君を喪った世界で、

作者:犬塚ひなこ

●空虚
 薄暗い部屋の中、青年は目を覚ます。
 瞳に映ったのは見知らぬ天井。そして、自分を覗き込んでいる仮面の男。
「喜びなさい、我が息子よ」
「息子? どういうことだ……?」
 淡々と語りかけてくる男に対して青年は疑問を浮かべる。すると竜技師アウルと名乗った男が彼が置かれた状況を語り始めた。曰く、青年はドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た。
 しかし、未だ不完全な状態であり放っておけばいずれ死亡するだろう。完全なドラグナーとなる為には多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要がある。
「…………」
 その話を聞いた青年は狼狽えることなく暫し考え込み、うつろな瞳を虚空に向けた。そして、ゆっくりと実験台から起き上がると頷きを返した。
「分かった。どうせアイツの居ない世界なんて空虚で、生きてる価値が無かったんだ。殺しでも何でもやってやるよ。それが俺と……殺された恋人の分の復讐になる」
 青年は竜技師から渡された武器を取り立ち上がる。
 その瞳の奥には激しい憎悪と諦観、そして濁った感情の色が見て取れた。

●亡失
 青年は愛する人を失い、世界に生きる意味を見出せないでいた。
「其処に竜技師アウルが取り入ってドラグナーの因子を埋め込んだってワケですよ」
 溜息にも似た吐息を落とし、ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)は遣り辛そうに片目を閉じる。集った仲間達を確認し、事件解決の協力を願ったウィリアムはヘリオライダーから伝え聞いた情報について語る。
 敵は不完全なドラグナーとなった青年一人のみ。
「どういった理由までかは分からねェんですが彼は、恋人が殺された、彼女が居ない世界に意味はない、復讐してやる、と宣ってるらしい。対象がデウスエクスじゃなくて人間相手ってことは殺人か事故か何かですかね」
 その辺りは想像する他ないと告げ、ウィリアムは事件が起こる場所の地図を示す。
 現場は夜のオフィス街。
 青年は帰路につく人々が多数いる通りで無差別な殺戮を行おうとしている。幸いにも敵が通るルートが判明しているので待ち伏せが可能だ。
「彼は直前まで人気のない路地裏を通ってくるらしい。ということで潜伏場所は此処ですよ、此処。後は大通りに辿り着かれる前に取り囲んで戦いを仕掛けるってわけで」
 或る路地裏を指さした後、ウィリアムは敵の能力について語ってゆく。
 敵はまだ不完全故にドラゴンに変身する能力は持っていない。
 とはいえ手にした大鎌の力を振るうので決して油断してはいけない。だが、仲間全員で協力と連携を心がければ勝てない相手ではないだろう。
「勝てるかどうかの心配はしてねェですよ。まあ、俺とアンタ達が居ますからね」
 そういってウィリアムは薄く笑む。
 唯一問題があるとすれば対峙する青年自身についてだ。彼は最早人間ではなく倒しても救うことは出来ない。説得も真摯な言葉も通じない段階まで落ちているので、彼に対する不要な感情は持たない方が良いだろう。
 以上だと締め括ったウィリアムは、ふと遠くを見つめて独り言ちる。
「きっと愛する人を失った世界ってのは、さぞかし空虚で――」
 左手で無意識に脇差に触れた彼は誰かを思い返しているようだった。しかし、思いが零れ落ちてしまったことに気付いたウィリアムは何でもないと告げ、佇まいを直す。
「さて、余計な事は考えずに行きますよ。それが俺達、番犬の仕事ですし?」
 そして、ウィリアムは仲間達をヘリオンに誘った。
 世界に仇を成す存在を屠る。それがケルベロスの役目だと、己を律して――。


参加者
八柳・蜂(械蜂・e00563)
尼崎・結奈(硝子の茨・e01168)
パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)
ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)
月井・未明(彼誰時・e30287)
ファルーク・ナーフィア(レオニス・e32290)

■リプレイ

●たとえ世界が無価値でも、
 夜の静寂に冷たい風が吹き抜けた。
 翼を広げて、見下ろした地上には明るい街の灯り。しかし、視線を少し動かせば闇に沈んだ心寂しい路地裏が見えた。
 上空とビルの屋上から敵の到来を見張るパトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)と尼崎・結奈(硝子の茨・e01168)達は視線を交わしあい、ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)も警戒を強める。
「復讐を、否定しようとは思わないわ。私だって戦う理由の一つは復讐だもの」
 結奈が思いを言葉にすると、ウィリアムも神妙な表情で頷いた。
「どうも、責める気にゃなれねェな。だって奴は……」
 何かを言い掛け、なんでもねえですよと言葉を濁した彼は、悪いのは手段を与えた黒幕なのだと断じる。
 地上側ではルビー・グレイディ(曇り空・e27831)や月井・未明(彼誰時・e30287)が大通り側から人が訪れぬよう、道を封鎖していた。上空の仲間達が準備を整えていることを確認し、ルビーは気合いを入れる。
「彼には、もう声が届かないっていうのが悲しいね」
 今回の敵はただ倒すのみ。新たな被害者や復讐者を出さない為にも力を尽くすのが自分達の役目だ。エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)はふと考えを巡らせ、亡くなったという彼女が、彼に復讐鬼になることを望んだとは思いたくないと首を振る。
「他人には想像もつかないほどの非情な現実が、どれほど彼を打ちのめしたのでしょう……」
「大切な人を奪われる事はつらい事だと思うけど……」
 エリオットから零れ落ちた思いに同調した八柳・蜂(械蜂・e00563)も周囲の気配を探りながら、件の青年を思う。だが、だからといって犠牲を生むことは赦せない。
 蜂が決意を抱いた、そのとき。
「来たぜ!」
 敵の到来を察知したパトリックの声があがり、結奈達が地上に降り立った。路地裏には誰も居ないだろうと考えていた青年は、目の前に立ち塞がった五人と後方に陣取った三人に挟み込まれる形となる。
「此処から先には行かせねえ」
「残念だったな、ここが行き止まりだぜ」
 前にはファルーク・ナーフィア(レオニス・e32290)、後ろにはウィリアム達。
「……なるほど。正義のケルベロス様、ってか」
 ファルークの視線を受け止めた彼は状況を察し、大鎌を構えた。未明も陽彩の双眸を鋭く細め、逃がしはしないと告げる。
「おれはおれの理由を以て、きみを阻む。仇を討ちたいんだろう」
 だったら、先ずは障害物を壊しに来い、と語る強い眼差しが青年を射抜いた。更にファルークが身構え、怒りを込めた言葉を差し向ける。
「テメェのエゴに無関係の奴らを巻き込むンじゃねえ」
 復讐などと銘打っても、彼が奪おうとしているのは別の誰かが愛する人達の命だ。そうすれば堂々巡り、終わらない連鎖を生むかもしれない、と蜂も拳を強く握る。
 そんなことは絶対にさせない。
 ケルベロス達の思いは強く、そして何処か切なく――闇夜の戦いが今、始まる。

●想い続ける事が苦しみなら、
 青年に逃げ場はなかった。即座にエリオットが雷壁を張り巡らせ、ファルークが星座の陣を描いて仲間達に力を与える。対する青年は舌打ちをして、鎌を振り上げた。
「邪魔をするなら、お前達から殺すだけだ」
 虚を纏った鋭い斬撃が閃き、その切っ先がパトリックに向く。だが、ボクスドラゴンのティターニアがすぐに地を蹴って参じ、主を守った。
 その隙に蜂が鋼鉄鬼を纏った拳を振り上げ、駆けた勢いに乗せて敵を殴り抜く。
「殺す、なんて。あなたがそちら側に行くという事は彼女と過ごしたこの世界も時間もすべて捨てるという事、よね」
 蜂の言葉は問いかけの形をなしていたが、答えは望んでいない。
 無言の青年を見つめた結奈も攻勢に移ろうと決めて地面を強く蹴った。先程、言葉にしたように復讐を否定したりはしない。けれど、と結奈は一瞬だけ目を瞑る。
 最優先は隣人の安全、願うのは平穏。隣人が法を犯したというなら隣人の法を以て裁かれるべきだ。
「無関係な隣人を傷つけるというなら、止めるのも役目だわ」
 己を律した結奈は黒翼を羽搏かせて敵の頭上に跳躍し、流星を思わせる蹴撃を見舞った。ルビーもミミックのダンボールちゃんを伴い、敵を穿ちに向かう。
「やるよ、ダンボールちゃん。超重量級の一撃をお見舞いしてあげよう」
 小さな身体でえいっと刃を振り上げたルビーに続き、ミミックが大きく口をひらいた。斬撃と共に噛み付き攻撃が見舞われ、敵の体勢が少し揺らぐ。
「生まれ変わった俺の力を舐めるなよ」
 青年は啖呵を切り更なる攻撃に出ようとする。彼と未明の視線が一瞬重なり、鋭い火花が散ったような感覚が生まれる。
「……そう、仕方がない。誰が生きようと死のうと世界は回る」
 許容出来ないなら、壊すしかない。
 未明は彼の思いを否定することなく、振り上げた竜槌から砲弾を解き放った。其処に続いたウィリアムは雷の霊力を帯びた得物を差し向け、ひといきに斬撃を振るう。
「アンタの恋人は……手の届くところで? それとも?」
「……、……!」
 刃は鎌によって受け止められたが、攻撃と共にウィリアムが問いかけた言葉に返答はない。だよな、と刃を切り返したウィリアムは即座に敵との距離を取り、言葉を続ける。
「……どっちだって一緒だよな。自分の無力さは変わらねェ」
「黙れよ、犬コロ」
 ケルベロスを揶揄した青年はウィリアムを睨み付け、更なる一閃を解放した。すぐに未明が狙われたエリオットを庇ったが、その傷は深い。
 エリオットは仲間に礼を告げ、迸る雷の壁を更に構築していく。
(「計り知れない彼の絶望を救うことは叶わないとしても……それでも僕は仲間を、人々を、この世界を守りたい」)
 憎しみに染まった青年をしかと見つめたエリオットは自分の胸に誓った。ファルークもその様子を察し、星の魔法陣を描きながら敵を見据える。
「復讐なんざ願っちゃねえだろ。――ま、後戻りはもう出来ねえけどな」
「そう……もう、何もかも遅いだろうけど」
 援護にまわるファルークに頷き、蜂は指先を青年に向けた。其処から放つのは自らの血液と地獄から生み出す毒針。途端に蜂毒が標的を蝕み、苦しみを与えた。
 今が好機だと読んだパトリックも追撃に入り、青年を蹴りで穿つ。
「オマエは、オレだ!」
 そう語り掛けたパトリックの瞳は真剣だった。
 境遇は違えど同じく彼女を亡くした身。状況はかなり似ているはずだ。もし自分がケルベロスにならなかったら、この世に絶望して何をしていたか分からない。自分が恐ろしいと身を震わせたパトリックに続いてティターニアも援護に入る。
 匣竜が味方を癒す中、ダンボールちゃんも果敢に愚者の黄金を散らしていった。良いよ、と相棒に声をかけたルビーは自らも更なる攻撃に入る。
「正確に、急所だけを……!」
 月光の斬撃を見舞ったルビーは青年が表情を歪める様をじっと見つめた。体の痛みだけではない、喪失に耐えるような苦しみが其処に見えた気がする。
 負けない、と小さく口にしたルビーに続き、結奈は禁縛の呪を発動させた。
「貴方の恋人が亡くなった理由は知らないわ。復讐を止める権利もないのでしょう。けれど隣人に害をなすなら、貴方は私の敵」
 護るための矛となった、己の矜持にかけて。彼を止める。護るという自分の思いもエゴだと感じながら結奈は深い夜色の瞳を差し向けた。
 敵からも死の斬撃が見舞われ、ファルークはその腕で刃を受け止める。鋭い眼光で青年を捉えた彼は真っ直ぐに言い放った。
「愛する恋人はお前のそんな姿は好きじゃねえと思うぜ。憎しみは何も生み出さない」
 なんて、見ず知らずのヤツに言われたかねえかと自嘲したファルークは攻撃に移り、十字撃を見舞ってゆく。
 パトリックも自分の思いをぶつけ、絶望の黒光を放つ。
「絶望は、オレも解るつもりだ! オレも彼女を失った。この手で始末をしたんだ。ただし、この世に復讐することが、彼女の望みとは、オレには思えんがな!」
 巡る戦いの最中、蜂も思いを口にしていく。
「あなたがいなくなれば彼女を知る人がひとり減って、そうしていつか彼女が居た事を知る人は居なくなる。……それが、最終的な死だと私は思う」
 蜂達から放たれる一閃を受け、痛みに耐えた青年は歯を食い縛った。そして、怒りをあらわにしながら叫ぶ。
「彼女の望み? 何かを生み出す? そんなもの……」
「ああ。そんなもん関係ねェってのは俺にもわかりますよ」
 だが、頭を振った青年の声をウィリアムが遮った。彼には分っていたのだ。青年の復讐は彼女の為に行われるのではない。死を悼んでいるのですらない。
 ウィリアムは脇差にそっと触れた後、手にした刀を大きく振り上げた。
「俺だってきっとアンタと同じことを言うだろう」
 この復讐は結局、自分の為だと。
 頷いて同意を示した未明は満月に似た光の力を生み出し乍、青年を見つめる。
「気持ちはわかる、なんて言わんよ。でも――」
 いないひとは何も語ってはくれない。そこにあるのは、きみの気持ちだけ。未明もまた、或る意味で彼の気持ちを理解している。
 エリオットは胸が締め付けられるような感覚を抱きながらも、戦いを止めてはいけないと感じていた。彼にとっての彼女のように、自分にも失いたくないものがある。
「だから……僕は……! 僕達は……!」
 貴方を倒す、と宣言したエリオットは癒しの力を紡ぎ、目の前を強く見つめた。
 そして――戦いは終局に向かっていく。

●二度と戻らない日のまぼろしを、
 敵の息は上がり、徐々に足元も覚束なくなっていた。
 間髪入れずにファルークが鋭い一撃を打ち込み、ルビーとダンボールちゃん、ウィリアムをはじめとした仲間達も次々と攻め込むことで敵を追い詰めていく。
 間もなく彼は死を迎える。自分達が、死を齎す。そう感じた結奈は地を踏み締め、虹炎の円舞曲を発動させる。
 彼に思うことはたくさんあった。まるで、届かないと知ってなお、自分が歩んだかもしれない姿を見ているようで――。
「そうね、貴方の恋人は復讐を喜ばないなんて綺麗ごとは言わないわ。復讐とは自分のエゴと自己満足の感情だもの、少なくとも私にとっては」
 虹色の炎が対象を包み込み、青年を焼き尽くさんとして迸る。
 パトリックもティターニアと頷きあい、相棒竜を体当たりに向かわせた。その瞬間に合わせ、彼は冷気を帯びた刀身を振るう。
「抜けば玉散る氷の刃! 終わらせてやるぜ!」
 一閃は冬の嵐を引き起こし、青年を傾がせた。されど敵もまた虚の力を振るい、最後の抵抗を行おうとしている。
 自分達の背は癒し手であるエリオットが支えてくれていた。未明は仲間を信じ、自らの身体で虚の斬撃を受け、痛みを堪える。
 おれは、世界を壊したよ。なんて自分の事情は口に上さないけれど、彼は少しだけ近しいものに思えた。
「きみの行動は、正しいか否かで計れるものじゃない。元より正しさなんて求めていないだろ。だったらおれは、ただそれを防ぐだけだ」
 小さな宣言と共に未明は手にした硝子壜の蓋をひらく。烟る彼我に薄月。揺らぐ心地が青年を包み込み、衝撃を与えた。
「く……俺、は……」
「もういい。その感情に決着をつけてやろう」
 青年が苦しむ姿から目を逸らさずにファルークは語り掛ける。その姿は何処か憂いを帯びていたが、ファルークの瞳の奥には憤りが滲んでいた。
 若くして復讐に目覚めてしまった経緯に。そして、青年に力を与えた見えない敵への怒りは、渾身の一撃に込められた。
 結局、彼は世界の全てを憎ませる程の事件を語ろうとはしなかった。
 もう二度と聞くことも出来ないだろう。様々な可能性はあれど、彼にとっての真実は彼にしか分からないままだ。
 エリオットは唇を噛み締め、自らも攻撃に回った。
「どうか、この光が――」
 我らと彼を導く光明となるように、と聖剣を掲げたエリオットは一気に敵へと駆ける。其処に蜂が機を合わせ、左腕に宿る地獄の紫炎を燃え上がらせた。
「助からないなら、少しでも楽に眠らせてあげたい」
 だから、と放ったのは刃一閃。
 蜂達の斬撃が転機となったことに気付き、ルビーも最期を確信した。
「おやすみ前に、きらきら輝く一撃を」
 光を与えたいと願ったのはルビーも同じ。小さな流星型の光弾が弾け、星模様の緞帳が降りるかのように降り注ぐ。
 綺麗だ、と呟いたウィリアムは次が終わりの一撃になると感じていた。
「それでも。……それでも、俺は、」
 形にならぬ思いが言の葉となって零れ落ち、ウィリアムは深く俯く。されどそれも瞬く間のこと。刃に幽き光を纏わせた彼は真っ直ぐに、青年を瞳に映した。
 そして――煌めく刃が戦いの終幕を告げる。

●君を喪った世界はきっと、
 青年はその場に崩れ落ち、やがて事切れた。
 結奈は周囲に被害がないことと仲間達の無事を確認する。物言わぬ青年の亡骸を見下ろし、蜂も地獄化した左腕を下ろした。
 静かに燃える紫炎が夜風に揺らぐ中で、蜂は思う。自分も一歩間違えればあちら側だったのかもしれない、と。そっと俯く蜂の傍ら、ルビーは亡骸から視線を逸らした。
「これで良かったんだよね……」
 彼がまた、空の上で恋人に会えていたらいい。悲しげに呟いたルビーがミミックと共に願うと、ファルークが少女の肩を軽く叩いて慰める。
「ああ。……あの世で誰にも邪魔されず、二人仲睦まじく過ごせるよう祈ってるぜ」
 自分達にはそう願うことしか出来ない。それでも、彼等はただ祈った。パトリックも寄り添うティターニアを撫で、そうだな、と頷いた。
「……オマエのいい人、ってどんな奴だったんだ? もしあの世とやらがあるというのなら、再会出来てればいいのだが」
 青年からの答えが返ってこないと知りながら、パトリックは瞑目する。
 エリオットもまた、死した彼を思った。彼女の分まで幸せに、なんてきれいごとかもしれない。それでも、彼にも幸せになってほしかった。本当はこんな形で終わらせたくなかったのだとエリオットは首を振る。
「僕たちは、あと何度……こんな思いを……」
 彼の声は終わりまで紡がれず、一筋の涙が頬を伝っていった。
 仲間達のそれぞれの思いを聴き、感じ取りながら、未明は静かに瞳を閉じる。
「おやすみ、名前も知らないきみ。よいゆめを」
 別れの言の葉を送った未明の声を聞き、ウィリアムはそっと頭を振った。感じたのは憐みでも哀しみでもない。
「俺にだってわかってるさ。アンタが――」
 いつか来るかもしれない己の末路のひとつだということくらい、分かっている。ウィリアムは亡骸から視線を外し、昏く曇った夜の空を見上げた。
 星の灯りはひとつも視えない。きっと今夜ばかりはみちゆきを照らす光も見つからないだろう。月光すら射さぬ闇の中で、深い静寂が満ちていた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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