もちパ!

作者:吉北遥人

●山奥にて
 もういらない。そう言われた。
 買って損した。そうなじられ、ベトベトのまま冷たい場所に捨て去られた。
 そんな代物だったからこそ、小型ダモクレスによってロボ化したときの第一声が、切実に響いたのかもしれない。
『ペッタンペッタン餅ツキタイ!』
 内蔵の杵(のし棒)を作動しかけて、餅つきロボはハタと止まった。
 つこうにも、『もち米』がなければ始まらない。

●ヘリオン内
「そうして人里に現れた餅つきロボは、もち米の代わりに人間を……」
 そこで言葉を切って、ティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)はケルベロスたちに視線を戻した。
「とまあ、これは放置しちゃったらの話。郁のおかげで早めにキャッチできたし、そうなる前に対処できるよ」
 とある山中に捨てられていた餅つき機はロボ化の後、住宅地へ向かって一直線に山を下りだす。
 迎撃地点は、その途中の山道がいいだろう。それなりに広く、もともと人気がないため人払いの必要もない。
「餅つきロボについてだけど、見た目は炊飯器型の餅つき機が大きくなって、手足が生えてるかんじ」
 機械的ヒールの影響か、ボディは新品のようにピカピカ。
 攻撃方法は一種類だけで、捕まえた対象を体内に放り込み、杵でつき回すというもの。
 強力な反面、見切るのは容易。しかし敵のポジションがキャスターのため、対策しなければ痛手となるかもしれない。
「それと、とにかくお餅をつきたがってるね。人間を襲ってグラビティ・チェインを奪おうとはしてるけど、残留意志ってやつかな。一番はお餅みたい」
「ひょっとして、その性質を利用できるのでしょうか?」
 足下でじゃれる玉響にかまいつつ苑上・郁(糸遊・e29406)が訊ねた。
「たとえば、お餅の材料をロボさんの中に入れたら足止めできるとか――」
「うん、戦いを中断して、お餅を作り始める。さらには人間が食べるサイズに分けてくれたりする」
「そこまでしてくれるんですか」
「まあ、食器や調味料までロボが持ってるわけじゃないけどね」
 そのあたりは材料と合わせて各自で用意というところか。
「そういえば現場の山道近くに桜が咲いてるよ。見晴らしも良さそうだし、お餅でお花見するのもいいかも」
 ポンと手を叩いてティトリートは提案した。ほら、桜餅って言うでしょ、と。


参加者
楚・思江(楽都在爾生中・e01131)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)
ハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646)
苑上・葬(葬送詩・e32545)
楠木・晴翔(もふりたいならもふらせろ・e33150)
ライ・ハマト(銀槍の来訪者・e36485)

■リプレイ

●餅との遭遇
 日当たり良好、人里遠し。
 のどかな山道に重い震動と、高らかな願望の叫びが響いた。
『餅ツキタイ!』
 木々を乾燥しきった餅のように容易くへし折りながら山道に飛び出て来たダモクレス――餅つきロボが、漆黒の甲冑の前で急停止した。固そうだが関係ない。降って湧いた『材料』に喜々として襲いかかる――。
「待て、デウスエクス。あれが見えないのか?」
 甲冑姿のレプリカントの青年、ハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646)の言葉に――正確には、ハートレスが示した物に――餅つきロボの動きが止まった。
 そこでは七人のケルベロスがそれぞれ透明袋を持っていた。大きさはまちまちで、ライ・ハマト(銀槍の来訪者・e36485)の袋は小振りだし、楚・思江(楽都在爾生中・e01131)のは肩に担ぐほど。びっしりと詰まっているのはお餅の材料、白いもち米だ。
『~~~~!』
「ククッ、嬉しそうだな」
 まるで恋人にでも会えたかのように跳ね寄ってきた餅つきロボに、楠木・晴翔(もふりたいならもふらせろ・e33150)が袋を見せつけるように掲げた。もち米はすでに水切りまで済ませている。
「人間をつかせるのは無理だけど、これならいっぱいつかせてやるぜ。その分、たらふく食わせてくれよな」
「この敵、ちょっと可愛いよね。炊飯器に手足生えてて面白い♪」
 ミニチュアで飾っておいたら可愛いかな? なんて思いつつ、プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)は屈託ない笑みをこぼした。頭の蓋を開けて屈んだロボに、テレビウムのいちまると一緒にもち米を投入する。
「無防備ね……ちょっと、レーシィ!」
 警戒半分、材料を入れてもらえると信じて疑ってないようなロボに呆れ半分のクリュー・シルバーベル(骼花・e34165)。その手からテレビウムのレーシィがパッともち米をかすめ取った。してやったとばかりに頭上に持ち上げながらしばらく走りまわったのち、皆と同じように中身をロボの臼内にシュートする。
 全員で入れていくうちにロボの蓋がゆっくりと閉じた。まだ材料を全部入れきってないが、適量に達したらしい。微振動を起こすロボからケルベロスたちが距離を取る。
『~~♪』
 鎮座したロボから軽快な電子音が流れ、餅つきタイムの始まりを告げた。

●インスタントモチメイカー
「グラビティよりも餅つきを優先か。その弱点、見逃しはせん」
 いかに見た目や動きがコミカルだろうとデウスエクスに変わりない。ロボのタイマーが残り三分と表示されているのを確認すると、ハートレスは自身を地獄の炎で覆った。
 戦いはもう始まっている。ロボが餅をついている間、その時間を己の力を高めるのに費やす。それがケルベロスたちの作戦方針だった。
「三分か……思っていたより早いな」
 一般的な市販製品のつき上がり時間が十五分くらいだから、凄まじい性能だ。人間を餅になどしなければ、まだまだ役目を果たしてくれそうなのになぁ――仲間たち同様にオウガ粒子を散布しながら、ライが無念を噛みしめる。
「たとえ一時間かかろうとオレは待つけどな! だってダモクレス退治もできてモチも食えるなんて、最高だろ? オレにはうってつけの依頼だぜ。待ち時間なんかメじゃねぇよ」
「違ぇねえ。そもそも餅つきは時間がかかるもんだしな……それにしても」
 食欲全開に晴翔が言い放って、思江もおおいに同調した。それから改めて餅つきロボに目を戻す。歌ってるようにも見える楽しげなロボに向ける視線は、憐れみのものだった。
「……ああ、なんかこう、妙に悪ィことしてるような気がするのは――まあ、しょうがねえんだろうな……」
 こんな陽気な季節に捨てられたあげく、ダモクレスに取り付かれた不憫な存在。
 そしてそれに、いいように餅を作らせている自分たち……。
「あー……せめてなるべく手早く済ませてやるからな」
 罪悪感を追い払うように思江もエンチャントに集中する。
「……餅をつき終えたら用済み、というのも可哀相な気もするけれど……餅をつくことができるのなら、多少は満足して逝けるのかしら」
「務めを果たす、か……最期は、思う存分に全うさせてあげたいものだけれど」
 顎に指を添えて物思うクリューに、館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)も無表情のまま同意を示した。
 詩月自身も調味料をたくさん用意したりと、食べる方に気合いが入っているようだったが、眼鏡の奥、ロボを見つめる赤瞳には憂いの色がある。
「せめてもの手向けができれば良いな」
「人の気紛れの所為で洗われもせずに廃棄されたか……」
 苑上・葬(葬送詩・e32545)の声には悔恨にも似た謝罪の念が滲んでいた。餅つき機の身の上を聞くや涙した妹を思い出しつつ、餅つきロボに歩み寄る。
 機能を全うできるようになった、その点についてはダモクレスのお陰と言えるかもしれない。だが――。
「沢山の人々を襲わせる訳にはいかない」
 最後の餅つきを、せめてここで存分に楽しんでくれ――葬がそう願ったとき、甲高い電子音が鳴る。タイマーがちょうどゼロになったのだ。

 本来なら火傷に気を付けながら取り出し、餅を食べごろサイズにちぎるところだが、今回はその必要はない。餅つきロボがつきあげたばかりの餅を直接、てきぱきと綺麗にちぎっていく。
「美味そうだな。ありがとう」
 重箱に餅を確保して、葬が礼を言った。真っ直ぐな謝辞に照れたかのように、ロボがしゅぼっと蒸気を噴く。
「おかわりいくぜぇ」
「そら追加だ!」
 皆が容器に受け取って臼内の餅がなくなったあたりで、思江と晴翔が材料を追加した。まだまだ餅をつけることを喜ぶようにロボが全身を震わせ、再び餅つきタイムが始まる。
 さっきより量が少ないのもあり、今度は二分で終わった。さっきと同様に餅をちぎり分けると、次の材料投入を待つようにロボが蓋を開けたまま屈む。
 だが、おかわりはなかなか入れられなかった。ケルベロスたちは餅を詰めた容器を戦闘の邪魔にならない場所まで運んでいる。
 もうもち米はなくなったのだ――そう気付いたかどうかはわからないが、少なくともロボにその事実を受け入れる意思がないのは明白だった。
『モットペッタン餅ツキタイ!』
 蓋を開けたままロボが走りだす。突進の先にいるのはプルトーネだ。臼が大型獣の顎門のようにプルトーネに食らいつく――。
「ほぼ新品で捨てられちゃうのって、使ったものを捨ててあるより悲しいね……」
 噛み合う臼と蓋を、プルトーネは軽やかなステップで回避した。桜の散りばめられた服を風になびかせ、すれ違いざまに弓を射る。矢はホーミングし、ロボの脚を精確に射抜いた。
「これだけ餅を作った直後でも、人を襲ってしまうか……」
 地響きを立てて倒れるロボを悲しげに見やりながら、ライは手にしたミネラルウォーターのボトルを逆さにした。彼女の掌に落ちる水にグラビティチェインが絡まり、水はその性質のまま長い槍状に形成される。
「河の神の力でできた槍をご所望かな?」
 投擲された河伯槍が風を切った。纏うオウガ粒子を煌めかせながら、立ち上がろうとするロボの胴体に深く突き刺さる。
 本体に火花が散るが、それに呻く暇すらロボにはなかった。横合いからライドキャリバーのサイレントイレブンが突進し、敵の体をへこませる。間髪を容れずに同じ箇所に熱線が撃ち込まれた。
「貴様を焼き尽くす」
 ハートレスの無慈悲な宣告が敵を打った。
 五ターンに渡って強化された炎はロボの耐久力をごっそりと持っていった。甲冑の各部に出現した砲身から放たれる苛烈な砲撃を、焼かれながらもロボは転がって逃れる。だがその先では思江が指先にグラビティを集中していた。
「気持ちはわかるぜぇ、つくために生まれてきたんだしよ!」
 思江も料理人だから共感できた。このロボは餅をつくことがアイデンティティで、それができなければ生きていけない。それは仕方のないことで、ロボが悪いわけではない。
 だが――。
「流石に俺らまで見境なくついて回ろうってなぁ、ちょっとどうかと思うぜぇ!」
 突き込んだ指先は、ロボの腕の気脈を断った。不意に重みを増した片腕にロボがバランスを崩し、ローリングが不安定な姿勢で急停止する。
 クリューが爆破スイッチを押し込んだ。直後、跳躍していた晴翔の背からカラフルな爆煙が発生する。
「悔いが残らねぇくらい餅はつけたかよ」
 白い流星のごとき蹴撃は、真下の土砂ごとロボを持ち上げた。跳ね転がってからヨロヨロと身を起こしかけたときには、土煙を破って詩月が斬り込んでいる。その手に振りかざすは冴え冴えとした輝きを放つ刃。
「これにて閉幕――貴方は役目を十分に果たしましたよ」
 憐れみ、感謝、敬意――万感の想いをこめて振り抜いた月下氷刃は餅つき機の天から地までを両断した。内部の臼を砕き、のし棒をも破壊した一撃はロボにとってほぼ致命傷だ。起き上がる力すら失い、ロボが横たわる……。
 ロボの真ん前に餅が現れたのはそのときだった。
『――――』
 先ほどロボがちぎって丸めた餅。お椀に入ったそれを持っているのは葬だった。
「お前がついてくれた餅のお陰で、楽しい花見のひと時が過ごせそうだよ。お前は無駄ではなかった。ちゃんと役に立ったさ」
 ろくに機能を果たせずに捨てられた。何のために餅をつくのか知ることもなく捨てられた。
 そんな餅つき機が本当にかけられたかった言葉はこれだったのかもしれない。
 その気持ちが伝わったかどうかはわからない。それでも、届いたと信じて。
「だから、安心してお休み」
 さよならの代わりに、葬はロボの頭にそっと掌を添えた――。

●花見餅
「お花見♪ お花見♪」
 羽根をぱたぱたさせてプルトーネが飛んできた。提げるバスケットに入っているのはお餅のために持参した調味料だ。
 戦場と周辺の木々を急いでヒールしたのち、ケルベロスたちは少し離れた桜並木まで来ていた。山道の端側に並ぶ満開の桜の下は充分広い。見晴らしも良好で、眼下に街を収めるのに加え、遠くの山々を彩るピンク模様まではっきり見える。
「早く食おうぜー。オレもう我慢できねぇ!」
 広げたシートにどっかと座るや晴翔が容器を開けた。まだ湯気の立つ餅を四つの皿に取り分けると、それぞれに醤油、海苔、きな粉、あんこをつけたりくるんだりして口にする。
「うっめぇ! 最高だぜ」
 人生をこのためだけに生きてるような爽快な表情で晴翔が絶賛した。目を光らせて次々と餅を胃袋に放り込んでいく。
「……レーシィ、調味料で遊んじゃだめよ」
 自分たちの分を食欲魔神からしっかり遠ざけつつ、クリューは薔薇のドレスを纏うテレビウムを窘めた。叱られたレーシィが醤油の容器を振るのをやめて、皿に醤油を注ぐ。
「それが食べたいの? 熱いから気をつけて」
 クリューが醤油に餅を浸した。持ち上げたそれにふぅふぅ息を吹きかけてから、醤油液がこぼれないようにしつつレーシィの口に入れてあげる。レーシィが何度か咀嚼しているうちに、どちらともなく笑顔が咲いた。
「良い桜だ……」
 金瞳を細めるライの手元には大好物の桜餅。持参した塩漬けの桜の花とこし餡を、ついてもらった餅に挟み、塩漬けの桜の葉でくるんだものだ。普通の桜餅とは餅の種類は違うが、これもまた乙な物だ。
「桜湯はいかがかな?」
「わぁ、ありがとう!」
 ライから受け取って、プルトーネはいちまると並んで杯を傾けた。温かな塩味が体にしみこむようだ。
「お餅も美味しいね……思う存分つけたかなあ」
 餅つき機械さんありがとう――青空にプルトーネは微笑んだ。
「つきたての餅を食べたのは初めてだが、悪くない」
 ライドキャリバーを傍らに、ハートレスが餅を食べる。慣れない食感を確かめるような彼の前に現れたのは詩月だ。
「一人でいないで、こっちに来ない?」
「それはありがたいが……」
 誘う詩月の手にはとっくり。未成年のハートレスは飲酒には付き合えない。
「酌み交わせるのは俺たちだけのようだな」
 酒の席に集まったのは詩月のほか思江と葬だった。乾杯して、思江が盃をぐいとあおる。
「どうだい、いい景色じゃねえか。餅の旨さも際立つぜぇ」
「そうだね」
 シートの上には詩月が味付けした餅がたくさん並んでいた。手早く調理した餅のみならず、お花見用の飲み物やおつまみまで。詩月がどれだけお花見に本気だったのかよくわかる。相変わらずの無表情と淡々とした声音だが、よく見れば心なしか楽しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
「あなたは充分に役に立ってくれました。ゆっくりと休んでくださいね」
 詩月と思江の共通点は成人済みという点だけではなかった。こっそり拾ってきていた、餅つきロボの残骸。
 神棚のように飾り付けたそれに一献供えると、詩月と思江は互いの盃を打ち合わせた。

 妹へのお土産を用意すると、葬は仰向けになった。
 腹は満たされ、振る舞った善哉は好評で心も満ちている。空の広さがとても心地よい。
 ふと葬は舞う花弁に気が付いた。それを掴めば願いが叶う、というおまじないも。
 餅つき機殿が、来世は優しい主人に巡り会えるよう、葬は願った。ひらり舞う花弁へと手を伸ばしながら。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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