「いやもうホント無理無理無理、さわれない」
洗面所。男が上半身裸で手を洗っている。いい年をしているのに、なぜか涙目だった。
「なんで風呂入って、見上げたところで天井にゴキがいるんだよ」
見た感じ湯上りといった感じではない。鳥肌が立っているのは寒さからか、それともゴキブリと遭遇した嫌悪感からか。
「ああやだ、感触忘れられない……夢に見そう……狂いそう……!」
どちらにせよ、男は自らの手を洗うのに必死で鏡に映った背後の人影に気付いていないようだった。
第六の魔女・ステュムパロス。彼女は容赦なく、振り上げた鍵で男の心臓を背中から一突きにする。
「が……はっ……!?」
心臓を穿つ鍵。身体に埋め込まれたそれはしかし、傷跡から血の一滴も流れない。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
代わりに流れ出るのは『嫌悪』。
意識を失い洗面台へ倒れ込む男。流れ続ける水道。鏡からは魔女の姿が消え、その代わりにドリームイーターが出現する。
それは全長1メートルで二本の足で床に立っていた。男性型で全身にモザイクがかけられているが、なんとなく黒光りしているのがわかる。
背中から生えた薄い羽根。頭部から生えた2本の長い触角。それは、ゴキブリの姿だった。
「中国ではゴキブリは漢方の一種として用いられ、中では食用として養殖されている種もあるという」
「……中国人みんなゴキブリ平気とか思ってたら大間違いなのですよ。あのテカテカした感じの光沢とか絶対無理なのです」
星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)の豆知識を速攻で否定するホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)の姿があった。
「まあ、それはそれとして事件発生だ。人間の『嫌悪』を奪った第六の魔女・ステュムパロスがゴキブリ人間型ドリームイーターを生み出した」
瞬はケルベロスの皆がやってきたのに気付くと視線を彼らに移し、続けてステュムパロスはすでに逃亡していること、現場にいるゴキブリ人間型ドリームイーターを倒せば被害者の意識が回復することを説明していく。
「くさや人間とか私が参加するやつ、だいたいこのパターンな気がするのですよ……」
思わず愚痴るホンフェイだが、文句を言ってはいられない。ゴキブリ人間が世に放たれれば更なる被害が増えることは想像に難くない。
「次に現場だが、住宅街の古アパートだな。まあ、いかにもゴキブリが出てきそうな建物だ。事件が起きたのはそこの1階の角部屋で、アパートの前に駐車スペースが広がっている。戦うのはこの開けた場所になるだろう」
「ゴキブリ人間はどんな特徴があるのです?」
ホンフェイの問いに頷き、瞬は続いてゴキブリ人間の特徴について語り始めた。
「全長1メートルと小柄で、その体色は光沢のある黒から茶色といった感じだ。4本の腕があり動きは俊敏。全身にモザイクがかかっているが頭から地面に付きそうなほど長い2本の触角が生えているのが特徴だな」
「……聞いといてなんなのですが、外見より攻撃方法とかそういうのを教えてほしいのです」
ホンフェイは瞬の説明で想像したのか青い顔になっている。瞬は小さく笑うと、そのリクエストへ応えるように口を開いた。
「ああ、主な武器は四本の腕だ。あとは噛みつき攻撃も侮れない……というかくらいたくないな。そういった近接攻撃を仕掛ける他、背中に生えた羽根を使うことで遠距離にも滑空体当たり攻撃をおこなってくる」
「……飛ぶのですか」
「飛行ではない、あくまで滑空だ。空を飛んで逃げられる可能性はない」
「どっちにしろキモいのです……」
げっそりした様子で舌をだすホンフェイだが、すぐに気を取り直してケルベロスたちに呼びかける。
「世界の平和を守るため、ゴキブリ人間をホイホイしちゃいましょう!」
突きあげた拳は固く、固く結ばれていた。
参加者 | |
---|---|
ツヴァイ・バーデ(アンデッドライン・e01661) |
柊城・結衣(常盤色の癒し手・e01681) |
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470) |
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244) |
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426) |
ミゼット・ラグテイル(煌灯無形・e13284) |
カレンデュラ・カレッリ(新聞屋・e14813) |
金剛院・雪風(雪風は静かに暮らしたい・e24716) |
●戦慄のG
「実は、皆に言わなくちゃならねェ事がある」
目的地である古アパートへ向かう途中、カレンデュラ・カレッリ(新聞屋・e14813)がそう切り出した。
猫背気味に背を丸めているのは背負った巨大な鞄が重いのか、それとも告白の重さ故か。咥えていた煙草を指に挟み、自らの顔を手で覆う。指の隙間から見えた青い瞳は千々に乱れていた。
「……俺、死ぬ程ゴキブリ苦手なんだ」
「……いえ、好きな人もそんないないだろうし、普通だよね? それ?」
突然のカミングアウトにどう反応したものかという様子の金剛院・雪風(雪風は静かに暮らしたい・e24716)。
「いやでも、そこにホンフェイ嬢ちゃんっつーゴキブリ大好き少女がいるだろ」
「私は別に好きじゃないのです!」
おおよそ人気が出なそうなレッテルを貼られかけて必死に抵抗するホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)。
「私は好きではないですが、別にアレを嫌悪したこともありませんよ。昔はお世話になりましたし。ええ、死ぬほどおなかすいたときとか」
ミゼット・ラグテイル(煌灯無形・e13284)は遠い目をする。僅かに拳が震えており、自分を奮い立たせるような言葉にも思えた。
「リンといいラグテイルといい、もしやドワーフはゴキブリを食べるのでは……」
「そんなわけないのじゃ、風評被害じゃのう」
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)の推測をウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が速攻で否定する。
「もっとも、ホンフェイおねえは食うかもしれんがのう」
「食べないのです、謝罪と賠償を要求するのです!」
「す、すまなかった。そういう怪談話も聞いたことがあってな……ゴキブリを食べたドワーフだが、実はゴキブリが生きていて腹を食い破って現れるという……」
「あー、あったっすねー、そういう都市伝説。ま、多分デマっすけど」
ツヴァイ・バーデ(アンデッドライン・e01661)は飄々としていて、普段と変わらないように見える。
「君はゴキブリ、大丈夫なのかな?」
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)の問いかけに、ツヴァイは両腕を頭の後ろで組みながら答えた。
「まあ、ぶっちゃけそこまで大嫌いってわけでもねーっすね。ただ、全体にモザイクが掛かってると余計にグロそうな感じがしてそれは趣味悪いしマジ勘弁だわーって感じっす」
「ああ、それはわかるかもしれません。下手に隠されると余計に……」
柊城・結衣(常盤色の癒し手・e01681)は我が意を得たりとばかりに力強く何度も頷いてみせる。
「そうか? 俺は詳細が見えないからまだいいかなと思うんだが」
アジサイは相槌を打ちながら、今回の依頼には参加していない相棒めいた知人のことを思いだしていた。
「あいつはこの手の依頼が苦手だったが……モザイクがあるのとないのとはどちらが駄目なのだろうか」
聞いてみたい気もするが、そもそも話題にするのもNGかもしれない。口は災いの門というのは先ほどの発言でわかっているし、黙っておこうと思った。
「人間には想像力があるのじゃ。モザイクの向こう側を想像することで、余計に嫌悪感を増やす……それがドリームイーターの狙いじゃったのじゃな」
「ゴキブリについては、調べれば調べるほどその嫌悪感が増したよ……」
ウィゼの言葉を引き継いだエーゼットの顔も暗い。真面目な彼女……いや、彼はこの依頼の為にゴキブリについて調べていた。
「メス一匹いるだけで単性生殖する種もいるわ仲間の死骸や糞まで食うわ……とにかく類稀なるしぶとさだよ」
口元を手で覆い隠すエーゼット。手のひら越しに聞こえる声には苦笑の色がにじみ出ており、傍にいたボクスドラゴンも心配そうに彼の顔色を窺っていた。
「あーあー聞きたくねェ」
ゴキブリの知識すら聞きたくないとばかりに首を振るカレンデュラ。その視界に、問題の古アパートが飛び込んできた。
「……結衣嬢ちゃん」
おちゃらけていたカレンデュラの様子が一変する。見る限り古アパートの周囲に一般人はいない。
「はい」
結衣の全身から殺気が放たれ、結界となって周囲を覆う。保険の人払いをすませ、ケルベロスたちは覚悟を決めて古アパートへと踏み込んだ。
●Gの律動
「ひゃっはー汚物は消毒だー!」
先手はツヴァイだった。
古アパートの駐車スペースへ飛び込むなりドラゴンブレスで地面を舐めるように放射する。
「!!」
そこにいた全身モザイクのゴキブリ人間は、両足を焼かれると瞬時に背中の羽根を広げた。
「ぴャァ!!」
滑空体当たりのサインだ。ミゼットは飛んでくることを想像して小動物のような声を上げた。
「オールドローズ! 絶対にアレを私の方に近づけぬように!」
指示されたビハインドは笑うように身体を揺らしながらミゼットの前に立つ。
羽根を広げたゴキブリ人間はミゼットの予想通り、滑空体当たりを仕掛けてきた。地面の炎で上昇気流が生まれたのかその高度は下がることもなく、ケルベロスたちの顔面の高さを維持したままだ。
「うおお、来るんじゃねェェ!」
パニック状態のカレンデュラは背負っていた鞄を開けると中からゴキブリ対策グッズを取り出し、手あたり次第に投げつける。
しかしゴキブリ人間はビクともしない。カレンデュラを無視し、狙いの先には――。
「ひっ……!」
結衣がいた。ターゲットへ向かい、飛んでいく。
「平常心、平常心……!」
自分に言い聞かせる結衣だが、飛んでくるモザイクには恐怖しか覚えない。生理的な嫌悪感で総毛立つ。
「させないよ!」
そこへエーゼットが割り込んだ。額に嫌な汗をかきながらも、両腕にまとったバトルオーラでゴキブリ人間の体当たりを受け止める。
「セルティエ!」
「無茶しやがってなのじゃ」
仲間たちが挙げる心配の声に、エーゼットは歌で答えた。
「勇気が出るおまじない、教えてあげる――」
自らを含めた前衛に、勇気を奮い立たせる歌。その調べに励まされ、ウィゼは漲る力を解放した。
盛大な大爆発を巻き起こす南瓜爆弾。繰り出される爆弾の雨にたまらず飛びのくゴキブリ人間とエーゼット。
距離が開いたとことでアジサイが間に入った。一番命中率が高いルーンディバイドを選択、光り輝く呪力の斧がゴキブリ人間の腕を一本切断する。
「うぇ、腕がもげた……いや、前足なのかな、ゴキ的には……」
その惨状を見て気持ち悪そうに舌を出す雪風。
ダメージを与えているはずなのに、その様を見せつけられたケルベロスたちまで精神的ダメージを負わされる。それがゴキブリ人間の恐ろしいところだった。
「あーもう、考えてたら駄目だね! とにかくさっさと片づけちゃおう!」
命中率を確認し、確実に当たるドラゴニックミラージュでゴキブリ人間を燃やしていく。
「!!!」
全身に引火し、焦げ臭い匂いをばらまきながらもゴキブリ人間が反撃する。モザイク越しに開かれた顎が、ウィゼの攻性植物へと噛みついていく。
「なるほど、これは確かに武器封じじゃ。じゃが!」
前衛には霊力を纏った紙兵が大量に散布されている。
「前衛の皆を、傷つけはしません」
恐怖をひたすらに押し隠し、サポートを続けるミゼット。ホンフェイも同じメディックとして回復に専念している。
「炎よりもゴキブリの弱点は寒さ……氷だよ!」
エーゼットがアイスエイジインパクトでゴキブリ人間を追い詰めようとする。
似ているのはあくまでも外見のみで実際のゴキブリの弱点を引きついているわけではないだろうが、気分的にも効きそうな気がした。
振り下ろされた超重の一撃は、しかしゴキブリ人間にすばしっこく回避されてしまう。
「似てるのは見た目だけなのか、そうじゃないのかはっきりしてほしいものだね……!」
必殺の一撃を回避されて臍を噛むエーゼット。すかさず結衣がフォローに回る。
「その大きさでそこまで速く動くのは反則ですよ……」
最初に狙われかけた恨みも込めて、螺旋氷縛波を放つ。スナイパーのポジション効果もあり、結衣の一撃は狙い過たずゴキブリ人間へ直撃した。
「往生せいやあああッ!!」
錯乱してリボルバー銃をどっかの本官さんよろしく乱射するカレンデュラ。そんな状態でも銃の腕は達人級らしく、ゴキブリの頭を撃ち抜き氷漬けにする。触角と頭部が氷で覆われ、継続的なダメージを与えることに成功した面々。
「なんつーか触ったら負けな気がするし……これでしまいっすよ?」
ツヴァイの地獄化した灼炎が、白く変色していく。
歎臥の霜床。ゴキブリ人間を中心とした狭い範囲に、白い炎の雨が降る。その焔はこの世の理を無視し、熱を奪う。炎の吹雪に全身の温度を奪われたゴキブリ人間はその場に這いつくばる。
だが、動く。極寒の煉獄の中、それでもしぶとく生き延びようともがき、残った腕を振るう。その先には、アジサイがいた。
「敵ながら驚くべき生命力だ。その生命力に敬意を表し、俺も全力の技を以ち、お前を粉砕しよう」
振るわれた腕の一撃を前に、アジサイは動かない。
「そこだ」
刹那の出来事だった。
後ノ先。先に繰り出された攻撃以上の速さで繰り出される斧は不可視、不知覚の一撃として吸い込まれるようにゴキブリ人間の頭部を両断する。
切断された頭部は弧を描き、カレンデュラの顔面に直撃する。
「あ――」
精神ダメージが許容値を越え、飽和状態になり倒れ伏すカレンデュラ。彼にトラウマが刻まれた一瞬だった。
●さらばG
「シンシア、それで遊んじゃ駄目だよ」
ゴキブリ人間のなれの果てに興味津々のボクスドラゴンを見て、エーゼットは冷や汗を流す。
そのうちに、モザイクごと溶けて消えていく死体。
「処理、しなくてよかったです」
ホッとする皆の中、結衣もまた胸をなで下ろしていた。脳裏に去来するのは館の老女。育ての親はゴキブリを何食わぬ顔で撃退していた。
あの境地にいたるまで、人はどれくらいの年月を費やすのだろうか。
そう考えると老女への尊敬度合いが増してくるのだった。
「ウイスキーだ。こういう時は30年モノを呑んで忘れるに限る……」
気絶から回復したものの、カレンデュラの目は虚ろで焦点が合っていない。
「身体の傷は癒せても、心の傷は癒せないのです……」
同情の視線を送るホンフェイ。
「龍の息吹を伝授してあげたいですが、ゴキブリのために相伝された技を使うのは……」
「服だけならクリーニングしてやれるが……」
同じくメディックとしてケアに奔走していたミゼットや、ヒールをしていたアジサイも難しそうな顔をする。
「あー、早く風呂入ってさっぱりしたい!」
考えすぎないように無心で殴っていたはずの雪風も、ついには音を上げて風呂を所望する。
「爽快に殴るように頑張ろうと考えている時点で、もう爽快な拳にはならないもんだねー……勉強になったよ」
謙遜する雪風だが、着実に攻撃を当てる彼女は充分なダメージソースとして機能していたのも事実だった。
「あーいいっすね、混浴ないっすかね、混浴」
殺菌も兼ねて刀身を燃やしながら、ツヴァイが横柄な口を叩く。
「いやいや、混浴はいけないよ!」
紳士的に一応注意するエーゼットだが、ツヴァイは言葉とは裏腹にそれほど興味がないようにも見えた。
「ま、とりあえず帰るのじゃ」
「そうするのです、今度は嫌な敵が相手じゃない依頼がいいのです」
ウィゼの言葉に同意するホンフェイ。
「嫌じゃない敵を相手にするほうが、よっぽど嫌なもんっすよ」
ツヴァイの皮肉めいた言葉が、妙にホンフェイの胸に残るのだった。
作者:蘇我真 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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