●その魚は歌をうたうという
天気雨が上がれば、古びたプラネタリウムもきらきらと輝いて見えた。
「古びたプラネタリウムに歌う魚。しかもその魚が観客を逃さぬって言うんだから気になるよなぁ」
噂話ってのはこうじゃなくちゃな。と少年は古びたプラネタリウムを見上げた。
「汚れちゃいるがそこがらしいな。観客を逃さぬ硝子の魚、その歌を聞いて生き残ったものはいない……なんて盛りすぎだろって思ったけど。うん、やっぱ興奮する」
くるり、と見渡す。もう一度、今度はスマホのライトで見渡すが硝子の魚らしいものはーー見えない。
「ちぇ、そんな簡単には見つからないか。姉ちゃんには出かけてるって行ってきたし、とびっきりの話聞かせてやるって言ったんだしもうちょっと……」
あたりを、と続けようとした少年の胸を何かが貫いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
少年の唇から溢れる声はなく、ただ一度ぴくりと震えた少年の体から第五の魔女・アウゲイアスは心臓を穿った鍵を引き抜いた。意識を失い、ぐらりと倒れた少年の横には硝子色の魚がふわり、と浮き上がっていた。
「リ、リリ」
歌うように高い声を響かせながら。
●歌う魚と綺羅星の夢
「硝子の魚がどんな歌をうたうのか、確かに興味はありますが……その歌を聞いて生きて帰った者はいない、となれば物騒な話にもなりますね」
レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って顔をあげた。
「不思議な物事に強い『興味』を持ち、実際に自分で調査を行おうとしている人が、ドリームイーターに襲われ、『興味』を奪われてしまう事件が起きました」
現場は、閉鎖されたプラネタリウム。廃墟となったその場所に、歌う硝子の魚が現れるという噂を聞いた少年が確かめに来てしまったのだ。
「歌う硝子の魚とはまた、面白いねぇ。機械の星の中でコンサートの予定だったのかな」
「コンサートの予定があったかは分かりませんが……噂には、硝子の魚は星に歌う。最初の最初は、いつか届けたかった誰かの代わりに。というお話も添えられていたんですよ」
レイリは顔を見せた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)に一度目をやると、顔をあげた。
「ことを起こしたドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターが残っています」
このドリームイーター・硝子の魚によって事件を起こそうとしているのだ。
「皆様に依頼です。事件が起きる前に、このドリームイーターを撃破してください」
このドリームイーターを倒すことができれば『興味』を奪われた少年も、目を覚ましてくれるだろう。
現場は、プラネタリウムの廃墟。残っている椅子は少なく、多くは円形のフロアの端に追いやられている。中は天井が壊れている関係で薄く日差しが差し込んでいるのだとレイリは言った。
「敵はドリームイーター・硝子の魚一体。配下はいません。地面から少しばかり浮いた形で移動をします」
高い声で歌い、光の雨を降らせ、燐光にて焼き尽くそうとするのだ。
「この怪物型ドリームイーターには二つ、習性があります」
ひとつは『自分が何者であるかを問う』ような行為をしてくること。正しく対応できなければ、殺してしまう。
「今回の場合は『硝子の魚』が正解ですね」
正しく答えられれば見逃し、逆に、答えられなかったり、化け物だといえば怒って相手を殺してしまうのだという。
「上手く答えれば見逃してもらえる事もあるようですが目的はこの怪物型ドリームイーターの撃破です」
それに返答は戦いには影響してこない。
「もう一つの習性ですが、この怪物型ドリームイーターは自分のことを信じていたり噂をしている人がいると、その人の方に引き寄せられる性質があるようです」
歌う硝子の魚の話をしていれば、ドリームイーターは姿を見せるだろう。廃墟の中を探し回らずとも相手を引き寄せられるのだ。
「討伐をお願い致します。歌う魚とその歌を聞いていたお星様なんて気になりますけれど、でもそうしてやってきた彼の思いを好き勝手に利用されるわけにはいきません」
「本当は誰かに伝えるためのもの、か。確かに、好き勝手にされっぱなしって楽しくないよねぇ」
「はい。好き勝手ってのはやっぱりさせられませんので」
言って、レイリは集まったケルベロスたちを見た。
「それでは参りましょう。皆様に、幸運を」
参加者 | |
---|---|
繰空・千歳(すずあめ・e00639) |
月織・宿利(ツクヨミ・e01366) |
シィ・ブラントネール(誰より何より美しく輝いて・e03575) |
チェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614) |
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368) |
星廻・十輪子(星空のソリスト・e15395) |
カムパネルラ・キャンディタフト(花鳥籠・e26096) |
カズハ・ルーウィン(碧トカゲの葉っぱ紡ぎ・e34290) |
●欠けた天蓋
薄く、帯のような光が差し込んでいた。古びた外壁の狭間を埋めるように苔が顔を見せる。嘗てのプラネタリウムは、星を映し出す投影機もなく揃いの椅子も端に追いやられていた。
「よし、照明はこれでっと」
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)が持ってきた照明をつけた。ネックライトは人数分ある。受け取った明かりを手に、見渡せばシィ・ブラントネール(誰より何より美しく輝いて・e03575)の目に、少年の姿が見えた。
「見つけたよ」
うん、怪我もない。
「では……彼を巻き添えにならない場所に」
「あぁ。じゃぁ僕が連れていくよ」
星廻・十輪子(星空のソリスト・e15395)の言葉に、三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が顔をあげる。抱き上げられても、少年は目を覚ます様子はない。
(「星に硝子……とても綺麗。会いたい気持ち、よくわかるのだ」)
きっと目をキラキラと輝かせながらあの子は探索にやってきたのだろう。
(「何か……」)
できれば良い、とカズハ・ルーウィン(碧トカゲの葉っぱ紡ぎ・e34290)は思う。たとえ、此処にいるのはデウスエクスでも。
「歌を聞いて生きて帰った者はいない。まるで人魚の伝説のようだけれど、その歌声は誰に届けたかったものなのかな」
舞い上がる埃を見送って、丸く出来上がった空間を月織・宿利(ツクヨミ・e01366)は見上げる。呟きは小さな反響を呼び、そうして気がつく。鳥の声が無かった。
「硝子の魚の伝承……ちょっと怖いけど、どこか幻想的で……でも、だからこそ、ドリームイーターに利用させるわけにはいかない」
実際に人を傷つける存在にさせてはいけない。
チェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)は小さく息を吸いーー顔をあげた。
「行きましょう。『悪夢』を終わらせ、捕らわれた男の子を解放するために」
「えぇ」
静かにひとつ、繰空・千歳(すずあめ・e00639)は頷いた。
「始めましょう」
硝子の魚の、最後の歌を。
●硝子の魚はうたう
「プラネタリウムの、中でだけ、泳ぐ、お魚さん。ここは、大きな、水槽、みたい、ね。どんな、歌が、聞けるの、かしら?」
小さく、十輪子は視線をあげた。
「硝子の、涼やかな、音? それとも、軋むような、音? たのしみ、ね」
「逃げ出す気も失せるぐらい、素敵な歌声だったんじゃあ無いかしらね」
そう言って、千歳は周りへと目をやった。
怪物型ドリームイーターには、ある習性とも言えるべき行動が存在する。ひとつが、自分について話している者の方へと引き寄せられてしまうというものだった。
「歌う魚かあ……水の近くに棲む者が綺麗な歌を歌うって、結構定番よね。聞けば生命が無いっていうのも含めて」
ひとつ息をついて、フォトナは薄く開いた入り口へと目をやった。影は無い。高い天井の隙間から落ちてくる光に変化は無くーーだが、伺うような視線を感じる。
小さく息を吸って、視線をあげれば、ほう、とカムパネルラ・キャンディタフト(花鳥籠・e26096)が息をついたところだった。
みんなで噂話なんて、なんだかわくわくしてしまう。
(「硝子の魚は星に歌う、どんな声で、何を伝えたかったのかな」)
そんな思いをキラキラ輝かせながらずっとここにいたんだね。
「歌う硝子のお魚なんてロマンチックよね! 本物が居たら良いのに!」
シィはうたうように告げた。割れた天蓋はシィの声を響かせーーやがて、光が震えた。
「ラララララ」
歌声が先にあった。
古びたプラネタリウムの中にあった砂埃が舞い上がる。差し込む光を受け、星のように煌めくその中に『硝子の魚』は姿を見せた。
「僕ハだぁれ?」
高く、旋律の混じった問いかけが響いた。
「硝子の魚」
「硝子の魚、だったっけ?」
チェレスタに続いて、フォトナが言う。見たままの姿をシィが告げ、そうして最後に千歳が口を開く。
「誰かの願いの欠片じゃ無いかしら」
「——それガ最後ナラバらば」
高い声が響いた。警告音に似たそれが、一つはハズレだと高く告げ、舞い上がっていた砂埃が一瞬にして地にーー落ちる。
「来るわ」
千歳が告げる。次の瞬間、甲高い歌声と共に燐光が生じた。
「リィイイ」
響き渡った歌声と同時に爆発によって生じた熱がケルベロス達を襲った。爆風に、フォトナは顔をあげる。狙いは、後衛か。
「回復を、します、ね」
十輪子の声が響く。
「カムパネルラちゃん」
「ネルは、大丈夫だよ」
心配そうな宿利に頷いて、カムパネルラは顔をあげた。体は確かに痛い。じくじくとした痛みと少しだけ歪む視界は毒だろう。
(「でも……」)
大丈夫だ。まだちゃんと動けるし、やれる。
「あなたの歌声、きかせてね」
顔をあげて、少女は告げる。
「迷い人導く、蒼穹の、一つ星」
優しく紡ぐような十輪子の声音が、響き渡る。闇夜に広がる月の光の如く唄い、齎すは癒しと加護。癒えた指先で刀を握り、た、と踏み込んだ宿利は顔をあげ前へとーー飛ぶ。
「黄泉より還りし月の一振り、我が刃が断つは其方の刻を……!」
それは素早い踏み込み。飛ぶように前へ、キン、と抜き放たれた一刀は光の花弁と共に硝子の魚を斬りあげた。
●煌めきの歌
「成親、ディフェンダーに」
オルトロスの成親は、頷くように神器の瞳を煌めかす。ゴウ、と炎が光の降り注ぐ戦場に生まれた。衝撃に、僅かに身を引いた硝子の魚が警戒するように煌めきを纏う。眩しさはない。だが、明確な敵意にフォトナはひとつ息を吐きその手を向けた。
「さて……迷惑千万な輩は、早々に片付けましょうか!」
短かな詠唱と同時に、力は放たれた。石化を齎す魔法の光が、避けるように身を空へと滑らせた硝子の魚の尾を捕える。
「リリ」
パキ、と光は硝子の尾を石に変える。重く変じた表面に、争うように硝子の魚は身を震わせ高い声を響かせた。
「キィイイ」
金切り声に似たそれに、千歳は視線をあげる。おろした機械腕がガシャン、とガトリングガンに変わる。
「いったい誰に、何を届けたかったの?」
誰も逃がしたくないぐらい、沢山届けたかったんでしょうね。
持ち上げた銃口が、火を吹いた。
カラフルな飴玉のような銃弾が戦場を駆け、銃口にとん、と乗ったミミックの鈴がしゅたっと酒瓶型のエクトプラズムを構えてーー飛ぶ。鮮やかに彩られた色彩の火の中で、ていや、と一発入れば、キン、と高く澄んだ音色が戦場に響き渡った。
「リ、リリ」
歌声と光が、戦場にはあった。舞い上がった砂埃を払うように、翼を広げたシィが刀を向ける。
「永久に消えない傷を、刻み込んであげる……!」
刀に硝子の魚が巻き上げた光が四散した。振り下ろす。間合いへと踏み込んだ勢いそのままに、斬る。ただ一つそれだけの為に振るわれた一閃はあらゆるグラビティに捕らわれることなくーー光も空気も重力も諸共に斬り捨てる。
「リィイイイ」
キン、と高い音と共に硝子の魚に罅が入った。威嚇にも似た声が響く中、チェレスタは旋律の齎す加護をスナイパーたちに届けた。あの声から感じるのは明確な敵意だ。
「ィ、リリ!」
キィン、と高く響いた声にカズハは顔をあげた。きゅ、と唇を引き結び、攻撃手となる仲間へと旋律と加護を届ける。踏み込んだ千鷲の斬撃が届けば硝子の魚は光を纏う。
「あなたの歌声、きかせてね」
そこに迷うことなく、カムパネルラの凍結の銃弾が届く。キン、と落ちたのは鱗か破片か。地に落ちる前に水のようにとぷん、と消えたそれを飛び越えて、フォトナは前を見た。
「リリリ」
歌声が、光を呼ぶ。
戦場には光と歌があった。時に近づく者を嫌がるように、時に回復を嫌うように硝子の魚は歌う。回復を担う十輪子を狙う一撃をシィが庇いきれば、矛先は彼女へと向いた。
「リィ!」
威嚇の声は高く、瞬間、感じた風にシィは身を横に飛ばす。硝子の魚の回復は既に一度。踏み込んだ宿利が盾を砕いていた。
全快したというわけではなく、だが歌う魚の威力は健在だ。こちらとて無傷でいられるわけもなくーーだがその分、重ねた制約が硝子の魚に絡みついていた。動きを捉え、氷と炎が歌う魚を捕まえていく。
「まるであなたが星座みたい。壊れるまで聞かせて。ネルたちがきいててあげる」
「リィィイ」
高く、響き渡る歌声と共に光が爆ぜる。だが熱の中、く、見上げる瞳は変わらずにカムパネルラは火球を放った。
炎が、光の中に生まれた。
後衛を狙い、落ちた光の中を千歳と宿利が駆ける。た、と地を蹴り行く姿を硝子の魚が追えば、たん、と間合いへと踏み込むのはカズハだ。
「あなたも食べる?」
それは、骨董薬レシピから作った煌めく真珠のような粒。投げつければ、虹色の煙がぶわり、と硝子の魚に巻き付いた。一瞬、動きが止まればそこが好機だ。相棒のゆかりに目配せをすれば、ボクスブレスが一気に硝子の魚を焼いた。
「リリリリ」
硝子のきらめき、虹の雲。
煌めきが廃墟の戦場にはあった。高く響く歌声の中を、ケルベロスたちは駆ける。降り注ぐ光の雨も、制約が重なった今、避けるのは容易い。すり抜けるように前に出て、シィは武器を構える。
「レトラ」
身近な呼びかけに、レトラが後衛へと祈りを捧げれば、戦場に呼び込まれたチェレスタの雷が硝子の魚を撃ち抜いた。
「リ」
落ちた声と同時に、硝子の魚に罅が入る。破片のような煌めきが空に混ざり、た、と踏み込んだシィに気がついて身を起こす。だがーーシィの一撃の方が、早い。
「こっちよ!」
振り下ろした一撃と同時に、傷を癒したシィの横を宿利が行く。詰められた間合いに硝子の魚は距離を取るように動きーー歌う。
「回復、です」
十輪子が告げる。高く響くその歌声に、いち早く千歳が踏み込んだ。
「!」
一気に詰めたその間合いで、叩き込むのは音速を超えた拳。
「少しずつでも削れば効くものでしょう?」
キィイン、と高い音が響いた。
衝撃に吹き飛ばされた硝子の魚が欠ける。リ、と警戒を響かせ跳ねるように身を起こすーーそこに、ひとつ影が落ちた。
「逃してはあげない」
宿利だ。落下の勢いを利用し、叩き込む一撃が硝子の魚を打ち抜いた。
「リ、リリ」
歌が、掠れる。きっと、これが最後になる。そう思いながら十輪子は仲間への回復を紡いだ。それは、どこまでも優しい旋律だった。硝子の魚の歌声と、光と重なってーーだが、彼女の歌は行く仲間を癒す。
「我が元に来たれ、裁きの雷」
癒しを受け、指先のチリチリとした痛みが消える。すい、とフォトナが向けたその手に、その声に、応じて顕現するのは断罪の使徒たる大雷球。
「我が行く手を阻む物悉く、打ち砕きて灼き尽くせ!」
ゴォオオ、と唸る雷音が硝子の魚を打ち抜いた。
「リ、リリリリ」
ラ、と旋律が、溢れた。高く、長く最後の歌声を響かせるようにドリームイーター・硝子の魚は煌めきの中に消えた。
●硝子の魚が見た夢は
「貴方が探していた硝子の魚は、デウスエクスだったわ。最近、噂になった者の姿を借りる輩が多いの」
「う、噂……?」
目を覚ました少年はフォトナから受け取った温かいお茶を手に目を丸くしていた。
「身の危険がある噂は、特に危ないから……気をつけてね」
「う、うん」
立ち入り禁止だという十輪子の言葉も今になって身に沁みたのだろう。ごめんなさい、と謝る少年に危険なことはしないようにね、とシィは言った。
「うん。危険なことしないように、する」
入っちゃだめってあったし、と呟いて恐る恐る周りを見る少年にカズハは視線を合わす。
「もう大丈夫。でもあんまり無茶しちゃだめだよ……?」
「お姉さんに心配かけては駄目ですよ。『大切な人に二度と会えなくなる』ことほど、悲しいことはありません」
安心させるように膝をおって、チェレスタは微笑んだ。
「それに……『現実』にはきっと、伝承よりも素敵なものがたくさんあるのですから」
「素敵な、もの」
途端、目を輝かせた少年に、カムパネルラは言った。
「硝子の魚のかわりに、ネルがきみに届けてあげるね」
「ほ、ほんとに!?」
目を丸くした少年に、こくりと頷いてカムパネルラは息を吸う。天井からこぼれる光をスポットライトに硝子の魚が歌ってた歌を唇にのせた。祈るように、胸の前で手を組み合わせ響くのはただただ優しい歌。
「お姉さんも、きっと君の事が心配なのよ。お家に帰って安心させてあげて」
すごい、と目を輝かせた少年のスマホが着信を告げる。姉からだろう。わ、と声をあげた少年に宿利はそう言った。
「硝子の魚は見られなかったけれど、二人で食べてお姉さんと仲良くね」
きっとあなたを心配してくれていたんだから。
そう言って、千歳は魚型の飴玉をふたつ、少年にプレゼントした。両手で受け取った少年は、こく、と頷く。
「うん。ありがとう。お姉さん達」
少年への説明を終えると、ケルベロスたちは少しだけプラネタリウムを見て回ることにした。
「何か見つかるでしょうか」
プラネタリウムに来るのは、実は初めてだった。
古びた天井を見上げ、リサは傍のシィへと目をやった。
「あのお魚の断片でも見つかればいいのですけれど」
「えぇ。本当にね。何か……」
硝子の魚の破片でも、とシィは思う。少年にも渡してあげたかったのだがプラネタリウムに魚の破片らしいものは見つからなかった。
「あの時……」
光の粒子となって、硝子の魚は消えた。耳に残る歌声に、あと少しだけ探してみようとシィは言った。
「はい」
頷いてリサは古びたプラネタリウムを見上げた。歌うように泳いでいた硝子の魚の姿を思い出す。光の中、泳いでいた硝子の魚の美しさにリサは惹かれていた。
「……」
正面に見据えた一瞬、感じたのは何だったのだろう。手の中、煌めきと似た何かが残っているような気がした。
「あのね、私も君に歌を贈りたいの……聞いてくれる?」
君に捧げるのは、月の夢を奏でる歌。
傍へと腰を下ろし、伏せられた夜の瞳を宿利はちらり、と伺った。高く、優しく。少しだけの転調を紡げば、視線に気がついた夜と視線が重なる。
「……」
そっと、宿利は目を細めた。歌う声はそのままに、吹く風も頬に感じる光だってそのままに。
いつも優しい子守唄に、暖かい想い出をくれる君へ。一緒にいると楽しいよ、ありがとうの気持ちを目一杯詰め込んで。届きますようにと願いを籠めてーー歌う。
「……」
ふと、夜は笑った。宵空の如き彼女の瞳に、その旋律に。
美しい歌姫から捧げられるアリアに惹かれぬ者はおるまい。
(「温かな時間と優しさをありがとう」)
風に乗って、歌声が聞こえる。
「硝子の魚の『最初の歌』は、誰の、どんな言葉を伝えたかったんでしょうか」
差し込む光へと、手を伸ばす。硝子の魚が見せた煌めきは今はなくーーただ歌が耳に残っていた。
「星は、どんな歌声を聞いていたんでしょうか」
チェレスタの呟きに、そうだな、とリューティガーは傍で古びた天井を見上げた。
「『硝子の魚』の、或いはその元になった人物の真意は、今となっては分からんが、その後に恐ろしい噂がついてくるということは、何かとても悲しい出来事があったのではないか、そんな気がする」
使われなくなったプラネタリウム。
その歌を聞いて生き残った者はいないという硝子の魚の逸話。
「だが俺は、お前の歌う優しい歌の方がいい」
ふと、視線を落とした妻へと囁くように告げる。
「今を生きる人の想い。それこそが俺たちの守るべきものなのだから」
舞い上がった小さな砂が、差し込む光を受けてまるで星のようだ。ふ、と小さく笑い、千歳は傍を見る。
「本物の硝子の魚の歌声、どんなだったのかしら」
「お魚の歌……きっととっても澄んだ音!」
星へ歌う、誰かの代わりに歌うお魚の声。
「そんな歌が濁って届かないモノだったら悲しいからのう!」
「確かに遠く遠くまできちんと届く声じゃあないと」
綾のその言葉に、千歳は吐息を零すようにして笑った。ふわり、落ちた笑みにくすぐったい気分になりながら見上げれば「綾は」と千歳の声が届いた。
「綾は誰か、声を届けたい人はいる?」
「誰かに……?」
小さく首を傾げ、そうしてぴん、と綾は耳をたてる。
「そうじゃのう、綾はー……今でもちゃんと届いてると、思う!」
「なる程しっかり受け取っているわ」
まっすぐな赤の瞳に微笑んで千歳は頷いた。
「千歳あねさまも誰かに届けたい声はあるかのう?」
「私は……しっかりやっているわ、そう星の向こうへと」
見上げた先、狭間から見える空は小さくーーけれど、光も星も、きっと届くのだろう。
「伝えるって、とっても大事、じゃな!」
綾の声が届く。
ふいに、鈴の音が聞こえた。
こっそりと屋根に上がったカズハは雨粒の煌めきに重ね、涼やかな音を響かせていたものだ。
(「硝子の魚を見たような気持ちになってもらえる、かな……」)
何か聞こえたよ。と小さな声が響く。見つからないように、とん、とカズハは翼を広げて木々へと飛び移った。
「想いを届ける魚……。今回はデウスエクスだったけどきっと、本物はどこかにいるはず。だよね」
気まぐれのように古びた天井から常緑の葉が一枚、落ちてきた。
「わぁ……!」
守りきった確かなひとつが、天蓋の向こうへと手を伸ばす。少年は伝えるのだろう。硝子の魚と、今日という日の出会いを。すごいことがあったのだと。
作者:秋月諒 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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