お菓子の家にご用心

作者:ZOO

 その製菓工場からはいつも、甘いような、香ばしいような、いい匂いが漂っていた。
 そんなこともあり、周辺の住民からは『お菓子の家』と呼ばれて、親しまれていた。
 ある日、新しく工場長に就任した男が話をするために作業員たちを倉庫に集めた。
「この度、新しくこの工場を任されましたが、私は今までのやり方を一新しようと思っています。はい」
 新工場長がみんなの前で切り出す。
「まずは古くなった工場自体の改修、それから商品もすべて新しいものに変えます。はい」
 作業員たちがどよめく。
「新しい商品は決まっているんですね。はい。新商品は……」
 作業員の戸惑いを気にせず続ける工場長。
「アンドロイド」
 作業員たちがポカンとした顔で工場長を見る。
 すると、見る間に工場長の体は膨張し、服が破ける。中から銀色のボディが姿を現す。
 作業員たちは叫びながら逃げ出し、出口を開けようとするが、押そうが引こうがびくともしない。
 工場長はなおも続ける。
「材料の確保も済んでおります。はい。……君たちですね」
 お菓子の家から甘い匂いはもう、しない。
 
 朝霧・紗奈江(カフェテラスオーナー・e00950)がその可愛らしい童顔を少し歪ませて話し始める。
「わたしの贔屓にしているお菓子会社の工場の人事が最近どうも怪しいって噂を聞いていて、胸騒ぎがしていたんだけど、どうも的中してしまったようなのです。説明をお願いしていいかな、ねむちゃん」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003) がケルベロスたちに向かって話す。
「はい。紗奈江ちゃんからは相談を受けていたことなのですが、実は人間の世界に入り込んでいたダモクレスが悪いことをしているようなのです。神奈川県の人の少ないところにある工場が占拠されていて、五十人くらいの人たちが閉じ込められています。ダモクレスはその人たちを改造して、自分たちの仲間を作り出そうとしているみたいですよ。ケルベロスのみなさんにはすぐに工場に行ってもらって、その人たちを助けてほしいのです。そして、もちろん、そんなことをしたダモクレスを倒してきてもらいたいのです」
 続いて、ねむが状況についての詳しい説明を始める。
「敵のダモクレスは人間と同じような形をしていて、武器はガトリングガンを装備しています。戦うときには人質になっている人を盾にして戦う可能性が高そうです。近づいてしっかりと倒すか、遠くからなら人質の人に当たらない工夫をして下さい。」
 と、ここまで話して一度息を継ぎ、また話し始める。
「人質の人たちについてですが、大多数の人たちをは倉庫の中に作られた檻に閉じ込められているみたいですね。工場は倉庫と生産ラインで部屋が分かれていて、ダモクレスは改造する施設を作るために生産ラインにいるようです。でも、必ず数人の人質を連れて移動しています。倉庫の人質を助けるときには、敵と離れているとはいっても、大きな音をたてると気づかれてしまいます。人質のためにも静かに動いてください。工場の外に逃がしてくれれば、残りの救助は外にいる人たちに任せれば大丈夫です。あとはダモクレスを倒すことと、残りの人質を助けてください」
 最後にねむが大きな声で話す。
「今回の工場で作られていたお菓子は、たくさんの人たちに愛されて、幸せを与えてくれていました! もちろん、ねむもそのお菓子が大好きです! そんなものを人間を材料にしたアンドロイド工場にさせてはいけません! ケルベロスのみなさんっ! よろしくお願いしまーすっ!」


参加者
岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)
マリエル・バールレンクビスト(大地を穿つショベルガール・e00491)
鈴ヶ森・真言(心象監獄の司書・e00588)
宗像・孫六(刀犬士・e00786)
ラーダ・ナーザ(煙竜・e00864)
ルピナス・ヘリオドール(たいようのおおかみ・e01392)
リディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588)
鷹藤・妃麻(肉食系にゃんこ・e16331)

■リプレイ

●救出
 ケルベロスたちは工場のすぐそばまで来ていた。
「おかしこーじょーでダモクレスりょーさんなんてゆるせないっ! ボクのゆめのくに、まもるんだからー!」
 ルピナス・ヘリオドール(たいようのおおかみ・e01392)はそう言って、今回の犯人に憤慨している。
「人質は救出する。ダモクレスも倒す。両方やらなくっちゃあならないってのがケルベロスの辛いところでござるな!」
 そんなことを言いながら、宗像・孫六(刀犬士・e00786)が猫に変身を始める。
「お菓子工場の占領……か。ケルベロスとしても個人としても許し難いね」
 岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)も黒い狐に姿を変えながら、潜入の準備をする。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、お菓子を守れと私を呼ぶ……! 人に害為す外道なダモクレスは……成敗でぃす!」
 リディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588)が作戦を前にテンションを上げている。
「気合いが入ってんのはいいことだがね、今からは気配を消していかないとだね。……さあて、行こうか嬢ちゃん」
 ラーダ・ナーザ(煙竜・e00864)はリディアと連れ立って、人質の救出をする班とは別の場所に向かっていった。
「お菓子工場を潰してアンドロイド工場にするなんてごんごどーだんにゃ! 妃麻ちゃんが懲らしめてやるにゃ!」
 鷹藤・妃麻(肉食系にゃんこ・e16331)もそう言いながら、身を隠すために猫へと変身する。
「さて、俺も潜入の準備をしないとな」
 鈴ヶ森・真言(心象監獄の司書・e00588)がその可愛らしい見た目とは裏腹の男らしい言葉遣いで話しながら、自身の気配を断った。
「絶っ……対に皆を助け出してからダモクレスの装甲をボッコボコにしてやるのですよーッ!」
 マリエル・バールレンクビスト(大地を穿つショベルガール・e00491)が、気合いを入れながら、どう見てもショベルにしか見えない愛刀を構える。
「みんな行きますよー!」
 マリエルはそういうとゆっくりと工場の倉庫の壁にショベル……いや、愛刀を突き立てる。すると、鋼鉄で出来ているはずのその壁はまるでスプーンでプリンを救うようにさっくりと切り取られた。
 人が一人通れるようになった穴にケルベロスたちが気配を断って入っていく。
 倉庫の中を進んでいくと、その片隅に檻のようなものを見つけた。
 人質たちは絶望に打ちひしがれるようにうつむいて座っていたが、その中の一人がケルベロスたちに気づく。
「……ん? おい、猫がいるぞ」
 孫六が変身した猫に気づく人質。
「野良猫が入り込んだのか? あ、よく見たら後ろにも猫。あ、その後ろには、え? 狐!? こんなところに!? あ、よく見たら人も……!」
 人質たちはケルベロスたちに気づき、助けが来たのだと気が緩んだようだ。ざわざわとし始める。
「まずいでござるな」
 孫六が人々のざわめきにいち早く気づき、気を放って人質たちにプレッシャーを与える。
 ざわめいていた人々があっと息を飲み、緊張感の交じった静けさが訪れる。
 ルピナスが人差し指を口に当てながら、人質の一人に手を伸ばす。
「てきにバレないように、みんなでしずかににげて。ぜったいしゃべっちゃだめだよ」
 テレパスでそのことを伝え、伝えられた人物も何とかボディランゲージで全員と意思の疎通ができたようだ。全員に目的が伝わる。
「では、檻は私が」
 響が小声でそういうと、檻のそばから人質を遠ざける。
「……ドラゴニックミラージュ」
 響の手のひらから竜のような炎が飛び出して、檻をチョコレートのように溶かしていく。人がゆうに通れる穴が出来上がる。
「さて、おさない、走らない、喋らない、でござるよ。」
 孫六が相棒の弥七と共に人質を守るように立つ。
 人質たちが静かに檻から抜け出していく。

●監視
 一方、リディアとラーダは工場の生産ラインにいた。
 気配を断って潜入し、敵のダモクレスを見張っている。
「人質は二人かい。やれやれ、卑怯という二文字がよく似合うこった」
 ラーダが敵の様子を見てつぶやく。
 視線の先の敵は、左手に鎖で巻いた人質を盾のようにして吊るし、工場の機械をいじっている。吊られている人質は恐怖で声も出ないようだ。
「ナノちゃん。まだ静かにしているでぃすよ」
 リディアが自分の相棒に向かって小声で話しかける。
 工場の生産ラインは動いているものの、作られているものはお菓子ではなく、何やら得体の知れないものになってしまっていた。
 ふと、ダモクレスに動きがあった。
「ん? なんでしょう。空気の流れがさっきまでと違いますね。はい」
 ダモクレスがきょろきょろと辺りを見渡す。
「ラーダさん……気づかれたのかな?」
「いや、嬢ちゃん。落ち着きな。私たちに気づいたわけじゃなさそうだねえ」
 ダモクレスは何かを察知するかのようにまだ周りを見ている。
「もしも、ということかもしれませんね。はい。人質の様子を見に行きましょう」
 機械の改造を中断し、倉庫への道を進もうとするダモクレス。
「行かせないでぃす!」
 そこにリディアが飛び出す。
「スタァァ……ゲイッザァァァァッ!!」
 素早く重い蹴りがダモクレスに向かって飛ぶ。
「なるほど、こちらにもいたのですか。厄介ですね。はい」
 ダモクレスは間一髪でそれを避ける。
 蹴りは地面をえぐり、ダモクレスの足を止めた。
「リディアの嬢ちゃん、よくやってくれたね」
 ダモクレスの前にラーダも姿を現す。
「お菓子の家と魔女なんて、なかなかいい組み合わせだと思わないかい?」
「それなら、焼かれて死んでもらいたいものですね。はい」
「かっかっ! せっかくだけどねえ、お断りするよ。今日びの魔女役はあんたに譲ろう。竈で焼かれるのはアンタの方さ? ……煙に巻かれて踊りな」
 そう言って、煙草をふかすラーダ。その煙はもうもうと立ち込め、ダモクレスを包んでいく。
「足止めですか。ただの煙ではありませんね。はい」
 ダモクレスは何とか煙を払おうとするものの、煙は生きているかのようにダモクレスにまとわりつく。
「面倒な煙です。しかし、仮にも私は工場長。この工場内は目をつぶっていたって歩けます。はい」
 そう言って、倉庫の扉に向かって走るダモクレス。
「ナノちゃん!」
 リディアが叫ぶと、相棒のナノナノがハートの光線を放つ。
「可愛らしい攻撃ですが、すでに見切っています」
 すでにダモクレスは煙から脱し、光線もするりと避ける。
「これで人質の救出は失敗ですね。はい」
 ダモクレスはとうとう扉に到着し、ガトリングガンで無理やりに扉を吹き飛ばして、倉庫へと到着した。

●乱戦
 扉を吹き飛ばした勢いもそのままに倉庫に踏み入るダモクレス。
 しかし、彼はその倉庫の違和感に気づくことになる。
「なるほど、私は失敗してしまったようですね。はい」
 檻の中にすでに人はなく、倉庫の中にすらいない。
 さらに周りを見れば、ケルベロスたちが自分を取り囲んでいることに気づく。ダモクレスが入ってきた扉からもすでにラーダとリディアが追いついてきている。
「絶体絶命ですね。はい。……しかし、君たちを倒して君たちの体を新商品の材料にすれば問題のないことです。はい」
 ダモクレスはそういうと、左手の人質を盾のようにして構えると右手のガトリングガンを撃ち始めた。
「人質を盾にするなんて、卑怯なやつにゃ! ……気咬弾!」
 妃麻が敵の攻撃を避けながら、自らのオーラを放つ。
 その攻撃を人質の盾で防ごうとするダモクレスであったが、オーラの弾は人質をすり抜けるようにして、ダモクレスに向かう。
「しかし、甘いです。はい」
「何が甘いんだって?」
 オーラの弾を避けた先には真言がすでに構えを取っていた。
「禁縄禁縛呪!」
 真言がそう唱えると半透明の何者かがダモクレスの左腕を鷲掴みにする。
「動けないですね……はい」
 人質を持つ手が動かせなくなったダモクレスに向かって、孫六が飛びかかる。
「その人たちを離すでござる! 火遊び火傷じゃ済まないでござるよ! ……星火燎原の太刀!」
 孫六が燃える刀を構えて左手に切りかかる。ズバッといい音がしたと思うと、ダモクレスの体から左手が切り離され、捕まっていた人質たちもダモクレスから解放される。
「また人質にされても困る。返してもらうよ!」
 解放された人質をすかさず響が回収する。
「返すくらいなら死んでもらいましょう。はい」
 ダモクレスが人質に向かって銃口を向ける。響が人質を抱える。
「みーんな、ボクがまもるんだから!」
 銃声がなった瞬間、ダモクレスと人質の間にルピナスが入り込む。
「ぐっ!」
 銃弾がルピナスを襲うが、そのおかげで響と人質にダメージはない。
「ぜーんぜんいたくないんだからあ!」
 気合いを入れて立ち上がるルピナス。
「ありがとうルピナスさん。助かったよ」
 響は人質を出口に逃がしながら、ダモクレスに向き直る。
「……デウスエクスの命が欲しいと、この剣は歌う」
 刀を構える響。
「……この一太刀にてウェンカムイを暗き国へ繋ぎ止める。さぁ、ともに舞おうか! 神喰飛刀!」
 禍々しい気を放つ刀が響の手に握られ、ダモクレスへと踊りかかる。
「万全でない今、避けられそうにないですね。はい」
 ダモクレスは残った右腕で響の攻撃を受け続けるものの、どんどんと損傷は激しくなっていく。
 その刀はダモクレスを追いつめていき、とうとうその右腕も切り落とす。
「そろそろとどめなんじゃないかな? 今こそ、わたし達の絆パワーを見せる時ッ!行っくよ二人とも~ッ! それじゃ皆さん!  拍手で御迎えくださ~い♪」
 そう言って、ショベルのような武器を地面に突き刺すマリエル。
 すると不思議なことにそこから水があふれ出し、どこから来たのか色とりどりのイルカたちが敵に向かって突進していく。
「任せるにゃ!」
 マリエルの言葉を受けて、イルカの背に飛び乗る妃麻。
「おっけーマリィさん! やぁってやるでぃす!」
 そして、リディアもイルカの背に乗る。
「何なんですか、この攻撃は。はい」
 両腕を失ったダモクレスはなすすべもなく攻撃を見守る。
 ところが。
「あれ? ちょっと暴れちゃだめにゃ!」
「ああ! これ難しいでぃす!」
 妃麻もリディアも高速で泳ぐイルカにうまく乗れずにすってんころりんと後ろに転ぶ。
「痛いにゃ!」
「痛いでぃす!」
 そんな妃麻とリディアの悲鳴など知ったことではないという風にイルカたちは本来の目的通り、ダモクレスに向かって突進していく。
「こ、この攻撃は本当に何なんですか……はい」
 イルカたちの打撃により立つこともままならないダモクレス。
「はい。はい。ハイ。ハ……イ。……イ……」
 イルカたちの打撃を受け続け、とうとう意味のない言葉を繰り返すだけとなっていった。
 役目を終えた海の生き物たちはどこから帰ったのかすでに消えていた。
「まったく、お嬢さんたちは本当になにしてるんだかねえ」
 呆れたようにそう言って、ドカンとダモクレスの頭を叩くラーダ。
「……」
 完全に沈黙するダモクレス。
「緊張感ってもんがないよ。本当に」
 そういって、最後にラーダは煙草に火をつけた。

●お菓子の家は守られて
 戦闘が終わり、工場の壊れた箇所をヒールで治していったケルベロスたちは、工場の倉庫でお菓子を囲んでいた。
「今回はみんなの勝利だね! イエーイ!」
 そう言って、マリエル、リディア、妃麻がお互いにハイタッチを交わす。
「まあ、何にせよ、一人の死人も出さずに済んでよかったでござるよ。……それにしてもこの菓子はうまいでござるな」
 孫六が甘いお菓子をもりもりと食べながら話す。
 戦場となった倉庫のお菓子のうち、工場の人々がお礼にと、売り物にできない傷のついたお菓子を分けてくれたのだ。
 工場の人々も孫六の食べっぷりにはニコニコとしている。
「こんなにおいしいお菓子。自分でも作れたらいいんだけどね」
 そういって複雑な表情でお菓子を口に入れる響。料理は苦手である。
「俺は甘い菓子よりはしょっぱいのがいいな。見た目はこんなんだけど、中身はおっさんだからさ」
 バリバリと胡坐をかいてせんべいをかじる真言。見た目と言動が実にアンマッチだ。
「かっかっ! アタシも甘い菓子なんか久しぶりさね。煙草のみを続けてると縁遠くなっちまってるね」
 言いながらも、まんじゅうをつまむその姿はなかなか様になっている。
 そんな中、ルピナスはててて、と、工場の人々のところへ走り寄るとこう言った。
「これからも、おいしいおかし、たくさんつくってね!」

 お菓子の家からは再び甘い香りが漂っている。

作者:ZOO 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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