静かに、さらさらと――穏やかな春の気配を運んでくる風が、宵灯りに浮かび上がる桜の木々を揺らしていく。ひらり、ひらりと彼方へ舞い上がる花弁の行方を楽しそうに眺めながら、螺旋の仮面を被った女はしっとりとした声色で配下へと命を下した。
「あなた達に使命を与えます。この街に居る万華鏡職人……廃硝子を用いて作品を作り上げる彼の者と接触し、仕事内容の確認を行うように。可能であれば技術を習得した後、殺害しなさい」
グラビティ・チェインの略奪は、してもしなくても構わない――奇術師めいた女が淀みなく続ける言葉に、側に控えていた軽業師の少女たちは、畏まった様子で一礼する。
「……了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無さそうなこの事件ですが」
「巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす……蝶の羽ばたきとなるのでしょう」
くすくすと妖艶に笑う女――ミス・バタフライが、戯れのように蝶のまぼろしを操れば。灯火の中、桜の花弁はさざ波の如くはらはら散っていく。
――ああ、目まぐるしく視界を過ぎる華こそ、万華の彩のようだと。そう思われた刹那、女たちの姿はふっと掻き消えていた。
真剣な様子で、手元の筒をじぃっと見つめているのはオペレッタ・アルマ(オイド・e01617)。万華鏡の中に何処までも広がる世界に、彼女はすっかり魅せられていたようだった。
「職人をねらい、蝶がはばたく……『これ』は、そんな予感がしたのです」
その通りなんだ――と頷くエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)も、万華鏡の見せる綺麗な紋様に心惹かれているようだったが、気を引き締めて予知の詳細を語り始める。
「螺旋忍軍のミス・バタフライが、再び珍しい職業のひとを狙うみたいなんだ。……今回は、オペレッタさんが注意していた万華鏡職人さんが標的になる」
ミス・バタフライが起こそうとしている事件は、直接的には大したことが無いように思えるが――それは巡り巡って大きな影響が出るかもしれないと言う、厄介な事件となるのが特徴だ。
これを阻止しないと、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高い。さながら、蝶の羽ばたきが嵐を引き起こすと言うバタフライエフェクトのように。
「勿論、一般人が襲われるのを見逃すことは出来ないから。皆には今回、職人さんの保護と螺旋忍軍の撃破をお願いしたいんだ」
万華鏡職人はルリと言い、鉱石好きが高じて色とりどりの硝子を用いる万華鏡作りにのめり込んでいったのだとか。その中でも彼女は、廃硝子を用いて万華鏡を作ることにこだわりがあるようだ。
「廃棄された欠片たちを集めて、新しく生まれ変わらせる……そうして百花を添えることを、作品のテーマにしているそうだよ」
狙われたルリを警護しつつ戦うことも出来るが、安全を考慮するならば此方が囮になる方が良いかもしれない。幸い事件までには3日程度の猶予があるので、彼女から職人の手ほどきを受ければ、螺旋忍軍の狙いを自分たちに変えさせることも出来るのだ。
「事情を話せば、ルリさんは喜んで協力してくれる筈だけど……囮になる為には、見習い程度の実力が必要になるから、頑張って修行をしてね」
作成する万華鏡は、チェンバーと呼ばれる本体を回して覗く一般的なものだ。技術も勿論だが、やはり大事なのはどんな光景を作り出してみたいかと言う、芸術的な感性だろう。
「廃硝子って言っても、色合いから透明度、形まで全然違うみたいなんだ。それをどう組み合わせて、どんなものを表現したいのか……それが重要になると思う」
――ひとつとして同じものが視れないかも知れない、万華鏡の煌めきは正に千変万化だ。余りにも漠然とし過ぎて難しいかも知れないが、工房の中庭に咲く夜桜を眺めながら、自分なりの輝きを生み出すのも良い。
「へー、修行はじっくり行う感じなのか。なら仲間を誘って、一緒に万華鏡のデザインを考えてみたりすれば、いい閃きが浮かびそうだな」
其処で話を聞いていたヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)が手を挙げて、花見をしつつのひと時もお薦めかなと頷いた。彼も雑用をこなしながら、桜茶でも差し入れするぞーと、にかっと笑う。
――そうして囮が上手く行けば、螺旋忍軍に技術を教える修行と称して分断や先制攻撃など、此方に有利な状態で戦闘を始めることが可能になるだろう。向こうもまさかケルベロスが相手とは思わないから、足並みも乱れる筈だ。
「……棄てられた硝子が、あたらしい華へとかわる。『これ』はその姿を、もっと見てみたいとおもいます」
くるくると移り変わる世界を眺める度に、自分のココロが何かを訴えようとしている――そんな不思議な感覚に首を傾けつつ、オペレッタはひとつ瞬きをしてから皆に告げた。
「ですから、蝶のはばたきをとめましょう。そして……どうかココロを、教えてください」
参加者 | |
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鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632) |
繰空・千歳(すずあめ・e00639) |
オペレッタ・アルマ(オイド・e01617) |
遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978) |
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248) |
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992) |
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840) |
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448) |
●百花の庵
仄かな優しい光をともす、古びた石灯籠に照らされるのは、万華鏡職人の工房だった。街外れに居を構える其処は、まるで隠者の住む庵を思わせて――鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)は、桜舞う幻想的な光景に少しの間魅入ってしまう。
「ルリ先生、よろしくお願いしますっ」
万華鏡職人――真石・ルリと対面し、ぺこりとお辞儀をしたハクアと一緒に、ボクスドラゴンのドラゴンくんも興味津々と言った感じで頭を下げる。きっと彼も、ハクアと一緒に頑張るぞと意気込んでいるのだろうと――頭部の重みを感じつつ、瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)は思った。
頭に乗っている彼の相棒――ウイングキャットの夜朱はまあ、花より団子なのだろうが。そんな夜朱を触りたそうにしている、遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)を内心で微笑ましく思いながらも、灰はルリの作った万華鏡を手にして、ぐるりとその世界を覗き込む。
「……ああ、俺には縁の遠いものだが。懐かしく思うのは、この鏡の世界が昔見上げた星空に似ているからかもしれないな」
「うんうん! サバトラ猫……じゃなくて、万華鏡って浪漫だよね!」
つい本音が口を吐いてしまったが、きらきらした硝子が生み出す光景は、何時まで眺めていても飽きないもの――そう言った鳴海は、子供のように瞳を輝かせてこくこく頷いていた。
「……あ、ルリ様。宜しければこれを」
一方で、淑やかな仕草で挨拶をしたリコリス・セレスティア(凍月花・e03248)は、手土産として持参してきた焼き菓子の詰め合わせを差し出す。美味しそうだねぇと顔を綻ばせたルリは、休憩時間に皆で食べようかと頷いていて――俺もとヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)の方は、塩漬けの桜茶を差し入れていた。
「それでは、師事を頂けるかな。自分の世界を再現……となると、先ず技術が伴わないといけないだろうしね」
「うむ、繊細さと深き世界観をも表現せねばならぬとなると……実に修行のしがいがあるというものじゃ」
翠の瞳に深い智慧と好奇心を宿して、ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)が早速修行を申し出ると、ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)も老眼鏡をすちゃっと取り出して、準備万端と言った様子を見せる。
二人とも人派と竜派と言う違いはあるが、その捻れた角には感性や老獪さと言った、彼らの持つ性質が表れているように見えた。――そして実は二人とも、甘味には目がなかったりするのだが、それは一先ず置いておこう。
(「『これ』の世界を、表現する。それはとても難しいことのように、かんじられます」)
そんな中、仲間たちの持つ熱意や意気込みと言ったものを間近で感じたオペレッタ・アルマ(オイド・e01617)は、エラーと頭を抱えるばかりだった。皆には既に、思い描くものがあるのかもしれない――そう思えば尚更、漠然と捉えどころの無いものを形にすること、自分のココロを自分の手で表現することの難しさに、頭がしきりにエラーを訴える。
(「ココロを、しる……その先があるのだと『これ』は、きづきませんでした」)
更に表情を無くして俯くオペレッタに、その時励ますように微笑みかけたのは繰空・千歳(すずあめ・e00639)だった。自らも飴屋を営む千歳は、ものづくりの心意気は同じだと思うからと前置きして、きっぱりとした声でルリに宣言する。
「安心してね、あなたも大切な工房も絶対に傷つけさせないわ」
――そうして穏やかな春の宵、庭に咲く桜たちに見守られながら、一行の修行が始まったのだった。
●向き合うココロ、思い描く景色
修行は先ず、集中して万華鏡製作の技術を学ぶことから始まった。やはりそれなりの器用さや理解力が求められたものの、何とか万華鏡の構造を頭に叩き込んだ後は、夜桜に見守られながら廃硝子の選別を行う。
――万華鏡の中に広がる無限の世界。それを生み出す為に必要な煌めきを、自分たちの手でひとつひとつ選んでいくのだ。ゆったりとした環境で思案して欲しいと、中庭に作業台が設けられ――リコリスの焼き菓子と共にヴェヒターが桜茶を振る舞って、穏やかな時間の中作業が行われていった。
「硝子の欠片は様々な街で見たものじゃが。ここの欠片達は、どこか幸せな色をしている様に思うのじゃ」
しみじみと呟くゼーは、かつて幾多の戦場を渡り歩いた過去を思い出しているのだろうか。薄墨色の鱗は若い時に比べれば乾いているものの、鋭いまなざしに宿る光は、歳経た者独特の深みを感じさせるものだ。
「……ルリ殿がひとつひとつ、愛情を注いでいるからかのぅ」
柔らかい形と尖った形、淡い色合いと煌めく色合い――それらを混ぜて出来上がった光景は、まるで人の心のよう。だから、ひとつひとつではなく全体として調和が取れているように。ある一面だけではなく、傾けたまた違う面では見えるものも異なる――そのような世界や心を育てられると良いと、ゼーは思う。
「ふぅむ、万華鏡の中に広がる人生……その奥深さを表現出来ていれば良いのぅ」
其処でふと彼の指が硝子を摘まんで、老眼鏡越しの瞳が僅かに細められた。可愛い孫娘のような存在――彼女へ硝子をひとつ贈るのも、悪くはないと思いながら。
(「雪と白はわたしの世界、わたしの色」)
――幼い頃から焦がれていた、白い世界。己の愛する冬と雪を思い浮かべながら、ハクアの指先は廃硝子の中から、自分だけの色を追い求めて欠片を選んでいく。
「しんしんと降る雪の白、雪の結晶、白い花……冬の情景を表現したいんだ」
自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、最初は不慣れな手つきだったけれど――こだわりの気持ちは忘れず、一生懸命頑張ろうと決意をして。そんな彼女が選んだのは穢れの無い純白と、光に翳すと透き通る真っ直ぐな青だった。
「どう? 綺麗? わたしとドラゴンくんと同じ瞳の色を入れてみたよ」
首を伸ばして此方を見上げるドラゴンくんの目の前に、ハクアは青い硝子を翳してみせて――其処で彼の鼻先に、桜の花弁がくっついているのに気づく。
「そうだ、これも――」
――そうして白と青に加えたのは、ほんの少しの桜色。庭に咲く桜の花弁も冬の情景に混ぜて、いのちが芽吹く冬から春への目覚めの季節を表現出来たら。そんな素敵な思い付きに、ハクアの胸がとくりと高鳴った。
(「雪が残る春告げの情景。わたしの好きな景色」)
そうだ、万華鏡の筒は紺地に白の雪結晶の模様を入れてみよう。其処から覗くのは、白と青の華咲く中に僅かに混じる、仄かな桜の華――。
(「硝子は壊れやすくて、儚い印象がありますね」)
一方、慎重な手つきで廃硝子を扱うリコリスもまた、硝子の輝きに雪が降る光景を重ねていた。それは、うつくしくも儚いと言う想い故か――雪の華、次々にかたちを変える六華を思い浮かべながら、彼女は白に近い硝子や青味を帯びた硝子で表現出来ればと試行を重ねていく。
(「そして……筒を傾けた時にも」)
――雪が降る光景を思わせるよう、音にも拘りたいと。掌でしゃらしゃらと音を立てる硝子たちの歌に、リコリスはルリの言っていた『石の声』を思い出した。
「それにしても桜が散る姿は、まるで雪が降っているようにも見えますね」
休憩がてらに庭の桜を見渡して、ほんのり塩味の効いた桜茶を頂く――そんな自分の近くに居たヴェヒターに、リコリスはお茶のお礼を言いつつぽつりぽつりと、桜について語り始める。
「どちらも美しいですが、儚くて……だからなのか、フランスでは『私を忘れないで』という花言葉があるそうです」
「へぇ、国によって色々あるんだな。確か日本では『優れた美』……」
美、人――と続けそうになったヴェヒターは、其処で慌てて咳払いをして彼方を見上げた。そんなことを言うと、何だか口説いているように受け取られてしまうと思ったからだ。
「……ただの、質問なのですけれど。ヴェヒター様は桜と雪、どちらがお好きですか」
しかし、リコリスは彼の動揺に気付かなかったようで、何気ない様子で問いかける。うーんと悩むヴェヒターは、桜のうつくしさは日本に来てから知ったかなぁと言って頭を掻いた。
「私は、雪でしょうか。雪が降る日の、あの静寂が……とても、落ち着くので」
そんな中、廃硝子の塊を目の前にしたオペレッタは、ものづくりの難しさに直面しているようだ。自分のココロと向き合い作品を生み出す――『これ』にそれが出来るだろうかと俯き硝子片を見つめれば、手元の桜茶にはらりと花弁が舞い降りてくる。
(「――……あ」)
見上げれば、咲き誇る薄紅の花が視界を埋め尽くして――綺麗、とふるえる胸にエラーの響きは聞こえてこなかった。そうして拾った花弁は何かに似ているようで、オペレッタは静かにひとつ、瞬きをする。
(「――ほんの少し、わかったような」)
やがて彼女が選んでいくのは、白と薄紅に紫水晶の色と――色合いは違うものの、どれも滴に近いカケラ達。そう、それらはまるで、ふたつに砕けたココロのようだとオペレッタには思えたのだ。
「色も形もちぐはぐな、廃棄の破片。けれど、よりあえば、集まれば」
――華ひらく世界に、うまれかわる気がするから。
棄てられたもの達を集め、自らの手で再生させる――その不思議な体験を通し、職人の仕事に触れつつ。少女のココロにもまた、新たな色が加わっていく。
●ふたりが紡ぐ世界
ひとりじっくり向き合う者も居れば、仲間と一緒に修行に挑む者も居る。千歳に声を掛けられたキースは、早速万華鏡をくるりと回して、変わりゆく世界に魅入っているようだった。
「……さてと。私はあの廃駅の夕焼けと、あの時の夜桜とを混ぜた万華鏡が作りたいの。一緒に見繕ってくれる?」
ほぅ、と千歳の頼みに頷くキースは、共に過ごした思い出を振り返りつつ――先ずは薄ピンクの硝子を探して欠片をより分ける。
「舞う花弁のピンク色。ちょこまか動く濃い青色は誰かさん」
「そうだ、空に透かした時に彩る透明を入れるのも良いぞ」
夜に覗けば暗く、昼間覗けばほのりと空色に。そして朝は、もっと薄い色になる――透明は何にでも染まるが染まらないと、キースは物憂げな瞳で宵空を見上げた。
「なるほど、透明」
釣られて千歳も一緒に顔を上げ、硝子を透かして空の色を眺める。今は夜色――移り変わる空はきっと、あの日々の色たちなのだろう。
「硝子の世界はとても繊細だからな、何を引き立てたいかによってまた色も変わりそうだな」
そう言われると責任重大と言った所で、千歳は手伝ってくれる相棒に向けて、ちょっぴり悪戯っぽく微笑んだ。
「うまくいけば良いんだけれど、駄目なら半分はキースの責任かしら」
うーんうーんと、一方の鳴海は廃硝子の山を前に唸っている様子。どんな欠片を入れれば良いか悩んでいる姿を見た輪夏は、ちょっと休んだ方がいいと休憩を提案することにした。
「あったかいお茶を差し入れする、ね」
「わ、ありがと!」
ほんのりと湯気が立つカップを手に、輪夏が話すのは子供の頃のこと。綺麗な石を探していた時、硝子が見つかったら『当たり』と思っていたと――自分の小さな頃を思い出す鳴海も、わかるわかるとしきりに頷く。
「……どんな形とか色の硝子を万華鏡にしたら綺麗なのかは、わたしも全然わかんないけど。あんまり考えすぎずに綺麗って思ったの、使えばいいんじゃないかな」
うん――と輪夏のアドバイスを受けた鳴海は、早速見つけた欠片を手に取って微笑んだ。
「あ、この欠片、輪夏の瞳の色みたいだね。私の万華鏡ならやっぱり、輪夏は必須だよね! ……なんちゃって」
「ん、そういえば瞳の色、ね」
澄んだ青色硝子を目にした輪夏は、言われるまで思いつかなかったとぽつり呟いて。それよりも深みのある青はヴェヒターかも――と楽しそうな様子の大切な人へ、彼女は言葉を選びながらアドバイスを贈る。
「そういう風に、自分が好きなものと重ねて見れるっていうの素敵。なるみ、芸術のセンスあるんじゃないかな」
その言葉に、照れたように顔を赤くする鳴海を微笑ましく見つめながら、輪夏は彼女の手を握りしめて優しく励ました。
「なるみの好きな気持ち、どんな風に見えるのか楽しみ、ね」
「あはは、覗いた人に大好きが伝わる、あったかい万華鏡が出来ると良いな」
――ナディアに手伝いを頼んだヴィルベルだったが、彼女が不器用なことは自覚しており、また技術を学ぶのは己であると分かっている。ナディアの方も手伝いは必要ないだろうと、視線は中庭の夜桜に向けられていた。
花弁が風に舞う様をぼんやりと見上げながら、彼の作業を見守り――時折頼まれた色の硝子を取ってやる。そうして器用に万華鏡の世界を生み出すヴィルベルは、自分の世界を再現するべく、着々と作品を形にしていった。
(「筒は黒に金の縁取り、内には己の瞳のように色濃い緑を中心に」)
そうして濃淡様々な緑と白とで彩って、くるくる回せば色々な魔法陣が生まれるように――そんな様々な色によって築かれていく新たな世界を、ナディアは何処か楽しそうな様子で眺めている。自分ではこうはいかないので、尚更なのかもしれないが。
「俺の目、覗き込んだ感じに見える?」
「うーん、そうだなぁ……」
其処で製作途中の万華鏡を手渡された彼女は、夜でも爛々と映える綺麗な翠の世界に見惚れるが――つい、万華鏡の方が綺麗だと、冗談めかして笑っていた。
(「本音を言うのも、少し癪だし」)
けれどヴィルベルは、その悪戯っぽい顔を見て、釣られて笑みが漏れたようで。納得がいくまで繰り返し、幾度も調整を行おうと真剣に取り組み始める。
――そうならば自分は、彼に最後まで付き合おう。
(「お前が実力を付け、しっかり職人を守れるように」)
石の声、とルリに教えられた言葉を呟くのは、灰の手伝いをする夜だった。ならば硝子達の声に耳を傾けてみようと、蒼い硝子を掌に乗せて耳元でそっと振ってみる。
(「どんな土地を旅して来たのか、どんな歴史を眺めて来たのか――」)
さらさら、からから。硝子の囁きは吟遊にも似て、灰もまた静かな海や陽光射す青空を思い浮かべながら、すべてが青に染まりゆく世界を作りたいと願う。
「どこまでも果ての無い、蒼の世界――」
――それは空と地の境目の無い、塩の湖が映す青の路。指で弾いた硝子の音に、ふたりはハーモニーのようだと顔を見合わせ、昼間の空と青の宙――刻々と移り変わる景色を万華鏡に託そうと試行を重ねた。
「翳す光の色合いで、青色が唄う響きも変わる。一つとして同じ景色はない」
この小さな筒には無限の可能性が――宇宙がある。そう呟いた夜は、空と水の惑星を創ろうと灰に提案した。
「……なんとなくだが、イメージが分かってきたよ。感謝するぜ」
現と筒の世界を繋ぐ想いをこめて――生み出された作品の名は、境界の青と言う。
●蝶の行方
こうして修業は滞りなく終わり、皆が作った万華鏡を見たルリは文句なしに合格だと告げた。しかし、螺旋忍軍に接する囮はふたりが望ましいと言う意見が出た為に、彼らへの対応を上手くやってくれそうな鳴海が職人を――そしてヴィルベルが、見習い役を務めることになったのだ。
「君たちが見学者? 万華鏡は自分の世界を表現するのが大事だから、修行は人に影響されないように一人ずつ行うことにしてるんだ」
予知通りに現れた螺旋忍軍に、鳴海は職人の風格を漂わせながらきっぱり告げて、もう一人は材料を取りに行って欲しいと、ヴィルベルと示し合わせて外に連れ出す。
そうして案内をするヴィルベルは、事前に確認しておいた戦場へと誘導――距離を取って尾行して来た仲間たちと共に、素早く逃げ道を塞いで一気に先制攻撃を仕掛けた。
「さて、修行開始といくかのぅ」
狼狽える螺旋忍軍の少女へ稽古をつけてやろうと、ゼーの地獄の炎が襲い掛かる。立ち位置すら定まらぬ彼女を貫くのは、ハクアの操る稲妻の槍で――忍び寄る灰が影の刃を振るった其処へ、リコリスの御業が炎を降り注がせた。
「……万華鏡作りは、繊細なのよ」
崩れ落ちる螺旋忍軍の最期を見届けた千歳は、構えていた機械の腕を下ろして。隣ではミミックの鈴が、彼女に頷くように飛び跳ねている。――これで、もう一人の螺旋忍軍も同様に倒そうとしたのだが、ヴィルベルしか戻って来なかったことに流石におかしいと向こうも気付いたらしい。
「まさか、罠に嵌められて――ッ!?」
ナイフを取り出し何とか迎え撃とうとする少女だが、気付くのが遅すぎた。ヴィルベルの招く黒触手が襲い掛かるや否や、オペレッタのコアが輝きを放ち――そうして鳴海の構えた二刀より放たれた衝撃波が、瞬く間に螺旋忍軍の息の根を止めた。
万華鏡の見える景色が、ほんの少しの傾きで変わる様に、この蝶の羽ばたきも何かへと繋がるのだろうか――そんな灰の呟きを心に留めながらも、オペレッタは皆の万華鏡を手に取りたいと願う。
「まるで、その人であるような煌めき。どのような世界が、ひろがっているのでしょう」
「私のココロ、覗いてみる? なんちゃって」
『大好き』を詰め込んだ自分の作品を、冗談めかして手渡す鳴海だったが――はい、と真面目な顔で頷かれてしまい、暫し顔を真っ赤にして悶絶していたのだった。
作者:柚烏 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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