫電が爆ぜ、仲間たちに加護を与える。
 交渉決裂に吠えたボス猫は、その巨体からは考えられぬ程の機敏さで跳ね。
 同時に双方の殺気に怯えた猫たちが、一気に散り散りに退いた。
「支配とは難しいものね。カリスマ性に因ると暴走が起こり易く、力で敷いた政ならば此の様に離散する」
 シュゼットは肩を竦め、冬冴殘る春湖湛えた双眸を瞼に包み隠す。
「……文献に触れた程度で王様の御前で語るべきでないかしら。さあ裸のボス様、お相手してくださる?」
 携えた漆黒の鞘より冴瓊を引き構え、唇を笑みに変えたシュゼット。
 低い唸り声と共に。
 その身体を押しつぶさんとボス猫は駆ける。
「愛らしい猫さん」
 シュゼットを狙った一撃の導線上に割り込んだのは、姫桜だ。
「私がその攻撃を受け止めて差し上げますわ。……一緒に遊びましょ?」
 花の絡む白いドラゴニックハンマーと猫の手が交差する。
 姫桜は優しく微笑み。
 そのまま掬いあげるように槌を振るうと、直接ボス猫に砲を叩きつけた。
 ボス猫が怯んだ隙に駆け。前へと飛び出したシュゼットが、紅蓮を纏う蹴りを刳りこむ。
「さぁ、シオン、皆さんに守護の力を与えて差し上げて」
 傍らで構えていた桃色のボクスドラゴンが、主の声掛けに小さく鳴き。狙われたばかりの鼎へと、加護をインストールする。
 加護に満たされる感覚。
 札を構えた鼎が、青い瞳を揺らした。
「悪いね、此れも仕事なんだ。――化け猫退治と行こうか」
 あまり長く苦しめる事は本懐では無い。
 あのように可愛い姿なら、余計。
「さっさと終わらせよう」
「そうね、……いきましょう」
 流れる雲のように。軽やかに飛んだ鼎が札をボス猫へと一枚貼り付ける。
 息吹が雷の壁を産み、加護を重ねた瞬間。バックステップを踏んで間合い取った鼎と入れ違いに、地を蹴って跳躍をしたイジュ。
「いくよっ!」
 イジュのデコられたルーンアックスがボス猫の脳天に叩き込まれると同時に、力を籠めた鼎の札が炸裂する。
 大きくよろめいた猫の頭を蹴り、地上に降り立ったイジュはびしっと指を突きつけた。
「悪さする子には手加減なしだよっ!」
「だマ、レ!」
 一度地面を跳ねてから。転がるように受け身を取ったボス猫は、牙を剥いて吠え。その身を弾丸のように翻らせる。
「……ッ!」
「息吹、様!」
 杖を握りしめたリラが、声を上げる。
 鈍く嘶いた巨大な猫は、息吹へとその身を叩きつけ。
 柔らかい毛皮の中に埋もれた息吹が、ひゅ、と押しつぶされたかのような息を吐いた。
 なんて、なんて――。
「しあわせ……」
 もふもふの毛皮。
 自らの身体より大きな猫に埋もれ、息吹は幸せそうな表情を浮かべる。
「待ってまって、危ない危ない!」
 次いで食らいつかんと大口を開けた猫の口に、槌を食らわせて押し止めたイジュが幸せそうな息吹を引っ張り投げた。
「はっ。イブ、催眠掛かってた? ごめんなさいね……」
 仲間に謝りながらも、どこか幸せそうに息吹は幸せなもこもこを反芻する。
「……」
 鼎の青い瞳がどこか羨ましそうな色をしていた気がするが、きっと気の所為だろう。

●冥土の道には王なし
 重ねられたバッドステータスは、猫の動きを鈍らせる。
 重ねられる加護は、ケルベロスたちの体力を保つ。
「ジャ、マだ!」
 勢いに弾き飛ばされた猫は壁を蹴り上げ反転し、狂爪をヴェルセア目掛けて振り下ろす。
「おっと、引っかかれちゃたまんねェ」
 杖で猫の爪を軽く弾き、半回転するようにステップを踏んだヴェルセア。
「猫さん、こちらっ!」
 身を低く構えた姫桜が、その背より弾かれた弾のように飛び出し。
 白い槌の持ち手をガードに上げ滑らせ、その爪を受け止めた。
 ギリと噛み合う爪と槌。
 猫と姫桜は同時に跳ね、間合いを取る。
 その瞬間シオンが加護を主に重ね、姫桜が笑みを深めると再び前へと踏み込んだ。
「そろそろ退治されて頂きますわ」
 火花を散らすエアシューズ。
 踏み込んだ勢いのまま蝶が舞うように、猫の顎下に蹴りを叩きつける姫桜。
 未だ猫から離れきれぬヴェルセアが言う。
「良し、鼎! 任せタ!」
「相承知した」
 頷く鼎。
 一度は『遊び』とは言え、自らに『外』を説いた相手だ。ただサボっている訳では在るまい。多分。
「聞食せと畏み畏みも白す」
 ばらりと広がった札が鼎の瞳色と同じ蒼に燃え、招かれた狐火が猫を喰らう。
 蹈鞴を踏んだ猫の足元より、吐き出される刃、刃、刃。
「残念! そこはトラップダ、大将気取り!」
 ヴェルセアが吠え。
 靴底に仕込んだ刃で猫のヒゲを削ぎ落とし、拾い上げて笑みを深めた。
「生憎、泥棒鴉は手癖も足癖も悪くてナ」
 後ろ足で踏ん張って立ち上がったボス猫が駆けようとするが、バランスを取るためのヒゲを失い身体が傾く。
 その隙を逃すシュゼットでは無い。
 彼女は最初から最後まで、猫の動きを観察していたのだ。
「――沈め」
「きょうのえほんは! こちらです!」
 雪禊ぎの一刄。
 刃に裂かれ花咲く赤は蝶に喰らわれ。
 重ねてリリウムが開いた絵本から一閃が奔った。
 空想に実態を持たせる力。
 シュゼットに重ねて猫を裂いたのは、スーツに身を包んだはーどぼいるどな猫獣人の用心棒だ。
 長ドスを収刀すると、親指を立てて絵本の中に還ってゆく。
「ありがとう! ありがとう、はーどぼいるど猫用心棒さん!」
 リリウムが同じようにサムズアップ。
 ハンマーを水平に薙いだイジュは一度視線を落とし、しっかりと前に向き直り猫と視線を交わした。
「夢は覚めるものだよ、……だからおやすみなさい」
 真っ直ぐに放つのは『進化可能性』を奪う超重の一撃だ。
「それに……、ハサン様にも、戻ってきて、いただかねば、なりません」
「残念だけれど。ボス猫さん、ここまで、ですよ」
 杖を構えたリラとアダムを角に載せた息吹が、息も絶え絶えと言った様子の猫を見下ろし、呟いた。
「ごめんね……貴方がいたら、他の猫さん達が困っちゃうのよ」
 ――星逹が揺蕩う世界へ、ようこそ。
 ――アナタの悪夢は、どんなに甘い味かしら。
 叩き込まれた甘い香りは、星の夢に誘われて。
 紅茶に沈んだ角砂糖のように、ざらりと猫の巨体がモザイクと化して溶けて行く。
「いとしい、いとしい、星達よ。このこを、あるべき場所へ、送ってあげて」
 風に溶けゆくモザイクを眺め、リラは願う。
「おやすみ、なさい。――せめて、その先に、優しい夢が、ありますように」
 斧を降ろしたイジュは、瞳を閉じた。
「……今度はねいい子で生まれておいで。そうしたらいっぱい遊んであげるから」
 答える者は無く。
 目覚めた少年のくしゃみの音が響いた。

●桜吹雪の舞う夜に
「ベガ、ベガ、お花、きれい、ねっ」
 黒猫を抱き、こぼれ落ちる花弁を纏ったリラは空へと手を伸ばす。
 落ち始めた陽に、満開の桜は白く輝き。
「まあ……」
 自らに咲く物と同じ。
 自らよりも立派な花の綻び具合に恥じらうように、シュゼットは思わず一度顔を隠した。
「わああああ! お菓子にごちそうですね!」
 リリウムの感動の声が響き、慌ててシュゼットは息吹の元へと急ぐ。
 そこには、先程助けられたばかりの少年、ハサンの姿もある。
「もう食べてもいーの?」
「いーですよ、いーですよ! わたしもビスケットもってきたんですよー!」
 食べましょう! と意気込むリリウムとハサンは並んで座り。リリウムパパお手製のビスケットを齧る。
「ああ息吹殿、重く無かったかしら?」
「大丈夫、よ。シュゼットさんも沢山用意してくれたのね」
「ええ、楽しみにしていたの」
 手鞠寿司に、おむすび。
 ミルクティと珈琲を配っていたリラが、シュゼットと息吹にカップを手渡す。
「どーなつも、買ってきました、よ」
「私は手作り桜クッキーだよっ!」
 色とりどりのドーナツをリラが置けば、イジュは桜色のクッキーを。
「こっちはイブちゃんの分、アダムくんにはこっちだよー」
 更にアダム用に調味料を控えた物を、サバクミミズクに直接プレゼントするイジュ。
「まあ。今日はイブの王様はずっとおサボりだったのに、ご褒美だけはばっちりね」
 ツンと知らんぷりをするアダムは、さくさくとクッキーを突く。
「見ろよコレ、ダイフクにストロベリーが入ってンだゼ。面白くねェ?」
「あ。僕もソレ食べたいです。……代わりに、お煎餅は如何です?」
 ヴェルセアが楽しそうに言い、鼎は煎餅と交換を申し出る。
「ナァ、鼎。教えてやろうと思ったこととは違うガ、なァ。たまにゃこういう正道も悪かねぇだロ」
「……そうです。ね」
 並んで座る男2人は、紅茶を酌み交わす。
「酒じゃねェのが残念だガ」
「――桜、見事なものです。ね」
 姫桜がケーキの箱を開けると、手作りパウンドケーキのお目見えだ。
「わぁわぁ~、オルミランちゃんとエイムハーツくんは誕生日なのよね?」
「オオ、良く知ってるナ」
 口々に祝いの言葉を交わし、大福を齧っていたヴェルセアは笑う。
「シシシッ。めでたいかどうかは別としテ、あの化猫を弔って華やかにやるカ!」
 灯されたケーキのろうそくの火が揺れ、鼎が首を傾げた。
「……。歌いますか?」
「勿論! 歌いましょう!」
 ばばあんと立ち上がったリリウム。
 微笑んだケルベロスたちは歌を重ねる。
「はぴばーすでー……」
 鼎のテンションローの声音。
 夜桜を明るく照らすのは、花灯りか、寿ぐ歌か、弔う祈か。
 自らの歌声も重ねたシュゼットは微笑み、炎へ吐息を。
 肩を小さく竦めたヴェルセアも、同時に炎を吹き消した。
 かの猫殿へのおやすみは胸の内。ゆっくり、お眠り。
 ちいさな何かが動く気配。
「もう退治の夜ではなさそう。よかったら、花を愛でる今宵は如何? ――息を潜める其方の、猫殿も」
 シュゼットの声掛けに、野良猫達がにあ、と鳴いた。
 早速人馴れしきった様子の野良猫を抱き上げるリリウム。
「猫さんは抱っこすると伸びるんですよー!」
「えっ、わぁー。本当ですわ」
 抱き上げられる野良猫がびろんと伸び。
 猫じゃらしをこっそり持っていた姫桜が真似をして猫を抱き上げると、シオンが羨ましげに見上げる。
「……にしても、手作りケーキ、クッキー……女子力がすごいのよ」
「ふふ、どれも、おいしいね、ベガ」
 イブも、さらりとこう言う物を持参出来るようになりたいのよ、と呟きながら口にケーキを運ぶ息吹。並んだリラは翼猫におやつを一口。
 暖かな春風、花吹雪。
「ふふ、こうして素敵なお花見ができて嬉しいですわ」
「僕も、楽しみにしてたんです。……自分一人で見る桜よりもきっと綺麗だと思って。……。なんて」
 鼎の言葉に、シオンを膝の上に置いてやった姫桜が眩しそうに笑った。
 今日という日の、大切な思い出。
 桜吹雪の舞う、夜桜の日。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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