復讐譚ドラクリヤ

作者:柚烏

「……喜びなさい、我が息子」
 その声はまるで、男の新たな生を祝福するかのように廃墟へと響き渡った。泥のような眠りから目覚め、己の肉体に起こった変化を感じ取った時――彼はきっと、棺から目覚める魔物のような、奇妙な高揚と陶酔に包まれていたに違いない。
「お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た。しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態であり、このままではいずれ死亡するだろう」
 仮面で素顔を隠した男が、実験台に横たわる自分に淡々と今の状況を説いているが――構うものか、と男は思う。全て承知の上で自分はこの身を差し出したのだし、元より惜しむものなど彼には無い。
「死を回避し、完全なドラグナーとなる為に成すべき事。……それは与えられた力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る事だ」
「ふん、願ってもない事だ」
 気怠げに寝台から身を起こし、金の髪をかき上げて男は言った。生きる為に生命を奪う――それこそ自分が憧れていた、竜の子たるドラクリヤそのものではないか。
「悲鳴と流血こそ、私が望むもの。ならば私を蔑み、嘲笑った者たちから糧とするとしよう」
 混沌化した肉体、その竜を思わせる翼と腕を確かめながら、男は優雅に立ち上がり外へと歩き出した。貴族的な風貌をし、漆黒のマントを翻す彼の姿は――物語に登場する、妖しくも美しき吸血鬼のようだ。
 ――麗人の名は、ジブラル・ド・レイペス。彼こそが竜技師によってドラグナーと化した青年、竜の子ドラクリヤを名乗る者であった。

 また、新たなドラグナーとなったひとが事件を起こそうとしている――エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は、予知により知った情報にやるせない表情をしていたものの、直ぐに気持ちを切り替えて詳細の説明を開始する。
「ドラグナーである竜技師アウルによって、ドラゴン因子を移植されたひと……この新たなドラグナーは、未完成とでも言うべき状態なんだけど」
 ドラグナーとなったのは、ジブラル・ド・レイペスと言う麗人であり――彼は完全なドラグナーとなる為に必要な大量のグラビティ・チェインを得る為、また人間であった頃に受けた仕打ちに対する復讐と称し、人々を無差別に殺戮しようとしているのだと言う。
「だから皆には急いで現場に向かって、この未完成のドラグナー――ジブラルを撃破して貰いたいんだ」
 彼は猟奇的な性格や嗜虐趣味、更に血液愛好と――まるで御伽噺の暴君か伝承の吸血鬼かと言った嗜好を持ち、それ故に周囲から疎まれ、ひたすらに虐げられてきた過去を持つらしい。しかしドラグナーとしての力を得たジブラルは、自身を竜の子――ドラクリヤと称し、存分に己の嗜好を満たそうとするだろう。
「彼は気まぐれに夜の街を彷徨い、狩りをするようにひとびとを襲う……。でも、ひと気の無い廃教会の前で少しの間立ち止まるみたいだから、戦いを挑むのなら其処が良いと思う」
 ジブラルの武器は竜の如く混沌化した腕と、拷問器具のように形を変える影――これはブラックスライムのようなものらしい。悲鳴と流血を好む性質上、いたぶるような戦いを好むようだが、此方が抗戦するのであれば確実に仕留めようと向かってくる筈だ。
「……ドラグナーとなってしまった彼女を、救うことは出来ない。でも、彼の犠牲となるひとびとを救うことは、出来るんだ」
 ――果たして彼は、生来歪みを抱えていたのか。それとも、周囲の環境が彼を変えてしまったのか。最早それを知るすべは無い。
「でも、彼が竜の子を名乗るのであれば。そのからだを土に還し、皆が無事に戻れるよう祈らせて欲しい」
 灰は、灰に――そんな一節を口ずさみながら、エリオットは真摯な様子で暫しの間佇んでいた。


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
絶花・頼犬(心殺し・e00301)
写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
天見・氷翠(哀歌・e04081)
月原・煌介(泡沫夜話・e09504)
アリーセ・クローネ(紅魔・e17850)
詠沫・雫(メロウ・e27940)

■リプレイ

●教会と境界の邂逅
 夜は、人ならざる魔物たちの時間――深い深い闇の向こうには、恐ろしい何かが潜んでいるに違いない。かつてひとびとは、そうして闇を恐れ、時に血を求めて彷徨う異形の姿を其処へと見出した。
 ――ドラクリヤ、と。伝承の『竜の子』を名乗るドラグナー、ジブラル・ド・レイペスはそんな存在に憧れを抱いたのだろうか。竜の因子を得た彼は夜の世界に君臨し、己を異端と断じたひとびとを、歓喜の儘に屠ろうとしている。
「ドラクリヤと教会、とは。まるで相反する様にも思えるが……」
 仄かな月明りと街灯に浮かび上がる、訪れるものも居なくなった廃教会――周囲の物陰に潜んで、その寂しげな姿を見つめる霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)は、茫洋とした佇まいで灰色の髪をかき上げる。
(「予知によれば、ジブラルは此処で立ち止まると聞いた……」)
 そんな奏多と同じように、物陰で息を潜めるのは月原・煌介(泡沫夜話・e09504)で。彼の吐息が静かに夜気と混ざり合う中、その涼しげな銀の瞳は月光を受けて幻想的に煌めいていた。もしかしたら、ジブラルの過去と何か関わりがあるのかもと煌介が想いを巡らせる一方で、アリーセ・クローネ(紅魔・e17850)は深紅の双眸を細め、嫣然とした笑みを湛えながら呟く。
「ドラクリヤねぇ。吸血鬼気取りかしら? それなら二度と起き上がらないよう、心臓に杭を打ち込んでしまいましょう」
「……復讐だか何だかはこちらの知った事ではないが。鬱憤晴らしと嗜好を満たす為に、自ら堕ちるような輩には容赦せん」
 仮面で素顔を隠した巫・縁(魂の亡失者・e01047)もまた、相棒のオルトロス――アマツと共に、殺戮の宴を阻止しようと感覚を研ぎ澄ませていて。何故自分が戦いに身を置いているのか、未だ分からぬものの――己に悪を許さぬ峻烈な心が存在するからこそ、こうしてアマツが傍に居るのだろう。
(「うーん……俺は、完全になろうとしたって気持ちは、なんかわかるなぁって思うけれど」)
 いや、俺がどうこうってわけじゃない――と朗らかな態度をみせる絶花・頼犬(心殺し・e00301)だったが、ビハインドの栞をちらりと見つめたまなざしには、隠しきれない陰が滲んでいた。
 ――愛する人を失った悲しみのあまり、己の可能性を代償に修復した魂。それがビハインドだ。だから栞は、愛する人そのものでは無いと分かっている。それでも――。
「皆さん、『彼』が来ましたよ……」
 追憶に浸りかけた頼犬の意識を戻したのは、大海の歌声を思わせる詠沫・雫(メロウ・e27940)の声だった。彼女の声に導かれて視線を向ければ、闇から滲みだしたような黒衣を纏った麗人――ジブラルが、優雅な足取りで廃教会の前に佇んでいるのが見える。
「それにしても、吸血鬼――ドラクリヤが教会に何の用なのかなー?」
 何処となくのんびりした様子で、写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)が小首を傾げるものの、その問いに答えられる者は此処に居なかった。ただ、真摯に祈りを捧げに来たようには見えない、ジブラルの背には憎悪と――そしてほんの少しの孤独が漂っているようだと、天見・氷翠(哀歌・e04081)は思ったのだ。
(「……朽ちた教会に、ジブラルさんは何を思って立ち止まったのかな」)
 これから彼がしようとすることを知っても、氷翠の心は怒りより哀しみを覚えてしまう。理不尽だと分かってなお、抱くのは悲哀であり――それは多分、滅亡を迎えた世界の幻影を、彼女はずっと見続けてきたからなのかもしれない。
「なぁ、そこで足を止めて、アンタは一体何を思う?」
 届かぬ問いかけを零しながら、奏多は素早く辺りに視線を這わせた。万が一にも、と注意していた一般人の姿は見当たらず、彼は皆に合図を送って一気にジブラルを包囲する。それと同時に、其々が用意していた光源を灯し――不屈の炎に照らされたアリーセは、あかあかと燃えるような髪を靡かせ、目の前の麗人に悠然と問う。
「こんな朽ちた教会で神様にお祈り? それとも怨み言? いいえ、嘲笑かしら」
 ふ――と、その言葉を聞いたジブラルは唇を歪めて嗤い、復讐と狂気に染まった相貌で一行を見渡した。神など欠片も信じていないが、こうして獲物を遣わしてくれたのであれば、十字を切る位ならしてやっても良い――そう囁く彼は、混沌化した翼と腕を誇らしげに広げて夜空を仰ぐ。
「頼犬さん、お願いします」
 藍玉の双眸で見つめる雫に頷いて、頼犬は人払いの為に殺界を生み出した。悠々と構えているように見えて、彼も暗殺を司る妖精族のひとりだ。その身体から放たれる殺気は冴えわたる刃のようで、一帯は彼らの狩場となって外界からの干渉を阻む。
「……貴方の変態性癖について、とやかく言うつもりもないけどねー」
 髪を飾る麗春の花が、ふわりと春の気配を漂わせる中――薄絹を靡かせる在宅聖生救世主は、両手を胸の前で突き付けて拠点防衛術の構えを取った。
「私痛いの嫌だから、全力抵抗させてもらうんだよー」

●暴虐と狂乱の宴
「活きの良すぎる獲物も困りものだが……その顔が、苦痛に歪む様を見るのも一興か」
 温度の無い瞳を細めたジブラルは、そう言って足元にわだかまる影を操ると――それは見る間に、鋭利な拷問器具の形を成して在宅聖生救世主に襲い掛かる。
「――……っ、対策はしたけど、完璧とまではいかないかー」
 向こうの属性に耐性を持つ防具を身に着けていたものの、威力を削いでも痛いものは痛く、傷口からは汚染の毒が容赦なく彼女を侵食していった。
(「やはり、キャスターが相手だと分が悪いけれど……確実に動きを封じて、強みを潰すわ」)
 勝手な言い分の吸血鬼モドキ、とジブラルをこき下ろすアリーセだが、ドラグナーである彼の実力は此方より上なのだ。無意識の嘲りは、足元を掬われることになり兼ねないと肝に銘じながら――アリーセの構える鎚から放たれた竜砲弾が、ジブラルの行く手を阻んでいく。
「……俺も、合わせる」
 呟きと共に金の三つ編みが風に揺れて、地を蹴った煌介は静寂の中、まるで疾き梟の如く空を舞っていた。その刹那、狩りの獲物を見つけた鳥は眼光の鋭さを増して――儚き星屑の軌跡を描いた蹴りが、重力を宿しつつ一直線に叩きつけられる。
(「止めなくてはならないけれど……それは決して、嫌悪からでは無いよ」)
 一方で、薄青を帯びた白翼を広げる氷翠は仲間を守る為、優しき光に包まれた盾を具現化させた。更に頼犬も、初手で星座の加護を与えようと剣を構えたのだが――其処で己が立ち位置を違えていたことに気付き、一手を費やして盾となるべく動くことになる。
「焦らないで、これから挽回していけばいい……」
 彼が深呼吸をひとつ吐く間に、栞は心霊現象を起こしてジブラルの身体を戒め――神器を咥えたアマツに続き、縁も機動力を奪おうと壁を蹴り、ジブラル目掛けて飛び蹴りを見舞おうとした。
「……理解出来んよ、異形になってまで満たしたい欲望があるなどな」
「くくっ……どの口が吼える? どんなに悪し様に罵ろうと、力が伴わなければ哀れなだけだ」
 が――縁の一撃をひらりと躱したジブラルは、正論は聞き飽きたとばかりに肩を竦める。けれど縁は、かぶりを振って自分の意志をはっきりと告げた。
「いや、理解などしてたまるか。私達は人間のまま闘うまでだ」
 ジブラルの哄笑が大気を震わせる中で、やはり攻撃を当て易くすることが先決だと奏多は実感する。纏う金属装甲から放出される粒子が、銀色に光輝いて――仲間たちの感覚を研ぎ澄ませてくれるよう、彼は加護を与えることに専念した。
「誰だって、傷付けられる事は厭うもの。それはお前さんだけじゃない」
 悲鳴と流血なんぞ望まれれば、受け入れられはせんだろうと――奏多が訥々と語る間にも、後方から狙い撃つ在宅聖生救世主たちは、着々とジブラルの回避を下げようと砲撃を行っているようだ。
「水を、仇なす者を縛る大蛇の水流を――」
 一方で、雫は祈りの歌を紡いでジブラルを追い詰めようとするが――元より当たり辛かった術は、足止めの力を借りても届かぬ結果となって。付与に尽力しても過信は出来ないと悟りつつ、それでも雫は笑顔を湛えて回復の補助に回ることにした。
「メル、あなたも回復に専念してくださいね」
 泰然とした様子のボクスドラゴンのメルは、さながら聡明な海の王と言ったところで――彼ならば他者を守ってくれるだろうと、雫は確かな信頼を寄せる。そうしている内にも意志持つ影が前衛を呑み込んで、彼らの加護を打ち消していった。
(「俺は、自分は死ねればいいやって思うけど。大切な人だけは、そう思えなかった」)
 己の身を喰らう影を、ぼんやりと見下ろしながら――頼犬は無意識の内に、栞に向けて手を伸ばす。そんな中アリーセは高々と跳躍して斧を振り下ろし、降魔として魂を喰らおうとジブラルに襲い掛かった。
(「今度は私が、全て奪い尽くす」)
 ――その根底にあるのは、無力な己への後悔だ。平穏を踏み躙った神の力を喰らえるのなら、彼女は紅魔の鬼ともなろう。更に縁が指を鳴らすと同時、極限まで集中した精神力が爆破を生んで――氷翠は彼らに癒しと恩恵を与えようと、精霊へ祈りながら舞を捧げる。
(「嗜好と復讐と……本当に望んでいたのは、他にもあるのでは無いかなぁ……」)
 異質なものは孤独になり易い、と彼女は知っていた。否、孤独ならまだしも、多数による迫害に晒されることも多々ある。――かつて自分も孤児院に居た頃、皆と違う故に虐められたことがあったから。
(「その痛みなら知ってるよ。でも……その居場所もとうに、喪ってしまったけど」)
 傷つけられた心は、そう簡単に癒えるものではない。だから最初は何気ない一言だったのかもしれないけれど、それがジブラルを、取り返しのつかない場所まで追い詰めていったのかも知れない。
「ね、怨嗟でも憎しみでも他でも。抱えずに言って良いよ」
「……ふん、今更だな。私は救われようとも、許しを乞おうとも思っていない」
 悪鬼そのものの表情で、ジブラルは竜腕を振りかぶり――その深紅の爪が、灼熱の杭の如く頼犬を貫いて生き血を啜る。
(「人や人以外のものになってまでも『何か』になりたかったんだって……たとえ、望んでいなかったのだとしても」)
 死は理解したけれど、それを受け入れられない――今が間違っていることを頼犬は分かっていた。でも、生き死にが苦手なのに自分はこうして、暗殺技巧を駆使して敵の急所を掻き切ろうと刃を振るっている。
「そういう意味では、狂ってるのかな、俺も」

●独りきりの竜の子へ
 ジブラルは赤杭の洗礼を多用し、血を啜りながら破滅の宴を楽しんでいた。攻撃の要となる者たちが後列に居ることもあり、前衛の盾が敵の攻撃を受け止めているものの――サーヴァント持ちの体力では、抑え続けることが困難になってきていた。
 それに加え、狙撃を行う者も決定的な一撃を与えるまでには至らず、止めを狙うアリーセの鮮血王権もジブラルを串刺しにするとまではいかないようだ。
「串刺し公の所業を真似るか……だが、竜の子でも無い貴様がそれを成すなど、片腹痛い」
「……良く回る口だこと」
 攻撃と同時に傷を癒すジブラルによって、戦いは長期戦にもつれ込んでいた。此方は敵の一押しで、一気に戦線が崩壊する危険を孕んでいたものの――向こうも着々と蓄積されていった状態異常により、思うように動けなくなっている筈。そう判断した一行は、勝負を決めるべく威力を重視した攻撃へと移っていった。
「私達は互いに、やるべき事をやるまでだ」
 瘴気を解き放つアマツに続いて、縁の振り下ろす牙龍天誓の鞘が大地ごと獲物を穿つ。飛び散る血飛沫が華となる百華龍嵐――その一撃は、ジブラルの動きを封じた今だからこそ決まったのだろう。
 そうして音速を超える頼犬の拳が振るわれる中、氷翠はあらゆる終焉を嘆くような儚き舞と共に、無数の淡い光と化した癒しの雨を降らせていった。
(「実験体になる前に、赦せずとも叱っても……受け入れてくれる人が居たかも知れなかったのに……」)
 そう、歪みと折り合いをつけて、人の世界で生きていくことも出来たかも知れない――けれど因子を受け入れた今、彼は奪う側へと堕ちたのだ。その爪はひたすらに生き血を啜り、仲間を庇い続けたメルが遂に、限界を迎えて消滅していく。
「ありがとう……後は、私が」
 こんな時だからこそ、雫は強かな態度を崩さず笑みを浮かべて、生きる事の罪を肯定する歌声を響かせていった。一方で表情を殆ど変えることの無い奏多は、ただ静かに銀を媒介とした魔術を行使し、一が多たり凡てが一たる弾丸を生成――射出と同時にそれは無数の幻影と化してジブラルを襲う。
「否定され続けた人生を、当然だとまでは思わない。だが……復讐や、ましてや無差別に人を害する事を、認める事など出来はしない」
 ――だから悪いが、ここで止めさせて貰うのだと。やがて着弾した弾丸が現実化すると、銀の幻花はただ一輪を残して消滅していった。不意の一撃を喰らった其処へ、翼を羽ばたかせて在宅聖生救世主が加速し、巨大な鎚を叩きつける。
「死ぬ前に懺悔でもしておく? 柄じゃないけど聞いてあげるよー、せっかくだしねー」
 ――最早彼女の軽口にも、ジブラルは言い返す気力が残っていないようだった。そんな彼の元へゆっくりと歩み寄ったのは煌介で、ひとつひとつ噛みしめるようにして、彼は自身の想いを言葉に変えていく。
「自分の質が、偶々社会に認められないものだった……それはとても……とても苦しい事だ」
 けれど――と顔を上げた煌介のまなざしは、苦難の路を歩む聖人のようで。他者の心と触れ合い、苦しみに寄り添うことを願う彼は、吐息と共に掌へ魔力を集めていった。
「それを……尊いジブラルの過去と人生を。ドラクリヤ、君自身が……単なる言い訳にしてしまった……」
 ――まるで煌介の心を体現したかの如く、幻影の竜が放つ炎は哀しく啼き猛る。その炎は瞬く間に竜の子を呑み込んでいき――後に残った灰も直ぐに、風に攫われて消えていった。
「……忘れない。ドラクリヤ、君の代わりにジブラルをいつまでも覚えている」

 ――言語道断な奴だったと、紫煙を燻らせる縁は最後まで、ジブラルを理解することは無かった。その一方で煌介は黙祷を捧げながら、青い鎮魂花の幻想が咲くことを願い羽毛の雪を降らせていく。
「どうか安らかに、おやすみなさい……」
 そして子守唄をうたう氷翠は、ジブラルに触れられなかった指先をそっと、夜空へ伸ばした。
 ――独りでは無いよと、貴方という人が居た事をちゃんと覚えているからと、銀の月に誓うように。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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