静寂のかたち

作者:菖蒲


 鮮烈な春の気配を纏いながらも蝶は眼前の鴉へとゆるい笑みを浮かべた。
 道化の姿をした蝶に対し、付け羽の男二人は首を垂れる。「銀影、金陽」と呼ぶ声は麗らかな午後を震わせた。
「この街には剥製職人がいる様です」
 それは、男二人にとっては使命の始まりだった。
 頬を擽った春の色彩。顔をあげた男は彼女の命に「畏まりました、ミス」と感銘を受けたように笑み溢す。
「よろしいですね? 剥製職人と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後で殺害しなさい」
 意味もなければ大きな害もない――そう感じれど、二人の男はその使命がいつの日か地球の覇権を揺るがす一大事になるのだろうと確信していた。
「銀影、金陽、グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 その言葉に鴉の付け羽を揺らした男たちは跳ね上がる。
 軽業師の如く、その身を宙に投じれば後はその使命に従うだけだった。


 剥製は奥が深い。生きている儘の姿を止め続ける技術の一種だ。
 学術的な面もありながら、展示や鑑賞用として使用されることもある。
「前に博物館で見たたぬきさんが生きてるみたいでした」
 ぽんぽこ、と耳をへなりと折りながら言った笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は手作業で剥製を作り続ける『剥製職人』の凄さを力説している。
「……それで、その剥製職人が?」
「ミス・バタフライさんっていう螺旋忍軍に狙われているのです!」
 成程ね、と頷いた九十九折・かだん(殉食・e18614)は茫とした瞳にねむを映しこみ、牙を剥いて小さく笑う。
 ねむは「ミス・バタフライさんが起こす事件は、直接的には大したことは……人が死ぬのはいやですけど、大きな影響はないんですけど、でも、巡り巡れば、影響があるかもしれなくって、ええと」としどろもどろに言葉を繋げる。
「ここで阻止しておかないと不利な状況が発生するってことだ」
「そ、そうです!」
 ふむ、と口元に手をやったかだんにねむは大きく頷いた。ヘラジカの角を傾げた彼女は「一般人の保護が必要か……」と呟く。
「はい。皆さんには、デウスエクスに殺される一般人を護って欲しいのです! それから、ミス・バタフライの配下の螺旋忍軍の撃破もお願いしますね!」
 ねむ曰く、狙われる一般人を警護しながら螺旋忍軍を待ち構えることになるそうだ。
 状況を説明し、避難させてしまった場合には敵の狙いがそれてしまう可能性もある――それは何としても防がなくてはならないとねむは告げた。
「事件発生まで3日……剥製職人の繰原さんとは3日前から接触することが出来るのです」
 剥製職人見習いの道は遠い――しかし、見習いに慣れれば螺旋忍軍の狙いをケルベロス達へと逸らせることが出来るかもしれない。
「事情を上手に話して、頑張って剥製を作って下さいね」
「それって、皮を剥いでってこと?」
 かだんの何気ない問い掛けにねむの表情から血の気がさぁ、と引いていく。
 近年では、冷凍保存もあるが昔ながらの職人はその工程を踏んではいないだろう。
「そ、そうですね。あ、でも、怖くないのもあるみたいですよ」
 邪道ですけれど、とねむが見せた写真は鮮やかな花。『花の剥製』だというそれはドライフラワーやプリザーブドフラワーなのだろう。
「花の剥製を学ぶのだってありだと思います!」
 鮮やかな花に、芸術的な動物たち。まるで生きているかのような静寂の世界を思い浮かべながらねむは螺旋忍軍に言及する。
 似通った背格好。銀影と金陽の名の通り、黒髪と金の髪のカラーリングで彼らを区別するのは容易だ。「面白きかな」を口癖にし、楽しければそれでいいという楽観的且つ短絡的な性格をしているようだ。
「戦うのでしたら、剥製職人さんの工房か、その奥の森がうってつけ! だと思われます」
 囮になることが成功した場合は有利に戦う事が可能となるはずだ。敵の分断や先制攻撃の為にも何としても技術は習得しておきたい。
 バタフライエフェクト――その言葉を思い浮かべて、ねむは「技術は大切なんです」と力強く言う。
 ひらり、と舞った可能性の欠片。それをどうか、逃さぬ様に。


参加者
芥川・辰乃(終われない物語・e00816)
ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)
九十九折・かだん(殉食・e18614)
ルルド・コルホル(揺曳・e20511)
香良洲・鐶(行色・e26641)
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)
クラレット・エミュー(凍ゆゆび・e27106)
一之瀬・白(八卦式八極拳・e31651)

■リプレイ


 その場所は、息を止めていた。風の薫も感じぬ静寂は周囲の世界を縫い止めんとしたかのようで。
 両の掌を竦めて、重みを感じ取りながらクラレット・エミュー(凍ゆゆび・e27106)は己の指先よりもなお、温もりの感じぬ骸を見下ろした。
 はなすいと呼ばれる愛らしい鳥のいのちは、彼らが愛した春に終わった。翼を持ち上げればそれはクラレットの思う様に簡単に傾いで見せた。
「羽か……」
 首を擡げた梟の羽は目白よりも重たい。背後で己の作業に没頭する師を見遣ってローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)は幾度も重ねた『技術』の鍛錬を思い返した。――銀細工、糖芸菓子、豆本と多岐に渡ったそれを生かして見せると藍の瞳は滾る憎悪を忘れた様に只、目の前のいのちに没頭した。
 太陽嫌いの肌は、彼が抱えた猫の骸とは対照的だ。ふわりとした獣の躰に触れて、鉱石の角をルームライトに煌めかせてジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)は細い指先で猫の躰を掻き抱いた。
「ペコラ」
 灰の毛並みの愛猫は魔女帽を傾がせ、ジルカの腕が抱える骸に近寄りぴたりと息留める。
 生きたものと死んだもの。そこに入った魂の重量を感じさせない精巧な死に顔は愛猫の姿を霞ませるようで「動いていて」と困った様に告げたジルカは背後で咳をした師に僅かに緊張したように目線を落とした。
 師――彼らが技術を仰ぐのは小高い丘の上、命を吹き込む様に作り続ける繰原という名の男は数日の後に、螺旋忍軍に襲われることになるのだという。
 彼の知識と技術の片を少しでもと貪欲に飲み込む芥川・辰乃(終われない物語・e00816)の鋏がぱちりと棘を一つ落とした。
「桜……ではないのか」
 クラレットの言葉に、辰乃は緩く頷く。桜色の花は艶やかな薔薇。春色のそれを留める如くいのちを感じ撮りながら辰乃は真摯に花へと向き直った。
 黙々と作業を続ける彼女の型に白い手を乗せて天使の翼を持った子竜は首を傾ぐ。
「花の時を止めるなど、私には烏滸がましい行為かもしれませんが……それでも」
 自我を書物に添わせていた心が我儘になるのはその色彩が鮮やかであるからだろうか。物語(じんせい)を彩る様に黙々と続ける花の色は褪せることを知らない。
 その花の色とは対照的に、皺を刻んだ表情は永きを感じさせる。掻き抱いた体の細さと軽さに九十九折・かだん(殉食・e18614)が感じたのは飢餓感にも似た哀愁であったのかもしれない。
 茫とした瞳は亡骸を友と呼んだ。街の中、当たり前の様に死んでいる野良犬。誰もが気に留めないだろう――誰もが、それを良くある光景だと脳内で処理してしまうのだろうか。
 かだんにとって得意とは言えない技術で、友人へと敬意を込めて、ひとつ、ひとつの処理をする。緑と花を思い、時を刻んだ友人の骸に「生き生きとした剥製になるといいな」とルルド・コルホル(揺曳・e20511)は碧い瞳を細めた。
 その死骸は草木の中、幸福そうに頬に好物を詰め込んで過ごしたであろう小さな栗色。栗鼠のふさふさとした尻尾に触れるルルドへと繰原は細かなアドバイスを一つした。
 その言葉を聞きながら、香良洲・鐶(行色・e26641)は小さく唸る。
 生きて居たままの姿を残す。それに善悪を問う事は鐶にはできなかった。綺麗だと感じたものを醜くなる前に留める。それはエゴなのではないかと感じてならないと花を液体に付け込んで彼はその光景をじ、と見つめた。
 生花とも造花とも違う植物の姿。蒼い空のように移り変わる青色の枯れない花は、その赤い瞳にちらりと映り込む。
 誰もが、息を吹き返したような――そんな、姿を描きたいと願うのならば。
 一之瀬・白(八卦式八極拳・e31651)はその命が楽し気に過ごせるような花の空間を作り上げると白詰草へと触れる。在り来たりな草花は、彼らが生きて来た世界そのもの。
「……こういった技術は後世まで残していきたいと思うのう」


 春風は草木の薫を運んでくる。並ぶ剥製に命を吹き入れる様に頭を撫でてローデッドは「おっさん」と繰原を呼んだ。
「あんたが危ない目見るのは本意じゃねェ。代わりが務まる様に、俺達も努力をしたが―――」
 木々に捕まる足先は、今も力強く感じさせる。梟の剥製は老いをしることもなく、今も悠々と翼を広げている。
「……努力は認めよう」
「どうせならとびりきり格好良くしてやりたいだろ? 生き物(コイツ)から借りたモンだからな」
 その姿をまじまじと見つめながら、クラレットはゆっくりと目を伏せる。手套越に触れた柔らかな身体――傍らで首傾いだノーレを見遣って、己の手に残る傷跡をゆっくりとなぞる。
(「医者がどうやっても命は取り戻せないが――これなら」)
 我楽多だと呼ばれようとも。それが紛い物であろうとも、いのちの片が其処に残ったなればうれしいと完成した入れ物はそこで鳴き出しそうに嘴を薄らと開く。
 動物たちの世界は弱肉強食。その中で、怖い、という感情にフォーカスを当てたジルカはかりそめの永遠がその姿に籠められている気がしてぞわりと背を震わせた。
「同じようには動かせないケド……」
 知っている『心』ならばすべてを込めた。切り取った命の形。それを大切にしたいのは誰だって同じだ。
 鮮やかな生の気配と鬱蒼とした死を孕めば、それは確かにそこにある形として新たな命を得る。
 敷き詰めた草花に、なんてことない平穏の上へと歩き出した老犬。
(「生きていた――んだ」)
 ジルカの切り取る恐怖と、かだんの切り取った命は確かに違う。
 ただ、それでもそこにある敬意は同じ。いのちは、白の作り上げたステージの上で華々しく息をした。
「一瞬を切り取れば、このようになるのですね」
 鮮やかな花に触れて、辰乃は瞬く。草花に触れ、熱中していた時間は瞬きの如く短かったのだと彼女はゆっくりと立ち上がる。
 静寂の時を楽しむ様に目を臥せっていたルルドは「繰原。下がってな」と静かに告げた。
「……任せていいのか?」
「俺があいつらを剥製に……は出来ねぇか。なんせ消えちまう命は形にゃ残せねえ」
 唇で弧を描き、ルルドは地面を踏みしめる。工房の奥へと姿を隠した名人に鐶は僅かに頭を下げて、深い森へと足を運んだ。
 ざわりと身を攫う様な春風が吹く。幼さを感じさせぬ落ち着いた風貌で白は足元から避ける植物に小さく礼を言い、来たる時を待った。

 ざ、と風が吹く。
 嫌な風だとジルカは感じる。生温く、頬を擽る『生者』の風だ。
 傍らのペコラは卑屈な少年の頬へと手を押し当てる。その心は、彼が作った剥製にも似ていて。
「職人ってのは君か」
「幼い――幼いが、君が技術を会得したのは分かる」
 朗々と語る様に告げる二羽鴉。男たちの声にジルカの肩に力が籠る。
 誘う言葉は決めていた。部屋の中のたくさんのぬいぐるみにはなかった命の始まりと終わり――掌の中で確かに感じた終わりの存在に向き直る様に彼は言った。
「剥製を作りたいんだ。おじさんたち、森へ行こう?」

 誘う言葉に誘われたそれをかだんは心の底から感じ取った。腹の底が音を立てる――底知れない飢餓感が肚を渦巻き煮え繰り返る。泥のような欲求を飲み込んで彼女は牙を剥いた。
「――くる」
 だん、と地面を踏みしめる。振り仰いだジルカを狙った一撃を受け止めたかだんの拳が冷ややかな気配を帯びた。
「潰えて、終え」
 触れれば、それは終わりを感じ取る。大角に掠めた男の一撃に気を留めず彼女は春の花びらの代わりに六花を散らせた。
 瞬時に反応した螺旋忍軍は、片手を柔らかな土へとついて体を捻り上げる。軽業師の呼び名は伊達ではないのかとローデッドは喉の奥で笑った。
 その掌になじみ始めた神鳴る如くに迸る天の焔。ちらつく焔の向こう側、呆れるほどに『強欲』な略奪者の姿が映り込む。
「懲りないっつーか飽きないっつーか……毎度毎度ご苦労なことだぜ、まったく」
 地面を踏みしめる。バネの様に足に力を込めて飛び上がったローデッドの握る焔と金の髪を靡かせた男の足がぶつかり合った。
 鈍い音立て、その男を跳ね返した青年の背後よりルルドが覗く。一つ角に金の毛を揺らしたグラックは警戒したようにぐるると喉鳴らす。
 言葉なく、振り仰いだ彼の掌から黒いナイフが飛び出した。硬質な骨で出来たそれが音たてる。
「金陽」
 男が呼んだその声にルルドはくるりと体を振り仰ぎ、敵の気脈を断って見せる。序で、銀影の名を持つ黒髪の男の上へと蹴撃を落とした鐶は顔を上げた。
「研究を、始めようか」
 白衣がひらりと揺れる。一筋の赫灼はその仕草と共に鮮やかに揺れて見せた。竜の誇りをひた隠し、人の様に振舞い見せた鐶の瞳に映るのは鮮やかな青。
 彼から匂い立った甘さは根も葉も花をも食せる草木の薫。鐶の眼前に銀影が走り寄らんと手を伸ばした。
「ノーレ」
 一つ呼び、クラレットはつめたくふる海の如く、小さなコインを指先で弄ぶ。おおらかに、その心の奥底に浮かんだのは剥製にすれば取り返せないものも取り戻せるのだろうかと――冷たい風が雪原を生み出した。
「ゆめゆめ忘れる事勿れ、君の世は――」
 その命の果てを見据える如く、男は跳ねる。一度死んだ己を忘れる様に乾いた喉から焔滾らせ、灰霞の髪揺らす。
「コッチだ」
 呼ぶ声に、金陽がつられたように顔上げたその刹那、ズキリと鼓動が疼く様に頭に奔った痛みを耐えて辰乃は『悪意』を感じ取る。
 棗が受け止め、前線へと癒しを贈った彼女は日常の『根の駆除作業』の如く目の前の男二人を見つめた。
「筋は無く、話も無く、されど我が心象は此処に。――我が色彩は、此処に」
 それは文芸的であるからして詩的に光の雨降らす。その癒しの下で、赤い髪を揺らした彼女はたん、と地面を踏みしめた。
 長いスカートが揺れる。後方へと下がった辰乃の眼前で羊の様にふわりと気を揺らした相棒は銀影の攻撃を受け止める。
「畢竟、貴方方は油断をしています」
 淡々と告げた女の言葉は冷ややかだ。
 その声に顔上げた銀影の眼前で涙を滲ませたジルカが唇を噛み締めた。奪わせるものか、理不尽な痛みを払う様に――彼は両足に力を籠める。
 静寂の、それでも尚も音響くその空間で辰乃は理不尽なる痛みを払いジルカがそれを感じ取る。
 身体をぶつけたグラックの唸り声を聞きながらルルドの足元から伸びた黒き影が『吼』えた。
「燃えろ、その宝石が尽きるまで」
 ぶつけた拳、蒼い花の名を冠した手甲をぶつけ合わせてルルドの元から牙を剥く。どろりと毒の如く浸食した痛みに呻く銀影が手を伸ばす。
 一歩下がったルルドの元へと飛び込むローデッドは霞む焔の向こうで薄氷の瞳を細めて笑った。
「――後悔すンのが遅ェぞ」
 周囲に広がる薄氷の色。包まれれば浄土の道が其方に見える。気怠い世を払う様に復讐心が拳へと乗る。
 這いずり回った獣毒に蝕まれた螺旋忍軍のいのちの重さを払う様にルルドは目を伏せた。
 ざあ、と吹く風の下、金陽の反撃を受け流して棗が鳴けばペコラが癒す。そして、背後より顔を出した鐶の周辺に蝶の意匠のカードがひらりと舞った。
 鐶の許で馨る灰。焔を待ち望んだそれの薫に鼻を鳴らして彼は言葉少なに相手を送る。青花のもと――葬送を奏でれば、金の髪の男は我武者羅に只、猟犬たちの許へと走り寄った。
 癒しを贈る辰乃の眼前で、身を挺し、金陽を食い止めた白が両翼を揺らす。
「これを受けても、まだ立っていられたら……――大したものじゃ」
 刹那、金陽の眼前に彼はいた。身がその勢いの儘ごろりと転がっていく。
「ふうん」
 淡々と、その行為を見つめていたかだんが拳を固める。柔らかな土を踏みしめ身を捻り上げれば、その拳が向かうのは只――眼前の存在。
「砕けろ」
 芽吹きの春を忘れる様に、鮮やかな時を止める様に。
 彼女の拳は唸りを上げて螺旋忍軍を殴りつける。ちらりと脳裏に浮かんだのは拙くも美しい永遠の箱庭――嗚呼、あの中で友人は楽しく生きていてくれるのだろうか?


「月明かりは平気かい? 入用なら翼でも傘にして呉れ」
 月の色をちらと見遣ってローデッドは「満月じゃねェなら問題ねェよ」とからりと笑った。
 クラレットは剥製にした子を連れて来たんだと掌を窄めた場所に目白をちょこりと乗せて花を見上げる。
「メジロ、桜の蜜が好きな鳥だからなあ」
 花に目白。風流だとローデッドが笑えばクラレットは柔らかに目を細めた。
「いのちないものを留めておくのはむつかしいなあ。君のは、いのちは吹き込めたか?」
 足元の石をころりと蹴り飛ばし、「そりゃバッチリさ」と己の手先を誇る様に兎は胸を張った。
 はらりと散った花弁。掌で囀る時を待つ骸の鳥。その姿をスマートフォンで映せば冷たい指先で花を摘まんだクラレットは瞬いた。
「どうせ残すなら美人に撮って呉れ」
 白が用意したのは義姉が経営する『丑寅の待合所』の名物『丑寅まん』。
 ジオラマの完成にハイタッチを一つ。美しくできただろうかと歓び見せたかだんと白に鐶は一つ頷いた。
 名物であることもあり美味ではあるのだが――そこから、首を僅かに傾いだ白は何も言わない。
「……これはおいしい?」
 一見して普通の中華まん。腹が空いたと手に取り続けたかだんは何か気味の悪い感覚を覚えて白を見遣った。先程、手を打ち合わせた中だ。そうそう、悪いものではないはずなのだが――……ゆっくりと、文字通りゆっくりと頬張ったかだんの表情は徐々に曇っていく。
「……おいしく、なかったか?」
 問い掛ける鐶の声に、心底悲し気に表情を歪めて見せたかだんは刹那気に眉を寄せた。
 聞こえる声に胸落ち着かせ、ジルカは滲んだ涙を拭いて傍らのペコラにすり寄った。
 過去の惧れが胸の中に渦巻いて、虚勢は何時しか本物になるはずだと己が作り上げた恐怖のかたちを確かめる様に息をつく。
 傍らでチョコレートを取り出したペコラは「なおん」と主人を励ます様に楽し気に鳴いた。
「……うん、そうだね」
 ジルカの小さな翼が風にぱたりと揺れる。宵色に落ちた花弁は月の光で白んでいた。
 鮮やかな月、薄らと霞んだ雲間を見つめて辰乃は小さく息を吐く。
「もう鳴く喉はなくたって……きっとおじさんには――俺も、確かに聞いていたんだ」
 月と桜。ふわりと揺れたそれに作品を翳せば花を通して光が漏れる。その美しさは努力が重なれば何よりも美しい。
 辰乃の傍らでちょこりと座った棗の頭へと花弁が降り注ぐ。
「棗」
 呼ぶ名前に顔を上げる子竜は雪が降った日の様に嬉し気にぴょこりと跳ねて見せた。
「命を護り、営みを護る――それが、私達の役目ならば」
 こうして静寂のかたちをつくること、それはどれ程に美しいことか。
 ゆっくりと、その場を後にしながらルルドは空を見上げる。そこにあるのは丸い月。
 見上げた月色は明るく、いのちの形は確かにそこにあった。

作者:菖蒲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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