載霊機ドレッドノートの戦い~灰いろはがねの春の底

作者:銀條彦

 ――弩級兵装の転送先は『載霊機ドレッドノート』である。
 先んじて警戒にあたっていたアルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684)ら、数名の元から同じ内容を告げる急報が発せられてすぐ間も無くケルベロス達はヘリポートへと集められた。
 現在、ドレッドノートはダモクレス軍によって完全制圧されているようだと黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は語る。

「マザー・アイリスが指揮する量産型ダモクレスの大軍勢が周辺を完全に固めていてケルベロス・ウォーの発動以外、正攻法での攻略は難しい状態みたいっす」
 故に今回のヘリオンを用いての強襲降下作戦である。
 だが踏破王クビアラは対ケルベロス対策としてドレッドノート周辺にヘリオン撃破用の砲台を設置させ、選りすぐったダモクレスにその守備と砲台操作を任せているのだという。
「ですからまずは8台あるこの砲台を全て制圧・破壊しておかなければならないんっす。砲撃を止めさせない限りケルベロスの皆さんの降下が危険にさらされるだけじゃなく作戦終了後に皆さんを回収し撤退する事も難しくなるっすから」
 ダンテが懸念を口にしたのはケルベロスの身の安全に関してのみだったがヘリオン砲撃を阻止できねば当然、その危険は乗り手であるヘリオライダーにまで及ぶ事必至だろう。

「砲台を撃破できたらドレッドノート内への潜入っす。潜入後の攻撃目標は4つっすね」
 攻撃目標その1はジュモー・エレクトリシアンとその配下の部隊で修復中の歩行システムだ。先の戦いで『弩級高機動飛行ウィング』が完全破壊され失われた飛行能力の代わりに二足歩行でドレッドノートを運用するつもりなのだろう。この動きを阻害できれば大いに優位を保てること間違いない。

 攻撃目標その2はディザスター・キングの軍団が部品として連結する『弩級外燃機関エンジン』である。こちらも先の戦いによって大きく破損した状態にある筈だがディザスター・キング達自身がエンジンの一部となる事で必要出力を確保しているらしい。
 たとえ軍団すべてを撃破し得たとしても最早このエンジンを完全に停止させる事は難しいだろうが、可能なかぎりその出力を弱める波状攻撃は敵ダモクレス軍全体に波及する弱体化へと必ずや繋がる筈である。

 攻撃目標その3はドレッドノートの脊髄部分で『弩級超頭脳神経伝達ユニット』修復作業中のコマンダー・レジーナとそれを護衛する配下達の軍団だ。
 ユニット修復が成功した暁にはドレッドノート自身がその巨躯を自在に駆使して攻撃参加する事が可能となってしまう。
 桁違いの破壊力自体もさることながらドレッドノートは『パンチで殺害した人間のグラビティを奪う』という能力を持つ。これを放置すればいずれ弩級レベルの殺戮と成長を繰り返す災厄の永久機関と化しその危険度は計り知れないものへと膨れあがるだろう。

 最後の攻撃目標はイマジネイター軍団となる。
 イマジネイターは六大指揮官中唯一、弩級兵装回収作戦でも動きのなかった指揮官型ダモクレスだが、現在ドレッドノートの中核システムとの融合を始めつつあるという。
 その完了は弩級ではあるが今は『兵器』に留まるドレッドノートがイマジネイターという一つの意志を得た弩級ダモクレスへと生まれ変わる事を意味する。
「現時点ではどっちだろうと危険度ではさほど変わらないって気もするっすが、万が一……もしも……ケルベロス・ウォーでダモクレス勢力に敗北した時にイマジネイター化したドレッドノートの活動まで許せば被害が飛躍的に大きなものとなるのは避けられないっす」
 むろんあくまでもそれは最悪の『もしも』の場合のみの話。
 ケルベロスならばきっと勝ってくれると心から確信するダンテは、阻止できるのならしておくに越した事はないが、今作戦全体の勝利を確実なものにと考えるならばこの第4の潜入攻撃目標はあえて無視するという戦略もあり得ると言い添えた。

「今回の降下強襲作戦はきわめて重要っすが同時にあくまでも来たるケルベロス・ウォーを有利に進める為の準備段階なのでありますっ!」
 敵重要拠点にピンポイントで奇襲を仕掛けるこの作戦の肝は引き際だとダンテはわずかに声を上ずらせながら居並ぶケルベロス達に念を押した。
「だから――この春の空でまた皆さんをお迎えできるって信じて吉報待っているっす!」


参加者
ミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
海野・元隆(海刀・e04312)
池・千里子(総州十角流・e08609)
ヘル・ウォー(ディストラクター・e14296)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)

■リプレイ

●春の天末線
「……!? 前方! ななめ下から、来るっ!」
「砲撃回避! 急降下だ!!」
 ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)が発した警告の意味する処を即座に理解した池・千里子(総州十角流・e08609)が指示を飛ばす。
 ガクンと大きく機体を揺らしながらも咄嗟の操縦は指示通り実行されてのギリギリ。
 恐るべき精度の長々距離砲撃を回避し得たのは降下前から偵察や警戒を怠らなかったケルベロスの備えもあったが、おそらくは多分に幸運が味方したからに他ならない。
「これが踏破王クビアラの砲台……」
 速やかな降下後、地上から対空砲火を打ち払う目論見だった草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)だがゴングをとうに鳴らされていたのだ。
 敵の手の及ばぬ高々度上空からまさしく突然の電撃の如く降下して奇襲を仕掛けられるのがヘリオンの持つ絶対的な強みなのだがどうやら今回、彼女らが討つべき敵はその手も目も此処にまで『及ぶ』らしい。対ヘリオン、対ケルベロスの呼び名に偽りなしと云った処か。
「もう来やがったのかよ! 一気呑みになっちまっただろうが高い酒だってのに!」
 出陣前の景気づけにと海野・元隆(海刀・e04312)は弩級を肴に金箔浮かぶ桜色の大吟醸をひっかけていた様だ。
「一滴も零さなかったのは流石だな元隆。 ……幸い追尾性能は無いようだし砲台の位置もおおよそ目星がついた」
 降りるぞときわめて冷静に告げると同時クリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)の手がドアを叩けば、応えるようにそこは開かれ、流れ込んだ強い風圧に長い銀髪が煽られて拡がる。だが銀に先んじて空へと零れたのは、緋の髪。
「待って、まずアタシから行かせてもらうわ」
 するりと音一つ立てぬ影にように、気がついた時には既にクリスティの横で降下態勢へと移っていたミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108)だ。
「先駆けとして、征こう」
 ミリアム同様ディフェンターである千里子が黒鎖を手繰って守護の魔力を生み出し、元隆が後に続く。
 盾たる三者を底へと押したて、まっしぐら、ケルベロス達は春の空宙へと身を躍らせた。

 頭上には春の空と急速上昇で離脱を開始したヘリオンのプロペラ音。
 そこへと目掛け狙い違わず発射された筈の2発目を受け止めたのは、落下中にも関わらずまるで空中に見えない甲板でも存在するかの如く自在に跳ねた自称海の男の腹だ。
「ッ! ……ち、酒も抜けるほどの勢いだな」
「風穴あけて抜くのはウィッチドクター的におススメしないな! ……追加ヒール!」
 顔をしかめながらもいつものおどけた軽口を叩く元隆の腹部に対して背中越しの緊急手術をルードヴィヒが強行する。飛び降りる寸前、スナイパーたる己にオウガ粒子を振り撒いたユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)からの恩恵は今もメディックである彼をも取り巻いていたが、それでも被弾の深傷を塞ぎ切るには足らない。
 要請に応じたクリスティはひと際強く白き翼を羽ばたかせ大斧を掲げた。単ヒールの癒しに破壊のルーンが重なり加護が篭められる。

 砲台への反撃を試みた千里子が繰り出したグラインドファイアは惜しくも可動砲塔の運動性の前に逸らされたが、続けざま砲撃形態のハンマーからユスティーナが放った竜砲弾は大地から命中の爆音を鳴り響かせた。
 だがしばしの沈黙の後、何事も無かったかの様に再開された第3射。それは今までとは異なり、明らかに最初から的としてヘリオンではなくユスティーナを捉えてのものだった。
 ミリアムはその砲撃の意図を……報復攻撃の殺気を嗅ぎ取り、強引な体捌きで空中姿勢をあえて崩して流される事で射線へと割り込んだ。
「ミリアムッ!」
「……あは、間に合った~」
 刻一刻縮まる距離と射弾観測の所為か先の2発以上に砲撃は命中率を上げてきており、ディフェンダーである以上に標的となったユスティーナを普段からよく知り今も彼女を心配するミリアムだったからこそ庇いきれたのだろう。
「2発とも貰ったのがディフェンダー以外だったら初手から体力をほぼ持っていかれてたんじゃないかな」
 着地後に仲間を完治させてからようやく帽子のズレを直しながら、地対空あるいは地対地の追撃を警戒するルードヴィヒだったが砲台からの攻撃はもはやそれ以上起こらなかった。
 ヘリオンは無事に射程外への離脱を果たしたらしい。
「つくづく今回はヘリオンも僕らも露骨に危地な作戦……を、しないとなんないくらいの戦況ってことか」
 砲台付近にキラキラと純白に輝く非人型の何か――恐らくは2~3m級ダモクレスを1体見かけたと降下中の攻防は仲間達に託してひたすら偵察に専念していたひかりが伝える。
「操作手と護衛が別々に置かれてるってワケでもなさそう」
「草薙の報告から察するに我々は首尾よく宿縁に導かれた様だな」
 眉ひとつ動かさぬ真顔でクリスティはそう応えた。だが導いたのはむしろ降下を指示したクリスティ自身だったようにも一行には思えたのだった。

『――敵数8』
 機械じみた合成音が発したその一声は歳若い少女を思わせた。
 互いに視認はほぼ同時の遭遇戦、だが、反応は圧倒的に敵が速い。ましろいその『手』が大きく広げられた瞬間、高出力ビームが拡散されケルベロス前衛列を一気に灼き払った。
「妹は……」
 ここまで堅く閉ざされたままだったヘル・ウォー(ディストラクター・e14296)の口が、『宿敵』との邂逅にようやく意を決したかの様に開かれる。
「――コンストラクターは復元を司どるべく創られた『左手』」
 それ以上の言葉の代わりに、素早く戦闘態勢へと移行した少年の『心臓』に燃え盛る獄炎からは赤炎の弾が発せられたがコンストラクターは悠々とそれを躱す。
 少年が妹と呼び左手と言い表した敵の姿は地面すれすれを浮遊する巨大な片手首そのもの、無数のブロックで構成される立体パズルめいた異貌のダモクレスであった。
 躱した先の足元からは蔓触手が一気に生い茂り蒼白い輝き纏うコンストラクターの装甲へと絡みついた。ユスティーナのストラグルヴァインだ。
(……妹、か)
「そのまま抑えててユナ!」
 ミリアムは音高く可動させたチェーンソー剣を手に臆する事なく駆け出しジグザグに斬りつけた。刻まれた裂傷に導かれ、蔓触手の侵食と締め付けは一層強いものとなる。
「お前にゃ特に感慨は無いんだが……」
 ヘルと、そしてユスティーナと。共に現在このドレッドノートを占拠するダモクレス軍団の内に『宿敵』を持つという桜色の髪の若き戦友達。
(色々と複雑ではあるが、ま、幸運の風が吹くといいな)
 心からそう願う元隆は、ルードヴィヒの発破が呼び込んだ治癒と高揚引き寄せる極彩色の爆風を背に、轟竜砲を構えた。

●刃金の器憶
「ややこしいコト一切抜きの1対1班シングルマッチ、いえ変則タッグマッチの開幕よ!」
 挨拶代わりと繰り出されたひかりの降魔真ラリアットの一閃は破壊力も躍動感も抜群、だが、受けの美学とは無縁の敵にするりと退がられて空を切る。
「変則タッグは挑まれるばかりで組む側には不慣れかい、チャンピオン」
 自身も初撃は回避された元隆のジョークに対して、むしろ人気プロレスラーとしての顔も知っていた点の方が意外で一瞬リアクションが遅れたひかりだったが、
「ふふ、ベルトを巻く者として魅せる個人プレーは当然。その上で勝利重視の集団戦だってちゃんとできるんだよ!」
 良い意味でベテランの風格を感じさせぬ、幼さを何処かに抱えたまま決して立ち止まらない彼女は溌溂とした笑顔でアピールしてみせるのだった。
「ヘリオンは落とさせぬ。それが武人の務めとあらば、地を這ってでも果たしてみせよう」
 白き掌に輝く蒼き単眼へ凛と対峙する千里子の矜持に、彼女と心通わせる武装生命体が流動の後の輝きをもって応える。格上敵の回避力に抗うべく放出された粒子は前列の仲間達に超感覚の覚醒を促した。
「ああ、大事な作戦だ」
 気を引き締めていこうと頷いたクリスティは、高い命中率を有し敵を切り崩す突破口たり得るユスティーナに向けての破壊のルーンで更なる補強を図る。

『――正常化開始』
 立ちはだかる『左手』が薬指にあたる部位を僅かに曲げると其処からは仄かな光と振動音が発せられた。パラパラとブロック状の装甲のあちこちが剥がれ落ちるのと入れ替わりに、また新たな装甲が次々に出現し復元されてゆく。
『――完了』
 薬指が静止する頃には絡まる蔓は装甲ごと剥がされ束縛の力を失っていた。
 事前に手の内が殆ど判らない相手に対しセオリー重視、堅実で隙の無い態勢を構築して臨んだケルベロスの戦術はおおむね功を奏した。
 相手が持つかもしれないBS耐性やキュアを上回る手数の状態異常、そして【破剣】だ。
『――防御光壁展開』
「無駄よ!」
 何分かの攻防の後、コンストラクターが見せた3種目のグラビティはその巨大な単眼から癒しと護りの青光を発生させるものだった。
 だがクリスティのルーンによって付与を破却する加護を得たユスティーナや元隆が遠近からそれを砕き、代わりとばかりに行動阻害を伴う傷を刻みつけていく。
「敏捷頑健理力揃えて、キュアヒールと盾ヒール、復元司ってるクセにいきなり遠列ビーム攻撃かよと思ったあれも魔法orヒールだったし……なるほど『復元』ねえ」
 唯一のメディックを担うルードヴィヒも防御を砕く手段を持ち合わせた1人だったが、時に見切りも苦にせず連続で撃たれる拡散ビームの火力を目の当たりにして回復役へと専念している。本心では歯痒くって仕方ないのだが――本心ではっていうかぐぎぎって顔に出ちゃってるのだが。それでも癒し手の重要性を熟知する彼は既に長期戦突入を念頭において立ち回り始めている。
「まさしく悪役(ヒール)ね! ……あ、ごめん。でも狙いとはちょっとズレたけどどうやら個人的に目指してた防御・回復担当敵の下にまで辿りついたってことね!」
 結果オーライでも有難いけど出来ればもう少し早く敵情報は欲しかったと忌憚無く、だがさばさばとさして気にもしていない様子でひかりはレプリカントの少年へと笑い掛けた。
 大きく取った助走にゼブラのコスチュームが駆け、大跳躍に艶やかな黒髪が翔け、眼の醒めるようなドロップキックが炸裂する。
 足止めの援護を受けたヘルが如意直突きを畳み掛ける。躊躇のない刺突。
 正面からぶつかる蒼と桜色の視線――だがそこに一切の言葉は無い。
 続けて後背へ廻り込み降魔の正拳突きを打ち込んだ少女の肌に冷たき鋼穿つ感触と脈打つ活力の存在が直に伝わった。手荒く暴くようにそれを啜り上げる千里子の唇からほぅと漏れ出た吐息には、武の呼吸とは全く別種の粘つく微熱が篭る。
(痛みよ殺戮よ、私の渇きを癒し快楽という名の糧となれ)
 全体を支える個として盾として、攻防エンチャントで自陣強化に此処まで徹してきた彼女だが戦の交歓はやはりこうして直に蹂躙し合ってこそだと内なる血が囁く。
「本懐を遂げよ、ヘル・ウォー」
 他の者の眼にはあまりに無機質であろうこの宿敵同士の闘い――無感情な電子音声を流すばかりのダモクレスと一声すら掛けず破壊に徹するレプリカントの姿も、千里子にとっては濃密な交わりであり時に羨望すら覚えるのだった。

●永劫のブレイズ
 遠く、何処か別の砲台上空に緑の信号弾が上がったのが見えた。
「よっしゃ、また上がった! 次に繋ぐためにもさっさと壊し切らないとね!」
 ルードヴィヒが明るく告げるとユスティーナもそうねと頷き、また一巻き、捕縛の蔓を踊らせた。追う様にクリスティが『終焉の花』を花開かせ、敵上へと呼び寄せた凍てつく春はひと際大きく拡がる。
 それは心からの台詞であり現にユスティーナは戦術の要として奮闘し続けて来た。だが。
(妹との戦いを私は見送った。でもそれは本当に、重要作戦の成功やヘルの事を思い遣っただけが理由だったのかしら……?)
 晴れぬ心のままをおもてに出して戦えば皆に気遣わせてしまう、今こそ優等生を演じ切るべき時だと彼女は自分に言い聞かせ続けてきた。
(私は本当は出会うのが怖かったのかもしれない……)

「仲間の守護が第一だしヘルの宿敵打倒だって全力フォローだけどさ。それでも……アタシはユナの敵を相手してあげたかったな」
 護りたいのは命だけではない。任務達成の為なら暴走すら厭わぬ緋炎の『暗殺者』は蒼火へと同化する寸前、そんな本音を、友の耳だけに残した。
 ――そこに在るのにそこには無い。そこには視えぬものが確かにそこには有る。
 基本にして絶技たる、陽炎の如き緋蒼の一撃に眩惑されたコンストラクターは『復元』動作を正しく起こす事が出来ず、今この時は盾たる防御光壁も無かった。
(本当はどうしたいのか自分でもわからない……でも)
 心は今もまだ悩み惑い迷うばかり――だがその痛みすらも抱きしめて『詩』は紡がれる。
「今はただ目の前の出来事に全力を尽くす! それがケルベロスの在り方だ!」
 舞い続けるユスティーナの魂はまだ見ぬ明日を謳い切り拓く『アーツ』へと昇華する。
 力得た鎧装の猛攻の前にコンストラクターの装甲は耐え切れずボロボロと崩れ、毀れ、『左手』は纏う輝きを喪ってゆく。

「Remember you can always stoop and pick up nothing……」
 ここは討ち取る好機と見て攻め手へと加わったルードヴィヒの詠唱は染入るほどに優しい響きでからっぽの狼犬に奪い尽くす狂奔を強いた。体格差も物理法則も有って無きが如くの連続スープレックスでひかりが畳み掛けた後も流麗たる連撃は尚継がれる。
「――総州十角流『雪ノ黒橡』」
 千里子の武技全てが叩き込まれた後にはとうとう濁ったエラー音を発するばかりとなった純白の『左手』をより白く蒼い亡者の『手』が静かに包み込む。それは海に連なるもののみに伝わる秘儀。
「さて少年、俺にこのまま『連れて』行かせていいのかい?」
 元隆の問いかけにヘルはゆっくりと首を横に振った。
「僕に出来るのは壊す事だけだから……――『悪なる右腕(ディスラプター)』稼動」
 破壊司る『右手』が『左手』へと重ねられるたその瞬間、迸る赤熱が、この戦いの全てを終らせた。

 春の空へ高々と、ミリアムの手から砲台破壊完了を伝える緑の信号弾が撃ち上がる。
 いまだ他方からの救援要請はゼロ。そして重傷以上はおろか戦闘不能に陥った者すらいないが楽勝と表現するには長期戦の中で皆ヒール不能な消耗を蓄積させた現状、残す任務は、速やかな撤退あるのみだろう。
 桜の髪の踊り手は見上げた先に聳える弩級載霊機の向こうの『妹』に想い馳せ、桜の髪の壊し手は大地を焦がす焼け跡と化した『妹』をただ無言で見下ろすのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月14日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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