宵の櫻に灯を燈し

作者:七凪臣

●蝶の宣旨
 春の夕暮れ。鈴生りの櫻の影を背に、一羽の蝶が二匹の鼠に言う。
「鴇鼠、銀鼠。あなた達に使命を与えます」
 悠然と構えて命を下すのは、奇術師然とした女。
「この街に、竹灯籠の匠がいるようです。あなた達はこの人間と接触なさい。そして可能ならば技術を習得した後、殺害するのです」
「畏まりました」
「仰せのままに」
 頭を垂れて耳だけ動かす二人は、口を揃えて応える。だって彼女の下知は絶対。理屈は分からぬが、廻り廻って大いなる益を齎すはず。
「グラビティ・チェインは略奪してもしなくても、構わないわ」
 終いの言葉を聞くや否や、鴇鼠、銀鼠――二人の螺旋忍軍はミス・バタフライの元から駆け出す。
 碌に物事を考えぬ、素直な蒙昧さの侭に。

●竹灯籠の匠
 竹の自然な趣を活かしたまま、火の器としたものを竹灯籠と言う。
 節と節の間をスパンと斜めに断っただけのシンプルなものから、肌を削って幾段も重ねるもの、或いは彫を施し様々な文様を浮かび上がらせるものまで。
 竹灯籠は、作り手のイマジネーションを様々に形に成す。
 そして御年八十を超える瀬名菊太は、この竹灯籠作りの名人として、とある山の桜並木の奥にある竹林に工房を構えていた。
「この瀬名御大を、ミス・バタフライが狙っているのです」
 竹灯籠の職人が狙われるかもしれない――的中したのは、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)の懸念。いずれ大きな禍に転じる可能性の高い悲運を覆すべく、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は語る。
「作戦は、瀬名御大を警護しつつ敵を迎え撃つか、彼に教えを仰いで自らが囮となって迎え撃つかの二種類が考えられるかと」
 予知を違えぬ為に、菊太を事前に避難させる事は出来ない。代わりに、事が起きる三日ほど前には菊太の元を訪れられるので、修行に励めば敵を騙せる程度の技術を身に着けることも不可能ではない。
 竹灯籠作りで大事なのは、思い切りと、灯が描く風景を思い描く事だと菊太は言っているようだとリザベッタは付け加え、肝心の敵について言及する。
「二人とも二十代前半くらいで、言われた事を鵜呑みにするタイプのようです」
 鴇鼠色と銀鼠色。羽織る上着の色こそ違えど、背格好までそっくりな二人は、命じられた事を愚直にこなす性質。何れの作戦を採っても、口車に乗せるのは容易そうだ。
「戦うなら、工房に通じる桜並木か、工房の奥にある竹林がいいでしょう。両方、瀬名御大の私有地ですので、余計な出入りを防ぐ事は簡単です」
 一通り告げ終えたのだろう、一拍置いた少年紳士は、「そういえば」と思い出したように手を叩く。
「桜並木の方ですが。満開の時期には竹灯籠でライトアップして、夜桜を一般の方々に楽しんで貰っているようでして」
 螺旋忍軍の来訪は夕刻。
 対して、門の解放は陽が完全に暮れてから。
 克ち合う心配はないでしょう、とリザベッタが笑えば、傍らで聞いていた六片・虹(三翼・en0063)もまた笑う。
「素晴らしき趣向と、その主。是非とも守り抜かねばならないな」


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
クィル・リカ(星願・e00189)
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
三十日・葵(ルサンチマン・e27665)

■リプレイ

●描く灯
 竹の切り口を大きくし過ぎると、中に燈した灯が消えやすくなってしまうと言う。
 事前に調べておいたコツの一つを念頭に、竹を切る角度を調整するクィル・リカ(星願・e00189)の手元に、菊太は「ほぅ」と驚嘆の息を吐いた。
「よく勉強してきたようだね」
 少しばかり嵩のある腹を揺らし、作務衣が似合う白髪の老人はクィルの隣にどかりと腰を下ろして笑う。それは匠なりの賛辞の証。褒められたクィルは口元を和らげ返す。
 任務に際し、クィルは初めて『竹灯籠』の存在を知った。
 落ち着いた竹の形に灯りが燈される様は不思議な温かさを感じる気がします、と素直な感想を告げると、人好きのする匠の笑顔が更に溶ける。
「嬉しい事を言ってくれる弟子だ」
 菊太ほどの腕前になれば、桜や蝶々など細かい紋様を施すのも朝飯前だろうが、あまり細かい作業は得意でないクィルは、「がんばります」と丸を連ねて成す花を竹に下書き――不穏な気配を察してリティア・エルフィウム(白花・e00971)へ視線を移す。
「ティア、何を……?」
「竹を割ったような性格とかいいますよねぇ。なので私、思いっきり叩き割ろうと思います!」
 白いカーネーションを髪に咲かす可憐な姿形とは裏腹に、最近力士がマイブームだというリティアは明朗快活。そして少し豪快。「もとい、それくらいの勢いで」と言い直しつつも振るわれる手刀に、竹も恐れを成したかスパンと割れて。
「お、おぉ……流石、ケルベロスさんだねぇ」
 驚きに、菊太の尻が軽く宙に浮き。藍染・夜(蒼風聲・e20064)は旅団仲間の腕っぷしに「これはまた、見事な切り口だな」と笑い、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)も呵呵と声を上げた。
「俺も思い切りはいいが、リティアには負けるかもな!」
 称賛なのか揶揄なのかいまいち釈然としない言われ方に、リティアが首を傾げる。が、勝負はこれからだぜ、と燃えるヒノトの意識は既に竹肌のキャンバスへ。
 鉛筆で描く下地は、丸い和窓の背景。数本の窓枠線のうち、一本は棚引く雲を模した波打つ曲線。そして窓枠にアカと名付けるネズミが佇み、その首元には鉱石型のくり抜きを配す、なかなか凝った仕様。
「これでアカが首に下げてる赤水晶と和窓の丸が光って、アカと窓枠のシルエットが浮かびあがるはずだな」
 テーマは『和窓とアカ』。えへんと胸を張るヒノトに、近寄って来た菊太は「夢があるね」と頷いた。と、そこへ姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)が膝で滑り込む。
「あのね、あのね! あたしのイメージは、竹の中にお星様をいっぱい閉じ込めたような……って言うとちょっと違うかな? えとね、もっと元気な感じ――そう、竹の中にお星さまのお家を作ってあげるの!」
 参じた一同の中では最年少のロビネッタは、11歳らしいお転婆娘。
「おじいちゃん、いろいろ教えてね!」
 探偵だから思い切りは良いよ~、とひ孫に近い少女に首へ抱き着かれ、菊太は甘く笑み崩れた。
「喜んで。でも、なぜお星さまなんだい?」
「あたしが空を飛んでも全然届かないくらい、いつも遠くで光ってるでしょ? でも、こうしたら。近くに来てもらえるかなって」
「夜空は美しいですわよね! わたくしも好きですわ」
 広い板の間に並べられた三台の作業机。決められた場所で竹の切断を終えた烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)も、道具一式を抱えて賑やかな輪に加わる。場所は、似たモチーフを考えているロビネッタの隣。
「わたくしは、月と数多の星を描きたいと思いますの。穴はこれで開ければいいのかしら?」
 専用ドリルを構える華檻の仕草は、実に堂に入っている。そもそもアームドフォートを自作し鎧装騎兵になった華檻だ、設計や製作の類は得意。機械と竹の違いを意識さえすれば、技術そのものは応用できないこともない。
「それに。恋も製作も、思い切りが肝心。ふふ、一緒ですわ」
 艶めく笑みに余裕を伺わせる華檻に、菊太も「頼もしい方々ばかりだ」と磊落に笑い、そちらはどうですかね、と作業に集中しているザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)と三十日・葵(ルサンチマン・e27665)の卓の様子を窺う。
「んー、そこそこっすかね」
 赤銅色の髪をぐしゃりとかき上げ、ザンニは基軸となる穴を開け終えた竹筒を見遣った。思い描く完成形は、側面に季節の花を配した春竹灯籠。予定通り仕上げたら、綺麗な灯を燈してくれるに違いない。
 特に気負った風のないザンニ。対し、葵は作業未着手状態でしゅんと縮こまっている。
「どうしたんだい?」
「いえ……なかなか思い切れなくて」
 細かい作業は好きな葵だが、取り返しのつかない一歩を踏み出す勇気はなかなか持てず。「竹なら向こうに山ほどあったぞ」という夜の援護射撃に、ようやく専用ノコに手を伸ばす。
「ねえおじいさん。おじいさんはこの仕事好き?」
 ごりごりと竹を切り進めつつ葵は菊太に尋ねる。答は満面笑顔で一目瞭然。そこで葵は肩を落とす。
「私は番犬業、向いてないかもしれない……」
 裡に刺さる葵のため息。しかし老翁は笑みを崩さず、葵の背を叩く。
「難しい仕事だろう? 向き不向きは、そう簡単に決まるものでもないんじゃないかい?」

 修行は時間を無駄に出来ない三日間きり。
 柱時計に住む鳩が、二度目の十回鳴きを披露しても作業場はまだ明るく。
 持ち帰れる程度の品にはしようとクィルは鑿を木槌で打ち、夜は並べた竹を見比べ触り比べ、刃を穿ち比べる。
 扱い易い素直な竹を見極める目は大事。同じくらい、御し難い竹をいなす強気と根気も重要。
 頑張りの見せ所――しかし根は詰めても、勝てぬものはある。
「おや?」
 夜食の器を下げに来た虹がロビネッタが船を漕いでいるのに気付くと、「わたくしが毛布をお借りしてきますわ」と華檻がすっと立ち上がった。
 助け合いも大切。

●宵櫻
 相性の良い竹は、触れれば分かる。掌に馴染む感触を信じればいい。
 彫は完成形をイメージして。何を照らすのかを考えるのが大事。
 だって灯は何かを照らしてこそだから。

 桜の道は、約一町。車一台が通れる幅の両脇に、規則正しく並び。伸びた枝先同士は触れ合う間際で、仕上がる景色はまさに花のトンネル。
「わぁわぁ♪ とっても見頃ですねぇ」
 今にも踊り出しそうな足取りで、リティアは桜並木をまろびゆく。
 語弊があるかもしれないが、この時期に此処を訪れられたのはとっても幸運。髪色に似た色彩の箱竜を腕に抱き、満開の桜を根元から照らす橙色の光に、白翼を染めた少女はくるりとターンを踏んで顔を輝かせる。
 その微かな羽ばたきにも、ひらり舞う花弁。差す紅が彩を増すのは、散り際を意味し。稀有なる出逢いに、クィルも心弾ませ花の天を仰ぐ。
「竹灯籠で照らすと、仄かにあたたかく綺麗に浮かんで見えますね」
 照らす光によって表情を変える桜は、今宵は優しい母の面差し。一見シンプルながら、四方に大小様々な円の彫を施した菊太の竹灯籠は、角度や強さを変えた光手を伸ばし、無数の枝を余すことなく夜に浮かび上がらせていた。
「なるほど、完成形をイメージするというのはこういうことっすね。本物の夜桜も、匠の作る竹灯籠もやっぱり一味違うっす……!」
 青い瞳の鴉を肩に、ザンニがそう感嘆を零すと、
「私は君の花弁型に竹灯籠を並べるという発想も好きだよ」
 丸二日の修行を経て、試作を終えた弟子らの竹灯籠へ火を入れ終えた菊太も、実に嬉し気だ。
 ヒノトの和窓。ザンニの花盛りに、クィルの花に遊ぶ蝶、そしてリティアの花散りの舞。
「夜桜って不思議。吸い込まれちゃいそう」
 星のお家が照らす花々を見上げ、ロビネッタが呟く。今日はいつも見上げる星々と同じ目線。
「本当ですわね」
 同意を頷く華檻も、己が手で作り上げた竹灯籠が照らす桜に感じ入る。
 月に星、普段は遥か下方に花を愛でるしかない空の住人たち。しかし共に見上げれば、美しさもまた格別で。
 一輪一輪が匂い立つ宵の櫻。だのに異界に惑わせるような素振りはなく、眠りを誘うように花枝を撓らせる。
「それにしても、おじいさんの竹灯籠は力強くて、竹そのものを良さを残してて綺麗だな……」
 すっかり菊太に懐いた葵は、その傍らを歩きながら竹灯籠と桜を味わい。
「私も時間をかければあんな風に力強い火の器になれるかな……」
 最も手が遅れた葵が成せたのは、どこか遠慮がちな彫が施された品。けれど菊太は、どこか自分を下に置きがちな葵へ言う。
「力強さだけが全てではないよ。物事は捉え方次第だからね」
 そして菊太は工房へ戻り始める――が、ただ帰るのではない。その道行には、桜型の穴が開いた竹灯籠。しかも一本ではなく、一里塚のように桜樹二本につき一本。総じて十五になる燈火は、徐々に丈を低くするのに反し、咲く花の数は増えてゆく。
 そうして辿り着いた最後の一は、零れるような満開の燈。
「月の巡りと同じだね。何とも風流だ」
 それは夜が手掛けた竹灯籠の道。短い修業期間を意識して、彫は簡素に。だが移ろう変化で、人の目も心も楽しませようとする夜の発想を、菊太は大いに褒めた。
「次はどうなるんだろうという謎解き感もいいね」
 年甲斐もなくはしゃいでしまったと照れる老翁に、夜は『全ては師の手解きがあればこそ』と折り目正しい礼を送る。
 桜が美しくあるのは、桜の矜持。しかし輝かんばかりなのは、菊太の『花を皆に楽しんで貰いたい』という想いが詰まっているから。
「本当、夜桜と竹灯籠は似合うな。和の趣が、何とも言えないぜ……」
 肩を並べて宵櫻に酔うヒノトの呟きに、夜も温かに色付く花を仰ぐ。そこにはちょうど、アカが佇む和窓の影。
 幻想的な風景を誰もが記憶に刻んで心に誓う。
 この瞬間を呉れた技術を、菊太という人そのものを。決して害させなどしない――と。

●挟撃
「竹って本当に一本一本違うんだね」
 菊太に習ったことを思い出し、ロビネッタは天を貫かんばかりに伸びた竹を見上げる。
「触れた感じも微妙に変わるな」
 竹が其々異なるのを己が掌で確かめたヒノトは、これと決めた一本の根元付近に鋸の歯を宛がった。

「丁度、弟子たちが作業しているようだね」
 夕焼け色の竹林に響く鋸を引く音色を耳に、鴇鼠色と銀鼠色のジャケットを羽織った青年を従え夜が歩く。
「そんなに竹の違いは大事ですか?」
「全部似たように見えるけどなぁ」
「そんな心積もりでは駄目です!」
 顔を見合わせた二人の青年――螺旋忍軍の疑念を、すぐさま一刀両断したのは後ろを行くリティア。そして華檻はリティアの傍まで一気に駆け上がると「そうですわ」と力強く念押す。
 やや傾斜のきつい竹林には、柔らかな落ち葉で覆い尽くされ、手入れが行き届いた竹が無数に植わっていた。
『早速だが、竹の択び方を教えよう』
 匠を名乗る夜がそう手招けば、弟子入り志願を装う二人は素直に信じたらしく。ひょこひょこ着いてくる。
「あれ? 音が止みましたね」
 伐採音が消えた事に気付いたのは、銀鼠の方だった。
「頃合いという事だよ」
「え?」
 主語のない夜の説明に首を傾げたのは、鴇鼠の方。
「何の頃……」
「こういう事です」
 問いの全てが紡がれるより早く、積んだ腐葉土の影からクィルが躍り出る。
「っへ!?」
「何?!」
「逃がさないって事っすよ!」
 起きた事象を二人は把握出来ていない。が、それこそ歓迎とクィルと同じ隠れ場所からザンニが跳んだ。
「師匠殿、これはどういう訓練で!?」
「一体何がっ?」
 作業小屋の裏からヒノトとロビネッタが現れても、螺旋忍軍は事態を把握しきらず。けれど本能で身を翻し、案内役の最後尾にいた葵と視線がかち合う。
「ひゃっ、目があった」
 驚いた葵は反射で、こっそりついてきていた録画用のテレビウムを前へ押し出す。されど、より動転しているのは鴇鼠と銀鼠の方。サーヴァントの姿にやっと『意味』を察しはしたが、時既にケルベロス達は戦の構えを整え切っている。

「鴇鼠に銀鼠だっけ? 俺の穹鼠に敵うとは思えないぜ――な、アカ!」
 鼠の姿から、ロッドの姿へ。転じたそれに集結させた力を穿氷とし、ヒノトは鴇鼠を貫く。
「行かせません」
 包囲の網から逃げようとする銀鼠へは、先回りしたクィルが聖なる斧を閃かせて牽制する。
「揺蕩う光よ、天駆ける風となりて――その身に力を宿しましょう」
 貰った反撃はリティアが癒す。夕刻を朝に変えるかの如き清風は、傷を治すと同時に集中力を高め。齎された加護に、リティアの肩付近から飛んだ箱竜のエルレの体当たりは常以上の威力を発揮した。
「残念だったね! 逃げられないんだよ!」
 弾む足取りで斜面を軽やかに駆け登り、ロビネッタは見下ろす視線で改造銃の引き金をひく。飛んだ弾丸は視認叶わず。鴇鼠が得物を握る手を穿ち、投げ放つ力を抑え込む。
 竹林へ誘う班と、待ち構える班での挟撃は功を奏し。出鼻を挫かれた二人の螺旋忍軍は、ケルベロス達に翻弄され続けた。
「これでまずは一人っすね」
 鴉から形を変えた杖を軸に、ザンニは枯葉の大地を滑るように蹴り。灯った炎で鴇鼠を灼き上げる。
「鴇!」
「ふふ、やっぱり戦いも恋も思い切りが肝心でしたわね」
 骸と成り果て転がり落ちる同胞の名を呼ぶ螺旋忍軍の元へ華檻は肉薄すると、その勢いのまま頭部を掻き抱いた。
「さあ……わたくしと楽しい事、致しましょう……♪」
「!」
 銀鼠の視界を塞ぐのはたわわに実った胸。されど柔らかな温もりに包まれるや否や、男の首はあらぬ方向へ捻じ曲げられる。弟子の一人を演じる楽しさを味わった華檻のとっておき、呉れてやるのが男なのが少々頂けなくはあるのだが。けれどこれもいずれ、諸悪の主に繋がる糸と思えば、華檻の気分も上がる。
「いつか必ず――わたくしは、その瞬間を確信していますの」
 苦痛さえ呻けぬ男を華檻はポイと放り出し、次へと託す。そして鑪を踏むよう転げ、より距離の近付いた敵を前に葵は息を飲む。
(「本物のデウスエクスだ……」)
 傷を負いながらも起死回生を模索する敵を目に、初陣となった葵の鼓動は走ったまま。けれど皆の気概に煽られ、葵は紅玉の眼差しに力を籠める。
(「絶対に、おじいさんは守らなきゃいけない」)
 操る力はヒールドローンを招き、懸命に盾を張るテレビウムらを護り癒す。
 策で上回った戦いは、ケルベロス側の圧倒的有利で推移した。見守る竹林も、遅い転寝に微睡みそうなほど。
 しかし決して意識を緩めず、手も抜かず。
「運が悪かったな、俺達が相手で」
 右の横髪。一房伸ばし結ったそれで夜は夕凪を切り、閃かせた葬送の刃で敵を斬り。描かれた月弧は、命の終焉をまた一歩近付けた。

●また廻る、燈す灯照らす宵櫻
 立て続けに撃ち出した弾丸は、余さずデウスエクスに着弾し。銀鼠色のジャケットに残された弾痕は『R.H.』を描き出す。
「やったよ、成功したー!」
 サインまで綺麗に決まる事は稀な、名探偵の登場を告げる一撃のクリーンヒット具合にロビネッタは歓喜に跳ねる。だが喰らった方は当然屈辱。けれど繰り出す反撃は、重ねられた行動阻害の因子の効果に敢え無く破れ、投じかけた螺旋手裏剣は地に転がった。
「くっそ!」
「あら、お口が悪いですこと」
「悪役らしいっすねー」
 加速する華檻の拳に、ザンニの鋼の鬼と化した拳。それぞれ左右に頬に貰い膝をついた銀鼠へ、いつか観た二次元作品を思い出した葵も、
「お決まり台詞、かな」
 と呟き攻性植物をけしかる。さすれば永遠の命も風前の灯。
「ヒノト」
「夜」
 互いに呼び合うのは名前だけ。けれどそれだけで十分な二人は、阿吽の呼吸で其々の得物に手をかけた。
「白鷹天惺、厳駆け散華」
「集え、冱てし白藍の穿氷よ!」
 ほぼ重なる踏み込み。僅かに早い夜の抜刀からの、返し刃。天の覇者たる鷹の如き連なる剣閃は白き軌跡を描き。衝撃に銀鼠の体が開いたところへ、周囲に生じさせた氷を槍穂と化したヒノトのロッドが襲う。
「クィル」
「くーちゃん」
 仰け反る螺旋忍軍を前に、ヒノトは友人に終いを託し、リティアはその背を声で押す。
「空を裂き咲く水の花、」
 そして想いを受けた少年は、星降るように謡う。
 形成された花を象る透かし水。それらは谷底まで響きそうな冷涼たる声に導かれ、一度四方に散ったかと思うと、敵へと集束する。
「紅き血色のはなびら散らせ」
「……!」
 貫く刃は深く鋭く。かくて飛沫く血潮で花を咲かせたデウスエクスは、竹林の静寂に飲まれて果てた。

「大丈夫?」
 工房に戻るなり一目散に自分に駆け寄った葵を、菊太は「ありがとう、お疲れ様」と笑顔で迎えた。
「これで今日も皆を迎えられるよ」
 変わらぬ菊太の様子にヒノトも安堵し、虹は開門の準備に行った聞いた華檻は「手伝いに行ってきますわ」とまた走り出す。
 やがて聞こえるざわめきは、優しい灯と可憐な桜の共演を愛でる人らの声。それらをまだ遠くに、夜は今宵も燈した月の道にふと想いに沈む。
 水は欠けた器から滴り落ちるばかりだが。灯は零れても優しい。
 ――私の欠いた心にも、いつか温かな燈が灯るだろうか?
 柔い芯に触れる囁きは、桜風のみ震わせ。
「何か言ったかね?」
 首を傾げた菊太に夜は「また腕を磨きに訪れても良いですか?」と言い直す。
 答は勿論。
「君らが灯を形にしたくなったら、いつでもおいで」

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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