●待ち続けるロボットの噂
まるい月が、トタン屋根と少女を照らす。
「……あの家、かな?」
スマートフォンを手に、少女は古びた家をじっと見た。ムービーの撮影ボタンを押して、録画を開始する。
「あれが町はずれにある発明家の家です。あの家には発明家の帰りを待つロボットがおり、人がやってくると主人だと思って迎えるのです。でも、発明家でないとわかると襲いかかって殺してしまうという噂があり……私は今からそれを確かめようと思います」
撮影する少女の背後に、怪しい影がひとつ。少女が顔を上げてドアノブを握ろうとしたところで、彼女の心臓に鍵が突き入れられた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
その場に倒れる少女を見下ろすのは、第五の魔女・アウゲイアス。生まれ出た怪物は、四角いパーツで構成されたロボットだ。
「ヲカエリ、ナサイ」
静まりかえる夜、ロボットの不自然な音声だけが響いた。
●ヘリポートにて
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)が警戒していた通りの事件が起きた、と、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が告げる。
「今回ドリームイーターに襲われた少女は、不思議な物事に対して強い『興味』を持ち、実際に調査を行おうとしていたようだ」
『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消している。しかし、奪われた『興味』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしているらしい。
「君たちには、被害が出る前にこのドリームイーターを撃破して欲しい」
無事撃破できれば『興味』を奪われてしまった少女も目を覚ますだろう、とウィズは付け足した。
「今回戦うことになるのは、ロボットの姿をしたドリームイーター1体のみ。攻撃こそあまり強くないが、ロボット型をしているだけあって少々頑丈にできている」
このドリームイーターは、人間を見つけると「自分が何者であるか」を問い、正しく対応できなければ殺してしまう、という行動を行うという。
「正しく対応できれば見逃してくれることもあるようだが、戦闘には影響ない。今回の場合は『主の帰りを待つロボット』と答えれば、なにもせずに去っていくだろうな」
また、このドリームイーターは自分のことを信じていたり噂している人がいると、その人に引き寄せられる性質がある。
「時間は夜、場所は町外れ。周囲に一般人もいないため、うまくおびき出せれば有利に戦えるだろう」
十分に気をつけて事に当たってくれ、と、ウィズは説明を締めくくった。
「噂の真偽は不明ですが……解放してあげたいですね。ロボットも、被害者の少女も」
小さくうなずき、朝希はケルベロスたちを見渡した。
参加者 | |
---|---|
キース・クレイノア(送り屋・e01393) |
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232) |
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579) |
大成・朝希(朝露の一滴・e06698) |
アトリ・セトリ(常盤の片影・e21602) |
比良坂・陸也(化け狸・e28489) |
イル・ファタリタ(彩涯・e28643) |
ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987) |
●「いってきます」からの年月
月が、輝いている。湿り気を帯びた草の道を、ケルベロスたちが行く。
「噂の通り、ほんとうにいるんでしょうか」
主を待ち続けたロボットの存在を大成・朝希(朝露の一滴・e06698)が問えば、キース・クレイノア(送り屋・e01393)は無表情に行く先を見つめた。
「ずっと待ち続けてお帰りを言うのが役目らしいな。俺もその噂を聞いたら、真偽を確かようとするかもしれないな。しかし、いったいどんなロボットなのだろう……」
会話はできるのか。襲い掛かるという噂だから、おそらくはできないだろう。独り言ににたつぶやきに返答するのは、ライトを手にしたアトリ・セトリ(常盤の片影・e21602)だった。
「ううん——噂が真実であれば『発明品』なのだろうし、会話はできないんじゃないかな」
「待ち続けて寂しい思いをしていないかな――優しい『あの子』は」
誰かを待ち続けるのは機械とて辛いことだろう。しかし、相手はそんな寂しい気持ちにさせるものではなく、あくまでドリームイーター。被害者もいるとなれば、やるべきことはひとつだ。嘆息混じりの朝希の声は、生い茂り始めた木々のざわめきに消えていった。
誰もが神妙な面持ちのまま、歩みを進める。
「あの家、かな? 噂のロボットがいるのは」
月明かりに照らされる古びた家を、ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)が示した。
あの家の中で、ロボットが待っているのだろう。主である発明家に「おかえりなさい」を言うために。
(「おかえりなさい、か……。僕は言われたこと、ないな。おかえりなさい、を言われるのはどんな感じなのだろう」)
ティティスの帰りを待っていてくれるような人はなかった。アイオライトの瞳に憂いを宿し、うつむきがちに歩みを進める。中性的な顔立ちは、月光を受けてより白く輝いている。それはさながら、雪や氷の精霊。
玄関に到着したところで、キースが無造作にドアを開ける。と、人型のシルエットが、軋む音を立てながら出迎えた。
「ヲカリナサイ、ヲカエリナサイ、ヲカエリナサイ——ワタシ、ハ、ダレデショウ?」
「お掃除ロボット」
異なる答えを返せば、ロボットは襲い掛かってくる。盾役を務めるキースならば、受ける被害は抑えられる。
違う、そうではないと言わんばかりにロボットが腕を振り上げたところで、ケルベロスたちは駆け出した。
建物や少女に被害が出ないように、離れた場所に誘導するのが目的だ。
(「噂は噂か、或いは——」)
振り払うように首をいちど振り、朝希は立ち止まる。そうして、追いかけてきたロボットへと向き直る。
「これは、魔女の生み出した只の虚像。帰るひとが居たとしても、待つべきはきみじゃない」
「……そうね。倒すべきあなたが、夢や噂から生まれた虚構の存在でよかった」
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)が、厭わしげな表情を隠さずにロボットを見据える。
見た目こそ噂通りのロボットではあるが、彼もまた、ドリームイーターが生み出したドリームイーターの一体。
(「それでも――寂しいと感じる心は、あるのだろうか」)
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)が左胸に灯る地獄の炎をちらりと見る。緑色を網膜に焼き付け、一度だけきつく目を閉じて、拳を握って。再び目を開いて、共に戦う旅団の友人たちを強く意識し、心の準備を。
そうしてやっと、心を、身体を、戦闘へと持って行ける。
●鉄の存在
立ち止まったケルベロスたちに、ロボットは自身の目に光を灯した。一見すると攻撃には見えない穏やかな色彩は、比良坂・陸也(化け狸・e28489)を照射する。
直後、ティティスの蹴撃がロボットの頭部をしたたかに打った。手応えを感じ、ティティスは着地する。戦闘を生業としていたため、細身の身体に反して存外好戦的だ。
さらに、アトリの投げた簒奪者の鎌がロボットを正面から捉える。再びロボットの頭を揺らすのは、朝希の星屑混じりの一撃。
先ほど受けた光をものともせずに、陸也がロボットと距離を取る。
「それにしても、なぁ……主を待つ、か」
陸也は首輪をさすり、目を細めた。
「なんつーか、見てらんねーなぁ……」
逸らしがちになる視線を、意識して固定する。次いで陸也が紡ぐ言葉は、詩編を媒介とした召喚術だ。
「鍵の妖精は恋をした。それは王への叛逆の物語。これはただその残滓」
青い月光と共に呼び出されたのは「妖精レイラス」。白き翼と左右で異なる虹彩の目をしたその存在は、ロボットへ拘束の一瞥を送り、消失する。
アトリのウイングキャット「キヌサヤ」が前衛に清らかな風を送るのを、オルテンシアが目を細めて見遣った。
「頼りにしてるわね」
同じ癒やし手を担うサーヴァントに声をかけて縛霊手から紙兵を散布するオルテンシアに続き、ミルラも輝く果実を結実させる。連携し、前衛の耐性を高めてゆく。
オルテンシアのミミック「カトル」がロボットに噛みついている間に、キースがケルベロスチェインを展開して守護の魔法陣を描いた。動きに合わせて、赤いリボンで手首に結わえた鈴がひとつ鳴る。
その動作を真似るように、キースのシャーマンズゴースト「魚さん」がすかさず主へと祈りを捧げる。
イル・ファタリタ(彩涯・e28643)の描いた守護星座が広げた翼のように光り、中衛の耐性が高まる。
イルのシャーマンズゴースト「ぱぴるす殿」が進み出て陸也へと祈りを捧げるのを確認しつつ、ゾディアックソードを握り直す。
「帰りを待ってくれる人の有り難さを知るからこそ、終わらせなくてはならない」
いま相対しているこの待つロボットは、噂から生み出された存在なのかもしれない。しかし、その存在はとても寂しいものとしてイルの目に映る。
こうはなりたくない、自身の未来のひとつ。
目の前の敵をそう捉えて、今はただ、戦う。
●虚空に消えた、迎える言葉
陸也は状況を見極めながら攻撃を切り替えてゆく。ロボットの側面に回りこむと同時に跳躍し、勢いに任せて跳び蹴りを叩き込んだ。
「いかにもロボット、っつー固さだな」
「うん、流石に硬いねっ」
ティティスが魂を喰らう一撃を加えれば、いかにも金属、といった手応えを感じる。ロボットがあとどれだけ耐えられるのか、正確なところは不明だ。
「けれど! 壊せないものではないはずだ!」
ミルラがうなずき、攻撃を重ねようとする。
「そうだな、俺も援護しよう——おいで、ヨクル・フロスティ」
ささやくように告げた言葉は、幻術の呼び水。氷花の香と吹雪の白が、ロボットの胴体を凍らせてゆく。その間、わずか一瞬。
それに呼応するかのように、イルの惨殺ナイフが閃いた。刃の形を変えたナイフは、ロボットに纏わり付く氷の面積を増やしてゆく。ナイフを抜こうとロボットに手を添えると、氷と夜気のせいだけとはいえないような冷たさが伝わる。
ぱぴるす殿の爪がロボットを捉えれば、ロボットはこもった音を発し始めた。
「ヲカエリ、ナサイ、ヲカエリ、ナサイ」
機械的な音声は、オルテンシアの耳に届いた。耳を抑えるオルテンシアを、すぐさまアトリが癒やす。キヌサヤも援護するように後衛へと風を送り込む。
ロボットは届けるべき言葉は、届けたい相手に届いてはいない。——届かない。
アトリは複雑な気持ちでロボットを見つめる。
「仮に本物であれば……どれ位の時間を待ち続けていたのだろうね」
数年、数十年。あるいは、それ以上。
エアシューズ「境界」で加速したキースが、炎を浴びせるようにロボットを蹴りつける。『おかえり』という言葉は彼にとって特別で、言うのも言われるのも胸の奥がじんわりするものだ。
「心配していないわけでは無いが、俺は信じているから。絶対に大丈夫帰ってくるっていつも信じて待っているから——お前も信じて待っているのだろうか、寂しくないか?」
無機質なロボットからは、歯車やモーターの音しか聞こえない。
「……言えたら良いのにな」
魚さんの炎を受けて照らされるロボットをぼんやりと眺めながら、キースは呟いた。
続くのは、朝希。
攻め手として最前線に立つことには、まだ慣れない。それでも任された役割は果たそうと、大きく息を吸い込んだ。
「Shh, 準備はいいですか? ——出番ですよ、みんな!」
朝希の声が響き、土の中から木の根のこどもたちが現れる。指先を一振りすれば、木の根のこどもたちは行進を開始する。
オルテンシアは仰け反るロボットを忌々しそうに見つめた。彼女は「おかえりなさい」を省みずに出奔した過去がある。
「自分で選んだ途ですもの。後悔や罪悪感なんて初めから存在しないわ」
うそぶいて、視線を逸らし。
「何故かしら。あなたの『おかえりなさい』、ひどく耳に障るのよ……シビュラを疑え。ヴォルヴァを訝れ。――天を欺き、エヌマ・エリシュを覆せ!」
カードに宿った道ひらく力を、陸也へと与える。
動揺にも似た主の異変に、カトルは気遣うようにゆっくりと箱を開いた。エクトプラズムが咲かせるのは、アネモネの花。オルテンシアの精神安定剤となる花だった。
●きみのための「お帰りなさい」
アトリが足元に赤黒い影を忍ばせ、ロボットに肉薄する。舞うような動きで翻弄し、空を切る蹴りを与えてゆく。
「裂けろ幻影、塵も残さず朽ちて逝け!」
大鎌にも似た三層の刃、そしていつしか顕現した影が、ロボットを全方位から斬撃を喰らわせる。
積極的に攻めへ回るアトリとは対照的に、キヌサヤは回復を中心に動く。羽ばたきによる癒やしは、中衛のケルベロスへ。
オルテンシアは、いつしか落ち着きを取り戻しつつあった。カトルによる気遣いだけでなく、自身が警戒していた事件で顔を合わせた仲間もいる。
「だから大丈夫。風よ、吹き祓え」
マインドリングから具現化した盾で、ミルラを癒やす。そんな主を一度だけ見て、カトルはエクトプラズムを吐き出してロボットへ攻撃を仕掛けた。
「夢の中でどれだけ待ち続けてもきっと望む人には会えない。さぁ、そろそろ夢から覚めようか。会いたいなら、会いにいかないと」
ロボットへと告げ、地獄の炎を叩きつけるミルラ。燃え上がる金属を、さらに陸也の獣撃拳が襲う。
「帰れる場所があるってのは、いいことだよな。……俺も孫のとこ帰んねーと」
拳を引き、陸也はロボットと距離を取る。次に攻撃を仕掛ける仲間への配慮だ。
ロボットは、ぎこちない動きで腕を鍵の形に変形させた。ミルラへと向けられたそれを、キースが割り込むようにして受ける。腕を振り払い、キースは青色の炎から魚をこぼした。
「……寒くない」
自身の傷を癒やす主に、魚さんは祈りを重ねる。
「君は紛うことなきロボット、だよね。帰る人はもういないのに、帰りを待ち続ける……哀れなロボット。君の待ち人は戻らない。どうか夢の彼方におかえり」
ティティスは煌めくルーンを紡いだ。
「白き絶氷の主、我が愛しき友に歌おう。甘い毒は絢爛の美酒、翻る氷華の羽衣。魂喰らいの華咲かせ、仇敵を滅せよ!」
美しい氷の精霊が氷嵐を巻き起こす。勢いに乗じて、朝希はドラゴニックハンマーを加速させて叩き込む。
「その鋼の身体、打ち砕きます!」
かなりの衝撃を与えられたも、ロボットはまだ動きを止めない。
イルはおもむろに口を開き、ロボットを見据えた。
「『おかえりなさい』と言ってもらえることの嬉しさも、それが聞こえない寂しさも痛いほど分かる」
しかし、このまま放っておくわけにはいかない。言い聞かせるように、言葉を続ける。
「お前はもう、役目を終えてもいいんだ。——此処に、眠れ」
イルが呼び寄せるは、魔法の霜と雪。冥府深層の冷気による結界に閉じ込められ、ロボットはその動きを止めた。
倒れもせず、しかし動き出すこともなく。
「——夢は、夢に。さあ、もう『お帰りなさい』。優しいきみ」
朝希に見送られた夢の残滓は、跡形も残らずに消えていった。
陸也が戦場にヒールを施し終え、ケルベロスたちは少女の元と急ぐ。
アトリが助け起こした少女に説明するのは、朝希だ。
「——噂はあくまで噂。襲われて危ないところだったんだよ」
「そう、だったんですね……すみません、ありがとうございます」
少女は申し訳なさそうに、頭を下げる。
ロボットの、噂。アトリはロボットに気持ちを重ね、義父のイニシャルを持つリボルバー銃「S=Tristia」に視線を落とした。
(「義父の下を離れて暫く経つけど……どうしてるだろう。元気にしてるかな」)
一方、ミルラは少女へと毛布を渡し、気遣う。毛布を受け取って頭を下げる少女に微笑みかけた後、ミルラは仲間たちを見渡した。
「夜道は暗いから家まで見送りに行こう、皆」
「そうだな。君、怪我は無いようだが……立てるか?」
少女を見遣り、手を取るイル。冷え切った手は、それでもロボットに触れた時よりもずっと温かい。
もう片方の手でランプ「彩」を灯し、イルは少女を気遣いながら歩み始めた。
仲間を見送り、ティティスはひとり空き家へと立ち入る。
「おかえりなさい、その言葉を言える存在……言ってくれる存在がいるのなら大事にすべきだよ。それは幸せな事だ」
認められたい一心で生きてきたティティスであったが、その望みは叶わなかった。
「いつか、おかえりなさいを言える存在が僕にも……いや、やめよう」
空の家で、ティティスの歌声が響く。
月が、輝いている。湿り気を帯びた草の道を、ケルベロスたちと少女が行く。
作者:雨音瑛 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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