くーきせーじょーき

作者:天枷由良

●頼れるあいつ
 街灯の下、夜のゴミ捨て場を徘徊する小型ダモクレス。
 機械の八本足を握りこぶしほどのコギトエルゴスムに生やしたそれが、融合素材として選んだのは白くて長方形の箱みたいなもの。
 この時期、世話になる人も多いだろう。空気清浄機である。
 ダモクレスは吸入口から入り込むと、機械的なヒールで空気清浄機を作り変え、自分の身体に変えていく。
 やがて僅かな振動が収まると、それはにょっきりと金属の手足を伸ばして、駆け足で夜の街へと消えていった。
 有害物質の代わりに、人々からグラビティ・チェインを吸い上げるために。

●夜のヘリポートにて
「空気清浄機がダモクレスになってしまうんです!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はケルベロスたちを集めると、夜でも元気いっぱいに切り出した。
「場所は、とある地方の住宅街です。今なら被害が出る前に何とか出来るはずですから、現場に急行してなんとかしてきてください!」
 既に住民の避難は完了しており、ゴミ捨て場付近は道幅も十分にある。
 街灯で視界も確保されているため、戦闘に支障が出るような要素はないだろう。
「ダモクレスの大きさは2メートルに届かないくらいで、見た目は白い空気清浄機の身体に、金属の手足が生えてます! ダモクレスになってぱわーあっぷした吸引力でぐわーっ! っと吸い込んだり、煙やほこりをぶわーっ! っと吐き出してくるみたいです!」
 狙いも機械らしく正確であり、逃れることは困難だと予想される。
「いたかったりくさかったりかゆくなったりするかもしれませんけど……が、がんばってください!」
 拳を握りつつ、ねむは説明を終えた。


参加者
黒住・舞彩(狂竜拳士・e04871)
ノイア・ストアード(記憶の残滓・e04933)
上野・零(魔術師・e05125)
アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)
プロデュー・マス(は一応彼氏・e13730)
英桃・亮(竜却・e26826)
學天則・一六号(レプリカントのブレイズキャリバー・e33055)
神桜木・光理(雷光剣理・e36081)

■リプレイ


「埃の匂い染み付いて、むせ……、いやなんでもない」
 プロデュー・マス(は一応彼氏・e13730)はヘリオンから降りる寸前、独り言ちて首を振った。
 眼下には夜の住宅街。
 見知らぬ街だ。
 けれどプロデューたちは彷徨っているわけでも、盗まれた過去を探しているのでもない。
 空気清浄機と融合し、煙や塵を吐くようになったダモクレスを倒すために来たのだ。
 手順はシンプル。街に降りて出現地点のゴミ捨て場に向かい、囲って叩いて壊すだけ。
 デウスエクスを甘く見てはいけないだろうが、難しいことでもないはず。
 ところがケルベロスたちは、現場を前にして未だ佇んでいた。
 何故か? 実は戦う前に、色々と準備しておきたいことがあるのだ。
「まずは……これだよね!」
 いそいそと立体マスクを取り出して、アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)は鼻から下を隙間なく覆った。
 よく動きそうな大きめの口が隠れる。それからタレ目に安堵を滲ませた彼は、愛用のリボルバー銃を握る。
「空き巣でもするの?」
「違うよおおおお! 僕花粉症なんだよおおおお!」
 黒住・舞彩(狂竜拳士・e04871)の問いに、全患者を代表するような叫びが返った。
 不織布一枚では止められないそれは、あのグラディウスにでも込めたくなるほどだ。
「……夜だから、一応静かにね」
 シルクハットの上に百舌鳥のファミリア『もず』を乗せる上野・零(魔術師・e05125)が嗜めれば、アルベルトはボリュームをぐんと下げた代わりに目を見開いて続ける。
「なんで皆平然としてるの!? 埃とか煙とか砂とか粉とか塵とか全然平気なタイプなのかな!?」
「平気じゃありませんよ。私たちレプリカントですから。程度の差はあっても機械ですから」
「そうだな。レプリカントだからな。……帰ったらメンテだな」
 同じくマスクをつけたノイア・ストアード(記憶の残滓・e04933)に続き、プロデューが気怠げに呟いた。學天則・一六号(レプリカントのブレイズキャリバー・e33055)もシャーマンズゴーストのアルフと一緒になって、かくかくと頷いている。
「あぁ……機械にタバコとか埃は天敵だよね。僕にとっての花粉みたいなものだよね」
 他種族には分からない苦労もあるのだろう。
 アルベルトはレプリカント組を思いやりつつ、ゴミ捨て場へと続く路地にキープアウトテープを貼り付けた。
 ぐるりと迂回して、反対側にもぺたり。
 これで準備完了。万が一にも一般人が戦場へ紛れ込んでくることはないはずだ。
 ケルベロスたちはテープを乗り越え、ゴミ捨て場へと向かっていく。
 住民の避難は完了しているから、些か過剰な措置ではあったかもしれない。
 しかし、もう四月。季節は春。
 暖かくなって頭のお花畑を満開にした輩が、桜吹雪みたいに吹っ飛んでくる可能性もあるかもしれない。
 かもしれないって大事かもしれない。
 そんなことを考えていたらゴミ捨て場についちゃったかもしれない。
「……あれね」
 舞彩は敵の姿を認めるなり、槍としても扱える大きさの超鋼金属製槌矛――ドラゴニックメイスの先端を向けた。
 発射おーらい。ずがん。ぐしゃり。
 鈍器から慈悲も躊躇もなく杭が撃ち出され、生まれ変わったばかりの空気清浄機型ダモクレスに深々と突き刺さる。
 的中的中、大当たり。ジャマーだけれどスナイパーもびっくりのクリティカルヒットだ。
 足どころか息の根も止めちゃったかもしれな……いや、さすがにそんなことはなかった。
 ダモクレスは身体をがっくんがっくん揺らしながら警告音的なものを響かせつつ、非常にゆっくりと近づいてくる。さすが、この国の家電製品は頑丈らしい。
(「随分と大きいですね……」)
 まじまじと敵の姿を眺め、神桜木・光理(雷光剣理・e36081)は眉を顰める。
 いつの間にか、杭は引き抜かれてゴミ捨て場送りとなっていたが、派手に開けられた土手っ腹の穴からは白とか黄色の粉が漏れているではないか。
 まったく、元が清浄機のくせに街を汚すとは。とんでもない奴だ。
 ケルベロスたちは冷ややかに、これから倒すべき相手を睨めつけた。
 ……ただ一人、アルベルトだけは震えながら顔を背けていたが。


 そんな彼を振り向かせようと――いうわけではないが、ダモクレスはぎゅんぎゅん唸る。
 見た目に家電の名残があっても、さすがデウスエクス。
 ちょっとやられたくらいで吸引力は落ちないらしい。
 排出力も、また然り。
 存分に取り込まれた空気がなんやかんやで異物と綯い交ぜになり、やや前かがみになったダモクレスの上部より放たれた。
「うわああああ!!」
 事態を悟ってアルベルトが悲鳴も漏らすも、時既に遅し。前衛を務める五人にノイアのミミック・アランを加えた一団の姿は程なく、大量の埃によって覆い隠される。
「……ゴーグルなども用意したほうがよかったでしょうか」
 攻撃の及ばぬところにいても、なんだか気分が悪くなってきた。
 ノイアは小さく咳をしてから、腰にぶら下げる幾つものUSBメモリを選び取り、露出した両肩のハブに挿し込む。
 使えばメモリは壊れてしまうが、やむを得ない。戦いが長引いてメモリを大量消費したり、汚れた服にクリーニング代を求められるよりはマシ。ノイアの懐は春の陽気ほど暖かくないのだ。
「赤いメモリのパスワードを入力。――解除成功。早速ですが奥の手を使わせていただきます」
 奥の手。それは今までに出会ったドラゴンたちの記憶が保存されているUSBメモリを壊すことで、周囲にノイアの地獄化した記憶を一部伝播させる技であるらしい。
 効能はずばり、自らをドラゴンのように強力な種族であると勘違いさせて、あらゆる身体の不調から一時的に解放する、というもの。
(「……あれ?」)
 順当に作用したのか、人一倍悶え苦しんでいたアルベルトが間抜けな雰囲気を醸し出す。
 痒さのあまりに穿り返したくなっていた眼球が、嘘のようにクール。フィルター越しの呼吸も快適。
 なんてこったい。花粉症もハウスダストアレルギーも幻だった。世界はこんなにも過ごしやすい。
 上がるテンションが頭から片手にまで伝わって、くるくると回されるリボルバー銃。
 それはやがて、時空を凍結する弾丸を吐き出した。
 他の技は頼りない命中率だが、これなら狙いもバッチリ。いきなり大穴を開けられて動きのぎこちないダモクレスなど、ただの的だ。凍結弾は機械の身体に新しく小さな穴を穿って、消えていく。
 一方、記憶の伝播が芳しくないものもいた。
(「煙草は平気だけど……これは……」)
 英桃・亮(竜却・e26826)は濁る視界に目を細め、羽織の端を口元に合わせて小さくむせる。
 瞳が自然と潤み、異物の侵入を防ごうとしているのが分かった。けれども厄介なことに、これはグラビティ。吸おうが吸うまいが、いずれにしても亮たちを苦しめる。
 厄介なものだ。早々に廃家電へと戻ってもらわねば。
 亮はダモクレスを捕らえるために片腕を突き出し、変幻自在の黒色を差し向けようとした。
 しかし、反応がない。黒色は確かに、亮と共にあるのだが。
 まぁ、使えないのなら他を選ぶだけだ。瞬きするほどの間に打つ手を変えて、亮は腕をそのままに地獄化した心臓を燃やす。
 腕に黒い文様が絡みつき、白い竜が牙を剥く。ただでさえ澱んだ視界が己にしか聴こえぬ呪文を引っさげて一層狂い、それにじっと耐えるよう矛先を天へと向ければ、竜は夜の街路を一息で駆けてダモクレスを貫いた。
 機械の身体が傾き、排出物があらぬ方向に飛んでいく。一帯が粉状のもので埋め尽くされていく。
(「……あぁ、面倒だなぁ」)
 ハットを押さえていた片手に『もず』だった枯枝の杖を戻しつつ、零は心中で嘆いた。
 もしも自分の管理する宿が、この街路のように埃まみれとなったら。
 掃除にどれほどかかるやら。想像するだけで気持ちが垂れる。
 けれど、それではダモクレスも倒せない。心と顔を前に向けて、零は杖の先から魔法の矢を撃ち放った。
 埃の量に比べたら微々たるものだが、矢も相当な本数。ただ一発の凍結弾も避けられないダモクレスに為す術などなく、結局撃ち出した全てが刺さるべき場所へと刺さる。
 続くのは一六号のコアブラスター。これも本来なら敵を掠めて過ぎていく程度の命中率しかなかったが、舞彩の杭が引き寄せた天運に縋って役割を果たす。
 お次は桜の花が咲く長髪を靡かせて、光理が剣を突き出した。雷の霊力を込められた刃は可愛らしい少女の手からえげつない速さと角度で伸び、空気清浄機でも開いたら不味いようなところをこじ開ける。
 さて、足が止まってガードも崩れたら、ハードパンチを決めるのが鉄則だ。
「この胸を焦がす熱こそが、世界に終わりを誓う光。神々よ、この光に黄昏よ!」
 ひしゃげた外装の奥を高速演算によって暴き、その先の最も脆いと思われる部分に狙いを定めたプロデューは一気に敵へと詰め寄って、コアの出力を限界駆動させることで現出する超熱プラズマ光を至近距離から叩き込む。
 太陽の輝きが宇宙の彼方に吸い込まれていくように、眩い光は街を一瞬ばかり照らしてからダモクレスの体内へと消えていった。
 神々の世を終わらせた獣を由来とする、その技の名は『F.En.Ri.R(ファイナライズ・エンゲイジメント・ライテス・レイ)』
 今日プロデューが放つことの出来るなかで一番強力な、そして彼にしか扱うことの出来ない唯一無二の技である。


 『F.En.Ri.R』の豪快さはフィニッシュブローに十分なものだったが、さすがに手番が一巡りしたくらいではダモクレスも倒れない。
 騒音を響かせながら吸引と排出が再開され、今度は後衛を務める二人の元に悪臭が届く。
「うっ……」
「けほっ……臭いがつくのでやめてもらってもいいですか」
 剣片手に膝をついた光理の代わりに、ノイアが控えめな抗議の声を上げるも、当然ながら煙の放出は止まらない。
(「……あぁ」)
 薄れ行く意識の中で、光理の脳裏には故郷の姿が蘇ってきた。
 ドがつくほどではないが田舎の、少なくとも此処よりは確実に綺麗な空気。
 青い空、白い雲、川のせせらぎ……あれ、故郷ってこんなところだったろうか。
 いよいよもって思考が行方不明になりかけたあたりで、光理には竜の記憶が伝播した。
 それは同時に、また新しく赤いメモリが壊れたことを意味する。
 服に染み付いた臭いにも内心憤慨しつつ、ノイアは自らに代わってミミックのアランを、ダモクレスへとけしかけた。
 がぶり。何の捻りもない齧りつき。けれども動きの緩慢なダモクレスに、喰らいつくミミックの存在は大きな重石。
 サンドバックにするなら今のうち。舞彩が噴き出し続ける煙の合間を電光石火の早業で抜け、鋭く蹴り込んだのを皮切りにケルベロスたちは猛攻する。
「さあ、命のやりとりをしよう!」
 諸々の症状が緩和されてすっかりゴキゲンのアルベルトが、愛銃から鉛玉を撃ち放った。
 求める赤色はダモクレスから溢れないが、代わりにたんまりと塵芥を吐き出してくれるだろう。そしてそれを浴びても、今のアルベルトにはなんともない。つまり、無敵。
 もちろん勘違いであることを後々知ることになるのだが、少なくともこの時だけは、竜の息吹の如きアルベルトの勢いを止められるものはなかった。
 その熾烈さが込められた弾丸を追って、プロデューもダモクレスに飛びかかる。
 開いて曲がって捻れて、もう廃家電だった頃よりオンボロじみた清浄機の外装に、オウガメタルで覆われた拳を打ち入れれば、一六号も如意棒を伸ばして真っ直ぐに敵を突く。
「……控えめに言って……空気清浄器のプライドの欠片もないですねっ」
 棒が引っ込むのと入れ替わりで、立ち直った光理は剣を一閃。
 空の霊力を帯びる刃は叩かれて柔くなった部分を安々と裂いて大穴に繋げ、いよいよもってダモクレスの身体は何処が入れる穴で何処が出す穴だかも分からなくなってきた。
 確かなのは、自然と漏れ出す埃の量が増え続けていることくらいだ。
「……清浄機じゃなくて、これじゃあ汚染機だよ……!」
 動くたびにちょっと舞い上がる埃から片手で口を庇いつつ、零は変幻自在のブラックスライム『フレイム・エンコーダ』にグラビティ・チェインを注いで殴りつける。
 半拍遅れて亮も似たような黒色をぶつければ、地球人の持つ豊富なグラビティ・チェインは死に続く標としてダモクレスに流れ込んでいった。


 それでもまだ踏ん張るダモクレスと、ケルベロスは応酬を続ける。
 そして埃と煙でアルベルトやプロデューが汚されてきたあたりで、終わりもやってきた。
 あちこちから異音を立てつつ、渾身の力で吸入を始めたダモクレスが、矛先を舞彩に向ける。
 盾役たちが割り込む間もなく、ふわりと浮いた舞彩の身体は一気に引き寄せられ、ばちーん!! と盛大に正面衝突を果たした。
 痛みを想像して、零が顔をしかめる。
 しかし、当の本人は眉間に僅かな皺を作っただけ。
「……で?」
 幾分か音階を下げた声で問いつつ、異形と化した地獄の左腕を大穴に突き刺せば、纏う炎は一挙に膨れて爆発炎上、ダモクレスを内側からこんがりと焼き上げた。
 もはや吐き出す塵も残っていない。代わりに落ちるのは、自身の焦げた外装ばかり。
 ケルベロスたちは一斉に攻撃を叩き込んで、ダモクレスが空気清浄機であったことすらわからないくらい木っ端微塵に破壊し尽くした。

「――無事に倒せましたけど……」
 剣を収め、光理は仲間たちの様子を確かめる。
「あああああああああ!!」
 白と黄色の粉に塗れたアルベルトが、身体を裏返してしまうんじゃないかと思うほどに悶えていた。
 戦いも終わって、いよいよ症状が出てきたらしい。
 その姿に花粉の季節がやってきたことをしみじみと噛み締めつつ、光理はプロデューへと目を向ける。此方もなんというか、薄汚れている。
「……やはり帰ったらメンテだな。……ヤニの匂いは落ちにくいからなぁ……」
「プロデューも黒住にクリーニングしてもらったらどうですか。中々に爽快ですよ」
 帰還後の苦労を見据えて息を漏らすプロデューに、そう語るノイアの身体は、舞彩に数回叩かれただけで綺麗さっぱり、清潔になっていた。
「なるほど……。いや、しかし……」
「すぐ済むから、やって欲しいならやってあげるけれど。それより……」
 舞彩は少しだけ考える素振りを見せてから、一つ提案してみせる。
「銭湯でも、いく?」
「……銭湯。いいな、僕も行きたいな……」
 頭の上に『もず』を戻した零が早速、賛同を示す。
 鼻をかみつつのたうち回るアルベルトも湯で全身を洗い流すことを望み――というか叫び、ケルベロスたちは適当に後始末をしてから住宅街を後にした。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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