甘く淡い、さくら

作者:雨音瑛

●指令
「あなたたちに、命じます」
 どことも知れぬ場所で、女の声が響く。頭を垂れて静かに聞き入るのは、鞭を手にした二人の少女。
「この町にいる和菓子職人と接触し、仕事内容を確認しなさい。また、可能ならば技術の習得後に和菓子職人を殺害するのです」
 グラビティ・チェインの略奪については任せる、と、女が付け足す。少女のひとりが、やや低めの声で了承の旨を告げた。
「一見して意味の無いように見えるこの事件も、巡り巡れば地球の支配権を大きく揺るがすことになるのでしょう」
 少女二人が立ち上がると、女はゆっくりと頷いた。
「さあ、行きなさい」
 女が言い終わるが早いか、二人の少女は姿を消していた。

●ヘリポートにて
 ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が、ケルベロスたちを見渡した。
「ミス・バタフライが和菓子職人を狙っているようだ」
「……俺が心配していたことが現実になったようですね」
 三廻部・螢(掃除屋・e24245)が、小さく息を吐く。ウィズは頷き、事のあらましを説明する。
「ミス・バタフライは螺旋忍軍。彼女が起こす事件は直接的には大したことではないものの、巡り巡って大きな影響を及ぼすかもしれない、という厄介な事件だ」
 そのミス・バタフライの配下が和菓子職人の元に現れ、仕事の情報を得たり、技術を習得した後に殺そうとしているという。
「この事件を阻止しなければ、いわば『風が吹けば桶屋が儲かる』かのようにケルベロスにとって不利な状況が発生する可能性が高い。しかし、それ以前にデウスエクスに殺される一般人を見過ごすことはできない」
 和菓子職人の保護と、ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の撃破。それが、今回の依頼だ。
 基本的には、狙われる和菓子職人を警護し、現れた螺旋忍軍と戦うことになる。しかし、事前に和菓子職人に事態を説明して避難させてしまった場合は、敵が別の対象を狙うため、被害を防ぐことができなくなる。
「今回は、事件の3日前から和菓子職人に接触できる。事情を話して仕事を教えてもらえれば、螺旋忍軍の狙いを君たちに変更できるかもしれないな」
 ただ、囮になるには「和菓子職人見習い」くらいの力量は必要だ。かなり修行を頑張る必要があるかもしれない。
「この和菓子屋さん、今の時期は主に桜餅を作っているらしいですよ。修行するとしたら、この桜餅を作ることになりそうですね。そうそう、小麦粉を焼いた生地に餡を包んだ長明寺、道明寺粉の餅で餡を包んだ道明寺の二種類を作っているみたいですよ」
 と、微笑むのは柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)。
「それは魅力的だな……さて、敵についての情報だ。今回戦うことになる螺旋忍軍は、2身体。猛獣使いのような格好をしており、動物の幻影を用いて攻撃を仕掛けてくる」
 もし囮になることに成功していた場合は、有利な状態で戦闘を始めることができる。
「技術を教える修行と称して2体の螺旋忍軍を分断したり、一方的に先制攻撃を加えたりすることが可能だ。囮になることに成功した場合は、うまく状況を利用して欲しい」
 また、螺旋忍軍はケルベロスが一般人に比べて強いことがわかるものの「一芸に秀でた一般人ならばこれくらいかな」と思うため、特に怪しまずに接触してくるようだ。
「修行、囮、撃破。最終的なところは、いつもと同じですね。——ところで、るんばはどちらの桜餅が好きですか?」
 足元で楽しそうにするテレビウムへと視線を落とし、螢は問いかけた。


参加者
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
花唄・紡(宵巡・e15961)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
三廻部・螢(掃除屋・e24245)
藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)
マリア・ライン(偶像たるシスター・e33839)
横坂・灯護(確率とは常に外れる者・e36048)

■リプレイ

●桜散らぬように
 和菓子屋『よしの』の入り口から出てきた女性が、ほんのりくすんだ桜色のれんを掛ける。女性が店内に戻ろうとするところを、マリア・ライン(偶像たるシスター・e33839)が呼び止めた。続けて、花唄・紡(宵巡・e15961)とともに螺旋忍軍が諒の技術と命を狙っていることを説明してゆく。
 十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)も、穏やかな口ぶりで諒に語りかける。
「諒殿が長年培った技術と命を守りたいのじゃ。協力してもらえんかのぅ?」
「食べるとしあわせなきもちになるのですから、美味しい和菓子はすごいのですよ。螺旋忍軍に奪われないよう、サヤにお守りさせてくださいねえ」
 平坂・サヤ(こととい・e01301)の言葉に、諒は丁寧に頭を下げた。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね。時間もないみたいですし、さっそく桜餅づくりを始めましょうか」
「そうですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)も一礼し、ケルベロスたちはそぞろぞろとのれんをくぐった。

 『よしの』で販売している桜餅は二種類。クレープのような生地で巻いた「長明寺」、もちもちつぶつぶの食感が楽しい「道明寺」だ。
「道明寺のほうが、すき」
 でも長明寺も捨てがたい、と考え込むのは翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)。
「奇遇ですねえ。サヤもどちらもすきなのですよ」
 笑顔を向けるサヤに、ロビンも微笑み返す。
 まずは作業の流れを、と、諒は道具と材料を広げて説明を始めた。道明寺の材料はこちらで、このような手順で。長明寺の材料はこちらで、このような手順で。詳しい作業は手を動かしながら、と諒が説明を締めくくった。
「それでは作っていきましょうか。お好きな方を選んで——あら、ロビンさんは」
 問われ、ロビンはぽつぽつと話し始めた。
「わたしねえ、ナイフをつかうのは得意なのよ。でも包丁って、すごくむずかしくない?」
 養父いわく、料理に向いていないとか。それに腹を立てて何度か料理に挑戦したものの。
「――まずかったわ。でもね、たのしそうだから……すこしだけ、教えてもらえたらなって……」
「すこしでも、たくさんでも構いませんよ。『楽しむ』のは大事なことです、一緒にやってみましょう?」
 諒に促され、ロビンはおそるおそる材料を量ってゆく。
「あたしは長命寺の桜餅を作ろうかな」
「ふむ。では、妾は道明寺をつくってみようかの」
 紡は長命寺用の、うつほは道明寺用の材料が置かれた場所に移動する。
「昼間は本領発揮できぬが——吾輩もできる限り頑張るぞい。知識だけはふんだんにあるからの」
 藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)も袖をまくり上げ、やる気は十分だ。
 修行する仲間と別行動をするのは三廻部・螢(掃除屋・e24245)と横坂・灯護(確率とは常に外れる者・e36048)。囮役が誘き出すための場所を探すのが目的だ。
「では、探すとしましょうか。折角の店が壊れるのもいやですしね」
「そうですね。まずは付近を重点的に探すとしましょう。経路も重視しつつ、近場にいい場所があればいいのですが……」
 購入したよもぎ団子を食べる灯護。螢とともに周囲を見てゆくと、マリアが駆け寄ってくるのが見えた。
「桜餅づくりの説明はひととおり聞いたし、私も場所探しを手伝うわ!!」
 声を張り上げ、マリアも戦闘場所探しの班に加わるのだった。

●得意不得意
 二日目。
「今日もよろしくお願いするわね!!」
 今回マリアが修行するのは、弟に和菓子を作ってあげたいから、という理由からだ。
 今日も、桜餅づくりの修行が始まった。
 サヤは、丁寧に道明寺の材料を量り始める。
「春先はお菓子がかわゆくてよきことです。慎重に、心をこめて作りましょーねえ」
 グラム数は正確に。さじで計る際は、きっちりすり切って。それぞれが、それぞれの作業を進めてゆく。
 材料にほんの少しの食紅を入れて混ぜると、きれいな桜色に。鉄板に乗せて焼けば、長明寺の皮の完成だ。
「さて……混ぜるまでは良かったのじゃが、包む時のコツを聞かねばのう」
 カノンが諒に質問しようと声をかけると、ちょうど電話の音が鳴り響いた。ちょっとごめんなさいね、と作業場を出る諒を見送る。どうしたものか、と腕組みをするカノンの眼前を、桜葉漬けを運ぶうつほが横切った。
「丁度良い所に……十六夜さん、なかなか呑み込みが早いようじゃが吾輩にご教授願えぬか?」
 材料はそろっているもののうまく包めないというカノンに、うつほは手本を示す。
「十六夜さんの運んでいた桜葉漬けは、良い香りがするのう。そういえば、塩漬けにしてもまったく香りの出ない桜の葉もあるそうじゃよ?」
「ほう……藍凛殿は大した知識をお持ちじゃの?」
「吾輩知識だけの頭でっかちでのぉ……上手く作りこむ事が出来ぬのじゃ。十六夜さんはさすがじゃのぅ」
 カノンの視線が、うつほの手元に注がれる。
「幼い頃に一度だけ作った記憶を頼りにやってみただけじゃよ。大した事はあるまいが……妾で役に立つのなら……どれ……」
 ゆっくりと手を動かし、餡を生地に包む。丁寧な仕草を観察し、カノンは作業の勘所を見極めようとする。生地を伸ばし、餡を包みこむ——のだが。
「はて? こちらは長明寺じゃったか……?」
 と、うつほが不思議そうに、完成した桜色のお菓子を眺めた。
 一方、場所探しの班にはロビンも加わっていた。
「よさそな場所、あるといいね」
 昨日までの結果を聞きながら、周辺を歩いてゆく。
「戦闘向きの場所はいくつかあったんですが、決めかねているんですよ。ロビンさんの意見も聞かせてください」
 案内する灯護の手には、いつの間に購入したのか練り切りがひとつ。薬膳の和菓子がないか諒に聞いたところ、薦められたものだ。
「蓮の実をくるんだ練り切りですよ。消化機能を整える効果があるそうです」
 どこか楽しそうに灯護は説明し、ロビンに周辺を案内した。

 三日目。灯護は一足先に螺旋忍軍を待ち受けるため、敷地内に隠れていた。ついでとばかりに、購入した饅頭を口にしている。
(「ナツメと松の実の餡……疲労回復効果があるといわれているものですね。最終日にはとても良い和菓子です」)
 饅頭の味を噛みしめながら、灯護はペットボトルの冷たいお茶を口に含んだのだった。
 基本の作り方を覚えた紡は、材料の前であれこれ考えていた。アレンジを加えた、自分だけのオリジナル桜餅を作るつもりだ。「お兄ちゃん」こと、螢のために。
「生地に甘酒を入れたり、苺餡を挟んでみようと思うんだけど……どんなのを入れたらいいかな?」
 紡は諒に相談しつつ、配合割合も調整しながら混ぜてゆく。皮を焼き上げ、餡を包んで桜の葉をくるりと巻く。
「甘酒入りとか上手くできた気がする! ほら、お兄ちゃんも食べてみて!」
 紡が引っ張るのは、作業場の掃除をしながら製造過程を見学していた螢。どれ、と無遠慮に手に取りつつ、螢は自身の妹を自称する不思議な女をちらりと見ながら、咀嚼し、飲み込む。
「愛情たっぷり桜餅だよ! おいしい?」
「……ふーん、まあまあじゃないですか」
「もー、素直じゃないなあ。——るんばとマンゴーちゃんも後で一緒に食べようね」
 微笑みかけられ、るんばは掃除用具をがちゃがちゃ鳴らして喜んだ。
「うう、美味しそう……この空間とてもかろりーがたかい……」
 サヤが呟くそばから、るんばがつまみぐいをしようと騒がしく行き来している。
「るんば、お味見してみます? 道明寺と長明寺、どちらがいいですか?」
 問いかけに、るんばはよだれをたらしたような顔文字に切り替えた。
「どちらも食べたいと。……贅沢もんですね、るんば」
 嘆息混じりの螢の声に、るんばは照れる顔文字で答える。
「作り方も材料もおなじなのに、なんとなく個性が出ていて楽し——」
 くるくると作業場を行き来するサヤの視線の先に、ロビンの前にちょこんと置かれた「もの」が映った。
 おそらく桜餅であろうそれは、ピンクの豆大福のような形状となっている。餡と道明寺の生地が絶妙に混ざり合っているのだ。
「生地と餡、それぞれつくるまでは問題なかったはず、なんだけど……」
 不可解だ、といわんばかり表情で、ロビンは「もの」を人差し指で一度だけつついた。

●修行の成果
 最後の修行を終えたケルベロスたちは、諒とともにテーブルを囲んだ。休憩スペースも兼ねた店内の和室で、作戦の確認をする。誘き出す場所は、付近の公園と決まった。では囮は、という話になると。
「私がいるじゃない!!」
 勢いよくマリアが立ち上がった。しかし、諒の表情はどこか晴れない。
「ちょっと心配ですね」
 一人だけ、というのはもちろん、場所探しと桜餅づくりを並行していたマリアが『見習い』と称してよいほど和菓子づくりは簡単な仕事ではない。いくらお菓子作りが得意でも心配だ、と、諒は困り顔になる。
「では、サヤも囮役としてフォローするのです」
 進み出るサヤを見て、諒はうなずく。
「そうですね。サヤさんの仕事ぶりは丁寧でしたし……二人なら、いざという時も安心ですね。それじゃあ私は……ええと、隠れていればいいんですよね?」
「そうじゃのう……ひとまず、押し入れにでも隠れてもらおうかの。技を教えてもらいに来た螺旋忍軍とて、いきなり和室に立ち入るようなことはしないじゃろうからのう」
 カノンが笑い混じりに告げると、諒は深く頭を下げた。
 あとは、螺旋忍軍を待つだけだ。

 やがて店の引き戸が開き、二人の少女が現れる。
「いらっしゃいませ!!」
「和菓子屋『よしの』にようこそですよ」
 和菓子の入った硝子ケース越しに二人の顔を見比べ、少女の一人は疑わしそうに問いかける。
「和菓子作りについて教えてもらえないかしら……うん? あなたたちがこの店の和菓子職人? ずいぶん若いのね」
「私たちは見習いよ!! でも、店主のお墨付きなの!!」
「ふうん……じゃあ、まずは桜餅をつくるところをちょっと見せてもらえる? 本当の職人なら、しっかり作れるわよね?」
「もちろんいいわよ!!」
 と、マリアは作業場に少女二人を案内する。少女たちの視線を前に、桜餅づくりを始めた。材料を量り、混ぜ、焼く。
「これでできあがりよ!!」
「どうでしょう、これで認めてもらえます?」
「……そうね。それじゃ、さっそく教えてもらえるかしら?」
 サヤとマリアは、一瞬のうちに視線を交わす。
「じゃあ、まずは道具から準備しなきゃね!! 倉庫に置いてあるから、手伝って欲しいの!!」

 そうして店を出た4人を見届け、紡が仲間へと連絡する。
「今お店を出たところだよ。うつほと一緒に尾行を開始するね」
「では、妾たちも向かうとしようかの」
 4人が角を曲がったところで、二人はすぐさま後を追いかけた。

 ケルベロスと螺旋忍軍が到着したのは、和菓子屋からほど近い防災倉庫のある公園だ。
「あの倉庫に道具が?」
「そうよ!! 鍵を開けるから、待っていてちょうだい!!」
 倉庫に進むマリアとサヤ。それを追うように歩く螺旋忍軍。ケルベロス二人が防災倉庫の前で立ち止まると同時に、螢が螺旋忍軍の一人へ炎混じりの一撃を加えた。
「お掃除は最初が肝心ですからね」
 そのとおり、とでも言うかのように、るんばもモップで螺旋忍軍を殴りつける。
「——ケルベロスか!」
 螺旋忍軍が言うが早いか、紡が軍神ともうたわれた者の魂を自身に憑依させる。高められた一撃を叩き込み、返答と指示を。
「そういうこと! マンゴーちゃんは援護をお願いね!」
 直後、綿花は静かに祈り始める。
 もちろん、ケルベロスたちの奇襲がこれで終わるわけがなく。
 竜語魔法を詠唱し終えたロビンの掌から、ドラゴンの幻影が放たれる。まだ体勢を立て直しきれていない螺旋忍軍は直撃を免れない。さらにカノンの轟竜砲に、灯護の雷撃。
 うつほの散布する紙兵がケルベロスの前衛に加護を与えると、螺旋忍軍を案内していたサヤも攻撃へと加わる。エクスカリバール「峠道」が胴体に当たれば、その付近をマリアの時空凍結弾が射貫いてゆく。
「容赦しないわよ!!」
 天使の輪のように薔薇をぐるりと頭部に咲かせ、マリアが螺旋忍軍たちに声高に宣言した。桟月がケルベロスチェインを展開したところで、ようやく螺旋忍軍は体勢を立て直したようだ。
「くっ……そう簡単にやられるものですか!」
 螺旋忍軍が手にしたムチで地面を打ち付けると、ハシビロコウの幻影と、トラの幻影が召喚される。幻影による攻撃に合わせ、盾役が素早く動いた。るんばがサヤを、綿花がうつほを庇う。サーヴァントたちの働きを見届け、ロビンは殺界を形成した。
「これでよし……邪魔が入っちゃ、興醒めだものね」
 と、ロビンは惨殺ナイフを握り直した。

●修行ではない方の成果
 カノンが簒奪者の鎌を投げつけ、仲間の攻撃を通りやすくしてゆく。
「十六夜さん、行けそうかの?」
「もちろんじゃ」
 回復と攻撃を交互に行っていたうつほは、今度は攻撃を仕掛ける。縛霊手から撃ち出された弾は、目映いばかりの巨大な光だ。
「戦いはまだ不得手だがやるしかねえ……!」
 ぼやくように言いながら、灯護は雷の壁を後衛三人の前に構築する。全員に耐性がつくまで、念入りに何度も構築するつもりだ。
(「まだライトニングボルト当てられる気がしないんですよね……持ち込んだグラビティの属性も全部同じだし」)
 それでも、被害を出さないようにするのが最優先。いざという時は攻撃を仕掛けるが、まずは地盤固めから。
 マリアも傷ついた治療を優先しようと、オーロラの光で前衛を包み込む。
 螺旋忍軍の攻撃は、兎にも角にも状態異常が多くて厄介だ。桟月もケルベロスチェインで魔法陣を描き、マリアとともに状態異常の解除に努める。
 サヤの古代語魔法に喚ばれた光が螺旋忍軍に命中した。敵は舌打ちをしながらケルベロスを睨む。
「サヤたちの方が優勢ですねえ。……とはいえ、2体を相手するのはすこーし手間なのですよ」
「では、俺が牽制しておきます」
 サヤの方を一度だけ見て、螢が進み出た。身体の魔術回路と杖の回路を強制リンクさせ、複数の陣を同時に展開する。
「——隅から隅まで、塵芥も残さずに」
 走り抜けた魔術は、螺旋忍軍の1体を弾き飛ばす。
「さすがお兄ちゃん! それじゃ、あたしも!」
 紡がエアシューズ「つまさき」による蹴撃は、螺旋忍軍の脇腹をしたたかに打ち付ける。その螺旋忍軍がうめき声をひとつ漏らして倒れ、煙のように消滅した。紡は自慢するように螢を見るが、螢は二、三度頷くだけであった。
 これで、残る螺旋忍軍は一体。

 奇襲を仕掛けられたおかげで、早めに螺旋忍軍の1体を撃破できた。
 螺旋忍軍は逃走する気配もなく、ケルベロスたちにグラビティを放つ。羊の群れ、その幻影が後衛を覆う。が、その幻影をくぐり抜けたロビンは螺旋忍軍の背後からナイフを閃かせる。
「やっぱり、ナイフの方が得意だわ。——くちづけするわ、あなたに」
 血を噴き出す隙すら与えない速度で、紡がバスターライフルから青白い光線を放つ。加わるは、カノンの投げつけた簒奪者の鎌。
 綿花が祈り、るんばが顔から閃光を放つと、螢のエアシューズが螺旋忍軍を薙ぐ。
「頼もしい攻撃じゃのう。さて、妾は回復じゃな。どれ……」
 うつほがおもむろにサキュバスミストを展開して、カノンを癒やした。
 撃破が近いとはいえ、気は抜けない。念には念を入れて、灯護はライトニングウォールを展開した。
「攻撃は任せました!」
 灯護が攻め手へ視線を送れば、サヤはひとつうなずいて言葉をこぼす。
「――ようこそ」
 最後の一撃となったのは、サヤの「境界:常世」。死の可能性は、現実に。
 無言で膝を突いた螺旋忍軍は、先の一体と同じように煙のように消滅していった。

 殺界の効果もあり、あたりには静寂が戻る。念のためにと辺りを見回すのは、カノンだ。
「ふむ。此度の戦闘で、公園の遊具が少し破壊されてしまったようじゃな。我が輩が修復しておくぞい」
 カノンがヒールグラビティでブランコを癒やせば、幻想を帯びつつも元の形を取り戻してゆく。それじゃあ、と、灯護はケルベロスたちを見渡した。
「螺旋忍軍はこちらで撃破しましたし、佐野さんも無事ですよね。お店に戻りましょうか」
「そうね、諒に戦果を報告しましょう!! せっかくだし、私はみんなにつくった桜餅を振る舞うわ!!」
 マリアが拳を掲げ、元気に宣言する。
「長明寺と道明寺両方よ!!」
 それを聞いて、螢の許可を求めるようにるんばがくるくると顔文字を切り替えるのだった。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。