山の春は平地よりも遅れてやってくる。
街路樹の桜が散るころに、山の中で咲く桜の花は今が盛りと咲き誇る。
さぁ、と夜風が枝を揺らして通り抜け、花弁を空へと舞わせてゆく。
町から離れること1、2キロ。
夜の喧騒は遠く、月明かりが照らす中で桜吹雪が彩る人気の絶えた遊歩道は、まるで別世界に迷い込んだような幻想的な空気に包まれて。
その中に、一つの影があった。
それは、白い髪を後ろで束ね、鍛えこまれた体を炎のような緋色の道着に包んだ――3メートルほど身長の、女性のエインヘリアル。
「――――」
はらはらと舞い落ちる桜の雨の中、彼女は静かに構えをとる。
腰を落とし、拳を引きつけ、目を閉じて呼吸を整え。
そのまま、揺らぐことなく構えを保ち――。
不意に、一陣の風が吹き抜ける。
舞い散る花弁は風に乗り、彼女の方へと降りかかり――。
――キン、と。
澄んだ音を立てて、月明かりの下で二つの弧が描かれる。
一つは、冷気を纏って振りぬかれた足が描く円弧。
もう一つは、後ろで束ねた雪のような白の髪が、体の動きに伴い描き出す螺旋の弧。
純白の円弧に触れた花弁は一瞬にして凍り付き、氷の花となって宙に巻き上げられて。
「――ハッ!」
螺旋の動きを止めることなく、裂帛の気合と共に突き出された拳が、緋色の炎を纏ってその全てを焼き払う。
拳を突き出した体勢のまま、燃え散る花弁を見送って、
「うん、いい感じ♪」
彼女――エインヘリアル『緋雲』は、笑顔を浮かべて掌を掲げる。
「久しぶりだから鈍ってたらどうしようかって心配だったけど、これなら大丈夫だねー。うんうん♪」
その表情は子供のように楽しげで、舞い散る花弁に片手でじゃれつきながら笑う様には先程までの張りつめていた空気の名残は残っていない。
だが、だからといって彼女が安全な存在であるわけではない。
「それじゃ、もう少し遊んだら出かけようか。強い人がいたら戦って、弱い人がいたらグラビティ・チェインだけもらって死んでもらう方向で」
強くなること。
ただそれだけが、彼女の願い。
今よりも強く。
誰よりも強く。
(「――『 』よりも強く」)
「?」
脳裏をよぎった何かの残滓に、緋雲はわずかに首を傾げて……すぐに、まあいいやと意識を切り替えて歩き出す。
とりあえず目指すのは、山のふもとに見える街の灯り。
それは、そこに誰かがいることの証なのだから。
「――いってみよう!」
●
「各地でエインヘリアルが事件を起こしていることは、ご存知の方もいらっしゃるでしょうか?」
集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を始める。
各地で散発的に起こっている、危険な人格を持ったエインヘリアルによる襲撃事件。
事件を起こすのは、過去にアスガルドで重犯罪を犯して永久コギトエルゴスム化の刑罰を受けていたエインヘリアルのようだ。
それを地球に送り込むのは、封印にかかるコストの削減や、罪人エインヘリアルが虐殺を行うことで恐怖と憎悪を集めて仲間の定命化を遅らせる、などの狙いがあるのだろうが……。
今回予知されたのも、その襲撃事件の1つ。
「こちら……岡山県にある山の中に、エインヘリアルが現れることがわかりました」
現れるのは、『緋雲』と名乗る女性のエインヘリアル。
弱者を喰らい、強者を求め、相手を選ぶことなくただ戦いを求め続けたために封印された、戦闘狂。
封印から解放された彼女が山を下り、ふもとの町についてしまえば、そこで出会った人々がどのようなことになるのかは……想像に難くない。
「幸い、山の中に現れた緋雲は、しばらくの間は体の調子を確認するためにその場にとどまっていますので、その間に接触することは難しくないと思われます。彼女が誰かと出会う前に、戦い、撃破をお願いします」
戦場となるのは、山の中の遊歩道。
遊歩道は十分な広さを持ち、花見のために周辺の整備もされているために、戦闘時に障害になるような物は無い。
「戦闘になると、緋雲は身につけた格闘術で攻撃を仕掛けてきます」
生命力を奪い取る掌打。
体重を乗せて高速で撃ち込む肘打ち。
相手を凍えさせ、回避を困難にする冷気を帯びた回し蹴り。
そして、相手の隙を狙って放たれる緋色の炎を纏った拳。
力を求めるあまりに仲間のエインヘリアルに封印されただけあって、振るう技はいずれも磨きあげられて必殺の威力を誇っている。
また、戦いを求め続けてきた彼女は不利になっても退くことなく、最後まで戦い続けるだろう。
逃走の恐れが無い一方で、最後の瞬間まで気を抜ける相手でもない。
「夜の山というだけあって、巻き込まれるような人もいませんので、皆さんは相手を倒すことに全力を注いでください」
そうして一通りの説明を終えると、セリカは目を閉じて小さく息をつくと静かに語る。
「彼女……エインヘリアルになる前の彼女は、復讐を遂げるために強さを求めていたようです」
今の自分では届かない相手に復讐を遂げるために、命を懸けて力を求めること。
それにどのような思いを抱くのかは、人それぞれで様々なものがあるだろう。
……だが、全てはもう、終わっているのだ。
「仇に挑み、返り討ちに合い……エインヘリアルとなった彼女は、力を求めた理由も、もう思い出す事は無いでしょう」
何故強くなるのか。
何のために力を求めるのか。
目的も思い出すことがないままに、彼女はただ力を求め続ける。
ですから、とセリカはケルベロス達を見つめて、
「目的地を亡くして彷徨う拳を、終わらせてあげてください」
参加者 | |
---|---|
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039) |
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183) |
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447) |
戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253) |
水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683) |
柊・乙女(春泥・e03350) |
パーカー・ロクスリー(浸透者・e11155) |
久堂・悠月(悠久の光を背負うもの・e19633) |
ふわ、と音もなく夜風が吹きぬけて。
月明かりの下、風に吹かれて花が舞う。
「見事なもんだ」
「折角の綺麗な夜桜だ、のんびり眺めて過ごしたいところだが……」
唐揚げを頬張りつつ桜吹雪に目を細める戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)に、久堂・悠月(悠久の光を背負うもの・e19633)も頷いて……そっと視線を先――花弁にじゃれつくエインヘリアル『緋雲』に向ける。
身長こそ人間離れしていても、その表情は無邪気そのもの。
だけど、
「綺麗な夜桜だ……そこのお嬢さん、少し良いかなーっと」
「こんばんは、お兄さんとお姉さん――みんな、強そうだね!」
話しかけた悠月に挨拶を返して、そのまま闘志を漲らせる姿は間違いなく危険な存在。
悪意も敵意も無くても、先に向かわせるわけにはいかない。
「ったく、この景色を楽しめないようじゃ、武人としちゃ二流もいいとこだな」
「えー」
眼鏡を外して皮肉気に呟く久遠に、頬を膨らませて緋雲は返す。
「ふーむ、戦闘狂さんとはちょっと分かり合えないな」
「……ただ戦い続けるだけとは随分無粋な人生じゃないか」
あくまで戦いを求める緋雲にパーカー・ロクスリー(浸透者・e11155)は呆れたように息をつき、一体何が楽しいもんなんだか、とジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)は肩をすくめ、
「そう? 強い人に弱い人、個人と集団、敵に味方に近くの人。いろんな人と戦うの、とっても楽しいよ」
そう、心から楽しそうに緋雲は笑う。
戦って、強くなって、また戦って。
戦う為に戦って、強くなる為に強くなる。
目的を果たす為の手段は、今やそれ自体が目的に。
「力を求めて、行き着く先がこれか」
「目的をなくして彷徨う拳、ですか」
柊・乙女(春泥・e03350)の声に、幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)は固く拳を握る。
「……貴女と私は、とてもよく似ていますね」
「そう?」
首を傾げる緋雲に頷きを返して、水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)は静かに緋雲を見据える。
他人とは思えないほどに近く――決定的に異なる相手を。
「何が似ているかは……拳を交えれば、すぐに分かるでしょう」
巻き起こる白炎が右の手袋と袖を焼き払い、左腕にはオーラを纏わせて、
「クリスティ流神拳術、参ります……!」
「行くよ!」
身構える彼らを前に、嬉しそうに構える緋雲。
その姿に過去の光景が重なって……シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)は小さく息をつく。
(「久々に見た顔だと思ったら……一体こんなところで何をやっているんだか」)
かつて、復讐の為に弟子入りしてきて技を手ほどきしてやった少女。
飛び出して行って以来、行方が分からないままだったが……。
「ルゥ、やれるな」
「うん。大丈夫」
ちらりと視線を向けてくる乙女に頷くと、胸中の思いは息に紛らせてシェイはオーラを巡らせる。
(「ま、全く知らない仲では無いし、死んでからも良いように使われるのも不憫だ」)
「ここで終わらせてあげるよ――何もかもね」
●
鳳琴が撒く紙兵が宙を舞い、乙女の鎖が守護の魔法陣を地に描く。
その中を一息に距離を詰め、緋雲は脚を振るう。
澄んだ音を立てる冷気を纏った回し蹴りを、シェイはわずかに身を沈めてかわし、
「はっ!」
起き上がる動きのままに放つ拳は、身をそらす緋雲の肩を捉える、が――浅い。
受けた衝撃を利用して、緋雲は体を巡らせ腰を落とし、
「――ふっ!」
呼気と共に放つは肘打ち。
それを受ける直前で、シェイは自ら後ろへと飛んで威力を殺す。
飛びながら振るう足は牽制となって、追撃する緋雲の足を一瞬鈍らせて、
「――そこだ」
そうして止まった足に、パーカーの竜砲弾が撃ち込まれる。
脚を鈍らせる砲撃に苦痛の声を漏らしつつ、その場から飛び退く緋雲。
その動きに合わせるように、久遠は飛び込み追いすがる。
「悪くはない。だが、それだけだ」
同時に、宙に二つの弧が描かれる。
緋雲と久遠、二人の蹴撃が打ち合わされ、弾かれて。
「捉えたぜ」
着地した緋雲を、足元から伸びる悠月のブラックスライムが丸呑みにする。
拘束は一瞬で、次の瞬間には緋雲は自由になるけれど、
「ま、せいぜい桜のように散らされないよう気をつけるとするさ」
飛び散るスライムを目くらましに、ジョージがすり抜けざまにナイフを振るう。
ジグザグに変形した刃が振るわれるたび、緋雲を縛る呪縛は数を増して動きを鈍らせて。
飛び込んだアンクが白炎の右拳を振りかぶり――同時に、緋雲の拳に緋色の炎が宿る。
「壱拾四式……炎魔轟拳(デモンフレイム)!!」
「――はっ!」
ぶつかり合う白炎と緋炎。
衝撃が周囲の木々を揺らし、桜吹雪を巻き起こして。
(「なるほど、凄まじい威力ですね……」)
腕から伝わる相手の力に、アンクは感嘆の息を漏らす。
僅かでも気をそらせば吹き飛ばされそうなほどの力。
八人のケルベロスを同時に相手取れるほどに目の前の相手は、強い。
だけど、
「あの相手は、こんなものではないもので……」
より高みにいるだろう、その相手を脳裏に描いてアンクは歯を食いしばり、
「ここで負けてはいられないのですよ……!」
一際大きく燃え上がった白炎をあげる右腕を、全力で振りぬく。
腕を弾かれた緋雲は、肩で息をするアンクを目を丸くして見つめて。
そして、これまでよりも深く笑顔を浮かべる。
「凄い! もっと、もっと戦おう!!」
「うん、行くよ」
飛び込んでくる緋雲を迎撃する、急所を狙うシェイの蹴撃と冷気を纏ったアンクの足刀。
即興で放たれる電光石火のコンビネーションを、更なる速度で以って緋雲は凌ぐ。
踏み込み、打点をずらし、受け流して――隙を打つ。
攻撃を放った直後の隙をついて、緋雲の拳がシェイを狙って振るわれて、
「――くっ!」
その拳を割って入った乙女が受け止め、後ろへと飛ばされる。
「柊!」
「なに、ルゥの拳の方が余程重い」
衝撃に一瞬息を詰まらせながらも、悠月の声に、乙女は口の端から流れた血を拭って応え。
それに、と久遠の治癒を受けながらも乙女が腕を引けば、受け止めると同時に放っていた鎖が緋雲の足を絡めて。
「心配はいらない。行け」
「なら、そっち任せた!」
動きが鈍った隙を逃さず、飛び込む悠月の振るう斧が緋雲の背に傷を刻みこみ。
ジョージが振りおろす鉄製の暗器を受け止めて動きが止まった緋雲を、パーカーの古代語魔法の光が包み込んで石化させて。
「――はっ!」
気合の声と共に踏み込んだ鳳琴の繰り出す拳が緋雲を捉える。
だが、
「まだまだ、これからだよ!」
攻撃を受けたなら、倍の反撃を。
傷を癒すならば、それを超えるだけの攻撃を。
暴風の如く繰り出される緋雲の拳が、脚が、ケルベロス達を襲い、打ち倒す。
手札は全て近接の単体攻撃。
穴は探すまでもなくそこにある。
だからこそ、得意分野においては他者の追随を許さない。
「わかりやすく厄介な相手だな――だがまあ、俺達を見くびるなよ」
暴威を振るう緋雲にパーカーは小さく舌打ちして――口の端を上げて笑う。
撃ち込まれるパーカーの攻撃に足を止めることなく、緋雲は拳を振るう。
だが、彼が放つのは足を止める轟竜砲に、拳を穿つクイックドロウ。
他にも、足を止め拳を鈍らせる攻撃は幾度となく放たれている。
一つや二つでは目立った効果は表れなくとも、積み重なれば話は別。
「さあ、どうする?」
少しずつ、確実に、緋雲の動きは精彩を失って行く。
そして、
「ふっ」
わずかに踏み込みが乱れ、鋭さを欠いた緋雲の肘を鳳琴が受け止める。
腕から伝わる衝撃を体ごと回転して受け流し、
「――はっ!」
同時に、その動きのままに地に走らせた脚は炎を宿し、回転の勢いを乗せて緋雲の胴を蹴り上げる。
その衝撃に緋雲の体が揺らぎ、
「外式、双牙砕鎚(デュアルファング)!!」
続けて、逆方向から踏み込むアンクの足刀から打ち降ろしへとつなぐ連撃が、その体を地面に打ち倒す。
だが、まだ止めには遠い。
倒れた所にジョージが振り下ろすナイフを寸前ではね起きてかわし、パーカーが撃ち込む銃弾を両腕に受けつつも緋雲は距離を開ける。
同様に距離を取って、鳳琴は緋雲を見据える。
「私のクンフーはあなたに比べれば未熟でしょう」
鈍らせ、受け流してなお、受けた衝撃は鳳琴の腕に残っている。
力でも、速さでも――越えてきた戦いでも、緋雲はケルベロス達を上回る。
だが、
「私は、ある相手に……今の私では、どうやっても勝ち目のない強敵に勝つ為に強さを求めています」
アンクの脳裏に浮かぶのは、大切なものを奪い去っていった影。
刻まれた爪痕――炎の塊と化した右手を、アンクは強く握りしめ、
「それは命を懸けるに値する事……私は忘れませんよ。この拳が忘れさせません」
「『ケルベロスとして地球を守る、人々の剣となる』私には惑いなき目的がある。共に研鑽を積み、高みを目指せる仲間がいる」
次いで、己が胸に手を当てて鳳琴が語る。
何の為に戦い、強くなるのか。
緋雲が亡くした『目的』と持たなかった『仲間』が、ケルベロス達にはある。
「貴女と私は似ていますが……そこだけは違うとハッキリ言えます。そして、それが拳の重さに繋がると信じています!」
「惑いはありません、私達は負けない!」
強い思いと共に、アンクは、鳳琴は緋雲を見据える。
「それが貴方達の強さ、なんだね」
「ああ。共に戦い力を合わせる。それもまた強さの高みの一つだ」
ふっと笑みを浮かべる緋雲に久遠は頷きを返す。
ケルベロス達の持つ緋雲とは異なる力。
それが、個々人の力を越えて緋雲を追い詰めているのだ。
「一人高みを目指すのもいいだろう。しかし、立ち止まって周囲を眺める余裕の無い者に到達は出来ん」
「強いね、本当に――だけど」
久遠の言葉に、緋雲は楽しそうに笑みを深め――。
そして、全身に闘志を漲らせる。
「それでも――勝つのは、私だ!」
傷ついて、追い込まれてなお、緋雲は闘志を燃やして。
「いいや、勝つのは俺達だ。陽を巡らせ陰を正す……万象流転――やれるな、皆!」
「はい!」
久遠の技で体内の気の流れを整えて、傷を癒すと鳳琴は再び地を蹴って走りだす。
「……折角のいい女だというのにな」
どこまでも戦いを、勝利を追い求める彼女の姿に、ジョージは小さくため息をついて――放たれる拳を、一歩、自ら踏み込んで受け止める。
戦いを求め続けることに共感は出来ないが、どこまでもそれを貫く姿は――悪くない。
いい女にいい夜桜。どうせならグラスでも交わして夜を過ごしたいものだ。
(「……それも今の半分のサイズだったら、だが」)
撃ち込まれた拳はジョージの体に深々と突き刺さり、
「やれやれ、そっちがそうならこっちも優しく抱きしめてやるのは、難しいな」
そのまま、自嘲的な笑みを浮かべたジョージが緋雲の腕を絡めとり、強引に地面へと押え込む。
「こ、の」
加えられる打撃に関節を痛められながらも、体格と力の差でさらに強引に腕を引き抜いて。
起き上がった緋雲の背に、回り込んだ乙女が手を触れる。
「沈め」
告げるのは、ただ一言。
喚び出されるのは数多の呪詛。
浮かび上がる百足の痣に導かれて、影から現れる呪詛が緋雲に喰らい付く。
絡みつき、影の中へと引きずり込む呪詛に抗いながらも足を止めない緋雲。
「まだ――まだだよ!」
「――いや、そろそろ終わりにしようぜ」
その頭上から光が降り注ぐ。
首にかけたペンダントから展開した、悠久の光を宿す斧――悠久斧グランリュミエールを握りしめ、悠月は動力炉を起動させる。
「コア・イグニション《動力炉点火》。悠久の光を今ここに……」
動力炉の起動に合わせて自身の力は高められ。周囲に展開された魔方陣と共に、振るわれる斧刃は悠久の光を宿す。
「こいつは効くぜ! ブラストグロウッ!!」
その一撃は緋雲の腕を深々と切り裂いて。
「シェイ、合わせてこい!」
「ああ、任せて」
飛び下がる悠月と入れ替わるように、飛び込んだシェイが拳を構えて――同時に、緋雲もまた拳を握る。
身長に倍ほどの差があっても、拳を構える二人の姿はとても近く。
緋色の炎を纏う拳をシェイは目を細めて見つめる。
過ごしてきた環境と時間の中で形を変えていても、この技のことはよく知っている。
(「私よりも力を重視しているのは……あの娘らしい、かな」)
たとえ、本人がもう思い出すことが無くても。
これは自分が教えた技なのだから。
(「それはね――こう、打つんだ」)
「南海の朱雀よ、焔を纏い敵を穿て」
焔を纏い放たれる神速の一撃が、緋色の炎を散らして走り抜けて。
燃え盛る劫火が、彷徨い続けた彼女の歩みに終わりを与えた。
●
倒れた緋雲に近づくと、静かに鳳琴は目を閉じる。
復讐に生きて復讐に死に、復讐を忘れて彷徨った彼女の姿に、『もしも』の自分が重なる。
自身もまた、強くなったのは復讐を遂げる為でもあるのだから。
それでも、今の鳳琴にあるのはそれだけでなく、
(「私、恵まれてますから。友に、大切な人に。だから……拳が彷徨うことはない」)
共に歩む人がいるから、きっと道を見失わずに歩いて行ける。
「道を間違わなければ、同士になれたのでしょうか……?」
その中に緋雲の姿を思い浮かべて、そっとアンクは彼女の体にコートを掛ける。
「将来は弟子に養って貰うのが夢だったんだけどね」
手を伸ばして弟子の目を閉じてやって、シェイは小さく呟く。
そこにどのような感情があるのかはわからないけれど。
「……ルゥ」
「ん、せっかくの桜だしお花見でもして帰ろうか」
顔をあげて乙女に応えるのは、いつも通りのシェイ。
「おう。このままささっと帰るのも風情にかけるしな!」
「あ、お酒とかは柊さんの奢りでね?」
「……自分で出せ」
悠月と話しながら歩きだすシェイに、小さく息をつくと乙女も彼らと並んで歩きだして。
「酒ならあるぞ。飲むか? 温いだろうがね」
「こういう所で酒でも飲んで楽しめりゃ、ちったあ強くなれるんだろうかねぇ?」
杯を取り出すパーカーに久遠も加わって、彼らは夜桜並木を歩き出す。
「派手に花開いて派手に散る、か……まさしく桜だな」
月光の下で白く光る桜に緋雲の姿を思い起こして、ジョージは夜空を見上げる。
咲き誇る桜花は吹雪となって舞い踊り、地に落ちてなお美しく散り積もる。
求めるものがあるのなら、歩んだ道の後にはきっと何かが残るのだろう。
最期の瞬間まで走り抜けた緋雲の姿は、どこか桜の花のように美しく、儚くて。
(「……どうやったらそんな風になれるもんなのか、ね」)
見上げたジョージの視線の先。
わずかに赤みを宿した桜花が一片、風に乗って飛び去って行く。
(「……俺は散ることすらなくただ朽ちていくだけ、か……」)
作者:椎名遥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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