産土桜

作者:七凪臣

●産土桜
 その街の中心には、小高い丘があった。
 遠い昔に産土神を祀った場所とも言われるそこは、四方に人々の営みを見渡せる。
 公園として整備された天辺は、常日頃から人々の憩いの地であるのだが。春は、殊更人出が増える。何故なら、多くのソメイヨシノが花を咲かせるからだ。
 人呼んで、産土桜。
 今年のその日も、多くの人々が零れんばかりに咲く花を頭上に愛でていた。
 その、異変が起きるまでは。

 不意に春霞の空から、五本の牙が降って来た。
 石畳を割って地面に突き刺さったそれらは、見る間に鎧兜をまとった異形へと姿を転じ。
「寄越セ」
「貴様ラのグラビティ・チェイン、全テを」
 逃げ惑う人々を、容赦なく蹂躙し始める。
「絶望を泣キ叫ベ!」
「ドラゴン様の為ニ!」
 道端に、捨て置かれたレジャーシートの上に、蹴散らされた重箱の上に。無造作に、人の屍が積み上げられてゆく。
「脆イ、脆イ! サァ、死ネ!!」

 響き渡る異形――竜牙兵の哄笑を、産土桜は花を震わせながら聞く。
 何一つ、守れぬままに。

●牙の禍
 春、桜の名所は花見客で賑わう。
 場所取りの為に敷かれたレジャーシートの枚数は朝から数え切れず、昼ともなるとそこかしこで景気の良い歌声が響き、ともすれば足の踏み場にも困るような状況に陥る。
 だから、天見・氷翠(哀歌・e04081)は憂いた。
 そういう場にこそ、デウスエクスが現れるのではないかと。
 その不安は、竜牙兵の襲来という形で現実のものになってしまった。
「出現ポイントが変わるといけないので、事前の避難勧告は出せません。しかし皆さんが到着しさえすれば、人々の安全面に関する事は警察の皆さんにお任せ出来ますので」
 だから速やかに現場へ赴いて欲しいと、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は風荒ぶヘリポートで声を張る。

「敵の数は5体です。隊列は、前に三、後ろに二。前で盾の構えを取る二体はバトルオーラを、残りの一体は簒奪者の鎌を携えています。後ろの二体は支援を得手とするようで、ゾディアックソードを構えていました」
 戦場となるのは、街を見下ろす丘の上。
 まぁるく整備された公園で、外周と中心に多くの桜が植わっているが、戦いの妨げにはならないだろうとリザベッタは言う。
「竜牙兵は皆さんとの戦いを優先します。その間は一般の方々を襲う事はありませんし、逃亡や撤退する事もありません」
 故に戦いは、心置きなく。
 産土桜に代わり、人々の命を守る為に存分に。


参加者
日咲・由(ベネノモルタル・e00156)
北郷・千鶴(刀花・e00564)
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
天見・氷翠(哀歌・e04081)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)

■リプレイ

●憂
 春には珍しい抜けるような青空の下、これから起こる惨劇を未だ知らぬ人々の笑顔を花と眺め、筐・恭志郎(白鞘・e19690)は思う。
 産土の神様は、その人が生まれた土地で、一人一人の一生を見守る神だと言う。
 その名がつけられた通り、陽光に白く輝く今が盛りの桜は、高みにあって眼下の街並を遠くまで見渡す。
 消え入りそうな淡い紅に色付く花は鈴生りに。風の一吹きでシャラリと歌い、幸福の音を果て無く響かせ、愛おしき人々へ余さず届けるよう。
(「何とあたたかな想いと景色に包まれた地でしょう……」)
 若葉色の羽織りを背にかけた白黒ハチワレの翼猫――鈴を腕に抱き、北郷・千鶴(刀花・e00564)は自身の黒髪に咲くのと同じ花が作り上げた和やかな風景に、ほぅっと丸い息を吐く。
 だが、『此処』は。間もなく戦地に変わる。
(「桜と人々が寄り添い過ごす、大切な地が踏み躙られぬよう。守り神たる桜の遣いとして、その役成し遂げてみせましょう」)
 決意を胸に千鶴が天を振り仰げば、ちょうど不吉な影がきらり煌いた。
 ざわりと震える大気に桜が鳴る。まるで、何かを憂うるかの如く。
「同じ地に生きて、親しんでくれる人達だもの。きっと産土桜さんも守りたいと思うよね……」
 見る間に迫る其れに、天見・氷翠(哀歌・e04081)は薄い青みを帯びた一対の白翼を背にふわり広げる。
「天見さんが憂いた危機、必ず防ぎましょう。お花見の人達も、この花と産土神様も、穏やかな日に戻れるように」
 臨戦態勢に入った氷翠の肩を、恭志郎はそっと叩く。地獄の炎に補われた命に抱く不安を受け止めてくれた彼女は、恭志郎にとって謂わば恩人。ならば、彼女の憂いは我が憂い。
 それに何より、誰も殺させたくない。此処から先の日々も皆がずっと、花に逢いに来れるように。産土桜も、見守り続けられるように。
 直後、石畳の地面が低く轟いた。続いた衝撃は砂埃と花弁を巻き上げ、事態に気付いた人々は口々に恐怖を叫ぶ。されど、待機していた警察官らがすぐに避難誘導を開始してくれる。
「絶望が欲しいらしいな」
 一斉に動き出す人波を掻き分け、アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)は破壊に特化した黒き斧を悠然と掲げ竜牙兵の群れをねめつけた。
「くれてやろう。絶たれるのは、貴様らの望みだがな」
 見えぬ火花が、宙に弾け。結ばれる運命の戦糸に、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)は肌身離さぬナイフを隙ない所作で構える。
「僕に義侠心なんて無いけれど、折角の花が傷つくのは可哀想だしねぇ……」
 紡ぐ言葉はのらりくらりと当て所なく。しかし春の陽だまりに似た微笑を浮かべた男は、赤い双眸に人知れぬ戦意を潜ませ走り出す。
「風情の欠片も無いお客様は、さっさと排除しようか」

●策の誉
 紅い眼光を鋭く靡かせ敵を見比べたアジサイは、闘気漲らせる竜牙兵目掛け一気に走り。ルーン文字を耀かせた戦斧をその頭上へ叩き込む。
 初手から惜しみなく披露された強烈な一撃に、骨から転じた異形の兜が砕けた。その威力の凄まじさに、かつてこの竜姿の男と戦場を共にしたことのあるジェミ・ニア(星喰・e23256)は、「今回も頼りにしてます」と微かに口元を緩めたかと思うと、長い手足を広げて衝撃に備える態勢を取り、
「じっとしていて、もらいます!」
 ゾディアックソードを構える二体へ、無数のミサイルポッドを体の随所から放ち打つ。爆炎を上げた着弾は、射線の一つは目標を捉え、残る一つは無傷の盾役に凌がれた。
 そしてケルベロスの洗礼を受けたばかりの一体は、立ち昇る煙を抜けて日咲・由(ベネノモルタル・e00156)に迫る。
「あらぁ、ご挨拶ねぇ?」
 まずは拳一つ。それから頭部を露わにした一体からも、もう一つ。立て続けに喰らった由はよろりふらつく。が、それは常に酔いを演じる彼女にとっていつものこと。さりとて、大鎌を手にした一体までも出迎えるのは、耐久力に劣る由としては流石に勘弁願いたく。そして恭志郎も許すつもりはなく。
「ほら――」
 由が襲われるより早く、恭志郎は敵の懐深く飛び込んだ。
「気をつけたほうがいいですよ?」
 護り刀を抜くとみせかけての、柄で体重の乗った突きを呉れると、予想外の事態に破壊を担う竜牙兵の裡に怒りが灯る。
「オノレ!」
 命喰らう刃が恭志郎の脇腹を裂く。唇を結んだままの青年は苦痛を嚙み殺すが、噴き出す鮮血が傷の深さを知らしめた。
「朝霞さん」
 ならばと氷翠は朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)に声を投げ、
「わかったよ! ハコはあっちをお願い」
 短いアイコンタクトで同じ癒し手を担う女の言わんとする事を察した少女は、氷翠に恭志郎の回復を任せ、自身は由へ傷癒す光球を放り。結の願いに反応した首長竜によく似たフォルムの青い瞳の箱竜は、白い体躯を震わせ敵前衛へブレスを吹き掛けた。
「どうやらあちらも、此方と同じ策をとって来たようでございますね」
 目まぐるしい刹那の攻防を深い紫黒の眼で観察した千鶴はそう結論付けると、一呼吸の間に風に乗る。
「静心なく――」
 桜花の下を舞うのは無音、しかし抜いた刃は鬼すら怯む速さと鋭さ。一刀で二太刀浴びせる連撃が薙いだのは、最初にアジサイが狙った相手。千鶴に続いた鈴も、同じ竜牙兵へ鋭い爪を立てた。
 演技ではなく、揺れる竜牙兵の足。だが、すぐさま癒しを担う竜牙兵が守護の陣を描き上げる。
「まぁ、そう来るよねぇ」
 削った命が補填されたというのに、ルーチェは緩く微笑む。
「それなら、それ以上の力で壊すだけだよ」
 布陣の構成が似るなら、戦略も読み易い。どちらが勝つかは、能力が上回った方。故に輝く青年は迷わず己が掌中のナイフを翳し、その刃に癒されたばかりの敵の姿を映し取った。
「ッ!」
 何にも隔てられない眼が何を視たのか、ルーチェは知らぬ。知らぬが、再び仰け反らせる程のダメージを与えたのは確か。
「じゃ、お姉さんもいくねぇ。さっきのお返しだよう」
 ケルベロス達の標的が盾役の一体であるのと同様に、敵に狙われるのは由。だのにほわほわと笑う女は、その調子の侭に絶望の黒光を照射する闇色の太陽を具現化し。彼女か連れた未だ名を得ぬ翼猫は、足が止まった敵を猛烈な勢いで引っ搔いた。

「ただでは消えませんよ?」
 そう宣言した通り、ジェミが両手で押したスイッチは、二体の回復役に自然沈下しない炎を纏わせる。その煩わしさにだろう、喰らったダメージはさして大きくないのに、自分たちを癒そうとする敵の様子に、結は黒い猫耳をピンと立てた。
「まったく。ドラゴン様も玉砕してるのに、懲りないね? 学習能力、本当にないんだから」
 煽り台詞と金の視線で敵を挑発しつつ、借り物の黒コートで身を包んだ結は、その上衣の主のように戦況を読み解く。
 直前に恭志郎へ送った癒しと、氷翠の力と。足した二つは、敵の回復量を遥かに上回る。
 確実に捉えられる盾役から潰す戦略は同じ。だが、竜牙兵の破壊者の意識は恭志郎に向いた侭。由への集中砲火を阻んでいる。
 そして癒しは此方に分があると言うのなら。
「ルーチェ様」
「お任せされたよ、北郷さん」
 デウスエクスの胸装甲を砕いた千鶴の呼びかけに、白い翼を羽ばたかせルーチェが低空を翔ける。
「深潭へ堕ちてお出で……」
 宵の空に見立てた躰に、振るうのは漆黒のナイフ。一突きは明星、裂きは三日月。
「ドラゴン様ァ……ッ」
 吹いた血潮で艶やかな夜天を描かされた一体は、短い断末魔の叫びの末に灰燼に帰す。
「ふふ、次はあなたねぇ?」
 楽し気な由の笑みは、残る盾役へ。再び襲い来た黒き太陽に、竜牙兵は破壊者ごと足元をまごつかせた。

●決
 巻き起こる戦風に桜が舞う。
 青空に輝く花弁は、真昼の星の如く。
(「……憐れです」)
 美しき光景に感じ入る事なく、ただ殺戮に酔い痴れる竜牙兵らへ覚えた憐憫を、「何故?」とジェミは自問する。
 答は出ず、ジェミによって縛められたお陰で敵癒し手が回復に失敗し、恩恵に与れなかった竜牙兵最大の破壊力を誇る一体は、恭志郎の強撃の前に砂塵と散った。
「筐、見事だ」
 送られたアジサイからの賛辞に、恭志郎は目元を和ませる。
「ちゃんと成長したとこ、見て貰いたかったんです――俺なりの、戦い方を」
 ケルベロスになりたての頃に助けてもらった男へ、恭志郎が送る成長の証は戦場で形を成した。そして慕わしく思う男たち二人が見交わすのに、氷翠は貌を綻ばせたが、
「もう、終わりにしよう?」
 けれどすぐ眉間に哀しさを滲ませ、残った癒し手を空間さえ凍らせる弾丸で貫く。
 癒し手たちへのジェミの牽制は活きた。自由にならぬもどかしさに翻弄された二体は、思うように同胞を支えきれず。折角与えた加護もケルベロス側に消し飛ばされてしまうと、後は坂道を転がり落ちるばかり。
 一枚となった盾が破られれば、後は破竹の勢い。破壊者まで失われた今、産土の神の御許に立ち続けるのは、無傷とは言い難い癒し手のみ。
「好きにはさせないよ」
 自棄になった相手に負けなどしない。
 気概を胸に、結は猛き炎を氷翠の冷気を追って放ち。ぶつかる薄青と紅蓮に眩い光が散れば、その煌きに寄せられるようにハコも飛ぶ。
「さぁ、此方でございます」
 一度羽ばたくことで敵の視線を浚い、桜樹に累が及ばぬ位置へ誘導した千鶴は、そのまま白刃を閃かす。
 血も涙も粗暴な骨も。この地にそぐわぬ無粋は、一切祓い除けるまで。
「花と散るのは貴方達のみ――覚悟なさい」
 千鶴の一太刀に、はらり舞うのは幻の桜。手向けの麗景にようやく竜牙兵が息を呑むが、時既に遅し。
「目的に囚われて花を見る事も無いなんて。損な人生だったねぇ、竜牙兵」
 柔らかな口調とは裏腹に、ルーチェが高速の重拳撃をデウスエクスの顔面に叩き込むと、骨は今際の際の訴えさえ残さずただの骨へと還った。
 さすれば、残りは一。
「お手伝いしなくて済んじゃった。みんな、凄いねぇ」
 いざという時は回復に助力するつもりでいた由は、その必要がない程の優位ぶりを独特の口調で讃え。
「でもでも、お姉さんも負けないよう」
 自身も敵の猛攻を凌ぎ切った事に安堵しながら、オウガメタルを鋼の鬼と転じた拳で竜牙兵を強かに打ち据える。
「……ヌぅッ」
 腹部の護りを砕かれた敵が、鑪を踏む。そこへ放られた、由とは微妙な距離感の翼猫が尾の環は、想定外の破壊力を発揮した。

「そこだ」
 敵の動きを見極めたアジサイが放つ、彼だけが持ち得た技の名は『後ノ先』。九割九分の静の後、続いた一分の動が竜牙兵の余力を極限まで削る。
「散らせます。花よりも、儚く」
 何故なら自分たちはケルベロス。デウスエクスへ死の楔を打ち込む者だから、とジェミが影から生んだ矢を射掛ければ、命啜られた終いの一体は文字通り膝を崩れさせた。
「天見!」
 迫る終焉に、アジサイは優しき友の名を呼ぶ。
「行って下さい」
 恭志郎にも託されて、廻り来た機に氷翠はシャーマンズカードを翻す。
「クソゥ、クソゥ!」
 未知の死を覚悟したデウスエクスの雄叫びに、氷翠は眉根を寄せる。やはり、終わる命は何であれ哀しい。
「……さよならだよ」
 けれど逃すわけにはゆかぬ災禍へ、氷翠は青い髪に咲く雪柳を震わせながら、氷の騎士の一撃で白い眠りを授けた。

●産土の祈り
 あちこちに飛ばされてしまったレジャーシートを拾い集めたルーチェは、こんなものかねぇ? と爛漫の春の気配に戻りつつある公園内を見渡す。
 手分けしヒールを施したお陰で、戦の名残は既に遠く。
「さぁ、みんな治るんだよう」
 鼻歌交じりに由が振り撒く桜色のミストが、割れた石畳を修復すればほぼ全開。少しばかり、ソメイヨシノの根元に不思議な色を耀かす花が咲いたりもしたが。
「これくらいなら、可愛いよね」
 ハート形の花を結がつんと突くと、ハコも長い首を縦に振る。
 そして恭志郎が避難誘導に担ってくれた警察官らにデウスエクス撃破完了の旨を伝えると、わぁっと快哉が上がった。
 それは自分たちの大事な桜を護ってくれたケルベロス達への感謝の気持ち。
「さぁ、皆様。もう大丈夫でございます。どうぞお花見の続きを――」
 楽しんで下さいませ、と千鶴が全てを言い切る前に、笑顔の人波が押し寄せる。

 心地よく伸びた枝は、幾重にも花の層を成し。それらが穏やかに風に揺れる様は、さながら空に棚引く桜雲。
「綺麗ですね」
 誰かを映した心か、それともジェミそのものか。己でも分からぬ胸に込み上げて来た感銘に、可憐な薄紅を見上げてジェミはほっと安堵の表情を浮かべた。
 けれどしっとり浸る間は僅か。
「本当に、キレイ。お姉さん、お花見大好きなんだよう! んふふ、皆で楽しもうよう!」
 本当に酔っていないか不安になる足取りで、由が皆の手を引いていく。
 誰の目にも眩い春を教えてくれる桜。満開なら、更に心は弾み。歌い踊りたくなるのも、四季ある国の理なのかもしれない。
 ただ、相変わらず。名無しの翼猫は、由から微妙な距離を保ってはいたけれど。

 賑わう人輪を少し外れ、ルーチェは桜の木を一本一本、訪ねてまわる。傷が残ったものがないかの確認行脚。されど戦の最中、位置取りにまで気を配った甲斐あり、気になるものは見受けられなかった。
 強いて言うなら、幾らか花が飛んでしまったくらい。
 少々、脆くはなってしまったのだろう。優しい風の一吹きに、また舞い上がる花弁に暫しルーチェは瞳奪われ。結はハコを腕に、眼差しを遠くする。
「故郷の桜はもう少し先かな?」
 そっと呟けば、脳裏に浮かぶ過保護な双子の兄の顔。
「桜が咲く頃、一度帰ってみよっかな。久し振りに会いたいし!」
 ね、ハコ?
 笑みか郷愁か。何れにも染まる想いに胸高鳴らせ、少女は箱竜をぎゅっと抱き締めた。

「天見?」
「天見さん?」
 視界を彩る花と、討つしかなかった竜牙兵への弔いと。その両方に心奪われていた氷翠は、アジサイと恭志郎の呼び声に我に返る。
「本当にお花の冠みたい……」
 漏れる簡単は、あえかに。
 街を護る産土桜は、同時に街に幸いをもたらす春の王冠。被るのは言い伝えの神であり、それを仰ぎ見る人々全て。
(「ありがとう」)
 舞い降る花びらに、人々と共に生きてくれる感謝を氷翠は胸裡で告げ。そして子守唄を口遊む。
 全ての命に捧げる、労いと安らぎの調べ。桜が奏でているかのような旋律を耳に、千鶴は溢れんばかりに咲く桜を仰ぐ。
 儚くも凛然とした花の在り様は、ただただ見惚れるばかり。主と共にこの素晴らしき空間を守り抜いた事が満足なのか、鈴も目を細めてごろごろと喉を鳴らしている。
 ひらり、ひらり。
 誘われるように千鶴の髪に咲く桜に、一枚の花弁が舞い降りた。
 合わさる淡紅色は、人と自然の調和を思わせて。千鶴は祈る。
 どうか、どうか。
 産土桜も、人々も。末永く心穏やかな日々を――。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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