ミッション破壊作戦～剣魂一擲

■リプレイ

●霹靂八閃
　何処へなりとの台詞通りにケルベロス達が望んだ場所へとヘリオンは一途、北上した。
　札幌市手稲区上空。
　そこは一時代を築いたと表現するにはあまりにも一瞬で盛衰を駆け抜け、もはや残滓すら不確かな『夢』。彼らが目指した場所はそんな鉱山跡だった。
「あれから２か月……」
　眼下の雪景色は『前』と比べればまばらでゆっくりと春へと溶けつつある様だ。
　だが一角を占める白き膜の如くに凝り続ける回廊は依然として顕在であると決戦の装束を纏う天崎・祇音（霹靂神・e00948）の双眸に小剣は伝える。
「――『不変』」
　祇音の伴侶であり１度目の破壊作戦でも共に在った一色・紅染（脆弱なる致死の礫塊・e12835）のたった一言には万感の想いが篭る。
　前回は、届かなかった、訳ではない。そして今回も、揺らし得るのだ、と。
　少女にすら見紛う繊麗な横顔は今、不変非ざる『変化』の為の戦いを前に、悲壮すら漂う気迫を漲らせていた。
　一方で、ネロ・ダハーカ（マグメルの柩・e00662）の纏う空気は何処か気怠い常のまま。
「良くもまあ人の命運を勝手に弄んでくれる事だ」
「ここに居座るのもここまでだって思い知らせたげなきゃだよね、ネロちゃん」
　隣で元気いっぱい気合を入れる野々宮・イチカ（ギミカルハート・e13344）の台詞に鷹揚と其の通りだと頷いた後、グラディウスを今一度胸の前へと立てた。
　深藍の双眸が伏せられまるで儀礼めいた所作の後、さあ往くぞと鬨の声はあげられる。
（「――今は変わりたくて此処にいる」）
　嘗ての日々を想い、戦いに臨むにあたり連城・最中（隠逸花・e01567）がゆっくりと眼鏡を外した。

　――八つの光と二つの添え星が、一筋の流星となって今、ヘリオンから放たれる。

　誰よりも先駆けて天翔けたのは、オオカミたる銀色の女神。
「変化を求めるのはここで終わりにしてもらおう、アエテルヌスよ！　ここで引導を渡す……っ！」
　初めての破壊作戦では砕けなかったバリアとその向こうに待つであろう『宿敵』との決着を渇望する祇音に呼応し、振り翳したグラディウスからは強く『雷』の気が稲光る。
　雪辱を――そして今度こそ、守るべき人々に穏やかな日常を。
「轟き応えよ、グラディウス……！」
「この世界は、僕たちの生きてきた証、生きていく故郷。奪われたままになんて、できない……させない……！」
　紅染もまた願い請う想いは同じ。篭もり震えるばかりが常のその声は、今、守るべき空へと響き渡る。
「取り戻すために……！　もう一度、全てを込めて……！　――壊す……！」
　紅き荒魂などではない『己』自身から絞り出されたその叫びを慈しむように小剣は輝きを強め高らかに脈動し続ける。

　再びであろうと初めてであろうと、やがては世界全てへと牙剥く歪な『変化』を憎む心の強さに違いは無い。
「ケルベロスとして、何よりこの世界を愛す一個人として、この回廊は破壊する……」
　託された小剣をクレア・エインズワース（陽色の獣・e03680）は勘任せに振り回す。
　いまだ未熟な獣であると己を知り、それでも、闘うことも進むことも決して諦めることはない。クレアはどこまでもクレアであるが故に。
「此処は、この世界は、あんたらが好き勝手していいところじゃないんだ――疾く、消えろ！！！」
　少年の掌から生まれた灯はいつしか影ひとつ寄せつけぬ『陽』の眩さを以って悪しき夢を圧し始める。そんな真昼の輝きに並び立ち、舞い降りたるはひとつの『夜』。
「我らを脅かす回廊など見過ごすものか。灰燼の如く消え失せよデウスエクス、……その身諸共ね」
　ケルベロスでなければ為せぬ事を為す。彼女にとってそれはもはや『覚悟』ですらなく、ただ魂の在り様だ。
「――仇敵討ち滅ぼす為の力よ、この掌に疾く宿れ。その為の鋒となれ、グラディウス」
　其れは『怨嗟』だと夜の娘は謳いあげた。此れは『憎悪』だと魔女は刃鳴らせた。
「轟いては唸り吼えよ、道を啓け。ケルベロスたるネロがその使命を果たすのだから！」
　壮麗たる光威すら湛えて伸びた切っ先の昏さは、白き衣のレプリカントの小さなハートにも、ちくり、刺さる。友だちがデウスエクスに向けて発した拒絶の色のあまりの冷たさに、イチカは少しだけ身動ぎした。
　だが知らず縋るように握った手に伝わるグラディウスの感触。わたしたちは同じなのだ。
　侵略の為の兵器だって地球をすくうかけがえのない力へとこうやって変われる。
「ここにいられるのは地球が、ひとが好きになったデウスエクスだけ。きみたちはここにいるべきじゃない」
　ひとたび震え縮こまった分より大きく、揺り戻すかのようにいっそうの深みから、少女の想いは膨れ上がる。
「――わたしのたいせつな星、もう土足では踏み込ませないよ！」
　またたく星々を掻き集めたかの様に光は一矢へと集束してゆく。躊躇いも衒いもない無垢な『星』の温もりへと。
　一番星を指差す童心を刹那思い出し、灰瞳を細めて続くは金尾を気流へと踊らせる雌狐。
「さあて、たまには年頃の恋い焦がれるお嬢さんみたいに……情熱的にいきましょうか」
　あら、おばちゃんは充分押しが強い？　失礼しちゃうわねと、ウィンク一つ。
「こんなおばちゃんでも、それなりに護りたいものや……譲れないものがある訳よ」
　海千山千、そんな己に自覚のあるユーシス・ボールドウィン（ウェアライダーの鹵獲術士・e32288）だったが眼下で次々に生まれた輝きを前に、もうすっかりと着慣れてしまった韜晦を一つ一つ脱ぎ捨ててゆく。
「私の仕事は楽しいひととき……現実を忘れた夢のような時間を提供すること」
　稼業とする故にこそ、ユーシスはドリームイーターというある種の宿敵に対して真っ直ぐな怒りを吐露させる。
「そんな、夢を食い物にする連中は許せないの！　人様の夢を喰らうような奴らは――地獄の番犬様に喰われるのがお似合いよ！」
　王子様の剣は今や完全に己が『牙』へと研ぎ澄まされ、敵の喉仏へと一気に喰らいつく。

　最中が嫌うのは変化そのものではない。それは生に伴うものだから。
「……俺は、誰かの日常を壊される事が何より嫌いだ」
　忌むべきは理不尽に齎される変化。
　ぽつりぽつとり紡がれる彼の言葉を光剣はただ受け止め、纏う輝きを増してゆく。
　この地球の上で、誰かの当たり前が続くように。この世界の中で、優しい人が優しい儘でいられるように。そんな彼の祈りは『抗い』となり……。
「理不尽な悲しみを消し去る為に、守り抜く力を――想いならありったけ呉れてやる！」
　『抗い』は彼の力となる。厳然と今そこにある理不尽を砕いてみせよと小剣は螺旋渦巻く光彩と化して彼の想いに応える。
　――ちりちりと。導火線のように幻肢痛のように。
　いまだ風冷たい北の空へ紅椿を舞い咲かせ、宝来・凛（鳳蝶・e23534）は囚われた領域を見据えていた。多くのケルベロス達が日々押し返し続けてようやくこの災厄は鉱山跡のみに留められているのだ。
「人里に悪夢が齎されんように、望まぬ変化を強いられる人が出んように。この地の在るべき姿を取戻してみせる」
　災厄の源の名は強襲型魔空回廊。もう何ひとつ呑み込ませぬと灼獄宿す少女は吼える。
「平穏な日常を地獄に塗り替えんとする侵略者は、絶対許さへん……！」
　片視野を揺らす『炎』が一瞬、今はもう無い故郷の光景を映した後に、グラディウスへと零れて滲み入る。涙滴の如くに――散り散りと。

　作戦だから、ではない。
　突き立てよと。各々の心が、そうせよと、命じるままにそれらすべては行われたのだ。

　かくして。
　いまやグラビティ・チェインの奔流そのものと化した八つの切っ先と魂が悪夢の白き殻へともたらしたのは、永遠非ざる――『変化』だ。

●氷晶迷柩
　――夢はいつしか醒めるもの。
　まるで『世界』そのものがそう告げるかのように無慈悲に唐突に、それはひび割れ、墜ちていった。凍てつく天蓋へと閉じ込められていた万色が天へと解き放たれるようにして極光の帯を発し、やがてはそれすら夢であったかのように跡形無く消えゆく……その内に。
　ケルベロス一行は悠々と着地を果たす。

　幾重もの爆炎と雷光がないまぜに世界を掻き混ぜ、詰める夢喰いの精兵達を嘲笑う。
　一度目の攻撃は痛手ではあった。二度目もあるかもしれぬ。だが……たったそれだけで、陥落する拠点では無かった筈との驕りや油断が敵勢には有った。
　突然の天からの霹靂とそれらがもたらした回廊の完全破壊はそんな彼らにとってまさしく『悪夢』以外の何物でもなかっただろう。本軍との接続を完全に断ち切られた彼らはもはや根無し草として刈られるを待つ以外無いのだから。
　ある者は狂乱して逃げ惑い、ある者は憤怒と共にせめてもこの崩壊をもたらした侵入者を血祭りにと奔走する。

「僕たちの想い、確かに届いたようですね」
「ようやくじゃの紅染」
　そんな戦果の余韻に浸る間も無くケルベロス達の撤退戦は始まっていた。
　攻城槌としての役割を終えたグラディウスは今や防御壁として混乱に乗じて敵陣中を往く彼らを護り、覆い隠してくれている。　――だが。
『……変化……を』
　不意に。
　心へと直接響きわたるような少女の声と冷気とが、ケルベロス達の背へと追い縋る。
「確かにこの手で完全に叩き伏せてやったと思うとったが……それもまた、『不変』の力とやらのしわざかのアエテルヌス」
　咄嗟に建御雷神を抜き放った祇音だったがモザイク蠢く結晶片は既にその片腕へと纏わりついていた。
　だが前列へと浴びせられた結晶光の威力は陣の厚さでもって半減され、また事前情報の豊富さを活かし装備でもって回避の優位を確保した者も少なくない。
　紅染のメタリックバーストに癒され極限まで感覚を研ぎ澄ませた５人と１体はアエテルヌスと呼ばれた敵へと対峙する。
『……その変化を……頂戴……』
「残念ながら。我らの刃が埋まるのはお前の欠損ではなく、心臓だ」
　格上を相手に廻しての戦いと、せせら笑う軽口とは裏腹に細心の集中をもって、ネロは竜の鉄槌を振り下ろす。伝わるは硬い手ごたえと微かな破砕音。
「そんなに望んだ変化やったらもうとっくに叶えたったやろ。回廊の破壊っちゅう、最高の変化で以ってな！」
　仲間と声を掛け合い、遠間へと距離を取って死角を生まぬ視野を確保した凛がすかさず時空凍結弾で追い撃てば、心得たとばかりの阿吽の呼吸で『瑶』の尾からも支援射撃の猫輪が投じられた。
「爪牙突き立て食い破ったろか、瑶！」

　ケルベロスが敷くは治癒担う紅染すらも最前衛へと置く超攻撃的な短期決戦仕様の布陣。
　対するアエテルヌスはといえば、回廊すら消し去ったケルベロスから己の欠落を埋め得る『変化』を奪取し得ると歓喜の感情すら滲ませての猛攻に――。
「……当然来るって思ったら……なんなんだよアンタ」
　超至近にまで肉薄して繰り出す『劫火・終陽』でクレアが灼きつけた炎すらも不変なる輝きの前には凍てつきその熱を止めてしまう。
　だが素直なクレアが毒吐き、思わず首をかしげたのはそこについてではない。
『……このモザイクを……晴らす、変化を……』
「他に変化を求めても貴女が変われる訳じゃない――『変化』を欠落させるとはそういう事なんだろう」
　星辰の刃を振るい、水晶の護りを打ち砕きながら最中は淡々と少年の疑問に答えた。
　強敵たるメディックとして対策を練りあげてきたこの敵は……どれ程の状況の激変に曝されようと決してメディックとしてしか立ち振舞えない敵でもあるのだと。
　ただでさえ格上の敵。回廊破壊に激昂を見せ、事前対策したメディック以外のポジションでいきなり立ち廻られでもしていたらまた別の対応に追われたかもしれない。
　今のこの状況はむしろ好都合――だが、それでも。
「きみは地球を好きになれないデウスエクスじゃなくて……なんにも好きにはなれないように生まれついてしまったんだね……」
　イチカは哀しげに呟いた。治癒を上回る速度で投射される殺神ウイルスとジグザグの切開は確実に水晶を蝕みつつある。
「たったひとつの夢を堂々巡り。『夢はひとつ』なんて決まりはないのに。ふふ。あなたは強いけど脆いのね……」
　ならばせめてとびっきりの『夢』をとユーシスが紡いだ竜語魔法は天昇るドラゴンの幻影から降り注がれた雷撃の檻。

　幾たびかその身を挺して祇音らケルベロスを護り尽くした後、ボクスドラゴンの『レイジ』の姿が戦場から消失する。
　初めての脱落者が出た頃には戦いの趨勢は既にケルベロス優勢へと決しつつあった。
「いっしょならだいじょうぶ。何があってもきっと守ってみせる。だから、ネロちゃん！」
　厭う機械部位さえ晒してのイチカ渾身の迎撃の前に、不変感染の侵蝕は結晶を形づくる直前で相殺され、透明な煌めきだけを残して宙に残して霧散する。
『此岸に憾みし山羊に一夜の添い臥しを、彼岸に航りし仔羊に永久の朝を……』
　捻り、捩じ、縊り――ネロが編む式と術との前には相反する『不変』『変化』も等しく皆同じ。無へと捧げられるだけのもの。
「――大人しく永久の眠りに就くが良い、氷漬けの君よ」
　既にデウスエクスとケルベロスの間に横たわった力量差は戦術によって埋められ、敵回復を上回る集中砲火は撤退戦を妨げぬ迅速な決着へと結実しつつある。
「此処は、この星はアンタらの場所やない。悪夢焼き尽くして――消え去ってもらう！」
　これ以上もう『地獄』齎す変化など起こさせない、食い止めたると、心身に燻る炎を凛が解き放てば。紅い胡蝶が舞い踊り、水晶柩ごと葬らんばかりに『業華』の花は燃え盛る。

「天崎さん……貴女が望む終焉を、どうか」
　抜き放った剣刃に『星影』宿らせ振り撒いた最中が穏やかに導き、囁く。

『――神罰、逆行』
　紅染の神降ろしの一声は、裁きの雷罰を引寄せ撒き散らす外法の中の外法。
　冷静を手離さぬままこの『国津罪』を執り行う畏れは、並び立つ愛しい者の気配の前に彼の内で霧散した。
『――天罰、執行』
　続けざま、今度は祇音が厳かに神降ろしの声を発せば黒き霊鎧の間から覗く素肌にぞぞりとのたうつように穢れの紋様が浮かび上がる。
　おぞましいそれらを一笑に付して『天津罪』を更に高めれば、添い立つ者の罪に罪重ねる慶びに大気が震える。
　虚ろな瞳のままで水晶の少女は独り、一身に、その衝撃すべてを受け止めた。
　そこには何の恐怖も、憎悪すらも表れず……何ひとつ変わることなく、唯、アエテルヌスというデウスエクスの死というたった一つの『変化』だけが生まれて――爆ぜた。

　その後。
　ケルベロス一行は水晶化から解放されつつある無人の廃坑道をひた走り、誰一人欠ける事なく全てのグラディウスを持ち帰り、勢力圏への脱出を果たす。
　此処にまた一つ――人類は新たな勝利を重ね、その領域をデウスエクスの手から見事取り戻したのだ。

作者：銀條彦	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年4月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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