都内某所の小学校。給食の時間が終わった正午過ぎ。定例の清掃時間が始まり、全校生徒が掃除に精を出している。
「やっべぇ! カビパン出てきたー!」
「うわぁ、キモい!」
掃除の最中、1年1組の教室では1人の男子生徒が机の中から転がり落ちたパンを見つけた。カビで見る影もないほど変色した未開封のパンを、男子たちはふざけ合って互いに投げつけ始める。
1人の女子生徒が標的となり、その女子は思わずカビパンを受け止めた。男子たちが「カビパン・バーリアァァ!」とはやし立てたことで、小百合ははっとしてカビパンを床に投げ出し、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
「いーけないんだ、いけないんだっ!」
「なに泣かせてんのよ! これだから男子は!」
「さゆりちゃん、気にすることないよ」
1組の女子たちからは非難轟々となる。騒然となる教室で、生徒たちはある者の存在に気づき驚愕する。その女性はいつの間にか教室に現れた。女性の両腕の部位は翼と化し、そのぼんやりとした翼の像はモザイクに包まれている。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
突如教室に現れた第六の魔女・ステュムパロスは、そう言うなり小百合の胸を携えた鍵で穿った。
「せんせーー!! 教室にコスプレした不審者が――」
そのまま倒れ込む小百合に生徒たちの注意が注がれ、ステュムパロスの姿は煙のように消えていた。
皆が心配そうに小百合を囲む背後で、浮遊するモザイクのかたまりがむくむくと膨れあがっていく。
「カビィパァぁーん!」
消し飛んだモザイクから、カビたコッペパンをこね合わせて人型にしたような化物が生まれ、奇声を発する。カビの胞子を撒き散らしながら、化物は生徒たちに次々と襲いかかった。
「小学校あるある……誰かしらの机の中でおぞましいカビパンが生まれる。アニメで見たことあるの」
「そのようですねえ……」
望月・みゐ子(雑食系草食動物・e29095)はステュムパロスによってカビパンの化け物が生まれる未来の惨状をセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)から聞かされた。
「ステュムパロスが教室に現れた時点で皆さんが介入することはできません。なので、少女の『嫌悪』から生み出された怪物を倒すことに専念し、生徒たちの安全を確保することに努めてください」
怪物が現れる1年1組の教室は校舎の1階にあり、校庭側に面している。ケルベロスたちは外側からも教室内へと駆け付けることができる。教室内から広い校庭へと怪物を追いやることも難しくはないだろう。
セリカは怪物の特徴について語る。
「この怪物はカビパンらしく毒々しいカビの胞子をまき散らしてきます。胞子を吸い込むことによって体中を毒素に蝕まれてしまうので、注意が必要です」
おぞましい攻撃を受ける様子を想像してしまい、みゐ子は毛を逆立てながら、
「カビパンの怪物……カビパンマン……、人型のパンはあんこの詰まった彼だけで充分なの」
「この怪物を倒さない限り、『嫌悪』を奪われた小百合さんが目を覚ますことはありません。どうか皆さんの力を貸してください」
参加者 | |
---|---|
日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843) |
アンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379) |
巴江・國景(墨染櫻・e22226) |
藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635) |
望月・みゐ子(雑食系草食動物・e29095) |
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485) |
エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229) |
曽我・小町(大空魔少女・e35148) |
いつも通りに掃除の時間を終え、平穏無事に放課後を迎えるはずだったが、1年1組の教室は悲鳴であふれた。
「カビィィィィィ! カビィィィパーン!」
気味の悪い鳴き声を発する人型のカビパンからは、動くたびにカビの胞子が舞い上がった。
教室の隅で固まり立ちすくんでいる数人の生徒の方へと、カビパンマンは歩き方を覚えたばかりの赤ん坊のような足取りで踏み出していく。逃げるタイミングを誤った生徒たちは、不気味な怪物の姿を前にしてただ泣きじゃくる。
校庭側に面した引き戸がスパーンと開け放たれたかと思うと、複数の人影が教室内へと突入してきた。カビパンマンもその気配に反応したが、瞬く間にカビだらけの体に衝撃を受ける。
両手のナイフに炎をまとわせた巴江・國景(墨染櫻・e22226)は火蓋を切る一撃を放ち、薙ぎ払われたカビパンマンは床の上を滑って壁に激突した。
続々と教室に散開するケルベロスたちを見て目を丸くする生徒たち。
ビハインドを引き連れたアンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379)と葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)は、逃げ遅れた子どもたちを守るよう位置につく。
子どもたちの恐怖を和らげようと、咲耶は言った。
「アタイ達はケルベロスだからねぇ、もうぜぇんぶ大丈夫だよぉ」
「みんな、あわてないで教室の外に逃げるの!」
望月・みゐ子(雑食系草食動物・e29095)は子どもたちを廊下の方へと誘導し、安全を確保しようと動く。
「さあ、可愛い女子の味方、プリンセス小町、参上よ!」
意気揚々とカビパンマンの前へと飛び出す曽我・小町(大空魔少女・e35148)は、「カビたパンなんて綺麗に片付けて、掃除を仕上げるわよ!」と挑発的な構えを見せる。
攻撃を仕掛けようと1歩踏み出せば、相手は思わぬほど素早い動きを見せ、小町の足元をすくおうとした。しかし、小町の動きを捉え切ることはできず、同時に起き上がったカビパンマンは小町へと突進してくる。小町は単純な相手の動きをひらりとかわし、教卓の上に飛び乗った。ウイングキャットのグリは抜かりなくカビパンマンへと飛びかかり、小町の攻撃の機会を確実なものにする。小町は流れるような動きで攻撃の構えに移り、カビパンマンの体をくっきりへこませるほどの跳び蹴りを命中させた。
蹴り飛ばされて机へと激突するカビパンマンを注視し続け、エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)は子どもたちの前に進み出る。エレコは満月のように輝く光球を生み出しながら、
「お姉さん、お兄さんたちに任せてパオ! 悪いカビパンにはさよならしてもらうのパオ」
秘めた凶暴性を引き出し、強烈な一撃へと変える力を宿したエレコの光球は分散し、藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)の全身を包み込んでいく。
カノンは血がたぎるような衝動と共にハンマーの砲身から竜砲弾を放ち、カビパンマンの体を的確に狙う。教室内に暴風を巻き起こしながら放たれた一撃を受けて、カビパンマンはまとめ置かれた机を押し流して倒れ込んだ。
体にへこみや焦げ跡を作られたが、カビパンマンは目鼻口のない顔からモザイクの粒子を吹き出して体を包み込み、跡を消し去ってみせた。
アンナは起き上がってぴんぴんした様子を見せるカビパンマンに向かっていき、素早く懐へと踏み込む。その瞬間に鋭く放たれたキックはカビパンマンの胸の部分をかすめ、ボロボロとパンくずを散らした。すると、アンナの視界には大量のカビ胞子が舞い始める。それらが一気にカビパンマンの手の中へと吸収され、渦巻く胞子が砲弾の形を作った。
至近距離から放たれようとする攻撃を察知したアンナはカビパンマンの前からすぐに飛び退くが、カビの砲弾はまっすぐアンナへと向かう。ビハインドがアンナをかばって被弾するが、カビパンマンは攻勢を維持しようと次の攻撃に移ろうとする。しかし、生き物のようにうごめく黒い液体が忍び寄り、激流となってカビパンマンの体を床に押し付けた。
「ふふ……嫌悪の象徴。醜い黴の子……私の愛はあなたに伝わるわよね」
デウスエクスの残滓である黒い液体を操る日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)は、普段の温和そうなお姉さんの表情とは打って変わって、どこか狂気を感じる眼差しで抵抗を続けるカビパンマンを見つめている。
「かつての聖母のように、その身を削いで浄めてあげるわ? 浄め終わった頃には、きっと素敵な姿になって私の中で生き続けるの」
遥彼はそう言いながら、カビパンマンを校庭へ引きずり出そうとする。引きずられる流れに逆らうカビパンマンを見兼ねたみゐ子は、
「はやく出てけなの!」
等身大の愛らしいモルモットの姿ながら、カビパンマンへと突撃したみゐ子はカビパンマンの体を蹴り上げ弾き飛ばす。勢い良く吹き飛んだカビパンマンは窓ガラスを突き破って地面へと転がった。
ガラス片が突き刺さった状態で窓の向こうに飛び出したカビパンマンを見て、「派手にやるのぉ」とカノンはつぶやいた。
「きゅ……後でちゃんとお片付けするの」
若干耳を垂れたみゐ子は言った。
「カビているというだけで嫌悪の対象となるのもあれじゃが――」
カノンは皆と共に校庭へと躍り出て、
「子どもらに手出しはさせられんのぅ」
ハンマーからもう1つの大鎌へと持ち変えるとカビパンマンへと振りかぶる。投げ放たれた鎌は回転を続け、起き上がりかけた標的へと向かう。しかし、カビパンマンは鎌の進路から飛び退き、刃は地面に突き刺さった。
アンナは無愛想ながらも子どもたちの安全を配慮し、校庭へと出る際に念を押した。
「……教室から出るな。魔女は逃げたし、お前らのダチは大丈夫だ」
包囲する陣形が組み上がる前に、カビパンマンは目先の咲耶へと向かっていく。咲耶は目に見えて慌てながらも防御の態勢を取る。力任せに突き出されたパン生地の拳を受け止め、踏み止まろうとする咲耶の両足は後方へと滑った。咲耶は歯を食い縛って耐えながら、
「カビパンごときにぃ、負けられないねぇ」
恐怖心をぬぐい去るように攻撃に出る。縛霊手をはめた咲耶は震える声で「う、うぅらあぁぁぁ!」と気合を入れ、振り抜いた一撃はカビパンマンの右の手先を削ぎ取った。それでも怯むことのないカビパンマンは、咲耶に向けてカビの砲弾を放つ。
『うひぃい!?』と右往左往する咲耶の前にアンナは飛び出し、射出された攻撃をその身に受けた。咲耶は地面にはね退けられたアンナを心配して駆け寄ろうとするが、向かってくるカビパンマンを危惧するアンナは瞬時に上体を起こし、
「来るな、引っ込んでろ!」
必死の形相で咲耶を制止した。ひどい倦怠感に支配され、体がカビの毒に侵されていくのを感じ取りながらも、アンナはカビパンマンを迎え撃とうと構える。
「女、子どもらばかりを狙うとは――」
カビパンマンの前進を妨害しようと、國景は相手の横面に斬りかかる。放たれた一振りから怒涛の斬撃が走り、カビパンマンの体中に裂傷が刻まれる。
反撃を与える間もなくカビパンマンを突き放した國景は言った。
「雅さの欠片も御座いませんね。一思いに消し去り、人の子らの笑顔を取り戻しましょう」
パンくずをボロボロ落としながら、カビパンマンは飛ぶように國景から距離を置いた。すると、また吹き出されたモザイクの粒子が体中を覆い始め、斬りつけられた跡を消し去っていく。
「誰もいらないと思うけど、カビパンの缶詰にしてやるの!」
そう言い放つみゐ子の指先からは、金属体が糸のように流れ出し、あっという間に板の厚さへと変化していく。引き伸ばされた金属の板はカビパンマンへと巻きつき、巨大な缶詰の形を作り上げた。フチから伸びた板が缶のフタを完成させようとしたが、フタが閉まる直前にカビパンマンが詰められた缶は爆発する。
金属片と共に視界を覆うほどのカビの胞子が飛散し、口元を覆うものも少なくない。
胞子が飛散する中で、カビパンマンは攻勢に拍車をかける。次々と放たれる一撃と共にカビの胞子が舞い上がり、容易く反撃を許すことなく接近する攻撃を弾き続けるカビパンマン。
小町は勝ち気な態度を崩さず、果敢にカビパンマンに攻撃を仕掛ける。
「これ以上空気を汚さないでくれる? おとなしく消し炭になりなさい――」
両手を交差させた構えから放たれる小町の光線は、白と黒の輝きが渦を巻き、カビパンマンを狙い撃つ。カビパンマンは直線的に向かった光線から逃れるため宙へと飛び上がり、頭上から光線の奔流へとカビの砲撃を放った。ぶつかり合った能力同士は反発し合い、爆風となって打ち消された。
エレコは「しぶといのですパオ……」と爆風の中で顔を伏せたが、
「でも我輩たちだって、女の子のためにも負けられない、パオ!」
そう言う間にも、エレコの足元の地面は無数の土の固まりがボコボコと盛り上がるように動き出す。次々と土から錬成されていくのは、エレコのふくらはぎくらいまである身の丈のゴーレムたち。数え切れないほど生み出されたゴーレムたちがエレコの周りに密集する姿は圧倒されるものがある。
「みんなのことは、我輩とゴーレムたちが守りますパオ!」
エレコの支持に従うゴーレムたちは、消耗の激しい者たちのカバーに向かう。
一斉に散開するゴーレムたちの群れに一瞬身構えるカビパンマン。
鎖を自在に操る遥彼は、変わらず敵に執着するような素振りを見せ、カビパンマンの胴体に巻きつけた鎖を手繰り寄せていく。
「ふふ……。一心不乱に私だけを見つめて……私の愛を伝えてあげる」
みゐ子の手にした杖は、茶と白毛のぶちのハムスターへと変化する。魔力を帯びたその姿で、一時的に動きを封じられたカビパンマンへと流星のごとく飛び出していく。
みゐ子のハムスターがカビパンマンの体を突き抜けた瞬間、國景はその風穴を広げるようにカビパンマンへと斬りかかった。カビパンマンの周りで渦巻くカビの胞子の流れに目を止めたカノンは、再びハンマーを構えて砲撃体勢に入る。懐に飛び込んだ國景も攻撃に備えて回避行動を取った。
すばやく回り込んだカノンはカビパンマンの攻撃を打ち消そうと照準を定めたが、カビの砲弾は僅差で國景へと到達した。
衝撃が爆風となって伝わり、砲撃を受けた両者共に吹き飛ばされる結果となった。國景のカバーについてきていたゴーレムたちも、コロコロと地面を転がっていく姿が何体も目に付いた。
アンナは手にした金平糖を砕いてみせると、
「傷は、治す。とっとと追い込むぞ」
甘い香りが霧となって周囲に広がり、負傷した痛みを嘘のように和らげていく。
吹き飛ばされた拍子に鎖から解かれたカビパンマンは地面へとダイブした。鈍い動きで起き上がり体を支えるが、勇ましい戦鬼を彷彿とさせるみゐ子の鋼と化した拳が襲い掛かる。「ぺしゃんこにしてやるの!」とみゐ子の拳は相手を地面に押し潰す。
みゐ子に続き、遥彼は黒い液体をひしゃげたカビパンマンの体へと這わせ、
「さあ、愛のすべてを受け入れて。そのまま――私が飲み干してあげる」
黒い液体に埋もれる中で、弱々しく手足を動かすカビパンマンの様子は虫の息を現していた。
小町はとどめの一撃となるよう精神を集中させ、
「闇に輝く気高き魂が、全てを貫き、打ち砕く――」
黒白の輝きが小町の両手に集中し、最後の力を振り絞ってもがくカビパンマンへと放たれる。
「これで終わりよ……マーブル・ガイザーーーッ!」
カビパンマンが光の奔流の中に消えると、パンくずや舞い上がっていた胞子諸共消え去った。
カビパンマンの姿が消え日常を取り戻しつつある教室には、ヒール能力を発揮するみゐ子の歌声が響いていた。聞き手を和ませるような歌声を披露したみゐ子は、教室に戻ってきた生徒たちにパンを机の中に忘れないようにすることも含めて言い添えた。
「ばっちいものを投げたりしていじわるしちゃダメなの。やった方は軽い気持ちでも、やられた方はとっても悲しいの」
「女の子には優しくしなきゃダメよ? 約束できるかしら?」
カビパンマンと対峙する遥彼の様子をこっそり遠巻きに見ていた一部の男子たちは、その言葉に何度も首を縦に振ったが、遥彼の顔をまともに見れずにいた。
作者:夏雨 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年5月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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