傷竜は夕闇に咆える

作者:犬塚ひなこ

●砂色の傷竜
 八竜とも呼ばれた其の竜は今まさに死に瀕していた。
 罅割れた砂色の鱗。赤々と脈打つ躰から滴る血。そして、鋭い爪と深紅の瞳。

 彼の竜の名は――スカードラゴン。

 空が茜色に染まる夕暮れ時。
 荒れ地に飛来した竜は咆哮をあげて激しいブレスを吐き出した。途端に周囲の草木が薙ぎ払われ、放置されていたドラム缶が大きな音を立てて倒れる。同時に彼の躰に刻まれた傷跡からじわりと血が流れ出し、苦しげな声があがった。
「グァ……言う事を聞け、我のカラダよ……!!」
 八竜の名を我が物として猛威を振るったスカードラゴンは今や、定命化――つまり、重グラビティ起因型神性不全症に侵されている。彼に全盛期ほどの体力は残っておらず、嘗て受けた傷跡の治癒すら追い付かぬ状態。死を待つだけの身と成り果てていた。
 しかし、スカードラゴンはただ死にゆくことを由としない。
「何も成さずに死すよりは……ッ! 同胞達の為に、出来る限りの恐怖と憎悪を生み出してやろうぞッ!!」
 力は衰えても彼は最期まで戦う道を選んだ。
 再びスカードラゴンが死に物狂いの咆哮を響かせた事で荒れ地全体が震える。その瞬間、振動の拍子にドラム缶から溢れ出していた油が引火した。炎は瞬く間に広がり、夕焼け空と焔の色が混じって地平線を揺らがせる。
 燃え上がる炎を背にしてスカードラゴンは翼を広げた。
「――人間共に、死と恐怖を!」
 力の限り叫んだドラゴンは遠くに見える街を目指して飛び立つ。
 そして――人々を蹂躙し街を混乱と憎悪の渦に陥れる為の最期の侵略が始まった。

●蹂躙のスカードラゴン
 生き残った八竜のうちの一体、スカードラゴン。
 かの砂色の竜がとある街に降り立ち、破壊と殺戮の限りを尽くす未来が予知された。
「まさかとは思っていたが、スカードラゴンも飛来するなんてな」
「うむ、或る意味では予想通りの到来である!」
 自体を予測した櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)とガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)は襲撃が予知された街と近隣の地図を広げ、スカードラゴン討伐作戦を立てはじめる。
 近頃、次々と襲撃を行っているドラゴンと同様に砂竜も定命化を迎えていた。
 文字通りの死力を振り絞って蹂躙を開始しようとしている彼を放置すれば、人々のグラビティ・チェインが奪われるだけでなく、その恐怖と憎悪によって竜十字島のドラゴン勢力が定命化までの時間的猶予を得てしまう。
「予知された以上は放っておけないからな。協力を頼みたい」
 千梨が集った者達に願うと、傷竜を宿敵とするガルディアンも仲間達を真っ直ぐに見つめる。己の爪が掌に食い込む程に彼の拳は強く握り締められていた。
「以前の敗北は忘れていないのである。今こそ、雪辱を晴らす時であろうさ!!」
 敗北を喫した城ヶ島での戦いは厳しいものだった。
 だが、だからこそこの戦いでスカードラゴンを確実に討ち取りたい。人々の平和を守る為にも、と顔をあげたガルディアンの瞳は勝利だけを見つめていた。

 今回の戦場は街外れの荒れ地。
 幸いにも敵が本格的に街に攻め込む前に人気のない現場に駆け付けることができる。
 スカードラゴンは一体で飛来しているので配下などはいない。
「以前は三十人でも勝てなかった相手らしいが、スカードラゴンの体力はかなり低下している。倒すなら絶好のチャンスってところだな」
 また、八人以上で現場に向かってしまうと予知が歪み、敵が全く別の場所に現れてしまうので少人数での討伐が推奨されていると千梨は告げる。
 スカードラゴンの攻撃方法や戦い方などは以前と変わっていない。
 単純に言えばどちらが先に倒れるか、倒されるかの力比べの戦いとなる。しかしこちらには仲間が居る。一体きりの死に瀕したドラゴンと連携を取れるケルベロス達。この状況をどう取るか、どのような戦略で相手と対峙するかが重要だ。
「スカードラゴンの攻撃力は圧倒的。ゆえに油断は禁物である!」
「腐ってもドラゴンというところか。もちろん、戦うなら全力で刃を向ける心算だ」
 ガルディアンの言葉に頷いた千梨は、本当に腐ってるわけじゃないが、と小さく付け足す。そして、ヘリオライダーから伝え聞いた説明を終えた二人は話を締め括った。
「さあ、いよいよスカードラゴンとの戦いに決着をつけるときである!」
 決意を言葉に変えたガルディアンは力強く立ち上がる。千梨も準備を整え、共に戦に赴く仲間達を手招いて誘った。
「行こうか。終幕を与えに」
 誰かの盾には成れずとも、せめて刃で在れれば――。
 胸の奥に宿る思いはそっと秘め、ケルベロス達は戦場に向かうヘリオンに乗り込んだ。


参加者
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)

■リプレイ

●荒野の咆哮
 炎が燃える。戦場を焦がし、燻らせ、燃え盛る。
 夕暮れ刻の緋色と風に揺れる焔の赤が交じり合う荒野に、其の竜は居た。いずれ死にゆく躰を震わせ、スカードラゴンは咆える。
『――人間共に、死と恐怖を!』
 そして、腕翼を広げた竜が今にも飛び立とうとした、そのとき。
 竜は何者かの気配を察して振り向いた。其処には櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)をはじめとするケルベロス達が立っている。
「お初にお目にかかるな傷竜」
「あの八竜戦から一年。この好機、逃してなるものか。決着を着けようじゃないか」
 千梨がかけた声に続き、ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)が身構えながら敵を見据えた。同様にサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)も敵を見つめる。
 砂色の鱗に紅い瞳、鋭い竜爪。
 覚えている。一年前の熱を、血の赤を、そして――敗北を。あの日、彼の竜に挑んだ戦いの結果は一日たりとも忘れたことがなかった。
『ケルベロス共か。何をしに来た!』
「其方と同じく自身の血で同胞の命を購う為に此処に来た……と、言えば良いかな」
 傷竜が怒号をあげると、構えた千梨が答える。
 今にも戦いの火蓋が切られそうな雰囲気の中、櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)は息を呑む。見据えた竜は死を前にしながらも確りと立っていた。
 そして、レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)が一歩踏み出す。
「一年前のカリきっちり返させて貰う。あの時とは俺らは違うと身を以ってな」
「アタシたちは、以前のままじゃない。アナタも、そうであるように」
 エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)も花緑青の瞳を差し向け、竜の打倒を誓う。
『面白い……。やってみせるが良い! 虫けら共よ!』
 スカードラゴンは唸り声をあげ、番犬達に向き直った。刹那、砂色の竜尾が大きく振るわれる。即座にその動きを察知したティユ・キューブ(虹星・e21021)が仲間の盾となるべく、大きく地面を蹴った。
「報告には聞いていたけれど、この力は……」
 ティユは尾の一閃を受け止め、敵の実力を改めて知る。尾の一撃でこんな痛みが襲い来るなら、その爪はどれほど強いのだろうか。
 先程の一閃を何とか避けたキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は体勢が立て直し、今度は此方の番だと打って出る。
「いつもドラゴンのお仲間には言ってンだがな。何一つてめぇらにくれてやるモノなんざねぇ、ってね。ま、伝わる事はねぇだろーケド」
 キソラは竜槌を強く握り締め、スカードラゴンに向けて駆けた。竜砲弾が解き放たれる最中、叔牙が援護に入る。
 色鮮やかな爆風が巻き起こり、炎の戦場に鼓舞の煙が舞った。
「最も、分かり易い……絶望の、体現者よ。……お相手、仕ります……!」
 僕達、希望の体現者が。
 そう告げた叔牙の眼差しはしかと竜に向けられている。ヨハネも刃を手に取り、緩やかな弧を描く斬撃で敵の鱗を穿った。その瞬間、傷竜が苦しげな呻きをあげる。
「盛者必衰の理という言葉を思い出すな」
 強大だと聞いていた竜は以前と比べるとかなり弱っているとヨハネは実感した。
 ならば決着を付けるのは、今。
 固い意志を抱き、サイガは高々と吼える。
「終わらせようぜ。なぁ、スカードラゴン――!」
 あの時と状況は違えど、此処にいない仲間達の想いはこの胸の中にある。
 その願いを、志を、意思を。
 すべてを引き継いで来たのが自分達なのだから。

●紅き闘志
 咆哮が響き渡り、戦場の炎が激しく揺らめいた。
 荒れ地に焔。照らすのは斜陽。ヨハネは此処こそが傷竜に終わりを齎すに相応しいと感じ、不敵に笑む。
「こうもお誂え向きに戦場を整えてくれるなんて随分と親切だな」
 そうして地面を蹴りあげたヨハネは跳躍した。瞬刻、鋭い蹴撃が見舞われる。更に続いたキソラが掌から気弾を放った。
「どれほどその力が強くとも、俺はお前を屠る刃にでも牙にでもなってやる」
 キソラが普段から付けているオニキスのリングピアスは、今だけは右手の小指にはまっている。それは彼が抱く思いの証だ。
 敵が再び動くと感じたティユは竜槌を構えて前に飛び出した。
「させない。ペルル、後ろは頼むよ」
 振るわれた爪撃を槌で受け止めたティユは地を踏み締める。吹き飛ばされてしまいそうな勢いだったがティユは果敢に耐えた。
 名を呼ばれた匣竜が癒しを紡ぐ中、ティユも輝きの星図を映し出す。
 エヴァンジェリンもドラゴンを瞳に映したまま、星籠の光を握った。一瞬だけ頭に過ぎったのは人々を守れなかった過去。
 だが、今は違う。
「アタシは、盾。守る為に、今、此処に居る」
 両手で包んだ花を高く空へと放てば、花蝶が傷を癒しながら淡く溶けてゆく。エヴァンジェリンからの加護を受けた千梨は己の周囲に結界を張り巡らせた。
「さて、最期の一戦、善き戦いを」
『戯言を。最期となるのは貴様等の方だ!』
 傷竜が叫ぶ中、千梨は蜘蛛糸めいた御業を降した。身を絡め取る糸がスカードラゴンを包み込む。だが、翼を大きく振るった竜は糸を振り払ってしまった。
 それでも、一手も攻撃を止めないと千梨は心に決める。
 叔牙も決して退かぬ覚悟を抱き、駆ける。尾に邪魔をされぬよう身を捩り、叔牙は敵の躰に不可視の爆弾を素早く投げて取り付けた。
「卿の、生きる理由を……ぶつけてくると、良い……!」
 そして、叔牙は起爆ボタンを押す。炸裂音と共に衝撃が散った。
 敵が僅かに揺らいだと察したサイガはスカードラゴンの右手側に回り込んだ。鋼を纏った拳が砂鱗を穿ち、砕く。
 だが、振り向いた傷竜が前衛に狙いを定めた。
「気を付けろ、来る」
 その動きに気付いたレグルスが仲間に注意を呼びかける。されど敵は大きく息を吸い、火のように熱い砂のブレスを解き放った。
『砂に塗れて死すが良いッ!』
 途端に前衛達を砂嵐が襲い、体力を削り取る。しかしサイガは揺るがなかった。
「そんなもんかよ。次はこっちから往くぞ」
 響く痛みは無視して、サイガは敵に喰らい付くが如く二撃目を打ち込む。
 今の彼は誰の犬でもなく、己が証明の為に命を賭す闘士。ただひたすら、敵だけを見据えるサイガを見つめたキソラは拳を握る。
(「拳の届かぬ痛み、悔しさ……分かるとは言えないが、知らない訳じゃない」)
 お前をずっと隣で見てきたから。
 言葉を胸の奥に押し込めたキソラは、サイガが与えた一撃に重ねるようにして槌を振り下ろした。傷に傷を繰り込んだ所為か、傷竜がひときわ強く咆える。
「体を流れるは水。生命の鼓動は水の流れ――」
 その間にレグルスが仲間に向けて薬液の雨を降らせた。
 敵の攻撃は重く厳しいが、このまま守りに徹するのが己の役目。レグルスは静かな決意を裡に秘め、次の一手の機を窺う。
 力任せに暴れる傷竜の躰からは血が滲んでいる。きっとあの傷の中には一年前のあの戦いで出来たものもあるのだろう。
「あれがスカードラゴンと呼ばれる所以か」
 千梨は竜の巨体に駆け登り、差し向けた刃を振り下ろした。
 その隙を突いたティユは横手に回り込む。身軽に戦場を駆けるティユの傍にはペルルがしかとついていた。
 過去の無念は察するに余りあり。だが、それはこの戦いにもうひとつの意味をくれる。そう、この場に居ない仲間の分まで死力を尽くすということ。
「良い知らせを告げるのは得意な方さ」
 ティユはペルルと共に竜の身を裂き、傷を更に広げていった。対する敵は声をあげ、番犬達を睨み付ける。
『人間共よ、恐怖し、憎悪するが良い。この我を、我の力を!』
 するとヨハネが肩を竦め、小さく笑った。その表情には畏怖などはみえない。
「恐怖? そんなもの、ある訳がない」
「憎悪? 違ぇな、之は感謝だ。再び戦える、今日の日への」
 同じく、サイガも口の端をあげた。
「これからお前は希望に殺される。ここが、お前の終焉だ」
 そう告げたヨハネは得物を振り被り、敵に鋭い一閃を与えた。サイガも指先で己の傷口に触れ、地獄の炎で焼き塞ぐ。
 まるで自分まで奮い立つような感覚をおぼえた叔牙は光銃を構える。
「そう……僕達は……決して。希望を……手放さない!」
 叔牙の銃から眩い光弾が射出され、戦場を照らした。グルル、と痛みに耐えるような竜の唸り声が聞こえる。
 しかし、スカードラゴンは鋭い爪を再び振り上げた。
 エヴァンジェリンはキソラが狙われていると察し、竜の翼腕目掛けて駆ける。刹那、爪の切っ先が仲間を庇ったエヴァンジェリンの身体が真正面から貫かれた。
 その身は倒れ、真っ赤な血が辺りに飛び散る。
『クハハ! これで一匹……いや、何だと!?』
 傷竜が哄笑をあげる。だが、その声はすぐに驚愕に変わった。致命傷を負ったはずのエヴァンジェリンが立ち上がり、前を向いたのだ。
「皆を、守れるのなら。この身を盾に、幾度でも立ち向かってみせる」
 凛とした声が戦場に響く。
 その魂は肉体を凌駕し、再び立ち上がる力を得た。レグルスは仲間に目配せを送り、彼女に癒しを施す。すぐさまティユはペルルを遣わせ、仲間の代わりの盾とした。
 自分が皆を支え続けると告げた後、レグルスは敵に言い放つ。
「見たか、これが俺達の意志なんだ」
「そう、嘗てお前が侮った者共の底力だ」
 千梨も竜を見つめてしかと告げた。
 仲間と共に戦い、意志を重ね、手を伸ばすのはただひとつ。
 勝利を掴むという未来。たったそれだけ。

●罪の劫火
 其の竜には元は名前と呼べるものが無かった。
 受けた傷が癒える間もなく戦いを求めて翔けるドラゴン。いつしか彼は傷の竜、スカードラゴンと呼ばれるようになった。
 名もなく、寄る辺もなく、彼の心を支配していたのは戦いと殺戮のみ。
 そんな竜が今、笑っていた。
『クク……アハハハ! 気に入ったぞ! 認めよう、貴様等は虫けらではない!』
 哄笑ではない。嘲笑っている訳でもない。それは純粋な笑い声のように聞こえた。まるで此方との戦いを楽しんでいる。何故か、ヨハネにはそう思えた。
 巡り続ける攻防の中、既にペルルが倒れ、ティユの体力も限界に近付いている。
「そちらの状況も中々どうして厳しそうじゃないか? なのに、」
 どうして笑うのか、とティユは問いかけたくなった。先程までとは雰囲気が違うのは、相手が自分達を対等に見始めたからだろうか。
「上等、という……所ですね」
 叔牙は改めて気を引き締め、両掌の電撃端子を展開する。
 最大出力で放電された力を纏い、叔牙は全力の雷撃掌を叩き込んだ。それによって傷竜の巨体に痺れが走る。
 エヴァンジェリンは好機を見出し、構えた槍の切っ先を敵に向けた。
「死の間際の夢、悪夢の華が魅せてあげる」
 終わりと決着は確実に近付いている。そう感じたエヴァンジェリンは稲妻を帯びた突きで砂鱗を貫いた。
 反撃として尾が振るわれたが、キソラは素早く身を翻して避ける。されど、サイガやティユはまともに尾撃を受けてしまった。ティユ達の身体が傾ぎ、二人は膝を突く。
「負けないよ。最後まで、皆を守るから」
「そうだ。まだ、折れやしねえ」
「お前達、まさか……」
 彼等はしかと足元を踏み締めて顔をあげたが、キソラは気付いていた。サイガもティユも既に限界を迎えているが、気力だけで立っている。血に塗れて無様でも、泥臭くとも、不退転を決めたのだ。往く先は最早、明日だけ。
 無理をするなと告げたかったが、キソラは首を振って言葉を押し込めた。
「そうだな、折れる訳にはいかねぇ。行くぜ、合わせろよ!」
「勿論だ」
 キソラが焦がすような彩りを放てば、応えたサイガが影の一閃を放つ。焔宿す玻璃の針が凍てる衝撃を与え、それを影刃が塗り潰した。
『その力、この痛み……我と相対するに相応しい!』
 対する傷竜は高揚に打ち震えながらケルベロス達に鋭い眼差しを向ける。
 千梨は視線を真っ向から受け、指先を宙に掲げた。
 脳裏に過ぎるのは己の過去。戦いから逃げ、大切な人の犠牲で生を繋いだ。故に戦いは好きでない。それでも、彼の竜を見過ごせば人が死ぬ。
「故に挑む。故に、倒す――!」
 強く宣言した千梨は蜘蛛糸を解放した。先程は振り払われた糸はしかと傷竜を絡め取り、締め上げてゆく。じわりと糸に紅い色が滲み、血が伝っていった。レグルスは其処に好機を察し、攻撃に転じることを決める。
「虚空を開け水霊の門――我が敵を蹂躙せよ!!」
 詠唱と共に魔力を紡いだレグルスは幾多もの鋭利な氷の槍を生み出し、槍の嵐を降らせた。凍てつく氷は傷竜の躰を蝕み、命を削る。
 刹那、大きな咆哮があがった。
 ヨハネは夕闇に響き渡った聲を聞き、竜の最期を察する。これで終わりだと告げた彼は黙示の原罪を可視化し、炎を巻き起こした。
「お前の罪は明白だ。灰は灰に……塵一つ残さず土に還るがいい!」
 罪に呼応して地獄の業火が勢いを増す。
 復讐の焔は見逃さない。彼の命が果てるまで、身を焦がし、焼いていく。そうして、戦いは終幕を迎えた。

●夕暮れに沈む
 スカードラゴンは崩れ落ち、虚空を見つめていた。
『これが我の最期、なのか……』
「やっと知ったのね。アナタ達が与えてきたもの、死がどんなものか」
 エヴァンジェリンは激しい痛みに倒れそうになりながらも何とか立ち続け、敵を見下ろす。すると、竜はゆっくりと口を開いた。
『そうか……我が真に求めていたのは……殺戮でも傷でも、なかったようだ……。きっと、お前達の様な強敵、との――』
 言葉は其処で途切れた。周囲で燃えていた炎が弱まり、揺らいだ。まるで強き闘志が潰えたことや、彼の竜の終焉を報せるかのように、炎は静かに消えていく。
「逝ってしまったね」
 ティユが口にした通り、傷竜が起き上がることは無かった。
 やがて、その亡骸は幻の如く薄れて消失していく。千梨は武器を下ろし、塵のように散っていく傷竜に問いかけた。
「何も成さずに死すよりは……か。せめてこの一戦、楽しめたか?」
 無論、その答えは求めていない。
 レグルスは沈黙した竜が完全に消滅したことを確認し、ヨハネと頷きを交わす。サイガも暫しスカードラゴンが倒れていた場所を眺めた。
「やぁっと――か……はは、」
 掠れた声で呟いた後、彼は急にその場に倒れ込んだ。
「おい、サイガ! 何だ、笑ってるのか……?」
 キソラが助け起こした時、既に彼は気を失っていた。おそらく緊張の糸が切れたのだろう。しかし、彼の口元に微かな笑みが浮かんでいたのでキソラは安堵の息を吐く。
 誰もが傷だらけで疲弊していた。後に響く深い傷を負った者もいた。
 だが、ケルベロス達は勝利を掴み、竜を屠ったのだ。
 雪辱は、果たされた。
 叔牙はふと荒野を眺めた後、ドラゴンの最期を思って宵空を振り仰いだ。

 生きては修羅の如く。死しては一握の灰。
 彼の竜の名はスカードラゴン。
 其れは夕闇に咆え、そして――慊焉たる死を迎えた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:エヴァンジェリン・エトワール(暁天の花・e00968) サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394) ティユ・キューブ(虹星・e21021) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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