載霊機ドレッドノートの戦い~火花散る

作者:長谷部兼光

●弩級兵装・オルタナティブ
「ダモクレスが展開した先の作戦。その結果として彼らは二つの弩級兵装を失い、二つの弩級兵装を得た。『弩級超頭脳神経伝達ユニット』と『弩級外燃機関エンジン』がそれだ」
 彼らは回収した弩級兵装を載霊機ドレッドノート―今は眠る弩級ダモクレス―に組み込んで、これの再起動を図るつもりらしいとザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は語る。
「まぁ、弩級『兵装』と、それぞれがあからさまにロボットの追加パーツみたいな名称だからな。ある種順当と言えるかもしれん」
 しかし……あの時破壊とまではいかなくとも、彼らの回収した兵装にも大きなダメージを与えたはずだ。
「ああ。その影響で弩級ダモクレス・ドレッドノートがすぐに起動する事は無い。今、ダモクレス達は現存している兵装の修復と、失った兵装の能力を代替品で補おうとしている際中だ」
 今回の作戦で弩級ダモクレスの起動自体を阻止することは出来ない。
 が、弩級を守護・修復しているダモクレス達を奇襲することで、間接的に弩級を弱体化出来るだろう。
「弩級が起動すれば間違いなく『戦争』となる。問題はその時、弩級は100%に近い性能を発揮出来るのか、それとも10%程度の力でしか動けないのか、だ」
 今回の作戦の結果が、来るべきケルベロスウォーの難易度に関わると考えて間違いない。

●ケルベロスウォー・前哨戦
 現在、載霊機ドレッドノートは、ダモクレス軍団によって制圧されている。
 それを率いる指揮官型の数は六。
 ドレッドノートの周辺には、マザー・アイリスの量産型ダモクレスの軍勢が展開しており、ケルベロス・ウォーを発動しなければ攻め込む事は難しい。
「真正面から突っ込めば馬鹿を見る物量だ。故に無視する。ヘリオンで上空から量産機の波を飛び越えて、降下作戦を敢行する」
 この際障害となるのが踏破王クビアラの配下。
 彼らは対ケルベロスの作戦として、ドレッドノートの周囲に『ヘリオン撃破用の砲台』を設置し、その守備と砲台の操作を行っているため、これを撃破する必要がある。
 砲台がある限り、ドレッドノートに直接ヘリオンで降下するのは大きな危険にさらされるだけでなく、作戦終了後に撤退するケルベロスを回収する事も難しくなる為、必ず破壊する必要がある。
 砲台制圧の為に、砲台直上まで突入したヘリオンからケルベロスを降下、その後ヘリオンは離脱する。そのままでは撃墜される可能性が高いからだ。
「空中でヘリオンへの攻撃を防ぎつつ、砲台に取り付き、砲台を守るダモクレスを撃破し、砲台を破壊してもらう。先ずは制空権の確保だ。此処を担当するチームは実質的に味方の進路と退路を預かることになる」
 制空権を確保した後、向かうべき目標は四つ。

 第一にジュモー・エレクトリシアンとその配下。
 この部隊はドレッドノートの歩行ユニットの修復を行っている。
「飛行ユニットを失ったので代わりに歩けるようにしようと、そういう理屈だ」
 只の徒歩。しかし弩級となると話は違ってくる。
 載霊機ドレッドノートの二足歩行時の最大速度は『時速200km』を超えると推定されている。
 完全な状態まで修復する事は不可能としても、ジュモー・エレクトリシアン達の修復により、時速100km以上での移動は充分に可能な状況だ。
 それだけの速度が出せれば、ケルベロス・ウォーの戦闘中に東京の都心部まで楽に移動できよう。
 その機能を封じるためにも、修復するダモクレスの破壊は重要事項だ。

 第二にディザスター・キングが守る『弩級外燃機関エンジン』。
 ディザスター・キングの軍団は、自らがエンジンの部品として連結する事で、弩級外燃機関エンジンの出力を確保しようと試みている。
 エンジンと繋がっているディザスター・キングの軍団を撃破する事で、それの出力を下げる事が出来る。
 起動した載霊機ドレッドノートは、このエンジンから生み出されたエネルギーを利用して、数多くの戦闘用ダモクレスを生み出す。
「『弩級外燃機関エンジン』の出力は、ケルベロス・ウォー時の戦闘用ダモクレスの数と戦闘力に直結する。こちらにとっては低いに越した事は無いな」
 エンジンを完全に停止させる事はできないが、可能な限り、多くのダモクレスを撃破し、その出力を弱めればそれだけ後が楽になるはずだ。
「ディザスター・キング自身は、『弩級外燃機関エンジン』の中心部に近い区域で、大量のエネルギーを供給している状態だ」
 その周囲は強大なエネルギー流で囲まれているため、通常近寄ることは出来ないが、十体以上のダモクレスを撃破する事ができれば、このエネルギー流に使うエネルギーが枯渇し、ディザスター・キングを攻撃できるようになる。
 彼を狙う場合は、このエネルギー流のある中心部近くまで移動し、他のチームがエネルギー供給をするダモクレスを撃破するのを待ち、エネルギー流が消えてから、ディザスター・キングと戦闘をする必要がある。

 第三の標的はコマンダー・レジーナとその軍団だ。
 彼女は載霊機ドレッドノート脊髄部に配下のダモクレスを護衛として、『弩級超頭脳神経伝達ユニット』の修復作業を行っている。
 彼女がユニットの修復が成功した場合、ドレッドノートはその巨体を自由に動かし、攻撃を仕掛ける事が可能となるだろう。
 弩級ダモクレス・ドレッドノートが腕を振り回して地を殴るだけで、直系数キロメートルのクレーターが出来上がると想定される。
 その上ドレッドノートは、その拳で殺害した人間のグラビティを奪う能力がある。
 この能力を持ったまま活動し続ければ、ドレッドノートはより強力な力を獲得しつつ、永久に破壊活動を行うだろう。
 このシステムを破壊する為には、コマンダー・レジーナを撃破する必要がある。

 最後に、イマジネイター。
 弩級兵装回収作戦で動きのなかった指揮官型ダモクレス。
 イマジネイターは、ドレッドノートと一つとなり、自らがドレッドノートの意志となるべく融合しようとしているようだ。
 イマジネイターの融合が完了すると、載霊機ドレッドノートはイマジネイターという意志を持つ、弩級ダモクレスに生まれ変わり、逆にイマジネイターの融合が行われなかった場合、載霊機ドレッドノートは、意志を持たない兵器のままだ。
 無論、兵器としても弩級の能力がある為、危険度はあまり変わらないかもしれない。
 イマジネイターを撃破する事で、載霊機ドレッドノートとの融合を阻止することが可能だ。
 融合を阻止した場合、ケルベロス・ウォーに敗北した場合でも、載霊機ドレッドノートが意志をもって動き出す事が無い為、被害は限定される。
 融合が行われ、更に、ケルベロス・ウォーに『敗北』した場合、イマジネイターの意志を持つ載霊機ドレッドノートが、弩級ダモクレスとして活動を開始するため、大きな被害が予測される。
 イマジネイターを撃破するためには、イマジネイターを守る全てのダモクレスを撃破する必要がある。
 イマジネイターを守る全てのダモクレスを撃破する事ができれば、融合途中のイマジネイターを撃破する事はそう難しくないだろう。
 イマジネイター軍団は、個々の連携が取れないため、敵の数が多くても一体ずつ相手取って戦闘を仕掛ける事が可能だ。
 しかし、強敵のダモクレスを相手にして連戦で勝利するのは難しいので、イマジネイターの撃破を目指す場合は、相応の戦力を投入する必要がある。
「イマジネイターが猛威を振るようになるのは、飽くまでこちらがケルベロスウォーで『敗北』した場合に限定される。ダモクレスとの戦争に勝利できる自信があるのなら、いっそ無視を決め込むのも手だろう」

 本作戦に参加するケルベロスは四十チーム計三二〇名。
 誰が何を為すべきか。
 それを決めるのは外ならぬケルベロス自身だ。
「今回の作戦は、敵の勢力圏内での奇襲と言う事を忘れるな。目標を達成したら即座に撤退するんだ……無理をするな、とは言わん。だが戻ってこい」


参加者
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
鋼・業(サキュバスのウィッチドクター・e10509)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)

■リプレイ

●突入
 ドレッドノートの造形。
 ダンジョンの壁面を伝う駆動音。
 歯車が刻む律動。
 アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)は普段それらに抱いている好奇心を一時胸中にしまい込む。
 レジーナ軍団を目標に据えた班は12。
 96名のケルベロス達がドレッドノートの内部を進み、脊椎部へと到達すると、班単位で散開し、各々が事前に定めた宿敵と交戦を開始する。
「君たちがここまで来たと言う事は、クビアラの配下達は……そうか」
 青の鎧に赤のマントをはためかせ、その手に携えるのは一振りの長剣。
 歯車と、蒸気と、無数の配管で構成された戦場に立つその姿は、TVゲームでよく目にする勇者(ブレイブ)の普遍的なイメージそのものだ。
 そしてその像を再生しているのは恐らく、勇者の足下で青白く発光する円盤(ディスク)。
「こんにちは、ブレイブディスク。あなたの冒険はここで終わりです」
「そうはいかないな。スチームパンクのお嬢さん。悪いけど、君達の経験値になるつもりはさらさら無くてね」
 人々の命。仲間の命。避けて通れない戦いならば、出し惜しみはしない。
 アイラノレはバスターライフルの大口径を勇者に向け、彼もまた剣を構える。
 直後。極低温の光線が戦端を開く。
「こっちだって勇者の種族。真正面から、撃ち貫くよ!」
 光線の命中を確認すると、ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)は大きく息を吸い込んで、龍の翼を広げ跳躍する。
 地から跳んで天を踏み、そうしてノーフィアが繰り出した蹴撃は速度も威力も申し分の無いものだ。
「いいね。ならこっちは真正面から受け止めるだけだ」
 が、勇者はそれを間一髪と言った調子で相殺してみせる。
 一瞬の、拮抗状態。
「ペレ!」
 蒼い炎を身に纏うボクスドラゴン、ペレがノーフィアの声に応えて一鳴きすると、ブレスを吐き出し勇者を牽制する。
「なるほど。小さくても竜と言う訳だ」
 勇者がペレのブレスを受けたその隙を利用して、ノーフィアは距離を開け体勢を立て直し、そしてルーク・アルカード(白麗・e04248)が一気に距離を詰める。
(「他の戦場の仲間も覚悟を決めているだろうし、俺達も絶対に負けるわけにはいかない……!」)
 勇者の剣がルークに触れたその刹那、ルークの体は煙の如く掻き消えた。
「消えた? アサシン……分身か」
「!」
 勇者の背後を取ったルークの一撃はしかしマントを掠め空を切る。
 数舜の差だ。
 幽かに抱いていた緊張が知らずの内に指先にまで伝播して、刃を鈍らせたのだろうか。
 いいや。ただ運が良かっただけに過ぎないよ、と、勇者はルークの疑問に答える様に呟いた。
「勇者っていうのは、ツイているものだろう?」
 勇者が力を籠める様に剣を強く握りしめると、その刀身に雷が走る。
 鋭い雷が狙うのは、ルークだ。
 しかし、唸りを上げる雷の斬撃がルークの身を裂く直前、鋼・業(サキュバスのウィッチドクター・e10509)のビハインドが割って入って受け止めた。
「ナイス! ムツミちゃん! そのままポルタ―行こう!」
 業がムツミちゃんと呼んだサキュバス・ナース姿のビハインドの周囲。無造作に散乱していた歯車や部品たちが身動ぎするように震え宙に浮き、再び役目を得たと言わんばかりに四方八方から勇者に襲い掛かる。
「運が良かっただけなら、後は試行回数の問題だ。埋められないほど戦力差があるわけじゃない。大丈夫、きっと当たるさ。お医者さんを信じて。ね!」
 業が魔力を秘めた眼差しで前衛に語り掛ける。甘い言葉だ。根拠がない。だがこの言葉を受け取っとった前衛の心に、希望と自信の息吹が芽生えるのだから、不思議なものだ。
「ドクター。支援、感謝する。問題ない。相手が誰であろうと、この槍で切り刻むまでだ」
 レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)は業に短く礼を言うと槍を携え勇者を見据える。
 冷静沈着。その所作に一切の隙は無い。
 雷撃には雷撃を。レイリアが地を蹴り駆け出すと同時、彼女の槍は雷を帯び、大気を焼きながら勇者に迫る。まさしく疾風迅雷の速度で繰り出された槍撃は勇者を穿つ。
 槍を受けた勇者はよろめいて、その鎧に傷が入る。
 ……勇者はあくまで円盤が映し出している像に過ぎない筈だ。
 こちらの士気を挫くのなら無傷を演じた方が良いだろう。律儀にダメージの蓄積まで描写しているのは、此方の油断を誘うための作戦か、それとも、像のダメージと本体の耐久力が連動している証拠だろうか。
「どのような目論見があるにせよ、お前は此処で打倒する。ドレッドノートの指一本、動かさせるわけにはいかない!」
 多くの人間達が虐殺される光景を見る趣味は無い。
 エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)がライトニングロッドを掲げると、三度雷鳴が鳴り響き、迸る雷光が勇者を貫く。
 己が動くことで救える命があるのなら、問答無用で救うのみだ。
「ああ。無論だ。この身は護民の盾なれば……!」
 カジミェシュ・タルノフスキー(機巧之翼・e17834)の体を騎士鎧の如く覆うオウガメタルが銀光を発すると、前衛の感覚は研ぎ澄まされる。
 業の甘い言葉と相まって、もう、攻撃が外れる気がしない。
 そして、カジミェシュのミミック・ボハテルが主の隙を消す様に前へ出て、具現化した武装で勇者を攻撃する。
「神経伝達ユニットの破壊失敗は私の責でもある。今度こそは、破壊させて貰う」
「そうですね。為すべき事を為した後、皆さんと一緒に帰るのです」
 綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)は大量の紙兵を散布して、前衛の抵抗力を高める。
 その最中、鼓太郎はふと勇者の眼を見た。
 円盤が再生している像に過ぎない筈のその眼には、しかし確りと感情の色を宿し……彼には、彼なりの志があるのだろう。
 思わず、鼓太郎は勇者から目を逸らす。逸らした視線の先には、カジミェシュの姿があった。
 カジミェシュは力強く笑んで見せる。
「私としても、鼓太郎が居てくれるなら百人力だ。後ろは任せたぞ」
「……はい!」
「さあ、往こう。我らが護るべきものの為に!」
 二人が所持する兄弟剣、朧紅月と虚蒼月。
 柄に埋め込まれた互いの紅玉と蒼玉が光を受けて明々と煌いた。

●激戦
 刃がぶつかり、炎が舞い、光が爆ぜる。
 その最中、勇者と相対したノーフィアは、剣と拳を構え、
「黒曜牙竜のノーフィアよりレジーナ軍団のブレイブディスクへ、魂と剣の祝福を!」
 大きく名乗りをあげた。
「ふふふ、これは困ったな。まさか敵に祝福されるとは思っていなかった。気持ちのいい子だ」
 生憎と、こちらから返せるものは、君を傷つける事しか出来ない物だけ。それで構わないだろうかと勇者はノーフィアに問う。
「望むところ!」
 ノーフィアはくるんと縦に体を一回転させると、遠心力を味方につけて、己の尻尾を思い切り勇者に叩き付ける。その尾に宿すのは、降魔の一撃。攻撃と回復を一挙に成し遂げたのだ。
 さらにペレの回復を受けたエメラルドが、間髪入れずに雷槍による追撃を仕掛け、麻痺の蓄積を狙うが、勇者はしびれる体を無理やり動かし、鼓太郎目掛けて火球を放つ。
 その攻撃を紙一重で察知した業は火球の射線を遮って、鼓太郎を庇う。
「勇者様が真っ先に回復役を潰そうとするなんて、ちょっと狡いよね。やるんなら正々堂々、俺と勝負しな!」
「受けて立つ、と言いたいところだけど、遠慮しておくよ。君の相手は骨が折れそうだ」
 挑発には乗ってこなかったが、勇者の言は業に対する賛辞と受け止めていいだろう。
 仕様がないと気を取り直した業は、前衛に薬液の雨を降らせ、リカちゃんはその間勇者を金縛る。
 業のメディカルレインはルークを癒すと同時に、彼の体に付着した血や汚れも雪いだ。
 美しいアルビノの毛並みを取り戻したルークは、鈍く輝く一対のナイフを振るう。
 閃く光は百か二百か三百か。
 乱舞の如きその動きは、しかし寸分の狂いも無く性格に勇者を刻んだ。

●達成
 交戦開始から十数分。
 アイラノレが論理爆弾を勇者へ接触させた直後。
 突如として無数の砲音、銃声が駆動音や律動を押しのけ脊椎部全域に木霊する。
 その後、一拍遅れて響いてきたのは割れんばかりの大きな歓声。
 自班が今いる地点は入り組んでおり、脊椎部全域の把握は出来ない。
 アイズフォンや通信機器の類も使用不可能だ。
 一体何が起こったのか、推察するより他ないが、もしや……。
「レジーナ。倒れたか……」
 勇者が力無く項垂れそう零す。
 恐らくは真実だろう。十数分程度の付き合いだが、それでもでまかせでかく乱するタイプでは無いと確信できる。
 レジーナ撃破が達成できたのなら、最早これ以上此処に留まる理由は無い。
 此処は敵の勢力圏。一刻も早く脱出するべきだ。

 だが。それは。勝利を得たケルベロス側の理屈でしかない。
「僕はただ、僕の仲間たちを助けたかった。そして、飢える仲間たちを救いたかったんだ……」
 ――ああ、そうか。アイラノレは悟る。
 自分は人を守ると誓った時、レプリカントになった。
 だが彼は正反対に、仲間を守ると誓ったからこそ。ダモクレスで、勇者なのだろう、と。
「僕にも意地がある。このまま無事に帰すわけには行かない。君達には、ここで倒れてもらう」
「そんな事はさせない! 誰一人として、落とさせるものか!」
 鼓太郎はそう叫びながら、溜めた気力をカジミェシュへ譲渡する。
「いいや。落とすよ。クビアラ軍団、レジーナ。せめて、僕が彼らの無念を晴らそう」
 死者に思いを馳せながら、勇者は自身の傷を癒す。
 ……これは空ろの対極だ。拾えるものは全て拾って詰め込んで、今にも破裂しそうになりながら苦悶の悲鳴を上げている。
「そうだとも! 此処は我等の死に場所にあらず。進め、進め! 死ぬる時にはあらざるぞ!」
 無事の生還を願って進軍喇叭を高らかに。その音色がアイラノレと鼓太郎を癒し、従者のボハテルは愚者の黄金をばらまいて、カジミェシュは後衛二人の盾となるよう位置取った。
 彼が纏う鎧は己の身を守る為ではなく、大切な人々を守る為にこそある。
「所詮は勇者の紛い物……今すぐに鉄屑へと変えてやろう」
 レイリアの光翼が眩く輝く。
「多分、君の言う通りなのだろうね。いま、僕の心に渦巻く感情は、きっと勇者らしからぬ……とても、どす黒いものだ」
「……そうか」
 レイリアが数秒瞼を閉じ、そして開くと同時、彼女の全身が光の粒子に変じ、粒子は 勇者の形をその心中ごと貫いた。
「此処が、貴様の墓場だ」

●勇ましき者達
 血反吐を吐き、疲弊して、痛みを抱え、それでも足掻きながら武器を振るうその姿。
 麗しき英雄譚には程遠く。しかし無辜の人々のために戦う彼らは間違いなく……英雄だった。
 レジーナの死を切っ掛けに、ディスクの戦闘能力が上がっている。サーヴァント達はすべて倒され、エメラルドは槍を杖の代わりに使って何とか立っていられる状態だ。
「彼の者は来たれり! 見よ! 空を穿ち、大地を揺るがし、海を割りて、今ここに凱旋するべく奮い立つ! 我らが英雄の不敗たるを称えよ!」
 故に、エメラルドは歌う。カジミェシュと同様、勝利を引き寄せ、仲間の凱旋を願うために。
 ディスクの一太刀がエメラルドの意識を奪ったのは、彼女が英雄凱旋歌を歌い終えた直後だった。
「……ッ! これ以上は……!」
 鼓太郎の顔が曇る。ディスクが退路を塞いでいる以上、強引に撃破しなければ脱出できないが、さりとて無茶をしてここからさらに仲間が倒れれば、八方塞がりだ。
「倒れるなんて、許しませんから。絶対一緒に帰るんですから!」
 鼓太郎が唱えるのは心照御霊ノ祝詞(ココロテラスミタマノノリト)。
 鼓太郎の心臓付近から光の球となって顕れた『加護』の力がアイラノレを包み、癒し、そして役目を終えた光球はゆるりと解け、静かに消える。
「アイラさん!」
「鼓太郎さん……解ってますよ!」
 ドラゴニックハンマー・クリーヴブレイカーの内部で大小無数の歯車たちが音を立てて組み替わり、大砲形態へと変形を遂げる。
「負けられませんし、負けません!」
 大量の蒸気と共に発射された砲弾は勇者の足取りを鈍らせて、
「カミル!」
「アイラ……任せてもらおう!」
 カジミェシュが朧紅月を引き抜いて、勇者の足下、円盤に突き立てると、勇者の映像が一際大きく歪んだ。
「終わりが見えて来たな。機械なだけあって、流石に硬かったが……永遠に耐え切る事までは出来まい」
 ここが正念場だろう。
 レジーナ撃破と言う目的は果たせども、まだ戦いは続く。足を止めてはいられない。
 レイリアが『空』の霊力を纏わせ槍で勇者を貫くと、彼の体を蝕んでいたあらゆる悪性が増幅されて彼の体を食らいつくさんと暴れ回る。
「さて、それじゃあおっさんも少し本気、出しちゃおうかなっ!」
 慣らす様に腕を数度回した業が繰り出した拳は、音速の壁を越えて勇者を円盤毎吹き飛ばした。
 吹き飛ばされた勇者に追撃を仕掛けるのは深紅の狼……血に塗れたルークだ。
 己の姿を気にしてはいられない。戦えば、再び血に塗れるのは必定。
 最低限、瞳に落ちる雫をぬぐい、勇者に迫る。
 勇者の剣がルークに接触し、ルーク、否、分身が掻き消える。
 そして勇者の背後に現れた本体も、剣で迎撃され―――いや。
「分身……!?」
 相殺・多重分身。
「そこだ! アサシネイト!!」
 翻弄し、完全に勇者の背後を捉えたルークの一撃は彼の気力と体力を根こそぎ奪う。
「終わる……のか!? ここで、僕も!?」
「ああ、さよならだよ。その骸、その魂。勇気も誇りも、その悉くを喰い砕く!」
 ノーフィアが指し示した先に現れた魔法陣が漆黒の球体を生成する。
「我、流るるものの簒奪者にして不滅なるものの捕食者なり。然れば我は求め訴えたり、奪え、ただその闇が欲する儘に!」
 その球体はブラックホールの如き超重力場と考えていいだろう。凄まじい吸引力で勇者を引き寄せ、黒球内部に閉じ込め、収縮し、円盤ごと勇者を圧壊せしめた。

 鼓太郎はエメラルドを抱きかかえる。
 退路は開けた。
 これ以上、ブレイブディスクに戦う力は残されていない。
「……勇者は男の子の憧れ、か。ダモクレスだったけど、君は立派な勇者だった。俺はそう思うよ」
 業は復活したリカちゃんにゆるりと持たれ掛かりながら、勇者に賛辞を贈る。
「回る論理と廻る理論。理解に到れば待つのは寂滅。理解せざれば追うのが破滅。――前後不覚、停止の時間です」
 アイラノレがそう告げると、勇者は幽かに笑う。
「わかっていたんだ……独り(ソロ)じゃ君達に勝てないって。そのための指揮官(コマンダー)だった……それでも僕は……きミたチ……ニ」
 ひびの入ったディスクから火花が散って、事切れる。
 酷く……儚い光景だった。

作者:長谷部兼光 重傷:エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月14日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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