ナンバー1ホストへの道

作者:陸野蛍

●蝶は夜闇で羽ばたく
 深夜の歓楽街……とあるビルの屋上。
 背後に気配を感じると、ミス・バタフライは彼らを振り返った。
「来ましたね。あなた方に使命を与えます。この夜の街に『京夜』と言うカリスマホストが居るようです。その者と接触し、その仕事内容を確認……可能ならば技術を習得した後、殺してしまいなさい。グラビティ・チェインの略奪に関しては、あなた達の判断に任せます」
 螺旋の仮面を被った、道化師と筋骨隆々な男の二人組は、ミス・バタフライの言葉が終ると恭しく頭を下げる。
「かしこまりました、ミス・バタフライ。貴女様の命ならば、必ず成し遂げましょう。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事となるのでしょう。……それでは」
 言葉少なに言うと二人の男達は風のように姿を消す。
「……全ては、私の思うままに動くわ」
 一言呟くと、ミス・バタフライも夜闇に溶けるように消えた……。

●3日でホストとか無理じゃなかね?
「……淡雪。……デウスエクスの動きを察知出来たってのは、凄いと思うんじゃが、何でわしの業界関係の事件の情報を掴んでくるんじゃ。この事件、雄大は強制的にわしも参加させる気でおるぞ……」
 金髪の大男、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)は、隣でニコニコ佇む、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)に溜息混じりに言う。
「でも、咲様。この事件を放っておいたら、咲様の周りも大変になると思うのですけれど? 螺旋忍軍の動きを先読み出来たのは、良かったことじゃありませんか?」
「……そりゃ、まあのう」
「でしたら、わたくし、いっぱい褒めていただきたいですわ♪」
 お疲れ気味の咲次郎に対して、淡雪はご機嫌である。
「二人共……そろそろ説明始めたいんだけど、いいか?」
 夫婦漫才のような会話を続ける大人二人の間に割って入ると、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、ヘリオライダーとしてケルベロス達に依頼内容の説明を始める。
「今回のお仕事は、ミス・バタフライの命令で動いている螺旋忍軍の撃破だ。ミス・バタフライは、バタフライ・エフェクト……つまり、何の関連性も無い様な事象や事件を起こすことで、巡り巡って大きな事象を引き起こそうとしている。ミス・バタフライが起こす事件を防げなかった場合、今回の被害だけでなく、将来的にもっと大きな事件に発展する可能性があるってことだな」
 そこまで言って雄大は、淡雪と咲次郎を一度ずつ見る。
「今回は、ここに居る淡雪のお陰で早めの対策が打てる。だから、みんなには何としてもこの事件を解決してもらいたい。今回の、ミス・バタフライの狙いに関しては、咲次郎の方が詳しいから、説明バトンタッチな」
「……了解じゃ。今回ミス・バタフライが狙っておる技術はのう、カリスマホストの技術なんじゃよ。で、狙われているのが、業界トップクラスのホストクラブ『ブルーレジェンド』のナンバー1ホストの『京夜』さんと言う人じゃ」
 咲次郎の話では、この京夜と言うホストはホスト界では知らない者は居ないと言えるほどの人物で、一晩で数千万稼ぐことも当たり前と言う、名実共に現在のホストのトップと言われる人らしい。
 同じ業界に居る咲次郎でも数度しか会ったことが無く、所謂『格』が違うらしい。
「じゃから、今回は京夜さんの命を守った上で、螺旋忍軍を撃破するのがお仕事じゃな」
 既に京夜の働く『ブルーレジェンド』に事件のことは伝えてあるが、事前に京夜を避難させてしまった場合、螺旋忍軍が別の対象を狙う可能性が高く、被害を防ぐことが出来なくなってしまう……その為、京夜には『ブルーレジェンド』に居てもらうが、京夜自身を螺旋忍軍と接触させることは、危険過ぎて出来ない。
 京夜の死は、業界の大きな損失になってしまうからだ。
 そこで、雄大は既に咲次郎を通して交渉を済ませていた。
「螺旋忍軍が京夜さんを狙って『ブルーレジェンド』に現れるのは、3日後じゃ。じゃから、その3日間で京夜さんにナンバー1ホストのスキルを伝授してもらって、螺旋忍軍の狙いを戦闘能力のあるケルベロスに変えるんじゃ。簡単に言うと囮じゃな」
 だが、囮となり得るには最低でも見習い程度の力量が必要になる。
 トップクラスのホストの技術を3日でマスター……咲次郎から見れば、かなりの無茶振りである。
 学ぶべきは、トークスキルにアルコールを勧めるタイミング、場を盛り上げるテクニックに、お客様を惚れさせた上でプライベートではなく仕事として勤めあげる能力、自身がアルコールを飲み続ける度量、押して引いての駆け引き……夜の接客業故に求められる技術は、非常に多い。
 自分自身を客観視し、どんなタイプのホストとしてなら、お客様を楽しませられるかも研究しなければならない。
 輝かしさだけでは、一週間ともたないのがホストの世界だ……トップホストの指導を受けるということは恵まれてもおり、苦難の道と言える。
「まあ、もしもの時の為に咲次郎にも同行してもらうからさ。困った事があったら咲次郎に相談してくれ♪」
 渋顔の咲次郎に対し、笑顔の雄大は螺旋忍軍の戦力の説明を始める。
「現れる螺旋忍軍は、道化師と大柄な怪力男の二人組だ。道化師の攻撃方法は、ナイフの投擲、ナイフのジャグリング、手に持った杖から発するグラビティ光線。怪力男は、鎖を武器として使い、その他にグラビティのこもった強力なパンチを放って来る。みんなが囮になることに成功すれば、技術を教える修行と称し、有利な状態で戦闘を始めることが出来る筈だ。具体的には、自分達のタイミングで奇襲したり、敵を分断したりとかだな」
 螺旋忍軍二人相手にそれだけのアドバンテージを取ることが出来れば、戦闘がかなり有利に進むだろう。
「ミス・バタフライがどんな予測で……予知かもしれないけど、バタフライ・エフェクトを起こそうとしているかは分からない。だけど、ミス・バタフライが起こす事件を未然に防がなければ、地球にとって良くないことが起こることだけは間違いない。厄介な依頼内容かもしれないけど、みんなの力で上手く成功させてほしい」
 そう言うと、雄大は言い忘れていたことを付け足す。
「そうそう。女性ケルベロスでも男装に自信があるならホスト修行にチャレンジしてもいいから。まあ、京夜から見て女性とは思えないレベルは必要だろうけど。京夜を男性として見ちゃう様なタイプも無理だな。それ以外の女性ケルベロスは、ホスト役の男性ケルベロスの修行に3日間付き合ってやってほしい。どんな無茶振りが来ても応えられる位のホストに仕上げてほしいから、よろしくな♪」
 笑顔で言うと雄大は、一層纏う空気が重くなった咲次郎を残して、ヘリオンへと歩いて行く。
「……まあ、と言う訳じゃ。頑張るしかないみたいじゃ」
 疲れ切った表情で言う咲次郎を、何か期待した表情で淡雪は見つめていた。


参加者
桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)
クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
ルイアーク・ロンドベル(狂乱の狂科学者・e09101)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)
シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)
祐天寺・遊野(とことばの帳・e31687)

■リプレイ

●ナンバー1
「見た目は、まあまあだが……俺に指導させるんだ、甘ちゃんは居ねえよな?」
「はいっ! 御指導有難く存じております!」
 一流ホストの業を学びに来た6人を見定め、京夜が野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)に聞けば、咲次郎はハッキリと答える。
(「……咲次郎は、何をあんなに緊張しているのかな?」)
 京夜の言葉に強く感謝を叫ぶ咲次郎にクイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)を始め、ケルベロス達は疑問を抱く。
 ホストの社会は煌びやかな印象から想像され難いが、『体育会系縦社会』である。
 それも、単純な先輩後輩の関係とも違う。
 言うなれば、相撲の番付に近い。
 月の順位が1つ違うだけで立場は逆転する。
 年齢やキャリアが下でも、順位が上のホストが常に優遇される能力主義社会だ。
 そして、京夜はこの界隈のトップ店ナンバー1である。
 その系列店のフロアマネージャーである咲次郎にとっては、絶対に逆らえない相手なのだ。
「……俺の命も、かかってるみたいだしな。徹底的にやるけどいいな?」
「はい!」
 咲次郎が深々と頭を下げると他の男性6人も頭を下げた……これから始まる、地獄を知らずに……。

●ホストの常識
(「……やはり、無口でクールな方が格好いいでしょう」)
 黒髪を纏めた、ルイアーク・ロンドベル(狂乱の狂科学者・e09101)は、静かな佇まいで、グラスに口を付ける。
「動きが無いと基本、何も伝わらない」
「え、つまらないでしょうか?」
 ルイアークが尋ねれば、弥奈は一つ頷く。
「だったら寡黙ならば?」
「黙っていて伝わるのは、極一部の相手だけだ」
 弥奈のことも一理ある。
 一流ホストともなれば、一週間で百を超える女性と会話をしなければならない。
 相手が自身に何を望んでいるのか、臨機応変に言葉を選ばなければならない。
 ホスト自身の理想とする男性像等、女性は興味が無い……その女性がどのような言葉を求めているかを悟り、言葉を紡がなくてはならない。
「会話とは、間が大事ですよね。流し目で更にかっこよく決めて!」
「間が空きすぎだぞ……引き込め。……私を見ないでどうする? 私にツッコミをさせるな。ホストとは、女性を楽しくさせるものなのだろう?」
 空回るルイアークに止まることを知らない、弥奈のツッコミ。
「それだと、いつも通りで良いって事じゃないですか! 分かりましたよ! ええ、そうですよ……私は自らの輝かせ方を知っています! 私こそが、京夜! 夜の帝王、京夜・ルイアークですッ!」
 高らかに叫ぶルイアークを京夜はソファから眺めていたが、咲次郎を顎で呼ぶ。
「……おい、あの中二はなんだ? 二つ名を名乗るホストとか客がドン引きだよな?」
「……ですね」
 京夜の言葉に咲次郎も苦笑する。
「……自身の価値観でしかものを見てねえな、あいつ。話術も佇まいもだ。接客以前の問題……俺の私室に、女性誌が積んである。まずそれを全部読ませろ。女は十人十色だと学ばせろ」
「……京夜さんの雑誌、今でも千は超えますよね? 女性心理の本とかコスメも含めると三千を超えるのでは?」
 咲次郎が聞けば、京夜は『それがどうした?』という顔をする。
「全部読むまで、出て来させるな。話はそれからだ」
「了解しました」
 そうして、ルイアークは女性心理の勉強と言う名目の元、京夜の私室で山と積まれた、本を延々と読むこととなる……牢獄の扉は全てを読み終わるまで開かない。

「笑顔はいいな……だが、ラブフェロモンは禁止にさせろ。あんな一時的な魅力の魅せ方、三流以下のやることだ」
 京夜は、桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)を相手に接客練習をしている、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)に視線を向け言う。
『ラブフェロモン』は、相手を魅了するのに一番手っ取り早い手段だが、香りも慣れれば日常……自身の輝きで客を繋ぎ止められなければ、すぐに人気は落ちる。
 そもそも、4割以上のホストがサキュバスと言われているこの業界、ラブフェロモン頼りでは一ヶ月もたないだろう。
(「ホストクラブ……初めて来たけれど、この煌びやかさ……ハマる女性が居るのも納得かも」)
 ノンアルコールカクテルに口を付けながら、華やかな雰囲気に興味津々で瞳を輝かす萌愛に、マサムネが笑顔で語りかける。
「萌愛ちゃん、楽しく飲んでる~? オレも一杯もらっちゃうね~♪」
 言いつつ、マサムネがグラス――未成年なので当然ノンアルコール――一気をする。
(「……なんで淡雪さんは、こんな事例予測したかなぁ。まあ、大好きな相手とも一緒に来れた訳だし、オレはいいけどね~」)
 笑顔を崩さず思考すれば、マサムネの視線は気だるげに練習をしている、シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)に向く。
 そのシャルフィンはと言うと、自身が居るのは場違いではないかと溜息を漏らしていた。
(「ホストって、イケメンがやるべきじゃないのか? でも、マサムネがやってるしな……一緒に練習するのは、悪くない」)
 だが、シャルフィンの意識は応対する女性に向いておらず……常にマサムネに向いている。
(「シャルフィンの熱い視線を感じる。……よーし!」)
「一緒に練習しようよ、シャルフィン! 大好き!」
 マサムネが呼びかければ、仕方が無いなと思いつつもシャルフィンの口元がほんの少し緩む。
 それにいち早く京夜は気付くと、咲次郎を呼びつける。
「……咲。あの二人は恋人関係か?」
「私もケルベロスの個人情報は詳しくなくて」
「あの二人は、一緒に練習させるな。別に男同士は問題じゃない……分かるよな? ホストのフロアで、あれじゃ話にならん」
 ホストクラブには男性客も普通に来店するし、実はホスト業界……男性同士の恋人関係は少なくない、と言うより……むしろ他の職場よりも多い。
 毎日女性の不満、愚痴を聞かされストレスを溜める一方、プライベートでは考えを共有できる男同士の方が気が楽と言うホストが多いのだ。
 その為、男性同士の恋愛に京夜が嫌悪感を抱くようなことは無いが、この場はホストの戦場である。メインは、あくまでお客様。
 そして彼等は、一流の指導を受けに来たのだ……プライベートを混同してもらっては困る。
 半ば強引にシャルフィンは、祐天寺・遊野(とことばの帳・e31687)のテーブルのヘルプに向かわされる。
 残ったマサムネのテーブルでは、萌愛が見た目も美しいカクテルに乙女心がくすぐられていた。
「こういう所で素敵な男性と頂くと、雰囲気だけで酔ってしまいます……」
 上目使いでマサムネに言う萌愛に、マサムネは満面の笑みを浮かべる。
「オレこそ、キミの笑顔で酔っちゃいそうだよ♪」
「マサムネさんも素敵です! 声とか目がキレイでドキドキします!」
 萌愛がホストクラブ初心者を演じれば会話は弾む、京夜は次のテーブルを見に席を立った。

●プロ意識
(「……ナンバー1ホストに、接待テクニックを学べる日が来るなんて……普段から、マダムやOLさんを相手に占い師家業をしているんだ。この機会に女の子相手のトークスキルに磨きをかけられれば」)
 今回、最も張り切っているのが、この遊野である。
 ナンバー1ホストの接待テクニックを最初に実践してもらった時には、あまりの手際のよさに感動した程だ。
 そして今、彼が接客しているのは、最初に京夜の実践相手を務めた、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)なのだが、淡雪演じる『癒しを求めに来たトップホステス』は、中々自分に喰いついて来てくれない。
 シャルフィンも甘い囁きで誘惑をいくつも試し、その気にしようとしているのだが『ここから先は、プライベートだ』と、用意した言葉も言わせてくれない。
 京夜が相手をした時は、ものの2分でいい気分になり、ピンドンを入れていたにも関わらずだ。
(「これが、トップとの実力の差かあ……でも、俺のペースでやれば、きっと」)
「淡雪楽しんでいこうよ♪ キミが喜ぶなら、シャンパンタワーだって用意するよ」
 笑顔で遊野が言うも、淡雪は大きく溜息を吐く。
「遊野様……何も分かっていらっしゃらないのね? 私は癒しを求めに、ここに来た……と言うことは、あなたが楽しむのではなく、私をもてなし……第一に考えると言うことが重要ですのよ」
 静かに淡雪が言えば、遊野は思わず声を落として言う。
「……淡雪、これ練習なんだけど。一緒にワーワーやればいいんじゃないの?」
「ですから、『トップ』ホストの技術を学びに来たんですわよね? それだけの価値のある、ホストになってもらわないと困るのですわ」
 淡雪の言うことも尤もなのだ。
 お兄ちゃんと騒ぎたいだけなら、誰も1時間で数百万単位で貢がなければならない京夜に会いに来ない。安い近場のバー済ますだろう。
 淡雪は既に、業界ナンバー1ホステスの指導を受けた経験があった。
 そこで淡雪が言われたのが……。
「容姿だけで落とすのは三流、愛嬌で落とそうとするのは二流、経験、知識、教養で落とすのが一流……トップホストの技量もそう言うことではありません?」
 そう淡雪に言われてしまえば、遊野は二の句が継げない。
「……彼女、分かってるじゃないか」
「彼女は、『麗華』さんの指導を受けていますから」
 京夜の問いに咲次郎が答えれば、京夜も『……なるほど』と納得する。
「だが、あのチャラさも捨てさせる必要は無い。あの個性は上手く使えば武器になる……但し、自分からボトルを要求させるな。女が自分からボトルを入れたくなるような話術を俺が覚えさせる」
「分かりました」
 咲次郎が礼をすると、京夜は次のテーブルに移動する。
「……大変だなあ」
 修行のサポートでグラスの整理等を担当している千梨が修行現場を見て、心から呟く。
「今回はホスト修行では、なかったんでしたね」
「シャルフィンやマサムネが心配で来ただけだからな。それに……」
 咲次郎の質問に答えると千梨は更に言葉を続ける。
「俺は心に誓った人が居るから。振りでも他の女性を口説きたくないのだ。その辺、本業ホストの野木原はどうなんだ?」
 やや嘘っぽい口調で言うと、咲次郎に質問を返す千梨。
「俺は、このフロアに居る時はホストですからね。仕事とプライベートを切り離すのは、ホストの最低限の能力ですよ」
 ホストの笑顔で咲次郎は言うのだった。

●日々是精進
 黒のスーツを纏ったクインは、ルイアークとはまた違う地獄を味わっていた。
『オイラは、お客さんにバンバンお酒のボトルを入れてもらって、それをドンドン空にして、お酒を勧めるタイミングも極めるよ♪』
 京夜の前で、こんな言葉を言ったのがクインの運の尽きだ。
 京夜はすぐに咲次郎に指示すると、100を超える色々なアルコールのボトルを用意させたのだ。
「お前は、飲み系ホストを目指すんだよな? なら……そうだな、3時間以内にこれを全て空に出来るようにしろ。飲み系ホストに求められることは、肝臓を壊しても飲み続けることだ。別に途中で吐いてもいい。必ず、全部一度胃に入れろ。それがクリアできたら飲み系ホストのノウハウを叩きこんでやる」
 京夜はそう言うが、並べられた量をリットルに換算すると150リットルを超える……しかも、チャンポンは酔いの廻りも早い。
「酒が好きってだけで、ホストが務まると思うなよ? 気持ち良く飲んでいる姿を女に見せてこそだからな」
 京夜に言われて2時間、酒を飲み続けているが普通に楽しくお酒を飲むのが好きなだけのクインは、そろそろしんどくなってきており、顔色も青白くなっている。
(「世界がぐるぐる回るよ~。しかもこの量、何? 大食いチャンピオンとかの酒バージョンってこと? お酒を上手に進めるタイミングとかを習いたかったのに……これが終らないと駄目なの~?」)
「クイン、頑張ってますか?」
「こんな量無理だよ~」
 咲次郎に声をかけられたクインの声は、既に涙声である。
「飲み系ホストは、ひたすら飲み続けないと場を白けさせるんですよ。そうですね……大体、みんな1時間に一回はトイレで胃を空にしますね。レモンを丸齧りしたりすると酔いの廻りも遅くなりますよ」
 咲次郎とてプロなので、この程度当たり前であり、助け船を出してくれたりはしない。
 笑顔で立ち去る咲次郎を尻目に、ルイアークは焼酎の入ったグラスをぐったりと眺めた。

 真面目な青年と言った姿で接客練習に励んでいるのは、グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)だ。
 姉のスノーや既知のリーズレット、うずまきを相手に愛され系ホストとなっている。
「スノー、お酒のおかわりはいかが?」
「スノーじゃないでしょ? 素敵な可愛いお嬢様でしょ?」
 グレイシアの呼び掛けに怒った素振りを見せると、スノーはやり直しを要求する。
(「仕方ないなあ、スノーの笑顔が見れるなら」)
「はい、失礼しました。お嬢様。カクテルをご用意しますね」
 そう言うと、グレイシアは視線で自分のヘルプである陣内に視線を送る。
 テキパキとカクテルを用意する陣内に、あかりは熱っぽい視線を送ってしまう。
「どうした?」
「あ、あのね。タマちゃんは、ホストやらないんだよね」
 陣内の言葉にあかりは質問で返す。
「あかり以外の人に、あんな風にしてもいいのなら……」
「それは、駄目っ!」
(「僕だけのタマちゃんでいて欲しいなんて……欲張りかな」)
「ねえねえ、リズ姉。ホストクラブってドキドキだね?」
「グレイ君も、スノーさんを喜ばせられていることが、嬉しいんじゃないかな……所で、咲次郎は?」
 うずまきとリーズレットは姉弟の修行を見ながら、もう一方のデバガメ対象……咲次郎を探す。
「咲さん、ずっと動きっぱなしで、全然淡雪さんの方に行かないね~。てっきり、咲さんが、淡雪さん相手に実践すると思ってたんだけど」
 当てが外れてしまったと、うずまきは残念がる。
 事実、咲次郎はこの場で一切、淡雪に関与するつもりが無いようだ。
「何故だろうな?」
「お二人共! グレイを立派なホストにする為に練習しないといけませんわ!」
 色々な無茶振りをしてグレイシアを困らせているスノーが言えば、リーズレットとうずまきも弟系ホストに無理難題を押し付け始める。
 京夜曰く『これくらいの人数一人で捌けなくて、トップになれるかよ』だそうだ。

●6人の囮
 修行を終えた3日後。
 6人のケルベロスは、京夜の最後のレッスンを終えるとVIPルームのソファに腰を下ろしていた。
 既に憔悴しきっている者もいるが、螺旋忍軍さえ倒せば依頼は完了する。
「お前達が『京夜』と言うカリスマホストか?」
 何処から現れたのか二人の螺旋忍軍が、ケルベロスホスト達に近づく。
「そう! 夜の帝王、京夜・ルイアークですッ!」
 ルイアークの中二チックな言葉は強制されていないが、螺旋忍軍は信じたようで、ケルベロス達にその技を教えるように言う。
 ケルベロス達はそれに応じると、嘘八百の言葉で二人を引き離し、ホストの流儀と称して、螺旋忍軍を動けないように縛って行く。
「一番大事なのは……ホストはお客サマに楽しく縛られるものだよ♪ それじゃ、本番。まぁ、せいぜいイイ声で鳴いてよ」
 クインの刃のような蹴りが、ルイアークの光の剣の斬撃が、グレイシアの鋭い数多の氷の針が、シャルフィンの空をも断ずる袈裟斬りが、マサムネの月弧を描いた刀が次々に螺旋忍軍を襲えば、螺旋忍軍も必死で身体を動かし重そうな鎖を放ち攻撃するが、すぐに遊野が黒鎖の陣を敷きダメージを無くす。
 身を隠していた淡雪がトラウマを凝縮したエネルギーを投げつけ、萌愛が雷を纏った槍で串刺しにする頃には、二人の螺旋忍軍共に成す術無くグラビティチェインを枯渇させ消えていった。
「これで、今夜から営業が出来るな……。この3日分を取り返さないとな……お客様もオープンを待っているからな」
 護衛に咲次郎を付け、奥の部屋に隠れていた京夜はそう言うと、トップホストたる威厳のある笑みを見せた。

●依頼終わりて
「それじゃあ、みんなで最後にシャンパンタワーしよう♪」
 マサムネが言えば、グレイシアやシャルフィンも賛同するが、咲次郎が計算機を取りだし数字を見せる。
「この店のシャンパンタワーの値段は、一番下でここからですが、大丈夫ですか?」
 その数字を見て、ルイアークはギョッと目を見開き、遊野がゼロの数をしっかり数える。
 表示されている数字は、想像していたものよりゼロが二つ程多い。更に最高級になれば、ゼロがもう一つ増える。
「……流石、業界トップクラスのホストクラブってことなのね」
 萌愛が、ガッカリし言うが、勿論経費で落ちないので諦めるしかない。
 ケルベロス達は、営業の為に出勤を始めた本物のホスト達と入れ替わるように、店を出た。
「咲様もこれから、お店ですか?」
「じゃの。わしも3日空けてたから、帳簿の整理とか系列店への連絡とかがあるんじゃ」
 淡雪に声をかけられた咲次郎は、ホストクラブに居た時とはガラリと雰囲気を柔和なものに変えていた。
 そんな咲次郎の頬に淡雪は不意打ちの口付けをする。
「……ホストじゃない、咲様も大好きよ」
 顔を赤くし走っていく淡雪を見ながら、咲次郎の首筋も同じく赤く染まっていた……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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